2694年01月01日
第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - I
果たして、この場所に私が立つのは何年振りのことになるのだろう。実に五十年という年月が流れていたことを思い出すのには、どうにも時間が掛かってしまった。半世紀、五十年という歳月が長いのか、それとも短いのかは人間に過ぎない身である私が判断を下せるところではない。だがしかし、こんな私が再度、ペンを取る気となれたのは、やはりそんな長い年月の存在があったからではなかったか。
私は今、アルタミラ西北40キロの地点に立っている。緯度にして40度、経度にして60の地点だ。
人はこの地点を『グラウンド・アレン(アレン大地)』と呼ぶ。
直径にして10キロのクレーター。その深さは400メートル近い。
言うまでもなく、あの日、クリストファ・アレンが駆りし『光機』――『神機』と呼ばれることも多かったが、本人が好むところではなかったこともあり、ここでは一貫してこう呼称する――ライト=ブリンガによって抉(えぐ)られた人工的なクレーターである。
幾年を経て尚、人々の目に焼き付いて色褪せることのない奇蹟の光が放たれた結果がこれであった。
そんなクレーターの底から轟(ごう)と駆け上がって来た疾風が、淵辺に立っている私の矮躯を大いに吹き立てる。かつてのクリストファ・アレンがその命を『光』とした場所だ――生々しいそんな記憶が色彩を帯びた状態で再現され、私の涙腺は大粒の涙を発生させた。堪える暇も与えてくれずに。
涙を振り払うようにして顔を上げた私の瞳に飛び込んできた光景がまた、容赦の無いものである。正直、このタイミングで視界へ入れたくはなかったのだが、この場所へと戻ってきた以上、覚悟は定めていた――つもりだった。
もう、想像が付かれていると思う。
私の目の前に飛び込んできたもの。かつては『オリュンポス山脈』と呼ばれていた山脈『だった』ものであったのだが、今は『バシュラ高地』と名称、区分共に変更されている。
光機ライト=ブリンガが、最大出力で無形障壁を展開させた結果、そんな山脈は容赦なくその地上八百メートル以上の突端を削られるという不遇を託(かこ)つこととなってしまったのである。バシュラと言うのは、そのメイン・シールドの呼称であったことは多くの人が知るところとなっている筈だ。
自然界では有り得ない、隙の無い直線。真っ平らなテーブル状の高地。
その違和感たるや、筆舌に尽くしがたい。
また、アルタミラからは遠く離れたネェル・ヨコハマの大地に於いては、今なお、激しい戦闘の痕(あと)が残されている。標高4200メートルを誇っていたヴァインツェル山は今や、その半分ほどの大きさしか所有できていないし、史上最強最悪の大量殺戮兵器である荷電重力波砲が強引に造形した谷はかなりの数が残されている現実がある。付け加えると、ライト=ブリンガが擱坐(かくざ)した痕が――これは意図的に保存されているものだ――その北北東に生々しく残されている。
そんな点に思いを馳せつつ、私は震える手をどうにか落ち着けながらこの手記を打っている。老境へ掛かってすっかりと久しいが、そんな震えは決して、老化現象だけに依るものではないだろう。
しばらく、この地に留まって。私は真実を、そして現実を少しずつでも描いていきたいと思う。
『マリーカ、僕は『剣』になりたいんじゃない。『盾』になりたいんだ。それを勘違いしないでおくれ』
私の価値観を全く逆転させたこの一言。一生、忘れることの出来ない微笑を湛えながら。
そう。クリストファ・アレンは私にそう言ったのだ。
何故だろう。急に、思い出してしまったそんな言葉。
私は、もう少しだけ、泣くことにする。
多くの英霊が散華した碧色の空、引いては宇宙。
クリストファ・アレンが全世界に見せた奇蹟の光、生命の炎。
そんな彼に付き従い、その高貴な友情を表し続けたヒムラ・キリオを始めとするフォーチュンの戦士達。そんなフォーチュンが女帝、ソフィ・ムラサメ・アレン。炎の蜥蜴、フローラ・ザクソン。時の魔女ことミランダ・ルヴァトワ……。そんな偉大な戦士達の名前は延々と続けることが可能ではあるが、この段階では留められるべきか。後程、幾らでも語りようがあるだろうから。
そんな人々のことを。私、個人としても大切な人達を。
私は、絶対に忘れない。
忘れられない。
まだ、西暦が使われていた時代。そんな西暦2810年。
まずはそこから、始めていきたいと思う。
マリーカ・フランシス
(『デイリー・アルタミラ 〜終戦五十周年に寄せて』光暦65年4月2日))

