2643年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XIV
「うらあああああああああああああああっ!!」
全加速と共に、ムラサメを打ち下ろす。相互の干渉は僅かの内で、その刃が相手の装甲へと食らい付く筈だった――が。
「――――!?」
届かない。それどころか、その刀身に掛かり始める異常な圧力を検知。アテナからの危険信号が簡易メッセージ化された。
『握り潰される!?』
クリストファは、全く迷わなかった。ムラサメの放棄と、ブリューナクへの装備変換。そして機体以上に、中の人間に負担を掛ける高機動を実行し、距離を稼ぐ。もう、叫び声も出ない。ブラックアウト――目の前が赤一色に染まり掛けるが、失神はどうにか免れた。数瞬前まで自分が存在していた座標を、『何か』が深刻な破壊力を伴って通過していくのを、肉眼で確認した。
「……何だこいつ!!」
ようやく絞れたそんな声だったが、次の瞬間には絶句することとなった。
自分が対峙していた相手の正体。
違和感。
巡航ミサイル然とした存在は、もはやそこには無かった。
ライト=ブリンガの突撃、その直前に大きく『変容』した『それ』の『左手』が、捕らえた刀身ごと、ムラサメを砕いていっている。
――ゆらゆら
そんな擬音が形となって、クリストファの脳裏へと刻まれた。これ、即(すなわ)ち第一印象である。
ライト=ブリンガの優美さには遠く及ばない歪(いびつ)な――観察者の主観には依るだろうが――それでも『人型』がそこにあった。所々に鮮やかな朱色のラインが飾られた漆黒の機体は、それでも四肢と呼べるものを有しているようであり――しかし、ライト=ブリンガのそれと比較すると更に細く、そして長い。クリスに力強く印象付けられた外見的な『違和感』はまず、その背面部――いや、これは良く見れば頭部からその後背、踵へと掛けて一様に伸びているらしい――を埋め尽くす、極細、無数のケーブル状のものに由来している。まるで、髪の毛のような印象を受けるが、それ一つ一つが独立した意志を持っているかのように蠢(うごめ)いており、正にこれが、クリストファにとって違和感転じた生理的嫌悪感へと至っていたことに疑いは無い。
「まるで『メドゥサ』だ」
頭髪に蛇を持つ『メドゥサ』と言う空想上の魔物の存在があった。ギリシャ神話における『イージスの盾』の中心にはそんな『メドゥサ』の生首が据えられていたのだから、『アテナ』からすれば縁起の悪くない発想ではあったが。その全長は頭頂高からそのピンと伸ばされた爪先まで、42メートルと推測。ざっと二倍の大きさの相手ということになる。武装は一切が不明。
『敵性体、その機能の一切が不明――』
緊張を含んだ、アテナの声だった。
「過程記録を反映させろ」
『はい――このように。第四カメラからの映像になります』
常にライト=ブリンガの最後方にセッティングされているカメラ・ポッドからの映像であることをアテナは示唆した。まあ、実際に格闘半径に本体は突撃していたわけであるから、当然と言えば当然のことだったが。
「出してくれ」
敵性体、その本体からは注意を剃らすことなく、映像を確認するクリストファ。この時にあって、網膜投写と言うシステムをRLが採用していることの恩恵を知る。何しろ、敵機を直視した状態で他映像の確認を行なう、そんな神業(かみわざ)を実行に移せるのだから。
「へえ――凄いもんだ」
録画映像を確認しながらの、率直な感想だった。そして、同時に隠しようのない驚愕がその全身に、精神にのし掛かってくるのが。事実、そんな録画の中で『巡航ミサイル』が『歪な人型』へと変形するのに、一秒と掛かっていないことが判明した。そして、アテナの指摘により、その外壁装甲と思われていたものは、その全てが『怪しい髪の毛』であることも。
「『変形』と言うより『展開』と表現すべきかな――折り畳みの傘ってか?」
『実に的確かと――』
映像だけを客観的に見ていれば、その全長が二倍へと値する敵性体に一振の日本刀で挑み掛かるライト=ブリンガの存在は『無謀』としか映らなかった。
『――ちょっと普通じゃありませんよ、気を付けて』
「ああっ」
答えながら、クリストファは新たなムラサメを左手に、今度は抜刀した状態で装備した。縁起が良いかもしれないイージスをどうしようかと半瞬、迷ったが、被弾を受けていることを考慮して、これはその後方に投棄することとした。自由になった右腕にブリューナクを装備、残弾は充分。
「アヴァントを下げたのは正解だったな」
無意識の内に、零れた言葉。これは或いは、彼等にとっては侮辱だったかも分からないけれど。
「――叩きのめす!」
バックグラウンドで、キリオ達の叫び声が聞こえてくるが、その内容が一律して撤退を要請するものであったから、これは無視させて貰う。
『……制止するべきなのでしょうが、今は引けませんね』
当たり前の話だった。こんな『ヤツ』を放置しておいたら、撤退並びに再編中の部隊にどれだけの被害が及ぶことか。数機が喰われた、そう聞いた。その状況を甘んじて受ける気は毛頭も無い。舐めるなよ、コノヤロー。
「その通りだ。倒せなくとも――今は倒せずとも、一撃は加えておかんと困ることになる――」
『『エターナル』へは?』
意識した『彼女』なりの質問だったのだろう。それは分かっているさ、アテナ。
「こちらが軸に乗ってしまう可能性がある――『フォーチュン』との合流を急がせる方が効果的だと、こう自分は判断した」
アテナに対する返答だけでは、勿論なかった。遅れて、ベアトリイチェの賛意を示す声が届く。付け加えて、『ぼっこぼこにしてやって!』と、応援のそれ。
『期待に応えて、徹底的にやってやりましょう!』
常ならぬ、アテナの声。『彼女』なりに気分を高揚させようとしてくれているらしい。ありがとよ。でもね。
「アテナ、そう言う時はなあ、こう言うらしいぜ――」
息を大きく吸い込んだ。躊躇(ためら)いも、恐れだって不安――何だって取り込んでやんよ!
ヒュウウウウウ――自らの気道が鳴って、最大限に膨らんだ両肺が、酸素の摂取に励む。
吐き出す。叫ぶ。
「――やあああああああああああってやるぜ!!!!!!!!!!」
・
・
・
「うあー、言うこと聞きやしねえ!!」
キリオは、『フォーチュン』の床面にそれぞれの足を律儀に叩き付けながら、叫んだ。
「引くに引けないってのは分かっているが――それにしても、なんでアイツは一番の火事場に自らがっ――リーチェもリーチェだ、もう全く、もう!!!」
後悔先に立たず――今更ながら、幕僚長の出撃に徹底した反対を行なわなかった自らを、キリオは真剣に憎んだ。
「キリオさん、少し静かに――」
穏やかだが、それでも力強い発言。振り向けば、艦長席のソフィが静かに、しかし凛々しく起立していた。
「あ、し、しかしっ」
「幕僚長があそこで踏ん張っているから、再編成や仕切り直しの類が効くのだ、そう考えましょう」
光が力強く宿ったその両目。有無を言わさない、雰囲気。そんなソフィを見るのは、さてさて、数える程しか無かった筈だ。
「あ、うん――そうだな」
そんなソフィが立ったままの状態で何をするのかと思えば、艦内通信を開いたようだった。
「全乗組員に達する、こちら艦長。一切のバックアップ漏れの無いように、その徹底を強く要求するッ。各自、牽制可能領域に入ると同時に臨戦態勢となることを忘れるな。そして主砲を放つ一連のアクション――それが一秒でも遅れたら許さないからなっ! 不手際があったら縄打ち三角木馬、蝋燭も垂らすッ! 全員、ケツの穴を締めて物事に掛かれいッ!!」
副長、ステラ・ハーヴェイの顔が容赦なく崩れた。
キリオは、思わずそのお尻を窄(すぼ)めた。
ヒイイイイイイ――
悲鳴と阿鼻叫喚が、旗艦『フォーチュン』の節々で高らかに上がるのだった。
◆ ◆ ◆
エテルナ共和自由国憲法が認めるところの最高責任者であるジャニス・ハッシュポピー・シュバリエ大統領は、その執務室において続々と入ってくる情報に耳と目、全精神力を傾け続けねばならなかった。
――神よ、これ程の苦行が他にあるのでしょうか
既に殉職した自衛官が出たと聞いて、目の前が真っ白になった。この感覚を、あと何回、自分は味わわなければならないのだろう。悩みを共有――いや、ある意味では彼女が唯一依存できる対象である男はこれがまた、その最前線で自ら『刀』を振り回していると来ている。いや、それはそれで彼自身の逃れられない『道』だった。
殉職した自衛官は、どんな人間だったのか。名前は、家族構成は。
それら情報を要求したが、これは『フォーチュン』のヒムラにハッキリと拒絶されてしまった。本来は、その権限などあるわけもないし、それを知らない男でも無いに決まっている。そのヒムラの『ノー』に込められたメッセージと彼のその真なる意味を理解できたのは、その数分後のことだったが。
ある日、クリストファ・アレンが言っていたことを思い出す。
『取り敢えず、守護しきれた場合――その後のことだけ考えておけばいい。負けた時、こっちは何も考えることはできないからさ』
確かにそうだ。事後の歴史は、勝者が決める。これは、歴史の必然。
それでも。それでも。
開くまいと思っていた口が、自然と開いてしまった。人払いを済ませているとは言え、これだけは我慢してきたのに。
「なんで、なんでなんで――戦わなくてはならないのよっ……」
堪えきれず、遂にジャニスはその涙腺を開放した。
わんわんと泣いた。
決意は、とっくに済ませていたつもりだった。
あの日、クリストファ・アレンを統合幕僚長に任じて、跪(ひざまづ)いた彼の両肩に日本刀の平を交互に乗せた、その時から。
修羅の道を辿る、その決意を。
しかし、結局、『つもり』でしかなかったということなのだろう。
もう、泣かない。絶対に泣かない。だから、今だけは――。
◆ ◆ ◆
「あっ――」
移動する、浮遊物体を確認。諸元確認――。
「えっ」
手元に上がってきた情報は、該当の識別型式番号が『LEV01』となっている。
「これって、ひょっとして――」
拘束や強制信号の反応が無かったので、『ロータス』に許されるレベルでの信号入力を実行。収納形態を解除した『レーヴァティン』が、ゆっくりと自律してこちらへ向かって来た。
「え、えええっ」
なんと、ライト=ブリンガが主砲『レーヴァティン』そのものだった。冷静に考えれば、当たり前の話であったが、それでもミランダが狼狽するには充分なものだった。
『こっちもワケ分からんが、取り敢えず拾っておいたらどう?』
背面のハリネコが相も変わらずの渋い声で進言してきたこともあり、ミランダは『ロータス』の華奢な右腕を伸ばした。相互の認識は無事に実行され、ファイナル・ガーダーことロータスの右腕にレーヴァティンが収まった。
「そ、そりゃ互換性はあるって話だったけど」
しっかりとそのメインディスプレイに装備状況、そしてサブ・トリガーとレティクル(照準)までが表示されるに及んで、ミランダは笑うしかなかった。なんとなく拾ってしまったけれど、これって。いや、そもそもどうしてレティクルが反映されるのだ?
「撃てるの、『ロータス』に????」
自然な質問だ。対消滅機関は積載しているが、GRDS(重力波反発推進機関)は補助的なものしか『ロータス』は積んでいないから。
『RLの威力には到底及ばないけれど、撃てることは撃てる筈だ。プログラム更新しておくよ。いい?』
とんでもないことをハリネコは口にした。
「……って、プログラムって何よ」
装備された右手を軽く振って、実際にレティクルが同調していることに驚きながらミランダ。全く、驚かされっぱなしである。
『レーヴァの取り回しに関するもの。ハリネコ――自分のメモリの中に保存されている』
用意が良いと言うか、何と言うか。用意周到で、先読みの得意な『アテナ』ならでは、ってところだろうか。
「……許可します」
そう、答える以外の選択肢が、この時は無かった。
◆ ◆ ◆
「……あれ?? 『こいつ』、どうして?」
第二格納庫は管制室で、戦況をただ見守ることしか出来ないでいるスコットの間の抜けた言葉に、チャーリィが首を傾げた。同時に、彼の携帯端末にも何かしらの着信。
「……ナニコレ」
目を丸くしている部下に対して、今度はスコットが口を開く。
「お前にも『ブラック』から??」
「ええ」
おかしい。基本的に、RLの存在がこの艦内に無い時、彼等は活動を休止している筈なのだが――って、論点はそこではなく、何故に『アテネコ』からメールが届くのか、と言うことだった。
「工房ブロックの第26区画に来い……ってなんだこりゃ??」
疑問を口にしながらも、実は既にスコットの腰は浮いている。あの人工知性体がやることに無駄がある筈もないのは事実だったから。最近、少し『遊び』を覚えた節はあるものの、この非常時とあっては。
「行きますか」
チャーリィも、やはり訝しげな顔をしている。
「行くしかあんめえよ、そりゃあ」
◆ ◆ ◆
――さあ、どうするクリス
しかし、迷う必要はなかった。先手を取ってきたのは相手だったからであり、そして。
そもそも、『迷う』暇なんて無かったのだ。
参謀室によって、既に【イレギュラー・ワン】と言うコードが付与されているその相手が右腕を振った、その瞬間にライト=ブリンガは弾き飛ばされている。
「うがああああっ――」
相殺しきれない慣性負荷に、クリス諸共、RLも大きく仰け反った。それ程の打撃。
「――痛ぇえっ」
フィールドを最大限に発揮していなかったら、本当に危なかった。中身である自分は首を少し捻った程度であり、そしてRLの装甲にも異常は無かった。
『フィールド凝縮――励起現象を用いた反発投射と推定』
なんだ、それは。
「もっと分かり易く喩えてくれ――」
微かに痛む首を左右に振り、クリス。幸い、深刻なものではなかった。
『衝撃波みたいな?』
ああ、なんと分かり易い。
「ありがとよ――しかし、ンな宇宙で衝撃波飛ばしてくるようなヤツとどうやって戦えば良いんだか」
口にしながらも、実はクリスは深刻な焦りの心境へとは至って等いない。
『私のミスです。まさか、ああまで重力波制御を巧みに行ない、かつ攻撃に用いてくるとは想定しておりませんでした。今後、【イレギュラー01】との戦闘に関しては重力場の変動を映像に反映させます』
恋女房が頼もしいからね。
「そうか、それは助かる」
『二度目はありません!』
実体があれば、胸でも張ったのであろう、そんな言葉。
「そりゃまた、ご大層な自信だね」
『だって――』
言い掛け。
「言ってみ」
促し。
『――クリストファ・アレンが乗っているんですから!』
『二度目だなんて、有り得ないことよ!!』

