2709年01月01日
第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - II
一連の説明を三十分余りも行い、ヤザワ警視から一時休憩の提案があってから小一時間が経過した。未だ、先方からのコールは無い。休憩とは名ばかりのものであり、先方として、充分な考察を行う時間が欲しかった為の建前であることは明白だ。恐らく今頃はありとあらゆるデータを専門の機関がクリーニングを行っている状態だろう、とクリスは推測していた。
「先方はどうも――太陽系側から我々の情報を受け取っている、と言う事は無さそうだな?」
軍帽で自分の顔を扇ぎながらキリオ。
「ああ。そんな感じだったね――ヘイスティングめ、何を考えているのやら――」
リーヌの中で幾度と無く、この件に関しての議論を交わしてきていた彼等であった。クリスの今後予想の中には、自分達がエテルナに到達する前に、太陽系側が自分達を重犯罪人と指定して、エテルナ政府に身柄の拘束要求なりを密かに打診する、と言うものがあった。カハヤの能力をもってすれば、フォーチュンの到着よりも早く、エテルナ側に通信を行うことが出来るのだから。
「でもまあ、どんな思惑にせよ、楽と言えば楽なんじゃ?」
キリオが軍帽を戻しながら言ってくる。
「――そうとも言えないよ。向こうは平静を装っているだけ、と言う可能性もあるし」
こちらは少しだけ苦い表情を作りながら、クリストファ。
「そっか――そりゃそうだ」
「まず疑って掛かる、と言うのは好ましいところではないけど……これも、仕方無しさ」
そんなクリストファの表情は大変に暗いものであった。
◆ ◆ ◆
結局、ヤザワ警視から再度のコールがあったのは一時間半後の事であった。
『クリストファ・アレン司令、大統領が自らお話しを伺いたい、との事ですが宜しいでしょうか?』
自身も又、状況にその精神が追い付いていないのであろう。ヤザワはその表情の中に強い困惑の色をも含んでいた。
「はい。喜んで――ちなみに、こちらの資料では貴国の大統領はモンド・アバーレスク氏となっておりますが、間違いはないでしょうか?」
クリスのこの発言はフォーチュンの中にある最新情報に依るものだ。もっとも最新とは言え、一年程も前の情報ではある。無論、エテルナの情報が太陽系に伝わるのに少なくとも数ヶ月を要する、と言う特殊状況がその根底にあるからだ。
だが、こんなクリスの言葉に対し、ヤザワはその表情を幾分、改めた。
『――えー、実は先月、件の大統領は罷免されており、現在は新しい大統領になっております――ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエと言う女性の大統領です』
「変わったお名前ですね――シュバリエとは、しかし?」
敢えて『罷免』には触れず、クリストファ。
『はい。国民の支持率が90%を越えた場合、『シュバリエ』姓を名乗る事を許される風習が本国にはございまして――』
「なるほど、大シモーヌ・シュバリエに肖(あやか)って、と言うことですね」
『はい、左様です。では、そろそろお繋ぎして宜しいでしょうか?』
クリスの口から彼等が敬愛して止まないシモーヌ・シュバリエの名前が出たことに歓びを示しながらヤザワが答える。
「宜しくお願いいたします」
クリスは深く、一礼を行った。
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お繋げします、とフレデリックが述べてくるのに対し、大統領は小さく頷いた。場所は大統領官邸、特殊通信室。その背後に数名のブレーンが待機を行っており、国防委員長のアーサー・ラウンドが大統領の背後に構える。まさか、こんな仕事が発生することになるとは一顧だにしていない国防委員長であり、その背筋には滝の様な汗を掻いてしまっている。着任早々、とんだ貧乏クジを引いてしまった――とさえ。
メイン・ディスプレイに映像がゆっくりと映し出された。自分の不幸な身の上は取り敢えず忘れ、国防委員長はその背筋を正す。
「こちら、エテルナ共和自由国87代大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエです――」
画面の人物は、敬礼を行ってきた。なお、大統領の気付くところではなかったが、これは宇宙軍式の最敬礼であった。
『ご丁寧な挨拶、痛み入ります。強襲巡洋艦フォーチュン総司令官、クリストファ・アレンと申します。お目に掛かれて光栄です、大統領閣下』
その内に様々な感情が溢れ掛ける。ジャニス・シュバリエはその精神を平静に保つのに尋常でない労苦を背負わねばならなかった。
「堅苦しいお話しは後程致しましょう。ざっとの経緯はヤザワ警視からお聞きしました。あなた方の行動に対して、心からの敬意を表させていただきたく思います――アレン司令」
大統領として当たり前の声を出すことが出来て安心しながら、ジャニス。
『そう言って頂けると、非常に報われる思いが致します、閣下』
画面の中のクリストファ・アレンは実際に軽く息を吐きながら、答えてくる。
「幾つか確認させていただきたい点が御座いますけど、宜しいかしら」
ブレーンを含め、自分自身も作成した質問事項を載せられたウィンドウを自端末で立ち上げる。
『ご随意に』
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大統領はクリスの言葉を受ける度に、実に多くの感情を伴わせた反応を返してきた。
正直、クリスとしてはそんな大統領の所作振る舞いはエテルナと言う大国の長であるにしては、不適切であるようにも感じられたが、個人としては全く、気分を害するところでは有り得なかった。
実に、そんな大統領に対して強い好感を覚え始めている自分自身であることは自覚している。自分の隣で、時折補足を付け加えているキリオや、艦内全体にてこの会談を見守っている連中も同じ感想を抱いていることだろう。
大きく相槌を打ち、大口を開けて驚きを表し、その頭部を両の手で抱えて嘆き、時には笑い声まで立てる。
平時の際の大統領とはこんなものなのか――やや、人が悪いことを考えてしまうクリストファ・アレンでもあったが。
『ふう――どうも、通信越しと言うのも快適じゃありませんね』
質問の全てが終わったとも思えないが、大統領は些か演技的に手元の書類を集め纏めた。
「同感です」
大統領が続ける言葉を半ば予測しながらクリス。
『アレン司令、エテルナ本星にいらしていただけませんか? 差し支えなければ、の話ですが。場合によっては私が自らそちらに伺っても宜しいのですが』
大統領の背後に立っていた国防委員長が、露骨に体を揺るがせるのが目に入った。それはそうだろう――クリスは一瞬、そんな国防委員長に対して同情の念を抱いた。
「いえ、私が伺うべきだと思います」
『そうですか――その場合、こちらから船を出させてもらいましょうか?』
フォーチュンで突然に降りられてきては堪らない、と言うところであろう。だが、クリスは敢えて言質を与える選択は回避した。
「――お心遣いは有り難いのですが、その点に関してはこちらも部下――達と話を行う時間を頂いて宜しいでしょうか?」
『勿論ですわ』
にこやかに返してくる大統領の顔を眺め、もしかしたらとんでもなく食えない女史なのではないか、と言う疑念がクリスの心を過ぎる。
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『私は反対です!』
誰の発言かと思いきや、なんと指揮卓上のペット・ロボット(猫型)であった。有志の尽力により、マックスの玩具だったペット・ロボットを改良したものをアテナが遠隔操作をしているのである。そのアイカメラの捉えた映像、センサーの捉えた音などはリアルタイムでアテナへと転送されている。ちなみに、その見た目はネコそのもの――と言うよりはネコをモチーフにしたディフォルメ・マスコットに近い物ではあった。マックスの遊び相手となるか、艦橋の指揮卓上でゴロゴロしているのが通常であり、時には暇を持て余している人間の話し相手を務めることもあった。この時はたまたま、艦橋にその居場所を定めていた、と言う事だ。
そんなアテナのコントロール下に置かれたネコは器用に直立を果たし、その両腕(前脚?)を大きく挙げながら、反意を示している。
「アテナ、お黙りなさい」
アテネコ(名前)の頭をクリスはごりごりと撫でた。
『黙りません! ロードをみすみす、得体の知れない地に一人で行かせるなど、到底承服できません!!』
「――得体の知れない地って……」
腰に手を当て、右手を大きく振りながらのアテナの言葉に苦笑を禁じ得ないクリス。
「司令、それでもアテネコの言い分にも一理ありますよ――危険かも分かりませんし」
ムラサメ艦長がその艦長席から声を落としてくる。
「いや、あそこまで大統領に言われて断るのは失礼だ。危険は承知の上だが、致し方あるまい」
「俺も一緒に行こう。それと何人か連れて行くか?」
自分の胸を親指で強く示したキリオは、自分自身の随伴に関しては一歩も引かない構えのようだ。
「――いや、行くとしたら僕とキリオだけで充分だ。確かに、何かが起こらないと言う保障は無い――」
前髪を撫で付けながら、クリス。
「私もご一緒――」
「ソフィ、君には残ってもらわないと困る。フォーチュンの指揮権を全て、君に一任する。何かがあったら、思うように行動してくれ」
艦長の言葉に強引に割り込んだ。上級指揮官が三人も抜けるのは論外。
「そんな――」
尚、言い募ろうとするソフィに対してクリスはその顔を強張らせた。
「もし――何かがあったら――エテルナの深海に潜るなり、アステロイド帯に篭もるなりしてくれ。三年間は問題ないだろう、この船であれば――状況が変わるのを待つのが一番の得策かとは思う」
「――分かりました」
半ば、泣き出しそうなソフィの顔ではあった。
「整備班に連絡を。練習機のワイヴ79号機に、大気圏突入ユニットの装着を行って貰う――」
「それと――」
クリスは、アテネコの尻尾を二度、強く引いた。
『ロードッ――』
主電源をカットされたアテネコは抗議の念を示しつつ、その場で完全に停止した。ふにゃあん――と最後に小さく鳴いて、その場で四肢を折り畳んで目を閉じた。
「――フローラに、ライト=ブリンガのプロペラントを全て、抜いておくようにお願いしてくれ。機動が行えないように徹底してくれ、と。何をするか分からないからな、彼女は」
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『お待たせしました、大統領閣下』
待つことほんの数分、フォーチュンから通信が送られてきた。
「いえいえ、大した事ありませんわよ」
事実、素早すぎる程の返答でもあったので、この大統領の返答は言葉通りの意味を持っている。その姿勢を戻しながら大統領は目前の書類の束をその脇へ追いやった。
『こちらの専用艇でエテルナ本星へと向かわせていただきたいと思いますが問題はありますか?』
「その専用艇は非武装でしょうか?」
純粋に如何なる種類の艇なのかを知りたかった大統領であった。
『ええ。原形は航宙戦闘機ですが教習機と言う事で一切の武装はオミットされております』
問題在りますか、とは付け加えなかったが、その表情が口以上に物を言っている。ジャニスはそんな相手を安心させるために小さく頷いてみせた。
「問題ありません。了解しました。念のため、こちらから護衛機をお出しさせていただきますが」
国防委員長には彼等の単独でのエテルナ訪問を快く思っていない節が見えたが、ジャニスは彼等の意向に全面的に添うつもりでいた。それでも、護衛機を付けなくてはならないのは大前提ではあった。この申し出を蹴飛ばしてくれるなよ――と心から願いながらの大統領の言葉である。
『構いません。誘導に従えば宜しいのでしょう?』
即答。
「はい。航宙警察から三機、派遣させていただきますので、指示に従っていただければ幸いです――」
ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエは一つ、大きな息を吐いてから言葉を続ける。
「――そして、これが重要なのですが……貴船フォーチュンはその宙域に留まっていただきたく思いますが宜しいでしょうか――」
『とは――?』
彼のこの尋ね返しは、事情をおおよそ認識しておきながらの言葉であり、空々しい響きを併せ持っていた。ジャニスは目の前の男がただの軍人では無いことをいよいよ悟りつつあった。
「はい。正直申しまして、現段階で国民に無用の混乱を与えたく無いのが本音でして――」
型通りの返答を返す。もっとも、それが一番事実に近い。
『心得ました。艦長に命じておきましょう』
画面の中のクリストファ・アレンは軍帽の鍔に手を掛けつつ、頷いた。
「感謝します、アレン司令」
『こちらこそ、大統領』
通信越しでの会談はこれにて終了と言う雰囲気が両者の間を等しく流れ始める。先程からタイミングを窺っていた秘書官から差し出された一枚のメモを手に取ってその内容を確認したジャニスは。
「護衛機をこれより向かわせます。以降、パイロット・リーダーの――ええと――リヒャルト・ゾーン警部補の指示に従ってください」
『はい。次はエテルナにてお目に掛かることになりますな。しばしの間だとは思いますが、ご機嫌よう、大統領閣下』
「お待ち申し上げます」
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『それじゃあみんな、行ってくるよ。オミヤゲ、期待してろよ』
ワイヴァーン79号機(複座仕様)のコックピットに乗り込んだクリスが大きく手を振った。
『ご無事で――』
音声だけのメッセージがムラサメ艦長から届けられた。
「ソフィ、後は宜しく。万が一の場合は、君の独断で行動して良いからな」
馴れないパイロットスーツ着用のキリオの補助を行いながらクリス。副司令官こと、ヒムラ・キリオがその全部座席。総司令官クリストファ・アレン自らがワイヴァーンの手綱を握る。
『了解。キリオさん、司令を宜しくお願いします』
「お願いされよう、艦長。不良技師達の面倒、ビシッと見てやってくれよ」
『はい。分かりました。お二人とも、お気をつけて』
名残は尽きないのだろうが、ソフィは自ら身を引いたようだ。
「「ラージャ!」」
クリスとキリオの言葉が重なった。
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『79号機の以下のコール・サインはいかがいたしましょうか』
メイン・オペレーターであるシャルロッテの声が79号機の空気を震わせる。
「任せる。面倒だ。適当に考えておくれよシャリー」
各種電子系のチェックを無駄無く行いながらクリス。
『Yahhhhnn…(りょーかいっす)、じゃあ月並みですけどANGEL01と言うことで』
クリスとキリオは同時に吹き出した。
「どこが月並みなんだか…まあ、許す…いいよな?」
振り返りながらキリオ。未だ、ヘルメットは装着していない。
「フォーチュン管制、了解した。以降、79号機のコール・サインはANGEL01と確定――」
『Fortune favors the Braves!!(幸運の女神は勇者達に愛を向ける)』
サブ・オペレータのナナが張りを含んだ声を上げてくる。
電子系、操縦系、一切異常なし。FIRE CONTROL(火器管制)に纏わるチェックが無いとこれほどに楽だとは――クリスは一人、苦笑した。含み笑いの音が漏れたのか、教習生席のキリオが訝しげに振り返ってくる。なんでもない、と答えてから、クリスはキャノピ(風防)の密閉を実行する。
「クリス、オミヤゲ、待ってるからなあッ!!」
閉じる間際、そんな肉声を飛ばしてきたのはフローラだった。二次装甲に覆われる寸前に、キリオとクリスは揃って親指を立てて示す。
「ようし!! 出撃する!!」
クリスは宣言。
「――出撃じゃねえって」
露骨に苦い笑い声と共に、キリオ。
「――すまん」
クリストファ・アレンは心から赤面した。
◆ ◆ ◆
同時刻、フォーチュンに向けて飛行中の『護衛部隊』――正式にはエテルナ航宙警察カハヤ署所属、特殊巡視機動部隊所属『ロンド』隊。
『信じられますか、警部補殿――』
クリストファ・アレンの搭乗する機体をエテルナ本星までエスコートせよ、と大統領直々の命令を受けたリヒャルト・ゾーン警部補に弱々しい言葉で訴えてきたのは部下の一人、ナグモ・イドリス巡査であった。
「信じるも何もない。目の前にあるのは幻では有り得ない。現実だ。それともお前、自分の愛機と何よりも自分の目を信じることができないのか?」
腕は立つが、どうもその精神面にまだまだ甘さが残る――そう考えながら答える警部補であった。
『ですが、900メートル近い船舶だなんて……しかもこれ、どうやら軍艦でしょう?』
「ナグモ巡査、当て推量で物を言うな。我々に課せられた任務のことだけを考えろ」
いい加減に癇に障り始めた警部補の言葉は冷たく、現実的だった。巡査は二の句を接がない。
『まあまあ、イドリスも、警部補も、落ち着いて。もっとフラットに行きましょうや』
通信に割り込んできたのは最後の部下、リー・パルク巡査長だった。
『――フラットに……心掛けます』
ナグモ巡査が素直な返答を行ってきた。
「まあ、俺も言い過ぎた。だが、任務は任務だ。リーが言うようにフラットにあたれ」
『『アイアイサー』』
◆ ◆ ◆
「閣下、宜しいですか?」
マニキュアを塗り直している大統領に対し、国防委員長アーサー・ラウンドが執務机の上に両の手を突いた。
「宜しくないわ――アタシ、忙しいの」
マニキュアの『乗り』を慎重に眺めながら大統領。国防委員長はそんな返答を受け、見るからに萎んだものだった。
「――ごめんなさい。冗談よ。何、国防委員長?」
冗談に聞こえない、と口に仕掛けたラウンド国防委員長であったが、無論口には出さない。
「SWAT(Special-Weapon-Attack-Team=特殊火器装備部隊)の出動要請が出ていないようですが、これはどういったことでしょうか?」
大統領はフン、と息を指に吹きかける。お気に入りのマニキュアではあるが、どうも速乾性は今一つ。
「聞いておりますか――大統領」
「聞いている。出動命令は出していない。それだけ」
それだけを答えると大統領は右手にマニキュアを塗る作業を開始した。
「かのクリストファ・アレンがテロリストで無い、と断定する情報はありません。どうか、御一考を――閣下」
大統領はその手を止めて。
「アーサー・ラウンド」
「はい」
「あなた、彼等の立場に立ってご覧なさい」
「???」
「わざわざ、安全地帯である母船からホイホイと降りて裸同然になることが出来て?」
あなたは大統領になれそうにないわね――あわや、口にするところだった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章