情け容赦のないクリストファ・アレンの『インメルマン・ターン』によって、マリーベル・リンスが気持ちよく失神してしまった、そんな瞬間より、一時間程を巻き戻す。
・
・
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「フォーチュンへお邪魔させていただくことにします――」
大統領官邸は応接室で、マリベルと茶席を共にしていたクリスに対し、大統領はあくまでも軽い口調で言い述べた。実に、国会議事塔で別れてから二十分も経過していない。
「それが宜しいかと。一度、僕の大切な部下達にもお会いして欲しいし――」
マリベルが立ててくれた茶の旨味に溜息を漏らす。いい茶葉だ。
「愉快な方々だそうね。そう聞いているし、何よりもあなたを見ているとそれが良く分かります」
携帯端末で何かを操作しながら、大統領。
「愉快――そうですね、ちょっとタダモノじゃないね、みんな」
隣のマリベルに対しても等しい苦笑を向けたクリストファの言葉は、真実だ。
「宇宙に上がるとなると、ネェル・ヨコハマに設置されているマス・ドライバーからということになりますが――持って降りられた機体はどうされますか?」
これは大統領ではなく、マリベルの発言だった。既に、簡単なスケジュールは彼女自身が組んでもいたのだろう。
「ふむ――79号機か……」
しなやかな指を顎に当てながら、クリストファはしばし黙考。
「保管は万全の体制で行えますけど」
気を回した言い方をしてくれるマリベルだったが、これは必ずしもクリスが危惧していたところではない。
「教習機も兼ねていて、でもって複座は79号機、ただ一機しかないから……持って帰ろうかな」
ここで大統領が、その長身を竦ませる。
「えーーっ? アレって単体で大気圏離脱を可能とするのですか!?」
クリスは失笑した。両の手を大きく眼前で振りながら。
「そこまでバケモノ――違うから」
そんな物言いにマリベルがクスリと笑った。
「ごめんねぇ、専門家――違うから」
同じ表現で続いた大統領はだが少しだけ、面白く無さそうな感じだ。
「マス・ドライバーの情報は先刻、マリベルからお聞きしました――」
いささか演技的な咳払いを行ってから、クリストファ。
「――どうやら規格が合致しそうだから79号機の打ち上げは可能みたいです。幸い、79号機――ワイヴァーンにも該当するプログラム・ドライバがインストールされていたから全く問題ない」
腕を組んで一人、うんうんと頷きを加えたクリス。
「我々は専用の航宙機で上がることになりますから、ご一緒すれば良いのに」
大統領のこの発言は至極当然のものだ。
「いや――マス・ドライバーからの射出による大気圏離脱なんて経験したことがないから、是非、試してみたいとも思うのですよ」
あくまでも気軽なクリスの口調ではあったが、マリベルは心から感服したものだ。この男性が内に抱えている、飽くなき向上心の源は一体どこに。
「頂いた79号機の機構であれば射出時の慣性負荷も問題ありませんから、確かに大丈夫ですね」
思考を事務的な方面へと切り替えて、マリベルは大統領に専門的な解説を行った。
この『マス・ドライバー』と言うものについて少し、説明をする。
地上より宇宙空間へ物資を運び込むに際し、従来のロケット・シャトルによる運送では経済効率も、そして安全面からしてもリスクが大き過ぎると言う現実がある。積載容量だって甚だ限られるものであったし、そもそもが、より重質量のものの運搬を実行するに当たっては非効率極まりない。大型のロケットやシャトルの建造には莫大な費用が掛かる上、その必要維持経費にしてもこれは、とんでもない額となる。無論、打ち上げ費用は費用で別途、掛かるわけである。そこで、この数世紀、地球とエテルナで実行に移されたのがそんな『マス・ドライバー』の建造であった。電磁式のカタパルトによって加速度を与えられた機体はより少量の推進剤の消費で衛星軌道へと持ち上げられることになる。必要なのは莫大な電力位のものであったが、もはや電力に困る時代では無い。
そして、エテルナに建造された四基の『マス・ドライバー』の内、ネェル・ヨコハマ近郊に建造された、通称『ウィング・フォー』に至っては最新型と言うこともあり、電磁カタパルトによる物理的なエネルギー付加のみならず、成層圏上空――約15000メートル――に至るまで空気抵抗の一切を機体に及ばせないと言うシステムを所有している。これは、高度2000メートルばかりも伸ばされたレールの突端から強力なレーザー光線を筒状に照射することで、その内部を限りなく真空の状態へと近付けるものだ。
この『ウィング・フォー』によって射出される航宙船はその種類を問わず、ほとんど推進剤の消費を必要としない。
太陽系は地球にあっても同タイプの建造が予定されてはいたものの、莫大な予算が必要とされることから、計画上で頓挫(とんざ)してしまっていたっけな――クリストファ・アレンはそう記憶していた。
「どの道、ネェル・ヨコハマへ赴くとなると79号機を陸送――いや、この場合は空送しなくちゃならないですね」
マリベルが言ったが、それに対してはクリスは実に呆気なく、答えた。
「僕が自ら運ぶさ。それが一番、面倒が無くって良いでしょ」
どう控え目に言っても、大型機であるワイヴァーンの積載を可能とする大型輸送機の手配――そこそこの困難を極めると思われる――をその脳裏で描き掛けていたマリベルはこれには絶句。
「まあ、確かに手間は手間ですねえ――輸送機で運ぶとなると」
大統領は大統領で、何の疑問も抱かずに頷いたりしている。
「79号機は全く、問題なく飛行できます――大丈夫」
呑気にそんなことを言ってくれるクリストファであるが――護衛役のマリーベルとしてはこれは『問題大あり』に他ならない。彼女にとり、大統領に次ぐ警護対象は彼、その人だったのだから。
「――しかし――アレン様をお一人とは」
腕を組んだまま、そんなマリベルにクリストファは顔を向けた。
「ふむ」
彼女に課せられた任務についてその頭を悩ませるところであったが――解決策は直ぐに見付かった。
「マリベル――君、航空機のライセンスを持っているんだったよね?」
フリルの付いた両肩に、クリストファは両手を乗せてくる。
「はぁ、一応」
事有り――有事の際には基本的に、ありとあらゆる種類の車両を接収出来ると言う権限を持たされているマリーベル・リンスは当然、全てのライセンスを所有している。航空機、航宙機の類に関しても、決して例外ではなくって。
「よし。マリベル、君が僕の前に乗れ――それで問題はズバット解決だ」
「ほげー?」
マリベルの顎が大きく落ちた。デッサンが大いに狂ってしまっている。
「まじっすか?」
あぱー、と大口を開けた状態でマリベル。
「まじっす」
その両肩を二度、叩いてクリストファ。
「ずりーなー。アタシも乗ってみたい〜」
肘を曲げた状態で『いやんいやん』とばかりにその身体を左右にプリンプリン(※擬音)と振った大統領だったが、そんな彼女は大変な長身の持ち主でもある為、『可愛さ』やら『萌え』と言う要素をクリスとマリベルはどうしても見出すことが出来なかった。スルー。
「大統領が乗られるとなると、それこそ問題ですっ――いけないと思います!」
気を取り直し、人差し指を大きく立てて、マリベル。
「ちっ――駄目ですかい」
如何にも残念そうな様子を大統領は露骨に表したが、実際のところ、自分が乗り込んでしまっては相当な問題となるであろうことは明白。胃腸に問題のある国防副委員長なんて、そのまんま病院に担ぎ込まれることになるだろう。
「じゃあ、善は急げってことで――マリベル、専用機の手配諸々を含めて、直ぐに掛かって頂戴」
表情を常のそれに戻し、細い腰に両手を当てて大統領。
「了解しました――アレン様、ワイヴァーンの方は――」
簡潔な敬礼を作ったまま、マリベルがクリスへ向き直った。
「飛ぶ前に簡単なプリフライト・チェックを行えば充分だと思う。自己診断プログラムもしっかりしたのが付いているから、整備上の問題は無いと思うよ」
そもそも79号機にとっては、ほとんど「降りてきた」だけの機動であったわけだから。
「それでは、直ちに準備に掛かります――」
マリベルは両者に敬礼、退室。
・
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・
――まさか、ワイヴァーンに乗れるだなんて思わなかった。
パンプスの音を響かせ、官邸の廊下を足早に突き進む。手に持った携帯通信機で関係各所に連絡を取りながらも、そんなことを考えている器用なメイドさんであった。
でも、何だかんだと楽しみではある。
戦闘機特有の機能美に基づくその性能の凄まじさ。
いや、性能の凄まじさがあっての機能美なのかな。
えへへ。俄然、楽しみになって来ちゃった。
そんなメイドさんは、その一時間後に待ち受ける悲劇の存在をまだ知らない。
合掌。
2688年01月01日
2687年01月01日
第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - VIII
「うぷっ――危なかった……」
両の肩で大きく息を吐きながら、前席のマリーベル。
「ごめん――調子に乗り過ぎちゃった……大丈夫?」
自動操縦へと切り替える操作を行いつつ、クリストファはそのバイザーを上げた。『インメルマン・ターン』に続き、逆インメルマンと呼ばれることもある『スプリットS』、そして『バレル・ロール』と言う容赦のない空戦機動を行ったクリストファ・アレン。相棒であるマリーベル・リンスの反応が無いことに気付いたのは、最後に行った『バレル・ロール』の最中であった。
「いえ……どうにか……なんとか」
珍しく、舌っ足らずで道理を得ないマリベルの発言に、クリストファはその眉根を寄せた。
「――マスクに戻したんじゃないか?」
妙齢の女性に尋ねるのは気が引けるところではあったのだが。
「いえ……危なかったけど、どうにか――」
右手で小さな丸マークを作って、マリベル。
「そっか……すまなかったな」
今思えば、航空機のライセンスを持っているとは言え、常に搭乗しているわけでもないマリベルを前に乗せた状態では、明らかに無謀な操縦であった。反省。
そんな時、コックピット内にチャイム音が複数、続けて発生した。マリベルが慌ててマスクを再装着。
「大丈夫、護衛機が7と、それと後方から大統領専用機、そしてその護衛が3――」
マリベルを安心させるための報告だったが、考えてみれば前席にだってディスプレイは据えられているから、不要なものだったかもしれない。
「全て、航空警察のものです。シグナル、全てに問題なし」
常の声色でマリベルが答えてくれたことには安心した。
「後はじゃあ、飛行計画に則った自動操縦ってことで」
正面ディスプレイから展開されたキー端末で、79号機の管制コンピュータに命令を行いながらクリストファ。その前の席でマリベルが安堵の表情を浮かべていることには気付かない。
「後はのんびり、四十分後――ってね」
そう口にして、その座席をリクライニングさせたクリスは改めて、エテルナの空を見上げた。
「碧色の空か――なんだか、ここをワイヴァーンで飛んでいるのが夢みたいだ」
ヘルメットを外し、頭の後ろで両腕を組んだ状態でクリスは呟く。
「夢じゃありませんよ」
くすくすとマリベルが笑ってきたけれど、どこか含みのある表情だった。
「そりゃそうだろうけどさ――」
顎を突き出すことで、マリベルにもシートのリクライニングをさせたクリストファだったのだが。
「あんな大G(慣性負荷)、夢なんかじゃ有り得ませんからね」
苦笑するしかない、クリストファ・アレンであった。
◆ ◆ ◆
「どうなんでしょうね。やっぱり、料理とか気合いを入れないといけないかしら」
珍しく艦橋に上がってきたマエダ・ユキノは、開口一番、そう言った。
「いや、僕達が普段食べているもので問題ないと思うがね――」
組み上げ途中のスケジュール表が示されていたウィンドウを閉じながら答えしは、副司令官がヒムラ・キリオその人であった。
「でも……超VIPですよねえ」
胸の前で腕を組み、ユキノは溜息を吐いた。
「気さくな人だしさ――あまり肩肘を張る必要はないと思う。ホラ、新顔のレイコさんみたいな具合で充分だよ、ゆきのん」
節々で頷きを加えながらキリオは、そんなユキノを愛称で呼んだ。
「……そうかしら?」
「うん。ボディ・ガード役のメイドさんも着いてくるそうだし、問題ない」
ここでユキノは首を傾げた。
「ボディ・ガードなメイドさん? 何だか、妙な表現に聞こえますけど」
全く、その通りだと思う。
「まあ、百聞は一見に如かずってね――あと半日もすれば分かるから、お楽しみに」
◆ ◆ ◆
アムロ警部補が自室へと続く廊下を半ばのスキップで移動していた時のことだ。
「オーイ、誰かあ〜 助けてええええ〜」
本来は持ち主不在、つまり空室である20号室の中から悲鳴に近い、そんな声が漏れ出てきている。
「どうしましたあ?」
スッコンコンとドアをノックしてみるが、返事が返ってこない。ドアロックは掛かっていないらしかったので、レイコは自動扉の開閉スイッチを押し込んだ。
すると、そこでは。簡易ベッドの片側を持ち上げた状態で、完全に凝固してしまっているリョウ・ターミナの存在があった。
「……ア、アムロさんでしたか……」
その顔に大量の脂汗を噴出させながら、リョウは言った。
「……何をなさっているのですか?」
この大男が、こんなところで何をやっているのか……全く、謎である。
「お恥ずかしい話なのですが……ギックリ腰……みだいなんでず」
・
・
・
「面目ない」
アムロが連絡を入れ、アテネコ・レッドによって運び込まれた自走式の車椅子で揺られながら、リョウは後頭部をボリボリと掻いた。
「いやいや――私もやっちゃったことあるし」
そんな車椅子に随伴しながらアムロ警部補。アテネコ・レッドはちゃっかりとリョウの膝の上で丸くなっている。
「クセになっちゃうんですよね、こういうのって……しかしお恥ずかしいところを……」
巨体を車椅子上で殊更に縮めながらのリョウ・ターミナの発言であったが。
「ところで、なんであの部屋で?」
細い顎をつまむようにして、レイコの質問。
「あー、大統領や側近の方が来られる、と聞いたんでね……簡単な掃除とベッドメイキングを」
俯きながら、リョウ。
「――まあ」
全く、想定外の答えを受けてレイコは返す言葉をなかなか紡ぐことが出来なかった。身長、実に190センチにも近いこんな大男がなんとマメな――と、これには少し彼女の偏見が入っているのだが。
「ところでアムロさん、フォーチュンは快適ですか?」
話題を変えるつもりなのか、リョウは唐突にそんなことを言ってきた。
「ええ、食事も美味しいし、そして何よりも皆さんと一緒にいて楽しいのがなによりです」
これは社交辞令ではなく、アムロ警部補にとっては心からの言葉だった。彼女がフォーチュンに乗り込んできたのは、航宙警察に於いて最も腕の立つパイロットであったことが一つ。そんな警部補の専門は当然、航宙機であったのだが、航宙船舶に関する知識の持ち合わせもあったことが評価されて、このフォーチュンへ派遣されてきたという経緯がある。今現在、この船には航宙警察の職員が他に五名、配置されているが、フォーチュンの中で実際に寝泊まりまでしているのは彼女だけだった。
「そう言ってもらえると助かります」
リョウははにかんだ笑顔で、答えた。
◆ ◆ ◆
「なんだかヤオヨロズの一部、アクセス出来ないんすけど――」
真っ赤に充血した両目を隠すためのサングラス着用を行っているジャスティンが、その背後で黙々と作業に従事している上司、マエダ・イチローに尋ねた。
「ああ、問題ないよ。アテナが要求してきたやつ――主任の許可も下りているし」
キーを打つ手は休めずに、イチロー。
「そうなんですか?」
今一度尋ねたジャスティンに対し、
「そうなんです」
結局、イチローは一度も振り向かなかった。
――しかし
アテナは、こんな大容量のスペースを、何に使うつもりなんだ?
その心に何かが引っ掛かっているのだが、ジャスティンはそれ以上を考えるのは止めることとした。
「おい、手がお留守だぞジャスティン君」
イチローが、卒無く注意してきたからだ。
船――この場合は戦闘艦だが――を造る為に必要な機械。
滑稽だが、そこから始めなくてはならないのだ。
◆ ◆ ◆
特有の尖った爆音が次第に近付いてくる。構えた双眼鏡の中、一際に目立つ機体へと視線を注ぎながら彼女はオレンジ・ジュースを一口、含んだ。そんな機体が目立つのはカラーリングもさることながら、何と言ってもその大きさに尽きる。随伴している航空警察の機体と比較してみると、その大きさは実に二倍強、と目測される。
「来たわね――噂の『ワイヴァーン』ちゃん」
双眼鏡を構えたまま、その膝元を手で漁って囓りかけのハンバーガーを掴み取り、呟いた。
「大統領が例の戦艦に乗り込む、って噂――ほんとですかね」
その隣で等しい体制でやはり、双眼鏡を構えている男性が呟いた。
「それを確かめるのがアタシ達の使命なの!」
ほとんど怒鳴り声に近い声を上げ、そして彼女は携帯電話を手に取った。
「ラル? アタシ達の艇は用意できているんでしょうね!?」
「あ――? 手間取ってる?」
「そこをなんとかすんのがアンタの仕事!」
「いい? 三十分以内よっ!」
殊更に大袈裟な動作で携帯電話を切りながら、彼女は相棒へ目を向けた。
「さあ、行くわよ」
大柄の肉体に比して、どこか押しが弱そうな顔の持ち主である男性は首を傾げた。
「行くって、どこにっすか――?」
そんな男性とは対照的に、小柄ながらも、性格の強そうな顔の持ち主である女性はその細い腕を真っ直ぐ、天上へと向けて、ただ一言。
「宇宙(うちう)」
「あの――マリーカさん?」
男性が、その眼前で両の人差し指をモジモジと付き合わせながら。
「何よ?」
足元に散らばっているゴミを拾い集めながら、マリーカと呼ばれた女性は見向きもしないで言葉だけ。
「俺も――『うちう』に行くってことですか?」
「だってアンタ、カメラマンでしょうが」
両腰に手を当てて、マリーカ・フランシス。
「今日は、この後に恋人と約束がありまして」
そんなマリーカの様子をちらちらと盗み見ながら、小さな声で男性が言う。こんな発言一つ取っても、大変な勇気を振り絞った結果であったのだが。
「ふうん。それは――残念ね。本当に、残念――」
さして残念でもなさそうに、マリーカ。
「あ、ありがとうございます! 良かったぁ〜 いやあどうなることかと思っちゃいました大体最近彼女と全然会えていなくってすっかりオカンムリなんですよねえいやあしかしなんで僕のせいでもないのにあんなに怒るんですかね悪いのはこの仕事なのにでも心配してくれてもいるのかなあうへへいやあそういうところも可愛いと思っているんですがでへへ何言ってんでしょうねでも本当にしかし良かった良かった――」
男性は顔の前で両手を組み、信じてもいない神に心からの感謝を。
しかし、マリーカはその背中に余るほどに大きなリュックサックを颯爽と拾い上げて。
「ナニ言ってんのよ――残念なのは、彼女のことよ」
◆ ◆ ◆
79号機は今やその高度を大きく下げている。機上から、海面に浮かぶ船舶の影がはっきりと目視できる程に。
指定された滑走路の空中標識を肉眼とレーダー表示の双方で確認し、念の為に滑走路からのガイド・ビーコンの受信を機体に命令する。もっとも、クリストファはオートに頼らず、自力で着陸を行う腹積もりではある。
「こちら特務航空機79号。ネェル管制、これよりランディング・アプローチへ入る」
『こちらネェル管制。79号、許可する』
事前にほとんどの交信を済ませていたこともあり、単純簡素な遣り取りであった。
「よし、マリベル着陸するぞ。逆噴射の逆Gに留意せよ」
「アイ・サア!」
親指を立てて向けてくるマリベルに対し、軽く微笑みを向けながら――対象に確認が出来る筈もないけれど――クリストファはスティック(操縦桿)を軽く押し込んだ。79号機はその鎌首がゆっくりと下がるのに続いて、緩降下を開始。正面ディスプレイの画像と、自らの肉眼による目視確認を交互に行わせながら、機長はスロットル・レバーをゆっくりと戻す。高度計がその数値を減じていく速度と、滑走路までの距離の比率を意識しながら、さらに速度を殺していく。ビーコンからの警報が鳴ることもない。
79号機、ランディング・ギア(着陸脚)を展開。そんな露出により、機体に少なからぬ空気抵抗が発生して、ワイヴァーンは軽く身震いを行った。
11と刻まれた滑走路表示を越えると、79号機はその鎌首をいよいよ上げる。
機体の平衡状態が全く問題のないことを再確認し、クリストファはスティックを引き上げる。スロットルを更に絞り込む。
第二第三ギア、接地。
続いて、ノーズギア(先端着陸脚)が接地。
79号機、逆噴射に続いてその両翼を畳み上げる。
強い空気抵抗を受け、機体の速度がみるみると減速していく。
ネェル・ヨコハマはマス・ドライバー、『ウィング・フォー』の脇へ構えるネェル・ウィング空港の管制塔で、そんな芸術的な着陸に対し、管制員達が歓声を上げていることまでは、クリストファは知らない。
両の肩で大きく息を吐きながら、前席のマリーベル。
「ごめん――調子に乗り過ぎちゃった……大丈夫?」
自動操縦へと切り替える操作を行いつつ、クリストファはそのバイザーを上げた。『インメルマン・ターン』に続き、逆インメルマンと呼ばれることもある『スプリットS』、そして『バレル・ロール』と言う容赦のない空戦機動を行ったクリストファ・アレン。相棒であるマリーベル・リンスの反応が無いことに気付いたのは、最後に行った『バレル・ロール』の最中であった。
「いえ……どうにか……なんとか」
珍しく、舌っ足らずで道理を得ないマリベルの発言に、クリストファはその眉根を寄せた。
「――マスクに戻したんじゃないか?」
妙齢の女性に尋ねるのは気が引けるところではあったのだが。
「いえ……危なかったけど、どうにか――」
右手で小さな丸マークを作って、マリベル。
「そっか……すまなかったな」
今思えば、航空機のライセンスを持っているとは言え、常に搭乗しているわけでもないマリベルを前に乗せた状態では、明らかに無謀な操縦であった。反省。
そんな時、コックピット内にチャイム音が複数、続けて発生した。マリベルが慌ててマスクを再装着。
「大丈夫、護衛機が7と、それと後方から大統領専用機、そしてその護衛が3――」
マリベルを安心させるための報告だったが、考えてみれば前席にだってディスプレイは据えられているから、不要なものだったかもしれない。
「全て、航空警察のものです。シグナル、全てに問題なし」
常の声色でマリベルが答えてくれたことには安心した。
「後はじゃあ、飛行計画に則った自動操縦ってことで」
正面ディスプレイから展開されたキー端末で、79号機の管制コンピュータに命令を行いながらクリストファ。その前の席でマリベルが安堵の表情を浮かべていることには気付かない。
「後はのんびり、四十分後――ってね」
そう口にして、その座席をリクライニングさせたクリスは改めて、エテルナの空を見上げた。
「碧色の空か――なんだか、ここをワイヴァーンで飛んでいるのが夢みたいだ」
ヘルメットを外し、頭の後ろで両腕を組んだ状態でクリスは呟く。
「夢じゃありませんよ」
くすくすとマリベルが笑ってきたけれど、どこか含みのある表情だった。
「そりゃそうだろうけどさ――」
顎を突き出すことで、マリベルにもシートのリクライニングをさせたクリストファだったのだが。
「あんな大G(慣性負荷)、夢なんかじゃ有り得ませんからね」
苦笑するしかない、クリストファ・アレンであった。
◆ ◆ ◆
「どうなんでしょうね。やっぱり、料理とか気合いを入れないといけないかしら」
珍しく艦橋に上がってきたマエダ・ユキノは、開口一番、そう言った。
「いや、僕達が普段食べているもので問題ないと思うがね――」
組み上げ途中のスケジュール表が示されていたウィンドウを閉じながら答えしは、副司令官がヒムラ・キリオその人であった。
「でも……超VIPですよねえ」
胸の前で腕を組み、ユキノは溜息を吐いた。
「気さくな人だしさ――あまり肩肘を張る必要はないと思う。ホラ、新顔のレイコさんみたいな具合で充分だよ、ゆきのん」
節々で頷きを加えながらキリオは、そんなユキノを愛称で呼んだ。
「……そうかしら?」
「うん。ボディ・ガード役のメイドさんも着いてくるそうだし、問題ない」
ここでユキノは首を傾げた。
「ボディ・ガードなメイドさん? 何だか、妙な表現に聞こえますけど」
全く、その通りだと思う。
「まあ、百聞は一見に如かずってね――あと半日もすれば分かるから、お楽しみに」
◆ ◆ ◆
アムロ警部補が自室へと続く廊下を半ばのスキップで移動していた時のことだ。
「オーイ、誰かあ〜 助けてええええ〜」
本来は持ち主不在、つまり空室である20号室の中から悲鳴に近い、そんな声が漏れ出てきている。
「どうしましたあ?」
スッコンコンとドアをノックしてみるが、返事が返ってこない。ドアロックは掛かっていないらしかったので、レイコは自動扉の開閉スイッチを押し込んだ。
すると、そこでは。簡易ベッドの片側を持ち上げた状態で、完全に凝固してしまっているリョウ・ターミナの存在があった。
「……ア、アムロさんでしたか……」
その顔に大量の脂汗を噴出させながら、リョウは言った。
「……何をなさっているのですか?」
この大男が、こんなところで何をやっているのか……全く、謎である。
「お恥ずかしい話なのですが……ギックリ腰……みだいなんでず」
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「面目ない」
アムロが連絡を入れ、アテネコ・レッドによって運び込まれた自走式の車椅子で揺られながら、リョウは後頭部をボリボリと掻いた。
「いやいや――私もやっちゃったことあるし」
そんな車椅子に随伴しながらアムロ警部補。アテネコ・レッドはちゃっかりとリョウの膝の上で丸くなっている。
「クセになっちゃうんですよね、こういうのって……しかしお恥ずかしいところを……」
巨体を車椅子上で殊更に縮めながらのリョウ・ターミナの発言であったが。
「ところで、なんであの部屋で?」
細い顎をつまむようにして、レイコの質問。
「あー、大統領や側近の方が来られる、と聞いたんでね……簡単な掃除とベッドメイキングを」
俯きながら、リョウ。
「――まあ」
全く、想定外の答えを受けてレイコは返す言葉をなかなか紡ぐことが出来なかった。身長、実に190センチにも近いこんな大男がなんとマメな――と、これには少し彼女の偏見が入っているのだが。
「ところでアムロさん、フォーチュンは快適ですか?」
話題を変えるつもりなのか、リョウは唐突にそんなことを言ってきた。
「ええ、食事も美味しいし、そして何よりも皆さんと一緒にいて楽しいのがなによりです」
これは社交辞令ではなく、アムロ警部補にとっては心からの言葉だった。彼女がフォーチュンに乗り込んできたのは、航宙警察に於いて最も腕の立つパイロットであったことが一つ。そんな警部補の専門は当然、航宙機であったのだが、航宙船舶に関する知識の持ち合わせもあったことが評価されて、このフォーチュンへ派遣されてきたという経緯がある。今現在、この船には航宙警察の職員が他に五名、配置されているが、フォーチュンの中で実際に寝泊まりまでしているのは彼女だけだった。
「そう言ってもらえると助かります」
リョウははにかんだ笑顔で、答えた。
◆ ◆ ◆
「なんだかヤオヨロズの一部、アクセス出来ないんすけど――」
真っ赤に充血した両目を隠すためのサングラス着用を行っているジャスティンが、その背後で黙々と作業に従事している上司、マエダ・イチローに尋ねた。
「ああ、問題ないよ。アテナが要求してきたやつ――主任の許可も下りているし」
キーを打つ手は休めずに、イチロー。
「そうなんですか?」
今一度尋ねたジャスティンに対し、
「そうなんです」
結局、イチローは一度も振り向かなかった。
――しかし
アテナは、こんな大容量のスペースを、何に使うつもりなんだ?
その心に何かが引っ掛かっているのだが、ジャスティンはそれ以上を考えるのは止めることとした。
「おい、手がお留守だぞジャスティン君」
イチローが、卒無く注意してきたからだ。
船――この場合は戦闘艦だが――を造る為に必要な機械。
滑稽だが、そこから始めなくてはならないのだ。
◆ ◆ ◆
特有の尖った爆音が次第に近付いてくる。構えた双眼鏡の中、一際に目立つ機体へと視線を注ぎながら彼女はオレンジ・ジュースを一口、含んだ。そんな機体が目立つのはカラーリングもさることながら、何と言ってもその大きさに尽きる。随伴している航空警察の機体と比較してみると、その大きさは実に二倍強、と目測される。
「来たわね――噂の『ワイヴァーン』ちゃん」
双眼鏡を構えたまま、その膝元を手で漁って囓りかけのハンバーガーを掴み取り、呟いた。
「大統領が例の戦艦に乗り込む、って噂――ほんとですかね」
その隣で等しい体制でやはり、双眼鏡を構えている男性が呟いた。
「それを確かめるのがアタシ達の使命なの!」
ほとんど怒鳴り声に近い声を上げ、そして彼女は携帯電話を手に取った。
「ラル? アタシ達の艇は用意できているんでしょうね!?」
「あ――? 手間取ってる?」
「そこをなんとかすんのがアンタの仕事!」
「いい? 三十分以内よっ!」
殊更に大袈裟な動作で携帯電話を切りながら、彼女は相棒へ目を向けた。
「さあ、行くわよ」
大柄の肉体に比して、どこか押しが弱そうな顔の持ち主である男性は首を傾げた。
「行くって、どこにっすか――?」
そんな男性とは対照的に、小柄ながらも、性格の強そうな顔の持ち主である女性はその細い腕を真っ直ぐ、天上へと向けて、ただ一言。
「宇宙(うちう)」
「あの――マリーカさん?」
男性が、その眼前で両の人差し指をモジモジと付き合わせながら。
「何よ?」
足元に散らばっているゴミを拾い集めながら、マリーカと呼ばれた女性は見向きもしないで言葉だけ。
「俺も――『うちう』に行くってことですか?」
「だってアンタ、カメラマンでしょうが」
両腰に手を当てて、マリーカ・フランシス。
「今日は、この後に恋人と約束がありまして」
そんなマリーカの様子をちらちらと盗み見ながら、小さな声で男性が言う。こんな発言一つ取っても、大変な勇気を振り絞った結果であったのだが。
「ふうん。それは――残念ね。本当に、残念――」
さして残念でもなさそうに、マリーカ。
「あ、ありがとうございます! 良かったぁ〜 いやあどうなることかと思っちゃいました大体最近彼女と全然会えていなくってすっかりオカンムリなんですよねえいやあしかしなんで僕のせいでもないのにあんなに怒るんですかね悪いのはこの仕事なのにでも心配してくれてもいるのかなあうへへいやあそういうところも可愛いと思っているんですがでへへ何言ってんでしょうねでも本当にしかし良かった良かった――」
男性は顔の前で両手を組み、信じてもいない神に心からの感謝を。
しかし、マリーカはその背中に余るほどに大きなリュックサックを颯爽と拾い上げて。
「ナニ言ってんのよ――残念なのは、彼女のことよ」
◆ ◆ ◆
79号機は今やその高度を大きく下げている。機上から、海面に浮かぶ船舶の影がはっきりと目視できる程に。
指定された滑走路の空中標識を肉眼とレーダー表示の双方で確認し、念の為に滑走路からのガイド・ビーコンの受信を機体に命令する。もっとも、クリストファはオートに頼らず、自力で着陸を行う腹積もりではある。
「こちら特務航空機79号。ネェル管制、これよりランディング・アプローチへ入る」
『こちらネェル管制。79号、許可する』
事前にほとんどの交信を済ませていたこともあり、単純簡素な遣り取りであった。
「よし、マリベル着陸するぞ。逆噴射の逆Gに留意せよ」
「アイ・サア!」
親指を立てて向けてくるマリベルに対し、軽く微笑みを向けながら――対象に確認が出来る筈もないけれど――クリストファはスティック(操縦桿)を軽く押し込んだ。79号機はその鎌首がゆっくりと下がるのに続いて、緩降下を開始。正面ディスプレイの画像と、自らの肉眼による目視確認を交互に行わせながら、機長はスロットル・レバーをゆっくりと戻す。高度計がその数値を減じていく速度と、滑走路までの距離の比率を意識しながら、さらに速度を殺していく。ビーコンからの警報が鳴ることもない。
79号機、ランディング・ギア(着陸脚)を展開。そんな露出により、機体に少なからぬ空気抵抗が発生して、ワイヴァーンは軽く身震いを行った。
11と刻まれた滑走路表示を越えると、79号機はその鎌首をいよいよ上げる。
機体の平衡状態が全く問題のないことを再確認し、クリストファはスティックを引き上げる。スロットルを更に絞り込む。
第二第三ギア、接地。
続いて、ノーズギア(先端着陸脚)が接地。
79号機、逆噴射に続いてその両翼を畳み上げる。
強い空気抵抗を受け、機体の速度がみるみると減速していく。
ネェル・ヨコハマはマス・ドライバー、『ウィング・フォー』の脇へ構えるネェル・ウィング空港の管制塔で、そんな芸術的な着陸に対し、管制員達が歓声を上げていることまでは、クリストファは知らない。

