2633年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - VII



「大したもんだ――」
 そんな呟きも自ずと零れるというものだ。医療区画から工房ブロックまで、ここまで人の存在が無いというのは。
『だけれど全ての人払いは済んでないよ。気を抜かないで』
 無重力下、その右肩にしがみついている状態のアテネコ・ホワイトは言う。
「普通の人はこのイデダチを見たらまあ、道を譲ってくれるだろうけれどねえ」
 純白地にブルーのライン。このライトニング・カラーのスーツを見て『中の人』を判別できない人間は『フォーチュン』に存在する筈も無い。重力調整室を抜け、無重力が維持されている工房ブロックへと立ち入った、しかしそんな時。ミランダと肩に縋り付いたアテネコの前に、なんとタイミング良く流れてきたのはスコット・ロードマンその人であった。
「なっ――」
 なんだってー、と声が出そうになるのだけはどうにか抑えられたが。それにしてもなんだって一番危険な人間と出会(でくわ)さないとならないのだ。
「っておい、お前――もとい――何をやっているんですか、幕僚長閣下……」
 ヒイイイイ――両の手を無意味に振り掛ける中の人、ミランダだったが。スコットの口調が改まったものとなったのは、恐らくその背中に続いている整備士達の視線を意識してのものだったのだろう。『タメ語』で口を利くのは、その周囲に『フォーチュン組』しかいない時に限られており、これはスコットなりの節度でもあることを、勿論ミランダは知っている。知らいでか。
『ああ、ちょっと状況を確認しなくてはならなくなった――RLの整備修理に問題はないな?』
 え。誰の声だ。勿論、ミランダのそれではない。スコットはその無精髭の密生する顎に手を当てているが、こちらを疑っている節は全く見えない。『合成音声。合わせて、ミラン』メット内、スピーカーからの声。そういうことか。
「あ、はい――どうにか既存部品で賄(まかな)えました。片足はこれは丸々スペアがあったから、まず問題はありません。その他、細かな傷は可能な限り塞いでおきましたぜ。ただ、『イージス』に関しては、機能的には問題ないようですが、表面の傷までは直せていないのが現状でして」
『そうか、それなら何も問題はない』
 一度腕を組み直してみた。圧迫された胸部が殊更に苦しいが、こればかりは我慢するより他が無い。
「自分達は、他に仕事が。もし『出るんなら』イージスは予備基を持って行って下さいよ。幕僚長機に傷物は持たせられませんから」
 調整室へと足を向け掛けながらスコット。
『了解した。まあ、事態は流動的だ。どうなるかわからんがね』
 敬礼を行ないながら流れていくそのスコットとその部下達に返礼を行なった。ボロが出るのも怖かったので、クリストファの動作、癖を可能な限り思い返しながらその身をブロック中心、最下部へとミランダは踊らせる。ゆるやかな慣性に身を任せている最中、数人の整備士達とすれ違ったが、驚いた表情で敬礼はしてくるものの、こちらを疑っている様子は無い。まあ、幕僚長の特殊スーツの中身が別人だ、等と想像出来る人間なんていやしないだろう。略式の返礼を戻すミランダ、そのバイザー越しの瞳に特殊ハンガーへと固定されているRLの全身が反映された。

 ――コックピットに乗り込んでしまえば、どうとでもなる

 ――乗り込まないことには、全てが止められて終わってしまう


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「しかし閣下ってば、ブロック内でメットのシールド降ろす、なあんてかなり気合い入ってますねー」
 調整室を抜け、二の足で実重力を確かめるようにしながら部下の一人が言った。
「……確かにな。しかも軽からぬ負傷をしていたと思ったが……ま、程度が軽かったってことなんだろうがな」
 常のスコットであれば、複合する様々な違和感に気付いたのだろうが、残念なことに彼と部下達に取り、今は『非通常』の状態であった。作戦の変更に伴い、艦載機の一機でも多くを発進できる状態にしておかなくてはならないのが彼等の急務であり、戦闘機のみならず場合によっては無人給気機の多くも飛び出せる状態にしておく必要があるだろう。
『ま、RLだったらどうにかなるさ』
 そんな考えも、無きにしも非ず。敵の新型――この場合はDMもどき――が投入される、そうとなれば楽観的ではとてもいられないが、どうやら『敵さん』にも、おいそれと気軽に放り込めない事情があるようであるし。と言うか、そうでないと困る。今は某『ダブル』に割ける人手は無かったし、仮にあったとしても主機関の装着等という重作業は一朝一夕で行えるものではない。理由はそれは当然、あるのだろうが、なんでこの火事場になってからその存在が明らかになるんだか。
「よし、ともかく製造番号の古い機体から起ち上げていくぞ。各自、担当番号を今一度確認しておけ。俺も手が掛かるようになるのでな、質問その他は最小限で頼む。いつまでも手取り足取り教えてられんからな、覚悟を決めておけッ」
 縺(もつ)れ掛かる両足をそれでも急がせてスコット。目的地は艦載機の搭載エリア、とは言え、ほとんど目と鼻の先だったのだけれど。
「「「オスッ!!!」」」
 こいつ等もようやく、一人前になりかけか――そんな感慨は悪いものではない。さて、こちらもこちらなりの戦闘を開始する。決意を固めたスコット・ロードマンの脳裏に、もはやクリストファ・アレンに向けられる関心は存在していなかった。

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 わあ、と動揺を含んだざわめきが『フォーチュン』の艦橋を満たした。レーダーが一斉に曇り、その不可認領域が増大した為だ。敵もいよいよ、電子戦機他を大量に投入してきたと言うこと。
「いよいよ本番ってことですかい」
 リンダが敢えて軽口を叩いて見せたが、あまり効果はなかったようだ。
「『ずっとアタシ達のターン!!』ってワケにもいかないでしょ、そりゃ」
 続くアレーシャのこの発言に周囲の空気が少しだけ柔らかなものとはなったが。全く、リンダ・フュッセルとガブリエル・アレーシャ、この両名はツーとボケればカーと突っ込む仲になっている。
「手持ちのカードはしかし、限定されているんだなコレが――」
 こっちの事情もお構いなしにやってくれるものだ。さあどうするキリオ。まあ自問したところで拾い取れる選択肢、有効なカードは一つしかないか。
「作戦を変更する。気の毒だが、使い物にならない『デュオニューソス』は戦線を離脱、後方へ撤退。参謀各位は、艦載機、弾薬諸々の他艦への移送を可能な限り――」
 軍帽を深くかぶり直しながらの、そんなキリオの言葉はしかし最後まで続かなかった。いや、続けられなかった。
「『ライト=ブリンガ』起動だと!? 馬鹿な、誰が乗っている!?」
 ソフィのそんな絶叫が意味するところを知ったその瞬間に、キリオの口は一切の機能を喪失してしまっている。だが、その喪失時間は長いものとはならなかった。情けなさと無力感が綾なし、怒りが演出する何とも複雑怪奇な感情が精神をズタズタに蹂躙(じゅうりん)したその瞬間に、キリオは艦橋全体の内壁尽くを激しく震動させる程の怒号を放っていたからだ。
「ふふふふふふ――ざっけんなアンのバカタレ!! 引き摺り降ろせ、艦長!!」
 言われるまでも無く、ソフィは既に実行動に移っている。
「工房ブロック、何をしていた!? RLの発艦指示は出していないぞっ!!」
 名前の知らない整備士からは、狼狽えた返事が返ってくるばかりだった。
『じ、自分達は全く認識しておりませんでした――直接、コックピットに向かわれたのでは?』
「ロードマン一尉を出しなさい!」
「一尉殿はつい先刻、艦載機のハンガーへ」
 ええい、何と言うことなの。握り込んだ拳の振り下ろし先に困ったのも、しかし半瞬。着信、リンス一尉より。
「リンス一尉、何を見ていた!? 直ちにブロックへ赴いて幕僚長を止めて!!」
 第一声からして厳しいものとなってしまったが。それだけ、焦っていると言うこと。
『そうではありません!! 艦長、閣下は私の前でお眠りになっていますよ!?』
 しかしマリーベルのそんな返答は、全く予測もしていなかったものであって。
「どういうこと???」
『幕僚長閣下は今、正に熟睡中だとこう申し上げております――肉眼で、確認しております……』
 混乱に満ちた第二艦隊は司令部。しかし、これは一つの着信で落着することとなる。

 そうだ。

『ブリッジ、聞こえる?? こちらミランダ・ルヴァトワ二尉、ライト=ブリンガに搭乗したところです。現在、初期起動実行中。作戦概要の手短な説明を行ないます』

 自失を許される人間などその場には誰一人としていなかったが、ソフィを始めとした首脳部は『これ』には絶句、自失せざるを得なかった。想定の範囲外のそのまた範囲外とでも。

「何を言っている、ミラン――」
 いち早く自身を取り戻したソフィだったが。ここで、そんなミランの発言に嘘偽りのないことを強制的に知らされることとなる。コックピット映像が反映される中で、パイロットがそのメットのバイザーを全て開いた為だった。

『繰り返します、ルヴァトワ二尉は現在、アテナの承認を得て『ライト=ブリンガ』に搭乗中。これより、『デュオニューソス』へと向かい、その『シールドの代替』としての機能解放を実行します。作戦は続行可能です――お願い、発進許可を頂戴、ソフィ、キリオ――時間が無いの。強制発進は出来ればしたくないわ』

 表情を空っぽにしたソフィが顔を向けてくる気配。ああ、分かっている。

 彼女にファーストネームで呼ばれたのは初めてだな――ふふっ。

 しかし、覚悟、その意味を彼女は分かっているのだろうか。苦笑い、いや違う。苦泣き笑いとでもいうべきか。なんで、涙が滲んできているのか、自分では分からない。が。

「ルヴァトワ二尉、覚悟があるのなら、やってみせろ。責任は俺が持つ――『デュオニューソス』にはこちらから連絡を入れておこう。やり様はあるだろうさ、分かっているよな、アテナ?」

「ちょっ――キリオさん」

 上半身ごと抗ってこようとするソフィを右手で制しながら、キリオは滲み掛けた涙を些か乱暴に拭い払った。説明する気にも、そして実はその必要性も感じていないが、今思えばこうなることは必然であったのかもしれない、と納得している自分がいる。『ダブル』だの『フェイク』だの、前振りだったのだな。

『アテナから説明を受けている。キリオ、分かっているよ――』

 別画面の中、固定されているライト=ブリンガのフレキシブル・ジョイントに『イージス』が装着されている様子をキリオは確認した。次いで、整備アームによって更に運び込まれてきた、『もう一つ』。そうだ、分かっているじゃないか――キリオは頷くことしかできない。実のところ、クリストファが健在であれば『同じことを要請していた可能性はあった』。当然、クリストファの方から申し出てきた可能性の方が高かっただろうが。

『『デュオニューソス』への連絡をお願いします。そして、作戦は『本当に初期の通り』で問題ないよ。いや、させるから!!』

 なんと、ライト=ブリンガはその両手に実盾『イージス』を装備していた。背面に機関砲『ブリューナク』は固定しているが、実剣『ムラサメ』の装備は右脇にただの一振り。今は必要のない『レヴァティン』はそのままで。デッドウェイトを増やしたくはないしね。

『正直、実戦闘なんてやれっこないよ。でも、『アタシ達』を遊ばせておくのは勿体ないよっ!!』
 完全に居直ったミランダが、そのスーツの束縛を解除させる様子を肉視する段にいたって、いよいよヒムラ・キリオは笑うしかなくなった。『彼女達』はそれなりの労苦を代価として支払って、あの場所に座っているのに疑いは無い。

『こんな事って――『こうならないと』ならないのか。向かう先はどうなる。クリス、ミラン――お前等、本当にこれで良いのかよ――』
 キリオは自身の感情、理性を繋ぎ止める糸の数々が音を立てて綻んでいっているのを知った。この数時間の中で、どれだけのことが起こってきたと言うのか。色々な意味で麻痺、仕掛かっているのかもしれない。
「そうだな――」
 画面の中のミランダがその上半身で乗り出し掛けて来るのを牽制した。強い決意、覚悟を示すその碧眼、視線をキリオは真っ直ぐに見据える。

「――そうだな、そりゃ勿体ないわな――」

 いよいよ、覚悟を決める時か。思ったより、その機会は早かったな、しかし。ソフィを始めとした艦橋組、参謀陣がキリオの決断を待っている。もう、迷わない。クリストファ・アレンが過酷な生贄(いけにえ)となったことを知った、あの時から定めていた――その対象が、一人増えただけだ、と考えることにする。最期まで、付き合ってやるよ。

 ――『お前等だけ』になんか絶対しないぜ。

 ――世界中がお前等を拒絶したとしても、俺は喩え一人になっても

 ――『お前等』を糾弾する奴等とは無条件に、そして徹底的に敵対してやる


 深呼吸。今はもう、迷いは無し。
「第二艦隊副司令官として命じる、ルヴァトワ二尉は可及的速やかに『デュオニューソス』との合流を果たせ!!」
 ソフィ・ムラサメの表情が反転した。おいおいおい、と目が口程に物を言っているがしかし。
『アイサア! 発進許可をお願いします!!』

「ムラサメ艦長、発進許可を出せ!!」
 腕を力強く組んだ状態で、キリオは言い放った。もはや、そこに一切の躊躇(ためら)い、逡巡は無い。

「発進を許可します――が」
 ソフィは、ここで息を一つ飲んだ。上手く、言葉が出てきてくれない。でも。
「ちゃんと無事に『ここ』に帰ってくるんですよ!! じゃないと承知しませんよっ!! 危ないことはしちゃダメなんだからねっ!!」
 赤面しそうになった。いや、したと思う。転送画面の中のミランダは元より、肝心のキリオまでもが呆けた表情でこちらを見てきている。
『あ、あははははは。ありがとう――ソフィ。勿論、帰ってきます。傷を付けたら怒られますものね』
 右頬を手袋越しの人差し指でポリポリと掻きながら、ミランダ。と言うか、彼女はどうやってそもそもクリストファの特殊スーツを入手したんだろうか、とソフィなどは思わないでもなかったが。事態のあまりの急展開に多くの人間が大事な何かを失ってしまっているそんな艦橋の中で、ソフィが改めて命令を下したのは、正にこの瞬間だった。

「作戦、続行!! 各自、鋭意を以てこれに当たるわよ!!」

 イエスメム、倣(なら)って返答したことをキリオは全く後悔しなかった。


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 脳天に軽い電気ショックを受けたような、そんなパイロットの初期認証を終了し、いよいよミランダを主と迎えた『ライト=ブリンガ』の三ツ目に蒼白い光が宿り立つ。
『モードは『ロータス』のそれに準拠させる。ちょっと操縦系が頼りなく思うかも知れないけれど、それは我慢してね』
 背面に杭を打ち込まれ、息が詰まる。これってほとんど『磔(はりつけ)』なんじゃないの?
「それでだいじょぶ。何か、問題があったらそっちこそ遠慮無くお願い」
 さすがにクリストファが実行している操縦モードの選択は論外も論外。
『細かな部分はオート補正が効きますが、針路、目標指定は基本的にやってもらうことになります。七面倒くさいかもしれませんが、口頭でも良いので事細かに指示してやって下さい。口と舌は、使う為に存在します』
 四肢の微妙な固定を始める特殊な操縦機器に身を預ける中で、ミランダは溜息を一つ。クリストファは、いつもこんな状態でRLに、デウス・マキナに乗らないとならないのか。四肢のマシン動作との直結、それが意味するもの。痒みであるとか、その他の不快な皮膚感覚が生じた時の掻破行動がこれでは全く、取れないということだ。実際、この掻破行動は人間の精神衛生上、必要不可欠の行動であり、現代の航宙スーツは基本的にある程度の部分に手袋越しでも指が通るポケットが備えられている。操縦桿、スロットルレバー、フットペダル――従来の航宙戦闘機であれば、それは時間と状況が許す限り、そんな行動も取れるというものだったけれど、RLのコックピットの『これ』はヘルメットを気休めに取り外せる、と言う『レベル』ですら無い。
「現時点で問題なし、とにかく早く飛び出したい。離艦はオートでやれるのかな?」
 この短時間で受けた感想を差し当りは表に出すことなく、ミランダは要求だけを口にした。
『減圧が終了し、発進の判断決心が定まったらスロットルをマイナスCモードに入れて下さい。告いで、口頭のそれで大丈夫。目標地点の算定と針路はお任せします』
「ブリッジ、聴いてる? 最短針路を算定して転送してっ」
 言っている間に、既に該当データが画面上に反映された。素晴らしい仕事の早さ!
『ブロック減圧まで要十秒』
 ちら、とサブディスプレイの残員状況を確認。大丈夫だ、気密服を着ていない人間は一人だって存在がない。耐衝撃緩衝液――通称『Gリキッド』がコックピット外周に満たされていく微かな音と自分の呼吸音、そしてヘルメットのマイクが拾ってくるコックピット内の様々な音。長い、微妙に長い十秒足らず。
『ミラン、宜しく頼みます』
 ソフィ・ムラサメ艦長の声だった。
「あいー」
 意識して気の抜けた返信を行ない、首を傾げて見せた。最後の最後、ソフィが何かを言い掛けたようだったが、確認する時間も勿体ない。真に必要なことであれば聞き取れないと言うことはなかった筈だし。さて完全に減圧が終了し、ブロックのエア・ロックが順繰りに解除されていくのを確認し、待ち構えていたミランダはアテナの指示通り、躊躇うことなくスロットルレバーを三段階、引いた。
「ライト=ブリンガ、離艦!!」
『了解!!』
 波動を打ち込まれ始めた対消滅機関が揃って呻りを上げる。想定される慣性負荷に備え、間接各部のトラクタビームがいや増しに光度を上げる。全長に匹敵する程のシールド『イージス』をそれも二つ、それぞれの肩ごとに抱え、さながら『蝶』のような状態のライト=ブリンガ。感慨深いものがミランダにはあったが、浸っている暇なんて全く無い。ただ。興が一つだけ、乗った。そして、意識する間もなく、口にしていたのだ。

「RLight=Bringer【RLotus】、ミランダ・ルヴァトワ出まッす!!」

 気を利かせたアテナが、コードネームの変更を直接ブリッジへと文字転送していたことは、余談だ。
「んふっ」
 一つ笑ってしまったオペレータのナナ・マネーシーはこれを受理。以降、ミランダが搭乗した際のライト=ブリンガのコードは【RLotus】となることになる。しかし、印象――印象は、変わるものだとナナは思う。クリストファが乗っていた時はさながら『剣士』、『女神』という印象があったそんな機体。そんな剣士でも女神でもなく、そう喩えるのなら――『妖精』だろうか。勿論、その身体と内奥に刃、攻撃力と破壊衝動をも多分に含んだ物騒な妖精だろうけれど。



 後に事情を少なからず知る者からは『時の魔女』と呼ばれ。

 一般的には『神槍ミランダ』としてその名を広く知られることになるミランダ・ルヴァトワの、本来は記念すべきデウス・マキナへの初騎乗は、混乱の真っ只中、ほとんど見送る人間もいない、そんな状況下で行なわれることとなった。


 後の【F.O.R.C.E】は中核を担う戦士であり。

 ユキト・ルヴァトワ・アレン・ムラサメの『母』であり。

 多くのライトニング・パイロット達の師であり。

 デウス・マキナ、ライトニングは24号機『紅蓮(ぐれん)』を駆り、ランケア(重槍)『ゲイボルグ』を携えて大宇宙をそれこそ縦横無尽に貫き抜いた『神槍(しんそう)』。

 その名前と響きは、ややもすると『剣聖』と呼ばれることになるクリストファ・アレンや、その称号を継承したユキト・ムラサメのそれよりも大きなものであったかも分からない。

 大いなる伝説の端緒。しかし現時点でその意味と意義に気付いている人間はいない。

 数少ない人間が、それでも真剣に見詰め続けている中、ライト=ブリンガはクリストファ・アレン以外の『人間』を初めてその子宮に宿し、燐光を撒き散らして飛び立った。

 まだ、西暦がしぶとくも使われていたそんな時代。

 2810年は、11月18日のことであった。

posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする