重い一撃を食わせることに成功して、『静』のみならずテイマーであるエミリナが揃った快哉を上げる。しかし、その快哉は長く続かなかった。対象は跳ね飛ばされたものの、その機体の表面上に損傷は全く見られなかった上、踏み留まるアクションすら確認できたから。
「やる――」
次なる攻撃オプションを選択しながら、思わず零れたエミリナの言葉だった。
『おねえちゃん、あいつ――へん』
「手強いね、気合い入れないとねえ」
しかし『静』が言いたかったのはそういうことではなかったらしい。
『そうじゃなくて……『首』をふっていたよ……』
「それは、あんな形しているんですもの――」
危うく、流すところだった。ようやく、『静』が言わんとしていることが分かった。
「――そうね、考えてみればおかしいね……」
しかし、敵性体の素性諸元を推測するのは、自分達の本来の仕事ではない。エミリナは、新たな攻撃オプションを入力、『静』に提示した。
『やるよ――おねえちゃん』
無言でエミリナは頷いた。手元のパネルに、変容を遂げていく敵性体のフィールド状況が表示される。早い内にケリを付けたい――その存在が果たして、あと何機残されているのかは分からないが、数それ自体が不安定なこちらの事情もある。
「『ジャベリン』で行くよ!」
エミリナの決断。
『うん! やる!!』
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「ううむ、興味深いなあ」
ベネット博士は、大きく息を吸い込んだ。その好奇心が産まれる切っ掛けとなったのは勿論、エミリナと『静』の会話だ。司令部によって『ウィッチ01』――『魔女』――と命名された敵性体のシステム、ストラクチャ、アーキテクチャ、その他が気になって仕方ない。状況がそんな甘いもので無いことは百も承知だが、好奇心の否定は自らの存在否定と、これは同義。
「ねえ君達、何か気付いたことある?」
通信が向けられたのは、この司令室と同じく要塞内の最深部に設けられている研究所の一つ。本来、このアルベルト・ベネットの居場所はその研究所の所長室にあった。
『EFと同じ機構なのでしょうか?』
直属の助手、その一人から答えが戻ってきた。
「いやあ、それは考えにくいなあ――あのさ、『モーション・トレーサ』が介在してる可能性ってのはどう? シミュレーションしてみてくんない?」
その遣り取りを耳の端で拾っていたハインリッヒ・レスターは驚きを覚えた。専門ではない故に、その詳細は分からないものの、言葉上から拾える意味はある。まさかとは思うが、あの『ウィッチ』の中にいる人間の動作に機体が準じている、ということなのか。
『可能性はあるかと思いますが……』
「だよねえ。宇宙空間でどれだけ複雑で煩雑で『わや』なことになるか、ってねー」
自分の推測予測が彼等と近いものであったことは歓迎するべき事なのか、否か。いずれにせよ、今のハインリッヒにやれることと言えば『EF01−九郎義経』の活躍に期待することのみ。各艦艇の初期機動と編成、その他作業は全て、専門部署が火事場となって実行している最中でもあるし、総司令官がしゃしゃり出られるものでは断じて無かった。
「どんどん、その化けの皮、剥がしてもらいたいなあ――」
ベネットのその発言は、少し推敲すればハインリッヒがその内奥で抱いていた思いと、全く意を同じくするものだった。
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先に、仕掛ける。
その判断と決断に一切の迷い無し。
「ATHENA――Order――Limit=Break(限界突破を命令する)」
『Affirmative......Now Limit=Break(肯定。限界、突破)』
自らに負担を要求する急加速を実行しながら、それでも慎重にブリューナクの弾幕を『イレギュラー』へと連射した。フルオート――弾倉が空になるまでの射撃。無論、この射撃に効果があるとは思ってもいない。今は、牽制になればそれで。とは言え――
『無駄かあ、やっぱり』
『イレギュラー』の表面付近で、その尽くが弾かれている。仮に、RLが同じブリューナクの射撃を受けても結果は同じであったから、特に驚きはしない。本番は、これからだ。
「さて、『これ』を受けられるかな!?」
ライト=ブリンガの両爪先に備えられていたムラサメがその刃を露出、屹立(きつりつ)させるのと同時に、左腕のムラサメを一閃。これは、簡単に『イレギュラー』の左手が発生させているフィールドによって止められたが、残念、これで終わりじゃないんだぜ。
「ええええええいッッ――!!」
クリスはその腰部の捻りを意識。無言でその意識を受け取ったアテナが各間接部のトラクタ・ビーム出力を調整した。唸りを上げた左膝が相手のフィールドに食らい付いて――当然、こちら側もフィールドを展開している――激しいプラズマ光を発生させた。仰け反り、それでも右腕を振ってこようとする『イレギュラー』だったが、これはクリスとアテナにとって、充分な予測攻撃だった。一度見ているしね。二度は通用しない!
「まず一つ!」
目が眩む程のプラズマ光が相互の過干渉によって発揮されている中で、クリストファはその左足全体を力強く振った。当然、その動きに全く忠実に連動しているライト=ブリンガの左足が、激突を維持している膝から遠慮無く伸展された。
「入れーッ!」
絶叫した。伸ばされる左脚部、その先端である爪先、ムラサメの刃が、敵装甲に突き刺さった!
『調律は、こっちで!』
歓喜に近いアテナの叫びだった。この場合の『調律』が意味しているのは、振動式銃剣(オースレーション・バヨネット)であるムラサメの理想的な『調和振動』をアテナが算出する、ということだ。『ムラサメ』が最強の刃、と呼ばれる所以(ゆえん)は正にここにあった。
「まだまだっ――」
続き、突き上げるように右膝を『イレギュラー』の鳩尾(みぞおち)付近に叩き込んだ。身を捩(よじ)ろうとするも、その背面部に食らい付き、装甲破壊の実行を正に進行形で行なっているムラサメが『イレギュラー』に、それを許さない。
「二つっ」
やはり、右膝を経由して、伸ばされた爪先、新たなムラサメが『イレギュラー』の右脚部へ充分な手応えと共に食い込んだ。フィールドの干渉を由来としない、爆炎が発生したのを確認。
「これで最後だ――」
未だに干渉を受けて止められたままの、左腕ムラサメはこれを維持したまま、ブリューナクの装備解除によって自由を獲得した右手が、その腰元から逆手で新たなムラサメを抜刀した。火花を迸らせながら鞘から抜かれたムラサメが、『イリーガル』の胴体脇へと容赦なく斬り裂き込まれた。
「ぬううううううううッ――」
三本の剣を相手の装甲に食い込ませながら、クリストファは吠える。思いの外、硬い装甲のようだが、これだけの打撃を受ければ無事では済むまい。突き立てた、それぞれのムラサメに殊更に力を込め、抉(えぐ)り付けている中、都度に『イレギュラー』の全身が震え上がる。完全に取り付くことが出来た。
「どうやら、ここまでの近接兵装の持ち合わせは無いようだなっ!」
クリストファはここで初めて、『イレギュラー』の観察を行えるだけの時間的余裕を獲得した。恐らくは後方の情報部も大喜びで情報の吟味に当たっている筈。文字列が複数確認できるが、さすがに一つ一つを拾い上げている余裕まではない。ざっとその『人型に近い』全身の視認確認だけは行える。頭部と思しき部分には顔と呼べるものは無い――もっとも、露骨に外付けされたバイザーが確認できるから実際の所はわからない。仮にRLとコンセプトが近いのであれば、やはり頭部はコックピットも兼ねているのだろうか。分からない。
『出来れば生け捕り――歯獲(ろかく)してみたいものだが』
そんな考えまでもが浮かんできた。何しろ、RLの人型と言った形状は正にその手の作業に打って付けなのだから。
どうやら、勝てそうだ。この展開ならば、『フォーチュン』の連中だって安心してくれる筈。
そう考えた瞬間。
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『は――はやいっ――』
テイマーであるエミリナが『静』に続いて呻(うめ)く暇も無く、『ウィッチ』が乱射と並行し、一気呵成に肉薄してきた。無茶とでも形容すべき、高機動を維持した上での実銃器乱射の中、それでも恐ろしい程に精密な実体弾のグルーピング(集弾率)を発揮してきているのは、防がなければその全てが確実に着弾する、その一点からも明らかだった。只者ではない――いや、これがクリストファ・アレンであれば、或いは――しかし、何という高機動力なのか。露出していた、『見せていた』機動力はブラフ(=虚仮威し=こけおどし)だったと言うのか!?
「『ジャベリン』の用意を急いでっ」
ほんの半瞬、自らの判断を誤ったことを悟りながらエミリナ。今更、変更できないこともある。
『やってるよう』
システムモニターを一瞥した。変形途上にある『ジャベリン』。しかし。
『うわっ――あぶないっ』
微振動がコックピットにも伝わってくる。『ウィッチ』が振り下ろしてきた実剣を、だが『静』は確実、完璧な防御に成功していた。
「静、良くやったわ! さあ、次――」
最後までエミリナは言えなかった。膝打ちを叩き込んできた『ウィッチ』、その衝撃による衝撃は、もはや微振動等という生易しいものではなく。
「FUCK!――小手先器用な『ビッチ(売女=ばいた)』め!」
下品な表現で毒突いてはみたが、更に続く衝撃と警告アラート、そして『静』の絶叫が、『義経』の置かれた状況が深刻なものであるという現実を嫌でも知らしめてくる。
『うわああああああああああああああああああああああ――いたいいたいいたいいたいたいたいいたいいたい』
付き合って叫ぶ暇なんて、エミリナには存在しなかった。いけない、後背に無視できないダメージ量を検知――幸い、対消滅機関には至っていないが――まずいな。
「落ち着いて、『静』!!」
『ああああああああああああああああああああ――こわいこわいこわいいたいいたいいたいいたいいたいよう――』
モニターの一部にまで同様の文字列を出力しながら、『静』は絶叫を立て続けていた。計測不能、ほとんど暴走と言っても良い恐慌状態へと陥っている『静』。
「『静』、お姉ちゃんの言うことが聞けないのっ!!」
反応は変わらず。そんな自らも恐慌のそれへと陥りそうになる中、再度の衝撃が。やはり、そんな『ビッチ』の下品な右膝が叩き込まれている。
「『静』、また同じのが来るよっ! 防いでっ!!」
怒号も虚しく、改めて同様の攻撃が加えられた。左脚部に深刻な損傷。
『ぎいいいあああああああああああああああああ――!!!!』
これ以上の薬物投与は自滅を意味する――が、最悪この『ビッチ』だけでも道連れにしないと後顧に憂いを残すことになるか。どこか、他人事のように、そんな『ビッチ』が――もはや正式なコード『ウィッチ』と呼ぶ気はさらさらに失せていた――新たな日本刀を抜き掛かるのを眺めているエミリナであった。
「これまでなの――」
エミリナの呟きに、最大の衝撃音と振動が重なった。胴体左側部にレッド・ダメージ。もう、『静』は叫び続けるだけの存在としかなっていない。
選択肢は、二つ。
薬物の強行投与を実行するか、機内の対消滅機関を臨界にまで高め、相手諸共に自爆するか。
なんと救いようのない二者択一なのだろう。
いずれにせよ、残されるのは『破滅』の二文字でしかない。
『うううううううううう――』
『静』の声が、露骨な変容を見せ始めていることに気付いたのは、この時だった。
『おねえちゃん――おねえちゃんを、あたしたちをいじめるなっ!!』
常になく、強い『静』の語気にエミリナ自身が驚いた。
「『静』、あなた――」
『ころしてやるっ!!』
事態は、エミリナが想定もしていなかった段階へと移行しつつあった。その背面の『メーン・ユニット』において変形途上の『ジャベリン』が、本来の完成形とは異なった形で構築されつつある。これは、何だ???
『かえれ、かえれ、うみへかえれっ!!』
鋭利な切っ先を持つ、槍成す形状。無数に構成された『それ』の一つが、自らの左脇の僅かな空間を奇跡的に抜け、『ビッチ』の右肩へと勢い突き刺さった。動揺を一瞬だけ見せた敵機はしかし、その刀に込める力を抜いてはいない。いずれにせよ、こちらのダメージの方が圧倒的に多い。全く意外――と言うより想像の果てとも呼べる反撃が果たせたことは驚きだが。
「こいつを引き剥がさないと――」
果たして、自分の声が今の『静』にどこまで届いているのか。
『うううううううううらあああああああ!!』
更に驚くことになった。いつの間にか、ユニットで別の『もの』が組み上げられていた。同時に、強まるフィールド形成。
「すごい……」
目の前で起こっている事態に、そんな感想が自然と紡がれた。
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ずぶ。
そんな感触だった。
「なんだ、こりゃ――」
組み付いた状態で対象に傷を負わせ続けている中、右肩装甲に穴。
「っておい!!」
この瞬間、被弾メッセージが激しく明滅する。
『『イレギュラー』による直接物理攻撃――装甲貫通――今のところ、深刻な問題は――』
実際、穴を空けられても問題のない箇所ではあったが! 一部、トラクタ・ビームの伝達系に障害発生を示す報告が複数、表示された。しかし、そんな武器、相手にあったのか??
「ええいクソ!!」
ムラサメを抉(えぐ)り回す力をそれでも更にいや増しに強めて、クリストファ。どうにかなりそうだ、と言う慢心と油断があったと言えばあったかもしれない。しかしこの時、彼は引くべきだったのだ。
『回避して――物理攻撃!』
「ああ?」
アテナの忠告も、コーションメッセージも間に合わなかった。遥か、その下、足元から巨大な物質が迫ってくるなんて、全く想像も。
悲鳴を上げる間も無く、そして上げることも出来なかった。
前回の比ではなく、ライト=ブリンガは爆(は)ぜ飛ばされた。
まともな姿勢制御も行えず、独楽(こま)のように無様に回転しながら。
この段階で左脚部の丸ごとを、そして右腕先端――手首から先の全てを欠損している。
文字通り、クリストファ・アレン、その生涯に於ける初の被弾!
『イレギュラー』が追い打ちを計る。クリスが『メドゥサのよう』と表現したその背面無数のケーブルは、今や巨大なメイス(戦棍)をその左半分が、そして残された半分では鋭利な槍状のものを複数、構築していた。
「うう……ん」
薄れ掛ける意識の中、クリストファは『イレギュラー』の背面が更に変容を遂げていく様を確認することになった。機体状況はどうなっている――アテナの声が聞こえない――いや、まずいだろ気を失うのは――やばいって――
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駄目だあ――
放っておけないよ――
『引き返せ、ルヴァトワ二尉――命令違反は重罪だぞ!!』
「本機の通信機、たった今、故障!」
『馬鹿を言うな――』
レーヴァティンを不器用に抱え、ミランダの『ロータス』はDMとEFの戦場へ向けて、加速を開始した。
口煩(くちうるさ)いと思っていたハリネコが黙って支持してくれたのは不思議だった。
「チャンスは一度しかない……」
気休めだとは思うけれど、『ステルス・モジュール』で近付けるだけ近付いて、不意打ちを行なうしか道は無い。ライト=ブリンガと、このメンテナ、『ロータス』では実戦闘力に差がありすぎる。そんなRLと渡り合えるような相手には、これが精一杯。
強まっていくGの中、ミランダはその唇を舐めた。
ほんのり、口紅味。
そして、クリストファに分け与えたい味。
口にしては言えない、それは言ってはいけないんだけれど。それでも。
「待ってて、クリストファ――」
スロットルを、ミランダは絞る。
ミランダは、絞る、スロットルを――。

