2710年01月01日

第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - I


「ああ、全くもう――毎日疲れるわねぇ」
 式典用と言う事で着用していたハイヒールを派手に脱ぎ散らかしながら、彼女はソファに大きく崩れ落ちた。マッサージ・サロンを兼ねたエステ・サロンに丸一日、篭もりたいところではあったが、生憎と状況がそれを許してくれない。
「ふう」
 いっそ、このまま眠ってしまおうか、と考えたが、明日からの上院議会は体力が勝負であるとも言える。ここで眠ってしまっては体力の回復もおぼつかない。
「お飲物をお持ちしました――」
 どうやら、重厚な扉に対してノックは行われていたらしい。全く気付かなかったが、まあ、いつものことであるとも言える。現に、そんな主人の生活態度に馴れきっているメイドは当たり前のようにそのテーブルに各種飲料を並べてくれていた。
「今日はお酒は要らないわ――冷えた紅茶だけ、置いといてくれる? マリベル?」
 ソファに寝っ転がったまま、その左手を物ぐさに振りながら、マリベルと呼ばれたメイドに注文を行う。
「――お食事は本当に要らないのですか?」
 頷きながら、マリベルと呼ばれたメイドが尋ねてくる。
「ありがとう。でも、軽く摘んできたから――」
「どうか、お体ご自愛下さい」
 物憂げな表情を一瞬だけその白皙に乗せて、マリベルは退室していった。

 ――体を自愛ねぇ

 全く――この役職に就いてから、全く全く禄なことがない。友達と会える回数は明らかに激減したし、婚約者にも逃げられた。まあ、婚約者に関してはこの程度で逃げ出す男であることが分かって、寧ろ助かった位だけど!

 ああ、でも。

 一日、六時間は睡眠を摂りたい。心無しか、ここ数日は肌の張りが悪くなったような気がする。アイシャドーを引いていないはずなのに、どうも目元に陰が深まったようにも感じられる。いやーん。

 このまま、オバアサンになっていってしまうのだけは勘弁して欲しいなぁ。

 そんな彼女が寝転がったまま、卓上のポットを手に取ったその時だった。


 マリベルが、ノックも行わず、転がるように室内へ飛び込んできた。

「ノックはしてよ、マリベル――」

 悪態を吐いた彼女だったが、その常は沈着冷静なスーパーメイド、マリベルが動揺を極めているのが手に取って見えた為、それ以上は続けなかった。


「だだだだだだだだだだだだだ」

「落ち着きなさい、マリベル。何があったの?」

 彼女がその片手に通信端末を持っていることを、ようやく彼女は知ることができた。


「大統領閣下!! 緊急事態ですぅぅぅぅぅッ!!!!!!」



    ・
    ・
    ・

 話はこれより、一時間ほど遡る。



 とある小型宇宙艇の内部での物語。その船殻には、『エテルナ航宙警察』と、文字が刻まれている。
「なあ…どうだ……そろそろ、僕ら――身を固めないか?」
 操縦席にて操縦桿を握っている男性警官が、隣の副操縦席で計器のチェックを続けていた女性警官に対して口を開いた。
「ああ……ジャン、その言葉を待っていたのよ…」
 プロポーズを受けたその女性は、目元を潤ませながら、深く頷いた。
「キャシー…僕のために味噌汁を作ってくれ」
 ジャンと呼ばれた男性が、艇の航行をオートに設定しつつ、キャシーの手を柔らかく握り込む。
「うわあ、それはベタでちょっと幻滅」
 わざとらしく『引いて』見せるキャシー。
「からかわないでくれ。僕ぁマジなんだ」
「分かっているわよ、ジャン――ちょっと意地悪してみたくなった、だ・け・よ♪」
 暫し、見つめ合う二人。

 やがて、そんな影が重なり、熱いキスへと移行する。

 ――全く、彼ったらグズなんだから

 キャサリン・エッシェンバッハは、恋人と熱いキスを交わしている最中、そんな事を考えていた。全く、いつになったら申し出て貰えるのか、こちらは気が気じゃなかったのよ。

 長い口付けを終え、ジャンことジャン・サオトメはキャサリンの肩を引き寄せつつ、彼等の目の前に広がっている【ネビュラ・リーヌ】を指差した。

「ご覧、リーヌも静かに僕達の未来を祝福してくれているよ――」
「ああ、ジャン――あなたと出会うことが出来て良かった………って――え」

 キャサリンがその身を硬直させた。そんな恋人の動作に困惑し、ジャンはゆっくりとその視線の先に自身の目を向けた。

 朧な光の渦の表面が波立っているように見えた。

「――何ッ!?」

 本来の職種に自分自身の精神を引き戻したサオトメ巡査長は、慌てて自機の端末を操作した。
「――おかしい。船が出てくる予定なんて、登録されていないぞ??」
 これはリーヌ離脱を船舶が試みている前兆現象であることに疑いの余地はない。パトロール艇に備えられている簡易重力波レーダーを巡査長は起動させる。内部深淵までの走査は不可能だが、その表面上で起こっている現象程度であれば充分に調査は可能であった。
「質量――んがっ!?」
 これから飛び出してくる物体の全長900m弱、とパトロール艇の主端末は判断を下していた。
「こっちでも確認したわ。確かに変よ――ッッッキャアアアアアア!?」
 冷静に続いたエッシェンバッハ巡査部長だったが、その次の瞬間には盛大な絶叫を上げることとなってしまった。


 リーヌの表面が細かく泡立った、と彼等二人が揃って認識したその時、そんな対象が一斉にその姿を現したのである。
「は、早いよっ――速度、計測不能――?」
 巡査部長が言葉を抜く暇もなく、そんな対象はあっと言う間に、パトロール艇の至近にまで到達し、『不自然な』減速を開始。
「なななんだよ、これぇ――」
 鼻水を大きく垂らしながら、ジャン・サオトメ巡査長は上司の左肩に縋り付いた。有り得ない――自分達の艇はリーヌ突入面から、かなりの距離が離れていた筈であるのに、一瞬でこの位置にまで飛来して。なおかつ、不気味なほどに急激な減速を行っている。ここに至って、ようやくそんな対象が『船舶』であることを二人の乗員は知ることができた。

 ――900メートルに近い船舶だなんて!?

「本部、本部!! 聞こえますか、こちら巡視艇1057番!」
 頼りのない部下をその右手で押しのけながら、幾分冷静な巡査部長が情報通信衛星【カハヤ】に設置されている本部へと連絡を入れた。
「本部、認識されていますよね、これはなんなんです――ッ!?」
 半ばヒステリーの状態に陥っている上司兼恋人のそんな姿を客観的に見ることで、サオトメ巡査長は自分自身を少しだけ取り戻し――そんな折り、通信端末の一つが着信のある旨を主張してきている事に気付いた。上司の許可を得ようかと考えたが、そんな彼女は本部との通信を行っている最中であった。やむなく、サオトメは自ら通信を開くことにした。本部からの通信コードではなく、送信者はUNKNOWN。恐らく、彼等の前方に突然出現した件の船からの通信であろう。一抹の不安はあったが、巡視艇に於いては通信の無制限受信は規則でもある。サオトメはインカムを確かめながら、そのスイッチを親指で跳ね上げた。
「こちら、エテルナ航宙警察、カハヤ署所属、巡視艇1057番。ジャン・サオトメ巡査長である。オーヴァ?」
 ガリガリ、と言う音しか返ってこない。だが、サオトメがその表情をいよいよ顰(ひそ)め始めた時。

『こちら、元太陽系惑星連合所属、強襲巡洋艦【フォーチュン】よりの通信である。貴国の代表者と話がしたい。こちら、元太陽系惑星連合宇宙軍所属、クリストファ・アレン元大佐! オーヴァ――』

 サオトメは首を大きく捻った。なんだ、この通信は。上司であるエッシェンバッハ巡査部長に目を向けるが、未だに彼女は本部との通信の真っ最中であった。
「こちら、サオトメ巡査長――申し訳ないが、貴船の通信内容の意味を理解できない――今一度、説明を要請する――オーバ」
 一体、何が『元』だってんだ。やたらと繰り返されたそんな『元』だが、何を相手が言いたいのか、全く理解できない。しかも、巡洋艦と言ったか? それは戦闘艦艇と言うことだろうか。馬鹿馬鹿しい。リーヌを抜けて軍艦が来るだなんて話、聞いたこともない。もしや、同僚のドッキリなのではないか、とすら思えてくるサオトメだった。更に『貴国の代表者』と来たものだ。大統領までも巻き込むつもりなのか。それはギャグの範疇を逸脱するぜ――サオトメは一人、苦笑した。恐らく、こちらのデータを弄くりでもして、自分達をからかおうとしている奴等がいるんだろう。自分とキャシーの交際を冷やかしている同僚の心当たりは充分過ぎるほどにある。

『本艦は太陽系惑星連合宇宙軍にて、貴国を侵略するために建造された最新鋭の戦闘艦である。だが、我々はそんな戦闘艦を奪取、逃亡を図って今へと至っている。これは、断じて演劇などではない!! 信用をして貰えないのであれば、本艦をこのまま直進させ、エテルナ本星へと向けるまでである。サオトメ巡査長、それで宜しいのだな!?』

 語尾のオーバーも糞もない。どうやら、元軍人とうそぶくクリストファ・アレン氏はいよいよ、本気になってきたらしい。まあ、こんな見え透いた演技ではこのサオトメさんを騙すことはできない。巡査長は殊更に声を高めながら。
「――演技力に欠けているな。それじゃあブロードウェイは飾れないぜ、アレンさんとやら。オーヴァ」
『――了解した。信用を頂けなかった、と判断をさせて頂く』
「ああ、好きにしな。大体が、そんな図体でエテルナに突っ込めるかってゆーの」
『ご心配いただき、感謝する。貴殿と話す必要はこれ以上は無い。さよなら、サオトメ巡査長』
「それ以上ふざけると、公務執行妨害でしょっ引くぞぅ」
 だが、返信は返ってこない。
「おい、聞いているのか、アレンさんとやら!」
 返信は返ってこない。


 そして。そんなサオトメの目の前から、件の宇宙船は文字通り、消え去った。

「はーっ、良くやるモンだ――」

 サオトメは心から、自分の愛機のプログラムその他を見事に弄くり回した同僚達の腕に感心した。メインディスプレイへの干渉なんてどうすれば果たせるのか、皆目見当も付かなかった。

 だが、そんな感嘆を長く続けることは出来なかった。恋人であるはずの巡査部長から鉄拳が飛んできて、彼の左頬に炸裂した為である。
「――な、何するんですか、巡査ぶちょおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 頬を抑え、涙すら浮かべながらサオトメは盛大に抗議した。
 
「この――この――大バカ野郎!!」
 
 恋人の抗議には全く応じることなく、エッシェンバッハ巡査部長は操縦席の通信機の主権を自分の側に移す作業を行った。シート脇に放り込んでおいたインカムの付属したベレー帽を掴み上げて、叫ぶ。

「待って下さい! 部下の非礼をお詫びします!! こちら、巡視艇1075号艇!! キャサリン・エッシェンバッハ巡査部長!! 応答願います!!」

 返答が返ってこない。

 今一度、巡査部長が恋人兼部下に鉄拳を振るい掛けたその時。

『こちら、クリストファ・アレン。貴殿は先のサオトメ巡査長の上司で有ると言うことか』
「如何にも!! 部下の非礼は後程、如何様にでもお詫びさせていただきます! 今一度のお話しを!!」
『了解した。本船は機関を停止する』
「感謝する――え、ええと――貴船の名前は?」
『FORTUNEと言う。以降はその名前でコールをしてくれると助かる』


   ◆ ◆ ◆


『お待たせをした。カハヤ署、第一級署長のキョウジ・ヤザワ警視と申します』
 フォーチュンの正面ディスプレイに、そんなヤザワ警視の上半身が表示された。同時に、クリストファ・アレンとヒムラ・キリオの映像も向こうに送信されている筈である。クリスとキリオは敬礼は行わず、その頭を揃って下げた。
「初めまして、ヤザワ警視。小官は元太陽系惑星連合宇宙軍所属、クリストファ・アレン元大佐であります」
『先立っての部下達の失礼な行動をお詫びさせていただきます、元……で宜しいのですかな――大佐殿?』
 こちらからは確認できないが、そんなヤザワの手元には多くの資料が並べられているのだろう。画面の中で一瞬、その視線を落とすのをクリスの目は捉えた。

「如何様にもお呼び下さって結構です。何せ、私は今や無官の身でありますから」

 顎に手を当て、微苦笑を浮かべているクリストファはフォーチュン内に於いて制作された特殊な軍服を身に纏っている。ベージュが基調となり、その節々に文字が刻まれている。胸元、左腕、そして背中にはミランダとマノアが共同でデザインに当たったフォーチュンのシンボルマークこと『ハイランドの妖精』が強調されており、更にクリストファは特権的にそのノーズ・アート――やはりミランダによって描き起こされたもの――を右腕に飾っている。キリオも原則的にはクリスと同様のフォーチュン制服に身を包んでいる。馴れない軍帽をやや窮屈そうにしつつ、彼の右腕には『鑿(のみ)と木槌』をあしらった図柄がプリントされている。これは、リンダ・フュッセルを除いたアルファの全員に等しく与えられているものでもある。

『宮仕えから解放されたとは羨ましいお話しですな――』
 そう言って、ヤザワは声を立てて笑ったものだった。
「なかなか楽なものです。お薦めしますよ、警視」
 半ばの社交辞令として、クリスはそんな言葉を返す。
『夢としては持ち続けておきましょう――さて』
 ヤザワ警視がその襟を正してきた。クリスとキリオも等しく、その背中を伸ばした。
『――簡単なお話は伺いました。先刻、大統領府には私の名前で連絡を入れさせていただきました』
 クリスは素直に頷いた。
「迅速な行動に感謝します――ヤザワ警視」
『いや、なんのなんの。こちらがしでかした非礼な行動の数々に比べれば――誠に、申し訳ない――該当の巡査長に関しては厳重注意を与えておきます故――』
 卓上に手を突いて謝罪を行ってくる警視だったが、これはなかなか太陽系ではお目に掛かれないことだ。公的機関のトップに位置する人間がこうも簡潔に非を認めるとは。
「確か、サオトメ巡査長でしたか――いや、あまり責めないでやって下さい。気にしていませんから」
 クリスの言葉に、隣のキリオが「うんうん」と相槌を打った。
『お心遣い、ありがとうございます。まあ、減棒一ヶ月程度には留めておきましょう――』
 言いながら、ヤザワが卓上を探る動作を行った。いよいよ、本題に入る腹積もりなのだろう。
『幾つか確認をしておきたい点があるのですが宜しいですか?』
 ヤザワは身長に言葉を選びながら言ってきている。
「無論です。お答えできることであれば、のお話しですが」
 
『まず最初に、貴船――いや、貴艦とお呼びするべきか――には全部で何名の方々が乗り込まれているのでしょうか?』
 ゆっくりと丁寧に、ヤザワが質問を行ってきた。
「62名です。いや、リーヌ航行中に63名になりました」
 これは意識して、クリスは答えた。半ば用意していた回答だ。
『――? 63名に、なった?』
 ペンを片手に持ったヤザワがその太い首を大きく傾ける。
「ええ。リーヌの中で誕生した赤ん坊が一人、おります故」
 淡々としたクリスのその言葉を受け、ヤザワ警視の巨体が目に見えて大きく揺らいだ。
『――なんですと?? あ、赤ん坊??』
「はい」
 クリストファの回答は素っ気がない。
『さ、左様ですか――何と申せばいいのか――めでたいことではありますね』
「ええ。めでたいことです」
『――ごほん。ええと、63名の内訳と申しますか、正規軍人の方は何名いらっしゃるのでしょうか?』
 気を取り直したヤザワが眼鏡の位置を正しながら尋ねてくる。
「正規軍人は一人も居ません」
 ほとんど即答でクリス。
『失礼――これは質問がまずかったですね――ええと、元軍属の方々はどれ位いらっしゃるのでしょうか?』
 クリスは小首を傾げながら、指でカウントを取った。
「――7名、かな」
 ヤザワ警視はやはり、目に見えてたじろいだ。
『は――なななな、7名ですと?』
 不安になったクリスは再度、指折り数えた。今度は胸の前で。自分、ソフィ、フローラ、スコット、リオン、ライル、チャーリィ――
「ええ、やはり7名で間違いありません」
『す、すすすると、他の方々は如何なる――その――』
 どうやらヤザワには理解不能な現実であるらしい。もっとも彼に限ったことでは断じて無いだろうけれど。
「They're all Civilian(彼等はなべて民間人です)、ヤザワ警視」
 クリスはやはり即答。
『民間人!?』
「はい。この船の建造に従事した、ラリー・インダストリーの元社員達です。このヒムラ・キリオもまた、そこの所属でした。現在、本船の副司令官としての位置付けにおります」
 キリオを右手で示しながら、クリスは説明を行った。
「初めまして、ヤザワ警視。紹介に預かったヒムラ・キリオです。私を含め、56名は確かに軍属ではありませんでした」
『ラリー・インダストリー…ですか。そのご高名は存じておりますが――あ、えっとこちらこそ初めまして、ミスター』
 ヤザワは通信の向こう側で大きく肩を落としたように思えた。その体はどうも、最初の印象より小さく見える。
『――副司令、と仰いましたね? すると、アレン殿は』
「私は、司令官と言う位置付けに置かせていただいております」
『司令官――ですか。軍隊用語に私は精通していないのですが、それは艦長職と同義なのでしょうか』
「いいえ。艦長は別におります。紹介しましょう――」
 クリスが二言三言の指示を行い、カメラがズーム・アウト。
「フォーチュン艦長、ソフィ・ムラサメです。お見知り置きを」
『宜しくお願いします――そうですか、女性が艦長を――』
 卒無く、艦橋の構成員を眺め渡したヤザワであった。どの人物も大変に若いように思えてならなかった。
「そう言うわけです」


   ◆ ◆ ◆

「クリストファ・アレン――ですって?」
 秘書官からの報告を受けた大統領が、尋ね返す。
「はい。なんでも太陽系惑星連合宇宙軍所属の元軍人であったそうです」
 直立不動の状態で答える男性秘書官であった。
「事実なの?」
「はい。データ・ベースを検索したところ、該当の人物が確かに存在しました。登録されていた顔写真とも一致している、とカハヤ署のヤザワ警視から報告が上がっております」
 大統領は運ばれてきたばかりの紅茶を一口だけ、含んだ。
「クリストファ・アレン――その資料はこちらで出せる?」
「はい。直ぐに部下が資料を持ってくる手筈になっております」
 壁に掛けられた古時計を一瞥しながら答える秘書官。その部下がファイリングを行っている最中だろう、と言う推察は大統領にも行える。
「ありがとう――ううん」
「どうかなさったのですか? 大統領??」
 語尾を濁らせた大統領の言動に対し、秘書官は速やかに応じた。
「Chricetopher=Allen――これって、昔の友人の名前と同じなのよ」
 再度カップを持ち上げながら、大統領。
「そうですか――しかし、ありふれた名前ではありますね」
「そうでしょうよ。でも、嫌な偶然だわ」
「大統領の知っているクリストファ・アレンとはどのような人物だったのです?」
 自分の部下が資料をまとめて戻ってくるまでの私語であれば問題が無い、と判断した秘書は質問を掘り下げた。
「ミドル・スクール時代に地球に戻って行った子よ。クラスメートであり、大変な美男子だった」
「地球に、ですか――それは珍しい話ですね」
「そうよ。今でも忘れられない。ちょっとだけ、好きだったかも知れないわね、私」
 それはそれは――と、苦笑いを浮かべながら小さく呟いた男性秘書官であった。

 そんな内に、彼の部下である女性職員がファイルを抱えて入室を行ってくる。
「お待たせしました、チャン秘書官」
「ご苦労――大統領に直接、お渡ししてくれ」
 その左手を大統領に向けながら答える秘書官であった。
 
「ありがとう」
 礼を述べながら、大統領は手渡されたファイルを無造作に開いた。次の瞬間、目が点になる。
「フレデリック!! クリストファ・アレンはこの人で間違いないのですかっ!?」
 次席秘書官、フレデリック・チャンと女性職員は突然の大統領の絶叫にその体を大いに硬直させた。
「間違い、ありません――データ・ベースの不具合は検出されておりませんし、それに何より――その写真はつい先程、カハヤ署から送られてきた映像をプリントしたものであり――」

 大統領はフレデリックの言葉が終わるのを悠長に待ちはしない。
「カハヤに命じて、録画している現在の会談のデータを即時、転送させなさい! 前倒しで、私自ら確認します!」

「未だ、情報局がプロファイリングを行っている最中ですが――」
 不可能と悟りつつ、抵抗を試みるフレデリック。

「大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエの名前で命令します! 急ぎなさいッ!!」
いよいよ大統領はバンッ、と卓を大きく叩き付けた。
「わ、わかりましたっ――」
 仰け反ったフレデリックは女性職員と共に、這々(ほうほう)の体(てい)で退室していった。

「まさか、まさか――そんなことが――」
 エテルナ共和自由国大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエは引き出しの中から一つの額縁を取り出した。
 その集合写真の中では十五才だった自分を含め、テリー・ロイスと肩を組んだクリストファ・アレン少年がバレーボールを片手に、にこやかな笑顔を向けてきていた。


 有り得ない。


 彼は。

posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章