2655年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - II

 晩年のクリストファ・アレンの振る舞いに、清教徒的傾向が強く見られた、と言う点に関して一石を投じておきたいと考えて、この文章を綴っている。確かに、故人に清貧(せいひん)を尊び、過剰な贅に関して嫌悪感を覚える、或いは簡素をもって由とする傾向が存在したことに対し、異論を唱えるつもりはない。いや、それは寧ろ、全くの事実でもあった。
 しかし、彼は少なくとも、『我が家』と評して憚らなかった『フォーチュン』においては、自由闊達、奔放に日々を送っていたのである。前述の『清教徒的傾向』に対して、異議を唱えたい点は正にここにある。過剰な神聖化、神格化は彼がもっとも忌み嫌ったものであった筈であるし、彼と共に、短いながらも同じ船の中で寝食を共にした自分がこの文章を綴ることの中立性に関して読者の方々が果たして、どこまで理解、共感を及ばせてくれるのかは、私自身も不安とするところではあるし、或いは全くの事実として、『神』がごとき活躍を行なった彼に対する、これは大いなる無礼に当たる、と、御不興を受けるかも分からない。

 だが、私は、『人間としての彼』を後の世に残したいのである。

 『英雄としての彼』ではない。
 『人間としての彼』だ。

 正直、忌憚なく続けるのなら。
 私は、彼には生きていて欲しかった。

 懸け離れた、どこか人知から逸脱した英雄としてではなく。
 純粋な、人間として生きてくれていた方がどれだけ、良かっただろうか?

 最強の剣を、正に『天』から授かった男、クリストファ・アレン。
 しかし、『天』はその代償として彼の『命』、それ自体を要求したのだ。

 ど畜生、全く本当になんてことなんだ――

 (数行に渡り、解読不能)

 ――私が思うぐらいなのであるから、真に密接していた人々がどれ程の苦しみに満たされていたことか、想像も。

 クリストファ・アレンとは、正にそんな『人間』だった。

  (デイリー・アルタミラの没原稿より  〜没原につき、執筆者(マリーカ・フランシスの字体に酷似しているとの指摘有り)並びに年月不明)



 ◆ ◆ ◆

==【AD2810.11.17 23:42】================================================

「あれれ――?」
 それは一瞬。本当に一瞬だけの変化であったが、ミランダ・ルヴァトワの両眼は、そんな異常を見逃すことは無かった。当然、ファイナル・ガーダー『ロータス』の観測機器群にしても、それは同じこと。変動を伝えるデータが、遙か後方のエターナル2へと自動送信されるのを確認しながら、ルヴァトワ二尉はヘルメットのマイクを入れる。
「こちらコブラ・スリー、コード『ロータス』――状況に変化有り。限界電子索敵の開始を上申します」
 実のところ、『要求』という言葉を使うべきか、一瞬の迷いはあった。しかし、このロータスは裏予算で建造されていることもあり、好印象を抱かれていない――特にジャニス・シュバリエに敵対する側の政治屋組にあっては――存在であることも手伝って、本意からは微妙に懸け離れた表現となってしまった。
『……エターナル管制、了解。その場で待機せよ――艦長よりの通信を待って欲しい』
 戻ってくる言葉の大半が予想できていたこともあり、特にミランダは落胆しなかった。「了解」と、簡潔に答えておいて通信を切断。
「まあ、ホイホイと許可が下りるとは思ってもみなかったけどねえ」
 独り言? いや、違う。
『そんなものだ。それでも、この自衛隊という組織は、それでも極めて良好に機能していると、俺なんかは思うがねえ』
 ミランダの背中に届いた、そんな渋い声色。その主は、パイロットシートの後方のポケットの中、無理矢理に押し詰められている――アテネコ・ブラウン。これは、フライト・オフィサ(フライト・キャット)としての試験的運用の一環に過ぎなかった筈だったのだが、よもやこのまま実戦体勢へ移行することになるとは全く思ってもみなかった。
『それより留意しろ。場合によっては、想定よりも早く許可が下りるかもしれない』
「そうね」
 更なる渋さを含んだブラウンの声を受けて、ミランダはコントロールパネルを操作。『ロータス・アイズ』と記されたプログラム・ソリッドを起ち上げる。
「全モジュール、問題無し。いつでもやれるね」
 全ての項目にグリーンマークが点灯しているのを確認し、ミランダ。
『ああ。敵さんを丸裸にするのが俺達の役目ってね――それと、口が酸っぱくなるほど言っているので申し訳ないが……』
「絶対に戦っちゃダメ、ってことでしょ。分かってますって」
 その通り。『特機』としてのロータスを含むコブラ中隊は、『偵察部隊』として編成されている。彼等が駆る機体は『ヴィクトリEWAC(Early-Warning-And-Control=早期警戒管制)』と呼ばれている特殊専用機であり、レーダー、通信機器類に著しく重点を置いた電子戦機としての設計を施されているものだった。通常のヴィクトリと基本的には同じ武装を有している為、その実戦闘能力は決して低いものではない――いや、寧ろその機動力が強化されていることもあり、ややもすれば無換装のヴィクトリよりも機体スペック自体は上であるとも言えるかもしれない。しかし、そんな彼等に交戦が許される状況は、唯一つ。『交戦しなければ生還が不可能な場合』がそれである。無論、そんな特殊戦機の中でも群を抜いて高価な、そして高性能、高火力なロータスにあっても、これは例外ではなかった。味方への援護攻撃にしても、基本的には認められることはなく、彼等に求められるのは唯一つ。戦場を埋め尽くす大量の情報の収集を極めてクールに行なうこと、のみ。コブラ中隊、全機体のノーズに『見敵必撮・無欠帰還』と刻まれている文字は、決して伊達ではないのである。実際の所、そんな偵察部隊の設立に当たってはその必要性を理解できない、或いは理解しようともしない人々も多く、紆余曲折があったのだったが、クリストファ・アレンの根強い説得と微妙な脅迫が――揶揄されることも多かったが、こうでもしないと重要性が伝わらないことが往々にしてあったのだ――相乗した結果、相当額の予算を投じられる部隊へと結果的にはなっている。その重要性たるや、純粋な戦闘部隊であり、教導隊でもある『サイレント・イーグル』から、多くのパイロットが転向することになったと言う事実の一面を見ても明らかであろう。部隊名の『コブラ』は、当然実在する生物から取られたものだ。その由来は、『背面にも目があるから』。厳密に言えば、コブラの背面にあるのは偽眼であり、紋様でしかないけれど。
「なんだか、不思議なぐらいに落ち着けているの」
『結構なことだ。事は、クールに行なおうじゃないか』
「存在意義を、示してやろうじゃない」
『そういうことだ、ミラン。俺達は、決して張り子の虎じゃない』
「張り子の『猫』かもしれないけどね」
『うははは、イイ!!』
 敢えて、反応は戻さないミランダを余所に、アテネコ・ブラウンは笑い続けた。
『オイラのコード・ネームにしよっかな……ハリネコってどうよ?』
「ぷっ――」
 遂に我慢が利かなくなり、等しく噴き出してしまったミランダである。ベージュ色の塗装が施され、節々に刻まれている水色のストライプ。これが、ファイナル・ガーダー、ライト=メンテナ『ロータス』の機体色であり、準人型と言った特殊な形態を持つそんな機体は、その後背部の特殊マウントを、両手両脚とでも呼ぶべき四肢末端と共に、四方へと投げ出すようにして空間待機を行なっている状態であった。機体各部に備えられている各種アンテナの全てがやはり、その限界にまで伸ばされている為、さながらサボテンの如き印象を傍聴者へと与えるのかもしれない。もっとも、サボテンのそれと比較すれば、その長さは実に機体全長の八倍にも及んでいるから、この比喩は適切なものとは言えないが。

 勿論、その機体特性はまだまだ発揮されていない。秘められたその力が、発揮されるのはこれからなのだ。

 特機としてのロータスは、リーヌの淡い燐光をその全身に受けながら、静かに漂っている。さながら、蝶のように。

 毒針が備えられている、蝶ではあろうけれど。

   ・
   ・
   ・

「駄目だ駄目だ駄目だ、いっかーん!!」
 エターナル・エターナルの第一環境で、泡を吹きながら絶叫している男がいる。
「閣下、ですが、こと現場の作戦指揮にあってはエテルナ憲章にて――」
 ギリギリの理性を保ちながら、ブレンハルト上級一佐。その横に控えているベアトリイチェ・ノイマン副長はただ無表情、静かに直立していたのだが、後ろに組まれたその手が袖の重厚なカフスに触れられていることに気付いている人間は、当の自称完全平和主義の使徒であるトゥーナ・ノーサイド上院議員は元より、その側近にもいなかった。身も蓋もない言い方を行なえば、これは一種の盗聴器であったが。
「とにかく、駄目に決まっておろうが! 電子索敵は、明らかな戦闘行為である! 専守防衛を旨とする自衛隊にあって、忌むべき、慎むべき、恥ずべき行為に他ならんッ! 引いては、エテルナ共和自由国の理念と矜持を甚だしく滅するものとなるに決まっておるッ!!」
「……自衛隊法により、閣下の身柄を拘束することも可能ですが?」
 切れ掛かる堪忍袋をどうにか抑えて、ブレンハルトは言ったのだが。
「ああ、拘束したまえ! 各メディアが、平和主義の国民が黙ってはおらんぞ! 私をどうにかしたいのなら、せめて大統領からの書状を用意してからにしたまえ!!」
「――ほう?」
 ゆらり、と身を乗り出し掛けたブレンハルトから、その身を守るように側近が立ちはだかった。本当に、側近ごと殴り倒してやろうか――ジョセフ・ブレンハルトが危険な誘惑に打ち負けそうになった、そんな時。
「艦長、幕僚長閣下より秘匿通信であります」
 絶妙のタイミングで、通信オペレータの報告が上がってきた。しかし、真っ先に反応、声を上げたのが当の議員の方だったことは、その場の全員の当惑に充分に値した。
「丁度良い、自分に繋ぎたまえ」
 艦橋の空気と音が、一斉に鎮まりかえった。
「いや、しかし隊の秘匿通信で、且つ指向されているものですから――艦長以外の方にお繋ぎすることは出来かねます」
 普段から、彼女の口調が事務的に過ぎることを軽口で批判しているブレンハルト艦長であったが、この時ばかりは彼女に少なからぬ感謝の念を抱いたものだった。
「何を言うか。この場では、自分が最上位だ。シビリアン・コントロールなのだからな」
 いよいよ、ブレンハルトは決して長くも、そして細くもなかった、最後の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「いい加減に――」
 手の平の皮が捲れる程に握り締めた握り拳を正に振り上げようとしたその瞬間。
「あのう、たった今、幕僚長がノーサイド議員に対して申し上げたいことがあるということで」

   ・
   ・
   ・

「くっくっくっ――なんだ、なかなかどうして、機微(きび)が分かっている若造ではないか? あ?」
 純白に塗装され、赤十字マークの刻まれた救命艇の中、ノーサイド議員はその取り巻きに、満面の笑顔を振りまいた。
「結局、格好を付けてはいても逸脱は出来ないのでしょう――奴なりに今後の政治生命を考えていると思えば、いっそ哀れなぐらいですなー」
 追従を含む笑顔を満面に、取り巻きの一人。実のところ、これはクリストファ・アレンがいずれ、政界へと転じることに対しての不安の裏返しなのである。当のクリストファが聞いたら、『ンな先のこと考えている余裕なんてねえ、ボケ』の一言で終わる話であろうが。
「しかしこの程度で、自分に対する『飴』になると勘違いされても困るな。奴には、もっと『貸し』を作らせねばならんが……」
「いずれにせよ、今回は閣下は、充分なものを手に入れられました。能のない草共に対して、大いにアピールできる機会を、です」
 別の取り巻きが、お世辞にも品の良くない笑顔で続くのだが、彼等にとり、品の有無はあまり関係がないのだろう。
「くくく……まあ、わざわざ気の遠くなるほどの大金を投じて一国家が攻め入ってくるなど、有り得んのだよ……小娘は上手く、手玉に取ったつもりだろうがな。愚かなり、クリストファ・アレン」
 ここで言う『小娘』という隠語が示す意味は当然、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーのことであることは説明するまでも無い。

 偶然、本当に悪魔の偶然。元より、悪意を持ってエターナルへの来艦を行なっていた上院議員、トゥーナ・ノーサイド議員とその取り巻きの、平和主義者達にとってはしかし正に、願ったり叶ったりのタイミングではある。更に幸運なことに、このエターナルには数多くのマスコミ関係者の存在があることだし。

 今こそ、クリストファ・アレンとそれが率いる自衛隊の権威を失墜させてくれる。

 相手が人間であれば、全て交渉で話は決するのだ。軍隊がわざわざ戦闘をする時代では、今は無い。クリストファ・アレンの野蛮な本性と、その尻馬に乗った雌犬がごときジャニス・シュバリエの素顔を、愚鈍な草共の前に、大いに晒け出してやろうじゃないか。

 暗い情熱と、ささやかな勝利感を抱ききった、そんな一行はしかし――自分達が救急艇に体良く誘導された直後、前線の部隊に対してブレンハルトが『戦闘待機』を命じていたことを知ることはなかった。

 況(いわん)や、彼等が卑下し、見くびっていた筈のクリストファ・アレンの手の平の上で自分達が、踊っていることをや。

「よし、とっとと出発するぞ! 歴史に名を残すのは軍人ではなく、自分達だっ!!」
 航宙艇の操縦資格を有している側近の一人に、ノーサイドは怒鳴った。
「はい。発進許可も得ておりますので――ではでは」
 こうして、エターナルに備えられていた救命艇14号は、自衛官のただの一人も乗せることなく、リーヌの方面へと向けて飛び去っていくのだった。

   ・
   ・
   ・

「本当に、馬鹿と平和主義者は救い難い存在だな――」
 口にしてから、慌ててクリスは言葉を繋ぐ。
「――いや、平和主義、それ自体を馬鹿にするつもりは全く、毛頭無いんだ」
『うふふっ、分かっていますよ』
 クリストファは、ここで大きく溜息を吐いた。しかし、エターナル2においては災厄以外の何物でも無かったろうな、と他人事のように考え――ることにした。持つべきは機転の利く部下というか何というか、ベアトリイチェの今回の『無言の働き』は特筆に値するものではあるのだが、それだけに掛かる事態の深刻さを提供してくれたっつーか云々。
「まあ、せいぜい利用させて貰うぜ、平和主義の議員さん」
 口の端を持ち上げて、悪びってはみたけれど。
『似合いませんから、お止しなさい』
 とまあ、容赦のない突っ込みが入るのでゴザイマシタ。
「やっぱり似合わない?」
『ええ、似合いません。相手に合わせることはない、自然体で行こう――これがクリストファ・アレンの在り方ではありませんでしたか?』
「そうだった。ありがとよ、アテナ」
 首を一度振って、正面のメイン・ディスプレイに視線を送る。ああ、もうほとんど準備は整っているのだな――クリスは、唾を一つ飲み込んだ。
『オシッ、全て完了! カンペーキ!!』
 スコット・ロードマンの声が響いてきた。この数十分で、どれだけ声を荒げたのだろうか、彼は。クリストファにそんな心配をさせるほど、涸れきった彼の声。
「ありがとう、スコット。みんなも――」
 自然と口を突く、そんな言葉。そうなのだ。僕は、スコットの最後の一声でカタパルトに乗ることが多かった。
『無茶すんなよ――って、それこそが無茶か――多少、壊しても良いからとにかく無事に帰って来いよ、クリス!! 約束だかんなッ!!』
 実のところ、装甲が『紙』に等しいライト=ブリンガは――若干の強化は加えられてはいたが――どこかが壊れたら基本的に『ジ・エンド』なのだが。
「オウッス!!」
 クリストファ・アレンは、一言だけ、そう吠えた。

 死んでたまるかよ。

 まだまだ、やらないとならないこと――いや、やりたいことは沢山あるんだ。

「フォーチュン管制、聞こえるか――こちら、ライト=ブリンガ」
 自分でも驚いたことに、この通信はほとんど無意識の内に行われていた。

 戦闘出撃に際して、ある意味でクリストファの一番、醜い部分――打算とか、計算とか、そして破壊衝動。

 深奥の『何か』が、ゆっくりとその鎌首を上げた――のかな?

「あははっ」
 意識して、笑い声を立ててみる。立ったじゃないか。大丈夫。今のままの『僕』でやれるさ。
『ど、どうしました?? 急に笑ったりして??』
 通信の向こう側のナナ・マネーシーがそんな言葉を返して来るに至り、クリストファは今度は心からの笑い声を立てた。さぞや、相手のマネーシーからすれば不気味なことに違いない――そう考えると、笑いは引き収まるどころか、更に広がりそうなほどに。
「い、いやね――こんな時になんだけど、リョウとマリベルのファースト・デートの話を思い出してしまってね」
 全く、口から出任せではあったのだが。この期に及んでネタにされたご両人に関しては全く心外なことこの上無かっただろう。
『うは。それは、確かに……』
 むぐぐ、と続きそうになる笑いを堪えるナナ。
「あっはっは――まあ、それはさて置いて、どうやら出撃できそう。つうか出ます。我慢できません。直ぐにでもイッちゃいます。いいですか?」
 当然、管制官がナナ・マネーシーであったからのクリストファの言葉。これがシャリーだった日には、多分3650日間ぐらいは口を利いて貰えないと思われる。
『ああん、もうちょっと我慢して下さいねえ――こっちとタイミングを合わせて貰わないといやあよ――』
 流石と言うべきか、何というか。しかし、この段階でいよいよナナの声色が変わった。
『発、フォーチュン管制。ライト=ブリンガ、出撃を許可します。出撃番号は別途送信中』
「ライト=ブリンガ――アイヨ」
『工房ブロックよりの発進は、該当ブロックの管制に従って下さい』
 出撃許可番号をライト=ブリンガに転送する作業を手早く行ないながら、ナナ・マネーシー。
「おりがとう」
 クリストファは、一つ深呼吸。

   ・
   ・
   ・

 工房ブロック、その三重からなるエアロックが順に開かれていく中で、ライト=ブリンガは立ち上がった。現型式番号、【ESDFIX-DM-XRL01】。自衛隊の形式に則るのであれば、これは【エテルナ自衛隊フォーチュン所属DM-X01】となる。『デウス・エクス・マキナ』『試作』『01号機』という意味を専門家や、その筋に詳しい人間であれば読み取れる型式番号であろうが、この『試作』という部分が実は『謎』とか、『ワケわかんね』であるとか、『よく分からないけれど〜動くから良し〜みたいな』と同意であることを知っている人間は、自衛隊の中でも極中枢に限られる。
『サーフェスはどの様に?』
 ライト=ブリンガの人工知性体である、アテナの質問。勿論、分かり切ったことではある。
「エテルナ自衛隊! テンプレートC3!!」
 半瞬の迷いもなく、叫ぶクリストファ・アレン。
『アイ・アイ・サー』
 工房ブロックにて出撃整備に従事していた人間達だけが、特権的に見られる光景が広がった――もっとも、例外がいたのだけれど、これは別のところで語られるべき存在だ。ライト=ブリンガの装甲表面に、仄青い光が同時に走ると、その胸元から全身に掛け、それこそ流れるようにして紋様が浮かび上がり始めた。

 右肩には、エテルナ国旗が。その裏側も同様。

 左肩、自衛隊旗。同裏。

 胸元には、小さな漢字で『光』『権』の二文字、そしてこれはやや大き目に『58』。

 その他、各部にエテルナ自衛隊表記が、異なった字体で。

 構えた盾『イージス』には、これまた一際に大きいエテルナ国旗。そして、『58』。

 背面のレーヴァティンとブリューナクに『Strike-Fire』の文字が刻まれているが、これに関しては、直接にペイントが施されているもの。

 頭部。コックピット・ハッチ脇に、『AD:Chricetopher=Allen』と、これは大変に小さく。『AD』は『Admiral(将軍)』の略称であり、アシスタント・ディレクターでは無いことを付け加えておく。古今、機体のパイロット表記にAD等という物騒な肩書きが加えられたことなど、例が無いだろう。これは個人個人のガッツの有無ではなく、高級指揮官が戦闘機体に搭乗すること自体が、まずは論外、異常なのだ。勿論、それは当のクリストファ・アレンが一番、良く知っている。

 その反対側、人体で喩えれば左頬部には、小さな自衛隊旗。重厚な盾に、複数の剣が突き刺さった意匠。並んで、実はこれこそがライト=ブリンガのノーズ・アート、『鳳凰』。

 実はこんな『デコレーション』、『表面効果』は様々な偶然の結果、得ることができたものであった。文字通りの、偶然の産物だ。

 羊皮紙同然でしかないRLの装甲に対し、少なからず頭を悩ませていたヒムラ・キリオ達は、そんな装甲の強化を『気休め』でも実行しようと、『第三次RL強化計画』を非公式の内に――そもそも、『RL』の存在自体が非公式――起ち上げていた。これが、ほんの一ヶ月前の話だ。重量の増加をパイロットが好まないことは聞くまでもなく、分かっているので、装甲を物理的に増やした『フルアーマーRL』だとか、火力の追加をも行なった『パーフェクトRL』だとか、尋常ではないほどに防御力と火力に重点を絞った『RLアサルトバスター』だとか、何か良く分からないがとにかく問答無用に強そうで偉そうな『RLカイザー』だとか、怪しげな光線を全身に受けてバケモノさながらの独自進化を遂げた『真RL』だとか、或いは何をやっても許されてしまうような半ばノリノリな『ゴッドRL』と言った強化は論外中の論外。ついでに、予算も冗談抜きでチョチョ足りない。出来得る限りの低コストで、尚かつ、軽量であって、そこそこ堅牢な素材と言う、ヒムラならずとも発狂を禁じ得ない厳しい条件――しかし、なんとこれらを全て解決する物質の存在があった。低コストという側面に若干の障害こそは残したが、レア・メタル(希少金属)でもある『層強化テクタイト』が、それであった。これは実質、航宙戦闘機ヴィクトリの一部にも使われている素材であったし、入手運用上もほとんど問題がない。しかし、最大の問題が。

 『加工法』、であった――。

 そんな『層強化テクタイト』をプレスする機材は当然、フォーチュンには存在したのだが……。
「規格が合うわけねえじゃんよー」
 そう。規格を大きく――と言うより、アバンギャルドに、ついでにグレイトにソウルフルに――逸脱した機体であるRLに対してデリケートなプレスを行なわせるような機材は……。
「最後の最後にキタコレ……」
「キましたねえ……」
「ヴァー――」
 ヒムラ・キリオと数名は、最後の最後に発生したこの問題に、思わず自棄酒、そして錯乱へ(サブタイトル)と、走り掛けるほどの勢いであった。
「なんかいっつもこんな感じで、消化不良になりまくってねえか……」
「精神衛生上よくねえったらねえですぅ……コンチキショウ」
「ヴァー――」
「……って、お前は『ヴァー』しか言えんのか! 『ヴァー』しか言わない口はこれか、これなんかあああああッ!?」
 マジギレしたキリオがヒャックに詰めかかる程の、なんともまあ、醜く、そして意味のない彼等の落胆ぶりで、これはあった。それこそ、『人の手』で直接行なうしかないか、まで。それって一体、何年かかるだろう、と言う話。それ程に層強化テクタイトの付与、吹き付けは難度が高い。まして、ライト=ブリンガの可能な限りの全装甲に対して、となれば……これは……。

『あのぅー』

 と、申し訳なさそうな声で、リビングデッド然としたキリオ達に呼び掛けてきたのは、その場でじっと議論(?)に耳を傾けていたアテネコ・ホワイト。歯茎を剥いたまま、それでも振り返ってきたキリオに対し、短い右手を挙手。

『――私が自分で吹き付ける、ってのは駄目なんでしょうか?』

「………………」

『ホラ、トラクタ・ビームの制限を行なって上手くやれば……シャワーみたいに』
 実際に、挙手したばかりの右手を、自分の左脇や背中に回しながら、アテネコ。

「………………!」

 「ソレダ!」と、誰が最初に叫んだのかは分からなかった。とにかく、彼等は直ちに図面を開き、プレス機に加えるべき改良作業へと取り掛かったのだった。もっとも、この改良作業というのは、機材本体に『取っ手』を――それも今後のことを考えれば着脱式が好ましい――装着することと、そして、プログラムドライバの整合性を、アテナに合わせることだった……のだが、実のところ、キリオ達が行なったのは前者だけとなったのだ。

『ああ、こっちでやっちゃいますから――許可だけ貰えれば。にゃーん』

 微妙な沈黙が空間を支配する中、『ああ、そんじゃあヨロシコ』というキリオの反応。勿論、彼等は『助かった〜!』とか、『アテナすっげー』等と素直純朴に思ったわけではなくて、実のところは違和感、もっと言ってしまえば恐怖感すらを覚えたのだったが。……この時は、何しろ多忙でもあったことと、妙な達成感も手伝って、表にしてそれを出す人間はいなかった。それは、キリオも例外ではない。緩やかに、『何か』の歯車が動いていることには、誰も気付かなかったのである。

 そして、更に『事』はここでは終わらなかった。結果的に、どれも良い意味ではあったのだが。
「主任――テクタイト加工前に、ついでに静電位式変色帯を一部の装甲にプリントしておくってのはどうです?」
 製図を行なう時にのみ装着しているモノクルを外して言ってきたのは、ヒャック・ウィンストン・リー(新婚ポヤポヤ)であった。
「それは良いアイディアだと思うけど――金は掛かる?」
 ガラス口を引く手を実際に止めて、キリオ。クラシックと言われようが何と言われようが、のポリシーである。漫画家みたいだ、とか言うんじゃねえ。
「あんまり掛からないっすよ、多分。RL全体に施したとしても多寡(たか)が知れてる。僕のポケットマネーでもどうにかなるかな、ってぐらい。その上にテクタイトを吹き付けるわけだから、強度的にも問題ナッシンですな」
 いつになく饒舌な自らを、勿論ヒャックは自覚していたが。
『全身に入れ墨だなんて、断固として認められナイデス』
 その矮躯を自らの両腕で抱き竦めるようにして、ホワイトがと戦(おのの)いた。ヒャックがここで出した『静電位式変色帯』の意味を、勿論『彼女』は知っていたからだ。静電気を利用した、色素変換を実行する極薄の特殊プレート。半永久的な寿命を持つそれは、『ヴィクトリ』のノーズ・アート並びに、主翼部、そしてパイロット表記部にも採用されている技術だった。何しろ、コックピットにおいて入力を変換するだけで、その紋様を変更できるという利便性。ちなみにこれは、純然たるエテルナの技術力によるものであったことを記しておきたい。
「全身じゃないよ。肩とか、頭部とか――簡単に部隊番号とか所属とか入力できるようになるよ。これは、直接FRPにプリントするよりもエレガントなんじゃないかな、アテナ?」
『にゃにゃー……ロードに、クリスに了解を得て貰いたいデス』
 殊更に毛繕い――毛なんて無いんだけれど――を行ないながら、ホワイト。
「ああ、強化重量の限界数値は伝えてあるから、それは問題ないな。つうわけで実行決定。手配、しておいてくれヒャック。俺の名前を使ってイイヨ」
 キリオの情け容赦のない言葉に、アテネコ・ホワイトはその全身を大いに引き攣らせたのだった……。

   ・
   ・
   ・

『コブラ各員へ――電子索敵の開始を改めて許可する!』
 ロータスより到着が遅れること数分。そんな隊長の引き締まった声を聞き、ミランダは快哉を一つ。
「待っていましたっ」
 すかさず。
『……ミラン、ロータスは中でも一番、特にクールで無ければならない存在だ。分かっているよな?』
 コブラ中隊長、リー・パルク二佐の事務的な――それでも、これは冷たいものでは無かった――そんな言葉。
「アイ、サァ。全霊を以て任務を行えることに対する喜びの発言でありましたっ」
 右手が額に上がり掛けたのも、全く仕方のないところだ。
『なら、良い――各員、聞いたな――クールに興奮しろ。事は、グルーヴィに、そしてエレガントに運べ!!』
 割れるような――とは、いかない。彼等の任務特性、性格上から、それは有り得なかった――それでも、一際に大きな復唱が。そんな時、指定通信が一つ。その対象を、ほとんど予測しながらミランダは回線を開く。
『ルヴァトワ二尉、君にはその位置を固持しておいて貰う。後刻、幕僚長がこの場に到着するから、その後はそちらの指示に従うように。高価で、尚かつ、重要な『ロータス』だ。大事に、扱うように!』
 そんな命令と同時に、パルク隊長を含んだ数機が移動し始めるのが、レーダー上で確認できた。
「アイアイ、サ」
 答えておきながら、ミランダの左手はコントロールパネルの打ち込みを開始している。ロータスの真価の一端を見せる、その時。
「ハリネコ、『モジュール』全基、射出用意」
『おうさ――射出に問題なし。いつでもどうぞ』
 あくまでも口調は軽く維持したままのハリネコ。他のアテネコと異なり、独立した存在である『彼』は、今のところ大変良好に機能してくれている。息を一つ吸い、ミランダはコントロールパネル脇のテンキーに数字列を入力した。チャイム音が一つ、続いてパネルの一部が展開――並んだ9つのキーには、『ALL』、『01』〜『08』と言った文字が刻まれている。
「さあ、やるわよ――」
 誰よりも、自分自身に覚悟を決めさせる為の一言だった。それでもミランダは迷わず、そして力強く『ALL』を押し込んだ。キーのランプが速やかに点灯――続いて、コックピットに伝わってくる少なからぬ振動。
『01から04、機外へ露出。05から08は、要数秒――』
 外部カメラを使って、実際に確認。機体色と等しいカラーリング、球体を為す『モジュール』が正に、射出レールに乗っている映像が見える。
『全モジュール、射出っ!!』
 操縦桿の隣に備えられている、操作レバーを、力強く引き落とした。更に激しい衝撃と、音がコックピットを満たしたのだが、これは高磁力によるモジュール射出をロータスの機体、それ自体が相殺しきれなかった為である。そんな衝撃、音は当然、八回ばかり続くこととなる。
「さあ、行けっ!!」
 レバーの第三トリガーを、ここで引く。高磁力による射出慣性力のみでロータスから距離を置いていた各モジュールが、一斉にその推進剤に点火。文字通りの、四方八方へと――勿論、計算された方向であることは言うまでも――ささやかな光を引きながら散っていく。日本文化の粋、花火を彷彿とさせる光景であるとも言える。勿論、中心にあるのはロータスということに。
「限界電子索敵開始!」
 更に第二トリガーを押し込んだミランダ。口にしたことと、同義。01と02はエターナルとフォーチュンの中間点を保持することに。残りの六基は、全てリーヌをカバーする形のフォーメーション。簡易式とはいえ、重力波レーダーまでも搭載した、ほとんど小型の偵察衛星と呼べるほどの機能を有している各モジュールから、順調に応答信号が戻ってくる。続いて、溢れかえるほどの情報の渦。奔流がごとく。
『クールだ。これが、俺達の戦い方ってね』
 ハリネコが呟く。実際に、みるみると精度を増していくレーダーを眺めてミランダは、にっこりと微笑んだ。


   ◆ ◆ ◆

 目の前で、動き始めた『それ』。

 マリーカ・フランシスと、そのお供のカメラマンであるウィリアム・マクレーンは、即座に対応が取れない。場所は、工房ブロック第二管制ブロック。今のこの場所には、この三人以外の存在は一切、無い。
「どうしたんです? 録画しないのですか?」
 広報室長補佐、リュボフ・ストコフスキー二尉が、どこか悪戯っぽい笑みを見せた。カメラマンとしての本能が生きてはいたのか、ビルはすかさず、その右肩に固定されたままだったビデオ・カメラに録画信号を打ち込む。
「……これは何?」
 マリーカの率直な思いが、そのまま言葉として変換された。今、彼女の目の前で正にその彩りを変えている『人型』の機体。
「我が、エテルナ自衛隊が擁する『兵器』ですよ、勿論」
 ご覧なさい――と言葉を続け、リュボフはそのしなやかな指をライト=ブリンガへと向ける。
「節々に存在しているエテルナ国旗、そして自衛隊旗は、その証明に他なりません――」
 蒼い顔で、すっかりと押し黙ってしまった、マリーカとビルの様子に同情の念を抱き掛けたリュボフであり、ヒムラ・キリオの言っていた『サービス』をより、確たるものとしてやるべきだろうか、まで考え掛けた、そんな時。
「クリストファ・アレンという文字が見えますが、あれはッ!?」
 電子式のオペラグラスを覗きながら、当のマリーカが叫んだのだった。ようやくと言うべきか、ジャーナリストとしての本性が呼び覚まされてきたのだろうか。
「その通りの意味でございます――」
 冷静に答えるリュボフの言葉とほとんど同時に、工房ブロック内の照明が全て落とされた。何が起こったの――そうマリーカが答える前に。
「コード、『ライト=ブリンガ』。搭乗者は、幕僚長であるクリストファ・アレン空将です。これから、発進するところであります」
「らいとぶりんが? はっしん?? ばくりょうちょう???」
 オペラグラスから目を外そうとした、マリーカ。それでも、外せない。何故ならば、照明のほとんど落とされた工房ブロックの中、対象の機体は自ら光を放ち続けていたからだ。各間接は元よりとして、その全身も仄かに、また。見惚れてしまっている場合か、マリーカ――心の声、これは冷徹なジャーナリストとしての自分自身からのものだった。しかし、それでも目を外すことは出来なかった。
「詳しい説明を――」
 言い刺したマリーカに対し、リュボフはその細い腕をゆっくりと組み。
「今は、ここまで。ライブ中継をお断りさせて頂いた理由を、汲んで頂ければと――」
 その小さな顔を、ゆっくりと左右に振るのであった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする