2639年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - I

 『フォース太陽系方面強行制圧戦隊』――俗称『第一フルボッコ艦隊』、旗艦『モデレーション』。


「司令官閣下――全ての準備が完了しました。一切の、滞りなく……」
 すっかりと、白髪が目立つようになった頭髪を掻き分けながら、シャルロッテ。そりゃ、自分だって老け込むわけよね。
「ありがとう、シャリー――長かったわ」
「長い夢ですよ。やっと、現実がここまで辿り着けた……」
 そうね、そう答えておいて、ソフィ・ムラサメはその紅唇に右手人差し指を当てた。本当に、やっと、やっと『ここ』まで。あなた、私達を最後まで護って下さいね。それ位は願っても良いでしょう? 何しろ、あなたときたら何もかも私達に預けたままで、早々に退場してしまっているんですもの。
「全艦隊に通信をお願い、シャリー」
「はい!」
 全く淀みなく動くシャリーの両手に、老いの要素は感じられない。どうぞ、と続けて向けられてくる満面の笑顔だって、ほとんど変わっていない。
「ありがとう――さて――」
 ソフィは息を大きく吸い込んだ。全く、いつになっても馴れることのない仕事の一つが、これだった。
「太陽系方面要撃艦隊司令、ソフィ・ムラサメ・アレン光将より、全員に。いよいよ、『作戦』が開始されます。亡きクリストファ・アレンの想い、理念理想の具現『そのもの』でもあったこの『フォース』に賛同し、その人生と言う時間、そして労力、或いは命を捧げ続けてきてくれた皆に、心から感謝したい。ありがとう――」
 意識して、間を置いた。クリストファ・アレンであれば、こう言うのだろう。そればかり、考えている。全く、どれだけ自分は彼にその魂を束縛されているのだろうか。勿論、望んでのことではあるけれど。
「――それも、いよいよ最後の段階になります。一時間後には、我々『フォース』の最初にして最後の一大反抗作戦『Bring the RLights』が発動されることになるでしょう。無傷で済むとは思っていませんが、願わくば一人の未帰還者だって出ないことを私は望んでいます。人類の未来の為、皆の命と力を、もう少しだけ、もう少しだけ貸して下さい!!」
 器用なシャリーが、艦橋の壁面一面に艦内映像を出力していた。『フォース』軍服に身を包んだ多くの人間が、鬨(とき)の声を上げている様子。そして、一部には感極まって泣き崩れている人間の姿も確認できたが――あらら、あれはどうやらアレックスとセクノアのようだ。

「これより、『フォース』、我が戦隊はソフィ・ムラサメ・アレンの名に於いて『ありとあらゆる』『軍隊』と『兵器』、『戦闘知性体』に対し、宣戦を布告するっ!! 反撃してくるもの、抵抗を試みるものは全て『敵』だ!! 破壊殺戮、蹂躙(じゅうりん)、殲滅を徹底しろ!!」

「――機動可能なDM、EF、他艦載機群はこれは全て出撃せよっ!」

 最後に付け加えられたこの命令は、通信に乗せる必要はないものだったが、全軍の士気を高めておいて損は無い。デウス・マキナ、そしてエスカトス・フレームと言う存在があっての『フォース』なのだから。

「RL01、『メイヴ』!! 待ってました!!」

「EF02『ジャンヌ』了解。何なりとお申し付けを」

「RL02、『シアン』了解。やっと暴れられる!」

   ・
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 全ての駒(こま)は、揃ってはいない。要となる『特別機』の到着は、その時になってみなければ分からないし、『ルーシファ』に至ってはそれこそ何もかもが神懸かりの綱渡りになるだろう。『NOIR』のユキトが無事に合流を果たしてくれれば、何かと計算が助かる筈だが。しかし思えば、その息子とも、どれだけ自分は会っていないのだろうか。少しは聞き分けの良い子になってくれていないと困るんだけれど……自分に、それを言う資格はない、それは分かっている。

 そんな『デウス・マキナ』に乗り込むのは、多くが年若い――そう、ユキトやティナとほとんど変わらない、年端も行かない少年少女達。全く、その業の多くは、本来は自分達が背負うべきものなのに。そしてEF、『エスカトス・フレーム』に関しても、虚心坦懐(きょしんたんかい)ではいられないソフィでもある。よもや、『彼等』が自分達と行動を共にする未来が待っているだなんて、昔の自分にはとても想像できなかった。だが、今の『彼等』は掛け替えのない戦友だ。それに疑いは全くない。そして、『アテナ』。私もいよいよ、その『覚悟』を決める時かな?


 格納庫に整然と並んだデウス・マキナ『ライトニング』に、順番に火が灯されていくのを見詰める中で、涙が両の頬を湿らせていることにソフィは気付いていなかった。

 時は光暦95年。

 人類は、未だにその『業』から逃れられてはいない。

 クリストファ・アレン、その魂も、また――



 涙声。


 ああ、それは涙の声。





 ソフィ・ムラサメ・アレンは、この時、涙で、これを口にした。







「――『クリス』、起動!!」






「了解――『クリス』起動フェーズに……」
 答えたシャリーの声と指もまた、激しく震えている。


「システム・エラー、認められず。全て順調――拒絶反応無し」
 続くナナの声は、こちらは冷静なものだった。その強さは、今のソフィにとっては尋常ではない羨望に値している。





 『ルーシファ』、XIII。13番目の改修。





 かつて『ライト=ブリンガ』と呼ばれた機体。

 それが幾星霜の時空を超えて、今、起ち上がろうとしていた。



 しかし、『クリストファ』はそこには居ない。



 そう。


 そこに、『クリス』は居ても、『クリストファ』は居ない。




 『ルーシファ』が、目を醒ます。



 人間の、この世界。


 自分達以外の『ありとあらゆる』武力の全否定。



 『フォース』は、その為だけに設立された組織だ。



 領土的、そして政治的野心の一切を持たない、純粋すぎる『軍隊』であり、『力』。



 彼等は、ただその為だけに


 この時の、為だけに


 それでも夢と希望を持って




 底の無い闇を払い


 喩え一筋でも光をもたらす為に





 『ルーシファ』が咆吼を上げる。メーン・ユニットが一斉に拡散し、その背面でゆらゆらと波打っている。その姿は悪鬼羅刹、或いは文字通りの悪魔、サタンを彷彿とさせるものだった。かつて、『戦女神』とも呼ばれた優美な面影は、そこには全く無い。機体各所のトラクタ・ビームを雷光さながらに散らす中、そんな『ルーシファ』は呻りながら、その一歩を力強く踏み出した。


 深い絶望と失意の内に、夭折(ようせつ)した『愚か者』の成れの果てが、『これ』。


 迸るプラズマ光が頭部へと翳り、これが図らずも滂沱(ぼうだ)とした涙を演出している様に。





 格納庫詰めの人間、その全てが整然と並び立ち、一糸も乱れぬ敬礼を『ルーシファ』に送る。

 気密服、そのヘルメットの中で泣いている人間の数は、少なくはない。噎(むせ)び泣きを押し殺す声が、共有周波数帯に乗って、その限定的な周囲へと伝染していく。

 自発的な意志も無く、ただただ機械として、その一部として機能しているこの存在は、かつての彼等の多くが、敬愛して止むところのない『人間』だった。






 『ルーシファ』は、『クリス』は、今一度咆吼を上げた。

 自らの運命に、全力で抗うように。

posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする