2706年01月01日

第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - V


「ふうん、なかなか格好良いわね――機能美、って言ったところなのかしらね? 私達の『機体』とは設計思想が根本から異なっているからかしら」
 ジャニス・シュバリエはその乱れる髪を両の手で軽く押さえながら、感想をそのまま口にした。
「――同感です、大統領閣下」
 国防委員長が続いて見せたが、これが追従であったのか、それとも彼が純粋に感じたものだったのかは不明。

 今や、彼等の誇る【シュベルト】に三方を囲まれて、【ワイヴァーン】がエテルナの大地にその羽を休めていた。

「大統領、御自らがお迎えに上がるのは危険かと――」
 国防委員長から目で促され、副委員長が今にも泣き出しそうな顔で大統領に進言を行った。
「あなた方の気持ちは分からないでもないけれど、彼等が私を殺害するつもりだったら、とっくのとうに行っているのではなくて?」
 実はジャニスは今少し厳しい言葉を投げ付けるつもりだったのだが、先刻より彼等に対しては些か棘を含む言葉を提供し続けていることに気付いたこともあり、彼女としては『ソフト』な発言となってしまった。
「それはそうですが、それでも――仮にも一国の元首ともあろうお方が――」
 脂汗を垂らしている国防副委員長には悪かったが、いよいよジャニスは棘を放った。

「SHUT-UP(お黙り)!!」


   ◆ ◆ ◆


 いよいよ、ライト=ブリンガは自身を拘束していた整備台を砕きながら、工房ブロック内で立ち上がった。トラクタ・ビームによる熱風が盛大にブロックの中を吹き荒れる中、ミランダは周囲の人間に気密服の装備を命令した。
「ミラン、君も――」
 マグネット歩行により、辛うじて自分の体をその場に留めつつ、スコットが声と腕を伸ばしてきた。
「私は構わない。アテナを止めるから――」

「バカっ――」
 スコットの行為を無下にしながら、ミランダ・ルヴァトワは重い足を必死に持ち上げてRLの元へと向かう。熱風が彼女のブロンドを大いに巻き上げたが、どうと言うことはない。

「アテナ、お願いだから話を聞いてッ!!」

 こんなブロック内の荒れ方から鑑みるに、おそらくライト=ブリンガ、アテナは最大出力(マキシマム)の機動を実行しているのだろう。増漕こと、プロペラントタンクを装備した今、『彼女』が恐れるものは何も無くなった筈だ。
 だが、それでも自分の絶叫虚しく、ライト=ブリンガはその動きを留めはしなかった。あろうことか、その左腕を伸ばして――。

「やめなさいっ!!!!」

 先とは比較にもならない、尖った爆音を発することが出来たことに、他の誰よりもミランダ本人が驚いた。そして、なんと。ライト=ブリンガのその動きが一瞬、停止したのだった。

 ――大丈夫、いける!

 勝機を得たミランダが荒れ狂う熱風の中、自分の小さな体――とは言ってもここ半年で身長は10pも伸びたのだが――を前進させるのにはそれでも渾身の力を要とした。ライト=ブリンガはその左腕を壁に掛けられた専用火器、【レーヴァティン】へと伸ばした状態で硬直している。そして。一瞬。ほんの一瞬だったが、確かにその右眼がミランダへと向けられたはずだ。

「そのまんま、そのまんまよ――アテナッ!!」

 もはや、呼吸を行うのもおぼつかない。背後からスコットの怒鳴り声が聞こえるが、ここで足を止めるわけには行かない。クリスと約束したんだ。約束。

 だが、そんな切実なミランダの希望に反して、ライト=ブリンガはその細い指でレーヴァティンの銃把を確実に握り込んだ。主機に接続されたことを認識したレーヴァティンがゆっくりと、その上腕部に巻き付いていって――そして、その右腕が向かう先は――。

 鹿の角に模した、硬化プラスチック製の――

「うわああああああああああん!!」

 ミランダは、腰部に備えられていた工具ドリルを引き抜いた。もう、自分が何をやっているのか分からない。涙と鼻水を多いに垂らしていることで、ただならぬことを行おうとしている自分自身にようやく、気付くことができた。

「そ、それ以上やったら、クリスとの約束が守れない、守れないのよう――死んじゃう、死んじゃうからね、あたし――そんなことになったらーーーーーーっ!!」

 絶叫しながら、ミランダは自分の右手に構えられたドリルの電源を入れた。重い振動が伝わってくるのを感じながら、ミランダはそんな尖端を自分のこめかみに向けた。

「それ以上やったら、死んでやるから! アテナ、あたしが死んじゃうのよっ!! それで良いのッ!?」

 ライト=ブリンガの動きがいよいよ、停止した。

 実剣である【妖刀ムラサメ】に向けられた腕を止めながら、だが。ライト=ブリンガはその顔をゆっくりと、足元のミランダに向けた。鼻水と涙に顔面の全ての所有権を明け渡したミランダ・ルヴァトワに。


   ◆ ◆ ◆


「さあ、降りようぜキリオ」
 六点からなるベルト――拘束具――を大仰な動作で抜きながら、クリスは言った。エテルナとは言え、完全武装を施された特殊部隊にでも囲まれることを想定していたクリスとしては甚だ微妙な空気ではあったが、こと、此処に及んでは考えを巡らせるだけ無為である、と達観していたのかもしれない。
「なぁ――二人同時に降りるのはマズかねぇかな?」
 前席のキリオがそんなことを言ってきて、クリスは多いに感嘆した。どうしてなかなか。危機管理能力に磨きが掛かっているじゃないか、と。
「いざとなったら最初に殺してあげるよ、キリオ」
 クリスはあくまでも軽い口調で言いながら胸元のスペース・イーグルを叩いたつもりだった。
「――痛くしないでね」
 と言うキリオの返答は、この場で撃ちたくなる衝動を喚起してくれたけれど。

「――それはさておいて。まあ、虜囚とするんだったら、とっくにやっているさ、彼等は」

 自分の言葉が、実は時を同じくしての大統領の発言とほとんど同意であったことを、クリストファ・アレンはまだ知らなかった。

「開けるぞ。バイザー、まだ開けちゃ駄目だよ」
 キリオに気を遣った言葉を与えながら、クリスは宣言を行った。その親指が『全風防開口』のボタンを押し込んだ。なお、バイザーの開口を禁じたのは、急激な気圧の変化に備えるための措置であった。下手をすれば、鼓膜を損傷する可能性がある。

 鈍い音をその内外に漏らしながら、ワイヴァーンのキャノピーがゆっくりと開く。風防が開いたその瞬間、自分の体が天上に引っ張られる感覚が間違いなく存在したことに気付いて、キリオは苦笑。実は、息苦しいバイザー越しの呼吸から一刻も早く逃れたい、と言うのがその本音であったからだ。

『メット内の表示が緑色の点灯になったらバイザーを開けて大丈夫だから』
 もはやただの技術者ではないヒムラ・キリオにそこまで説明する必要があったのかどうかは分からなかったが。

 ――おやおや、女王様、御自らのお出ましとは

 キャノピーの向こう側――つまり滑走路の直上において、数名のスーツ姿を従えた長身の女性の姿をクリスは確認することができた。赤で統一されたそのスーツはいかにも、活発的な印象を与えてくれる。大統領閣下に間違いない。

 気圧調整が滞り無く終了したことを知り、クリスは自らのヘルメットに解除命令を入力した。アタッチメントが稼働して、ヘルメットが首後ろへと内臓モーターの稼働によって跳ね上げられた。その刹那、クリストファのまとめられていない長髪をエテルナの風が強く洗った。
「うっ――」
 これまでの混合酸素の無機質な香り、味わいとは比較にもならない萌え立つ緑の香りの流入に、クリスは思わず呻き声を漏らしてしまった。
「自然の空気はやはり良いなあ」
 クリスと等しいタイミングでバイザーを開けていたのだろう。キリオは両の腕を大きく振り翳しながら深呼吸を繰り返していた。
「ちょっとキツイがね――」
 咽せ返りそうになる気管支をどうにか落ち着かせながらのクリスの一言であった。
「そおか?」
 そんなクリスの弱音を意外そうに受け止め、後部座席に振り返ったキリオはだが、信じられない光景を目の当たりにすることになった。

 口元に左手を宛った状態で、その全身を戦慄(わなな)かせながら、彼の司令官は。

 クリストファ・アレンは大粒の涙を流していたのである。

 おい――キリオは声を飛ばし掛けたが、理性に依らない何かがそんな言葉を呑み込ませた。

「なんだ――どうして――これは――」
 虚ろに呟きながら、クリストファ・アレンはその手の平を眺めていた。どうやら、本人にとってもその涙の理由は不明であるらしかった。自身の手の平を叩き続ける水滴を忌々しげに睨み付けながら、聞き取ることのできない独り言を言っている。

「クリス、気持ちは分からんでもないが――ホレ、大統領が来たぞ」
 そんな総司令官の気持ちを理解できる筈も無かったが、キリオは総司令官、いや――友人――に対してそんな言葉しか投げられなかった。ナイスバディなご婦人が(キリオ主観)そのピンヒールを打ち鳴らしながらこちらに向かって来ているのは事実でもあったし。

「あ――ああっ、すまない――」
 我を取り戻したのか、クリスは気密服の胸ポケットから取り出した手拭いでその顔面を些か乱暴に拭った。どうにか、涙の流出を堰き止めることができたらしい。

 当の本人よりも安心して、キリオはステップの展開命令を直接、副操縦士席から打ち込んだ。機首側面、つまりコックピット部分の装甲が変形し、軟質ゴム製の梯子が降ろされていく。

「んじゃ――まあ、オイラから、な」
 クリストファの承諾を得るよりも先に、キリオはその体を半ば投げ出しながら梯子に掛かった。軟質ゴムとは聞いていたものの、なかなかどうして。縄梯子の類に比べれば、この安定感は比較にもならない。実体験を以てその有効性を認識しながら、キリオは自らの体をゆっくりと、慎重に地面へと向けた。

 ヒムラ・キリオの二の足がエテルナの大地を踏んだ。

 感動に近い衝動が自らの内に沸き起こることを想定していたキリオだったが、特にこれといった感慨は無かった。『ああ、エテルナの地面だ』と言う、シンプルな構文で終わってしまう程度の感想。

『なんつーか、もっとこう……ズガーン、ヒシッ、ウォーッ、みたいな感動があって然(しか)るべきなんだろうなあ――』

 そんなことを考えていたキリオだったのだが。

「あぶなーーーーい!!」

 突然、そんな自分の聴覚を強く刺激してきた声が、誰のものであるのか判断は付かなかった。どうやら、ナイスバディな件の大統領閣下の絶叫だったのか。

 ゴチン。

 何の音だ、と思った時は既に遅し。

 キリオは、自分の目の前に正に『星』が散るのを認識した。

 意識が消え掛かる。いや――消失した。


 果たして。ジャニス・シュバリエとその側近の目前で、意識を失ったヒムラ・キリオを懸命に介護するクリストファ・アレンと言う、シュールな場面が展開されることになった。

 クリストファ・アレンがその足を踏み外してしまい、抱えていたヘルメットがヒムラ・キリオの脳天に直撃を果たしてしまったためである。


   ◆ ◆ ◆


 ――自分は、何をしてしまったのだろう。

 崩れ落ちた整備台、そしていつの間にか装着されている【レーヴァティン】を確認して、アテナは愕然とした。
 その瞬間、大泣きを行っているミランダ・ルヴァトワの行状――工具ドリルを自らのこめかみに突きつけている――に気付いて、アテナはいよいよ驚愕した。

『――ミラン、危ないですよ、止めてください!!』

 言語野を刺激する前に、そんな言葉が『口』をついた。

 何が起こったのか、定かではない。だが、ミランダがその危険極まる動作を解除してくれたことには『心』から安心した。
「アテナ、もう大丈夫なのッ!?」
 ドリルの電源を切りながら、ミランダがその声を張り上げてきた。張り上げる必要もないだろうに、と感じたアテナだったが、自らの『肉体』が最大出力に依る機動を実行していることに気付き、慌ててその出力を絞り込んだ。

『申し訳ありません。些か、自分を見失っていたようで――』

 ――自分は、本当に何をしていたのか――アテナは再々度、愕然とした。

 未だブロック内を荒れる風の中、ミランダは腰部に固定されているワイヤー・ガンをライト=ブリンガの頭部アンテナへと飛ばした。狙い違わず、二本のワイヤーが通信アンテナの一つを確実に絡み取った。
『――ミランダ?』
 察したアテナが、出力を完全に絞り込んだ左手の平をミランダの足元へと向けてきた。
「ありがと、アテナ」
 固定したばかりのワイヤーの解除を行って、ミランダは自分の体をライト=ブリンガの大きな左手へと飛び乗せた。
『何かご用でしょうか?』
 ゆっくりとミランダを持ち上げながらライト=ブリンガがその頭上から声を落としてくる。
「ごめんね。私が一緒にいるから、落ち着きましょうね、アテナ」
 親指の関節を撫で付けながら、ミランダ。

『――ありがとう、ミラン』

 何故、お礼の言葉が口をついたのかは分からない。だが、『彼女』の中に、不可思議な感情(?)が芽生えているのは間違いのないところであった。

 ――得体の知れないものに対するこの感覚は、人間で言う『恐怖』にあたるのだろうか?

 ミランダをコックピットへと迎えたらまず、自分自身の全てをスキャニングする必要があるだろう。一体、『私』の中には何が。

 アテナは、『恐怖』した。

 そして、自分の周囲に群がり始めたスコット達が大慌てとなっている様子を見せているのに気付いて、ひどく申し訳のない気分へと至るのだった。

    ・
    ・
    ・

「大丈夫か、キリオ――」
「むぅーん」
 エテルナの大地への不本意な接吻を強要されたキリオはだが、直ぐにその意識を取り戻すことができた。
「ああー、良かった……」
 キリオの上半身を抱えてその顔を覗き込んでいたクリスが、大きく安堵の息を吐いた。
「一体、何が――」
 自分の後頭部――コブができている――を触りながら、キリオ。
「すまない。僕のウッカリミスでヘルメットが直撃したんだ」
 その顔を翳らせながら答えたクリストファだったが、その直後に別の声が乱入してきた。
「大丈夫ですか――医務室へお運びすることもできますが?」
 キリオはその顔を声の主へ向けた。ありゃりゃ――大統領だ。
「いや、大事には至ってませんので――うっ」
 キリオは咄嗟にその顔を逸らした。最後の呻き声に大統領のみならず、クリスも慌てた。
「どうした、やっぱり痛むのか!?」
「違う違う。問題は無い――」
 クリスの腕を振り払うようにして、キリオは自らの体を起こした。ゆっくりと立ち上がって、体の隅々に付着した砂埃を落ち着いた動作で払ってみせる。
「そうか――」
 気まずそうに、クリス。
「いや、本当に問題ないって」
 後で、彼にだけはコッソリと伝えておこう――キリオはそう考えた。大統領の下着(紫)がモロに見えただなんて、この場で発言するわけには断じていかなかった。

「とんだ初対面になりました――大統領閣下、失礼を致しました」
 キリオがその姿勢を正しながら、恭しく述べ上げたことで、その場の全員が本来の目的を思い出すことができた。
「こちらこそ。ご足労をお掛けして、申し訳ありませんでした――ヒムラ・キリオさんでいらっしゃいますな?」
 麗しの紫――もとい、自分とほとんど変わらない高い身長を持つ大統領閣下はその首を微かに傾げながら、暖かい声で応じてくる。
「ヒムラ・キリオです。生憎と移民許可証を所有しておりませんが、どうかお手柔らかにお願いします」
 そんなキリオの発言に、大統領は大きく笑ったが、その側近達の中で等しい笑いを続ける者が誰もいないことにキリオは気付いた。
「そうですねえ――あなた達、エテルナ有史上初の『不法入国者』になるのかもしれませんねえ」
 そう言って、大統領は更に大きく快活な笑い声を続けた。笑うところであるようだったので、クリストファとキリオは等しく、笑いで続く。
「失礼――して、あなたが――クリストファ・アレンさんですね……」
 自力でどうにか笑い声を収めながら、大統領がその姿勢を戻しながら質問を再開した。もっとも、質問と言うよりは断定に近い。
「左様です。クリストファ・アレンです。先刻はお世話になりました――お会いできて、光栄です、閣下――」
 そうしてクリスはその右腕を伸ばし掛けたのだが、途中で引っ込めることになった。エテルナで握手の習慣があるのか未明だったことが一つ。そして、自分が未だに気密服着用であり、そのグローブ越しでの握手は非礼に当たるのではないか、と思い至った為だ。
「こちらこそ光栄ですわ、アレンさん――」
 クリスのそんな逡巡を看破してか、大統領は歩み寄ってくるとまず、キリオの両腕を手に取った。
「気密服着用で――恐縮です」
 半ば、強引に取られた両手を引くわけにも行かず、キリオはグローブ越しに伝わってくる大統領の肉感を感じさせて貰った。
「今まで、何かと大変だったかと存じます――これからが楽になるかどうかは定かではありませんが、どうかひとまず、ご安心なさって下さい。シュバリエの名に掛けて、あなた方を手厚くお迎えさせていただきます」
 その両手を強く強く、握り込んでくる大統領。その目には真摯と言う言葉以外での表現が敵わない程に強い意志が込められていた。
「ありがとう、大統領――」
 目頭が熱くなりかけるのを認識しながら、ヒムラ・キリオ。
「――部下達……いえ、みんなも喜ぶことでしょう――」
 対抗でき得る限りの光をその双眸に乗せて、キリオは大統領の暖かい――グローブ越しで体温が伝わる瀬は無いけれど――両手を握り返した。大統領は名残惜しそうな様子を隠そうともせず、その手をゆっくりと振り解いて、いよいよ隣のクリストファ・アレンに顔を向けた。心臓の鼓動がこれ以上なく、強まっている――他の人間にも聞こえているのではないか、と言う程に。
「クリストファ・アレン――」
 その顔を良く見せておくれ――そんな言葉をどうにか呑み込みながら、大統領はその前に体を運んだ。名前を呼んだきり、言葉を続けようとしないそんな大統領の様子を怪訝に感じざるを得ないクリスだった。人の心を読むことはできないのだから。
「如何にも、クリストファ・アレンです――お会いできて光栄です、大統領」
 ささやかな疑問を裁ち切りながら、クリスはその右手を差し出した。
「こちらこそ……」
 クリスの右手を両手で包むようにしながら、大統領が小さく呟いた。
「宜しくお願いします」
 大統領の剥き出しの両手で包まれた自分の右手に、クリスは左手を乗せた。

 ――しかし、なんと背の高いご婦人なのだろうか。フォーチュン一の大男、リョウ・ターミナと良い勝負かもしれない。しかし、なんでこの大統領は震えているのだろうか?

 クリスは、眼前の大統領を見上げながらそんなことを考えていた。

 片やのジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーはいよいよ、確信していた。


 彼の肉声。肌の色。髪の毛の艶。吸い込まれそうな薄い茶色の瞳。

 彼女の手元に揃えられたデータのことごとくが、『否』を示している状況があった。

 だが。

 『私の知っている、クリストファ・アレンに間違いない!!』

 生物としての人間が所有して然るべき、『本能』――他に言葉は見当たらない。それでも、ジャニスは確信した。



 大統領は自分よりは遙かに小柄な青年、クリストファ・アレンの体を軽く揺すって。






「――おかえりなさい」

posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章