2631年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - IX

「どうにか処理しないと酷いぞ!」
 言い捨てて、レスターは指揮卓へとその巨躯(きょく)を戻した。単純だが、脅迫めいた――いや、脅迫だろう――物言いに対し、さすがのベネットも飄々としてはいられない。ぶたないで。
「た、直ちに」
 怯えながら、そして単純に言葉を返しておきながらも、その頭脳は混乱の極みにあるベネットである。今となっては、半ばの無理矢理の『積み込み』を行なってきた太陽系の上層部に大して恨み節に近いものまで覚え始めてしまっている。当時は光栄に思っていたが、もしかしてとんでもない『ババ』を引かされていたんじゃないのか。モノクルを再度装備し、その周囲に複数のディスプレイを起動、情報を確認――が、その多くが望んでいるものでは到底も、これは無くて。
『ええい、本当に何がどうなっているんだ』
 そう言葉にしたくなるのをどうにか飲み込まなくてはならない現状。『エスカトス・フレーム』はやはり、『ヒト』の手に余りすぎる代物だったのではないか。非人道的だの非倫理的だのと、そんな青臭いことに固執、議論する段階はとっくに過ぎていたが、これはやはり『神』の罰なのか。人間が手を触れてはならない、そんな『もの』はこの世界に頑として存在しているのではなかったか。
『『アーク』、腕部繋留器具を完全に破壊!』
 悲鳴に近い報告がベネットの右鼓膜をシェイクしてくる。
「主電源の切断はとっくにやっているよね?」
『当然です! ああっ、脚部まで――』
 自分自身、無駄と思える確認だったので特にベネットは落胆しなかった。第二モニターのライブ中継画像。その中では、『メーン・ユニット』を前後左右に激しく振りながら、身悶えを行なっているEF『アーク』、その薄灰色の姿があった。どんな経緯(いきさつ)がその過去にあったのかはほとんど分からないが――笑えないが、これが一番真実に近い――『アーク』は『あの場所』に最終塗装も施されないまま、ベークライトという羊水の中で膝を抱えて眠っていた。判明しているのはその機体各所に乱暴に刃物で刻まれた『ARC』という文字と、頭部にやはり彫り込まれた『JEANNE』。戦乙女、『ジャンヌ・ダルク』――そんな願掛けを、この制作者(?)が行なっていたことは、ロマンチストで無くとも容易な想像が付くというものだった。

 その名前に相応しく、白銀色にボディを染めてやろうとベネットなどは考えていたが……。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――』

 戦慄。そう、『アーク』が、いや『ジャンヌ』が吠えている。同時に、機体両足元のビンディングが激しく弾き飛ばされる映像をベネットはその目で確認しなくてはならなかった。『彼女』を積んでいるブロックは念には念を入れた多層構造となっていたが、このままでは。

 ――こりゃあかん

 情けないが、結論は一つ。

「司令官閣下、EFの担当責任者として該当ブロックのパージを要請します!」
 そんなベネットの真剣な声は、中々に珍しい物であるはずだったが、振り返ってきたレスターの表情に特別なものは何も浮かべられていなかった。
「……好きにしてくれ。『無益』どころか『有害』であるような代物はこっちから願い下げだ」
 上層部が期待していればこその『積み荷』であったが、一応、その『取り扱い責任』を受けているレスターであった。この際の『パージ』が意味すること、それも当然分かっている。
「総員、緊急退避!」
 それだけを命じながら、ベネットは頭を抱え、その場に崩れ落ちた。もう、絶望感と無力感以外の、何物も。






   ◆ ◆ ◆


「うあー……すげっ」
 オペレーターが、妙な呟きを上げたことを責め立てるような人間は誰もいない、『デュオニューソス』は第一艦橋であった。彼等の眼前には、到着したばかりの『ライト=ブリンガ』の光り輝く、その艶姿。ゆっくりと相対速度を合わせるそんな人型の、やはり人間のそれを模した両目が『デュオニューソス』を睥睨(へいげい)するかのような動きを取った瞬間、多くの乗組員が敬礼を反射的に送っていた。
『こちら、アレン。今、到着した。諸君、しばらくの間だと思うが宜しく頼む』
 最上級のプライオリティで繋がれたそんな外部通信。
「『デュオニューソス』艦長、マティス三佐であります。わざわざご足労を――」
『面倒は無しだ――本機はこれより、船首にドッキングする。大事にはならんと思うが、衝撃には注意してくれ』
 充分すぎる敬愛に値する、画面の中の幕僚長の表情は、幾重にも重ねられているのであろうメット・フィルタ越しでは全く確認できない。
「了解であります。ファルクラムは既に展開済み。これより誘導を――」
『いらない』
 こればかりは予想外だった。しかしなんと簡潔な返事なんだろう。
『自分でやれるから大丈夫。カウントは15から行なう。艦内アナウンスだけヨロシク』
「あ、はい……」
 実際に、艦長を含めた人間が呆然として見詰めている中、『ライト=ブリンガ』は機体各部に仄かな噴射炎を灯してゆっくりと反転した。最後の最後までその頭部がこちらに向けられていたことを知ったマティスは一つ、唸った。いちいち、人間臭い機体だなあ――と、この感想を抱かせるに至った彼の観察眼はなかなかどうして、大したものだったのだが。




    ◆ ◆ ◆


 クリストファが覚醒した、と報告を受けたキリオが憂慮したのは、そんな自分が彼に『しこたま』と殴られる可能性について。まあ、何発殴られても構わないが――殴られるぐらいで済めば儲け物かな。いずれにせよ、『殴れる』状態に『奴』があればそれはそれで。自分達は、これからいよいよ『大艦隊戦』へと向かうことになるわけで、果たしてどれだけの損害を被ることとなるのか。勿論、この『フォーチュン』とて例外ではない。連綿と変化を続ける艦隊図、及び推定される敵艦隊図。激しい電子戦の中、情報部は良くやってくれていると思う。ファイナル・ガーダである『ロータス』の穴を、どうにか補っていることなどは最大の賛辞に値する。ああ、そうだった。あれもどうにか形だけの修理をやっておくべきかな。遊ばせておくには余りにも勿体ない存在。しかし、今は。
「さあ、やるぞ諸君――」
 やることは分かっている。ほとんど、自分に言い聞かせ、覚悟する為のヒムラ・キリオの独り言、それでも発言に対し、幕僚陣が一斉に頷きを加えた。震え掛かる両手を後ろ手に組んだ。これから、自分が下す命令がどれだけの人間の未来を変えることになるのか。いや、そんな段階じゃないぞキリオ。吹き出る汗、同じぐらいに湧いてきた唾を飲み込んだ。

「総員、死ぬなよ――戦闘開始!!」

 無茶な願いであることも承知。

 しかし、口にせずにはいられなかったキリオの横顔を、『フォーチュン』の一斉射が染め上げた。



   ◆ ◆ ◆


「艦砲多数、来ます!! 前方のみならず、後方からも!」
 その推定される火線種別の一覧がオートで表示されて――レスターのみならず、その第一司令室の全員は絶句せざるを得なかった。
「耐ショック――」
 言い切れない。激しい衝撃が『フォート・リー』を揺さぶった。なんと、この史上最大の宇宙要塞、その中枢に至るまでの打撃破壊力とは!
「フィールド出力を全開に!!」
「無理です! 少なくとも前面部は保ちません!!」
「保たせろ!」
 無茶なのは分かっているし、そもそもが願望だった。なんと、『アルティマ級――もとい、トール級』を複数所有しているとは!! なんだ『こいつら』やる気マンマンじゃないのか!?
「損害発生!! 第一から第四カタパルト消失、第三から第五工廠に甚大な被害発生――」
 目の前が暗くなりかけた。荷電重力波、その砲撃威力の恐ろしさを侮っていたわけではなかったが、被害が大きすぎる。しかし、レスターやその参謀に取り、最悪の報告はこれにて終わらなかった。
「第二波、続いて第三から第四を確認っ!! 前方からは第六から八――!!」

   ・
   ・
   ・

「敵艦の素性は矢張り、かの『アルティマ』であるようですね」
 『トール』副長、ミレイユ・ランケラがそう報告してくるのを、艦長であるユウタイ・タカノは最大の信頼を以て受け容れた。正に今、そんな『アルティマ(確定)』からの荷電重力波を防いでいる、その最中。
「ふっ、売国奴の断末魔と言ったところさな――こちらは三隻、勝負は見えている。ワンサイド・ゲームは確定――さあ、どう『ぶっ殺して』やろうかねえ」
 ランケラ少佐は、常にないそんな艦長の品のない言葉遣いに、由来のない不安感を自覚する。敢えて注意喚起を行なうべきか、と思った。しかし、その瞬間だった。
「後方より高熱源! 砲撃!! マズイす――」
 馴染みのオペレータの報告。いや、悲鳴だった。具体的な報告をしなさい――とは、言い切れなかった。

 気付いた時には、血溜まりの中に蹲(うずくま)っていたからだ。

 バチバチと某の機器が電気的に弾ける音を立て、尋常でない煙がかつては第一艦橋だった空間を埋め尽くしている。副長の本能として、まずは艦長の健在を確認しようとしたけれど、これには大した労苦を必要とはしなかった。

 彼女の眼前に、千切れた上半身、その一部が転がっていたからだ。見紛うことの無い、艦長の専用の軍服だった。そして、やはりもぎ取られたと思しきその頭部が遠目でも。

「なにごと……」
 急速に人工重力が失われていっていることはどうにか体感できた。事実、磁性流体がその節々から急速に噴出されていっているらしい。ミレイユは立ち上がろうとした。その時、初めて分かった。右腕が、その肘の先から。そして、右脚はその腿からが失われていた。そして、失われつつある実重力の中、自分の眼前を流れていったものが自らの右腕だったことを知った。
「これ、夢よね」
 無意識の内に掴んだ、そんな自分の構成物『だった』右腕、その生々しい断面を眺めながら、ミレイユは自らの発狂を悟り掛けた。こんなんが現実なわけない。わけないよ。

 神の慈悲か。或いは、悪魔がこの舞台に飽きたのか。

 対消滅機関と、核融合機関の誘爆を受けて、ミレイユの身体とその精神は次の瞬間、原子にまで分解された。もう、面倒くさいこととか何も考える必要は、無くなった。


   ・
   ・
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「ト、トール――爆砕の模様!!」
「ふざけるなっ」
 堪らず絶叫した。いや、冗談ではない。虎の子の、『トール級』それもネームシップがこうも簡単に!?
「事実です! 無防備だった艦尾に直撃を受けた模様!!」
 『トール』には、数百名規模の乗員の存在と、数十機単位の艦載機がやはり。呆気のない。こうも、なんと呆気ない。
「フィールド展開を優先させつつ、残りの艦艇に当要塞を中心に陣形を組ませるんだっ」
 融通の利かなかった『トール』の艦長に対する恨み言は、それはある。確かに前面の艦隊と相対しろと命令は下したが、その背面を完全な無防備にしているとは思わなかった。とは言え、後背からの『アルティマ級』による攻撃はまず有り得ない、と判断していたレスターでもあったから、これは結果的に『トール』やその僚艦に対して偉そうなことは言えないのかも分からない。
「パージ完了、『ジャンヌ』の廃棄行為に承認を――」
 ベネットのその報告は、あまりにも間が悪かった。
「とっとと処分しろ!! それと以降、『ガラクタ共』のことで俺の耳を患わせるなッ!!」



    ◆ ◆ ◆


 ――こいつら、あたしを処分する気だ!?

 もう、『ジャンヌ』に迷いはなかった。それでも少しの遠慮と懊悩、そして由来の不明な意識の混濁があったから、ここまで堪え忍んできた。

 もう、義理を果たす瀬は無い。せめて、末期(まつご)の場所、時は自分で決めたい。

 ――取り敢えず、会っておかないといけない『の』が居る

 この『身体』になってから初めて、ジャンヌはその全身四肢、末端へと意識を注入した。大丈夫だ、行けるぞ、この『身体』!!

 ――サトヤマくん、ごめんね

 半身サイボーグのそんな微妙に大事なパートナーに対する、最後のお詫び。彼は、自分をとにかく犯し暴こうとする人達の中では、群を抜いて良い人だった。だからこそ、彼が優しく語りかけてきたことに対して、不覚にも反応を返すこと、数度。それでも結局、最後の最後まで、自分の気持ちを言葉で伝えきれなかったことは申し訳なく思う。いや、運が良ければもしかすると。

 ――ええいっ

 静かな集中に対しては激し過ぎる剛力により、『アーク』その全身を束縛していた拘束具、チェーンはその全てが破砕された。両腕に痛々しく残された拘束具がまるで手錠のようで痛々しいが、後でどうにかできれば。ともあれ、もはや自分を束縛するものは何もない。

 その擬似的な三ツ目に光を滾(たぎ)らせながら、エスカトス・フレーム『アーク』はブロック内で屹立(きつりつ)した。大丈夫だ、結構いける。これからどうなるかわかんないけど、取り敢えずプールしたエネルギーとプロペラントでどこか、世界の最果てでも数百年は眠れそうな勢いだわ。

 また寂しい、孤独な時間を得るのは微妙ではあるが、こんなところでぶっ殺されても仕方ない。とにかく、いつか何処かで出会える――出会えないかもしれない――『人間』の為に、自分は。

 ――つうかなんか武器無いのかな。素手で殴るのは痛いんだよ。何があるか分からないし『髪の毛』は使いたくないわ

 周囲を軽く、それでも精査した『ジャンヌ』の三ツ目はしかし、有り得ない光景を確認することとなる。

 既に重力どころか空気までもが失われつつあるブロックの中、気密服も着ていないで、ついでに不自由な筈の身体をバタバタさせている『馬鹿』がいた。必死に、こちらに辿り着こうとしていた途上だったらしい。が、次第にその動きが緩慢なものに。

 ――サトヤマくん

 無意識の内に。いや、有り得ない。『ジャンヌ』は自らの判断で、その左手を対象へと向けた。

 ――おいで

 酸素欠乏で、気を失ったそんなサトヤマを強引に、頭部はパイロット・ブロックへと放り込んだ。酸素供給と、そしてバンジーによるその肉体の束縛を実行。自爆装置のカウントにどれ程の余裕があるのかまでは分からない。急がないと。

 ――ええいっ

 念を、左手拳に込めた。強制的に生成される重力波が凝縮されていく。良い感じ。

 拳を振り上げるのと同時に、右脚で床面を強く踏み抜いた。その衝撃で、床面を構成していた複合材が音を立てて打ち抜かれたが、それが本来の狙いではなかった。トラクタ・ビームによる各間接部構造を有する『アーク』は、人体と非常に構造が類似している。蹴り付けた物理的エネルギーが理想的に左拳へ到達し、爆発的な破壊力を産み出した。

 ――やれた!

 『彼女』を束縛していたそんな実験棟は、こうして簡単に多層構造の壁を破られることとなった。

 残存していた酸素、物質諸々が堰(せき)を切って宇宙空間へと放出されていく中、『ジャンヌ』は一つ、その髪の毛を大きく波打たせる。黒ずんだ、まともな塗装も施されていないその装甲に、それでも続く爆発光が華を添えられる。

 ――さあ、何処にいる??? あなたは誰????




   ◆ ◆ ◆


 ぞくり。

 なんだ??

 クリストファは、その上半身を起こした。痛みは依然として残っているが、深刻なものではない――投薬を受けていることもあるだろうが。慌てて駆け寄ってくるマリベルを制しながら、日本刀『サクラフブキ』を杖の代わりとして立ち上がる。艦橋の様子を実況してくれていた室内備え付けスピーカーから、割れる程の歓声がたちまち溢れ出したのは、その時のことだった。

『やった!! 撃破!! やったやった!!』
『エテルナ自衛隊の根性を見たか、ゴロツキ共め!!』
『撃沈判定、出ました! 該当の艦艇、消失!!』
『イエッフウウウウウウ!!』
『あばばばばばばばば!!』

 歓声なのか、罵声なのか俄(にわか)には判断が付かなかったが。マリベルに何とは無しに振り向いてみたが、ただただきょとんとしている。状況が分からないのは、それはお互い様と言うものだった。

『怪(け)しからんぞ、バカもん貴様等――まだ戦闘は続行中だ――もっとやれ!! うははははははは!!!』
 これがキリオの発言であったことは説明するまでもなかろう。

『うはははははは!! やった、やったよー!!』
『俺達、やれるんだよう!!』
『エテルナ共和自由国に栄光あれーーーーーっ!!』
『っておめえそれ死亡フラグ!!』
『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』
『やめれーーーーー!!』

 相も変わらずの――と言うより露骨な煽りを加えたのは現時点での最高責任者だが――狂乱に近い大歓声は、全く止む気配もない。
「むう。この自分を差し置いてお祭り騒ぎとは……しかし撃沈というのは気になるなあ」
 小首を傾げ、言葉を続けた。
「艦橋へ行く――マリベル、航宙作業服の用意を。第二種で良いや」
「ですが」
 前回とは、異なって。クリストファは、とびっきりの笑顔をマリベルに向ける。それはそれは見る者、その全てを魅了する、素晴らしい笑顔だった。その気の『無い筈』のマリベルが、その両頬を紅潮させてしまう程に。
「座っているのも寝ているのも同じだよ」
「畏まりました――」
 抵抗を諦めたマリベルは、指定された第二種作業服の用意に掛かろうと簡易式クローゼットを開いたが、生憎とその第二種の用意が無いことに気付く。
「第一種ではいけませんか?」
 そもそも、なんで幕僚長は第二種を指定するのだろう。ほとんど、着たことも無かったと記憶しているが。
「第一種だと窮屈っぽくてなあ」
 わざとらしく胸部に手を当てながら、クリストファ。
「あ、左様で――それでは、ちょっと取ってきますからお待ち下さい」
 マリベルが足早に退室していく背中を見送って。

「すまんな、マリベル――」

 『サクラフブキ』を携えて、クリスは立ち上がった。艦橋に用向きなんて、無い。順調に事は進んでいるらしいし、指揮それ自体は『フォーチュン』にいなくたってやれる。

「問題は空いている『席』があるかどうか……ってか」
 一つ呟いて、クリストファはマリベルが飛び出していったのと同じドアから、退室した。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする