2634年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - VI

「着弾、来ますっ!!」
 オペレーターの悲鳴が終わるのを待つ暇もなく、『エターナル』が艦橋、メインディスプレイは白一色に染め上げられた。減光フィルタはこれでも機能している筈だったが。
「総員、耐ショック――」
 やはり、最後までは言い切れない。続き、艦全体を震わせる程の微振動がどこからともなく伝わってきた。ベアトリイチェは悲鳴が所々で上がる艦橋の中、自らの指揮卓上のサブ・ディスプレイに視線を固定、数値の幾つかを手早く確認した。大丈夫、フィールドは完璧だ――演習と同じ。十秒間程の微振動を経て、メイン・ディスプレイが次第に本来の背景色を戻し始めるが、これを眺め続けている余裕は事実上の艦長には無い。しかし、ご丁寧にきっちりと撃ち返してくれたものだ、『敵さん』も!
「旗下艦艇の状況しらせっ」
「全艦健在! 第二群、第三群も砲撃を受けましたが、一切の被害無し!」
 用意していたかのように早いオペレータの状況報告だった。全く、持つべきは有能な部下というものだ。さて、これからしかしどうしたものか――と、そのタイミングで着信。発、ブレンハルト一佐。これまた、計ったような。
『副長、第一艦隊は予定通りこのまま進撃を実行する。本艦及び旗下の指揮は改めて君に一任する』
「了解であります――本艦及び旗下は予定通りの作戦行動へと移行」
 妙だな、とベアトリイチェが違和感を感じ取ったその理由は、ブレンハルトの口調にあった。何かトラブルでも起きたのだろうか。
『完全に承認する――と、こちらでも問題があってな。手が回らない事情がある。すまない』
「お気になさらず。では――」
 自分の勘の良さにささやかな満足感を得つつ、ベアトリイチェはそのまま前進を指示。フィールドは完全展開を常時可能とするレベルへと引き下げ、少しずつ相手との距離を詰める――作戦の基本内容に変更はない。問題、トラブルの存在は気になったが、ブレンハルトが伝えてこないと言うことは、自分に処理出来る類のそれでは無いと言うことなのだろう。
「フォーメーションを乱すなよ。粛々と、前進する。艦載機各自、鋭意を養っておくように――貴官らの出番は遠くはないっ!!」

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「出力が上がらないとはどういうことだ!!」
 第二艦隊所属『クロノス級』六番艦、『デュオニューソス』の艦長であるアルフォンソ・マティス三佐の怒号が落雷さながらに艦橋を響き渡った。
『原因は究明中であります――が、物理的修理やデータ補正でどうにかなる状況ではありません、これは残念ながら確実かと!』
 整備士達の言葉と、何よりもその技量を疑うつもりは全く無い。報告は全くの事実なのだろう、それも分かっている。分かっている、が。
「とにかく、万全を尽くしてくれ――」
 艦橋要員達が、力無く艦長席に座り込んだマティス艦長を心配げに見遣ってきていたが、気の利いた言葉の一つも紡げない。それ程に『状況』は深刻だった。脂染みた嫌な汗が額を伝い、顎にまで垂れてくる。

『肝心のフィールドが張れないで何の為の『クロノス級』か!!』

 進宙浅く、生まれたて――実際のところエテルナ自衛隊の所有艦艇はそのほとんどが赤ん坊だったが――と言っても等しいこの『デュオニューソス』に、それでも自分達は今日まで可能な限り愛情を注ぎ、事細かに手を入れてきたのでは無かったか。問題がシステムそれ自体にあるのか、或いは突貫で行なわれた建造作業であるとか、それとも他に原因由来を追求するべきなのか。今更、そんなことを考えても全く栓が無いが。

「『フォーチュン』に緊急通信。最上級のコードで送れ――」

 言葉と奥歯を等しく噛み締めながら、マティスはオペレータに命令した。


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 じわじわと、それでも確実に前進を開始している全艦隊の立体状況図を自端末で確認していたブレンハルトの表情がいよいよ曇りを帯びるのと同時に、第一艦隊は参謀室に静かなざわめきが発生した。イレギュラーを示す項目が点灯した為で、これは『第二艦隊』に関するものだったから。
「司令、第二艦隊のヒムラ上級一佐より秘匿通信が入っております」
 相手側も電子戦を開始しているこの時にあって良くも音声通信が、と思わないでもなかった。まあ、互いの位置は徹底してレーザーロックを施していたし、監視偵察を兼ねた人工衛星の数々を経由すればどうとでもなるか。チクチクとマスコミや政治屋達、果てはプロ市民から嫌味小言を刺されながらもそんな衛星群を徹底配備したエテルナ自衛隊、その首脳部が、ささやかに報われる瞬間と言うべきかどうなのか。もっとも、こんな形で報われるも糞もないが。
「繋げ――」
 耳元のインカムを指で示しながら、アレックス・ブレンハルトは自席の遮音力場を密かに展開させた。ただ事でないことを悟ったオペレータが無言で頷き、回線が果たして開かれる。
「ブレンハルトだ」
 微妙なタイムラグがあることは元より承知している。返信を待つ。
『音声は良好のようですな。ヒムラです――単刀直入に――本艦隊に問題が発生した――』
「そのようだな――続けてくれ」
『――後方、その中核として編成していた『デュオニューソス』が機能不全を起こしている。フィールドの展開が及ばない。非常に困ったことになりました』
 ファック、その呟きはしかしどうにか押さえ込むことが出来た。『デュオニューソス』は『クロノス級』の六番艦であり、進宙からこっち一ヶ月と経っていない船だった、ブレンハルトはそこまで思い返すことが出来る。フィールド形成に不備があるとなると、当然前線には立たせられるものではない。一億歩譲って『デュオニューソス』一隻の話であればまだ問題は軽いものとなったかもしれないが、その盾、重力波障壁を必要とする各種艦艇の数は果たして、両手両足の指で足りるかどうか。補給艇や作業艇を始めとする特殊艦艇は疎か、その抱える艦載機の数となるとこれは考えたくもない話だ。そもそもが、半包囲陣を敷くことが目的の作戦行動であったが。
「フォーメーションの変更でどうにかならないか」
 無理を承知で言うだけは言ってみる。
『厳しい。今、ありとあらゆる方策を取るべくコンピュータと人間が格闘を行なっているが』
「こちらでも検討する。差し当り善処されたし、としか言えないことが心苦しいが」
『やれるだけやってみます』
 通信切断。溜息。遮音力場を解除して、ブレンハルトは艦長席へと足を向けた。全く、想定外のことは起こるものなのだな。
「攻撃待機、前進は継続」
 まずはそれだけを伝えた。頷いたベアトリィチェ・ノイマンが同じ命令を各部署、旗下艦艇に伝え行く中、ブレンハルトの頭脳はそれは目まぐるしく、そして涙ぐましい活動を強制されている。一段落が付いて、簡単な経緯説明をノイマン副長に行ないながら、やはり嫌な汗が背中を伝い掛けていることにブレンハルトは気付かざるを得ない。どうにか、表情に出すことだけは避けられているが――これも時間の問題かもしれん。神が存在するとしたら、どれだけの悪意の持ち主なのだろうか。罵倒の言葉を幾つか真剣に推敲し掛けている自身に気付き、アレックス・ブレンハルトは小さく自嘲した。

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 この日、何度目とも付かない修羅場と化している『フォーチュン』艦橋。一艦の繰艦に携わる人員のみならず、第二艦隊の艦隊司令室も兼ねているこの空間の、その空気は正に怒号と悲鳴の荒れ狂う渦、その中心となっていた。
「参った――こればかりは参った」
 そんな渦の中心で、ヒムラ・キリオは虚ろに呟いた。第二艦隊後方の取りまとめ、中核として移動させていた『デュオニューソス』の不具合――ってレベルじゃねー――の発生、その一報を耳にした時には思わず嘔吐、失禁しそうになったものだった。第一艦隊を正面から向かわせ、第二艦隊の先遣である『自分達』が回り込みの横槍を突き――そしてその後方から一群を叩き込む、つまりは『時間差を置いた半包囲攻撃』を演出、アレンジする予定がこれは大きく狂うことになる。

『こりゃあかんわ』

 と軽々しく口に出来る問題ではない。そして、同時に一つだけ、問題を解決出来得る可能性に思い当たった――が、それは土台が不可能な話でもある。何しろ、クリストファ・アレンは投薬を受けて眠っているし、そもそもが機体も、そして何より『人間』だって便利屋の如く使って良い存在では断じて無い。
「副司令、ご指示を――」
 口だけでなく、目でも訴えてくる部下達に罪は無い、それは分かっている。分かっているよ。でもそんな目で俺を見ないでくれ。代案を示してくれ。頼む。
「現状維持の上、攻撃はこれは待機」
 そんなことしか口に出来なかったが、罵声を飲み込んだだけでも良しとしておきたい。思考がまとまらず、感情だけが昂ぶっていく――これはいけない傾向だ。
「ヒムラさん」
 艦長席で立ち上がっているソフィが手招きしてきた。心無しか救われた思いで、それでも重い両足をどうにか引き摺らずに向かうことができた。
「――クリストファを起こして、その判断を仰ぐべきでは」
 小声、囁くようにしてソフィは言ってきた。
「正直、考えないでもなかったが、それは駄目だ」
 嘘偽り無く、キリオは口にした。
「――ですが、後になって知ってからの方が『あの人』は怒りますよ、きっと」
 ぬう、と呻いてしまった。いや、別に『クリストファの怒り』が怖いわけでは無論、無い。そもそも、怒られた事なんて一度だってないし――まあ嫌味とか皮肉はそりゃあ、あったが。
「奴(やっこ)さんが怒る怒らないの問題でなく、過剰に依存しすぎている気がしてならないんだがね――と言うか、あの男は休ませておかないと逆に危ないと思う」
「それは同感ですが……」
 ソフィとて、名案とは思い至っていないのだろう。常になく、歯切れが悪い。

 刻々と時間が経っていく中、キリオ達が深刻に悩んでいる――しかしその時、少し離れた、別の場所で。


   ◆ ◆ ◆


 極めて深刻な状況

 どうしましょう

 前倒しするしかないのかしら

 時間的余裕はもう無いわ

 気付き始めている人もいる

 無茶

 でも

 今を乗り切らないと

 未来は無い



   ◆ ◆ ◆




『ミランダ、起きているよね?』
 入室時の独特の気配は察していたが、その『対象』が忍び声で話しかけてくることは想定外だった。それまで自分に張り付き、何かと世話を行なってくれていた看護士が退室して、ほんの数分のことだったか。珍しい来客には違いない。来客と呼ぶには、語弊があるかも分からないが。
「――なあに、アテナ??」
『ええとね――』
「気にしないで。タダ事じゃないことぐらい、あたしにだって分かるよ」
 その目は閉じたまま、ミランダ。目が覚めてからこの方、全身を隈無く律儀に押さえ潰してくる様な、そんな奇妙な疲労感の原因が何なのか分からない。とにかく、気怠い、これに尽きる。差し当り、妙な発汗は止まっていたから快方は快方へと向かっているのだろうけれど。
『これを着用して、ある場所に向かって欲しいんだ。疲れているのは、分かっているんだけれど』
 ここでミランダは初めて、その目を開いた。薄く。
「『これ』って――」
 目を見開き、絶句した。何故ならば、アテネコ・ブラックがその短い前脚で示した自走卓の上に乗せられていた『もの』。
「どうやって――って貴女に聞くだけ無駄か」
 喉元まで上がり掛けた質問を飲み込んで、ミランダは息を吐く。自走卓の上に乗せられていたもの――それはなんと、『パイロット・スーツ』であった。『ただ』の、ではない。アイボリ・ホワイトを基調とし、所々に走らされたインディ・ブルー。胸部、背面、両の膝に強く刻まれた数字『58』。誰のスーツであるのか、説明する必要は全く無いだろう。
「なんでかな……それ程に驚かない自分がいるの。不思議だね?」
 何を言っているのか、自分でも分からない。だが、ほとんどの無意識下で口にしたこの言葉の意味が決して軽いものではないことに、ここでミランダはようやく気付いた。
『ミラン――ここまでやっちゃって、どうかとも思うけれど、一応聞いておくよ。と言うか、聞いておかないとならないんだ――』
 ミランダが自力でその上半身を起こすのを確認して、アテネコはその口調をいよいよ改めた。

『――私の示す未来図に貴女が『乗る』のを拒否する、最初で最後の機会が、今のこの時なの』

 ああ、そうか。もう本当にアテネコではなくて、アテナなんだね。当たり前の話なんだけど。
「最初にデメリットから聞いておこうかな。私は、何を代価として払えばいいの? こんな私に大した価値があるとも思えないけれど……」
 自虐ではなく、これは全くの本心だった。各種艦載機の操縦技量ではクリストファ・アレンやフローラ・ザクソン、アムロ・レイコ達に及ばないのは事実であったし――まあこれを聞けば多くの人間が『ンなバケモノ』共と渡り合おうとするその志がそもそも良し! と言ってくれるだろうが――何かをじっくりと考えることは昔程ではないが、今でも苦手だ。基本的に、『頭』は良くない――そう思っている。偶然に試験機も試験機、プロトタイプもプロトタイプでついでに存在自体が非公式だった『ロータス』に乗せて貰うことは出来たけれど、その愛機もいきなり最初の実戦で大破させてしまった。どれだけ、自分は役立たずなんだろうか。騙し討ちみたいな形でクリストファの唇を奪ってしまったことも、今となっては自己嫌悪の念をじわじわと醸成させてきてくれてしまっていた。勢いでやってしまったこととは言え、ソフィには酷いことをしてしまった……。
「うっ……」
 図らずも、涙が溢れ出てシーツの数箇所を浸食した。だが、今はそんな気分に陥っている場合ではない。
『ミラン……』
「ごめん、アテナ、前言を撤回。『メリット』から聞くことにするよ――続けて」
 シーツを、ぎゅと握り付けた。

『クリストファが――みんなが圧倒的に『楽』になるよ。言い方は悪いけれど、君にはクリストファ・アレンの『予備』になってもらうことになる』

「――なるよ」
 即答だった。

『……え』
 さすがのアテナも、これには絶句した。

「喜んでクリスの『予備』になるよ!」
 自分でも驚く程、強い声が出た。

『ミランダ、ありがとう――でね、やっぱり言っておかないといけない。貴女は、普通の人間としての一生は送れないかもしれない。人として、当たり前の幸せだとか、歓びであるとか――そう言うものとは無縁の一生に、なるかも――いえ、きっとなる……と思う。今日のこの選択を、そして何よりも私のことを深刻に憎む、その時が絶対に――来る』
 慎重に言葉を拾い上げてくるアテネコだった。人間で言えば懊悩とでもなろうか、そんな雰囲気を量れないミランダでは、もうない。

「それ『デメリット』なの?」
 自分でも間の抜けた声になったと思う。だが実際、それのどこがデメリットなのか。
『ん……でも』
 右前脚を宙に泳がせながらアテネコ。
「クリスの、皆の力になれるんだったら、そんなの全然『デメリット』じゃないよ」
 言いながら、ミランダはその両足をベッドから降ろした。事情の詳しいところは分からないが、時間は有限ではないし――そして、本当に不思議なことだったけれど、ミランダはこの状況を『普通』に、ごく『当たり前』に受け容れることが出来ている。病室にはアテネコ以外の人間も不在であったから、生まれたままの姿になるのになんの躊躇いも抱かず、ミランダはアンダー・ウェアの装着から始めた。疲労感は依然として根深く残ってはいたが、深刻なものではないと考えられるのは、やはり不思議だ。
「大体どうなの? その『人として当たり前の幸せを失う可能性』ってのはクリストファも背負っているんじゃないの?」
 実は、一番気になっている点はここだったのかも。
『……そうかも』
 その簡潔な、しかし微妙で曖昧なアテナの返事に込められた意味。ミランダは、一つ息を深く吐いた。
「ま、だとしたら余計に『デメリット』なんかじゃないわ。私、少しでも力になりたいもの」
 意識はしていない。だが、これは実に強い意志の表明だ。
『ありがとう、と言うべきか――ごめんなさい、と言うべきか』
 その無機質な瞳で床を見詰めながら、アテネコ。
「謝罪の言葉なんて聞きたくないわ――それより、まず何をするのかを教えて」
 アンダーの装備を終えて、いよいよミランダはパイロット・スーツのズボンに足を通す。
「まあ、このスーツを貴女が持ってきたことでなんとなく、想像も付くけど――ってお尻きつい……」
 当然、男性用の、それもクリストファ・アレンという痩身専用のスーツなのだから、これは当然の話だった。身長差はほとんど無いようなものだったが、さすがにヒップは厳しい。付け加えると、ミランダは充分に人目――特に男性陣――を惹く3サイズの所有者でもあった。
『コックピットに入るまで、我慢して欲しい――人目が無くなったらミラン、君のサイズにアジャストさせるから』
 スーツ・ジャケットに袖を通し掛けるミランダの動きが止まった。

「……そう――やはり『乗る』のね――あたしが」

 ジャケットを胸部前で固定するに当たり、息が大きく詰まる。ヒップだけでなく、バストもそれはそれは厳しい。気を遣ってくれてか、アテネコが用意してくれていたフィット・ブラジャーを装着して尚、ファスナーは上がってくれない。一時(いっとき)の我慢と言い聞かせ、半ば強引に両の乳房をそれぞれの脇の方へと潰し除けるようにして、ようやく上半身が落ち着くことになった。

 ……ウェストに関しては問題がなかったことが、微妙に複雑な。それはミランダ・ルヴァトワは、乙女なのだった。

『サポートは万全にする。それは信用して欲しいし、基本的に座っていてくれれば良い』
 ヘルメット――当然、スーツと同様にクリストファのスペアであり、RL用に特化されたものだ――の装着を終えたミランダが、そのバイザーを下ろすのを確認して、アテネコは言った。

「って言うかさ――これ、途中で誰かに見付かったりしたら誤魔化せる自信無いなあ」
 三層からなるバイザーの全てを下ろすことで、その外側からパイロットの顔、表情を確認する術は全く無くなることとなる。文字通りの『影』、『Double』としてのミランダの初仕事が、これから始まろうとしている。先立ってキリオが接触した『もの』の素性、正体を現時点でのミランダは何も知らなかったが。

『極力、人払いは行なってみる。ただ、最後、実際にコックピットに張り付く時は、君の演技力を必要とするかもしれないが』

「余程、自信ないよ――」

『クリスがやっているようにやればいいの。大丈夫、癖のある整備士は何らかの理由を付けて引っ張っておくようにするから』

 この船の真の支配者が誰であるのか、改めて考えざるを得ないミランダであった。しかし、アテナという存在を完全に信用していること、これは全く揺るぎようもない現実だ。何かと謎の多い人工知性体――本当にそうなのかどうかも実際は分からない――ではあるけれど、『彼女』の導きが自分達にとって不利益なものとなることは金輪際、有り得ない。大体、『デメリット』と言うけれど、クリストファが既に背負っているものであれば、どうしてそれを自分が回避する必要があると言うのか。

「デメリットなものですか――」

 ヘルメット内に流れ込んでくるエアーを大きく吸った。唇を湿らせ、スーツの完全密閉を実行する。

「やるのよ、ミランダ――」

 それは、ミランダ・ルヴァトワの真なる意味での『宣戦布告』であった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする