2704年01月01日
第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - VII
「ふん――またまた、随分な難局ではあるな」
エテルナ共和自由国の副大統領、イアン・ハーフヒルは貴賓室隣に設けられている通信室において、濃い緑茶を傾けながら呟いた。
「同感ですな――まあ、飛ぶ鳥を落とす勢いも少しばかり落ち着きそうで結構なことではありませんか」
同じ空間にあり、副大統領に付き従っている中年の男性がそんな追従を行った。
「――声がでかい」
副大統領は窘めながらも、発言の内容それ自体を否定することはしなかった。
「『アルタ』の方にはいかが報告を行いましょうか」
太い縁を持つ眼鏡の位置をさり気なく修正しつつ、声を潜めながら中年。そのネクタイに着けられた銀色のバッジが鈍い光を放っているが、これは『共民党』の党員であることを示すものである。彼が発言の中に含めた『アルタ』と言う響きは『共民党本部』を示す隠語で、『本部』がエテルナ本星は首都、アルタミラに据えられていることがその語源であった。
「ふむ、取り敢えずは手持ちの情報を提出しておけ。それと、件のクリストファ・アレン、並びにヒムラ・キリオに関するデータを、全て用意しておくようにと伝えておけ」
「無論、水面下で――ですな?」
どこか薄笑いを浮かべながらの男性のそんな質問に、副大統領はただ、無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
「ある程度の自衛力はやはり持たねばならなかったのかな――」
キリオの持参したディスクの中身を確かめ、数時間に及ぶ会談を経て――すっかり干上がったカップの底を恨めしげに眺めながら、大統領が呟いた。
「話し合いで決着を着けることが可能であれば武力など、この世の中に必要ではありませんよ」
クリスは淡々と述べ返したが、キリオの両耳はそんな言葉に含まれた痛み――実体験に基づいたクリストファ・アレンの古傷――を拾うことができた。
「難しいところですわね」
果たして大統領もクリストファの『痛み』を窺うことができたのか、そんな言葉を漏らしてくる。
「難しい問題です。ただ、厳しいことを申し上げさせていただくと、難しい問題としてではなく、『現実問題』として――どう対処するべきか、それを考える段に至っていると私は考えます」
クリストファ・アレンの言葉には容赦がなく、キリオは人知れずその胸中で深い溜息を吐いたものだったが――言葉を飾ったところで『益』が存在し得ない無いのは全くの事実でもある。
「認識しているつもりです。最悪の場合はね、あなた方の――【フォーチュン】でしたかしら? あなた方に徹底的に焼き払われた可能性があるんですもの。それこそ、何を考える暇(いとま)も無く、ね」
容赦のないクリスの言葉に対し、大統領が気分を害したという素振りは全く見えなかった。言葉尻にも、そしてその表情にも。
「【フォーチュン】には確かにそれだけの火力があります」
クリスは声を低めたが、これは意識した結果ではない。
「ですね――なんですかね、頂いたこの数値を鑑みる限り、どうやらあなた方の【フォーチュン】はアルタミラの四分の一を、ただの一撃で消滅させることができるみたい……って、ああ――元々のお名前は【アルティマ】でしたね、これは失礼」
机上からファイルを取り上げて、大統領が抑揚に欠けた声を絞る。その火力の凄まじさに対し、大統領は眉唾半分、恐怖半分……そんな割合の感想を抱いているのではないか。クリスはそう推測した。
「核ミサイルも積んでおります。これはさすがに衛星軌道からの投下は不可能ですが、数字上ではアルタミラを879回ほど、殲滅することが可能です」
付け加えの意味だけではない。この大統領に『希望的観測』を捨てさせるためのクリスの発言だった。
「嫌ねえ。本当に嫌だわ。何故、『我々』は平穏に、安逸に生活を果たすことができないのかしら――」
大統領の発言が含んだ『我々』と言う語彙が、『人類』と同義であることを指摘されなければ理解できないような人間はこの場には存在しない。
クリスは一言。
「これで終わりにするしかありませんよ。終わりに――最後にするしか無い」
発言を行った後。これまでに人類がその歴史に刻んできた大戦争の渦中にあって、自分と同じ発言を行っていた人間の数は少数では有り得ないだろうな――クリスはそう思った。
そして、クリスは口にはしなかったが。
『戦争という行為に明確な終止符を打たねばならない』
クリスの中で、何かが形を成したのはこの時が初めてだった。
遙か未来で、【ライト=ブリンガ】は自らの『始まり』を再確認して、微笑みを湛える。
◆ ◆ ◆
「いずれにせよ、我々は決断を急がなくてはならない――」
大統領が立ち上がった。クリスとキリオもその腰を同時に上げて続く。
「――お礼の言葉はまだ、言いませんよ。万事が解決したその時に最大級の賛辞をあなた方に申し上げる。たった今から、それが私の『夢』となりました」
「して、これからどうなされますか?」
大統領のそんな詩情を含んだ宣言には直接、答えないクリスだった。
「戦うのよ」
簡潔な大統領の返事に、キリオが首を捻った。
「侵攻してくる『かもしれない』人達と戦う前に、戦わなきゃならない人達がいるの」
クリストファは、大きく頷きを加えながら。
「大統領、あなたは素敵だ」
ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエは真顔で向けられたクリストファ・アレンの言葉を受け、柄にもなく赤面をしてしまった。
「うふふっ、照れますわね――」
だが、そんな赤面を数秒間ほどで引き締めて。大統領は、システムデスクにて控えていた部下の一人に対し、その紅唇を大きく開いた。
「臨時国会、非常招集!! ジャニス・シュバリエの名において、これより二時間後に全員集合!!」
言葉を受けた国防委員長が、席上で仰け反った。
「に、二時間後というのはあまりにも無茶です――」
酸欠の金魚のように口をパクパクとさせたままの上司に成り代わり、副委員長が抗議を行ってきた。けれど。
「私が大統領なのッ! 文句あるッ!?」
「ありません!!」
絶叫し、副委員長は貴賓室を半ば転がりながら退室していった。
キリオは、もう少しで拍手を打つところだった。勿論、クリスも。
◆ ◆ ◆
「ところで――恥ずかしながら、物資が多少、欠乏気味でして」
副委員長がローリング・アウトしてからおおよそ十分後、慌ただしい通信の幾つかを終えて落ち着いたように見える大統領にクリスは口を開いた。
「物資――ああ、そうでしょうね。ごめんなさい。まるで、思い至っていなかった――何でも用意させますから、遠慮無くお申し出下さい――国防委員長、いいわよね?」
袖のカフスを取り替えながら――どうやら、プライベート用とフォーマル用で使い分けているらしい――大統領が暇そうな国防委員長に言い放つ。その『確認』が半ば、『命令』に等しい響きがあったことに関しては今更、表現を行う必要もないだろう。
「――は、問題は無いと思われます」
どうも面白くない方向に事態が推移しつつあることを悟っていた国防委員長だったが、人道的見地からしてもそんな要請を蔑ろにすることは論外であり――どこか諦観して、頷いたアーサー・ラウンドであった。
だが、それでも。彼等が武器弾薬の類の補給などに言及してきた日には、それは噛み付かせて頂く――国防委員長は静かに密かに、その決意を固めた。
「具体的にはどう言った?」
ラウンドが尋ねる前に、大統領が質問を行ってくれた。端末に添えた自分の両手を不安感が震わせる。ミサイルか、弾薬か、それとも携帯火器の類か――ラウンドはその息を呑んだ。
キリオから手渡されたメモ帳をクリストファ・アレンが果たして、読み上げた。
「えーと……乳幼児用紙オムツ、哺乳瓶、小児用薬品各種……」
大統領はその目を見開いて。
その数瞬の後、口元に手を当てるのも忘れて笑い声を爆発させた。
「あっはっは! ああ、あなた方、本当にナイスガイだわっ!!」
「それはそれは――はっはっは――」
いつの間にか、大統領に続く笑い声を演技ではなく、心から立てている自分自身に気付き、アーサー・ラウンドは困惑した。
「ところで肝心の食料品はどうなのでしょう?」
先回りした質問を大統領。
「ええ――まあ、生鮮食料品が『やや』不足気味ですけど」
クリストファは全く、正直に答えた。隠し立てしても意味はない。
「ふうん――いずれ、船内の皆さんともお会いしたいわね。その時は是非、ご馳走を振る舞わせていただきたいわ――オミヤゲ、たっぷりと抱えてね」
「「大歓迎ですよ」」
二人の異邦人が全く、同時に声を合わせて答えてくるに及んで、大統領は再び、盛大な笑い声を立てた。
◆ ◆ ◆
「リーチェ副長、ANGEL01からコール。席に上げるわよ」
ナナ・マネーシーがいつもの口調で報告を行った。
「ありがと」
フォーチュンの副長、ベアトリイチェ・ノイマンがお礼の言葉を向けるのと同時に、艦長席に内蔵された立体映像が若干の砂嵐を含みつつ――それでも画質は極めて良好だった――開かれた。恐らく、その体のほとんどは機外にあり、ステップからカメラを覗き込む形での送信を行ってきているのだろう。やや、窮屈そうな表情を顔に乗せながら、彼等の『主任』であり、副司令官であるヒムラ・キリオからの通信であった。
『よお。麗しのエテルナの大地より、ANGEL01――ヒムラ・キリオの通信だ。異常はないかな、リーチェ副長?』
そんな副司令の口の動きと、飛び込んでくる音声に若干のラグがあったが、気になるほどのものではない。
「こちらも問題なし。外部からの物理的、データ的侵入も全く認められません。現在、艦長は席を外しておいでです。私で問題がなければ承ります、副司令」
実は、問題は『大あり』だったのだが、敢えて報告を割愛したベアトリイチェであった。もっとも、これはソフィ・ムラサメ艦長のお達しがあってのことだ。そんなこちらの言葉を受け、画面の中のキリオが顎に手を当てるのが確認できた。
『そっか。まあ、こちらも異常は無しだ。想像以上に、大統領が話の通じるご婦人で、拍子抜けしている位のモンではある――』
立体映像の中のキリオが実際に微笑を浮かべた。
『――で、だ。取り敢えず、俺はフォーチュンに帰艦をすることになった。これはクリスの――いや、総司令の意向でもある』
「俺は――ってことは?」
首を大きく傾げながら、ベアトリイチェ。
『ああ。クリスはな、ちょっとエテルナに残ることになった。大統領が、そして何よりもクリス本人が希望してな』
カメラから視線を外しながら、淡々とキリオは言い述べた。彼自身が納得し切れていない、そんな様子はこちらの側から見ても明らかではあった。
「なるほど――で、主任はどうやって帰艦するのです?」
キリオの内心を忖度することは副長の仕事ではない。そんなベアトリイチェは、不本意ではあったが、その頭を実務的なものへと切り替えながら、尋ねた。
『大統領が警備船を一隻、回してくれるそうだ。ご厚意を無下にするのもアレなんでね、そのお申し出に甘えさせていただこうと考えている――ところで、艦長はどした?』
「ちょっと工房ブロックの方に赴かれています。呼び出しましょうか?」
『ふむ――』
立体映像のキリオがその眉間に皺を幾筋か寄せた。
『――必要ない。帰艦時刻が決定次第、改めて連絡をするからさ』
「分かりました。後程、艦長に伝えておきます」
『頼むよ。そんじゃね』
砕けた敬礼を行って、キリオの側から通信が切断された。
◆ ◆ ◆
「必要物資の方は後日、別便ということで宜しいですか?」
国防委員長が手に持ったリストとキリオの顔を交互に見遣りながら言ってくる。
「そうですね――量が量になるでしょうし、そうして頂けるとこちら側としても非常に助かります」
物資の受け入れ準備に関して、神経質に成らざるを得ないキリオではある。天文学的に低い数字であろうとは思うものの、爆発物、そして生鮮食料品の類に関しては毒物の検査も行う必要があるだろう。
「その辺の手続はキリオ、君に一任する」
副司令官とは対照的に、既に気密服からフォーチュン軍服へと衣替えを行っていた総司令官は、自らのネクタイを念入りに締め上げた。
「心得た。じゃあ、一足先に戻させて貰うからさ」
ヘルメットを小脇に抱えて、ヒムラ・キリオはその長身を立ち上げた。
「みんなに宜しく、伝えておいてくれ」
差し出されてきたクリスの手を、キリオがゆっくりと握り返す。
「お前さんもしっかりな――大統領、総司令官をお願いします」
未だそのソファ上で座したまま、二人の会話を控え目に――それでも微笑みを浮かべながら――拝聴していた大統領がゆっくりと立ち上がって。
「それは、シュバリエの名誉に誓って」
キリオは最後に今一度、クリストファの手を固く握りしめた。
これより半時間ほど後に、ヒムラ・キリオは専用のシャトルにてフォーチュンへと帰還を果たすことになる。以後、フォーチュンの側で大統領を始めとする各ブレーン達との折衝、情報交換を行う窓口となるだろう。そして、総司令官たるクリストファ・アレンはエテルナ本星に留まることが決定されていた。婉曲的に大統領が希望をしてきたこともあったし、クリス自身もまた、その必要性を強く認識していたのである。若干、キリオが気に病んだ様子を見せはしたが、大統領の希望と、クリスの決断に秘められた双方の意図を把握できない程、その頭の回転は悪くなかった。とても、諸手を挙げての賛成はできなかったが。
人質――と言う表現は適切では無いかもしれないが、こちら側の誠意をアピールしておくのは悪いことではない。事実、クリスまでもが揃ってフォーチュンに篭もってしまって
はあらぬ疑惑を先方に提供しかねないと言う危険性もある。
その場合に残る人間として、最も強い説得力を発揮できるのは総司令官たる、クリストファ・アレンの存在を置いて他にないだろう。
副司令として、そして何よりも友人としてヒムラ・キリオが譲ることのできなかった一線としての、幾つかの取り決め――フォーチュンとクリストファ・アレンの間で取り交わされて然るべき通信に関して一切の制限を設けないこと、そして何よりも総司令官の身の保全に対して、エテルナ政府側が最大限の力を尽くすこと――に関して彼が神経質になったのは致し方ないところだった。無論、大統領に対しては全面的に近い信頼をキリオは持つに至ってはいるが、その他の人間がどうクリスを扱ってくれることになるのか――と言う点に関しては不安が大きく残る。
『シュバリエの名に誓って』
キリオは大統領が再三繰り返す、そんな言葉を半ば自分自身に言い聞かせながら、エテルナの大地を後にする。
四時間と十三分。
これは、ヒムラ・キリオがエテルナの大気を摂取していた全時間であった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章