2705年01月01日

第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - VI


「――ただいま……ってのも変な感じですが」
 胸元のファスナーに手を置きながら、クリスは苦く笑った。
「――まあ、こちらは風もあって快適ではないでしょう。特別室を用意しておりますから、そちらでお話ししましょう」
 心無しか、その表情に陰を含ませながら大統領が提案を行って、控えていたSPの幾名かに指示を出すためにその背中をこちらに向けた。
「ええ――」
 大統領本人が既に確認できるところではなかったが、小さく頷いたクリスが後ろ隣のキリオに視線を飛ばすと、予想通り、困惑に満ちた表情を浮かべていた。恐らく、自分もそんな顔になっているのだろう、とクリスは悟ることができた。『おかえりなさい』と言う言葉の用法が自分達のそれと大きく異なるとも思えなかったからだ。
「――失礼ですが、武器の類はお持ちでしょうか?」
 大統領が指示を飛ばしている間、SPの一人がそんな言葉を投げ掛けてきた。
「ええ、私が一挺、拳銃を所有しております――」
 気密服腰部に手を当てて示しながらクリスは簡潔に答え、馴れた動作でホルスターごと、スペース・イーグルを取り出した。この『イーグル』はクリストファ・アレンの専用銃で、火星沖会戦後に論功勲章の一環として軍から賜った特別製であり、銃身から始まる全てのパーツが白銀色で塗装されており、そのノーズ・アートがグリップに刻まれていた。通常のスペース・イーグルよりも一回り小振りで、性能が若干は劣るものの、とにかく軽量でもあるため、クリストファ・アレンが艦外(時としては艦内)で装備しているのは大抵、この『アレン・カスタム』であった。
 
 そんなクリスの巧みな動作に目を剥いた――強めのサングラス着用であったから、その目の動きは厳密には分からなかったが――SPに対し、クリスはホルスターを半ば、突き出して。
「――お預けします」
「た、確かに」
 慌てながら、それでもしっかりとした動作で受け取りながら、SP。クリスは最初、彼等がよもや非武装なのか、とも考えたが、自分達から離れた位置で歩哨さながらの周囲警戒に従事しているSP達の幾名かの左肩が等しく下がっており、彼等が帯銃をしていることに気付くことができた。それなりに大口径の銃器をホルスターごとぶら下げているのではなかろうか。

 護衛――とは言え、その実はエイリアン(異邦人)たる自分達の監視であり、そして護衛対象が大統領であろうこともまた、明白ではある。

「アレンさん、ヒムラさん、今から車両をご用意いたします。アルパイン空港は専用貴賓室にご足労を願いますが、よろしいでしょうか?」
 報告を変わろうとする国防委員長を押しのけるようにしながら、大統領が尋ねてきた。
「――了解です、閣下」
 一度、キリオと軽い目配せを行ってからのクリスの返答に、大統領は微笑する。
「その前にさ、一応フォーチュンに通信入れておいた方が良くないか」
 さりげなく、耳に入ってきたキリオの質問に対し、クリスは首を横に振った。
「定時発信だけ行っておけばいいよ。無用に心配を掛ける必要もなかろ」
「そっか――それもそうだな」
 頭上の青空――これもやはり、どこか碧色に見えなくもない――を見上げながら、キリオは頷いた。

 あの空の遙か彼方に、自分達の『家』がある。

 いよいよ、遠い場所に来てしまったという実感が湧いてきたのか、キリオは微妙な寂寥感の発生を否定することができないでいる。

「ホーム・シックですかな、副司令殿――?」

 冷やかしてきたクリストファ・アレンの瞳はエテルナの空の色を反映させており、いつもとは違った印象をキリオに与えたものだ。

「いけないかよう」
 空を見上げていた――たった、それだけの行為でそこまでの追求を果たしてくる友人の観察眼の鋭さと、勘の良さに今更ながらに感心したキリオは、敢えて開き直った。

「僕も同じだ。朔風館でランチ、食べたいよ――」

 クリスのこの発言が『弱音』であったことにキリオが気付いたのは、もっと後の話になる。



   ◆ ◆ ◆


 果たして、クリストファ・アレンとヒムラ・キリオが通された空港の特別貴賓室はそれはそれは立派なものであった。専用車からの降車の手間を必要とせず、直接の入室を可能とするこのシステムは確かに、要人警護用として欠点が無い。
「どうぞ。お掛けになって下さい――」
 マリベル、と車内において紹介を受けた少女が革張りのソファを二人に指し示してきた。その正面に大統領が――こちらは無言で――腰を降ろすのを確認して、クリスとキリオはゆっくりと腰を掛けた。なお、気密服から通常服への着替えをこの二人は行っていなかった。大統領が若干、気に掛けたようであったが、パイロット専用のスーツであり、その着用感が通常の服のそれと大差ないことを当人達の口から伝えられると、安心をしてくれたようであった。実際にキリオの袖などに触れ、感嘆すらを打った大統領であった。
「お飲物は何に致しますか?」
 マリベルがプラスチック製のプレートを二人に恭しく差し出してきた。コーヒー、紅茶に始まる、ありとあらゆるドリンク類がそこにはリスト化されていた。
「紅茶で――」
 プレートを受け取ったのはほとんど、相手に対する礼儀ではあったが、それでも上から下までを眺めてのクリスのリクエストであった。
「じゃあ、僕はこの……玉露…を」
 オーソドックスなコーヒーに落ち着けるべきだったのかもしれないが、エテルナの『玉露』とやらがどれ程のものであるのか確かめたい、そんな誘惑を断ち切れないキリオのリクエストがこれだ。
「いつもので」
 最後に、大統領のシンプルなリクエストを受けて、マリベルは慎ましい動作で一同に一礼を行うと、やはり年季(?)の入った優雅な所作でゆっくりと退室していった。

 そんなマリベルに自らも軽い一礼を行ったクリスは、果たして室内の様子をそれとなく、それでも入念な観察を行った。

 自分の隣にキリオが座っていることは言うまでもない。正面の一人掛けソファには大統領が構えており、その後ろの壁にはその半面を占める程に大きなディスプレイ――窓であると言うことは有り得ない――が設置されている。そして、自分から見て両翼に、システムデスクが設置されており、左側に国防委員長と副委員長が、そして右側に秘書官を兼ねているSPが四名、配置されている。ほんの今し方、マリベルが退室していった扉にはやはりSPが二名、そして外部直通の扉――これは自分達が入室を行ってきた扉である――の前に一名が待機していた。

「さあて、時間は貴重です。本題から入りましょうか」
 頭の後ろに組んでいた腕を解いて、大統領がその身を乗り出した。
「ごもっともです」
 クリスが答え、同時にキリオもその姿勢を正した。
「――先程、通信で行いました話の繰り返しになるやもしれませんが」
 若干の間を意識して置きながら、キリオが発言を行う。
「構いませんよ。私はあなた方から直にお言葉を受け取りたかったし、そして細かな点についての話し合いはどうしても通信越しじゃ――でしょ?」
 頬に掛かる頭髪を掻き分けるようにしながら、大統領が砕けた表現を行ってきた。絶世の美女とは呼べないが、美人だなあ――と、キリオは失礼な感想を密かに抱いている。
「そう言っていただけると本当に助かります――楽になります」
 クリストファはその視線を天井に上げつつ、そんな言葉を選んだ。どうにも時折、大統領が自分に送ってくる意味ありげな視線が気になって仕方がない。女性から色目を使われることには馴れきってしまっているのだが、この大統領の視線は無論、そんな色沙汰に類するものではないだろう――多分。
「あなた方が我々に示してくれた情報は大変に重要なものに間違いありません。これはお金で購えるものでは断じて有り得ない――お礼を言わなければならないのは寧ろ、こちらの方の筈ですわ――」
 大統領はその上半身を声と等しく、伸ばし上げた。こうして見ると、やはり大変な長身の持ち主であることを再認識することができる。ふと、バレーボールに打って付けのキャラクタだ、等とクリスは考えた。意味もなく。
「――杞憂で済めば、と思っておりましたが」
 そうして言葉を締めた大統領の表情が大きく翳りを見せた。キリオに先駆け、クリスがその口を開いた。
「申し訳ありません。こちらから伺うのも妙な話ですが、大統領閣下が我々の言を斯(か)くも信用して下さる背景には、どのような……要素がお有りになるのでしょうか?」
 大統領はいよいよ、渋面を構成した。発生した物音が、主観左側で立ったものだ、とクリス達が気付くのにはやや、時間が掛かったかもしれない。
「――大統領!」
 机を叩き付けるようにして立ち上がっていたのは他ならない、国防委員長だった。アーサー・ラウンドと言う紹介を受けているクリスとキリオであったが。
「なぁに?」
 国防委員長が続ける言葉を簡単に想像できたため、殊更な言葉遣いを選択する大統領だった。
「それ以上は――」
 委員長はそれ以上を続けなかったのだが、続くべき言葉はクリスにもある程度は想像ができていた。防衛機密――そんな言葉がエテルナに存在するのかどうかは疑問だが、その類に抵触するのであろう機密に関して、委員長がデリケートになっていると言う状況なのだろう。
「彼等に隠したところで、メリットはないわよ」
 その両の碧眼にこれ以上の発言を認めないと言う色を灯しながら、大統領。ラウンド委員長はやはり渋面で、ゆっくりと着席を行った。
 すみませんね――クリスとキリオ、二人がその心の中で彼等よりも遙かに年上の委員長に対して謝罪を行った。

「実は、ここ数ヶ月分のデータに異常が見られておりますの」

 最近、馴染みの店の味が落ちた――そんな語り口に等しい調子で、大統領がいよいよ口火を切った。


   ◆ ◆ ◆


 途中でマリベルが人数分の各種お茶を運び入れ、その紅茶や玉露の味に心からクリスやキリオが満足したことをエピソードとして含みつつ――ちなみに、大統領はアプリコットのジャムをこれでもかと放り込んだロシアンティーだった――会談は再開された。

 大統領の話とは、概ねこんな具合であった。

 太陽系は地球本星、そして木星のイオに設置されているエテルナ大使館は、ここ十年、本国――つまりエテルナ――に対して、暗号を用いた特殊通信を継続して行っていたらしい。大統領の説明では細かな点にまでは触れられなかったが、外部からの解析をほとんど不可能とする、非常に高度な暗号であったようである。事実、大使館側から通信衛星カハヤを経由して本国に送られるデータは膨大なものであり、太陽系側がそのデータを逐一考証し、その暗号を看破するのはほぼ不可能である、とのことだった。

 暗号通信とは言え、俗に言う諜報に類するものではなく、異常事態の発生が無い限りは大使館サイドの安定、存在を通知する程度のものであったようだ。

 だが、過去に於いてそんなシステムが駆使された例が唯一、存在した。

 これは『火星沖会戦』が勃発した正にその時であったらしい。戦火の拡大を危惧した当時のエテルナ大使は、『危険度B』を示す暗号の送信を密かに実行していたようだ。もっとも、戦火の拡大は認められず、内乱で終結してしまったこともあって、それ以上の騒ぎにはならなかったそうだ。

 だが、今回。

 エテルナ側の通信衛星カハヤの情報処理室が、暗号化の施されていない情報を入手してしまい、ちょっとした騒ぎになった。丸二日のことに過ぎなかったが、それでもこれまでには有り得ない状況ではあった。言うまでもなく、データそれ自体が太陽系からアポロン星系にまで到達するのにはおおよそ三ヶ月を要としている。情報処理室は直ちに、その空白の二日間に対する質疑を送信したが――当然、暗号電文で――未だに返答は戻ってきていない。

 こちらが送信し、相手が受信。そして相手が送信、こちらが受信。

 こんなシンプルな電文の遣り取り一つを取ってみても、半年以上と言う歳月を要する、と言う救い難いほどに劣悪な通信状況を鑑みれば致し方ないことではあるが。

 情報局だけでなく、エテルナの政治上層部は深刻ではないが、些か苛立った日々を持ち続けざるを得ないでおり――。

 ――そんな最中、【フォーチュン】がリーヌを突き破って到着してしまった、と言うのが今の状況だった。

 なお、そんな空白の二日間を除き、以降の通信はマニュアルに即したものとなっており、その暗号にも異常は一切が認められないとのことだった。ちなみに、太陽系側からの情報に一切の異常も又、見当たらない。大統領の印象に残っているのは、平均株価が若干上昇したということと、冥王星近辺の開発事業を再開する、と言ったニュースでしかなかった。

「沈黙は武器――ってことか。やるな、ヘイスティング」

 忌々しげに呟いたクリストファ・アレンに対して、キリオを除く室内の全員がギョッとした目を向けた。
「確かに、これが一番効果的かもしれないな。下手に俺達が逆賊だー、テロリストだーって騒ぎ立てたところで、俺達の人員構成を見ればエテルナ側だって懐疑的に成らざるを得ないだろうしさ」
 クリスの言葉を補足したつもりだったが、些か言葉遣いが乱雑だったかもしれない。キリオは反省をしかけたが、大統領本人は全く、そんな表現に気分を害している様子はない。
「正直、私も困惑を禁じ得ません。全く、本当に何を信じればよいのか――」
 言い刺して、大統領は慌ててその言葉を繋いだ。
「――あなた方を信用しない、と言うわけではありませんから」
 大統領は残っていた紅茶を空にした。

「心中、お察し申し上げます」

 自然、そんな言葉が口の端に乗った。

「――ありがとう、アレンさん」
 大統領は微苦笑。


   ◆ ◆ ◆


「定時連絡に異常はないわね?」
 艦長席でコーヒーを傾けながら、ムラサメ艦長はオペレーター席のシャルロッテ・グルーミングへと声を放った。彼女、艦長が殊更にコーヒーブレイクを決め込んでいるのはクルー達に余裕を見せるのが目的で、半ば演技のようなものだった。
「異常ありません。降機を示すシグナルも相変わらずです」
 手元の端末表示を冷静に確認しながらシャリー。
「そう。何よりね」
 当たり前のような顔で答えたソフィに対して、操舵席に着いているノエル・グリーンが物憂げに口を開いた。
「――大丈夫、ですよね」
 ソフィは軍帽を目深に構えた状態で、そのルージュを開く。
「便りがないのは息災の証、ってね」
 そうですよね、と明るく答えたノエルに救われた思いをしたソフィだったが、長持ちはしなかった。微妙な暗雲がその心を浸食しつつあった。

 一番心配しているのは、恐らくソフィ・ムラサメ――つまり私自身だろう。けど、そんな様子をおくびにも出すわけには行かない。

 どうか、どうかご無事で帰ってきて下さい――声に依らない呟きを行って、ソフィはその軍帽を更に目深に装着した。

 この軍帽はクリストファ・アレンから受け取ったものだった。エクスィード時代から着用していたその軍帽はリーヌ航海中に手を加えられ、その意匠は大きな変化を遂げたものの、ソフィ・ムラサメにとっては大いに慣れ親しんだフォルムを有している。クリスが艦長職を退くことを決意したその時、クリスは新品の軍帽とやはり新品の指揮杖をソフィに差し出したものだったけれど。
『差し支えなければ、今まで艦長が使用されていた帽子と指揮杖を賜りたいのですが』
 そんなソフィの言葉を受けたクリスは少しだけ、ほんの少しだけ照れ臭そうな表情を浮かべながら、それでも。
『臭いぞ』
 と余計なことを言いながら、手渡してくれたものだった。

 そんな軍帽から、仄かなクリストファ・アレンの体臭を嗅ぎ取ることができて、ソフィはしばし、その心を落ち着かせることができた。


   ◆ ◆ ◆


「結局、何だったのよ、一連の騒ぎは?」
 スコットがライト=ブリンガの各種データをクリーニングしていると、その背後からフローラが声を掛けてきた。
「分からない――としか言えない」
 画面を見つめたまま振り向きもせず、スコットはそれだけを返す。
「原因、ある程度は掴んでおかないとマズイよ――何か、手伝うことある?」
 その右肩に手を乗せながらフローラ。
「――そうだな。ミランダが今、コックピットに入ってくれている。もしアレだったら彼女と一緒にアテナの話を聞いてやってくれ」
 この段階でようやく、振り返ってきたスコットだったが、その顔色が異様に悪いのに気付いたフローラは驚愕した。
「アンタ――」
 フローラが息を呑んで言葉を続け掛けるのを大仰なジェスチャーで止めると、スコットは携帯端末を取り出し、何らかの入力作業を始めた。
 程なくして、フローラに手渡された携帯のディスプレイにはスコットの叫びが刻まれていた。

『気持ち悪い。スタンド・アローンで動く兵器なんてナンセンスだ。これは、相当に深刻な問題だ。俺は、怖い』

 判断に苦しむことはなかった。そんなスコットの叫びを読み終わったフローラは無言で、それでも大きく深く頷いた。

 スコットが口頭に依らず、わざわざも携帯に入力を行う形でその意見を向けてきたのは、RLの鋭敏なセンサーが彼等の会話を拾うのが容易であることを想定しての措置であった。

 一理どころか、『百理』ある――スコットに等しく、そう考えることのできたフローラ・ザクソンだった。たまたま、今回は『未遂』としての結末を迎えることができたが、今後、同じようなことが起こらないという保障は無い。ましてや、同じように『未遂』として処理できる保障なんて。

 『本人』は否定していたものの、明らかに『感情』の存在を感じさせる人工知能アテナの『鋼の肉体』、ライト=ブリンガ。

 そんなアテナを我々はあまりにも当たり前に――人間として、キャラクタとして――接し過ぎてきたのではあるまいか。

 空前絶後。過去に一切の例が認められない人工知能――今思えば、その表現も又、適正を欠いているかも知れない――と言う特殊な、いや、異常な状況下を我々は当たり前に受け入れてしまっていたのか。

 彼女は、『兵器』なのだ。

 それも、恐らくは。

 宇宙最強の『剣』だ。

「本当に、このままでは――」
 渋すぎる表情をその白皙に乗せて、フローラ・ザクソンは呟いた。

 クリストファ・アレンに通信を行うべきだ――そんな上申をムラサメ艦長に行うまではもう少しだけ、時間を必要としていた。

posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章