2710年01月01日

第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - I


「ああ、全くもう――毎日疲れるわねぇ」
 式典用と言う事で着用していたハイヒールを派手に脱ぎ散らかしながら、彼女はソファに大きく崩れ落ちた。マッサージ・サロンを兼ねたエステ・サロンに丸一日、篭もりたいところではあったが、生憎と状況がそれを許してくれない。
「ふう」
 いっそ、このまま眠ってしまおうか、と考えたが、明日からの上院議会は体力が勝負であるとも言える。ここで眠ってしまっては体力の回復もおぼつかない。
「お飲物をお持ちしました――」
 どうやら、重厚な扉に対してノックは行われていたらしい。全く気付かなかったが、まあ、いつものことであるとも言える。現に、そんな主人の生活態度に馴れきっているメイドは当たり前のようにそのテーブルに各種飲料を並べてくれていた。
「今日はお酒は要らないわ――冷えた紅茶だけ、置いといてくれる? マリベル?」
 ソファに寝っ転がったまま、その左手を物ぐさに振りながら、マリベルと呼ばれたメイドに注文を行う。
「――お食事は本当に要らないのですか?」
 頷きながら、マリベルと呼ばれたメイドが尋ねてくる。
「ありがとう。でも、軽く摘んできたから――」
「どうか、お体ご自愛下さい」
 物憂げな表情を一瞬だけその白皙に乗せて、マリベルは退室していった。

 ――体を自愛ねぇ

 全く――この役職に就いてから、全く全く禄なことがない。友達と会える回数は明らかに激減したし、婚約者にも逃げられた。まあ、婚約者に関してはこの程度で逃げ出す男であることが分かって、寧ろ助かった位だけど!

 ああ、でも。

 一日、六時間は睡眠を摂りたい。心無しか、ここ数日は肌の張りが悪くなったような気がする。アイシャドーを引いていないはずなのに、どうも目元に陰が深まったようにも感じられる。いやーん。

 このまま、オバアサンになっていってしまうのだけは勘弁して欲しいなぁ。

 そんな彼女が寝転がったまま、卓上のポットを手に取ったその時だった。


 マリベルが、ノックも行わず、転がるように室内へ飛び込んできた。

「ノックはしてよ、マリベル――」

 悪態を吐いた彼女だったが、その常は沈着冷静なスーパーメイド、マリベルが動揺を極めているのが手に取って見えた為、それ以上は続けなかった。


「だだだだだだだだだだだだだ」

「落ち着きなさい、マリベル。何があったの?」

 彼女がその片手に通信端末を持っていることを、ようやく彼女は知ることができた。


「大統領閣下!! 緊急事態ですぅぅぅぅぅッ!!!!!!」



    ・
    ・
    ・

 話はこれより、一時間ほど遡る。



 とある小型宇宙艇の内部での物語。その船殻には、『エテルナ航宙警察』と、文字が刻まれている。
「なあ…どうだ……そろそろ、僕ら――身を固めないか?」
 操縦席にて操縦桿を握っている男性警官が、隣の副操縦席で計器のチェックを続けていた女性警官に対して口を開いた。
「ああ……ジャン、その言葉を待っていたのよ…」
 プロポーズを受けたその女性は、目元を潤ませながら、深く頷いた。
「キャシー…僕のために味噌汁を作ってくれ」
 ジャンと呼ばれた男性が、艇の航行をオートに設定しつつ、キャシーの手を柔らかく握り込む。
「うわあ、それはベタでちょっと幻滅」
 わざとらしく『引いて』見せるキャシー。
「からかわないでくれ。僕ぁマジなんだ」
「分かっているわよ、ジャン――ちょっと意地悪してみたくなった、だ・け・よ♪」
 暫し、見つめ合う二人。

 やがて、そんな影が重なり、熱いキスへと移行する。

 ――全く、彼ったらグズなんだから

 キャサリン・エッシェンバッハは、恋人と熱いキスを交わしている最中、そんな事を考えていた。全く、いつになったら申し出て貰えるのか、こちらは気が気じゃなかったのよ。

 長い口付けを終え、ジャンことジャン・サオトメはキャサリンの肩を引き寄せつつ、彼等の目の前に広がっている【ネビュラ・リーヌ】を指差した。

「ご覧、リーヌも静かに僕達の未来を祝福してくれているよ――」
「ああ、ジャン――あなたと出会うことが出来て良かった………って――え」

 キャサリンがその身を硬直させた。そんな恋人の動作に困惑し、ジャンはゆっくりとその視線の先に自身の目を向けた。

 朧な光の渦の表面が波立っているように見えた。

「――何ッ!?」

 本来の職種に自分自身の精神を引き戻したサオトメ巡査長は、慌てて自機の端末を操作した。
「――おかしい。船が出てくる予定なんて、登録されていないぞ??」
 これはリーヌ離脱を船舶が試みている前兆現象であることに疑いの余地はない。パトロール艇に備えられている簡易重力波レーダーを巡査長は起動させる。内部深淵までの走査は不可能だが、その表面上で起こっている現象程度であれば充分に調査は可能であった。
「質量――んがっ!?」
 これから飛び出してくる物体の全長900m弱、とパトロール艇の主端末は判断を下していた。
「こっちでも確認したわ。確かに変よ――ッッッキャアアアアアア!?」
 冷静に続いたエッシェンバッハ巡査部長だったが、その次の瞬間には盛大な絶叫を上げることとなってしまった。


 リーヌの表面が細かく泡立った、と彼等二人が揃って認識したその時、そんな対象が一斉にその姿を現したのである。
「は、早いよっ――速度、計測不能――?」
 巡査部長が言葉を抜く暇もなく、そんな対象はあっと言う間に、パトロール艇の至近にまで到達し、『不自然な』減速を開始。
「なななんだよ、これぇ――」
 鼻水を大きく垂らしながら、ジャン・サオトメ巡査長は上司の左肩に縋り付いた。有り得ない――自分達の艇はリーヌ突入面から、かなりの距離が離れていた筈であるのに、一瞬でこの位置にまで飛来して。なおかつ、不気味なほどに急激な減速を行っている。ここに至って、ようやくそんな対象が『船舶』であることを二人の乗員は知ることができた。

 ――900メートルに近い船舶だなんて!?

「本部、本部!! 聞こえますか、こちら巡視艇1057番!」
 頼りのない部下をその右手で押しのけながら、幾分冷静な巡査部長が情報通信衛星【カハヤ】に設置されている本部へと連絡を入れた。
「本部、認識されていますよね、これはなんなんです――ッ!?」
 半ばヒステリーの状態に陥っている上司兼恋人のそんな姿を客観的に見ることで、サオトメ巡査長は自分自身を少しだけ取り戻し――そんな折り、通信端末の一つが着信のある旨を主張してきている事に気付いた。上司の許可を得ようかと考えたが、そんな彼女は本部との通信を行っている最中であった。やむなく、サオトメは自ら通信を開くことにした。本部からの通信コードではなく、送信者はUNKNOWN。恐らく、彼等の前方に突然出現した件の船からの通信であろう。一抹の不安はあったが、巡視艇に於いては通信の無制限受信は規則でもある。サオトメはインカムを確かめながら、そのスイッチを親指で跳ね上げた。
「こちら、エテルナ航宙警察、カハヤ署所属、巡視艇1057番。ジャン・サオトメ巡査長である。オーヴァ?」
 ガリガリ、と言う音しか返ってこない。だが、サオトメがその表情をいよいよ顰(ひそ)め始めた時。

『こちら、元太陽系惑星連合所属、強襲巡洋艦【フォーチュン】よりの通信である。貴国の代表者と話がしたい。こちら、元太陽系惑星連合宇宙軍所属、クリストファ・アレン元大佐! オーヴァ――』

 サオトメは首を大きく捻った。なんだ、この通信は。上司であるエッシェンバッハ巡査部長に目を向けるが、未だに彼女は本部との通信の真っ最中であった。
「こちら、サオトメ巡査長――申し訳ないが、貴船の通信内容の意味を理解できない――今一度、説明を要請する――オーバ」
 一体、何が『元』だってんだ。やたらと繰り返されたそんな『元』だが、何を相手が言いたいのか、全く理解できない。しかも、巡洋艦と言ったか? それは戦闘艦艇と言うことだろうか。馬鹿馬鹿しい。リーヌを抜けて軍艦が来るだなんて話、聞いたこともない。もしや、同僚のドッキリなのではないか、とすら思えてくるサオトメだった。更に『貴国の代表者』と来たものだ。大統領までも巻き込むつもりなのか。それはギャグの範疇を逸脱するぜ――サオトメは一人、苦笑した。恐らく、こちらのデータを弄くりでもして、自分達をからかおうとしている奴等がいるんだろう。自分とキャシーの交際を冷やかしている同僚の心当たりは充分過ぎるほどにある。

『本艦は太陽系惑星連合宇宙軍にて、貴国を侵略するために建造された最新鋭の戦闘艦である。だが、我々はそんな戦闘艦を奪取、逃亡を図って今へと至っている。これは、断じて演劇などではない!! 信用をして貰えないのであれば、本艦をこのまま直進させ、エテルナ本星へと向けるまでである。サオトメ巡査長、それで宜しいのだな!?』

 語尾のオーバーも糞もない。どうやら、元軍人とうそぶくクリストファ・アレン氏はいよいよ、本気になってきたらしい。まあ、こんな見え透いた演技ではこのサオトメさんを騙すことはできない。巡査長は殊更に声を高めながら。
「――演技力に欠けているな。それじゃあブロードウェイは飾れないぜ、アレンさんとやら。オーヴァ」
『――了解した。信用を頂けなかった、と判断をさせて頂く』
「ああ、好きにしな。大体が、そんな図体でエテルナに突っ込めるかってゆーの」
『ご心配いただき、感謝する。貴殿と話す必要はこれ以上は無い。さよなら、サオトメ巡査長』
「それ以上ふざけると、公務執行妨害でしょっ引くぞぅ」
 だが、返信は返ってこない。
「おい、聞いているのか、アレンさんとやら!」
 返信は返ってこない。


 そして。そんなサオトメの目の前から、件の宇宙船は文字通り、消え去った。

「はーっ、良くやるモンだ――」

 サオトメは心から、自分の愛機のプログラムその他を見事に弄くり回した同僚達の腕に感心した。メインディスプレイへの干渉なんてどうすれば果たせるのか、皆目見当も付かなかった。

 だが、そんな感嘆を長く続けることは出来なかった。恋人であるはずの巡査部長から鉄拳が飛んできて、彼の左頬に炸裂した為である。
「――な、何するんですか、巡査ぶちょおおおおおおおおおおおおおっ!!」
 頬を抑え、涙すら浮かべながらサオトメは盛大に抗議した。
 
「この――この――大バカ野郎!!」
 
 恋人の抗議には全く応じることなく、エッシェンバッハ巡査部長は操縦席の通信機の主権を自分の側に移す作業を行った。シート脇に放り込んでおいたインカムの付属したベレー帽を掴み上げて、叫ぶ。

「待って下さい! 部下の非礼をお詫びします!! こちら、巡視艇1075号艇!! キャサリン・エッシェンバッハ巡査部長!! 応答願います!!」

 返答が返ってこない。

 今一度、巡査部長が恋人兼部下に鉄拳を振るい掛けたその時。

『こちら、クリストファ・アレン。貴殿は先のサオトメ巡査長の上司で有ると言うことか』
「如何にも!! 部下の非礼は後程、如何様にでもお詫びさせていただきます! 今一度のお話しを!!」
『了解した。本船は機関を停止する』
「感謝する――え、ええと――貴船の名前は?」
『FORTUNEと言う。以降はその名前でコールをしてくれると助かる』


   ◆ ◆ ◆


『お待たせをした。カハヤ署、第一級署長のキョウジ・ヤザワ警視と申します』
 フォーチュンの正面ディスプレイに、そんなヤザワ警視の上半身が表示された。同時に、クリストファ・アレンとヒムラ・キリオの映像も向こうに送信されている筈である。クリスとキリオは敬礼は行わず、その頭を揃って下げた。
「初めまして、ヤザワ警視。小官は元太陽系惑星連合宇宙軍所属、クリストファ・アレン元大佐であります」
『先立っての部下達の失礼な行動をお詫びさせていただきます、元……で宜しいのですかな――大佐殿?』
 こちらからは確認できないが、そんなヤザワの手元には多くの資料が並べられているのだろう。画面の中で一瞬、その視線を落とすのをクリスの目は捉えた。

「如何様にもお呼び下さって結構です。何せ、私は今や無官の身でありますから」

 顎に手を当て、微苦笑を浮かべているクリストファはフォーチュン内に於いて制作された特殊な軍服を身に纏っている。ベージュが基調となり、その節々に文字が刻まれている。胸元、左腕、そして背中にはミランダとマノアが共同でデザインに当たったフォーチュンのシンボルマークこと『ハイランドの妖精』が強調されており、更にクリストファは特権的にそのノーズ・アート――やはりミランダによって描き起こされたもの――を右腕に飾っている。キリオも原則的にはクリスと同様のフォーチュン制服に身を包んでいる。馴れない軍帽をやや窮屈そうにしつつ、彼の右腕には『鑿(のみ)と木槌』をあしらった図柄がプリントされている。これは、リンダ・フュッセルを除いたアルファの全員に等しく与えられているものでもある。

『宮仕えから解放されたとは羨ましいお話しですな――』
 そう言って、ヤザワは声を立てて笑ったものだった。
「なかなか楽なものです。お薦めしますよ、警視」
 半ばの社交辞令として、クリスはそんな言葉を返す。
『夢としては持ち続けておきましょう――さて』
 ヤザワ警視がその襟を正してきた。クリスとキリオも等しく、その背中を伸ばした。
『――簡単なお話は伺いました。先刻、大統領府には私の名前で連絡を入れさせていただきました』
 クリスは素直に頷いた。
「迅速な行動に感謝します――ヤザワ警視」
『いや、なんのなんの。こちらがしでかした非礼な行動の数々に比べれば――誠に、申し訳ない――該当の巡査長に関しては厳重注意を与えておきます故――』
 卓上に手を突いて謝罪を行ってくる警視だったが、これはなかなか太陽系ではお目に掛かれないことだ。公的機関のトップに位置する人間がこうも簡潔に非を認めるとは。
「確か、サオトメ巡査長でしたか――いや、あまり責めないでやって下さい。気にしていませんから」
 クリスの言葉に、隣のキリオが「うんうん」と相槌を打った。
『お心遣い、ありがとうございます。まあ、減棒一ヶ月程度には留めておきましょう――』
 言いながら、ヤザワが卓上を探る動作を行った。いよいよ、本題に入る腹積もりなのだろう。
『幾つか確認をしておきたい点があるのですが宜しいですか?』
 ヤザワは身長に言葉を選びながら言ってきている。
「無論です。お答えできることであれば、のお話しですが」
 
『まず最初に、貴船――いや、貴艦とお呼びするべきか――には全部で何名の方々が乗り込まれているのでしょうか?』
 ゆっくりと丁寧に、ヤザワが質問を行ってきた。
「62名です。いや、リーヌ航行中に63名になりました」
 これは意識して、クリスは答えた。半ば用意していた回答だ。
『――? 63名に、なった?』
 ペンを片手に持ったヤザワがその太い首を大きく傾ける。
「ええ。リーヌの中で誕生した赤ん坊が一人、おります故」
 淡々としたクリスのその言葉を受け、ヤザワ警視の巨体が目に見えて大きく揺らいだ。
『――なんですと?? あ、赤ん坊??』
「はい」
 クリストファの回答は素っ気がない。
『さ、左様ですか――何と申せばいいのか――めでたいことではありますね』
「ええ。めでたいことです」
『――ごほん。ええと、63名の内訳と申しますか、正規軍人の方は何名いらっしゃるのでしょうか?』
 気を取り直したヤザワが眼鏡の位置を正しながら尋ねてくる。
「正規軍人は一人も居ません」
 ほとんど即答でクリス。
『失礼――これは質問がまずかったですね――ええと、元軍属の方々はどれ位いらっしゃるのでしょうか?』
 クリスは小首を傾げながら、指でカウントを取った。
「――7名、かな」
 ヤザワ警視はやはり、目に見えてたじろいだ。
『は――なななな、7名ですと?』
 不安になったクリスは再度、指折り数えた。今度は胸の前で。自分、ソフィ、フローラ、スコット、リオン、ライル、チャーリィ――
「ええ、やはり7名で間違いありません」
『す、すすすると、他の方々は如何なる――その――』
 どうやらヤザワには理解不能な現実であるらしい。もっとも彼に限ったことでは断じて無いだろうけれど。
「They're all Civilian(彼等はなべて民間人です)、ヤザワ警視」
 クリスはやはり即答。
『民間人!?』
「はい。この船の建造に従事した、ラリー・インダストリーの元社員達です。このヒムラ・キリオもまた、そこの所属でした。現在、本船の副司令官としての位置付けにおります」
 キリオを右手で示しながら、クリスは説明を行った。
「初めまして、ヤザワ警視。紹介に預かったヒムラ・キリオです。私を含め、56名は確かに軍属ではありませんでした」
『ラリー・インダストリー…ですか。そのご高名は存じておりますが――あ、えっとこちらこそ初めまして、ミスター』
 ヤザワは通信の向こう側で大きく肩を落としたように思えた。その体はどうも、最初の印象より小さく見える。
『――副司令、と仰いましたね? すると、アレン殿は』
「私は、司令官と言う位置付けに置かせていただいております」
『司令官――ですか。軍隊用語に私は精通していないのですが、それは艦長職と同義なのでしょうか』
「いいえ。艦長は別におります。紹介しましょう――」
 クリスが二言三言の指示を行い、カメラがズーム・アウト。
「フォーチュン艦長、ソフィ・ムラサメです。お見知り置きを」
『宜しくお願いします――そうですか、女性が艦長を――』
 卒無く、艦橋の構成員を眺め渡したヤザワであった。どの人物も大変に若いように思えてならなかった。
「そう言うわけです」


   ◆ ◆ ◆

「クリストファ・アレン――ですって?」
 秘書官からの報告を受けた大統領が、尋ね返す。
「はい。なんでも太陽系惑星連合宇宙軍所属の元軍人であったそうです」
 直立不動の状態で答える男性秘書官であった。
「事実なの?」
「はい。データ・ベースを検索したところ、該当の人物が確かに存在しました。登録されていた顔写真とも一致している、とカハヤ署のヤザワ警視から報告が上がっております」
 大統領は運ばれてきたばかりの紅茶を一口だけ、含んだ。
「クリストファ・アレン――その資料はこちらで出せる?」
「はい。直ぐに部下が資料を持ってくる手筈になっております」
 壁に掛けられた古時計を一瞥しながら答える秘書官。その部下がファイリングを行っている最中だろう、と言う推察は大統領にも行える。
「ありがとう――ううん」
「どうかなさったのですか? 大統領??」
 語尾を濁らせた大統領の言動に対し、秘書官は速やかに応じた。
「Chricetopher=Allen――これって、昔の友人の名前と同じなのよ」
 再度カップを持ち上げながら、大統領。
「そうですか――しかし、ありふれた名前ではありますね」
「そうでしょうよ。でも、嫌な偶然だわ」
「大統領の知っているクリストファ・アレンとはどのような人物だったのです?」
 自分の部下が資料をまとめて戻ってくるまでの私語であれば問題が無い、と判断した秘書は質問を掘り下げた。
「ミドル・スクール時代に地球に戻って行った子よ。クラスメートであり、大変な美男子だった」
「地球に、ですか――それは珍しい話ですね」
「そうよ。今でも忘れられない。ちょっとだけ、好きだったかも知れないわね、私」
 それはそれは――と、苦笑いを浮かべながら小さく呟いた男性秘書官であった。

 そんな内に、彼の部下である女性職員がファイルを抱えて入室を行ってくる。
「お待たせしました、チャン秘書官」
「ご苦労――大統領に直接、お渡ししてくれ」
 その左手を大統領に向けながら答える秘書官であった。
 
「ありがとう」
 礼を述べながら、大統領は手渡されたファイルを無造作に開いた。次の瞬間、目が点になる。
「フレデリック!! クリストファ・アレンはこの人で間違いないのですかっ!?」
 次席秘書官、フレデリック・チャンと女性職員は突然の大統領の絶叫にその体を大いに硬直させた。
「間違い、ありません――データ・ベースの不具合は検出されておりませんし、それに何より――その写真はつい先程、カハヤ署から送られてきた映像をプリントしたものであり――」

 大統領はフレデリックの言葉が終わるのを悠長に待ちはしない。
「カハヤに命じて、録画している現在の会談のデータを即時、転送させなさい! 前倒しで、私自ら確認します!」

「未だ、情報局がプロファイリングを行っている最中ですが――」
 不可能と悟りつつ、抵抗を試みるフレデリック。

「大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエの名前で命令します! 急ぎなさいッ!!」
いよいよ大統領はバンッ、と卓を大きく叩き付けた。
「わ、わかりましたっ――」
 仰け反ったフレデリックは女性職員と共に、這々(ほうほう)の体(てい)で退室していった。

「まさか、まさか――そんなことが――」
 エテルナ共和自由国大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエは引き出しの中から一つの額縁を取り出した。
 その集合写真の中では十五才だった自分を含め、テリー・ロイスと肩を組んだクリストファ・アレン少年がバレーボールを片手に、にこやかな笑顔を向けてきていた。


 有り得ない。


 彼は。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2709年01月01日

第II光:『光臨』 第一章 驚天動地 - II


 一連の説明を三十分余りも行い、ヤザワ警視から一時休憩の提案があってから小一時間が経過した。未だ、先方からのコールは無い。休憩とは名ばかりのものであり、先方として、充分な考察を行う時間が欲しかった為の建前であることは明白だ。恐らく今頃はありとあらゆるデータを専門の機関がクリーニングを行っている状態だろう、とクリスは推測していた。
「先方はどうも――太陽系側から我々の情報を受け取っている、と言う事は無さそうだな?」
 軍帽で自分の顔を扇ぎながらキリオ。
「ああ。そんな感じだったね――ヘイスティングめ、何を考えているのやら――」
 リーヌの中で幾度と無く、この件に関しての議論を交わしてきていた彼等であった。クリスの今後予想の中には、自分達がエテルナに到達する前に、太陽系側が自分達を重犯罪人と指定して、エテルナ政府に身柄の拘束要求なりを密かに打診する、と言うものがあった。カハヤの能力をもってすれば、フォーチュンの到着よりも早く、エテルナ側に通信を行うことが出来るのだから。
「でもまあ、どんな思惑にせよ、楽と言えば楽なんじゃ?」
 キリオが軍帽を戻しながら言ってくる。
「――そうとも言えないよ。向こうは平静を装っているだけ、と言う可能性もあるし」
 こちらは少しだけ苦い表情を作りながら、クリストファ。
「そっか――そりゃそうだ」
「まず疑って掛かる、と言うのは好ましいところではないけど……これも、仕方無しさ」
 そんなクリストファの表情は大変に暗いものであった。


   ◆ ◆ ◆

 結局、ヤザワ警視から再度のコールがあったのは一時間半後の事であった。

『クリストファ・アレン司令、大統領が自らお話しを伺いたい、との事ですが宜しいでしょうか?』
 自身も又、状況にその精神が追い付いていないのであろう。ヤザワはその表情の中に強い困惑の色をも含んでいた。
「はい。喜んで――ちなみに、こちらの資料では貴国の大統領はモンド・アバーレスク氏となっておりますが、間違いはないでしょうか?」
 クリスのこの発言はフォーチュンの中にある最新情報に依るものだ。もっとも最新とは言え、一年程も前の情報ではある。無論、エテルナの情報が太陽系に伝わるのに少なくとも数ヶ月を要する、と言う特殊状況がその根底にあるからだ。
 だが、こんなクリスの言葉に対し、ヤザワはその表情を幾分、改めた。
『――えー、実は先月、件の大統領は罷免されており、現在は新しい大統領になっております――ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエと言う女性の大統領です』
「変わったお名前ですね――シュバリエとは、しかし?」
 敢えて『罷免』には触れず、クリストファ。
『はい。国民の支持率が90%を越えた場合、『シュバリエ』姓を名乗る事を許される風習が本国にはございまして――』
「なるほど、大シモーヌ・シュバリエに肖(あやか)って、と言うことですね」
『はい、左様です。では、そろそろお繋ぎして宜しいでしょうか?』
 クリスの口から彼等が敬愛して止まないシモーヌ・シュバリエの名前が出たことに歓びを示しながらヤザワが答える。
「宜しくお願いいたします」
 クリスは深く、一礼を行った。

    ・
    ・
    ・

 お繋げします、とフレデリックが述べてくるのに対し、大統領は小さく頷いた。場所は大統領官邸、特殊通信室。その背後に数名のブレーンが待機を行っており、国防委員長のアーサー・ラウンドが大統領の背後に構える。まさか、こんな仕事が発生することになるとは一顧だにしていない国防委員長であり、その背筋には滝の様な汗を掻いてしまっている。着任早々、とんだ貧乏クジを引いてしまった――とさえ。

 メイン・ディスプレイに映像がゆっくりと映し出された。自分の不幸な身の上は取り敢えず忘れ、国防委員長はその背筋を正す。
「こちら、エテルナ共和自由国87代大統領、ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエです――」
 画面の人物は、敬礼を行ってきた。なお、大統領の気付くところではなかったが、これは宇宙軍式の最敬礼であった。
『ご丁寧な挨拶、痛み入ります。強襲巡洋艦フォーチュン総司令官、クリストファ・アレンと申します。お目に掛かれて光栄です、大統領閣下』
 その内に様々な感情が溢れ掛ける。ジャニス・シュバリエはその精神を平静に保つのに尋常でない労苦を背負わねばならなかった。
「堅苦しいお話しは後程致しましょう。ざっとの経緯はヤザワ警視からお聞きしました。あなた方の行動に対して、心からの敬意を表させていただきたく思います――アレン司令」
 大統領として当たり前の声を出すことが出来て安心しながら、ジャニス。
『そう言って頂けると、非常に報われる思いが致します、閣下』
 画面の中のクリストファ・アレンは実際に軽く息を吐きながら、答えてくる。
「幾つか確認させていただきたい点が御座いますけど、宜しいかしら」
 ブレーンを含め、自分自身も作成した質問事項を載せられたウィンドウを自端末で立ち上げる。
『ご随意に』

    ・
    ・
    ・

 大統領はクリスの言葉を受ける度に、実に多くの感情を伴わせた反応を返してきた。

 正直、クリスとしてはそんな大統領の所作振る舞いはエテルナと言う大国の長であるにしては、不適切であるようにも感じられたが、個人としては全く、気分を害するところでは有り得なかった。
 実に、そんな大統領に対して強い好感を覚え始めている自分自身であることは自覚している。自分の隣で、時折補足を付け加えているキリオや、艦内全体にてこの会談を見守っている連中も同じ感想を抱いていることだろう。

 大きく相槌を打ち、大口を開けて驚きを表し、その頭部を両の手で抱えて嘆き、時には笑い声まで立てる。

 平時の際の大統領とはこんなものなのか――やや、人が悪いことを考えてしまうクリストファ・アレンでもあったが。

『ふう――どうも、通信越しと言うのも快適じゃありませんね』
 質問の全てが終わったとも思えないが、大統領は些か演技的に手元の書類を集め纏めた。
「同感です」
 大統領が続ける言葉を半ば予測しながらクリス。
『アレン司令、エテルナ本星にいらしていただけませんか? 差し支えなければ、の話ですが。場合によっては私が自らそちらに伺っても宜しいのですが』
 大統領の背後に立っていた国防委員長が、露骨に体を揺るがせるのが目に入った。それはそうだろう――クリスは一瞬、そんな国防委員長に対して同情の念を抱いた。
「いえ、私が伺うべきだと思います」
『そうですか――その場合、こちらから船を出させてもらいましょうか?』
 フォーチュンで突然に降りられてきては堪らない、と言うところであろう。だが、クリスは敢えて言質を与える選択は回避した。
「――お心遣いは有り難いのですが、その点に関してはこちらも部下――達と話を行う時間を頂いて宜しいでしょうか?」
『勿論ですわ』
 にこやかに返してくる大統領の顔を眺め、もしかしたらとんでもなく食えない女史なのではないか、と言う疑念がクリスの心を過ぎる。

    ・
    ・
    ・

『私は反対です!』
 誰の発言かと思いきや、なんと指揮卓上のペット・ロボット(猫型)であった。有志の尽力により、マックスの玩具だったペット・ロボットを改良したものをアテナが遠隔操作をしているのである。そのアイカメラの捉えた映像、センサーの捉えた音などはリアルタイムでアテナへと転送されている。ちなみに、その見た目はネコそのもの――と言うよりはネコをモチーフにしたディフォルメ・マスコットに近い物ではあった。マックスの遊び相手となるか、艦橋の指揮卓上でゴロゴロしているのが通常であり、時には暇を持て余している人間の話し相手を務めることもあった。この時はたまたま、艦橋にその居場所を定めていた、と言う事だ。
 そんなアテナのコントロール下に置かれたネコは器用に直立を果たし、その両腕(前脚?)を大きく挙げながら、反意を示している。
「アテナ、お黙りなさい」
 アテネコ(名前)の頭をクリスはごりごりと撫でた。
『黙りません! ロードをみすみす、得体の知れない地に一人で行かせるなど、到底承服できません!!』
「――得体の知れない地って……」
 腰に手を当て、右手を大きく振りながらのアテナの言葉に苦笑を禁じ得ないクリス。
「司令、それでもアテネコの言い分にも一理ありますよ――危険かも分かりませんし」
 ムラサメ艦長がその艦長席から声を落としてくる。
「いや、あそこまで大統領に言われて断るのは失礼だ。危険は承知の上だが、致し方あるまい」
「俺も一緒に行こう。それと何人か連れて行くか?」
 自分の胸を親指で強く示したキリオは、自分自身の随伴に関しては一歩も引かない構えのようだ。
「――いや、行くとしたら僕とキリオだけで充分だ。確かに、何かが起こらないと言う保障は無い――」
 前髪を撫で付けながら、クリス。
「私もご一緒――」
「ソフィ、君には残ってもらわないと困る。フォーチュンの指揮権を全て、君に一任する。何かがあったら、思うように行動してくれ」
 艦長の言葉に強引に割り込んだ。上級指揮官が三人も抜けるのは論外。
「そんな――」
 尚、言い募ろうとするソフィに対してクリスはその顔を強張らせた。
「もし――何かがあったら――エテルナの深海に潜るなり、アステロイド帯に篭もるなりしてくれ。三年間は問題ないだろう、この船であれば――状況が変わるのを待つのが一番の得策かとは思う」
「――分かりました」
 半ば、泣き出しそうなソフィの顔ではあった。
「整備班に連絡を。練習機のワイヴ79号機に、大気圏突入ユニットの装着を行って貰う――」
「それと――」
 クリスは、アテネコの尻尾を二度、強く引いた。
『ロードッ――』
 主電源をカットされたアテネコは抗議の念を示しつつ、その場で完全に停止した。ふにゃあん――と最後に小さく鳴いて、その場で四肢を折り畳んで目を閉じた。
「――フローラに、ライト=ブリンガのプロペラントを全て、抜いておくようにお願いしてくれ。機動が行えないように徹底してくれ、と。何をするか分からないからな、彼女は」

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『お待たせしました、大統領閣下』
 待つことほんの数分、フォーチュンから通信が送られてきた。
「いえいえ、大した事ありませんわよ」
 事実、素早すぎる程の返答でもあったので、この大統領の返答は言葉通りの意味を持っている。その姿勢を戻しながら大統領は目前の書類の束をその脇へ追いやった。
『こちらの専用艇でエテルナ本星へと向かわせていただきたいと思いますが問題はありますか?』
「その専用艇は非武装でしょうか?」
 純粋に如何なる種類の艇なのかを知りたかった大統領であった。
『ええ。原形は航宙戦闘機ですが教習機と言う事で一切の武装はオミットされております』
 問題在りますか、とは付け加えなかったが、その表情が口以上に物を言っている。ジャニスはそんな相手を安心させるために小さく頷いてみせた。
「問題ありません。了解しました。念のため、こちらから護衛機をお出しさせていただきますが」
 国防委員長には彼等の単独でのエテルナ訪問を快く思っていない節が見えたが、ジャニスは彼等の意向に全面的に添うつもりでいた。それでも、護衛機を付けなくてはならないのは大前提ではあった。この申し出を蹴飛ばしてくれるなよ――と心から願いながらの大統領の言葉である。
『構いません。誘導に従えば宜しいのでしょう?』
 即答。

「はい。航宙警察から三機、派遣させていただきますので、指示に従っていただければ幸いです――」

 ジャニス・ハッシュポピー・シュバリエは一つ、大きな息を吐いてから言葉を続ける。
「――そして、これが重要なのですが……貴船フォーチュンはその宙域に留まっていただきたく思いますが宜しいでしょうか――」
『とは――?』
 彼のこの尋ね返しは、事情をおおよそ認識しておきながらの言葉であり、空々しい響きを併せ持っていた。ジャニスは目の前の男がただの軍人では無いことをいよいよ悟りつつあった。
「はい。正直申しまして、現段階で国民に無用の混乱を与えたく無いのが本音でして――」
 型通りの返答を返す。もっとも、それが一番事実に近い。
『心得ました。艦長に命じておきましょう』
 画面の中のクリストファ・アレンは軍帽の鍔に手を掛けつつ、頷いた。

「感謝します、アレン司令」
『こちらこそ、大統領』
 通信越しでの会談はこれにて終了と言う雰囲気が両者の間を等しく流れ始める。先程からタイミングを窺っていた秘書官から差し出された一枚のメモを手に取ってその内容を確認したジャニスは。
「護衛機をこれより向かわせます。以降、パイロット・リーダーの――ええと――リヒャルト・ゾーン警部補の指示に従ってください」

『はい。次はエテルナにてお目に掛かることになりますな。しばしの間だとは思いますが、ご機嫌よう、大統領閣下』

「お待ち申し上げます」


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『それじゃあみんな、行ってくるよ。オミヤゲ、期待してろよ』
 ワイヴァーン79号機(複座仕様)のコックピットに乗り込んだクリスが大きく手を振った。
『ご無事で――』
 音声だけのメッセージがムラサメ艦長から届けられた。
「ソフィ、後は宜しく。万が一の場合は、君の独断で行動して良いからな」
 馴れないパイロットスーツ着用のキリオの補助を行いながらクリス。副司令官こと、ヒムラ・キリオがその全部座席。総司令官クリストファ・アレン自らがワイヴァーンの手綱を握る。
『了解。キリオさん、司令を宜しくお願いします』
「お願いされよう、艦長。不良技師達の面倒、ビシッと見てやってくれよ」
『はい。分かりました。お二人とも、お気をつけて』
 名残は尽きないのだろうが、ソフィは自ら身を引いたようだ。

「「ラージャ!」」

 クリスとキリオの言葉が重なった。

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『79号機の以下のコール・サインはいかがいたしましょうか』
 メイン・オペレーターであるシャルロッテの声が79号機の空気を震わせる。
「任せる。面倒だ。適当に考えておくれよシャリー」
 各種電子系のチェックを無駄無く行いながらクリス。
『Yahhhhnn…(りょーかいっす)、じゃあ月並みですけどANGEL01と言うことで』
 クリスとキリオは同時に吹き出した。
「どこが月並みなんだか…まあ、許す…いいよな?」
 振り返りながらキリオ。未だ、ヘルメットは装着していない。
「フォーチュン管制、了解した。以降、79号機のコール・サインはANGEL01と確定――」
『Fortune favors the Braves!!(幸運の女神は勇者達に愛を向ける)』
 サブ・オペレータのナナが張りを含んだ声を上げてくる。

 電子系、操縦系、一切異常なし。FIRE CONTROL(火器管制)に纏わるチェックが無いとこれほどに楽だとは――クリスは一人、苦笑した。含み笑いの音が漏れたのか、教習生席のキリオが訝しげに振り返ってくる。なんでもない、と答えてから、クリスはキャノピ(風防)の密閉を実行する。
「クリス、オミヤゲ、待ってるからなあッ!!」
 閉じる間際、そんな肉声を飛ばしてきたのはフローラだった。二次装甲に覆われる寸前に、キリオとクリスは揃って親指を立てて示す。
「ようし!! 出撃する!!」
 クリスは宣言。
「――出撃じゃねえって」
 露骨に苦い笑い声と共に、キリオ。
「――すまん」

 クリストファ・アレンは心から赤面した。


   ◆ ◆ ◆


 同時刻、フォーチュンに向けて飛行中の『護衛部隊』――正式にはエテルナ航宙警察カハヤ署所属、特殊巡視機動部隊所属『ロンド』隊。

『信じられますか、警部補殿――』
 クリストファ・アレンの搭乗する機体をエテルナ本星までエスコートせよ、と大統領直々の命令を受けたリヒャルト・ゾーン警部補に弱々しい言葉で訴えてきたのは部下の一人、ナグモ・イドリス巡査であった。
「信じるも何もない。目の前にあるのは幻では有り得ない。現実だ。それともお前、自分の愛機と何よりも自分の目を信じることができないのか?」
 腕は立つが、どうもその精神面にまだまだ甘さが残る――そう考えながら答える警部補であった。
『ですが、900メートル近い船舶だなんて……しかもこれ、どうやら軍艦でしょう?』
 「ナグモ巡査、当て推量で物を言うな。我々に課せられた任務のことだけを考えろ」
 いい加減に癇に障り始めた警部補の言葉は冷たく、現実的だった。巡査は二の句を接がない。
『まあまあ、イドリスも、警部補も、落ち着いて。もっとフラットに行きましょうや』
 通信に割り込んできたのは最後の部下、リー・パルク巡査長だった。
『――フラットに……心掛けます』
 ナグモ巡査が素直な返答を行ってきた。
「まあ、俺も言い過ぎた。だが、任務は任務だ。リーが言うようにフラットにあたれ」
『『アイアイサー』』


   ◆ ◆ ◆


「閣下、宜しいですか?」
 マニキュアを塗り直している大統領に対し、国防委員長アーサー・ラウンドが執務机の上に両の手を突いた。
「宜しくないわ――アタシ、忙しいの」
 マニキュアの『乗り』を慎重に眺めながら大統領。国防委員長はそんな返答を受け、見るからに萎んだものだった。
「――ごめんなさい。冗談よ。何、国防委員長?」
 冗談に聞こえない、と口に仕掛けたラウンド国防委員長であったが、無論口には出さない。
「SWAT(Special-Weapon-Attack-Team=特殊火器装備部隊)の出動要請が出ていないようですが、これはどういったことでしょうか?」
 大統領はフン、と息を指に吹きかける。お気に入りのマニキュアではあるが、どうも速乾性は今一つ。
「聞いておりますか――大統領」
「聞いている。出動命令は出していない。それだけ」
 それだけを答えると大統領は右手にマニキュアを塗る作業を開始した。
「かのクリストファ・アレンがテロリストで無い、と断定する情報はありません。どうか、御一考を――閣下」
 大統領はその手を止めて。
「アーサー・ラウンド」
「はい」
「あなた、彼等の立場に立ってご覧なさい」
「???」
「わざわざ、安全地帯である母船からホイホイと降りて裸同然になることが出来て?」
 あなたは大統領になれそうにないわね――あわや、口にするところだった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第一章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする