「ふん――やはりな、二番煎じとなるとこんなものか」
狙い通りに減衰していく対象の重力波フィールドを確認して、クリストファはその口の端を歪ませる。どうやら、核弾頭と荷電重力波に依る飽和攻撃を再度敢行するまでも無かったようだ。
『なあんか、悪い声になっていますよ、閣下』
控える『蒼鷹』のアムロが笑ってきたが。いや、どうしてこれを笑わずにいられようか。そもそも、そんなアヴァント・ガーダにしたところで、その凶悪な荷電粒子砲を延々と投射し続けているのだし。
「……正義だの悪だの、関係ないね。どうあろうが自らを、そして守護する対象にとって少しでも利のあるものが獲得できるのだったら、俺は悪魔とだって契約する」
『聞かなかったことにしましょう――』
呆れを装ったキートンの実は笑い声に、クリストファは声を立てて笑う。演技だ。それは、勿論。本音は本音でもあるが。
「へへっ、まあ悪魔の力に頼るまでも無いがね――『エターナル』聞こえるか。艦砲中止。整然と、だが確実に進行しろ。第二艦隊との合流を最優先。言うまでもなく、いつでも撃てる状態だけは維持しておいてくれ」
途中から第二艦隊の司令室へと無線を切り換えて、クリス。
『了解しました、閣下。艦載機の増援のタイミングは――』
「そっちで判断してくれ」
もっとも、今の状態であれば必要は無さそうだけれどな。
『は』
簡潔なブレンハルトの言葉を受けながら、レーヴァティンを再度構える。これでビンゴだろう。敵要塞がどれだけの規模であろうと、そのフィールドとシステムを消滅させれば『エターナル』の一斉射で話は終わる。実は『フォーチュン』のそれを上回っている、『エターナル』の火力を甘く見て貰っては困る。伊達に四十年先のエテルナ市民にまで借金は行なっていない。
「勇敢だったが、無謀だった。そして、『この力』を僕が持つに至ったこと、それ自体が不幸だった――」
複雑なものがその胸中を過ぎらない訳ではない。クリストファ・アレンは、それは言い訳の仕様が無い致命的な売国奴だ、太陽系惑星連合にとって。
「恨みっこは、無しだ――ごめん」
しかし、そう構えるレーヴァティンに、射撃信号を入力する直前だった。クリストファの視界全体に、アテナからの警告。赤字のアラート――これは、最上級の警告だ。咄嗟にレーヴァティンを解除、収納、そして何かと取り回しが効くブリューナクへの換装を行ない掛けた――が。
『回避は逆に危険! 防御を優先して!!』
事態が全く見えていないのにも関わらず、クリストファは、あくまでも冷静だった。これは、アテナという存在を完全に信用していたからこそ、であったのかも分からない。付け加えると、この時のアテナの口調一つを取り上げてみても、事態がどれだけ切迫していたか、把握できよう。そして、状況を把握したその瞬間には、実際の行動にクリストファは及んでいた。
「どけっ、24号機!」
『『へ??』』
キートンとラスティが理解できないのも無理はない。そして、言葉で説明している暇もなかった。『サラマンデル』とも『アヴァント』とも呼べなかった、クリストファの焦り。
「ごめんっ!」
口にした瞬間、強引に振り上げられたライト=ブリンガの左足、そしてその踵のヒール――実は実剣『ムラサメ』の柄(つか)――が、アヴァント・ガーダ『サラマンデル』の機体後方、第13アタッチメントへと確実に引っ掛けられている。続いて、クリスは自らの左足を後方に全力で振り抜いた。
『って、何って――ああああああああああっ』
『おげえええええええええっ』
異口同音の絶叫を挙げながら、サラマンデルは後方に蹴り飛ばされた――様にしか見えなかった。アムロが色を失って、何かを言ってきているようだが、説明している暇はない。
「下がれッ、アムロ!!」
としか言えなかった。もっとも、『蒼鷹』は自分の後背に構えていたから、どうにかフォロー出来るはずだ。不幸な『サラマンデル』は、『対象』と『自分』の間に位置していたのだ。そして、クリストファとしては自分だけが助かる道を選ぶつもりが無かった、その結果の選択だった。
「イージス、出力最大ッ!」
言いながら、実は間に合わないだろうとクリスは達観している。重力波によるフィールドは、人類が獲得した中ではまず、最強を誇る盾だったが、ゼロの状態から展開するのには時間が掛かるのが難点であり、現時点での科学力では克服しきれない最大の欠点がこれだった。
『間に合わな――』
アテナの悲鳴を、最後まで聞いている暇はなかった。レーヴァティンを格納――している暇はなかったので、格納信号だけ入力しておいた上で後方に投擲(とうてき)した。後々で困りそうな気もしたが、今を切り抜けない限り、その未来もない。これは、クリストファが長くもない――しかし、密度は濃かった――軍隊生活で学んだ鉄則の一つだ。そもそも、レーヴァティンはとかく長すぎる上、取り回しに難があるのも事実と言えば事実。さておいて、ブリューナクを構えるのも間に合わない。さて、どうしたものか。判断と行動は、しかし一瞬。
「オシッ!」
自分でも理解できない掛け声と同時に、腰元の実剣『ムラサメ』の柄をライト=ブリンガの、つまりはクリストファの左手は掴んでいる。同時に、左肩に固定されたままのブリューナクの照準を、その痩身を屈ませることと並行して、強引な設定を試みた。一度だけ、演習でやったことがあった。『こんなこともあろうかと』、と口にする為には、やれることはやっておくもんだ――キリオの酔いどれ顔がこれまた鮮やかに浮かぶのが面白い――1ミリでも笑顔を作っている暇なんて、残念ながら無いけどな。
「軸、降りろ降りろ!!」
攻撃範囲は著しく限定されるが、この角度だったら或いは。どうにか、ブリューナクの銃身が、どうにか直線上に降りきってくれたことに感謝しつつ、密なる照準を余所に、しかし本能的な射撃感覚でクリストファは射撃信号を入力した。鈍い反動と共に、ブリューナクが雄叫びを上げた。
炸裂! これは、通常弾頭の爆発力だけではない。
なんと、初弾を命中させることに成功したかもしれない!
しかし、アテナの警告が止らない。やはり、これだけでは。実に、クリストファとアテナは、無言の内にこれだけのコミュニケーションを獲得することに成功している。
「ぬううううううッ――」
ようやく、出力を発揮し始めたイージスのそれと、機体各部の重力波フィールド形成と同時に、ムラサメが理想的な角度を伴ったエネルギーで鞘から抜けた。観察している人間に日本刀の知識があれば、これが『鞘走り』と呼ばれる抜刀術であることを知ることが出来ただろう。雷光さながらの、ライト=ブリンガの腰元からの抜刀、人、これを『居合い』と呼ぶ。その刀身先端が、飛来してくる『物体』中心を正確に捉える。激しい閃光が発生し、クリスの両目にフィルタリングの効果が施される中、オースレーション・ブレード(振動反応式銃剣)である『ムラサメ』が対象に執拗な食らい付きを続けているが、破壊へと至る決定的な手応えには至らなかった。物理エネルギーに負けた剣がその左腕ごと弾かれたが、当座はこれで良い!
『対衝撃――』
アテナに言われずとも、奥歯は噛み締めっぱなし。しかし、それでも尚、奥歯に痛みが走る程の震動が即座に襲ってきた。その間も、どうにかクリスはイージスを理想的な防御角度で保持し続けている。発揮され始めたばかりのフィールドは、しかし、対象の物理エネルギーを御しきれない?
「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおお――」
コックピットにまで伝わってくる擦過音。勿論、これは擬似的なものであることは説明するまでもない。実盾イージスの放棄を想定したその瞬間に、激しい爆炎がライト=ブリンガの全身を陵辱しようと試みてきたが、これはどうにか展開されつつある重力波フィールドで相殺できた。間に合った!
「……なんだ、これ……」
どうにか凌げた模様。しかし今のは、本当に危なかった。
「なななな、なんだこれはっ……アテナッ、今のはなんだっ!? そもそも、どこからの攻撃だったんだっ!?」
対象との物理接触痕から微妙な煙を立て続けるイージス。どうにか、まだ機能を果してくれているようだったが、キリオやスコットが見たら発狂する程の傷痕が残ってしまった。オーマイガッ。ついでに付け加えれば、ここまでの物理打撃を受けたのは初めての話だ。シールドで受けた訳であったから、被弾とはカウントされないだろうが、それでもクリストファの自尊心は大きく傷付けられた。
『分かりません、ともかく、素晴らしい回避防御でした!』
「礼は良い!! 『俺達』にこんな不意打ち食らわすヤツだ! 調べろ!」
威勢良くも言ってみた。しかし、確認してみれば、ムラサメの先端、その一部に亀裂が刻まれていることが判明した。オズ・ブレード『ムラサメ』――人類最強の物理刃にヒビを刻むような素材、その攻撃の正体は何なのだ? 虚勢は虚勢だったとは言え、それでも先程までの余裕が霧散し、クリストファはその心の底からの恐怖すら覚えた。その両手が、小刻みに震え始める。今の回避が本当に奇跡的なものだとして、そして或いは次は――。
『閣下―――――ッ!?』
『ご無事ですか!!』
『クリス!? お前、生きているよな!! 返事をくれっ!!』
『状況知らせッ!!』
『いやああああああああっ!! 閣下ああああっ!!』
悲鳴と絶叫が、嵐のようにコックピット内を満たす。発言者も、そして等しくその内容も全く判別できない程に。ああ、一際に後を引いたのはマリベルの大絶叫だったのかもしれないが。
「……な、なんだってんだ」
実は、初めての体験だった。ここまでの戦慄を自覚したのは、本当に初めてだった。ソフィの体の柔らかさ、その体臭を求め掛けている自分に気付いて、クリストファは自らに平手一発。
「こーの根性無しがッ!!」
誰に向けた独り言なのか、誰にも分からなかった。勿論、発言主にも。
◆ ◆ ◆
『うわああああん、だめだぁ、いまのを『よけられたら』、なんにもできないようっ』
「落ち着きなさい、『静』! お姉ちゃんが着いているんだよ!」
こちらの側はこちらで、平静とは言えない事情があったようだ。
「落ち着いて、もう一度組み直すよっ。今度は、不意打ち出来ない、だから正面からになるよっ! やれるね、静ッ」
正直、エミリナ・ロードスとしても計算外だった。実のところ、詳細不明の重爆撃機と該当の謎敵性体の両方を討ち取れる、と考えていたからだ。味方を足蹴にしてまで、しかし謎の敵性体は想定外の機動行為で、こちらの『必殺』を見事に凌いだ。一定のダメージは与えたと推測はされるが、よもや、あの一撃を回避するとは。ひょっとすると、ベネットの狼狽はこの点にあるのだろうか。
『やだぁっ、こわいよ、やっぱりおうちにかえりたいよう』
「『あいつ』に一撃、加えないと帰る家が無くなるよっ」
自らの『操作』を反映出来ない搭乗機に関して、苛立ちを強く覚えないでもない。が、今更の話。自分はパイロット、『水先案内人』が意味するところとは大きく異なった存在。『調教師』が意味する、テイマーなのだ。そして、エミリナは嘘は言っていない。帰る場所、家。
『こわいよう……』
エミリナは、もう迷わなかった。無言で、薬物投与の入力を行なった。精神安定効果を含む薬液を中心、そして攻勢の意識を持たせる為の興奮効果。攻撃精度にムラは出るだろうけれど、このままでは埒(らち)が明かない。無言だったが、心の中では謝罪しっぱなしだ。
「どう、まだ怖い? 静?」
『……なんか、やれるきがしてきた……おねえちゃん』
涙が零(こぼ)れそうになった。いや、自分が泣くわけにはいかないじゃないか。サトヤマやヤンに。特にサトヤマに比べれば、自分なんて!
「そう、じゃ、落ち着いていきましょうね」
『うん』
「おねえちゃんは、ずっと一緒にいるからねえ」
◆ ◆ ◆
撃破!
今や、大隊長となっているサカイ三佐は、交戦突入から一分あまりで、実に二機の敵機を葬り去っていた。
『やれる、やれるじゃないか俺達!』
『いける、いけるぞっ』
フレンド(僚機)の声が聞こえてくるが、しかし。手応えが余りにも無いのが気になる。事実、こちら側は被害は疎か、被弾すらも無い。つい今し方、撃墜した一機にしても、索敵から一連の攻撃まで全くスムーズに、そのまま。
「腑に落ちんな――」
一度、後方の司令室に連絡を入れて部隊の再編成を行なうべきか、と考えを巡らせたサカイの右目、片隅に激しい火の手が上がったのは、その時のことだ。レーダーを確認。相当なノイズが走ってはいるが、まず間違いなく『幕僚長機』とその『騎士達』が構えていた座標では無かったか。
『大隊長、これは一体?』
事実上の副隊長であったピエール・レノ一尉の目にも確認できたのだろう。狼狽した声を聞くのは、初めてのことだった。
「司令室からの命令に変更はないよ――こちらは、このまま敵艦載機群の殲滅(せんめつ)に当たる」
先までの再編成に関する構想を練り直しつつ、サカイは今一度、ストライクの操縦桿を握り付けた、しかしその時。
『被弾! いや、撃墜!? 隊長、35号機がヤられましたっ!』
35号機――サカイの意識が空白に染まり掛けるその直前で、現実的な計算へ戻る。どう考えたところで、自分が沈めてきた二機の力量で『35』が堕とされることはあるまい。油断、油断か、しかし??
「意識を改めろ! そもそもが、同等の機体に乗っていてワンサイド・ゲームは有り得んのだ! 各自、それを徹底!!」
自分に向けた言葉でもあった。続き、通信先を変更。宛は後方司令室。
「司令室、おかしい。敵艦載機群の動きに嫌な意味で統一性が見られない。情報を」
『チックショオオオオ、ハイアットがヤられたああああああああああああっ!!』
『許さないっ! ブッ殺す!! 仕返すっ!!』
『おい馬鹿野郎、誰かアジスを止めろッ!!』
サカイは怒鳴りつけようとして、しかし声が出なかった。その瞬間に、リンク表示の中から三つの輝点が同時に消失した為だ。もはや、落ち着いた声は出せなくなった。
「ランス全員に! 陣を組み直す! 総員、『我に集え』!」
肉声だけでなく、信号弾を選択、射出。屈辱だった。この状況下で集束信号なんて撃ちたくもなかったが、それでも冷静な自身はあくまでも客観的な評価を自らに下してはいる。もっとも、それは一個人、パイロットとしてのものではなくて、もっとこう……冷徹で怜悧(れいり)な、氷の決断に基づくものではあった。
「一体何が――」
あくまでもデータ上のものではあったが、敵艦載機群に機種の別は無いはずだ。『AF-10R-ワイヴァーン』のカスタムタイプ、と情報室も結論を締めている。性能で言えば、自分達の愛馬となっているヴィクトリ・タイプとの差異はほとんど無い。
「くそっ!」
サカイはその左拳で、自らの左腿を強く打ち付けた。
◆ ◆ ◆
「良くもまあ、こんな用意があったもんだねえ」
フローラ・ザクソンは、自分達の眼前に引き出されてきた機体を前に、その目を細めた。
「まだ試験走行の段階でした、が――現時点では、これが一番の早道であることに疑いはありません。第二艦隊への到着は、丸一日と言ったところでしょうか」
整備帽を目深にかぶった整備士は、端末を片手にそれでも力強く言ったものだった。
「準備は三十分ぐらい?」
一時間は掛かるかな、と推測していたフローラだったが。
「いえ、十五分で充分です」
これには驚いた。
「やるねえ、名前を聞いておいてイイ?」
「アンナ・スタインベック一曹であります。『フォーチュン』にいた時には、何かとロードマン士長――ああ、正確には技術一尉でした――のお世話に」
ヒュウッ、フローラは口笛を一つ。
「把握した。まあ、ともかく任せた。十五分の間に、こちらは人間を選別しておくから。定員は二十人だったな?」
「そうなります」
「オーケ、それじゃあ後は任せた」
ずずずーっと音を立てて、フローラはミルク・セーキを一息で飲み干した。空腹を自覚していた彼女であったが、これから自分達が置かれる状態を考慮すると、あまり固いものを入れるわけにはいかない。
「はい、了解です。それでは、さっそく準備に掛かります――ああ、それと私物に関してですが」
「体一つで充分さ。エテルナの自衛官さんってのは、こう言う時、それ以外は要らないことになっとるのよね」
よろしくねん、と背中越しに手を振りながら、フローラ・ザクソン上級一佐は気密扉の向こうへと消えていった。くすっ、と小さく笑っておきながらアンナは端末操作を開始する。本来は、物資の輸送と、緊急時の幕僚長を初めとしたエテルナ自衛隊の頭脳を少しでも早く戦線へと送り付ける為に開発された――正確にはモデルそれ自体は自衛隊発足前に計画途上にあったものがあったので、改良と呼ぶべきだろうが――無人高速輸送システム『ペネトラート改』。少しでも早く、且つ人体への負担が少ない、そんな相反する要素をそれでも確立させた画期的な輸送システムであり、エテルナの独自航宙技術が低いものではないことを再認識させる存在である。常はエテルナ第三衛星リリスの軌道上にて待機維持されているそんな機体はしかし今や、高速航行中のクロノス級は一番艦『クロノス』によって強引に牽引されていた。キリオ達、フォーチュン組のマニアックな連中が『銀河鉄道』と勝手に呼称している――しかし、これ以上に無い賛辞ではあろう――そんな『ペネトラート改』を高速移動中の艦艇から射出するという、前代未聞の試みが、これから始まろうとしていた。理論上は、ネビュラ・ドライブのそれに近い加速度を獲得できる代物だ。
「ねえ、各衛星群とのリンクを再確認しておいてくれる?」
インカムで、クロノスの艦橋へ直接通信を行なったアンナ。リーヌ・ゲートへと至る課程に設置された戦略衛星群が、正にこの『ペネトラート改』を『ペネトラート(貫通)』となさしめる『肝』なのだ。
「人がいるところには直接、連絡を入れておいてね」
一つを付け加えて、インカムを切断。続き、その肉声が格納庫全体に飛ばされる。
「総員、『ペネトラート』の射出準備。指定の者は、気密服を装備の上、該当場所に集合してっ!!」
「「「オスッ!」」」
実はここでは、一曹である自分が最上位。自分より階級が上の者は実は、艦橋にいる気の弱い士官、操舵士一人しかいない。人員をまとめることもそこそこの慌ただしい出港であったから、これは致し方ない。そもそも、当初の『クロノス』の目的は抱えている艦載機と弾薬、各種物資を抱えて、とにかく前線に向けて移動を開始すること――であったのだが、ここで『ついでにお荷物の追加ヨロシク』と第二艦隊はヒムラ上級技術一佐からの横槍が入ったのだ。その結果が、本来の予定には無かった『前線への人員緊急輸送に伴うペネトラートのカタパルト発進案』ということになったわけだ。その完璧に近い計画書を受領して、アンナ等は改めて自衛隊首脳部の作戦立案能力の高さを知ることになったのだが。
「やれやれ、しっかし忙しいことこの上がないわぁ……」
ボヤいている自分に気付いて、アンナは自らの頭をピシャリと一つ。これから、戦場へと向かい、そして間違いなくフロントで命を張ることになるパイロット達に対して、これは失礼だった。完璧な形で、送り届けてみせるさ、そりゃ――整備帽からこぼれる、ポニーテールを力強く振って、アンナ・スタインベックは更衣室へと足を向けた。
◆ ◆ ◆
『隊長っ!』
ジェニー・ルイス三尉の声。相当に聞き取り難かったが、間違う筈があろうか。
「ああ、分かってるっ!!」
牽制に徹してくれた部下の機動を読めない程、サカイは無能ではなかった。迷わず、バルカンを一閃。敵機は小爆発を数回繰り返し、そして粉微塵と砕け散った。
「各機、複数での連携を徹底しろ!」
次なるターゲットを探している中、視界隅で炎が上がる。望遠で確認。敵機であれば良いが。しかし、確かめるまでもなかった。どうにか機能しているレーダーの中で、フレンドの一つが消滅したことと、そして誰のものともつかない叫びが聞き取れたからだった。
「ええいっ、くそ!!」
姿勢制御もそこそこに、サカイは愛機ストライクに最大加速を命じた。該当のフレンドを墜としたものが『人間』が乗ったそれであれば、単機での戦闘にはリスクが生じる筈だ。事実、司令室の情報部は敵艦載機の大半が人工知能、つまりは「無人機」に依る編成である、と結論付けていた。だが、その少数の中に「凄腕」の「人間」は間違いなく存在しており、交戦直後にサカイの感じていた違和感の正体は正にこれであったのだろう。戦闘機の無人化は時と場所の別なく、人類史上の長期にわたって真剣に検討され続けてはいたのだが、『熟練したパイロット』以上の力量を発揮することは終(つい)ぞ無かったと言う結果となっている。人工知能が、戦闘という特殊且つ過酷な状況下にあり、人間以上のフレキシビリティを獲得するには至らなかったと言う結論だ。
「単機での戦闘は回避しろ!」
サカイの通信越しの命令は、しかし間に合わなかった。いや、間に合ったところでどうなったかは、神ならざる身には分からないが。小さな火球がバイザーを照らす中で、サカイは自らの無力を悟りつつあった。トップ・ガンだと煽てられながら、この有様だ。とんだ為体(ていたらく)ではないのか。被害が大きすぎるのではないか。
『隊長、動いてッ!』
突き刺さってきた言葉が、コンビを組んでいた僚機ルイス三尉のものであることを認識した時は、既に遅かった。激しい震動と、被弾を示すブザーが大きく鳴り響く。油断した――恐慌に陥り掛ける精神をどうにか食い止めて、被弾状況を確認。幸か不幸か、被弾したのはストライク・パックだったらしい。ほとんど反射神経のそれで、サカイはパックの結合解除レバーを引いていた。シートごとの機外脱出と言う手段も一瞬、脳裏を過ぎりはしたが、隊長としての矜持が邪魔をしたのかもしれない。鈍い音と微震動に揺らされている中、最後の願いは敵機からの攻撃が無いことと、無事に換装パックが投棄されることだった。もしかすると、望み薄かもしれない。この無防備な瞬間を凄腕の敵が見逃す筈もない。ほんの数秒のことだったが、サカイは真剣に神に祈りを捧げた。
◆ ◆ ◆
「司令室! 敵機を完全に捕捉した。データの洗い出しを――」
エミリナの言葉は、そこで強制的に止められた。言葉だけではない。その、呼吸ですら。望遠に映る、白い装甲の……人型の……いや、驚くべきはそこでは……エンブレム……いや、ノーズ・アート……鳳凰……そして。
「なななななんだと、『58』?? 『鳳凰』??」
勘弁してくれ。エミリナは、実際にその頭を抱えた。こちらに対し、わざわざも対峙して見せた『人型モドキ』の走査を終えてみた、その結果がこれか!
「――クリストファ・アレンだと言うのかッ!?」
答えは自ら、絶叫として絞られたが、これは実は致命的な失敗となった。エミリナは、自らの発言が戦略部を仲介とし、最前線の部隊へと同時多発的に届けられているとは知らなかったのだ。情報収集を優先していたが故の悲劇だったとは言えるが、これは実は司令室末端の、あってはならないミスでもあった。
『ク、クリストファ・アレン――生きていたのかッ!?』
『58……そ、そりゃあいくらなんでも』
『し、し、し――『白の戦慄』――!?』
『う、うわ、うわああああああああああああああああああああああっ!!』
新人組、特に火星圏の出身者からすれば『クリストファ・アレン』と言う響きの組み合わせには、それはそれは群を抜いた破壊力があった。『58』と言う数字、それの意味するところも同じ。相次いで発展改良された機体は、予め58番を欠番としてラインが作られていたことまであったと言う事実は尚更に笑えない。が、それだけの根拠と意味を持つ数字。
『それは話が違う! 隊長、自分達はどうすれば』
『阿呆! 今は戦闘中だ、気を抜くな』
『アアアアアアア、ジャンがたった今、ヤられたーーッ!!』
艦載機組の士気が、音を立てて崩れていく。エミリナは舌打ちを行なったが、その対象がその延長戦上で対峙している人型の兵器にあるのか、或いは間の抜けた味方にあるのかどうかは微妙だった。
「しかし、なんなの……こいつ……人型とは恐れ入る覚悟だけれど……」
司令室から上げられてくる、推測情報が津波のようにサブ・ディスプレイを埋め尽くしている。推測攻撃力、攻撃範囲、そして守備力――その他。確定情報と言えば、先程の自分達の『必殺』を凌がれた、と言う現実ぐらいのものだ。実データは、全く不明。これは、確かに怖い。そして、実際に『あの』クリストファ・アレンが乗っているとすれば。
「うわぁ……」
そんな画面の中で、対象の重力波フィールド密度数値がこれ見よがしに上がっていっている。こちらを挑発しているつもりなのか。返す返すも、先の奇襲で仕留められなかったことが、未来にとり、どれ程の損失になったのだろうか。『静』が殊更に嫌がり、そして怖がっている刀剣を――多分、日本刀だ――対象がゆっくりと上段に構え始めた。
「……引けないんだよね……でも、それは、こっちも同じ……」
渇いた唇を舐めた。司令室からはその対象に対して既に『BOGEY-01』と言うエネミーコードが付与されている。着々と、それでも更新され続ける『推定情報』の渦の中、前代未聞の両機の睨(にら)み合いはもう少し、続く。
アルベルト・ベネットの言葉を殊更に引用するわけではない。
が。
Deus=Ex=Machina
そして
Eschatoce=Frame
設計思想が似ているようで、しかしその実、存在と、言ってしまえば意義が大きく異なったこの二つの存在の対峙が後の世に示す意味は、小さなものでは断じてなかった。
2645年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XII
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章