2630年01月01日
第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - X
「何をしているの、おばちゃん??」
繕い物をしている自分の元に無邪気な声を掛けてきたのは、クリスティナ・ローゼンベルク・アレンこと、ティナであった。ふっくらとした顔に母親譲りの銀髪、特注の『フォース』軍服が良く似合う。『DM02』と節々に刻まれているが、これは見る人間が見ればデウス・マキナ二号機『エンフォーサ』を示すものであることが分かるはずだ。
「うん――『肩上げ』をしているのよ。ユキトの分と、それとティナ、貴女の分のね」
「ユキトとあたしの?」
言いながら、ティナはもう一着のフライトジャケットを手に取って、実際に広げて見せた。より良く観察すれば『58』と言う自分達にとって特別な『数字』であるとか、『FIX-01-RL』に始まる様々なシンボル、意匠が確認できた筈なのだが。
「……なんか、小汚いねえ……」
表面的、とは言い過ぎか。そんな率直な感想は、九歳児ならではのものだったか。その正直さは、息子――そう呼んで許されるものであったら――であるユキトも、しっかりと持ち合わせてくれており、純粋に羨ましく思う時もある。それだけ、歳を取ってしまったと言うこと。
「それはそうよ、『お古』だもの。でもね、貴女のお父さんが来ていた物なのよ、どちらもね」
「えー、これを???」
裏を返したり、臭いを嗅いでみたりと、まるで小動物の眷属(けんぞく)と言ったところか。
「あ、『The TOP of ONES CAVALIERE(カヴァリエレ=騎士)』ってこれって『アッティカの戦い』の後でお父様がシュバリエ大統領から賜わった称号だ!」
好奇心が介在すれば、それは目敏くティナ。現金なものだとは思うけれど。
「そそ。確か、最初は『シュバリエ』号の付与を考えていたらしいんだけど、それは歴代大統領で、それも功績と指示を得た人間にだけ与えられるべき、って内々で一悶着があったらしくてね……ぶち切れたジャニス……大統領が、結局辞書と首っ丈になって強引に『シュバリエ』の古代イタリア語を引っ張り出してきたのよ――今思えば、あの頃が一番、みんな幸せだったかな……」
懐かしい、とは言いたくない。だが、確かに『黄金時代』と呼ばれる時代は厳然として存在して『いた』のだ。クリストファが笑い、キリオが煙草を美味そうに吸い、ソフィが小言を言い、スコットがフケ混じりの無駄な長髪を揺らして嘆き、フローラが泥酔して暴れ回る――ってどこが『黄金』なんだろうな、とは思うが。それでも。当たり前だと思っていた日々は、喪ってみて、初めてその真価が知れるというのはどれだけ神様は意地悪なんだろうと思う。
当たり前に存在した『当たり前』。
それはそれは掛替えのない、黄金の日々なのだ、やはり。
『約束』を護る為に、自分達はこうして精神と肉体、時間に鑢(やすり)掛けするような日々を送っているが。仕方ないね。少しでも、この金メッキ以下の状態から『黄金』に近付けねばならない。錬金術、終(つい)ぞ完成されることの無かったそんな学問分野があるが、それを強引に完成させようとしているのが自分達であるとも言える。そうだ、少しでも。少しでも、だ。千里の道も一歩から、昔の人間は上手いこと言ったもの。歩き出さなければ、何も始まらないし、一番暗いのは、夜明け前なのだ。
「で、『かたあげ』ってなに?」
思い出したように、ティナ。
「今の貴方達が、着られるサイズに肩の部分を詰めるのよ。そして、貴方達がきっちりと成長して手足が伸びたその時に、詰めていた部分を戻す。もともと、日本は和服の文化だったそうだけど」
「なんだか、凄く嬉しい……」
広げ見詰めていたそんなジャケットを、きちんと律儀に畳み直す辺りが女の子らしいと言うか何と言うか。
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。こうして、次に繋がっていけば、それでね。それだけでね」
懐かしすぎる映像だ。自分は、ミランダはいつだって彼のこの背中を追い掛けていたんだ。そして、その背中が自分の独占物には成り得ないことを知っても、それでも尚、今のこの時も。
「ごめん、何か変なこと聞いちゃっているかなあ」
ティナは、そう口にして俯(うつむ)いた。
「全然、変じゃないよ。それに、私が『貴方達』にやりたくって勝手にやっているんですもの」
言葉を飾るのは止めにした。実際に、ティナはその年齢に対して、非常に勘の鋭い子だ。何故か直情的な熱血バカみたいになってしまったユキト――いや、今思えば彼なりの処世術と言えるのかもしれないが……そりゃ幾ら何でも親贔屓に過ぎるかな、どうなのかな――と、一体全体何が違うとこうなるのか、となればそれは教育方針の違いに依ることは明白か。うーん、反省せざるを得ない。
「おばちゃん、次の『作戦』に出るって聞いた。ユキトも出るって言うけど――」
繕いの手を止めた。いや、強制的に止められたのだ、これは。ティナは、静かに、それでも盛大に泣いていた。息を殺して。
「ミランおばちゃん、死なないでね。で、ユキトも守ってあげて……今のあたしじゃ『エンフォーサ』は動かせないんだ……ごめんね、おばちゃんごめんね……役立たずだあ、あたし……」
ああ、これを彼女は自分に言いたかったのか。ミランダは慎重に針を戻したその手で、クリスティナの小さな身体をやんわりと抱き締めた。
「そんなの、謝る必要なんて無いの――ティナ、貴女には貴女にしか出来ないことがある。たまたま、あのアホユキトが今、やれるだけ。そして、勿論ユキトは死なないわよ。私も、まだまだ死ねない。ティナ、やれることを、やれる人がやれば、今はそれで良いの」
自分でも信じていないことを、言葉に込めるのはこれはなんと労苦を要とすることなのか。
「でもでも、無茶だよう――いやだよう、ユキトもおばちゃんも他のみんなも死んじゃあ、やだああ――」
かなり厳しい作戦であることは百も承知、そしてティナがそれを知らない道理は無い。
「大丈夫――」
ミランダは今一度、そのティナの矮躯を抱き竦めた。
「うぎっ」
「『神槍』に『二の打ち要らず』ってね。大丈夫よ。私達を、貴方達を妨げる全ての物を私は、排除するんだから!! この私を誰だと思っている!? ゲイボルグを担ぎ『ミネルヴァ』を従える魔女『ミランダ』なんだから!!」
――その通り!!
格納庫に控えるデウス・マキナ24号機『紅蓮』はその三ツ目に、ボディカラーの真紅と等しい炎を上げている。
伊達に、『ミネルヴァ』の称号を賜わっているわけではない。
『フェイク』は『フェイク』に非(あら)ず。
得物(えもの)『ゲイボルグ』の数十回目の検査、デフラグを実行させる中で、『ミネルヴァ』も覚悟を決めている。
『神槍』の乗機として、恥ずかしい真似は許されない。
◆ ◆ ◆
「へっきし――」
スーツ、そのヘルメットの中でミランダ・ルヴァトワは器用なくしゃみを行なった。
「誰が噂してんだろ」
『そりゃあ『フォーチュン』艦橋は大騒ぎですよ。ついでに、そろそろクリストファの耳に届く頃合いのような気もします。薬が切れそうなんで』
心なしか、アテナのそんな声も曇って聞こえるのは気の所為か。
「うげぇ」
心のままの嘆息は、そんな下品な呟きを以て代替とされたが。
『さて、砲撃来そう――』
「うん、分かってる」
ライト=ブリンガのその両足は完全に『デュオニューソス』はファルクラムに固定され、背面に設置されている外部ソケットから伸ばされたチューブもまた、その艦体へと直接繋がれているが、これは『大食い』のRL、その燃料負担を少しでも緩和させる為の措置だった。こんなこともあろうかと――『事有り』を想定して施されてきたそんな『クロノス級』の設計であったが、これはキリオを始めとするメイン・スタッフ達に対して賞賛は充分に与えられるべきものだった筈だ。
「ん、きた……」
実際に『デュオニューソス』からの展開要請を受ける形で、ミランダはそれぞれの腕に固定されていた実盾『イージス』の機能を展開。ほとんど同時に、その両腕を大きく広げた――いや、伸ばした。それぞれ、胴体より三十数メートルの位置。左右両舷を『イージス』が、そして中心部にライト=ブリンガ自身がフィールドを張る。都合三基――厳密にはRL自体には複数基の存在があるがこの場合は割愛――による相互展開により、実は『デュオニューソス』以上の出力で展開される防御フィールド。こんな只中に身を置くのは初めてであり――というかクリストファから数えて二人目だろう――瞬間的にその前方の画像がぐにゃりと歪むのを肉視するに当たって、ミランダは返す返すも自分がとんでもない機体に背中を預けているのだ、と思わずにはいられない。そんな自分達の影に、多くの艦艇が身を寄せ合っている光景をリア・カメラで確認。自分の両腕に、それら乗組員達の命と未来が掛かっている、と言う想像は身震いを誘発させてくるが、それは今は考えていたも仕方がない。いや、考えていないといけないんだろうけどさ。
『弾着!』
「余裕っ」
アテナの報告から秒と置かず、左舷は『イージス』面に直撃があった。種別は荷電重力波、そして遅れて数条の荷電粒子。余裕、と口にしながらもこれはなかなかどうして。怖い。いや、怖いってレベルじゃ……。クリスは、こんな戦闘をやってきていたんだ。微震動をそれでも続けるコックピットの中で、ミランダは果たして、何処から湧いてくるのか由来の知れない大量の唾を飲み込まなくてはならなかった。
「ぬあああああっ!!」
叫んだところで、出力比に影響があるものではないが。歪む前方、襲い来る『敵』の悪意に、それでもRLの力場は抵抗をしてくれている。
「『デュオ』、撃つんだろ、準備はどうなっている!? 反撃だっ!!」
◆ ◆ ◆
――全くあの馬鹿娘が!
そう息んだ瞬間に、鈍い痛みが肋骨全体に広がった。瞬間的な高加速に晒され、両目の充血は収まるところがなかったし、ついでに言うと両肩にも少なからぬ違和感を自覚しているクリストファであった。絵に描いた満身創痍の状態だったが、それでも両足と、そして末端である両手が無事なのは幸運だったかも分からない。
――しかし、それでもっ
耳に挟んだ断片的、しかし確定的な情報と、そして何よりもアテナの、アテネコの反応がないとなるとこれはいよいよ。
「馬鹿娘は『二人』ってことかよ……」
呟いてみると、いよいよ真実味が増してくる。どの様な経緯があったかは推測するしかないが、あの『バケモノ』の権化と言っても決して過言ではない『ライト=ブリンガ』の操縦はミランダには荷が重すぎる。操縦系統は複数が用意されており、基本的に動かすだけなら誰にだって出来るとは思う。付属(?)しているオペレーション・システムだって特にこれと言ったアップデートやらパッチを当てずとも不具合も起こさなければフリーズだって起こさない、そりゃ優秀な代物であるわけだ。しかし、それでも。
『戦闘させる訳には断じていかん』
実のところ、娘の様なミランダに対する心配は、それは当然。しかし、今のこの時は、エテルナ自衛隊最高責任者としての自ら、その在り方に天秤は傾けられるべきだった。冷徹とも言える、計算が優先される時とでも言うか。唯一無二、ワン・アンド・オンリー、ワン・オフの――まあ言い方なんてこれはどうでも宜しい――機体を失うわけにはいかない。実際、先のDMもどきと相対せるのは、そんな『ライト=ブリンガ』と、自惚れが許されるのなら自分、『クリストファ・アレン』の組み合わせしか存在がないのだ。
「さてと」
マリベルが無人の特別医療室に戻ってくるまでの時間は貴重だ。取り出した幕僚長専用の小型端末を操作、艦載機の一覧表を呼び出そうとして――くそう、どいつもこいつも『貸し切り』ときている――或いは、正規の整備手続きが施されていない数機はあったが、さすがにそれは論外は論外だろう。参ったな、いっそ『戦闘機』でなくとも構わないか――まで考えが至り掛けたその時。
「――!?」
立体画像に新たなウィンドウが加えられた。赤く強調された一画――どうやらこれは『フォーチュン』の艦内図のようだが、はて、これは今は使われていない格納庫ではなかったか。そもそも、どんな操作でこのウィンドウが開かれたのか、少なくとも自分は何も操作しなかったはずだ。しかし、クリストファ・アレンのそんなささやかな疑念は長く続くことはなかった。続いて流れるように表示され始めた文字列を見て、全ての得心が行ったからだ。
『クリストファ・アレンが医療室を退室した、その前提でメッセージを送っております』
から始まる、そんなメッセージ。もはや、送り主が誰であるか考えるまでもなかった。
『該当の格納庫に『59号機』の存在あり。整備記録は別途参照。特殊『E型』装備、ブースター・ユニット装備。同格納庫には簡易式ながら射出機構が含まれており、全てプログラミングは完了済み』
やれやれ。とんだ『娘』だな。どれだけこちらを先回りしていると言うことなのだろうか。或いは、それとも少しばかり考えにくい仮定ではあるが、『彼女』は『彼女』で不安なのだろうか。まさかね。
『願わくば、貴男がこのメッセージを読まれないことを祈っております』
メッセージは、そう締め括られていた。
ぷっ、と一度だけ笑っておいて。さて、クリストファは該当のブロックへの移動を急ぐ。
◆ ◆ ◆
『『アーク』、健在!!』
オペレータの悲鳴、連鎖して司令室内を広がっていく溜息。
「……あは、あはははは……」
そんな中で、力無く一人笑っているベネットを思わず、突き飛ばしてしまったハインリッヒ・レスターを誰が責められよう。いや、これは寧ろ、虎の子である『トール級』、それもネーム・シップをあっという間に喪ってしまった司令官として、鉄拳の行使が無かっただけ理性が働いていた、と賞賛するべきかもしれない。
「あいたたたた――」
尻餅をつき、一瞬だけ恨みがましい目をレスターに向けてきたベネットはしかし、自力で立ち上がる必要はなかった。
「貴様……」
レスターが、その驚くべき剛力でベネットの首元を掴み上げたからで、華奢なベネットの全身はほとんど、宙に浮かされている状態となった。
「ぐぐぐるじいでず――」
「……ふん」
時間的な消費と、肉体的のそれ、どちらも見合わないな、とどうにか折り合いを付けたレスターはそのまま、ベネットの体を半ば放り投げた。再度の尻餅こそ突かなかったものの、踏鞴(たたら)を踏んだベネットに対し、一言。
「『EF』シリーズの全機凍結。それが終わったら自室で寝ていろ」
「で、ですが自分には代理人閣下からの――」
これは、レスターとしては今、一番耳にしたくなかった言葉だった。先程の折り合いも何処へやら。
遂にレスターの鉄拳が飛んだ。
・
・
・
『相も変わらずバカオロカな人間達……』
そもそも最低限のデータ・アクセス権限も与えられておらず、今の状況がどうなっているのか『ジャンヌ』には全く分からない。ただ、ざっと走査したところでは宇宙空間戦闘が繰り広げられているのは間違いない。やれやれ、生きていくだけでも大変な空間で殺し合いですかそうですか。
『見慣れない星座だ』
そんな意志発露はしかし、一瞬。膨大なデータライブラリの中から、現座標は大まかに特定できた。なんと、エテルナ側とは。これは凄いな。
『さてどうしようか』
自分を『いちびり』続けて来た連中を原子レベルにまで分解してやろうか、と言う発想の誘惑は弱くはなかったが、火器がほとんど無い状態ではね。
『うーん』
小首を一つ、傾げてみた。それに合わせるように自慢のブロンド、『メーン・ユニット』がゆらりと動く。やはり、ここはそもそも自分の覚醒に確定的に影響してきた『臭い』を追うべきか。『ヨクト』の燦(きら)めき、臭い、雰囲気。まだまだ弱々しいそれは、しかし『私達』にとっての夢だった筈だ。その『光』を絶やすわけにはいかない。でも、なんでだろう。はっきりと思い出せないことが多い気がする――。
『まあ、良いわ』
差し当り、そんな『ヨクト』の臭う座標に飛んでみよう。何もなかったら、その時はその時だ。また眠りに着くもよし。
『一身上の都合により、家出させていただきます』
静かに宣言して、小さく会釈。ふと、その脳裏に――色々な意味で的確な表現だ――先程回収した『サトヤマ君』が過ぎった。連れて行くわけにもいかないなあ。自分はともかく、一人の人間を長期冷凍睡眠させるような機能はありません。仕様ですから。しかし参ったな、と真剣に悩み始めたそんな矢先に、先刻まで自分が閉じこめられていた檻、特殊ブロックの破材の群れの中、数基の脱出カプセルを見い出すことに『ジャンヌ』は成功した。記号、年式、推定される機能――検索、調査を掛けるのになんと0.05秒も要してしまったのは自分でも驚いたが、どうやら大丈夫みたいだ。『自分達の時代』と、フォーマットは同じ、国際宇宙基準であることに胸を撫で下ろしながら、頼りなく回転を続けるカプセルの一つを手に取った。ソケットを確認し、右手親指先端から露出した小型マニュピュレータでレバーを引き、露出したパネルを操作。救難ビーコンの発信と、空気の安定供給を確認。どうやら、四人乗りであるようだから充分。
『ちょっと荒っぽいけどごめんね』
耳元、つまりはコックピットブロック付近にカプセルの、その開閉口を宛がって。さあ、一瞬に集中する。サトヤマ君は何しろ、気密服を着ていない。
『いちにの、さん!』
コックピットが開け放たれ、猛烈な勢いでエアーが逃げていくのとほぼ同時に、救難カプセルには解除命令を放つ。気を失ったままのサトヤマを保持していたバンジーが少しずつ緩められ、その体がゆっくりと、しかし確実に浮き流れ始めて。実に呆気なく、サトヤマの体はカプセルの中へと収まった。当然、瞬時に両ハッチは閉鎖し、最後にもう一度だけ確認した。酸素も、非常食、飲料も充分。簡易冷凍睡眠剤を始めとする医薬品も揃っているし、ビーコンにも異常はない。まずは拾って貰えるだろう。
『縁があったら、また会いましょう――』
最後に最後、その人差し指でそんなカプセルを押し込んだ。少しでも、元の座標に辿り着けますように、と。
もう、『ジャンヌ』に全く迷いは無かった。
対消滅機関を臨界へ。
『ライト=ブリンガ』と等しい蒼白い燐光をその機体各部から露出させて。
淡い期待と、微かな不安を胸に抱きながら。
『ジャンヌ』は自らの羽根を大きく広げた。
◆ ◆ ◆
「今は、良くても今後はどうなるかしらね」
開発がいよいよ開始された都市部、そして満足すぎる食糧自給率を示すデータを一頻り眺めた後で、シュバリエは呟いた。
考えすぎだ、と人は言う。
遠い先のことまで考える必要は無いのではないか、と人は言う。
入植来、初めて収穫された茶葉。農民の好意で、大統領官邸に進呈された貴重すぎる日本茶の一杯を後生大事に傾けて。
そうだ。やっと、食べるのに困らなくなった。国民も食糧危機に怯えることはなくなったし、真の意味での文化的な生活だって少しずつ始まっている。先日のエテルナ初となる図書館開設のセレモニーに関しては、公衆の面前で思わず涙ぐんでしまった情けない自分がいた。
「だが、人は、人間は争いを忘れられるのか」
そんな独り言は、怖い。予言のつもりはない。
が。
少なからず、歴史を囓り学んできた自分は人の世から戦乱の文字が消えた時代が実に稀少――いや、絶無であったことを知っている。その面で言えば、これは予言ですら無いのかもしれない。
「願わくば、この平穏が永遠であることを」
貴重な日本茶を大統領官邸とは名ばかりのバラック、その『一階』――二階建てなんて上品ってレベルじゃねーぞ――の窓から掲げ、シモーヌは切に祈った。祈らざるを得ない。
「大統領閣下、お時間です――」
首から汗拭きタオルを掛けた副大統領の入室に気付いたのはその時だったか。元、太陽系惑星連合宇宙軍は大尉、クリストファ・アレン。パイロット上がりの小柄で、それでも大層な美男子であり、肉体派では断じて無かったはずの彼はしかし、今や健康的に日焼けしたそれはそれは別の意味で魅力的なアウトドア人間となってしまっている。鉄砲撃ったり艦載機乗るよりこっちの方が向いているようですな、と本人もまんざらではないようだ。泥だらけの作業服から察するに、ジャガイモ畑での労作を終えたその帰りなのだろう。
「ああ、もうそんな時間か」
答えておきながら、私は。シモーヌは、卓上に無造作に置かれているトラクターのカードキィを手に取った。今なお、貴重で数少ない重機であり、操縦も果ては整備も私の管轄下にある愛機。さて、今日はどれだけ開墾してみようか。クリストファから手渡されたヘルメットと汗拭きを装着しながら。
私は、トラクターへと向かう。
これは、私の誇り。
この平穏よ、永遠であれ。
人の世に、光あれ。
ああ、そうだ。
「クリス、この星の正式な名前だけどさ、『エテルナ』ってどお?」
そんな私の突然の発言に、担いできた鍬を傘立てに置き掛けていたクリスの動きが止まる。
「不勉強な自分ですが、それはラテン語やフランス語で『永遠』を示す意味でしょうか?」
話し方も、そしてその振る舞いも農夫のそれから一転したクリスが言う。なんだか、不思議で面白い。
「そう。まあ、私も『おフランス』系の人間だからね。身贔屓もあるかも分からないけど。どう思うかな、って思って」
全くの事実であり、今更にクリスに話す必要もないことだった。
「素晴らしいと思います。自分も、この平和がずっと続けばいいな、と思いますし」
いよいよ完全に軍人に戻ったクリスが、そう言ってくれた。
「そっか。じゃあ、瓦版(かわらばん)で出してみよう。うん」
そして一週間を経ることなく。星の名前は『エテルナ』に決まった。
神様、この日々が、平穏な日々が永遠に続かせて下さい。
多分、無茶なんです。無茶な願いなんです。
でも、祈るぐらいはさせて下さい。
私達の子供、子孫達に少しでも、一つでも多く、素晴らしい未来がありますように。
【Forever Eternity for ALL】(エテルナよ永遠であれ)
wish for the all, not only us but also for the all belongings
(願います、全てのものの為に。自分達だけでなく全てのものの為に)
we just need something to eat and something live
(何か食べるもの、寝るものが欲しいだけなんです)
we never wish what we can not get
(手に入らないものを欲しがろうとは思いません)
we just need just need something eat and live
(本当に食べるものと寝るところだけあればそれでいいの)
we are now astro children
(今や私達は宇宙の子)
far away from mothers but we are not alone
(母親から遠ざかったけれど私達は孤独じゃない)
cause we are all comrade and family
(なぜなら私達は同志であり、家族だから)
Eternity, Eternity, ETERNA, be peaceful for, forever
(永遠に、永遠に。エテルナよ、平穏であれ)
作詞者、作曲者共に不詳。
後の、エテルナ国歌と、しかしこれはなった。
シモーヌ・シュバリエ、没してから二年後のことである。

