2694年01月01日
第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - I
果たして、この場所に私が立つのは何年振りのことになるのだろう。実に五十年という年月が流れていたことを思い出すのには、どうにも時間が掛かってしまった。半世紀、五十年という歳月が長いのか、それとも短いのかは人間に過ぎない身である私が判断を下せるところではない。だがしかし、こんな私が再度、ペンを取る気となれたのは、やはりそんな長い年月の存在があったからではなかったか。
私は今、アルタミラ西北40キロの地点に立っている。緯度にして40度、経度にして60の地点だ。
人はこの地点を『グラウンド・アレン(アレン大地)』と呼ぶ。
直径にして10キロのクレーター。その深さは400メートル近い。
言うまでもなく、あの日、クリストファ・アレンが駆りし『光機』――『神機』と呼ばれることも多かったが、本人が好むところではなかったこともあり、ここでは一貫してこう呼称する――ライト=ブリンガによって抉(えぐ)られた人工的なクレーターである。
幾年を経て尚、人々の目に焼き付いて色褪せることのない奇蹟の光が放たれた結果がこれであった。
そんなクレーターの底から轟(ごう)と駆け上がって来た疾風が、淵辺に立っている私の矮躯を大いに吹き立てる。かつてのクリストファ・アレンがその命を『光』とした場所だ――生々しいそんな記憶が色彩を帯びた状態で再現され、私の涙腺は大粒の涙を発生させた。堪える暇も与えてくれずに。
涙を振り払うようにして顔を上げた私の瞳に飛び込んできた光景がまた、容赦の無いものである。正直、このタイミングで視界へ入れたくはなかったのだが、この場所へと戻ってきた以上、覚悟は定めていた――つもりだった。
もう、想像が付かれていると思う。
私の目の前に飛び込んできたもの。かつては『オリュンポス山脈』と呼ばれていた山脈『だった』ものであったのだが、今は『バシュラ高地』と名称、区分共に変更されている。
光機ライト=ブリンガが、最大出力で無形障壁を展開させた結果、そんな山脈は容赦なくその地上八百メートル以上の突端を削られるという不遇を託(かこ)つこととなってしまったのである。バシュラと言うのは、そのメイン・シールドの呼称であったことは多くの人が知るところとなっている筈だ。
自然界では有り得ない、隙の無い直線。真っ平らなテーブル状の高地。
その違和感たるや、筆舌に尽くしがたい。
また、アルタミラからは遠く離れたネェル・ヨコハマの大地に於いては、今なお、激しい戦闘の痕(あと)が残されている。標高4200メートルを誇っていたヴァインツェル山は今や、その半分ほどの大きさしか所有できていないし、史上最強最悪の大量殺戮兵器である荷電重力波砲が強引に造形した谷はかなりの数が残されている現実がある。付け加えると、ライト=ブリンガが擱坐(かくざ)した痕が――これは意図的に保存されているものだ――その北北東に生々しく残されている。
そんな点に思いを馳せつつ、私は震える手をどうにか落ち着けながらこの手記を打っている。老境へ掛かってすっかりと久しいが、そんな震えは決して、老化現象だけに依るものではないだろう。
しばらく、この地に留まって。私は真実を、そして現実を少しずつでも描いていきたいと思う。
『マリーカ、僕は『剣』になりたいんじゃない。『盾』になりたいんだ。それを勘違いしないでおくれ』
私の価値観を全く逆転させたこの一言。一生、忘れることの出来ない微笑を湛えながら。
そう。クリストファ・アレンは私にそう言ったのだ。
何故だろう。急に、思い出してしまったそんな言葉。
私は、もう少しだけ、泣くことにする。
多くの英霊が散華した碧色の空、引いては宇宙。
クリストファ・アレンが全世界に見せた奇蹟の光、生命の炎。
そんな彼に付き従い、その高貴な友情を表し続けたヒムラ・キリオを始めとするフォーチュンの戦士達。そんなフォーチュンが女帝、ソフィ・ムラサメ・アレン。炎の蜥蜴、フローラ・ザクソン。時の魔女ことミランダ・ルヴァトワ……。そんな偉大な戦士達の名前は延々と続けることが可能ではあるが、この段階では留められるべきか。後程、幾らでも語りようがあるだろうから。
そんな人々のことを。私、個人としても大切な人達を。
私は、絶対に忘れない。
忘れられない。
まだ、西暦が使われていた時代。そんな西暦2810年。
まずはそこから、始めていきたいと思う。
マリーカ・フランシス
(『デイリー・アルタミラ 〜終戦五十周年に寄せて』光暦65年4月2日))
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章
2693年01月01日
第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - II
エテルナは首都、アルタミラ。前日の軽い降雨を受け、ややの湿り気を含んだ空気。休日でもあるそんな『桃曜日(太陽系に於ける日曜日と同義)』の朝は、多くの人間にとって素晴らしい一時(ひととき)となる筈であった。
「よお。今日は何しようか」
「あたし、植物園に行きたいな」
首都アルタミラの中心部、最大の歓楽街であるポリス区の一角に設けられているシュバリエ広場は絶好の待ち合わせ場所でもある。年代を問わず、多くの人間が恋人、或いは友人との落ち合い先と決め込んでおり、さながら芋洗い会場の様相を呈している。ひしめくビル群の中、ポッカリと設けられたそんな広場の中央部には巨大な噴水が設けられており、その直上では立体映像が常に繰り返し流されている。今、この時は民間企業のコマーシャルが流されていた。
『エドモンのクッキーは最高だネ!! 何と言ったって、歯応えが違うのさ、ジョニー!』
そんな巨大な立体映像の中、やたらと前歯を輝かせた男性がビスケットに囓り付いている。
「しかしこのCMも古いよねえ」
「無くなったら無くなったで寂しいけどね」
「……前から思っていたんやねんけど、なんで『ジョニー』なんや?」
待ち人が集わず、暇を持て余している人々がそんな映像を眺め続けるのは至極当然。このCMが終わったら、梅風味のアルコール飲料CMが続くのだろう、と予測することの出来る人間も多かった。
しかし。
エドモンズ・クッキーのCMは最後まで続けられることはなかった。
突然の音声の切断に、広場中の人間の目が一斉に立体映像へと向けられる。
『政府緊急放送』
これが、全ての始まりだった。
見慣れないそんな単語の羅列の登場に、多くの人間が唖然としている。
「ねぇ、どういうこと?」
隣の彼氏の袖を掴みながら、尋ねた彼女はだが、その周囲で口を開いたのが自分一人であったことに気付いた。自分の声が、広がり過ぎたのだ。常のこの場所では有り得ない静寂さ。
緊急放送を告げる文字が幾度も点灯し、街中の至る所に設置されていたスピーカーから一斉にサイレンが鳴り響いた。
『政府緊急放送です。これより、ジャニス・シュバリエ大統領による緊急発表が行われます。国民の皆様、どうかこの放送を聞き取れる場所での拝聴を願います。また、周囲の人に一声を掛けるなど、どうかご協力をお願いしたいと思います』
国営放送の有名なアナウンサーであることには多くの人間が気付いた。だが、いつもは穏やかな微笑みを以て報道を伝えるそんな女史の表情が如何にも硬いことに気付いた人間の数は少なかっただろう。
『繰り返します――政府による、緊急放送です。これは放送試験ではありません。これより、ジャニス・シュバリエ大統領による――国民の皆様に向けられる緊急発表が執り行われます。周りの人間にも一声を掛け、放送に傾注するようにご協力をお願いします――繰り返します』
派手な街頭パフォーマンスを行っていた集団は、自分達が苦労して運び込んだ音響機材の電源を落とした。ヘッドバンクを行いながら激しい音楽を楽しんでいた若者は、その隣の老婆が肩に手を置いてきたことで、そんな状況の異様さに気付いて。
人々が視線を注いでいる中、ゆっくりと。彼等の信望が篤(あつ)い大統領が画面中に登場した。
◆ ◆ ◆
「それでは、大統領。宜しくお願いします」
インカムを装着した若い放送技師が大統領を促した。
「はいはい」
そんな軽口を含めながら、大統領は一度だけ、客人の方へ振り向いた。
「それじゃ、行ってくるわね」
「頑張って――」
クリストファ・アレンはその片手を小さく挙げながら、大統領に言葉を返す。その隣ではマリベルがただ、目礼を一つ行った。クリストファ・アレンは現在はフォーチュン専用の簡易軍服を身に纏っており、マリベルはスーツを着用している。エテルナの唯一の国営放送局、ENN(Eterna.News.Network)の第一放送スタジオが、現在の彼等の場所であった。
「ん――」
微笑みを浮かべ、大統領がゆっくりとスタジオへ入っていった。
「彼女、緊張しているよね」
小声で、マリベルの耳元に囁いたクリストファ・アレン。
「――ええ、あそこまで堅い大統領を見るのは初めてです」
周囲の不審な人影の有無を探りつつ、やはり小声でマリーベル。この放送局自体のセキュリティは最強と呼べるものであったし、自分以外の何十名かが護衛に当たっていることも確実ではあったのだが、それでもマリベルが気を抜ける場面では有り得ない。タイト・スカートの着用は論外であることもあって、彼女はズボン着用でこの場に立っている。クリスがざっと目視したところ、その腰回りに二挺の拳銃が装備されているのが確認でき、そしてそんな彼女が両足で挟むようにして床に置いているトランクの中には重火器の類が収納されてでもいるのだろう。
「相変わらずのフルアーマー(完全武装)なんだね」
そんなマリベルに対して、暗に気の張り過ぎを含めたつもりだったが。
「まあ、念に念を入れて損することはありませんから」
「そっか。立派だ」
自らに課せられた使命を全く疑わずに実行しているそんな彼女。
『使命感に燃えている人間って美しいな』
口にはしないが、そんな感想を所有するに至ったクリストファ・アレンであった。これから国民に向けて重過ぎる発表を行う大統領も又、美しい。
「僭越(せんえつ)ですが――」
突然、マリベルに囁かれてクリスは動転した。
「な、なんだい――改まって」
着用していたサングラスをマリベルはゆっくりと外した。その澄んだ瞳を対象へゆっくりと持ち上げて。
「――先日のことがありながら、こうして下さるアレン様には本当に、心から感謝しています」
口元を一瞬だけ歪めてから、マリベルはそう言った。
「そんなこと」
ないよ、とはクリスは続けられなかった。マリベルの言葉が繋がれるのが早かったからである。
「私などが言うことではありませんし、そんな資格が無いのは重々承知しておりますが――どうか、今後とも大統領を宜しくお願いします。それと――色々と大変そうですが、どうかアレン様にも頑張って頂きたいと思います」
「ありがと、マリベル」
茶色の瞳に微妙な色合いを示しながら、クリストファ。
「私の力なんて何にもなりませんでしょうけれど――可能な限りの協力をさせて頂きたいと思います」
クリストファは無言で、そのマリベルの肩に手を置いた。
「私、大統領と同じぐらい、アレン様のことを大切に思っておりますから」
異性にこうして触れられるのが初めてであったこと、そして我ながら変な言い方になってしまったこともあって、赤面の発生を否定できないマリーベル・リンスは、サングラスを殊更に目深に装着するのだった。
「助かるよ。ありがと――」
心から、クリストファ・アレンは言った。続いての発言はそんな可愛くも健気なマリベルに対するサービスだったかもしれない。
「ヘコたれていられるか、ってんだよな。僕は僕だし、今はそんな甘えが許される時ではないしね」
実は、この一言はマリベルの涙腺を刺激し掛かったのだが。
いよいよ、大統領の発表が始められる。その舞台袖での、ささやかなエピソードであった。
◆ ◆ ◆
皆さん、おはようございます。87代大統領のジャニス・シュバリエです。国民の皆々様の貴重なる桃曜日をかくも無粋にお邪魔してしまう非礼をまずはお詫びさせていただきたいと思います。
時間は大変に貴重でありますので、本題から入らせていただきます。
三日前、一隻の戦闘航宙艦がリーヌの離脱を敢行してきました。その所属は太陽系惑星連合共和国。そして、そんな『軍艦』には我が国に対する『侵略行動』――後に控えられている大規模な軍事行動の『尖兵』としての役割が課せられておりました。
過去形で語らせていただいているのには理由があります。実はそんな『軍艦』の乗組員達は連合側が命令を受けるを潔しとせず、半ばの試験航海中に強奪を実行し、そしてリーヌに飛び込んできたとのことです。既にそんな軍艦の長は極秘裏の内にここ、エテルナへと降りてきており、私を始めとする何名かとの対話の場を持たせていただいております。
彼等は、我々が未来に受けるであろう深刻な危機を伝えてくれました。そして、多くの乗組員が乗っておりますが――全乗組員63名の内訳は、そのほとんどが民間人で占められているという状況であり、そんな彼等の崇高で気高い行為に対し、私としては心の底からの感動を刻み込まざるを得ません。
今、名前をお出しすることは出来ませんが、この件に関しては後刻、正式に公表させていただくことは約束します――言うまでもなく、こちらに対しての敵対行動は一切が認められておりません。繰り返しになりますが、彼等の長はここ――エテルナ本星にて羽を休められておりますし、そんな軍艦には既に我がエテルナ航宙警察の何名かが立ち入っているという現実がございます。
これから、事態が状況が如何なる方向へと向かっていくところかは私には分かりませんし、私の一存を現段階で申し上げるのは時期尚早であると考えます。
我が国は太陽系連合共和国側から『宣戦布告』に類するものを受けてはおりませんので、侵略行動諸々に付きましてはそんな彼等からもたらされた情報――そして、これは我々が既に認識していた不可解な暗号コードの混乱――から類推されるものでしかないのですが、彼等が強奪を果たしたそんな戦闘艦艇の破壊力、並びに機動力から鑑みて――
エテルナ入植、そして建国以来、最大の危機であることに疑いの余地はありません。
この事態の打破、解決に向けては多くの問題が山積しておりますが、我々、誇り高いエテルナの民であれば混乱無き、冷静な判断を以て解決に当たることが出来る、私はそう信じて疑いません。
問題は、必ず解決します。
国民の皆様にあっては、どうか混乱の無きようお願い申し上げます。
情報の開示は可能な限り実行しますし、それを示す為の『今回』でもあります。
我々の父、母が幾世代にも渡って育んできた、この神聖なエテルナの大地、アポロン星系。
我々は、この大地を次なる世代へ継承して行かなくてはなりません。
――大シモーヌ・シュバリエの加護を。
ジャニス・シュバリエは心から祈るものであります。
近日中に、再度会見の場を持たせていただきます。
難しいかとは思いますが皆さん、どうか良い休日を。
◆ ◆ ◆
「穏やかな物言いの中に力強さがあるわね――」
ソフィ・ムラサメは中断していた昼食を再開する為に箸を拾いながら呟いた。
「って――よもや、こんなに早い段階で公式発表を大統領自ら行う、ってのは凄いですな。大したものだ」
朔風館の大型ディスプレイで再度、流され始めた演説を銜(くわ)え楊枝で眺めてジャスティン・シューマッハ。
「それだけ危機意識が強かったんだろう。でも、この迅速な行動って確かに評価できるよな」
ソフィと同じテーブルで食事を行っていたリンダ・フュッセルは味噌汁を傾けた。
「妙な情報規制を行ったら逆効果だ、ってことを良く分かっていらっしゃるのでしょう。若いのに、大した女(ひと)ねえ」
女艦長のそんなしみじみと紡がれた言に、彼女を囲んでいたギャラリーの間から笑い声が上がった。臨時放送があるという知らせを受け、ムラサメ艦長が全乗組員に対してその放送に傾注するように命令していたこともあり、大型ディスプレイの備えられているこの朔風館に手透きの人間が集まってくる結果になったのは、必然であったとも言えた。
「何? 私、変なこと言いまして?」
周囲を見渡して、ソフィ・ムラサメは動揺した。自分の会話の中に笑いの要素があったとは思えない。
「にょほほほほ……いやいや、女だてらに艦長やってるアンタがそう言うことを言っちゃうかなあ、ってコトだよ、コト」
七本目の焼き鳥(砂肝:塩)を手にしながら解説を行ったのはフローラ・ザクソンである。シフトが他部門の人間とは異なり、彼女はアムロ・レイコ警部補他と共に晩酌を行っていたところであった。なかなかどうして、エテルナ産の培養鶏肉の味は悪くない。すっかりご機嫌なフローラさんであった。
「女だてら……って、女であるあなたに言われると何だか複雑だわねえ」
ソフィは微苦笑。
「そっか。実は最近、あまり自身が無くてなあ」
フローラのこの言葉はだが、更なる笑いを誘うこととなった。
「……失敬な」
自分で言っておきながら、膨れっ面を作るフローラ。その隣ではレイコが懸命に笑いを抑えている。もはや、こんなフォーチュンの一員であるかの様に。
「クリストファ・アレンじゃないけれど、いずれにせよ――大変なのはこれからね」
呟いたソフィだったが、これは些かその場の雰囲気にそぐわない発言だったかもしれない。
「そうっすねえ――俺達の扱いとかどうなっていくんでしょ」
リョウ・ターミナが腕を組んだ状態で言った。
「亡命――ってオチが現実的じゃない?」
巨大なリョウの、ややもすると半分ほどの身長にしか見えないシャリーがその隣で小首を傾げながら。
「俺達がエテルナ籍にねえ――」
シューマッハが自分でも意味の分からない頷きを加えつつ、口にする。
「まあ、総司令には考えがあるみたいだから――あまり気にしないでも大丈夫よ」
和やかだった雰囲気を壊してしまったことに対する責任を感じながら、ソフィは。
「つうか、僕は無一文なんだよなあ」
突然のそんな発言に、場の全員が一斉に顔を向けた。発言主はピエトロ・オサナイである。
「どーゆー意味?」
シャリーが先程とは反対側に首を傾けた。
「国民になれても、神聖なる納税義務が果たせませんがな――って、それってある意味で幸せなのかもしれませんな」
一同、これには爆笑。
「それを言ったら全員がそうじゃないの――私だって『無職』ってことになっちゃうわねえ」
笑い過ぎて零れてくる涙を指先で拭き取って、ソフィ。
「差詰め、私は『家事手伝い』になるんでしょうか」
厨房からヒョイと顔を出したマノア・ルヴァトワの一言が更に笑いの輪を広げて。
「えーとえーと……『自称パイロットのフローラ・ザクソン容疑者(26)』とかになっちゃうんか、アタシ」
自分の鼻先を指で示してフローラが。不可視の『お笑い』数値がギュンギュンと昇り詰めているように。
「「なんで『容疑者』なんや!」」
セクノアと、ピエトロのW突っ込みが炸裂する。
「ほんの出来心で……うううう……」
塩らしく両肩を窄(すぼ)めたフローラの哀愁漂う姿も相まって、いつ果てるともない笑い声がいよいよ。
『やれやれだこと……』
アテネコ・ホワイトは厨房で一人、溜息(?)を吐いた。
ちなみに、ホワイトは本日の夕食メニューの一つ、ビーフ・シチューの灰汁(あく)取りを行っているところであったりする。
『料理は愛情』。
マノアとユキノが作ってくれたアテネコ・ホワイト仕様のエプロンに、刻まれた文字であった。
◆ ◆ ◆
「クリス、あなたには午後の臨時国会に出席して欲しいのだけど――」
目に見える疲労感をそこはかとなく出しながら、大統領が言ってきた。今や、大統領は愛称で呼び掛けてくるが――それが全く正当な権利であることをクリストファ・アレンは知っている、知らされた。
「構いませんよ。証人――ってことになるのですかね?」
元軍人、クリストファ・アレンとしての最初の山場であることに疑いはない。クリスは覚悟を決めた。エテルナのクリストファ・アレンとして――この点に関しては、今は考えないことにした。
「ええ。無礼な物言いをする人間も多いかもしれませんけど……」
窓の外へ視線を泳がせて、大統領。彼等二人、そしてマリーベルの三人を乗せたリムジンは今、大統領官邸へと向けられている。
「軍法会議で馴れています。安心して下さいな」
クリストファとしては大統領の気の張り様を緩和させるつもりで言ったのだが。
「あら。軍法会議なんてお受けになっていたの?」
大統領はその瞳を大きく見張ってきた。その隣のマリベルも、意外そうな表情を浮かべていた。
「――まあ、一時期――結構――いや、大分、問題児だったこともあるもんで」
「へえ――何だか意外ね」
大統領の言葉に、マリベルも頷きを加える。
「軍法会議を受けること三回、自宅謹慎二回、飛行免許停止処分四回――だっけな。昔の話です。まだ、ただの一パイロットだった時代のお話しですよ」
正確な数字は思い出せなかったが、挙げた数字より少ないと言うことはないだろう。
「なんつーか私は軍隊と言う組織には精通していないけど――それで『大佐』まで昇進できた、ってのも壮絶に聞こえるわ」
「……いや、凄いですよ」
大統領の発言内容の正しさを保障したのはマリベル。
「あまり面白い話じゃないですけどね」
この話は終わりだ、とばかりにクリスは窓の外へ顔を向けたが、これは少々演技的に過ぎた。
「とにかく、官邸へ戻ったらゆっくりと昼食を摂って、午後に備えましょうね」
大統領が快活な笑い声を立てたが、こちらもやはり、演技的な色を帯びていたかもしれない。
そんな笑い声に対して、笑顔を戻しておきながらも、自分自身の出自に対して考え続けてしまっていることにクリスは気付いた。
頭を一つ振ることで実務的なことだけを考えることにした。
昼食を摂って、それから念の為にフォーチュンに通信を送らなくてはならないか。
微妙に忙しい午後となりそうで、その点に関しては安心できると言うものだ。
忙しい方が良い。
何も考えないで済むから。
◆ ◆ ◆
エテルナ臨時国会が始まった。
厳密に言えば、先日の内に与野党の幹部に対し、簡単な経緯説明と情報開示を行っていたジャニス・シュバリエであったが、今国会の内容は全てが国民注視の元で行われることとなっている。そんな『開かれた国会』はジャニス・シュバリエが大統領選に於いて公約とした理念に依るもので、一部の人間からは『開き過ぎた国会』と揶揄(やゆ)されることも多かったものの、当然、国民間の評価は高い。今回の情報開示に対し、副大統領を始めとする一部閣僚からは『特例として非公開』を行うべきだという意見が直接、大統領に上げられもしたが、大統領は全く歯牙にも掛けなかった。
「非公開で行って、なんとしますかっ!」
副大統領が又、暗に自派閥による大統領一派に対する圧力強化を仄(ほの)めかしたが、これに対しては鼻で笑っただけのジャニスであった。先年の汚職事件、『リッテンバウム』が明るみとなり、国民の支持を全く失った共民党の党首でもある副大統領が、大統領の行動に対して、とかく掣肘を図ってくるのは今に始まったことではない。
ジャニス・ハッシュポピーがそんな共民党の議員であったのは、過去の話であり、リッテンバウム汚職を受けて離党を実行し、『主民党』の立ち上げを行ったのは記憶に新しいところであった。それこそ、乱戦の様相を呈した今期の大統領選で、内部分裂の兆しすらあった自らの新党をどうにか支え続け、終わってみれば圧倒的大差で大統領の座を勝ち取ったジャニス・ハッシュポピーではあったが、その後の党運営がまともに進行したとは言えない状況があった。今なお余勢を誇っていた共民党による有形無形の妨害工作、懐柔工作――議員の引き抜き――その結果、ブレーンを全て失ってしまったに等しい状況となってしまったのである。新しい大統領に残されたのは、『大統領』という自らの立場、のみとなった。ややもしなくても混乱の極みにあった政治状況をこれ以上も長引かせるのは得策では無い――事実、各省庁からは悲鳴にも似た上申が上がり続けていた――そう判断した新しい大統領は、苦渋の選択で共民党から『わざとらしく』上げられてきた連立与党案を受諾して、今へと至っている。
共民党の『旧悪撲滅』を謳って選挙戦を勝ち抜いた大統領のこの決定に、野党を始めとして国民の一部から少なからずのクレームの声が上がったが、ジャニス・シュバリエは国家の運営をこれ以上に遅滞させることのデメリットを切々と訴え、改めて自らに課せられた使命を演説の中で述べ、理解を得ることに成功――少なくとも、国民支持率の上では――したと言える。
また、新大統領は共民党に対して一切、政策上の妥協は行わず、寧ろ仮借(かしゃく)無く自らの政策を進行させ続けたという事実、そして止むに止まれない大統領に同情的なマスコミ各種が特集記事を、特別番組の連日編成を行った等の効果も相まって、現在ではその人気に翳りが見えるところでは全く有り得ない。国民支持率80%以上――『シュバリエ』の号を獲得した大統領は、実に六代振りのことであった。
『いよいよ、暴落するかしらね――』
議会入場の直前、大統領はそんな発言をマリーベル・リンスとクリストファ・アレンに言ったものだった。
「あなたなら大丈夫だと思います」
何の根拠もなく、クリストファ。
「うふふっ、ありがとう――クリス」
かつてはクラスメイトであったのであろう、そんな二人の会話を耳に挟みつつ、マリーベル・リンスは一つの決意をいよいよ定めたのだが、これが現実に反映されるのはもう少しだけ後のこととなる。
・
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ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーと、クリストファ・アレンがいよいよ、議場へと入場した。軍服姿のクリストファを目の当たりとした記者達が、一斉にそのフラッシュを焚き始める。未だ、公表は行われていないが、航宙警察の類とは大きく異なったそんな制服の着用がある、ということはまず間違いなく、件の『軍人』であろうと判断を下したものであったのだろう。
『渦中の人――ってことですか』
心の中で呟きながら、クリストファ・アレンはその歩みを維持しながら、記者席へ向かって宇宙軍式の簡易敬礼を行った。肘を狭めた状態で、ほぼ垂直に上げられたそんな敬礼は狭い艦内通路等で交わされるもので、かつて地球上に存在した日本帝国海軍のそれがモデルとなっていることをクリスは知っている。
「おおおおおっ――!!」
どよめきが記者席のみならず、議員席の方からも大きく波となって発生した。フラッシュが更に強く焚かれ、その閃光の凄まじさに背後のマリベルは眉を顰(ひそ)めたが、彼女の警護対象は全く動じることも無く、敬礼を維持し続けている。盾をデザインとした、レリーフが貼り付けられているベージュ色の軍帽。同色、軍服は首元が大きく開き、ネクタイの着用を確認できる仕様ではあったが、どこか詰襟(つめえり)の色を残している。そんな左腕には鳳凰の刻まれたプレートと、これは直接の刺繍が施されている『風の妖精』が。そして、右腕には一際に目立つ青色の文字で、『FIX-01-RL as 58』。
『誰彼を問わず、まず意味不明だろうな――』
敬礼をゆっくりと解除しながら、クリスはそんなことを考えた。マスコミのみならず、多くの関係者がこんな自分の軍服が示す意味をそれこそ必死で解析を行っている最中であろうことは簡単に想像できる。クリストファ・アレンとしては全く執着するところではなかったのだが、フォーチュンにはこういったもの(装飾周り)に熱い情熱を燃やす人間が多く、本人が与(あずか)り知らない内にその軍服が大改造を施されているということは珍しいことではなかった。
念のため。『鳳凰』、これはクリストファ・アレンのノーズ・アートにもなっているシンボル・マークである。初代とは大きく意匠が替わり、天空にその翼を大きく広げている構図となっている。デザイナはミランダ・ルヴァトワである。その真下に位置することで続く『風の妖精』は、フォーチュンに於いて各種機動兵器の搭乗資格の有無を示すものであり、デザイナは同じ。そして、言うまでもなく『FIX-01-RL as 58』と言う羅列は『58号機としてのライト=ブリンガ』を意味する符丁であり、フォーチュン外部の人間からすると全くその意味を知ることは叶わないだろう。
大統領の後に続き、議員達の間を縫うようにして議場の中心部へと向かう。その両側から、さながらに自分を挟んでくるような視線の滝を浴びつつ、それでも超然と――殊更に気を張っていたわけではない――クリスは身体を運ぶ。議員達が交わす囁き声、どこか嘲りの響きを含んだ笑い声。
――馴れたものさ。
一歩、前に出たマリベルが引いてくれた椅子へゆっくりと腰を降ろす。正に、議場のど真ん中。
「サーカスみたいだな」
右隣に腰を降ろしたマリベルが微妙な笑みを返してきたが、クリスとしては特に自虐を込めながら言ったつもりではない。
「ふむ?」
ふと、自分の前に置かれたネーム・プレートが気になってクリスはゆっくりと手元に引き寄せた。
『ex-Col. ALLEN(The Captain of ' FORTUNE ')』
フォーチュン艦長のアレン元大佐――適切な表現ではある。クリスは苦笑して、そんなプレートを元の場所へと押し遣った。そのアレン元大佐の一挙手一投足が『ライブ』で一般のお茶の間に提供されているのかは定かではないが、そんな動作を行っただけで激しいフラッシュが巻き起こっている。
珍獣だね、こりゃ。
口には出さず、クリスはその腰をいよいよ深く、座席へと沈めた。
「――戦闘開始」
そんな呟きが漏れ出たが、本人としても自覚をしていたところではない。マリベルだけがただ、そんな物騒な響きを受け取った。
『大丈夫かしら――』
これからの展開を考えると、それだけで胃の辺りが熱くなってくるマリベルである。ボディ・ガードでしかない自分がこんな有様――果たして、大統領とクリストファ・アレンはどんな精神状態にあるのだろうか。
想像も付かなかった。絶するものだろう、と言う想像は付いたけれど。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章