「ふふふふふふ――増えてるゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」
クリストファ・アレンの大絶叫がフォーチュンの四層からなる堅牢な船殻を大いに揺らすのだった。その背後に雷が、続いて波濤が寄せては返したり。嗚呼、玄界灘。
勿論、そんな裏返った大絶叫の発生原因は『アテネコ・ファイブ』。乗組員達は特に、彼等の総司令官に対して隠し立てを行っていたわけではないのだが、とかく多忙を極めていたクリストファが『ファイブ』の存在に気付くこととなったのは、実に大統領がフォーチュンを後にした直後、であった。
「そっか――考えてみれば、お前さんはまだ知らなかったんだったな」
ぽむ、とクリストファの痙攣止まらぬ左肩に手を乗せて、キリオが言う。
「いやあなあ、意外と中身がシンプルだったもんでな。チョチョイノチョイと量産してみたわけだ――俺達の得意分野でも、これはあるしなあ?」
自由な左手でスパナを回転させる所作を行ってキリオ。その隣で、副長のベアトリイチェが口元を両の手で隠しつつ、笑いを堪えている。
「つーか、良くもまあ……これだけ……」
引き攣っていた表情をどうにか戻しつつ、クリストファは改めて『アテネコ・ファイブ』を観察した。
『ふっ……驚かせるつもりはなかったんだがな――許してくれ、マイロード』
有りもしない前髪を払う動作を行って、アテネコ・ブラックが言う。そんなドスの効いた声を受け、クリストファの整った顔が再び土砂崩れ。
「なんか……キャラ変わってないか?」
カクカクとした動作でキリオを見上げるクリストファであった。
「ああ、一応それぞれのキャラには個性を与えてある。その方が面白いだろ」
『私は元々と変わりませんからご安心を』
クリスの脛にその頭部を擦り付けて、ホワイトが。
『一応、俺がリーダーってことになっているぜい! 俺の名前はアテネコ・レッド!!』
ズビシ(擬音)と決めポーズを作るレッド。
『クールだけど、情には篤い――僕はブルー!』
レッドとは異なるポージングのブルー。
『グリーンだ――高いところだけは勘弁な!!』
戯けたようにお尻を降るのはアテネコ・グリーン。
『ブラック――孤高の一匹猫……だぜぇ』
「頭、痛っ――」
クリストファ・アレンは、その場で両の膝を床へ力無く突いた。
笑えるのだが、突然過ぎ、シュール過ぎ、そして何よりも疲れ過ぎ。
「詳しい話は後で伺おう――差し当たって……二時間ほど、仮眠を貰おうかな」
欠伸(あくび)を軽く行って、目元を両人差し指で揉みながら総司令官は言うのだった。
「そうだな……俺も少し眠っておくか」
こちらは総司令よりも若干、余裕を持った副司令の言葉であった。
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「お疲れ様です、総司令官閣下」
彼女の『新しいご主人様』の姿を確認したマリーベル・リンスはそれまで操作に当たっていた艦内専用端末を畳んで立ち上がり、敬礼を行った。
「やあ、そのままで良いよ」
右手を軽く上げることでマリベルの着席を促したクリストファ・アレンは軍帽と軍服の上着、詰め襟を同時に解除するのだった。やはり、駆け寄って来ようとするマリベルを制して、部屋隅に設置されているコート立てへと、自ら無造作に引っ掛ける。
「ちょっと、数時間ほど仮眠を摂らせてもらう。先立って、艦長へ連絡を入れておいたから何かあれば彼女に指示を仰いでくれ」
湿らせたハンカチで顔を拭きながら、クリスはモガモガと言う。結局、着席するタイミングを失ってしまったマリベルに対して。
「差し当たって、フォーチュンのシステム、配置、モロモロを頭に叩き込んでおくと良い。艦内を巡る時はアテネコの一匹でも連れて行くと何かと楽だろうさ」
少しだけ充血してしまっている左目を、それでもマリベルに向けて悪戯っぽく光らせる総司令。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。以降の指示はムラサメ艦長に――と言うことで」
「うん。まあ、気を張る必要はない。我が家のように、くつろぎなさい」
上着を適当に脱衣、司令官席に引っ掛け――投げ置いて――伸びを作ったクリスは、ここでもう一言を付け加える。
「つうか、ここはもはや『君の家』だからな、マリーベル・リンス」
◆ ◆ ◆
エテルナ共和自由国大統領、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーが、初めてのフォーチュンへの非公式乗艦を果たしたその翌日。更に詳細を付け加えるのなら、『RL』と言う前例の無い『兵器』の特殊性――と言うよりも異常性――を目の当たりとした直後のことだった。警護主任としてそんな大統領に随伴していたマリーベル・リンス警部補は新たな命令をその最重要護衛対象者自身から受けることになるのだった。
「これから、クリスはフォーチュン、イザヨイ、そして本星をそれこそ縦横無尽に行き来することになります――更に、彼の立場は一介の総司令官としてとても、収まるものではないことがたった今、分かったところです」
宛われた専用客室にて、悪い顔色でジャニスはそう切り出したのだった。室内には、彼女の可愛いボディ・ガード、つまりマリベル以外の存在は無かった。
「そうなるでしょうね……警備も念を入れませんとならないでしょう」
気を付け、の状態のままでマリベル。もっとも、『RL』に関しての軽からぬ衝撃を彼女自身も等しく受けてはいたのだが、常の『我』を取り戻す能力が大統領に勝っていたのか、至って普通の顔色が回復を成功させている。
「――そこでね」
小さな卓上で、ジャニスは指を組み上げる。
「なんでしょうか?」
大統領が言い淀んだ理由、その見当は実は付いていたけれど。
「私の方は問題ないから――他にも人はいるし」
やっぱり、そうなんだ。
「はっ」
一際にその背筋を伸ばすマリーベルであった。
「リンス警部補、大統領としてあなたに新しい辞令を下します」
大統領も又、座して尚、広く高い背中を張る。
「現在の最重要警護対象を、『クリストファ・アレン』へ変更すること――」
従来の権限は全く損なわれることなく、維持される。非常時に於けるありとあらゆる車両、航空機の徴収権、そして等しい火器の無制限携行権。
更に、非常時に於いての『殺人権』。
「リンス警部補、拝命します!!」
決して晴れ渡った心境であったとは言えない。大統領の護衛から外れるのはお世辞にも愉快なこととは言えないし。
「いい顔よ、マリベル」
大統領は最後に立ち上がって、マリベルの体を強く、とても強く抱き締めるのだった。
◆ ◆ ◆
「レイコさん、気密服の採寸をするんで――ちょっと良いですかあ?」
ミランダ・ルヴァトワと共に、ワイヴァーン旧58号機――現59号機のコックピット設定に従事していたアムロ・レイコ警部補に向かって上げられた声があった。
「あら、アンナ――そんなことまであなたがやるの?」
降着ラダーに片足を乗せたままの状態で、アムロは対象を見下ろした。呼び掛けを行ってきたのはアンネローゼ・シュタイナー女史であった。端末直結式のメジャーがその左手で振られている。
「レイコさん、行ってくると良いですよ。こっちはまた、後でも平気ですし」
パイロット・シートにその身を置いているミランダがそう言った。
「じゃ、ミラン――お言葉に甘えて」
微笑をミランダに向けつつ、アムロ・レイコはその痩身を格納庫床へと自由落下させる。女性としても小柄な、そんな自分の肉体もまた彼女が誇りとするところである。当然、パイロットとして、のことではあるけれど。
「随分クラシックなのね……?」
首周り、胸回り、肩幅――馴れた動作、鼻歌混じりで淀みなく採寸を行い続けているアンネローゼに、思わずレイコはそう漏らすのだった。実際、エテルナ航宙警察に於いてはそんな物理的な――言うなればアナログな――採寸法は採用されてもいないのだから。
「色々と試してみたんですけどね、結局これが一番なんですよ」
メジャー数値を端末に読み取らせ、記憶させながらアンナ。
「ウチじゃ、専用のマシンで一発測定って感じだったけど」
「でもそれだと、微妙な『あそび』が反映されないし――こうして、私のフィーリングとその時の気分(ノリ)で微妙な強弱を付けた方が絶対にいいんです。アレン司令官やフローラさんの今のスーツも私が採ったんですよ――はい、バンザーイして」
バンザーイ、としながらアムロは軽からぬ『呆れ』を自覚したのだが、彼等の言ってくること求めてくることに間違いが、無駄が無いことは、充分に認識していた。寧ろ、乗り込んでから思い知らされた、という表現の方が近いかもしれなかったけれど。
「はあい、お疲れ様でした。午後には、スーツが出来上がりますからね。また、その時に連絡を入れまーす」
耳に挟んでいたスタイラス(ポインティング・デヴァイスの一種)で端末のディスプレイに何かを記しながら、アンナはレイコを解放するのだった。
◆ ◆ ◆
「ようやく、最初の一歩――」
ブリーフィング・ルームに集まれるだけ集まった乗組員を前にして、クリスはそう言って手にしたカップの中身を軽く、揺らせてみせた。
「長かったのぅ」
その隣で、シンプルなパイプ椅子に腰掛けているフローラが呟いた。
「長いのはこれからっすよ」
最前列、こちらは机と一体化している椅子の上で肘を突きながらダイサク。艦橋、並びに各種機関室やその他、必要部署に詰めている人間以外で、尚かつ持ち時間に余裕のある人間だけが今、この部屋に大挙して集まっているのである。エテルナへと実際に到着し、いざ大統領を迎えることが出来たと言う状況の中、クリストファ・アレン自身が同志――乗組員達との会話の場を改めて持ちたい、とフォーチュンのローカル・ネットへ書き込んだのはほんの十分前の話であった。実に十一名がここ、ブリーフィング・ルームに集う結果となっている。
「マエダ一家、そしてリンダとジャスティン、シャリーは二日後のお引っ越しか――餞別を用意しないとなあ」
折しも、この場にそんな該当者達の姿がないこともあってクリスは口にしたのだったが。
「寂しくなりますな」
やはりパイプ椅子上のピエトロが首を左右に大きく振った。
「ま、朔風のママはマノアが引き継いでくれるからねー。問題ないしょ」
ピエトロの隣でカップアイスの中身を刮(こそ)げ取りながらマサラ。
「それでも料理長は僕が就任するから安心してくれよ、みんな」
キム・レクソールが胸を張って言ったのだが、これに対しては。
「「「「「「却下だ!!」」」」」
なかなか情け容赦のないことに、総司令官までもがその輪に加わっていたのだ、これが。
「赤提灯で、決められた料理だけを出していればいいんだから、ネッ」
露骨に陰を背負い、項垂れているキムに対して後ろに控えていたアイシャが慰めに掛かったのだが、あまり効果は無いようだった。
「それはさておいて司令――アテナがいよいよ、空間機動試験を行いたいって言ってきてますけど」
こちらは有る意味では全く冷淡にキムを無視しながらのミード発言である。
「気持ちは同じだけど、この宙域では人目に付きすぎるんだよ。大統領にしても、出来得れば今少し、隠匿しておきたいって暗に含めていたしなあ」
自由な右手で何も無い空間を数回、握り込む動作を行ってクリスは言う。そんな一見、無意味に見える動作がしかし、RLの起動信号をその特殊な操縦システムで入力するための動き、アクションであることはこの場の全員が知っているところである。
「一応、シミュはやってますけどねえ――実動させてみないと分からない点は未だに多いから……」
「うん、考えておく。アテナには後で、僕から言っておくよ。叱らないといけないこともあるしね」
全く平然とした口振りと近しい紅茶の飲み方を並行させる司令官だった。
「頼んますよう――」
ミード・コウラがその巨体を萎めまでして言ってくる。まあ、その気持ちは十二分に理解できるクリスではある。
「さて、それでは――アイシャ?」
紅茶のお代わりを手ずからカップへ注ぎ、アイシャ・ロシュフォルに呼び掛けるクリストファ・アレン総司令官。
「新型――『ゼロ』に関する説明をお願いしたい」
中程の席にその体を落ち着けていたアイシャが端末を片手に立ち上がる。
「心得ました」
◆ ◆ ◆
フォーチュン艦橋では、ヒムラ・キリオとソフィ・ムラサメがアポロン星系の海図にそれぞれの視線を注いでいた。この二人に加えられること数人が、各種関係端末の操作に従事しているが、言葉を交わす者は誰もいない。
「――ふむ、こうしてみるとやはり『イザヨイ』が適正なのかな」
無言の空間を切り裂いたのはヒムラ・キリオのそんな言葉だった。
「『月』に比べますと、若干、実重力が強いようですが」
エテルナの第二衛星、『イザヨイ』のデータが表示された携帯端末を入念に眺めながらソフィ・ムラサメ艦長。
「ま、その辺はデータを改変するだけで充分に間に合うさ。何よりも、基本的な作業はこのフォーチュンで行うことが多いだろうしねぇ」
この時、キリオの視線は海図を通り越し、正面ディスプレイの脇のサブ・ディスプレイに向けられている。そこには無数の固有名詞が列挙されていた。
「実際このイザヨイが一番、船会社が多いしね――マスドライバも多く設置されている」
「そうなんですよね。片や一方は、抱えている総人口は置いておくにしても、企業体の進出はあまり活発では無い――」
指揮杖を細かく振ることで海図上面に新たなディスプレイをソフィは出現させる。実にこれは、第一衛星の『クレサント』のデータ一覧を表示しているものだった。なお、エテルナには『イザヨイ』、『クレサント』に続き、『リリス』と言う衛星の存在がもう一つあるのだが、こちらは埋蔵している地下資源に乏しく、また衛星の規模自体も小さいこともあって極少数の研究施設が据えられている、というだけの存在であったから、この場では意図的に無視をされている。
「大統領から頂いたデータに依れば、かなり腕の良い『船大工』が揃っているようだ」
実際にソフィが表示させたディスプレイに視線を投じて、ヒムラ・キリオ。
「でも、大型船舶の建造がこれまでほとんど行われていなかったと言うのは意外ですねえ」
卓上に置かれていたパック詰めの飲料水を含むソフィ。これは人体に不可欠なミネラル各種、中でもカルシウムが特に念入りに添加されているものである。
「軍艦みたいな大型船なんて本来は必要ないんだよ。移民船が例外に当たるかもしれないが……それだって、今や建造を実行するメリットはないだろうし」
「ましてや、このフォーチュンみたいなのは、ですか」
「全くその通りでござる、艦長殿」
軍靴の爪先で二三度、艦橋の床を叩いたキリオは苦笑するのだった。
「いずれにせよ、我々が望んでいる『ライン』が稼働するまではこのフォーチュンが拠点となることに疑いは全くないわ」
卓上にパックを戻すのと同じタイミングでその表情を引き締めるフォーチュン艦長。
「幾つか、腹案を部下達に練らせているところだ――いよいよ、『工房艦』としての価値を強めるべきタイミングだと思う」
「『工房艦』ねえ……ふふふっ」
笑うしかない、ムラサメ艦長ではある。全く以て、愉快な未来図ではある。最強の航宙戦闘艦として生を受けたこの『フォーチュン』が、『工房艦』になる可能性。
「如何にも皮肉だが――」
その両目を閉じ、腕を組んだ状態でそれぞれの人差し指をリズミカルに動かしてキリオ。
「世の中に、そう言う珍妙な戦闘艦が一隻ぐらい、存在しても良いはずだ。俺はそう思うよ」

