2692年01月01日

第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - III

「国会中継はそのまま、全艦内に流しなさい。それと、作業を行いながらの視聴も許可する、と伝えて頂戴」
 艦長席に座ることはせず、オペレータデスクの上に手を乗せながら、ムラサメ艦長。
「了解――その旨を各自端末へ送信しておきます」
 現在の当直、ナナ・マネーシーが軽やかにキーを叩き始める。
「あ、待って――良いわ、私が声を流すから」
 胸元から取り出した自分専用のインカムを手早く装着して、ソフィはナナに目配せを行った。艦長がやろうとしていることを言葉で受けなければ分からないほど、彼女は鈍くなかった。
「アイアイ、マー」
 彼女は、艦長のインカムのナンバーをマニュアル入力、続いて優先順位の確保、艦内スピーカの実動状況確認を素早いキー・タッチで行う。
『芸だわね……』
 ソフィもキータッチの速度には自信のある方だったが、彼女やシャリー、マサラ等のそれには到底及べ無いことを知っている。
「どぞ」
 にっこりと顔を上げてきたナナに等しく笑顔を返しながら、ソフィはインカムの電源を入れた。
「達する、こちら艦長。全員、そのままで聞くように。これより、エテルナ本星にて臨時国会が開かれ、その放送は全星域に向けて放送されるとのこと。各自には作業を行いながらの各種端末閲覧を許可します――以上」
 口元に運んでいたインカムを畳み、ソフィはナナの右肩へ手を置いた。簡潔な艦内放送、終了を意味したつもりだった。
「はいはーい」
 最も強いプライオリティ信号を通常のそれへとやはり手早く戻し、ナナ。
「さて――どうなるかな」
 呟いたソフィに、ナナが少しばかりの陰を顔へと乗せた。
「やはり心配ですか?」
「うーん――そんなに大袈裟なものじゃないけれどね」
 ソフィのこの発言には半分以上、虚勢が含まれている。今のこの時、クリストファ・アレンの隣にいることが出来ない我が身の不運を思う。いや、不運と評すのは問題があるか。
「おっつかれい――」
 いつもの声色で、ブリッジに入ってきたのはフォーチュンは副司令、ヒムラ・キリオだった。常の整備服とは異なった、簡易軍服着用での入室だ。ベージュ色の上下、そして本来は女性用のベレー帽。その背面にアテネコ・グリーンがしがみついているのはご愛敬と言うところだろう。にゃあ、と一言だけ泣いて自分の存在を示すグリーンであった。
「ほい、差し入れだ」
 淀みのない足取りでオペレータ席へと向かってきたそんな副司令は、現在の艦橋組と自分の分が含まれたバスケットをマネーシーの膝上へ乗せた。
「わぁ、良い匂い――」
 早速、ナナがそんなバスケットの中身を確認する。パイ生地の上に乗せられた苺にシロップが掛けられているこれは――。

 ほんの一瞬、ソフィとナナはその場で凝固して。

「「キャー! ナマの苺だ、ナマ苺だーーーっ!!」」

「――補給物資の中に、果物が沢山詰められていてね――ユキノが今、厨房で張り切ってフルーツケーキを量産しているのダ」
 アテネコを床に降ろし、自分の分のタルトを持ち上げながら、キリオはまずはその豊潤な香りを楽しんだ。生の果物なんて本当に久し振りだったから、このソフィとナナの叫びは全く、正しいものに思える。果物の類が全く、航海中に楽しめなかったのかと言うと語弊があって――ジャムやシャーベット、アイスクリーム、そしてレトルト・パウチと言った形ではあったが、その多くがフォーチュンの食料庫には充分に積み込まれてはいた。ただ、天然の、それも『採れ立て』と比較をすればその味、風味が劣ってしまうという感が否めないのが現実だった。

「そう言えば、艦長――じゃなかった、総司令が呟いていたことがあったなぁ」

 ナナ・マネーシーがやはり、その両手で大事そうにタルトを包み込みながら呟いた。キリオとソフィもまだかぶりつくことはせず、その言葉を待つことに。

「特にマックスやヒカル――子供達に新鮮な林檎の一欠片も与えることが出来ず、悲しい――って」

「あんにゃろ、そんな気障(きざ)なことを言ってやがったか――」
 重い空気を振り払うようにして笑い、キリオはいよいよタルトへかぶりついた。シロップ掛けではあるが、それ程に糖度が強いものでもなく、生の苺の風味を損なっていることは全く無い。
「ホラ、些末なことは気にしないで君等も食べるんだよ」
 口の中にものを入れたままの状態で、キリオは付け加えた。
「うん――でも、総司令が大変だって時に」
 唇を噛み締めながらのナナ・マネーシーが抱え続けているバスケットに、ソフィは手を伸ばした。
「食べましょう――あの人も、それを望んでいるはずよ、ナナ」
 あの人、と言う響きに込められたソフィの感情の深さをキリオとナナは知る。
「そういうことだ。クリスならきっと、こう言うぞ――『些細なことは気にするな』ってな」
 もう一つ、大きくかぶりついたキリオである。
『そうですよ。美味しく食べてあげるのが、ロードに対しての何よりの感謝に他ならない筈です』
 艦橋の隅に設置された充電ポイントで両手を上げながら、アテネコ・グリーン。

「ちっ、格好良く纏(まと)められちまったか」

 キリオの苦笑に、ソフィとナナが続いた。


   ・
   ・
   ・

「『例の件』は結局、どうなったのです?」
 クリストファ・アレンは小声で、隣の大統領に尋ねた。その顔は全く、正面に向けたままの状態だ。今、この時。議場の中心部に据えられた立体映像の中で、クリストファ・アレンとその『一味』の一連の行動が正確にトレースされているところだ。
「ええ――先日の内に処理しておきました。全ての職員は事実上、自宅待機――いや、言葉を飾っても仕方ないですわね――拘束させております」
 ほとんど唇を動かさない器用な喋り方で、大統領は同じく正面を向きながら答えた。
「そうですか――協力的だと良いんですが……どうなりますか」
 抑揚を意識して付け加えながら、クリス。
「取り敢えず、現在の警視総監は信頼できる人間ですからまずは問題ないかと」
「なるほど――まあ、どうにかなる、と考えるべきですかね」
 しばらくの間を置いてから、大統領は。
「いずれにせよ、この場で激しく『突っ込まれる』ところとなるでしょうけど」
「――でしょうなあ」
 クリスは溜息を吐き掛けたが、この程度で吐いていても詮が無い、と判断。本番はこれから、なのだから。

「おおおおおっ――」
 議場内を大歓声が満たす。クリストファ・アレンとジャニス・シュバリエが等しくその面を上げると、折しも立体ディスプレイに戦闘映像が反映されたところであった。ネビュラ・リーヌの突入直前――現在のところ、フォーチュンが行った唯一の『戦闘』である。言うまでもなく、一切の改変、編集が加えられていない。
「なかなか、情け容赦の無い攻撃でした――」
 クリストファがそう呟くのと同時に、そんな映像画面は白一色に染められた。
「MK78による核攻撃。人工の太陽が無数に発生した瞬間だ」
 両隣の大統領、マリベル共に無言のまま、クリストファの言葉を受けている。

「僕達の旅は、正にここから始まった――」



   ◆ ◆ ◆

「おいおいおい、何だか……って言うか――クリストファ・アレンってよう?」
 腕を組んで、壁に寄り掛かった状態で青年が口火を切った。
「まさか……と思いたいが」
 紙コップに注がれたインスタント・コーヒーの味に表情を顰めながら、こちらはクッション・ソファの上で胡座(あぐら)を掻きながら。
「でも、顔はそっくりじゃないか?」
 部屋主が、こちらは昼食の用意を行っている手を休めながら。
「バカ言え。クリスは死んだ――筈じゃないか。悪趣味なことを言うなって、テリー」
 包丁の水気を切りながら、テリーと呼ばれた青年がリビングへ身体を運んだ。充分な広さを誇る彼の自宅には、旧友の五名ばかりが訪れていたところであった。
「しかし――俺の記憶に間違いは無いぞ――おい、誰か記録を紐解けないか?」
 部屋主のそんな発言に、一人が手を上げた。
「あるかも。ちょっと待って。俺の端末に間接アクセスやってみる――」
 相手の返答を待たず、腕時計を模した携帯端末に空間投写式キーボードを展開させる。
「アルバムだろ――間違いなく、残っているよ」
 四重になっているパスワードロックを解除、それらしい階層を探る。本職とは言え、そのキータッチの速度と手際にはいつもながら感心させられる。
「――あった」
 指を一つ鳴らしてガッツポーズを示す青年。
「第三サブモニタ――IDは同じ。投影しちゃってくれ」
 刺身包丁を卓上に慎重に乗せながら、テリーは言った。
「あいだらさっさ〜」
 そんな青年がやはり素早く警戒にキー(厳密に言えばキーボードのイメージが投影されている空間でしかないが)を叩き、映像の出力指示を行い――果たして、彼等が希望していた映像が件の第三サブモニタへと映された。
「ん――似てるな、確かに」
「似てるなんてもんじゃないぜ、これ」
「世界には自分と同じ顔をした人間が三人は存在する、って聞いたことあるけど」
 節々でそんな会話が上がる中、テリー・ロイスはそんな会話に加わらず、押し黙っている友人の存在に気付いた。
「どした、グラン?」
 そんな呼び掛けに、グランは慌ててその顔を上げてきた。
「い、いや――似ているな、と思ってな」
 うん、と付け加え、わざとらしく手元のアイスコーヒーを手繰り寄せて啜って見せるグラン・シー・マーの姿を観ることで、ようやくテリーは得心が行った。
『――マキーナが心配なんだな』
 勿論、口にはしない。そんなグランが先日、彼女――と呼べるほどの関係ではなかったそうだが――だったマキーナ・ローゼンベルクにその関係を解消されていることはこの場の多くの人間が知っていることではあったが。
「まあ、クリスなワケねえだろうけどよ――ちょっとマズいよなあ、これは」
 車座になっている中、一人の長髪が言った。
「そりゃヤバイよ。下手を打てば戦争になるぞ――これ」
「戦争って……大昔のアレか?」
「アレだ――国単位の殺し合いだ」
 当たり前の話で、歴史の常とするところだ――友人達のそんな会話を耳に挟みつつ、テリー・ロイスはそんなことを考えていた。
「おっ、画面が切り替わったぞ」
 ジェス・ラムザックがそんな素っ頓狂な声を立てる。今日、本来の主役である筈だった男である。此度、結婚が確定し、『野郎限定 〜朝まで生ビール』と洒落込む筈の今日であったが……。
「おお、ジャニスだ――って、口紅が濃いなあ」
「いや、ヤル気マンマンな証拠だよ。彼女は、気合いが乗った時しかあんな濃い目の口紅は付けないし」
 画面ではジャニス・シュバリエとクリストファ・アレンの上半身がアップにされている。そんな光景を目の当たりとし、その場の全員が考えたことがあった。しかし、終ぞ誰も口にすることはできなかった。

 『クリスとジャニスが並んで座っているよ』

 と。


   ◆ ◆ ◆

 電話が鳴った。億劫だ。取りたくない。でも、薄暗がりの中で浮かんでいる電話番号は母親のものだった。出ないわけにもいかないか。
「はい――」
『ああ、良かった。繋がった――』
 電話口の向こう側で母親のリルケが安堵の息を大きく漏らした気配。
「なあに?」
『今ね、あなたのアパートの前に来ているの。お邪魔するわよ』
 有無を言わせない口調だ。もっとも、実の母親にアパートの合い鍵を持たせていることもあり、その気になれば予告も無しに来訪できるのであろうが。
「ごじゆうに」
 ざっと部屋の中を見渡しながら、マキーナ。掃除をする気力も無く、非常に乱雑な部屋でもあった。母親が目の当たりにしたら、さぞやその顔色を変えることであろう。ま、どうでも良いけれど。
『じゃあ、これから上がるからね』
「はい」
 娘の身を案じて、身体を運んできてくれた母親に対し、冷たい対応を取っていることも分かっている。けれど、これ以上のことなんて行えやしないんだ。ごめんね、母さん。

 多分、ジャニスの差し金だろう。

 差し金だ、なんて言ってはいけないかもしれないけれど……。

   ・
   ・
   ・

「あらあらあら、教え子に見られたら幻滅されちゃいますよ、ローゼンベルク先生!」
 開口一番、リルケ・ローゼンベルク。
「……大丈夫よ。結構、ズボラで通っているから」
 ベッドの上で毛布にくるまった状態で、マキーナは辛うじてそんな悪態を返すことができた。
「ゴハン、食べているの?」
 炊事場にちらと一瞥を投げながら母は言う。
「……うん。それなりに」
 ここ一日、スナック菓子の類、それも少量しか囓っていないけれど。
「そう。なら良いんだけど。私がお腹空いているから、料理作るわね」
 右手に提げた買い物袋を示し、母親はその袖を捲り、流し台の掃除に早くも取り掛かる。最初からその予定だったのではないか、と思う程に良い手際である。
「あなたの好きなスープ・スパゲティ作ってあげるからね。ちょっと待ってなさい」



   ◆ ◆ ◆

「小僧共、釈放だ――」
 507と刻まれたステンレス製の扉が、突然開かれた。
「まじっすか!?」
 自分ではなく、反対側の506に収監されていたリチャードが甲高い声を上げた。ここ数日、すっかり顔馴染みとなってしまった看守がその顔に苦笑を刻んだ。
「あー、大統領に感謝するんだな――坊主共、家に帰って良い。ただし、映像データを返すことは出来ないし、自分達のやったことを吹聴することも許可出来ない。そん時は改めて、逮捕拘束、ってことになるから覚悟しておけよ」
 そんな看守の言葉に、リチャードは身体全体で溜息を吐いた。
「データは駄目っすか――」
 友人の往生際の悪さに、507号室へ収監されていた少年は大きく仰け反った。もう、余計なことを言わないでくれよ、リチャード。
「ああ、駄目ったら駄目。つうかトットと家に帰って、TVニュースを見ておけ。何だったらここのロビーで観ていっても良いが」
「なあ、これだけ教えてくれよ、誰にも言わないから――」
 尚、食い下がったリチャードだった。勘弁してくれ、本当に。

「あれ、やっぱり『ワイヴァーン』だったんだろ!?」

 看守は否定も肯定も行わず、半ば二人の少年の背中を押すようにして出口へと促した。

   ・
   ・
   ・

 一体、何日前のことだったんだか。振り返ってみれば昨日のような気もするし、一週間以上も前のことのようにも思える。正確には三日前のお話しでしかなかったのだが、何しろ眠ること位しかすることのない虜囚の身とあっては、時間の感覚なんて大きく狂ってしまうものではある。
 あの日、俺ことジーン・ベリファスと悪友のリチャード・ホアンが、アルパイン空港の外周を取り巻いている鉄条網より四キロと離れていない茂みの中――格好の撮影スポットで待ち構えること二時間、とんでもない獲物をゲットすることとなってしまったのだ。航宙警察に慌ただしい動きがあると言う事はウェブのアングラで知っていたし、その時は航宙警察艇、或いは航空警察艇のイカス写真でも撮れればなあ……と言う程度の認識しかなかった。なお、いつもとは比較にもならない程に厳しい警備体制となっていたことに関しては、特に疑問も抱かなかった。この場所、俺達だけの撮影スポットに辿り着くのには並々ならぬ労苦を代償として支払わなければならなかったが、これも『美味しい写真』にありつく為の儀式のようなものだ。
「おっ、降りてきたぞ……まずは一機だな」
 リチャードが望遠レンズのピントをマニュアルで絞りながら呟いて、俺も慌てて双眼鏡を持ち上げた。
「珍しいな一機だけだなんて」
 俺のそんな呟きに対し、リチャードが無言で頷く気配。
「あ、続いて三つ――その上から」
「ってことは四機? 妙な編成だな」
 愛用の双眼鏡でも四つの機影が確認出来た。残念ながら、リチャードの望遠程の性能は持ち合わせていないので、俺には細かな違いは分からなかったが――どうやら、機体の種類が異なっているのではないか、と言う疑念が湧いて来るのには充分に足るものであった。
「おい、先頭の一機――妙だぞ、ジーン」
「そりゃそうだ――警察の『新型』かな?」
「いや――『戦闘機』に見える」
「貸せッ――」
 俺はリチャードから望遠カメラを強引に引ったくった。「うう」、とも「ああ」、とも付かない呻き声が自分のものだ、と言うことを認識するのには時間が掛かってしまった。このエテルナに戦闘機などは存在がない筈なのに。
「――あれ、『ワイヴァーン』じゃねえか?」
 ほとんど、無意識の内に紡がれた俺の言葉だった。
「『ワイヴァーン』って、あの――??」
 リチャードが大きく仰け反る気配があった。
「ほら、この前TVでもやっていたろ――太陽系惑星連合宇宙軍の正式採用航宙戦闘機に間違いない」
 ほとんど、他人のような唇を自動的に動かしながら、俺は説明した。望遠のレンジ内に捉えられた映像からどうしても目を離すことが出来ない。
「刻印とか見えないのか? 普通、あるだろう??」
 リチャードのそんな質問は自然なものだった。しかし。
「確認出来ない。削り取られているのか、それとも上から強引にペイントされているのか――」
 白と黄色のストライプ――おおよそ、戦闘機らしからぬ配色ではある。
「白と黄色……って、意味があるのかな」
「――お前に分からなかったら俺に分かるワケないぜ」
 リチャードが俺の私物、双眼鏡で等しく眺めながら呟く。俺は、夢中でシャッターを切った。俺のものではないが、勝手なんて知ったものだ。そんな相棒のカメラに、静止画の撮影と同時に動画としての録画も並行して行わせ始めたその時。

「動くな!」

 周囲の茂みから、音が立った、と俺達が認識したその瞬間だった。十人単位の警官――何と、SWAT(特殊警察攻撃隊)だった――が寝そべったままの俺達に対し、サブマシンガンやらピストルやらをポイントし、そう叫んだのだった。

「動くなって言われても――」
 隣で硬直しているリチャードの代わりに、そんな軽口を叩いてみたが、あまり上手く行かなかったらしい。
「喋るな、そして動くな」
 隊長と思しき制服が、そのサングラスを殊更に輝かせながら、ピストルの撃鉄を起こす気配。やばい、マジだ。
「リチャード、動くな。本当に殺(ヤ)られるぞ」
 唇を蒼くしながら脂汗を盛大に掻いている器用なリチャードが、こくこくと頷いてきた。
「坊主共、足を組んで、そして両手を後頭部に乗せろ――ゆっくりとな」
 逆らえる道理も無く、俺達は言葉に従った。

 そして、俺達はそのまんま、投獄されてしまったのだ。

   ・
   ・
   ・

 結局、『補導』と言う形で、マエ(※前科)は付けない、と鑑別所の署長は俺達に説明してくれた。カメラや、各種撮影機材の返却も行うが、そのデータだけはデリートさせて貰った、と付け加えながら。

 そして、俺達は半ば、親しく(?)なった看守のあんちゃんにロビーへと連れて行かれた。両親がこれから引き取りに来るまで、TVを観ていろ、とのことだった。

「それと――そっちの坊主だったか。あの戦闘機の正体を知りたい、って言っていたな?」
 TVリモコンを置きながら、そのあんちゃんは言ったのだ。リチャードが、ソファの上から懲りずにその身を乗り出した。
「俺達が解放される、ってことは情報が既に意味のないものになったからなんだろ?」
 看守のあんちゃん――後でベンジャミン・デイヴィスという名前であることを知るのだが――は、深みのある表情を一瞬だけ浮かべ、
「なかなか良い勘をしているな、坊主」
 そう言った。


 俺達があの日、撮影に成功したのは、正に『クリストファ・アレン』自らが駆っていた教習機、ワイヴァーンに他ならなかったのだ。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2691年01月01日

第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - IV

「憲法違反だ!!」
 そんな怒号が、議事場の中を大いに吹き荒れた。ジャニス・シュバリエが、『自衛隊構想』について触れた、その瞬間のことであり――飛び交う紙の資料、そしてプラスチック製のコップの中には中身が満たされたままで宙を飛んでいるものもあった。
『私だって、出来ればそんな『自衛隊』の設立など実行したくはない!!』
 壇上で、今一度ジャニスが張りのある声を上げたのだが、一向に収まる気配もない。そんな時、クリストファ・アレンは自分を目標として向かって何かが飛来してくることを悟った。恐らくは、万年筆だ。甘んじて受けてみるか――そんなことも一瞬の間に考えないでもなかったが、少々油断できない速度で飛来してきている。負傷しかねない――そう判断して、クリスはその右手を挙げた。
「きゃっ――」
 マリベルが気付いた時、既に万年筆はクリストファの右手によって確実に掴まれていた。
「――ふむ」
 そう呟いて、クリストファはその右腕をゆっくりと下ろした。如何にも高価な万年筆だった。回避を怠っていたら、深刻な傷を負っていたかも分からない。
「だだだ、大丈夫ですか」
 当たり前のように万年筆を握ったままのクリストファに対し、マリベルが縋り付いてくる。
「へーき、へーき」
 そう答えながら、クリスは万年筆が投じられたと思われる方面に顔を向ける。
「あの御仁か――」
 一人、こちらを唖然とした表情で眺めている議員の存在があった。思い切り投げ返してやろうかと真剣に考え掛けたが、クリストファはそんな万年筆を片手でヘシ折ることでその怒り――と言う程のものでもないが――を沈静させる。
「えっ」
 そんな様子を見て、マリベルが驚きを露骨に見せた。潰された万年筆から漏れ出るインクが、その右手を真っ青に染めている。何という剛力なのだろうか――この人物に対し、マリベルは何度目とも付かない戦慄を新たとしたものだった。
「健全だよ、マリベル――実に健全だ」
 その握り締めた拳の間からインクを漏らしながら、クリストファは笑顔すら作った。
「健全ですか、これが……」
 クリストファ・アレンに万年筆を投じた議員の名前をその脳裏へ刻んでおきながら、マリベル。壇上の大統領はその周囲を多くの議院に囲まれている中、怒号を放ち続けている。
「健全だよ。存在して、然るべきアレルギー反応だ。安心しているぐらい――」
 原形をすっかりと失った万年筆を机の上へと放り置き、クリスはインクにまみれた自らの右手をゆっくりと睥睨(へいげい)した。
「けれど、これは行き過ぎですわ――」
 議会警備隊は一体、何をしているのか――そう考えながら答えたマリベルはそれでも取り出したハンカチをクリストファに差し出した。
「必要ないよ」
 一言だけを返したクリストファは、殊更に悠然と自席へ座り直した。




   ◆ ◆ ◆

「大荒れだな――こうなるのは、分かってはいたが」
 キリオが緑茶を啜りつつ、そんなことを呟いた。
「色々なものが飛び交っているけど……危なくないのかな」
 現在、このフォーチュンの第一艦橋にあっては臨時国会は中継放送が行われているチャンネルの全てが開かれていた。言うまでもなく、その各々はリアルタイムで録画をされており、キリオは今日の休息時間がそれらビデオの鑑賞で潰される覚悟を既に定めている。
「ちょっと、何です? いっとう右下の映像――」
 ナナがそう言って、拡大されていた画面と切り替えた。
「げっ――」
 切り替えられたそんな画面の中で、一人の議員が叫びながら何かを投じるのが確認出来た。慌てての先回りを行ったカメラの先には果たして、彼等の司令官の存在が。
「なにぃっ!?」
 キリオは指揮卓に手を突いて立ち上がったが、既にクリスファは投げ付けられた万年筆を確実に受け止めていた。
「……なんということを」
 ソフィがギリッと歯を大きく鳴らす。クリスの隣のSP(?)――確か、マリベルとか言った――が慌てて立ち上がる様子をどうにか平静を保った状態で眺めながら、キリオは後悔の念の発生をやはり、止められないでいた。やはり、自分がクリスの『盾』となるべきだったのではなかったか。
『ロードに傷は無いみたいですね』
 いつの間にか充電エリアから抜けていたのか、そんなキリオの足元でアテネコ・グリーンが言った。

『ロードを傷付けようとする人間を、私は、『アテナ』は決して許さない――ええ、許せない』

 ぞく。

 その場の全員が、アテナのそんな感情を露(あら)わとした発言を受け、恐怖感すら自覚した。




   ◆ ◆ ◆

「スコットさん、何をやっているの?」
 その背後から、ミランダが声を掛けてきた。
「見て分からんか――?」
 振り向くこともなく、自分の作業を続行しながらロードマン元中尉。
「分からないから聞いてるの」
 ミランダが膨れっ面を作った気配を感じて、いよいよスコットは振り向いた。マノアが一緒にいたことと、そして何よりもミランダがヒカルを抱えていることに気付いて苦笑。
「なんだ。おさんどん、してんのか」
 ミランダの腕の中、すやすやと寝息を立てているヒカルを確認しながらスコットは言う。
「ええ。ユキノさんが張り切ってケーキを作っているから、その間だけ」
 簡潔に答えると、ミランダはヒカルの血色の良い頬に自らの頬を密着させた。
「姉さん、そろそろ私にも抱かせてよ」
 そんなマノアはフローラ手製の乳母車を押している。その中にはオムツやら哺乳瓶やらがふんだんに詰め込まれているはずだった。
「だーめ。今、気持ちよさそうに眠っているんだもん」
「ずるうい。さっきからそればっかりじゃない……」
 そう不平を漏らしながらも、マノアは新しい布オムツを取り出し始めている。
「それは置いといて、スコットさん……本当に何を?」
 布オムツを乳母車上で広げながら、マノアが本題へと戻した。
「新型――【ゼロ】の整備マニュアルの作成と、それに必要とされる工具各種のラインナップをしているんだよ」
「ゼロの――ですって?」
 姉の表情が少女のものから戦士のそれへと転じたことにマノアが気付いた。
「姉さん、預かるわよ」
「うん、ごめん――」
 腕を差し伸べてきたマノアにゆっくりとヒカルを手渡しながら、ミランダはスコットの手元へ目を落とし込んだ。
「工具各種ラインナップ――って、ワイヴァーンとかでもやっていたの?」
「それは、勿論」
 端末を叩いていた手を止めつつ、スコットはその足元から一つのケースを取り出した。
「これがそうだ――ワイヴァーンの整備に使用する工具の全てが込められている」
 見た目とは裏腹に、そのケースが大変に重いことをミランダは知った。受け取って、床上で広げてみた。幾重にも折り重ねられたそんな工具箱の中身は、広げてみると両の手を一杯に広げたほどの大きさになっている。
「うわあ――これ、全部使うんだ?」
 001号、とナンバリングが施されたスパナを手に取って、ミランダが呟いた。
「そうだ。裏を返せばまあ……これだけで済むんだけどね」
「どういうこと?」
「君達の兄さんや姉さん達が設計したワイヴァーンってな、凄く整備効率が良いんだよ」
 鼻の下を掻きつつ、どこか得意気にスコットは付け加えた。
「ワイヴァーンが主力となる前はドラグーンと言う機体があったんだが――そうだなあ。ざっと数倍の工具を必要としたよ」
「そうなんだ」
 スパナを元の位置に戻して、ミランダは深く頷いた。
「でまあ、今はちょうど手が空いていたし――俺は機体整備一筋だからな、本来は」
「大変なのねぇ……で、一人でやっているの?」
 半ばの自由時間でもあり、享楽主義者であることを自他共に認めているスコットがここまで根を詰めるということが、ミランダには純粋に意外だった。
「放送、聞かなくても宜しいの?」
 そう追加したのはマノアであり、そんな彼女とミランダは艦内無線の受信機をこの時も着用しているのだ。スコットがその肩を大きく竦めて見せる。
「俺はな、こうやることでしかクリス――いや、総司令官殿の手助けをしてやれないんだ。この段階で気を揉むのは、副司令や艦長の仕事とさせてもらう」
 そんなスコットの発言を受け、ミランダとマノアは互いの目を交わし合う。言葉は存在せず、二人の姉妹はただ、見つめ合う。
「んにゃ――どしたよ?」
 反応が全く無いことを怪訝に感じたスコットが再度振り向こうとしたが、その行動は完遂できなかった。
「スコットさん、素敵――」
 背後からミランダが抱きついてきた為だった。
「わははははは――そうさ、俺はいつだって素敵なのだ――なはははは」

「そこで黙っていればもっと素敵なのに――」

 マノアが、吹き出し掛けながらもそう言った。腕(かいな)の中、ヒカルが身じろぎを行いながら――なんと、笑っている。
「あぶっ、あぶう〜」
 ヒカルを抱き直しつつ、マノアは素早い確認を行ったが、おしめが湿っていると言うこともない。これは、エンジェル・スマイルと呼ばれるものなのか。これと言った自我を持ち得ない新生児が、時として浮かべる笑顔。
「ヒカル、あなたも可笑(おか)しいのね?」
 マノアが頬ずりを行ったことで、更にヒカルはその表情を崩すのだった。



   ◆ ◆ ◆

 母のお手製、スープスパゲティの味が素晴らしかったのはいつものこと。肉体的、そして何よりも精神的に落ち込んでいた娘マキーナにとっても、それは変わり様のない現実だった。
「TVは観ないの? ローゼンベルク先生は」
 律儀に倒置法を用いながら母、リルケは食器を回収しながら尋ねたものだ。
「……そう言えばジャニスからも観るようにって言われていたけど」
 先立って、事実の全てを娘の親友から伝えられていた母は無言のまま、食器を流し台に並べていっている。
「――ちょっと難儀なことになりそうね――」
「ちょっとどころじゃないよ……」
 それでも、今の私の状況に比べれば大したことではない。そんな考えへと至るが、これは言葉にはしなかった。幾らなんでも、そこまで自己中心的になれるほどに傲慢さを私、マキーナ・ローゼンベルクは持ち合わせていないの。
「ジャニスから……」
 リルケがエプロンで両の手の水気を切りながら、台所から戻ってきた。
「やっぱり、彼女だったんだ――だろうなあ、とは思っていたけど……ごめんね、母さん」
 膝を抱えた状態を続けながら、マキーナはその両膝に顔を埋める。

「――クリストファ・アレン元大佐」

 母は静かに、しかしはっきりと口にした。

「太陽系惑星連合宇宙軍所属で、最終的な階級は大佐――そして連合の対エテルナ兵器を強奪して、亡命を試みて――」
 マキーナは堪らず、絶叫した。
「やめて!!」
 両の耳を塞ぎ、その頭を大きく左右に振った。
「やめませんよ、ミズ・ローゼンベルク――」
 母は、そんな娘の両腕を掴み上げる。涙と鼻水に完全に支配された娘の顔が確認出来た。
「聞きたくない、もういいんだから――やめてよう!!」
「いい加減になさいッ――!!」
 いよいよ母は、そんな娘の頬に平手打ちを浴びせた。娘に手を上げたのは初めてのことだった。呆然としている娘の身体を更に大きく揺すりながら、母は続けた。そんな母親の顔もまた、涙で覆われていたことを娘はここで初めて、知った。

「遺伝子鑑定の結果、エテルナのクリストファ・アレンであったことが判明したのよ」

 震える声で女親。

「――うそ」

 夥しく流れ続けている涙を堰き止めることもせず、じんじんと痺れている左頬に力無く手を当てながら、マキーナは一言だけ呟いた。

「間違いないの。先日、ジャニス自ら――検査していった結果なの――ガレージの、クリスのバイクを通じて」
 身じろぎの一つもマキーナは行わない。
「髪の毛が幾つか、採れたみたい――それと、指紋も数点。そして――そんなクリストファさんと私はまだお会いしていないけれど、大統領を通じて預かってきたものが……あります」
 そう言って母親はゆっくりと立ち上がり、壁に掛けられていたハンドバックを手に取った。マキーナはただ、そんな母親の行動を目で追った。それしか出来なかった。
「そう……これよ」
 ハンドバックの中から、小さな紙包みを母は取り出して、ゆっくりとマキーナに差し出してくる。
「……」
 娘はその震える手を、まるで何かを恐れている様に差し伸べた。
「ジャニスからの追伸――先に自分が確認してしまって申し訳ない、って」
 母親のその言葉に対しては適当な頷きを戻しておきながら、いよいよマキーナは紙包みを手に取った。手の平に軽々と収まるそんな紙包み――でも、その中身は微妙に重い。

 まさか、これって。



 小刻みに震えて、思いのままにならない自分の指。それでもどうにか、紙の包みを解いていくと、果たして。



 ペンダントだった。




「……心覚えはある?」

 しかし、今のマキーナにはそんな母の声は届いていない。

「――だったはず――なのに」
 娘は絶え絶えな声を絞り出したが、母も又、その声を拾うことができなかった。
「どうなの?」
「――綺麗なペンダントだったはずなのに……なんでこんな……」
 事実、そんなペンダントの表面は元々が銀無垢(ぎんむく)であったのだろう、と言う見当が辛うじて付く位のものでしかなかった。その表面が大きく歪み、抉(えぐ)れていることが、何らかの激しい衝撃を被ったことを無言の内に証明している。蝶番(ちょうつがい)は完全に死んでおり、まともに開くことすら出来ない。
「ん……」
 躊躇いはあったが、自分の確信をより、確実なものへとするために。マキーナは、指先に力を込めて、ペンダントを開いた。
「間違いないわ――これ、あたしがあの日……クリスに渡したペンダント」
 ヒビの入ったガラスの奥で、すっかりと変色したエテルナホウセンカの花びらの存在がある。
「開くと、音楽が流れるはずだったけれど……」
 完全に電気系統が死んでしまっているのか、音は全く聞こえない。静電気を利用した半永久的な機関を持っていた、と記憶には留まっているが。
「そう……間違いないのね。クリスは、帰ってきたのよ。ここに」
 言葉を選びながら、母。
「けれど……それだったら、どうしてこの間……会った時……何も、何も……何も……」

 リルケ・ローゼンベルクは先立って、ジャニス・ハッシュポピーから聞いていた結論、敬意を娘へと示す意をその内で決した。他にも預かりものがあったが、これは娘の様子如何では見合わせる必要があるかもしれない。

「マキーナ、良くお聞きなさい――」






   ◆ ◆ ◆


 遠い未来。或いは、遠い過去か?
 それを知る術は、どこにも無い。


『おい、ティーナ! 次はお前の番だろうが!』
 突然の怒号に、クリスティナはその身体を大きく揺るがせにした。
「あっ――ごめんなさい。少し、ボンヤリしてました――」
 通信の向こう側で軽い溜息の後。
『お披露目だからと言って気を抜くなよ。ソラとユキトは既に現場(げんじょう)に到達しているらしい――急げよ』
「Roger(了解)――『エンフォーサ』、これより出撃します」
『ようし、実力を見せ付けてやれ。いつもの通りにやればいい!』
「ありがとう、スコットさん――」

 白いボディの所々に走る赤いストライプ。

 ようやく、お披露目の時か。

 ユキトやソラと会うのも久し振り。


「さあ行くわよ、アリス――」
『一切の問題なし。ホドホドに頑張りましょうね――ティナ』
「ありがと――発進用意」
 彼女の愛機はその指示に忠実に従い、両の膝をゆっくりと曲げた。陸上選手さながらのクラウチング・スタイルであり、両の腕にはその前方に備えられたバーが強く握り込まれている。このタイプの重力カタパルトは、今の時点では機動要塞『フォーチュン』と、この航宙空母『モデレーション』にしか積載されていない。

「クリスティナ、行きます!」
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする