2708年01月01日
第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - III
CAUTION…WARNING…
いけない。ロード自らの命令を受けはしたが、到底承服できない。
いけない。
誰?
何が――?
お前は誰だ。
駄目――いけない。
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「手伝ってくれて、ありがと。助かったわ、ミラン――」
整備クレーンの上から右腕を出しながら床面のミランダに声を投げたフローラである。
「いえ、手伝いって程じゃないですよ――それより」
手元の専用端末に、抜き取ったライト=ブリンガのプロペラント(増漕)を整備ブロックへと収納する命令を打ち込みながらミランダが声を続けた。
「――アテナが落ち着かないみたいなんですよね。……私、もうちょっと『彼女』の傍にいます。フローラさん、他にもやる事あるでしょう?」
「落ち着かない? ――んしょっ」
数メートルの高みから、その長身を飛ばし降ろすフローラ。危なげは全く無い。
「司令の命令もあって、そのマスター電源を諸共に落としはしたのですが、彼女――眠ってくれていないみたいなんです」
完全整備状態に置かれているRLの姿は両の腕を投げ出して項垂れているようには見える。フローラは一つ頷いてから、ミランダの肩に手を回した。
「分かった。じゃあ彼女はお願いね。私、一応のスクランブルに着くからさ」
左腕に刻まれた『シルフィード(風の妖精)』を叩く。
「そちらには私は着かなくても良いですか?」
同じ『シルフィード』の意匠をミランダは示し返した。フォーチュンにあって、このマークを腕に刻んでいる人間は五名しか存在しない。
「実戦は未だ、あなたには無理よ――勿論、そんな退っ引きならない状態にならないことを期待するけどね」
最後に強くミランダの背中を叩き、フローラはその赤毛を大きく揺らして笑った。
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「リンダさん、キリオさんのお見送りに行かなくても良かったのですか?」
朔風館で食事を一人で摂っていたリンダ・フュッセルに対し、意外そうな顔付きで述べてきたハタナカ・ダイサクである。その両手に抱えられたプレートにはカツ丼の特大盛りが乗せられている。
「――見送り? なんで?」
同じくカツ丼――こちらは並盛り――を進めながら、リンダは質問者と等しい怪訝な表情で答える。
「――なんで……って言われるとこちらも困るんですが――」
リンダと同じテーブルに腰を落ち着けながらダイサク。
「こっちは【メンテナ】の開発でテンヤワンヤだわよ。あんな宿六(ヤドロク)の心配をしている暇なんてありゃしない」
どこか不機嫌そうに付け合わせの『たくあん』をボリボリと囓る。
「シム(シミュレーションの略)の結果はオーライが出たんでしょ――ヤオ判定」
先に玄米茶を啜りながらダイサク。
「動いただけよ。忘れちゃ駄目。戦闘兵器なんだから」
「主任の【ver.α】とは全く別物なのですか?」
「――そうだね。コンセプトはほとんど同じ。ただ、キリオのはちょっとアタシから言わせると――なんというか、品が無いってゆうか――一緒にして欲しくは無いなぁ」
当の本人が聞いたら大変に機嫌を害しそうなリンダの発言だ。いずれにせよ、ダイサクを始めとして、ほとんどの人間はリンダとキリオが自ら開発に当たっている【ライト=ブリンガ】の『【team-α】版』とでも表現するべき機体についてのことは全くと言って良いほどに知らないのである。リーヌ航海中において『量産型航宙艦』のベース・プランを3パターンと、現行の主力航宙戦闘機【ワイヴァーン】の性能を越える機体の開発を終了していた彼等ではあったが。
無論、その何(いず)れもが机上のプランに過ぎないことは述べるまでもない。搭載していたワイヴァーンの各部をバラして考察に当たると言うことまで彼等は行ったが、戦闘機をまるごと一つ、建造するような設備も資源まではさすがに『フォーチュン』には積まれているところでは無かったのである。
ちなみにダイサクに限らず、多くの人間にとって『各』RLに関しては当事者達が気の向いた時に漏らす発言の断片から推測を行うことしか出来ないでいる。
ヒムラ主任の【RLα(仮名)】は『護』が。
リンダ姐さんの【ライト=メンテナ】は『攻』が。
コンセプトとして据えられているらしい――
今の所、スタッフ達が茫洋と認識している情報はこんな程度のモノに過ぎなかった。
そこまで厳しく秘匿を行っているという点に関して、表向きの理由は『部下達に迷惑を掛けたくない』と言う事をキリオもリンダも折に触れて言ってはいたのだが、それは正に表向きに過ぎないことは誰の目から見ても明らかなことであった。
「――なんかさあ、二人とも単に意地になっちゃってるんだよな」
ある日、『一杯呑み屋 〜赤提灯〈改〉』で焼き鳥を摘みながらオリバーは相棒のチャーリィに言ったものだ。
「へえ――やっぱりエンジニアとしての、ってことかいな」
熱燗を傾けながらチャーリィ。そんな二人の様子を店の親爺ことキムは微笑ましく眺めやっていた。マエダ・ユキノのプロデュースを受けた結果、人々が足繁く通ってくれるようになった。素晴らしいことだ――そんなささやかな幸せに浸りきっているキムの視界にノソリと現れたのが噂のリンダ・フュッセル女史であったことを当然、キムだけが知っている。オリバーとチャーリィにとっては死角もいいところだ。と言うより、背中を向けているのだから。
「特にリンダさんは完全に主任に対するライバル意識ブリバリって感じだよ」
「ふんふん」
互いの湯呑みに熱燗を注いで相槌を打つチャーリィ。
「っつうかあの人って昔からそう言うところがあってさ――」
――おいおい、君達いい加減にした方が良いよ
キムは心の中で滝の様な汗を噴出させた。噂の当人が彼等の真後ろにいるのである。露骨に注意を呼び掛けるのもどこか憚られ、キムは懊悩した。そんな親爺の胸中を知ることもなく、二人の会話は続く。リンダは彼等の後ろで微妙な微笑みを湛え続けていた。
「でもリンダさんの場合、それはありそうだね」
「そうそう。本当にガキっぽいんだから――へぶちっ」
店の看板、文字通りの『赤提灯』によって二人がその背後から強襲を受けたことは述べるまでも。
「看板を凶器にするのは止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ――」
キム・レクソールの悲痛な叫び声が。
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「指定宙域に感有り。通信を開くよ――キリオ」
「いちいち確認を取らなくても構わんよ」
キリオは機外の様子をいささか神経質に眺めながら答える。今や79号機の乗員であるこの二人組みは気密服を完全に着用していた。
「――キリオ、念の為にバイザーを下げろ。チューブの確認はこちらでも出来るけど、最後に目視で確認しておくのを忘れないで」
自らのヘルメットから通信ケーブルを引き出して機体備え付けの通信ジャックに芯を慎重に差し込みながらクリス。
「了解――いやしかし、絶景かなぁ」
視界のほとんどが漆黒の宇宙空間に締められている状況にキリオは溜息を吐いた。かく言う彼にとって、艦載機での飛行というのは初めての体験に他ならない――機動テストの名目で月面を滑るように飛んだ記憶はあったけれど。そんなキリオはクリスの言い付けを思い出しながら、自らのバイザーを閉じた。その逼塞感たるや相当なものではある。酸素を摂取できるだけ、と言うシステムでしかないのだから当然である。大昔の宇宙飛行士達の労苦はこの比ではなかっただろうが。
『こちら、『フォーチュン』発、79号機。搭乗人員は申告の通り、クリストファ・アレンとヒムラ・キリオの二名であります』
クリスの綺麗な声がキリオのメット内にも等しく響く。
『こちら、カハヤ署、特殊巡視機動部隊――通称『ロンド』隊であります』
微かにブツブツと音を混ぜながら、それでもクリアな音声が飛び込んできた。
『了解――大統領から窺ったリヒャルト・ゾーン警部補であると推察いたしますが?』
『如何にも。リヒャルト・ゾーン、そしてその他二名二機にて貴機の護衛任務に当たらせていただきます』
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程なく合流を果たしたリヒャルト・ゾーン警部補が率いるロンド隊とワイヴァーン79号機。もはや、キリオはその相手の機体の細部に至るまでを目視できていた。なかなか頑丈そうなフレームだ。今は収納されている翼は大気圏内での機動をも可能とする機体であることを示しているのだろう。
――いい仕事、してますなぁ
そんなエテルナ航宙警察の機体設計者に対してそんな労いの言葉を掛けたくなるキリオであった。大気圏内での機動と真空の宇宙空間での機動を両立させるのは簡単なことではない。なお大気圏突入用、並びに圏内機動用のユニットを装備しているこの79号機(教習機)もまた、相手側からの熱い視線を受けている。
曰く、ミリタリーオタクのナグモ・イドリス巡査。
『すっげぇ……ホンモノの【ワイヴァーン】だ……』
武装はオミットされているものの、戦闘を前提に置いた機体の持つ力強さに震えに近い物を怯えながらの独り言。カラーリングが白とオレンジなのは教習機であるということだろう。事実、本来は単座で在るはずの機体だが、自分の目の前で静止している機体は複座であった。
『理想的な大気圏突入機動をこちらが算出させていただきましたが御一考願えますでしょうか?』
データの諸元を同時に送付しながらのゾーン警部補の太い声が響く。クリスはそんなデータを一瞥。突入角度、突入速度、そして目的地までの燃料消費量を瞬時に計算。
『確認させていただきましたが、問題はありません。これで行きましょう』
驚いたのはゾーン警部補だけではない。キリオは実は自らもその計算に当たっていたのだが、彼が『解』を捻り出すよりもクリスの結論を含んだ言葉は遙かに早かったのだ。
『早いですな、アレン殿――』
焦りを含んだ苦笑を作りながら、警部補。
『タイミングに関してはそちらにお願いします』
クリスは声のトーンを一切、変えないで答えた。
『了解しました。差し当たって、我々に付いてきてください。先頭に自分が――貴機の両翼に部下が付きますので』
事務的な声に戻しながら、ゾーン警部補が。
『お手柔らかに』
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『ところでお前さん、大気圏突入なんてやったことあるのか?』
キリオが器用に前席からヘルメットごと振り向いてきた。
『無い』
薄いスモークが掛けられたバイザーの中でクリストファ・アレンがどう言った表情を構成しているのかの見当は付きにくい。無論、キリオはその心臓を大きく跳ね上げた。
『ななななな――無いって――』
両の腕をぶんぶんと振りながら、キリオ。
『シミュレーションを二回だけ、軍にいた時に行った。大丈夫だよ』
人の悪いクリスは一つ、付け加えた。
『泥船にのったつもりで安心したまえ、キリオ――』
『やだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
ヒムラ・キリオの哀しい絶叫が響いた。
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「機体状況、異常なし。突入準備完了」
目まぐるしく変わる計器類に素早く目を走らせながら、クリス。
『確認。予定ではトリトン湾に降下する手筈になっております』
トリトン湾という響きはクリスの脳内には刻まれてはいない。それを察してかゾーン警部補が言葉を付け加えてきた。
『――アルタミラの北西、約540キロと行ったところです』
「なるほど、楽しみですね」
社交辞令を織り交ぜて返信を行っておきながら、クリストファは79号機の大気圏突入専用装甲――通称『エア・サーファー』の展開命令を入力した。金属同士の擦過音がコックピットにも伝わってくる。
「おやおや、どうやら向こうさんはそのまんま突入するらしいね」
前席でキリオが呟く。何か手伝うことがあれば良いのだろうが、自分の体以上に航宙機を操ることの出来るクリストファ・アレンと一緒とあっては彼が手伝えることは全く、存在しなかった。先程までは叫び声を上げたりもしていたが、もう戻ることもできない以上、彼としては腹を括るしかない現実があったこともある。
「冷却剤を巧みに纏うんじゃないのかな。多分」
サーファーの展開を画面上と、そして確認を行える範囲で目視を行いながらのクリスの言葉だ。
「ふむ、確かにあの形状であれば考えられるな」
クリスの観察眼の鋭さに脱帽するキリオ。
『こちらの最終準備完了。一切問題なし』
ゾーン警部補のヘルメット、右チャンネルからのクリストファ・アレンの返答だ。
「了解しました。それでは、しばしの間、お別れですね」
護衛対象機における何かしらのパーツ――大気圏突入用の特別ユニットだろう――の変形はゾーンの両目にもしっかりと捉えられていた。
『まあ、十分後にでも』
この時代にあって尚、大気圏突入時の無線の使用が不可能となる時間が存在する。ブラックアウトと呼ばれる現象であり、突入速度、角度によってその時間は当然、異なってはくるのだが、アレン氏が示してきた十分と言う時間は相当な余裕を意識したものだった。
「了解。ご無事をお祈りします――それではまた、後程」
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『ふはあ、本当に碧(みどり)色なんだな、エテルナって』
降下モーメントのカウントが三十秒を切った中で、キリオがそんな声を上げてくる。クリストファに念を押され、バイザーを完全に閉じた状態での発言だ。
『成分組成が地球の海とは異なっている、って聞いたことがあるな――』
刻々と減っていく数字を眺めながらクリス。
『綺麗だ。みんなにも見せてやりたいな』
ディスプレイの一面に広がるエテルナの『碧』を目の当たりにしたキリオは心からそう思ったものだった。
『録画しているよ。後で上映会だな、こりゃ』
『さすがは総司令、抜かりがありませんな』
『そういうこと――さあ、きちんと正面を向いておけよ、キリオ。そろそろ突入だ』
ミシミシ、と何かが軋む音がコックピット内にも伝わってくる。キリオは大きく生唾を飲み込んで、その姿勢を正す。
電子音が一つ、軽快に鳴った。
管制端末表示に『大気圏突入』の赤文字が点灯。
『Gooooooood Morning, ETERNA!!』
キリオは大きく、そう叫んだ。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章