2641年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XVI

 ――かわいそうな子

 ――せめて

 ――せめて

 ――人間らしく生きて欲しいけれど

 ――力の足りないお母さんを許して

 ――ごめんね

 ――ごめんね

 ――もしかしたら、生きているかも知れないあなたの為に

 ――もしかしたら、必要になれば

 ――お母さんには、これしか出来ませんでした

 ――思えば、お母さんらしいことは何もやれていないですね


 ――それでも





 ――それでも











 ――お母さんは、あなたの為に






 ――あなたの為だけに









 ――許してくれとは言わない言えない








 ――身勝手でしょうか



 ――それも分かっています






 ――愛しています



 ――それはもう、あなたのことを





 ――いつまでも







   ◆ ◆ ◆

「総員、ライト=ブリンガを全力で援護しろーーーーーーーーッ!!」
 ヒムラ・キリオの絶叫が『フォーチュン』の第一艦橋、その空間を派手に振動させた。キリオだけでなく、棒立ちのソフィに――膝を突かないのは大したものだ――シャルロッテ、リンダやアレーシャの悲鳴が渦となっている中、表立っては冷静を装えていたRL担当官であるナナの声が深刻さに拍車を掛けた。
「パイロット――意識喪失?……ああっ――しししししししし心停止!! 危険!!」
 そんな冷静さを、ナナ・マネーシーは結局最後まで維持することは出来なかった。うわああああああ、と悲鳴が更に拡散する中、遂にムラサメ艦長はその艦長席に崩れ落ちてしまった。膝を突くどころではなく、ぺたりと力無く。
「そんな……そんな……」
 色を失ったステラが駆け寄るが、それにも気付かない。

   ・
   ・
   ・

『言われるまでも無いわっ! ――全機、続きなさい!!』
 蒼鷹(おおたか)が、他の誰よりも速く飛び出した。実際の所、ヒムラ・キリオの命令よりも早く。
『『『ウオオオオオオオオオッス!!』』』
 再編成こそ終わってはいなかったが、ヴィクトリやその亜種ストライク、被弾の無かったものは全機が続く。その中には、本体部は無事だったサカイ・シロー三佐のストライクも――正確に言えばヴィクトリである――含まれている。
「各自、熱くなるのは分かるが冷静に当たれ。『イレギュラー』に関してはヒット・アンド・アワェーを徹底しろ。場合によっては敵艦載機群ともう一度揉める展開にもなりかねんから、各種通信の聞き漏らしに注意。幕僚長を助ける為に命を落とすような間抜けは自分が許さんからな!!」
 自らも最大加速を行なっている中、徹底してクールな命令を行なったのはサラマンデルはパイロット、ダイチ・キートンであった。

   ・
   ・
   ・

『――ド! マイ・ロード!!』
 幾度も呼びかけを続けてみるが、反応がない。意識喪失だけではない――心臓が停止している。別な意味で負担は掛かるが、仕方ないか。ここで『物語』を止めるわけにはいかない。

 クリストファ・アレンの代わりは『まだ』いない。

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   ・

「何が起こっていると言うんだっ――」
 肝心のベネット博士が先に叫んでくれたので、ハインリッヒ・レスターとしては質問の組み立てと、実行という作業を省略することが出来た。
「だが、あの苦境を脱し、一転して優位に立っているのではないか?」
 半狂乱になっているベネットのその姿がエレガントでは無いことが充分に予測できていたこともあり、正面を向いたままでレスター。敵『ウィッチ』の被弾を受けて、敵艦載機群の動きに変化が見えている。さて、どうしたものか。
「その『立ち方』が問題なんですよ――例えるのなら、グロッキーになっているボクサーが無我夢中で繰り出したパンチが、その偶然性故に命中したってところです!」
「博士にしては分かり易い説明だな。しかしラッキーパンチとは言え命中はしたのだし、その効果は見ての通りでは」
 『義経』が一方的な攻撃を受け続けていた中、EFと言う兵器の存在理由と、それの出撃を容認した自らの判断を呪い掛けていたレスター司令官であったから、ベネットが嘆く『満身創痍』の状況からの一連の切り返しは非常に安心できたというのが本音だった。
「制御できていないのが一番の問題だ――『静』はエミリナの命令を受け付けていない!」
 情報研、仕事しろよっ――と付け加え、忙しく手を喉を酷使し続けるベネット。
『制御――制御、か』
 そもそも――人間に、『ヒト』に制御がしきれる様な代物なのだろうか、EF――エスカトス・フレームは。『終末機構』と名付けた人間は、或いは自虐とか自嘲と言った要素をその響きに含めていたのではなかったか。
「閣下、敵艦載機群の『ウィッチ』へと援護に向かう動きに対し、こちらも一時は引かせた艦載機をその迎撃に当たらせようかと思いますが。場合によっては、『義経』の防衛も必要かと」
 次席副官であるトウ中尉の進言を受けて、正面ディスプレイに形だけ、顔を向け直した。結論は既に出ていたのだ。
「許可する。本来の『義経』であれば、問題はなかった筈なのだがな」
「そういうことで――」
 持ち場へと戻るトウ中尉の視界の片隅に、小爆発を繰り返し、のたうち回る『九郎義経』の映像が引っ掛かる。やはり、まだまだ実用には遠いと言うことなのだろうか。それにしても、気になるのが『ウィッチ』の素性と、その乗り手と言うことになるが。いずれにせよ、そんな『ウィッチ』内の人間は無事ではいられまいが。


   ・
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   ・

「まずいな、状況が変わった――」
 呟いたブレンハルトの顔色は、良く言って『蒼白』だった。蜂の巣を叩いたような騒ぎの中で、逆にそんな呟きは目立つものだったかも分からない。
「艦砲用ーーーーー意」
 静かな、しかし深い声でノイマン副長。それだけに、決め込まれた何らかの覚悟の存在が艦橋要員へと伝わるのには充分。だが、続けられた言葉は誰にとっても想像の範囲外であった。
「ヘヴンズ・ソードの照準を自分へ回せ」
「――ですが」
 振り返ってきた男性士官の表情には疑問符が敷き詰められている。実際、今までの投射に際してそのトリガーを絞ってきたのは彼だった。
「二度は言わないぞ、ラケルス三尉」
「は、申し訳ありませんでした――You have Control」
 承服はしきれないのだろうが、それ以上の抵抗を――元より出来る通りも無いのだが――諦めて、ラケルス三尉。口に出しては言わないが、『エターナル』の『剣士』としてのプライド、矜恃だってある。それは、年季で言えばこの副長に敵うわけも無いけれど。
「I have――それと、預かるのはコントロールだけではないぞ、三尉」
 見透かしたような副長の眼差しに背筋を強く打たれた。
「まさか、副長――」
 艦長卓上に迫り上がってきたソード専用のグリップを確認したベアトリイチェは無言でウィンク。『剣士』席は元よりとして、このグリップは艦長席にしか装備されていない。これは、艦長自らがその射撃管制を行う状況が想定されていたからであり、当然同型艦である『フォーチュン』にだって同じシステムが採用されている。

 そう。

 この時、ベアトリイチェ・ノイマンが預かった大きな『もの』。

 それは、『責任』。

 場合によっては、難易度の高い遠距離狙撃を試みる。勿論、そんな状況が来ないに越したことはないのだが。実際、今のベアトリイチェに出来ることは、これだけだった。どれだけ、クリストファの助けになるかは分からないが、それでも。


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   ・

『うぬああああああらあああああ――』
 意味を成していない絶叫。そしてやはり解析不能の文字列、数列がエミリナ・ロードスの視界一面を満たしている。
「静っ、落ち着きなさい!!」
 自分自身に向けた言葉でもあった。『ビッチ』を跳ね飛ばしたまでは良かったが、追撃を計ったその直後からの『静』の恐慌状態が止まらない。オペレーションの一切を受け容れないだけでなく、システムの一部にエラーが検出されている程のパニック、狂乱。別階層のシステムを仮に立ち上げて可能な限りの制御は行なっているが、さて、これがどこまで保つと言うのか。
「静、まずはお姉ちゃんの声を聞いて!」
 前後左右に、そして不定期に容赦無く掛かってくる自らの意志に依らない慣性負荷。これは無論、惑乱の極みへと立っている静が機体を遠慮無く振り回し続けていることに原因があった。結果的に調教師としての『テイマー』に望まれる条件の一つに『少なからぬパイロット履歴』が存在しているのも、正にこの一点にあろう。時として、予期せぬ負荷に耐え抜かなくてはならない肉体と精神は、一朝一夕に養えるものなどでは断じてない。
「静――」
 機体の主導権を奪わなくてはならない可能性を真剣に考慮し始めているが、それは薬液の短期大量投入と等しく、深刻な後遺症を招きかねないこともあったから出来得る限りは回避したい選択だった。全く、どれだけデリケートなんだよEFって。
「静、お願い、返事して!!」
 最悪の敵である『ビッチ』の状況も気になる。最後の最後に重い一撃を加えたのは事実だったが、こちらの被害状況だって全くとんでもないことになっている。その駆動系と機関系に深刻な損傷が無いのが救いと言えば救いではあったが、粒子加速器の多くが破壊されていたこともあり、展開できる総出力はどう控え目に見積もっても、四割と言ったところか。あくまでも推定でしかないが『ビッチ』の被った損害は尋常ではない筈――それでも、『奴』に動く力が残っていたとしたら、これは洒落にならない状態だ。ディスプレイに目を向けた。目障りで無意味な文字列を全て削除された、そのレーダー画面。
「なっ――」
 無数の輝点が、向かってきていることに気付いた。これは。

『エミリナちゃん、敵の艦載機群が迫ってきている。逃げた方が良いと思うけど!?』

 耳障りな耳障りな。何度聞いても耳障りな、もう一つ耳障りな!

「I know what I am fuckin’ doin’ so that I send ass you this 『TAーーーーーKO』 (言われんでもわかってんだ、この『タァァァァァッァァァァァァコ』)!!」

 自身に余裕が無くなっていたこともあり、遂にそんな言葉が口を突いて出た。
『オクトパス、君の言うところの『タコ』はああ見えて繊細な生き物なんですよー。麗しいエミリナにそんなこと言われたら僕、涙が出ちゃう〜』
 この電波博士は日本語も解するのか、とエミリナは軽く後悔した。軽かったけれど。
「逃げたいのはヤマヤマ、本音は追撃加えたかったけれど、肝心の『静』が言うこと聞かない! どうすりゃ良い!?」
 日本語の『タコ』はさておいて、切実なエミリナの、それは本音だった。
『語り掛け続けるしかないね、そりゃ――』
「やってるよ!!」
 ほとんど、悲鳴混じりの声になっていることは自覚していた。悔しい。
『主導を取るより、薬液の追加投与の方がまだ後遺症は少ない。ちょっと賭けになるかもしれないけれど、V54番の投与を推奨しておこうか』
「V――」
 記憶野から拾い上げるのには、少しだけ時間を要した。そうか。良く言えば安定剤、悪く言えば――
『とにかく、パニックを落ち着かせてからじゃないと話にならないよ。それでも『お話にならなかったら』、その時は眠らせるしかないね』
 彼なりに真剣に考えてくれているのだろう。少しだけ、先の発言に関して謝罪してやっても良いか、等と考えが及ぶまでに。
「そうね――」



   ◆ ◆ ◆

 いつのことだったか、自分の中では判然としない。

 クリストファ・アレンとその一党が、まんまと最新鋭の航宙艦を、それも『とびっきりのとんでもないヤツ』をウマウマとかっぱらって行った――もっともこれは、一部の軍人、それも士官レベル以上の間でしか知られてないものだったが、少なくともその直後のことだったと記憶はしている。

「初めまして、ロードス大尉。アルベルト・ベネットと申します。よしなに」

 そう言って、あのニヤケの猫背男は私の前に現れたんだった。

 この時は、既にありとあらゆる企業や組織が『國立』になっていただろうか。あまり、詳しくは覚えていないし、もともと軍隊に籍を置いていた自分としては何も変わることは無かったという現実。まあ、一般市民にあってもそれは同じだっただろうけれど。いずれにせよ、既に『ラリー』とか『ハリマ』と言った商標、響きは『太陽系惑星連合』の名称と共に消えていたと思う。

 だって、自分が辞令に基づいて出頭したのは『國立新技術開発院』だったから。

 そこは、つい先月まで『ラリー・インダストリー月面本社』だった場所だ。

「パイロット時代の履歴を拝見しました。いや、実に素晴らしい」
 やはり目障りなモノクル(片眼鏡)をこれまた神経質に弄り回しながら、その博士は言ってきたのだ。
「……どうも……」
 自身の履歴に後ろ暗いことは全く無かったし、寧ろ誇りとするところであったから、これは問題がなかった。
「ねえ、ロードス大尉――なんか言いにくいなあ……エミリナさんって読んで良い?」
「ご自由に――それよりも、小官がここに呼ばれた理由が見えないのですが?」
 エミリナの質問には答えず、沈黙が流れる。その微妙な『間』が嫌になり、エミリナが口を開こうとしたその時。

「最強の機動兵器に乗ってみたいとは思わないかね?」

「『最強』って定義は難しいよね」

「でもね、凄い可能性を秘めているんだ」

「何しろ、これが実用化されたら、『戦争』が変わるよ、間違いなく」

「その『強さ』『速さ』は圧倒的だ」

「何よりも『ヒト』が死ぬ、そんな戦争の『当たり前』が無くなるんじゃないのかな??」

 身振り手振りをいちいち交えながら、焦点の定まらない両目に――厳密に言えば片目――陶酔の色すら浮かんでいる。エミリナは、断定した。

 ああ、こいつは馬鹿では無い。理想に酔った夢想家でも無いし、ただの『電波』なんだ。

 自分は、宇宙軍の一パイロット士官でしかない。いや、士官なのだ。舐めるな。しかし、なんでこんなところに呼ばれなければならない。
「お話も見えませんし、小官がここで時間的束縛を受けていること、それ自体が非常に疑問です。自分は軍人ですから辞令には従いましたが――」
 罵詈雑言を立て続けたくなる心とは裏腹に、どうにかその口は無難に凌いでくれた。
「ふうん、そうかあ……」
 何かを、それでもごにょごにょと口中で呟き漏らしながら、その博士は手近な携帯端末を拾い上げた。
「百聞は一見にしかず――と昔の人は言ったかな。まあ、発掘の最中だけれど、現物を見てみようか?」

 発掘だと??

 この博士は『発掘』と口にしたのか?

 エミリナは、混乱した。何を言っているんだ、この男は。

「言うまでもないけれど、軍事機密だからね。口外は無用だよ」
「はあ」
 そう答えるしかなかったし、実際にこの時のベネットの表情は真剣そのものだった。

 そうして、壁に仕込まれたディスプレイが点灯。ベネット博士の携帯端末の操作を幾つか経た結果、映し出された映像。

「……なんですか、これ」
 エミリナは硬直している。そのディスプレイの中では、明らかに人型の形状に基づいた、けれど徹底的に『無機質的な』何かが、両の膝を抱えるようにして――さながら赤子のように――その全身を丸めていたのだ。
「うくっ――なんだと思う?」
「アニメやゲームに登場する機体ですか」
 エミリナの反応が、当たり前のものであってこともあり、ベネットとしては少し面白くない。
「みーんなそう言うんだよなあ……ちっとは独創性を輝かせて欲しいけれど、まあいいかあ」
 勝手に自己完結させておいて、ベネットは頷きをやはり勝手に加えて、何かに納得したようだった。
「エミリナさん、貴女には『こいつ』の専任になってもらいたい――」
「専任――パイロットとしてですか? と言うか、これはホンモノなんですか?」
 器用に質問を重ねてきたエミリナに、ベネットは一つ笑った。
「あははっ――まず、二つ目の質問から答えておこうか。答えは、イエスだね――良く悪くも、『こいつ』は実存しているんだ――」
 ここでベネット、右足爪先でその床を三回、軽く叩く。
「――この下で『こいつ』は眠っている。信じられないというのなら、後で実際にその目で確認すると良い。ベークライトの揺り籠(かご)に包まれて、眠っているのさ。どんな夢を見ているのか、僕にはまだ分からないけれどね」
「ベークライト――ああ、それで」
 あんな状態で丸まっていられるのか、と得心がいった。
「勘が良いんだね、やっぱり僕の見込みは正しかったかも」
「世辞を言われても何も出ませんよ。それで、一つめの質問の答えを」
 エミリナは促した。持って回ったこの博士の冗長な解説と、偏った感想をその耳に入れ続けるのに疲れてきたこともある。
「せっかちだなあ、エミリナさんは――」
 うくくっ、と特異な笑い声を立てたベネットはしかし、エミリナの眼光が鋭いものになっていることに気付いて咳払いを一つ。
「一つ目の答え、専任が意味するところは『パイロット』ではないんだよ――」
 じゃあ、なんで現役パイロットである自分が呼ばれたのだ、と喉まで出掛かったが。
「――ようやく、システム周りが判明してきたところでね。どうやら、『こいつ』は人間の意志に基づいて動く『従来の』機械ではないってこと」
「はん!」
 思わず、下品な笑い方をしてしまった。
「この機体が『仮にそんなものであったとして』、余計にパイロットである自分が呼ばれた意味がわからないわ」
 もう敬意も糞もあった訳ではなかった。まあ思えば最初から持ち合わせが無かった気もするが。やれやれ、休暇を潰されて、そして宙港に着いて休みもなくここまで運ばれてきたのは、こんな益体もない問答をこの『電波』と交わす為だったのか。
「やっぱり君は興味深い――『静』はどうも依存性質が特に強いから、打って付けだなあ」
 擬音で例えれば『にまあ』とでもなろうか、口の端を持ち上げる笑い方で、ベネット。生理的嫌悪感をいよいよ強く覚え始めたエミリナだったが。
「……何を言っている?」
 また、突拍子もないことを。

「エミリナさん、いや、エミリナ・ロードス大尉、君はこの場で一階級昇進だ。正式な辞令は、後で届くと思うよ。そして同時に、君の配属先は『ここ』になる。直接の上司は、今のところ僕になるだろうね。おめでとう、ロードス『少佐』!」

「ブーーーーッ!!」
 冗談抜きに、エミリナは噴いた。
「本当に、アンタは、さっきから何を言っているんだ!!」
 気付けば、両手を構えて、博士へと詰め寄り掛けている自分。
「ちょ、ちょっと待って――それ以上近付くと」
 怒気を露骨に噴出させながらズンズン距離を詰めてくるエミリナに対し、半歩どころではなく数歩を後退して、ベネット。
「大体、アンタにそんな権限があるわきゃねーだろが! もう我慢ならん!!」
「ひいいいいいい」
 壁際まで追いつめられたベネットの悲痛な呻き声。
「ふん」
 ベネットの垢染みた白衣の襟元をギリと握り締めたエミリナ。

「さあ、ちゃんと順序立てて理論的に、理性的に話さんかい!」

「ああ、こういうところがやっぱり君はさいこぉーだーさいこーですうぅー――」

 どこか、恍惚然としたベネット。こいつ、もしかしてMなのか??

 マッド・サイエンティストで電波でドMで不潔。四暗刻(スーアンコ)ってか。

 役満かよ。

「キモッ」
 気付けば、口にしていた。
「言いましたね、『キモッ』って言いましたね――言っちゃいましたね」
 キュピーン(擬音)、とその片眼鏡(モノクル)が光ったように見えた。
「言ったがどうした」
 一介の怪しい博士風情の何が怖いものか。
「もうね、じゃあね、奥の手を見せちゃうもんね――」
 締め上げられている中で、突然余裕を見せ始めたベネット。
「――襟元を良く確認してご覧」
 エミリナはその通りに襟元へと目を落とし込んだが。
「ばっちい襟しか見えない――正直、掴み続けるのもキモイんだけどさ」
 露骨にベネットは慌てだした。
「え、うそ――じゃなくて、白衣の下のYシャツの襟元だよう!」
 全く気は進まなかったが、白衣を引き剥がしてみた。どうせならもっと年若い美少年の衣服を剥ぎ取りたいものだ。
「ほらああ、ちゃんと確認してよう」

 燦然(さんぜん)と輝く階級章。

 さすがのエミリナも固形化した。

 ああ、ええと。まあ、なんだ。白線二つに星三つ――

 大佐だと????

「ふふん――分かったかね、ロードス『大尉』??」
 勝ち誇ったベネットだったが、エミリナの両腕は未だに彼に自由を与えてくれない。
「てめえ、どこで拾いやがった! さては勝手に造ったな!? 憲兵に通報するぞゴラ!」

「ひ、ひでえ!!」

   ・
   ・
   ・

「ううう……なんでこんな目に僕が遭わないといけないんだよう……」
 ようやく解放されたベネットは、その首元を撫で付けながら呟く。
「――まあ、それはさておいて早く結論をお願いします」
 あくまでも涼しげなエミリナだった。実際のところ、ベネットの階級章は本物だった。信じたくも無かったが。
「勝手にさておくなよ!」
 正確には『大佐待遇』のアルベルト・ベネットは、表面上の抗議は行なって見せたが、実のところは諸手を挙げて喜んでいる本音がある。このエミリナは間違いなく、『静』に打って付けのパートナーに、テイマーになれる。
「――まあ、良いでしょう。貴女からの謝罪はいずれ、受けることとして」
「…………」
 エミリナさんのヤブ睨(にら)みに、モノクルがずれ掛けた。
「実際に見て貰った方が、これは早いかもな――でもなあ」
 独り言の口調を、それでも通常のものに戻して、ベネット。エミリナは無言で座り続けている。
「――エミリナさん、貴女には『パイロット(水先案内人)』ではなく『テイマー(調教師)』になってもらいたいんだ」
 エミリナは、その首を大きく傾げた。テイマー? あのサーカスの猛獣使いとかのアレ??
「『テイマー』、ってのはまだ仮の名称だけどね。僕が命名した。まあ『調教師』と言うよりは相棒、親代わり、そんな存在になってもらいたいところなんだけどね」
 遠い目を、しかしこの時ばかりは焦点を定めてベネット。
「相変わらず、アンタの話は分かり難い。何を言っているの?」
 この期に及び、もはや苛立ってはいないけれど。
「発掘された『こいつ』を動かすのが人間ではない、と言ったよね」
「聞いた。意味がまるで分からなかったけど。AI(人工知能)か何かかと思ったけれど」
 ベネットは大きく息を吸い込んだ。
「AIじゃない。あんな、不安定で融通の利かない存在とは一線を画したシステムが、『こいつ』に採用されていることが分かったのさ」
「……結論からお願いする」
 再度、エミリナは強くリクエストした。
「エミリナさん――これは取引だ。その『結論』を聞いたら、君は『テイマー』にならなくてはならない。それはもしかすると、尋常でなく『辛い』ものになるかもしれないし、貴女は僕のことを深刻に恨むことになるかもしれない」
 なんだ、こいつこんな真面目な顔も出来るんじゃないか。エミリナは、素直に感心した。
「……なんか、タチの悪い詐欺に引っ掛かりつつある気もするけれど、まあ良いわ。どうせ、あなたは『大佐』、私は『大尉』なんですしね」
 ベネットは苦笑したようだった。
「貴女のその性格、持って生まれたその内面資質は素晴らしいと思う。その前向きさを忘れないで欲しい。それは、今後の貴女自身と、その『相棒』を大いに助けることになるだろう」
「今度は何?? 先生にでもなったつもり??」
「先生か――しかしそれになるのは、君だエミリナ」

 そこで言葉を区切って、ベネットはエミリナの正面に椅子を引いた。

 結論とやらを聞く時か。ここまで来たこともあり、エミリナはもう促さなかった。


「あの機体の名称は『九郎義経』。これは、『皇帝代理人』閣下直々の命名なんだよ」

 さすがのエミリナもこれには絶句した。その『義経』と言うアナクロな名称は元よりとして、『皇帝代理人』と言う響きの方に。太陽系惑星連合共和国改め『ガイア連合帝國及び太陽系』となったこの国家にはその名前の意に反し、『皇帝』は存在していない。『皇帝』と言う存在はその国家システム、引いては国民の総意そのもの、と言う解釈に依るものである。もっとも、筆頭に立つ人間は当然必要であったから、ここに『皇帝代理人』という肩書きが誕生した。初代代理人は、自然の流れでシャルル・ヘイスティングがその座に就いている。事実上の最高権力者ではあるが、その下には『円卓議会』と呼ばれる機関が存在しており、『代理人』はあくまでもその議会による選出と言う過程を経ること、そして全会一致に依る『代理人』の罷免権をも有することが、帝國憲法によって堅く定められていた。これは実はヘイスティングという人間が権力の一極集中に関して強い危機感を抱いたことと、その根底にあった権力に対する根深い嫌悪感が自然反応し、受け容れられた結果だった。少なからぬ野望、野心の所有者として内外を問わず知られていたこのシャルル・ヘイスティングという男にはこんな側面もあったのだ。
「代理人閣下が――」
「そういうことさ。閣下はね、この『義経』の可能性に非常に期待を寄せられていてね。ガーランド付きの貧乏学者だった僕が、こんなに立派な施設と、肩書きを持てるようになったのも正にそのお陰ってわけさ。そしてロマンチストだよ、『彼』は。『義経』なんてネーミング、これはもう全く素晴らしいセンスとしか言い様がないね」
 もう、エミリナは口を挟まなかった。自分がどうやら、とんでもない『計画』に乗せられつつある、そんな予感。

「ちょっと脱線したね――さて、そんな『義経』に搭載されているシステムが特殊だ、と僕は言った――」

 真剣な眼差しが見据えてきた。無言でその続きを待つエミリナ。

「――有機的演算機構――」

「――簡単に言ってしまうとね」







「脳」
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする