2646年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XI


【部外秘】
関連規約:第九条  『情報秘匿の義務』
     第十一条 『上級構成員としての義務・束縛』

認証:該当権限は別途に詳細




 ――碌(ろく)でもない未来しか遺せず、すまないと思う。

 ――頑張ってみたけれど、それは頑張ってみたけれど。

 ――みんな、ごめん

 ――僕は、もう歩けない

 ――後は、頼みます

 ――最期に、もう一度。ごめん。でも、みんな、ありがとう

 ――みんなに、会えて、良かった

 ――また、どこかで会えると良いな




  光機【RLight=Bringer】のサルベージ作業中に発見された音声メモ(非公式)より


(※要注意)
  該当のデータ閲覧、並びに再生権限は『学園卒業生』のみ。
  口外もこれは一切、禁止とする。



   ◆ ◆ ◆


「ったく、ンなバカ姉は捨て置けよッ! とにかく俺は出ねえかんな!」
「ユキト、それは自分が『フォーチュン』総代と知っての発言なのかね」
「くっ……だがよう、兄貴っ」
「命令だ。君の『NOIR』には出て貰う。ここでティナと『エンフォーサ』に傷を負わせる訳にはいかん――何が何でも、出て貰うぞ。最悪の場合は機体だけでも該当座標に投下する――『アレス』とて納得してくれよう」
「しかしっ」
「しかし――なんだ。君の言う『カーチャン』が『出る』としてもお前の意志は変わらないのか? 君の駄々に付き合っている暇はないんだが」
「かかかかかかあちゃんって何だ!? 出るって何だ!?」
「『母様』ではなく、『カーチャン』だね、君にとっての。無論、僕からしても『彼女』という存在は重要だ。戦術略面だけでなく、感情面でも、と言うことだが」
「ッなんだとうっ!!」
「さあどうする、『ユキト・L・A・ムラサメ』?? せめて、やるのかやらないのかだけ、それはハッキリして貰わないと困るんだが?」
「ざっけんな、カーチャンを駆り出すなんて真似は止めてくれよッ!!」
「どうかな。実は、君が先から拒否発言を立て続けたところで、話は半ば決まっていたんだ」
「なんだと」
「ああ、馬鹿で『脳足りん』の君の為、ハッキリと、懇切丁寧に言ってやろうか。ミランダ・ルヴァトワ・アレンから覚醒信号を受領したと、私、マエダ・マコトはこう言っているんだよ!」
「ふっざけんんなあああああああああああああ!!」
「僕は冷静だよ。少なくとも君よりはね。『フェイク』との同調も始まっていることだし、彼女は『ダブル』――ああ『影(Double)』改め『紅蓮(ぐれん)』だったか――で出ることになるだろう。今となっては型落ちの感は否めないが、彼女は君が求めて止まなかった『王者の剣』の認証を得ている。何かとやれることだろう――何しろ、『レーヴァティン改』を担(かつ)げるのだからね」
「馬鹿なっ、『桜吹雪』は俺の――」
「自分にとっては懐かしい機体であり、感涙を禁じ得ないところだがな。しかし覚醒早々、なかなかどうして、やる気満々だよ彼女は。それはもう、君とは全く対照的な程に」
「てめえ、マックス!!」
「その発言はいよいよ、個人的なペナルティに値するな、ユキト。宜しい。『彼女』が出る以上、確かに君の存在と言う必要はないかもしれない。いや、ぶっちゃけ無い。宜しい、気が済むまでベッドで眠っていたまえ。これ以上は、時間と労力の無駄なんでね。はい、さようならユキト。良い夢を」
「……おかあちゃん…………」






   ◆ ◆ ◆



「参謀組! 確定情報はまだか!?」
『……調査中であります。が、太陽系惑星連合軍は宇宙要塞『フォート・リー』である可能性が高いかと。蓋然性、70パーセント』
 クリストファ、その頭を強く振る。
「どうやって、ンなモンをこんなところにまで持ってこられるってんだ!?」
 敵艦載機群、AF-10ことワイヴァーンが大隊規模で向かってくる中、クリストファは自らの混乱を自覚した。
『落ち着かんかい、ボケ! フィールド展開技術の応用による超巨大規模のネビュラ・ドライブの可能性が無いわけではない、と常日頃に言っていたろうが、このアンポンタン!』
 統合幕僚長にこんな物言いを行える人間はただ一人。説明する必要も無い。
「ボケだのアンポンタンはねーだろうが、このハゲ!」
 ブリューナク残弾状況四割強。リロードを実行するべきか、微妙に悩む数だ。が、実際にはリロードを行ない掛けたその手は、寸でのところで止められることになる。広域レーダーが示す、味方艦載機群の接近状況が、好ましいものだったからだ。
『てっめ……人が、気にし始めていることを!』
 口調とは裏腹に、マイクを通して操作端末を激しく操作しているらしい、その音がこちらにも伝わってくる。キリオはキリオで、混乱を極めているのだろう。
「るっせんだハゲ! とっとと確定事象を伝えてくれればそれで良いんだよッ!」

『あ、あのー……ロード、あまりにも無意味な遣り取りは、何というかそのう……』
 呆れを隠しきれない、アテナの声だったけれど。

『二度もハゲって言った!? オヤジにもハゲって言われたこと無いのに!?』
 半ば笑いながらのその声。同時に、その背後の操作音が消えた。
「ああ、言ったさ! 言われずに一人前になったヤツが……って、どうなったキリオ!」
 先読みだった。
『わははははは! いやあ、参ったねえ!! 凄い技術力!! オメガ驚いたよ!』
 実は、キリオのこの声は全く笑っていない。
「……ってことは……マジ……」
『マジマジ。えーと……微妙な映像から解析された唯一の文字列の意味は不明だが……『GIAS』ってのはほぼ確定ー。なんなんだろうね、これ。ギアス? ガイアス??』
 何かの略称なんじゃねえの、とリンダ・フュッセルと思しき人間の声が最後に重なった。
「要塞ともなれば、この質量規模も納得が行くな!?」
『アイ・サア。その通りだ』
 クリストファは、唾を飲み込んだ。胃の当たりが、かあと熱くなってくるのを感じる。覚悟を決める時かな。

「全員、聞け。今から、問答無用で『こいつ』を全力でブッ潰す! 第一艦隊の負担も増えるんでな、そのバックアップを頼む。それと、過酷な命令だとは思うけれど、少しでも急いで欲しい」

『……ああ、やれるだけのことはやってる。それよりお前こそ、無理すんなよな』
 既に、キリオの声に浮ついたものは全く含まれていない。
「オーケー、キリオ。シャンパンを冷やしておいてくれよ。キル・マークを増やして帰るからな!」
『おう。楽しみにしてる。取って置きの一本があるからよ』
「アイヨ」




   ◆ ◆ ◆


『なにか、くる……』
「……何が来るの? 分かるの?」
『こわい……たぶん、つよい。かたい。いたい……いたいの、もういや……こわいのもいや……』
「大丈夫、静(しずか)。貴女は強い子よ。私も着いているし、大丈夫だから、ね?」
『でも……こわいよ……』
「お願い、貴女の力が必要なの……どうか、目を覚まして……」
『……わたしがでれば、おねえちゃんも、みんなもたすかるの? うれしいの?』
「私だけでなく、私の大切な人達が沢山沢山、助かると思うんだけど……、無理は言わないわ」
『……やる。こわいの、やだけど、やるよ。みんなをまもるよ』
「……ごめ……ありがとう――静」



   ◆ ◆ ◆




『閣下ぁ! お待たせしましたッ! 『ユニコーン』並びに『アスィーナ』、そして先着した『プロミネンス』、合流完了! 大隊として戦闘に参加します!』
 実盾であるイージスを物理的に最大展開させ、その影に身を隠しているライト=ブリンガに着信。良いタイミングだ。
「サカイ三佐、君が大隊長だな?」
『その通りであります! お名前まで覚えて頂き、光栄の極み』
「フローラ……ザクソン上級一佐に土を『付け掛けた』ヤツのことを忘れられるかって」
 撃墜判定が出ることのなかった両者の模擬戦闘を思い出しながら、クリス。撃墜されなかったこと、それ自体が周囲には驚きだったのだ。
『次は負けませんよ。いずれ、閣下とも!』
「その意気だ、サカイ。大切なヴィクトリと、そして更に大切なパイロット達を貴様に預ける。心して掛かれ!」
 自機後方から迫ってくるヴィクトリと、その亜種であるストライク・ヴィクトリの群れ。大隊規模の編成を行なったこの時の参謀組の発想を、幕僚長は間接的に容認した。
『アイサア! これより我が大隊は『ランス』と呼称。『カレント・ボギー』との交戦に突入します』
「許可する。ランス大隊、幸運を――ついでに、アスィーナ隊各員、働きに期待する!」
 AF-10、ワイヴァーンが相手であれば、まず致命的な問題は無い筈だ。自分達、ライト=ブリンガはその自分達にしか出来ないことを。当然、余裕があれば手助けは行なうつもりだが。
『マイ・ロード、アート並びに表記各種はどう致しますか』
 タイミングを図っていたのか、アテナの声。
「今のままで良いだろう。せいぜい、ハッタリに使わせて貰う――」
 人に喩えれば左頬に刻まれた鳳凰と、そしてパイロットの官姓名。機体各所に58と言う数字、一際に目立つのはそのイージスに刻まれた58だが。
『ロータスからのパック接近。プロペラントの交換を実行します』
「任せた」
 ここで、広域レーダーを一瞥。二機のアヴァントはほとんど、自らの輝点と重なっている。合流も時間の問題だろう。微かな衝撃音と微震動が二回。背面から筒状のプロペラント――早い話が水筒だ――が後方に射出されるのが確認された。
『プロペラント交換。使用済みはロータスの指示座標へ』
「許可」
 各所に仕込まれたノズルを微かに噴射させながら、ロータスからの『差し入れ』がアタッチメントに結合した。先のそれとは比較にならない震動に背中を打たれ、一瞬息が詰まったクリストファ。フュエルゲージ(燃料計)が一気に回復。
『お待たせです! 蒼鷹、推参!』
『義によって助太刀に。当方、サラマンデル』
 計った様なタイミングで、両機が到着する。左後方に深紅のサラマンデル、そして右舷側に蒼鷹を示すノーズ・アートが、ライト=ブリンガとの相対速度を完全に合わせてきた。
「オーケー、君達には僕の脇を固めて貰う。RLより前には出るな、ついでにエギゾースト・フレア(排気炎)に注意してくれ。場合に依っては、相当に広がると思われるんでね」
『『『了解』』』
「これより我々は敵要塞本体を邀撃(ようげき)する。かなり危険な任務になると思うから、覚悟を付けておいてくれ」
 各種計器類を再確認。手持ちのミサイルはほとんどが無くなってしまったが、軽くなるのは結構なことだ。レーヴァティンとブリューナクだけでやれる筈。機体状況に、一切の異常無し。
『なーにを今更仰いますやら!』
『元より!』
『……やってみせます!』
 一人一人の声に頷きを加えながら、クリストファは今一度、通信を行なった。宛、『フォーチュン』。
「――艦隊運用に関してはキリオ、ブレンハルトの総合判断で行なって貰います。すまない」
 ほんの少しのラグの後、簡潔な声が帰ってくる。
『心得た』
 もはや、何を言っても無駄と達観しているのか、或いは多忙極まりないのか。恐らくはその双方だろうが。クリスはRLの実速度をゆっくりと上げ始めた。背面に対となって備えられているGRDSユニットがその燐光を静かに零し始める。両のアヴァントのベクター・ノズルが全く同時に絞られた。
「いざっ!」
『『『オスッ!!』』』


   ◆ ◆ ◆

「総司令官閣下、交戦突入間近の『ケンティフォリア隊』から、些か気になる情報が」
 ハインリヒ・レスター少将は、つい先刻、メディック(衛生兵)から差し出された栄養ドリンクを片手に一つ、唸った。
「貴官がそう言うからには、重要な情報なのだろうな」
 そんなことを口にしたが、実はハインリッヒはこの首席副官、エドワード・マチス少佐のことを完全に信用はしていない。時に『副官』と言う本来の肩書きよりも、『監視役』、良く言っても『目付役』として映る言動や行動の数々に対して、どうして好意的であれよう。
「通常の形態とは明らかに異なった機体を目視で確認した、と」
「ほう――しかしまた、随分と抽象的な情報だな」
 苛立ちを隠しきれない声になってしまったのか、マチス少佐の表情が翳りを見せた。
「一応、望遠での映像は転送されておりますが。各レーダーに依る走査は、敵側のジャミングにより、ほとんど行えなかったと。当要塞は今は防御面に重点を置いておりますれば」
 司令官卓上に投影されたグラフィックをレスターは一瞥。これは、何だ?
「……確かに、異様だな」
 輪郭はまるで、掴めない。超望遠のそれを無理矢理に引き延ばしたのだから、これは当然のことであったが。確実なのはしかし、その背景に点在している天体物、恒星の朧な光と比較しての、圧倒的な輝度。
「そもそも、これが戦闘兵器なのか、否か……これだけ光源がハッキリしていると言うのは――」
「――見付けてくれ、と言わんばかりだな」
「はい、正にその通りで。だからこそ、我が艦載機群が認識出来たとも」
 珍しくも調子の低い副官を見て、レスターは軽い共感を覚えた。気の利いた言葉でも一つ、投げ掛けてやろうかと思ったその時だった。違和感、そしてレスターにとって、『嫌悪感』の具現と言っても差し障りない存在が司令室に乱入してきたのは。
「あっはっはっは!! 困りますよ、マチス少佐! 僕をナイガシロに、仲間外れにするのは穏やかじゃないなあ!! あはははっ!!」
 ハインリッヒ・レスターの表情が瞬時に硬化するのに気付かない程に、首席副官は愚鈍ではなかった。
「あ、これは博士――純粋に、不確定情報であった為であって」
 ぶん、とその乱入者は取り出したハンカチで乱暴に鼻を噛んだ。ハインリッヒに取り、この辺も面白くない。太陽系惑星連合宇宙軍がかつて『有した』宇宙要塞の一つ、『フォート・リー』の司令室は当然、完全な1G(重力)が保たれてはいるから、鼻水の類が周囲に飛散することはなかったが、宇宙軍に身を預けて以来の性癖がそうさせるのか、ともかくそんな行動は不快極まりなかった。
「困りますねえ、自分は『皇帝陛下』から最大限の権利を戴いて、ここにいるのですよ。まあ戦闘に関してはね、門外漢なもんでして、そちらに対する遠慮もありましょうが、こと敵性体のそれとなるとねえ」
 ケタケタと笑い、乱入者は懐から片眼鏡を装着して見せた。年相応の貫禄は全く無く、お調子者然としたこの人物はしかし、こうすることで世の中を渡ってきたのかもしれない。処世術と言うことか。
「いや、ベネット博士、そのご慧眼を賜わりたいと思っていたところだ」
 全くの嘘でも無かったので、何ら含めるものも無く、ハインリッヒ。
「お世辞でも嬉しく思います、少将閣下。で、肝心の情報へのアクセス権を頂きたいのですが?」
 左手首のブレスレットに触れ、立体映像を展開させながらベネットと呼ばれた博士。司令官は黙って頷くことで、副官であるマチス少佐にその意志を伝える。
「これに」
 マチスとしても、この博士は正直、話をしていて楽しい人間ではなかったから、自ずとその言葉数も少なくなる。
「ほうほう…………って……」
 ベネットの表情が一転した。見たことのない、ただの一度も見たことのない、驚愕、いや動揺の見える顔だった。
「博士?」
 司令官の代わりに、マチスが口を開いた。
「……非常に深刻な問題です。これはいけない……喪われた『ロスト・ナンバー』の可能性が」
 震えている声、そしてその体も震えているのか、彼自身の眼前で展開されていた立体映像が補正範囲を超えて大きく、ぶれ動いた。
「ロスト・ナンバーとは?」
 また妙に剣呑な響きですな、と付け加え、ハインリッヒ。
「ヴィンテル・モジュール…………いや、説明は後で、司令官閣下。私が危惧している存在そのものが『これ』だとしたら大変なことに。ええと、今、この機体はどういった状況に?」
 その顔面中で汗をかきながら、ベネットはやはり投影されているキーウィンドウを操作し続けている。こうしていると、全くどうして普通の人間にしか見えない。司令官も、そしてその首席秘書官も、彼に対して失礼な感想を実は共有していた。
「――こちらのバリアに一時的な穴を開けた根源だと推察されます。ただ、情報が統括されておりません。推量でしか。発見、それ自体も実に偶発的なもので――」
 マチスの言葉は、実に力強く遮られた。
「駄目だ、いけない! 『こいつ』とまともに対峙しては!!」
 いよいよ気が触れたのか、と考え掛けた自分自身をハインリッヒは恥じた。アルベルト・ベネット――太陽系最高の頭脳と呼ばれる彼の本質を初めて知ることになったからだ。
「ですが、こちらにも――」
 首席副官の発言は、やはり遮られた。
「こちらが抱えているのが不安定な『EF(エフ)』数機で何がやれるってんです!?」
 ここで、ハインリッヒは意識して溜息を置いた。
「常に無いな、落ち着きたまえ博士――まずは、その言い方からすると、EFならば立ち向かいようがあるように聞こえるんだが――」
「言葉の綾ですッ! この『ロスト・ナンバー』が自分が危惧している存在であり、かつ実運用がなされているとなれば、これは非常に深刻な――」
 しかし、今度は別の意味で、必死なベネットの言葉は止められた。

 物理的な、激しい震動が司令室を揺らす。

「うわあああああああああああああああっ」

 司令室詰めの人間のほとんどが、等しく悲鳴を上げた。無言で立ち続けていたのは、ハインリッヒ・レスターその人のみ。しかし、堅牢な筈の『フォート・リー』の重力システムが制御しきれない程の負荷とは一体?
「何事かっ」
 あくまでも、冷静なハインリッヒ。しかしこれは宇宙軍で積み重ねられてきた自らの履歴がそうさせたのだろうとは思う。
「当フィールドに、再度の飽和攻撃! 臨時出力のそれにより、今度は保ちません!」
 混乱、極まれりか。
「艦砲射撃ではないのだな!?」
「状況は不明――フィールドの部分解除を行なってみないことには」
 悲鳴がそこかしこで上がり続ける中、このオペレーターは実に落ち着いていた。
「解除は論外だ、保たせろ!」
 無駄を承知の、決まり文句。
「無理です」
 断言された。投影されたフィールド展開状況を実際に自分の目で確認したレスターの精神に絶望的な闇が陰る。勿論、外見的には全く露出などしていなかったが。
「ああ……いけない、自分の推測によるとあれは――」
 狼狽を隠すゆとりはもはや、無かった。ベネットは、本当に必死だったのだ。しかし、続けられた別のオペレータからの報告は、更に彼を驚かせることになった。良い意味で。
「『ヨシツネ』より出撃許可が! 承認しますかっ!?」
「な、なんですとおおおおおっ!?」
 ベネットの引っ繰り返ったそんな声に対し、
「何だと! 出られるのか!?」
 純粋に『兵器』としての実用性に重点を置いていたレスターの言葉がこれだった。
「馬鹿なっ、よりによって『シズカ』なのですか!?」
 シズカ、と言う言葉が意味するところで女性オペレーターは数秒だけ、逡巡した。
「はい、間違いありません。ロードス少佐からの報告でもあります」
「そういうことか……『テイマー』が『彼女』でしたか……」
 レスターは、何時に無いそんなベネットの態度を訝(いぶか)しむ。裏の、本國(ほんごく)の事情は分からない。そもそも、本國が、何をやろうとしているのかすら。
「面白い……『ジャンヌ』でも無く、『ギュネビア』でも無く……依りにも依って『シズカ』とは!」
 発言、それ自体を半ばの独り言としたそのベネットに、現実的なハインリッヒはあくまでも、現実的に。
「で、承認できるのかね、ドクター?」
「ええ、それはもう――そこの君、回線をエミリナちゃんに繋いでくれるかな?」
 くくくっ、と笑うベネット。ある意味で、彼の本来の調子に戻ってきているのだろう。こちらに視線を飛ばしてきた女性オペレータに頷くことで許可を下すハインリッヒ。
「繋ぎます――どうぞ」
 司令官としては、これ以降に下す命令は確定していた。ので、ハインリッヒ・レスターは副官に対し、短く『総員、対機並びに対艦戦用意』と。
「エミリナちゃん、どうやって『静』を納得させたのか、あとでじっくり聞かせてね」
 嫌でも入ってくるベネットの浮ついた声。ある意味では、彼の本調子なのだろう。そして、その声に頼らなくてはならない身の上。自分一人であれば話は別だったが、何しろ自分の双肩にどれだけの人間の命と未来が掛かっているのか。
『イエス、サー。本機は『全て順調』。ノイズも許容範囲内――『ヨシツネ』はやれます』
「頼もしいな、うふっ。オーケイ、無理はしないで。出来れば、謎の敵性体の捕獲を要求したいけれどお――」
 ここでベネットが振り返ってきた。意味が取れず、ハインリッヒは実際にその太い首を傾けた。
「――情報収集と、要塞の防衛が先だね。それを優先すべきだ」
 異論があるのなら言ってみろ、さながら油性の太マジックで顔に書かれた程の、不器用な、しかしある意味では譲歩したベネットの発言に、ハインリッヒは頷きを返す。未知数だった戦力が確定のそれとなれば、話は大きく変わってくる。
『了解しました。やれるだけ、やってみましょう』
 映像が無ければ、エミリナ・ロードスの顔色も分からない。声色でしかない。もっとも、実映像が届けられたところで、そのバイザー越しに顔が見えるもクソも無いのだが。
「改めて強調するよ。『無理はしないでね』そして、めでたいね。何しろ、『Eschatoce=Frame(エスカトス・フレーム)』初めての実戦だ! 歴史に名前が残るよ、エミリナちゃんも、そして静も! うくくっ」
『……司令官閣下、出撃の許可を改めて賜わりたいところです』
 全く、ノリの悪い『テイマー』の言葉に一瞬、鼻白んだベネットはしかし、次の瞬間にはハインリッヒの方へと真摯な表情を向けてきた。
「……ロードス少佐、『九郎義経』の出撃を許可する。目的は、本要塞の防衛と情報の収集、以上だ」
『了解。『EF-01(エフワン)』、『義経』発進します!』
「頼んだ、少佐。今は君達だけが頼りだ。可能な限りの増援は出す」
『光栄であります――さぁ、行くわよ『静』!』
 全く、この戦の果てに何があるというのか。人類の行き着く先は、どこなのか。ハインリッヒは、別の意味での絶望感がその心の一部を再支配しようとしていることに気付いている。

「クリストファ・アレン……お前は、『どこに』いるんだ?」

「……何か、仰いましたか?」
 耳聡い副官の声だった。
「いや、独り言だよ。歳を重ねると、これが増えていけない」
 白髪に支配された頭を掻きながら、レスター。
「閣下はお若くおいでですよ、充分に」
 その声に含むところは全くなかったので、司令官は素直に言葉を容れる。
「世辞でも礼を言っておこう。確かに、老け込んでいる場合ではないな」

 司令室に数多備えられたディスプレイの一つが、発進体勢に入っている『EF01』の映像を示していた。漆黒の機体、形状は敢えて言えば流線型を意識した小型艦艇、或いは大型の巡航ミサイルのそれに見えなくもないが、その外観が全てではないことを無論、ハインリッヒは知っている。華麗な筆致で『九郎義経』と各所に刻まれ、そして小さく『SHIZUKA SYSTEM』の文字が機体底部に。機体先端には『GIAS』の文字、国旗。
「『ヨシツネ』、発進! フィールド底面、一部解除」
 オペレーターの誰かが叫ぶ。

 画面を揺らす、一瞬の揺らぎ。ハインリッヒが瞼を閉じたその瞬間に、『義経』は消えている。


   ◆ ◆ ◆



 GIAS。これを、多くの人間は『ガイアス』と読む。

 かつて、太陽系惑星連合共和国『だった』連合国家の、新しい名前だ。

 正式名称は『ガイア連合帝國及び太陽系』。

 【The United Gaea Imperium and Solar system】

 ユナイテド・ガイア・インペリュウム・エンド・ソラ・システム。


 人類史上最大の国家、連合帝國が、その牙を剥いている。

 立ち向かうは、エテルナ共和自由国、一国。


 戦いの果てに、何があるのか。


 知っている人間は、誰もいない。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする