2684年01月01日

第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - XI

『宛、S1――発、フォーチュン管制室、アムロ警部補。着艦手順は予定通り、こちら主導で行わせていただきます、オーヴァー?』
 S1、スペース・ワンと呼ばれる大統領専用機のコックピットの中で、副機長がその隣で操縦桿を握っている機長に顔を向けた。
「副機長、返答を一任する。全て、予定通りで」
 その正面、機体の進行軸からは全く目を反らさずに、機長。
「発、S1――宛、フォーチュン管制室、アムロ警部補。スケジュールに則った着艦作業をこれより、実行する」
『アムロ警部補、確認しました。大統領閣下に宜しくお願いします』
「S1、了解」
 副機長がそう答えて各種機器類の操作を行い始めたのを横目で確認し、その背後でシート背もたれを握り込んだ状態で浮いている大統領に対し、やはり顔は正面に向けたままで機長が口を開いた。
「これより着艦機動に移行します。コックピットがご希望であれば、きちんとシート・ベルトを着用して下さい、閣下」
 そんな機長の言葉を受けて、大統領脇で控えていた女性秘書官の一人が後部座席を示す。
「こちらに」
「あ、そうよね。じゃあ――ここに」
 ほぼ完全な自動誘導とは言え、機長達がただ座っているだけ、という状況など有り得ない。そんな彼等の仕事を妨害する訳にもいかず、大統領はその隣で等しくシートベルトの着用を開始している秘書官へ囁く。
「実際に目の当たりにすると――圧巻だわね」
 もはや、その正面映像全体の八割を占領している人工建築物――フォーチュンを眺めた上での言葉だった。
「全く同感です――これと同規模の船舶を建造する施設の持ち合わせは我々にはありませんし……ましてや……いえ、なんでも」
 最後の言葉を濁した秘書官だったが、その彼女が続けようとした言葉を大統領は用意に想像できる。
『ましてや、戦闘艦だなんて』
 彼女はそう続けようとしたのではないだろうか。

「ビーコン同調、補正問題なし。着陸機動フェーズを開始」
 有事に備えて操縦桿は握りつつ、計器類の隅々にまで視線を巡らしながら機長。
「オートマニューバ、正常」
 副機長が続く。

 制動による、微かな慣性負荷がその肉体へ掛かるのを大統領は感じることができた。その間も機長や副機長が専門用語を並べ立ててはいたが、素人でしかない彼女にはその意味するところがほとんど分からない。目的地であるフォーチュンの全体像、輪郭が次第に掴めなくなって来ているという現実が、機体の接近度合いを教えてくれるだけ。

 繋ぎ目が一切存在しない、ダーク・グレーの船体の一部がゆっくりと開き始めた。指定された、第三格納庫だろう。そんな格納庫より、こちらに向けて投射されている光線を肉眼でも確認出来たが、これがガイド・ビーコン・ビームであることを大統領は知っている。

 大統領専用機を囲む形で三機のワイヴァーンが、同数のシュベルトがその着艦を見守っている。そんな護衛対象の無事な着艦と、格納庫扉の閉鎖を確認してから、各ワイヴァーンは別に設けられている専用格納庫へと順次、帰還を果たすこととなっている。エテルナ航宙警察所属のシュベルト三機は、そのままフォーチュンの護衛任務を続けることになっており、彼等の仕事はこれからが本番であるとも言える。

「鯨の中に入るみたいな気分」

 幼年時代に読んだ絵本の内容を思い出した上での大統領のそんな発言とほぼ同時に、大統領専用機は第三格納庫へと進入を果たした。それこそ、呑み込まれるように。

「機体各部、問題なし――固定クレーン接近中」
 副機長のそんな報告に、大統領は顔を上げた。航宙艇を無重力状態で固定する為のクレーンが数基、接近してきている。
「エンジン出力、アイドルへ」
 機長が何らかのレバーを引き下げる。ほぼ同時に、機体各部のジョイントにクレーン先端が接触することで発生する微振動が発生。数回に渡るそんな振動の後で、着信を知らせるチャイム音がコックピットを響く。副機長が無駄のない所作で映像通信用の立体ディスプレイの立ち上げを行う。
『お疲れ様でした――そして、ようこそ『フォーチュン』へ!』
 アムロ警部補の隣、インカムを装着している若い女性が満面の笑顔で快活な声を上げる。

『本艦のメイン・オペレータ、シャルロッテ・グルーミングです。皆さんの乗艦を心より、歓迎いたします! 与圧終了と有重力化まで、もうしばらくだけ、お待ち下さいね!』

「こちらS1、感謝します――」
 機長がそう言って、フォーチュンのオペレーターや、アムロ警部補と実務的な打ち合わせを始めた。この段階で何もすることが無いことに気付いた大統領は本来の自分の居場所、キャビンへと繋がる扉を開く。秘書官が着いてくるのを確認しつつ、通路側面に設置されている移動用スティックを握り込む。これは勿論、無重力状態でのみ使われるものだ。

 しかし――クリストファ・アレンや、ヒムラ・キリオもそうだったけれど。

 あんな笑顔、向けられたらかなわないなぁ。

 無重力が保たれている中でその長身を飛ばしながら、ジャニスはそんなことを考えていた。平坦とはとても呼べない状態、環境に置かれていながらなお、失われない彼等の笑顔。

 一国の大統領として、中立性を疎かにするわけにはいかないことは分かっている。

 だが、その辺の自信がどうも、ぐらついてきているのも事実。

「まぁ、なるようになるわね――」

 あはははっ、と突然に声を立てて笑い出した大統領に対し、秘書官はその後ろで、当惑の色がその顔へ浮かぶのを抑えることがどうしても、出来なかった。


   ◆ ◆ ◆

『おかえりなさい、クリス――』
 79号機の直上へ移動してきた58号機が、その場で機体を器用にローリングさせ、通信を放ってきた。手を伸ばせば、相手のキャノピに届きそうな程の近距離だ。接触警報が鳴らないのは、両機の相対速度が限りなくゼロに近い為だったのだろう。相手の機首に刻まれた睡蓮のアートがその肉眼でも充分に確認出来る。
「ただいま、ミラン――元気だったかい?」
『ええ、大丈夫。それより、58号機を借りちゃった』
「問題ない。良い機会だから、君に譲るから使いこなしてみせろ――それより、これから79号機は着艦機動に入りたいんだが――良いかな?」
 目の端で大統領専用機が収容された格納庫の扉が閉じていく様子を確認しながら、クリス。
『勿論です。ええと――79号機着艦の後、当機と24号機は別ハッチへの着艦を実行することになっています』
「心得た――通信、終わり」
 クリスは操縦桿を握り込む。79号機、姿勢制御ノズルに点火、機首をその予定進路、事実上の『ワイヴァーン専用』のハッチへと向ける。
「今の方も女性なのですね」
 前席のマリベルが、そんなことを言ってきた。
「そうなんだよ。結果的に、ね」
 なんて結果だ――と、自分自身に軽い突っ込みを入れつつ、クリスはスロットルを少しずつ開放していく。フォーチュンからの誘導ビーコンに従いながら79号機の手綱を握る。

 全く危なげなく指定の位置へと到着した79号機が、無重力時の着艦に使用されるワイヤー・アンカーを展開、射出。束縛を得るに至った機体は続けて、そんなワイヤーの巻き戻しへと移行する。

「着艦する。振動があるから注意――」

 クリスがマリベルにアドバイスを行ったのとほぼ同時に、79号機はその機体を格納庫床面へと落ち着けた。振動はほとんど、感じられなかった。

 79号機、エンジン停止。

 デッキ内の照明が通常の状態へと戻され、左右に設けられているハッチから複数の気密服がこちらに向かってくる。
 身体を無重力に預けて飛行させながら、続く気密服数名にブロックサインで指示を行っている人間はヒョンヒだと思われる。

 キャノピーの一次装甲を開放し、79号機の足元で雑多なチェックを開始しているそんな連中にクリストファは手を振った。その殆どが手を振り替えしてくる中、パク・ヒョンヒと思われる気密服が、キャノピ側面へと上がってくる。そんな気密服が濃い目に設定されていたバイザーを薄いものへと切り替えてみれば、やはり想像に違うところなく、ヒョンヒの笑顔がそこには存在していた。気密服の胸部に備えられている端末を操作すると、若干のノイズの後、聞き親しんだ声が79号機のコックピットに拡散する。

『ヒョンヒです――おかえりなさい、総司令』

「ただいま」

『79号機の各部、固定並びに冷却作業を行います。その後に、庫内を与圧しますので今しばらく、お待ち下さい』


   ・
   ・
   ・


 軽い疲労感を自覚してはいたが、いつまでも79号機のコックピットへ詰めているわけにも行かなかった。大統領の専用機が収容された格納庫へ、自分も移動する必要がある。
『与圧完了まで、残――34秒』
 79号機のディスプレイに表示された残り時間。こちらは純粋に艦載機格納庫でもあり、全体の与圧にそれ程の時間を必要しない。
「マリベル、降機したら直ぐに向かうからそのつもりで。今は、与圧待ちだ」
「はい」
 何処へ向かうのか、皆まで述べることはしない。
「先程の二機の航宙機は今、何を?」
 自らの航空服と、シートを直接繋げていた拘束具――シートベルト各種を解きながらマリベルが言った。
「ああ、多分――別のデッキへ着艦しているんだろう。『片割れ』が半ばの新人だからね」
 マリベルと同じく――しかし、こちらは純正の航宙服であったため、より簡単に――ベルトの解除を行い続けているクリスの、これは適当な回答だったけれど。
「いや、多分じゃないな、そうに違いない」
 それ以外の理由が思い至らず、クリスは自らの発言を確実なものへと改める。
「新人、ですか?」
「そう。まだ、空間演習は行ったことがない――つまり、シミュレーションだけを行っていた人間に依る、処女飛行だった筈だ」
 それでも、フォーチュンに搭載されていたシミュレーターは簡易的なものではなく、本格的なものであり、そんなシミュレーションにおける積算時間をそれなりに稼いでいれば、ほぼ問題は無いだろうとも考えるクリスであった。航空機とは異なって、航宙機はシミュレーション内容が比較的、結果へと容易に反映されるものでもあるからだ。
「そんな人が――こんな時に飛び出して来るってぇのも……すごいですわね」
 感嘆と嘆息、どちらとも付かないマリベルの発言だった。
「同感。まあ、実戦経験ドバリバリのオネエサマが付いているからね、問題は無いのだろう」
 そこまで簡単に考えているわけでもないが。

 そんな折り、79号機が庫内与圧が完了した旨を報告してきた。

「よし、降りるぞ。第三格納庫まではエアカーで要三分、ってところだ」
 マリーベル・リンスの返答を待たず、クリストファは79号機の管制コンピュータに対して、コックピット・ハッチの開口を口頭で命令。

 途端に雪崩れ込んでくる、フォーチュンの空気。

「うん、これだよな、これ――」
 鼻を鳴らしながら、クリストファは改めて深呼吸を行った。その生活の多くを軍艦、それも航宙艦で過ごしてきたクリスにとって、これ以上に落ち着く香り、臭気の存在は他に例が挙げられないだろう。混合酸素に交じった、機械油の臭い。

 自分の家に帰ってきた。

 これ以上なく、そう思えた。

 キャノピ脇で待機していたヒョンヒが、その握り拳を突き出してくるのに対し、等しい握り拳を軽くぶつける。更にその拳の上下を互いに軽く打ち合わせる。

「おかえりなさい!」
 握り拳転じ、真っ直ぐと指先までを伸ばしてヒョンヒの最敬礼。手の空いている何名かが、会釈混じりの敬礼をやはり向けてくる。確認出来たのはクローディア、キーヤ、ミードだけだったけれど。

「ただいま帰りましたッ」

 両の拳を天上へと突き上げ、クリスは宣言を行った。



   ◆ ◆ ◆

「79号機の着艦を確認。現在、総司令自らの運転でこちらへ向かっている真っ最中だそうです。マリーベル・リンスと言う方も同乗されているとか」
 携帯端末をベルトのサイドポケットへ収納しながら、シャリーが言った。彼女の前に立っている、ソフィ・ムラサメとヒムラ・キリオに対する報告だった。
「それじゃ――あと、二分も掛からないわね」
 具体性に欠けるシャリーの報告だったがその点には触れずに、ソフィ。
「やれやれ、奴(やっこ)さんと会うのも久し振りの気がするな」
 腕を組んだ状態でソフィの隣へ立ちながら、キリオが呟いた。彼等が控えているこの場所は、第三格納庫に設けられた、仮設管制室である。この三人に付け加えて、五名がここへ控えている。
「なんだか、こっちが緊張してきましたねぇ」
 そんな五人の中で、リョウ・ターミナが苦笑を漏らす。なんと、この五人はカーキ色の陸戦用戦闘軍服に身を包んでいる。各々の肩に引っ掛けられているのは、G81、サブ・マシンガンである。
「ま、捧げ筒(つつ)を行うだけじゃないか。精々にカッチョ良く決めてくれよな、お前等」
 身体を揺らして笑いながら、キリオが振り向く。「ういーす」と答えた五人組が、車座を解除して格納庫へ繋がるエア・ロックへと進んでいく。
「私達もそろそろ」
 一分も遅れていないスケジュールに満足感を覚えながらソフィ。
「だな」
 管制室の椅子の一つに無造作に引っ掛けられていた軍服と軍帽をキリオは手に取った。
「じゃあシャリー、後はお願いね」
 最後にそう言って、ソフィが五人組の元へと歩みを進め始める。
「はあい。任しちゃってくださぁい」


   ◆ ◆ ◆

「艦内でエアカーを『足』として使うと言うのが凄いですね」
 ハンドルを握るクリスの隣で、マリベルが溜息を漏らした。今のこの時、彼等の乗るエアカーはその専用通路をそれなりの速度で疾走している。
「全長、900mに近い上、特に艦内は入り組んでいるからねぇ」
 コンピュータ制御による自動運転も可能だったが、それ程の手間ではなかったため、クリスはこうしてマニュアルで操縦を行っている。事実、ハンドル脇に内蔵されている情報ディスプレイは目的地が近いことを示し始めている。79号機より降機して、この二人はデッキ備え付けの更衣室で迅速な着替えを行っており、クリストファは常のフォーチュン軍服、そしてマリベルはスーツの上下と言った出で立ちである。
「マリベル、所有している武器は?」
 ディスプレイの示し始める情報を視線の片隅で意識しながら、クリスは尋ねた。
「ハンドガンを二つ、9ミリです」
 スーツの前を広げて、クリストファに示すマリーベルだったが、クリスは目を遣ることも無しにただ、頷いただけ。その点で、クリスはそんなスーパー・メイドを全く疑っていない。
「なぁんだ。バズーカとか、ガトリングの類は無しか……」
 ハンドルを握った状態で軽く仰け反り、そんな軽口を叩いたクリスだったが。
「一体、あたしのこと――何だと思っていられるのですか……」

 さすがに、気分を悪くしたマリーベル・リンスは年頃のオンナノコであった。



   ◆ ◆ ◆

「おう、久し振りだな――リンスさんも」
 既に与圧、そして人工重力の付加が完了している格納庫入り口へ、エアカーの後輪を滑らせるようにして辿り着いたクリスとマリベルに対し、真っ先に駆け寄ってきたのはヒムラ・キリオであった。
「そんなご無沙汰って訳でもないが……ただいま」
 エアカーのエンジンを切ったクリストファが、軍帽の位置を正しながら立ち上がる。何とも言えない感情が精神野で湧き立つのをクリスは自覚する。けれど、簡潔な返答でこの場は終わり。後になれば、それなりの時間が取れるはずだった。
「お邪魔させて頂いておりますわ、ヒムラ様――あっ、すみません」
 最初に立ち上がったクリスの手を借りながら、格納庫床へ足を降ろしたマリベルが続く。
「なんのなんの――難しいとは思うけど、くつろいで行って欲しいモンです」
 自分の胸に右手を当てながら、フォーチュンの副司令は軽い一礼を行った。その小さな体を張って、彼の友人を守ってくれた恩人に対し、キリオは深い親愛の念を抱いているのである。
「ン――みんな、元気そうだな」
 大統領専用機のタラップ下で整然と並んでいる五人組と、アムロ警部補と思われる人物、そしてソフィ・ムラサメがほとんど同時に会釈してくることに対して、軽くその右手を挙げたクリスであった。
「そうそう数日で悪くなるものかよ、ってな」
 クリスの背中を強く叩き、首に腕を回してその矮躯を半ば、引きずるようにしてタラップ元へと向かうキリオに、苦笑を隠しきれないマリベルが続く。
「特に問題も無かったようだね」
 キリオの太い腕の中、いかにも窮屈そうな声を絞り上げたクリスに対し、キリオはほんの一瞬――いや、半瞬――だけ、微妙な表情を作ったものだった。例えばアテナの問題とか、或いはアテナの問題とか。
「まあ、些末なことは後でゆっくりと報告するさ――」



   ◆ ◆ ◆

 三度目になる機体の外部状況確認作業を副機長が行っている中、直接機長の側へ上げられてきた通信があった。そんな直接の通信を行うことができる人間は限られている。案の定、通信の主はアムロ警部補であり、携帯通信機を片手に持った航宙警察のエースの姿が、実際にコックピットのモニターから確認することができた。滑稽この上ない気もしないでもないが、慎重に成らざるを得ないのはこの機体がS1――大統領専用機であることを考えれば、当然は当然のことでもある。

 二、三の受け応えの後に、機長はキャビンに通じるマイクを取り上げる。

『閣下、アムロ警部補より、準備が完了したとの報告がありました』

 キャビンへ響いたそんな機長の声に、大統領であるジャニスは手櫛でその頭髪を軽く流し、秘書官へ頷きを加えた。既に、タラップへ繋がる扉の前に立っている大統領一行であり、その最前で待機している男性客室添乗員がハッチの解除を行えば、フォーチュンは第三格納庫に満たされたエアーの手荒い歓迎を受けることになる筈だ。

「いつでも宜しい」

 大統領のそんな声に、秘書官は「了解」と簡潔に答え、添乗員の背中を叩くことでハッチ解除を促した。

 添乗員の指がハッチ脇に備えられているパネルの上を数度に渡って踊る。扉の外周に走らされている静電気灯の色が赤から青へと点じた。この段階で添乗員は今一度、大統領の一行へと目を向ける。
「オッケよん」
 そんな大統領の軽口とウィンクを受け、心無しか赤面した添乗員が、いよいよハッチの解除命令を打ち込んだ。


   ◆ ◆ ◆

「そろそろ、我が大統領がお目見えする筈です」
 アムロ警部補が、一同――この場合はフォーチュン組(マリベル含)に対してそう宣言した。目が合ったクリストファ・アレンにニコリとされて、しばしの忘我の時を味わったりもしたが(0.002秒ぐらい)。実の所、アムロ・レイコは現在の状況に至るその以前より、『白の戦慄』と言うパイロットに対して、並々ならぬ興味を抱え続けてきていたのである。なにぶん、276光年という超長距離をカハヤ経由で届けられる情報は潤沢とは言えなかったが、それでも断片的な情報を掻き集めてみれば、見えてくる真実はある。良くない表現であり、彼女に限ったことでも実は無かったのだが――当時のレイコの、クリスに対する第一印象は『バケモノ』であった。

 ――後で沢山、お話ししたい。

 と願うところ、非常に強いのであったが、ほとんど部外者である――これは僻(ひが)みではない――自分よりも、先約の資格を持つ人間はこの船の中に幾らでもいる筈。その点に関しては、微妙に観念しているアムロだった。しかし、チャンスを見逃そうとも思わなかったりして。土俵は大きく違っているかも知れないけれど、自分にだってエテルナの『エース』という自負はある。

「ATTENTION!」
 そんなクリストファ・アレンの唐突の命令に、その場の全員が反射的に背筋を伸ばす。もっとも、ソフィやベアトリイチェに至っては元より、隙のない直立を実行していたので、身じろぎ一つを行わなかったのだが。
「ほいほい、そこの五人組――捧げぇぇぇぇぇぇ筒ゥゥゥゥゥッ!!」
 総司令官に満面の笑顔で指差され、陸戦軍服で身を揃えている五人が、あたふたとマシンガンを持ち上げた。そんな様子を目の当たりとして、マリベルがクリスの隣で微苦笑を漏らしている。

 大統領専用機の扉が開かれたのは、正にこのタイミングだった。

 素早く自分のポケットを漁ったクリスは、取り出した号笛を構える。フォーチュンに帰艦する直前に眺めたスケジュールでは、号笛の奏が省略されており、そんな理由が恐らく、上手く吹ける人間の存在がない為だ、と考えたクリスは独断で、尚かつゲリラ的に行うつもりでいたのである。右隣のソフィが小さく肩を竦める気配をアレン司令は感じることができたが。

 ピィー、と尖った音が第三格納庫内のエアーを震わせた。

 専用機のハッチが重々しく開かれて、そしていよいよ長身の大統領が第一歩を踏み込んだ。

 クリストファは号笛を吹奏を停止して、最敬礼を作る。

 残りの面々が全く正しい最敬礼で続く。マシンガンを掲げた五人組が軍靴の踵を等しいタイミングで打ち鳴らす。

 すうっ、とソフィ・ムラサメが息を吸った。敬礼を維持したままの状態でその場から一歩を踏み出し、大仰な――けれど品のある歩みでタラップ元へと体を進めた。

「ようこそ、フォーチュンへ!」

   ・
   ・
   ・

「エテルナ共和自由国大統領、ジャニス・シュバリエです。直接では初めまして、ムラサメ艦長」
 若干名のSPと、やはり数名の警察官僚を伴った大統領のフォーチュンに於ける第一声がこれであった。そんな言葉と同時に、その右手がソフィに向かって伸ばされる。
「来艦を光栄に思います、大統領閣下――」
 最敬礼を解除し、その流れでソフィは大統領の右手を握り込む。SPの一人が写真撮影を行ったが、これは事前に決められていたことでもある。
「それと久し振りね、ヒムラさん」
 ソフィとの握手を維持したまま、顔だけを別対象へと向けて大統領。
「その節はお世話になりました」
 下着の色を思い出してしまっているヒムラ・キリオは本人が思っている程に紳士では無かったのかも分からない。
「約束を完全に守れなかったことに関しては心よりお詫び申し上げます」
 ソフィとの握手を解いて、大統領はキリオ、そしてその隣のクリスに対して頭を下げた。
「やくそく?」
 思い当たるところが無く、そんな間の抜けた言霊が口から漏れたものだったが、大統領が目を向けている対象がクリストファ・アレンであることに気付く。ああ、なるほど。
「自力で戻ることができたんだから、全く問題ないですよ」
 額に指を当てながら、応えたのはクリストファ本人だ。
「マリベルもガッチリとガードしてくれたしね」
 晴れ晴れとした笑顔でクリスは大きく頷きを加えたが、これには演技の要素は全く含まれていない。
「ま、ともあれ現時点で皆が息災であり、これに勝ることはありますまい」
 大統領が発言を行う前に、キリオは可能な限り、重厚な声色と等しい口調で言ったものだ。これは勿論、演技だったが。
「差し当たり、この殺風景な格納庫を出ましょう。予定通り、本艦の応接室へご案内したいと存じますが?」
 大統領一行、その全体へ向けたソフィの言葉である。口調が堅いものとなってしまっているのだが、致し方ない。
「ええ、喜んで――艦長」



   ◆ ◆ ◆

 かつてのヒムラ一派とクリス&ソフィと言うアベックが和解へと至った縁(ゆかり)の深い場所、つまりフォーチュンは応接室において、非公式の会談が開始された。フォーチュン側の参加者は総司令官たるクリストファ・アレン並びに副司令官のヒムラ・キリオ、そして艦長であるソフィ・ムラサメの三名が。これに加えて、書記としてのエリザ・ヤマナカ、雑用としてのセクノア・ロットフィルと言う顔ぶれになっている。対してエテルナ側は大統領のジャニス・シュバリエ、航宙警察の高級官僚が三名、女性の秘書官が一名。そして、戦うメイドことマリーベル・リンス警部補と、アムロ・レイコ警部補と言った布陣であった。
「現時点では、国民の皆さんはまだ状況に着いていけていない――」
 簡潔な自己紹介の後、ジャニスはそう口火を切った。
「私自身、困惑を極めているということもありますが」
「そうであろうと思います」
 軍帽の鍔に片手を当てた状態でソフィが続いた。
「本艦、フォーチュンは太陽系圏においても最強、最大の航宙艦でありますから」
「こうして、中に入っていても不思議な気がします――ネッ?」
 深宇宙を彷彿とさせる艦長の黒髪から、その背後側面で控えている一同に目を移しながら、大統領。
「同感です」
「そう思います」
 全く等しいタイミングで、マリベルとアムロが声を返した。
「移民船にだって全長が900mに及ぶものは例がありませんから」
 これは、足を組み直しながらのキリオの発言だ。
「ふう――何だか、圧倒されてしまうわね」
 膝上で指を落ち着き無く動かして大統領が溜息を吐く。
「我々もそうですよ。戦闘艦としての真価はまだ、実感には至れていない」
 セクノアから湯呑みを受け取りながら、クリストファ・アレン。
「ええ――【天國の剣】でしたか――これは未だ、実射には至っていないのでしょうか?」
 当然、これは用意されていた質問ではあるが、今更のものでもある。この点に関してはエテルナ本星上でクリスと充分に言葉が交わされているので、ジャニス・シュバリエとしては確認作業以上のものでは無かったのだろう。
「ユニット完成の際に、単独での試射は幾度か実行しましたが、マキシマム(最大出力)での試射、並びに本艦搭載後の連動機動は未だ、行っていません」
 右手でネクタイを弄びながら、技術面での最高責任者であるヒムラが回答を行った。
「ご要望がお有りでしたら、今すぐにでも試射は行えますが――言うまでもなく、幾度と無く行われた各種シミュレーションには一分の隙も存在しませんから」
「そうねえ――その尋常でない攻撃力は、一度確認しておいた方が良いかも――国民の皆さんもそれは知りたいでしょうし」
 国民の皆さん、と先程から繰り返している大統領に対し、ソフィはその心の中で大賛辞を送り続けている。「平民」だとか「般民」、「民草」等と連呼し続ける様な政治家の名前はダース単位で思い返せそうな勢いだったからだ。これは当然、太陽系での話である。
「艦運用の最高責任者としては、早急に実行しておきたいところではあります」
 大統領に思うところは口には出さず、婉曲的な表現で賛同をソフィは示した。

 大統領が「うーん」と唸りを上げながら、応接室の天井を見上げる。確かに、簡単な問題ではない筈だが、既に心の内は決しているのだろうとも思える。

「対地攻撃を実行してみるのがベストかな」

 沈黙が続いた空間を絶ち切ったのは、クリスであった。軽い口調と、綺麗な声とは全くアンバランスなそんな発言の含む意味合いに気付いた大統領一行は、揃って大きく身震いを行った。

「ああ、都市部を撃つ訳じゃなくて――影響の及ばない海面でも狙撃してみたら、と言うつもりでこう言っている」

 胸の高さへと持ち上げられた自らの左拳に、右手人差しを突く。

「大気層をちょっと噴き飛ばすだとか、実感の伝わりにくい宇宙空間での実射じゃ、インパクトはもたらされない筈だ」

 そんなクリストファ・アレンの、どこか冷たく響いた声に対し、咄嗟の反応を返せたものは誰も、存在しない。


   ・
   ・
   ・

 無人の工房ブロック、特殊クレーンにその巨体を拘束されている中、ライト=ブリンガの双眸に光が灯っている。

 気付いた人間は誰も、いない。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2683年01月01日

第II光:『光臨』 第二章 VAPOR TRAIL 2810 - XII

『野郎共、準備は良いかっ!?』
 無重力設定の施された第048エアロック内にひしめいている、十着程の気密服の内の一つが、その右腕を上げた。
『――オーライ!』
 全く揃った声で、その他の気密服が一斉に頷きを加えてきたが、何分、堅牢ではあるが無骨な特殊気密服の装着を全員が行っている為、頷きと言うよりも一礼に近いものではあった。
『俺達の船だ。針の穴ほどの損傷の一つだって見逃すなっ――船大工としての誇りを傾けるぞッ!』
 今回のミッション責任者であるサヤマ・キーヤがヘルメットのシールドを閉じるのに、全員が続く。
『――オスッ』
『野郎じゃないのもいるんだけどなあ』
 野太い返答に続き、この場で唯一の女性であるドロシー・ウィンストンが呟いた。
『野郎以上に野郎らしいんだから問題は無いっしょ』
 その背後で応えたミードの足を踏み付けることでドロシーは返答としたのだが、更に別の声が異議を申し立てた。
『付け加えると、僕は有機体生物ではないんだが』
 天井部分でふわふわとたゆたっていたペット・ロボットだ。言うまでもなくアテネコであり、そのカラーリングはレッド。
『ほれほれ、妙な議論は必要ないぞ。レッドは早く、俺に引っ付きなさい』
 艦橋に通信を入れる準備を行いながら、サヤマが呼び掛けた。
『にゃ』
 一つ鳴き声を上げ、アテネコ・レッドの短い後ろ足がエアロックの天井を蹴り付ける。空中でくるくると巧みな回転を行いつつ、サヤマのヘルメットに見事な着地を決めた。
『レッド――『対宇宙線その他モロモロ防御』は問題ないか?』
 その四肢に仕込まれたマグネットによって、アテネコがメットに強固な接着を獲得しているのを実際に引っ張ることで確かめながらサヤマ。
『問題ない。アテネコ・フィールドは絶対無敵だ――間違いない』
 アテネコのそんな返答に笑い声が漏れた。
『そいつぁ正にノープロブレム』
 笑い声を苦労して噛み殺しながら、サヤマは気密服腰部に備えられた通信スイッチを押し込むのだった。

   ・
   ・
   ・

『リーチェ副長、これよりサヤマ以下九名と一匹、船外活動へ入ります』
 現在の艦橋における最高責任者、ベアトリイチェ・ノイマン副長の下にそんな通信が上げられてくる。
「こちら副長。了解です。気を付けてね」
 この船外活動は予定通りのものではあった。とは言え、サヤマを始めとする有志数名からそんな活動に関する上申が上げられてきたのは、ほんの三十分ほど前のことだったが。

「問題は無いと思うけど、フォーチュンの第一次装甲周りを目視確認しておきたいのだが」

 大統領とその御一行を迎える為、ソフィ・ムラサメやヒムラ・キリオの存在が無い艦橋で、当座の最高責任者であったベアトリイチェに対してサヤマはそう切り出したのだ。
「――外装に一切の問題なし、ってレポートが『ヤオ』からは上がっていますけど?」
 元エンジニアとは言え、ベアトリイチェの専門はシステム管理全般であった為、サヤマが求めたいところ、それ自体が理解し得なかった。
「機械ってのはどうしてもデジタルだから、アナログで確認したいと思ったんだ。微妙な歪みとか、デジタルでは微妙に見落とされる傾向にあるし」
「一理ありますね――」
 専門外とは言え、そんなサヤマの職人気質は充分に理解できる。問題は、艦長や司令官に一言を入れておくべきか、と言う点にあったが。
「ちょっと待って下さいね」
 ほんの数秒の思索を経て、ベアトリイチェは艦長卓の通信機を持ち上げた。おそらく、応接室で大統領と話し合いの場を持っている艦長に対してコールを行っているのだろう、とサヤマは考えることが出来たが。簡潔な二三の遣り取りの後、ベアトリイチェはサヤマに対して親指を上げた。
「充分に気を付けなさい――けど、少しぐらい愉しんでも良いよ、と総司令官が」
 相手がクリストファだったというのにサヤマは驚きを隠しきれなかった。
「心得た――まあ、実を言うと『外に出たい』ってのは嘘でもない」
「でしょうねえ」
 ベアトリイチェは快活に笑うのだった。



   ◆ ◆ ◆

「場所によっては大津波が発生することになりかねませんな」
 エテルナ航宙警察が警視、エドワード・ロレンスが脂汗を拭い取りながら言った。無論、クリストファ・アレンの『荷電重力波砲による高々度射撃』を受けた上での発言だった。
「シミュレート、やれるんだろう?」
 対照的に、クリストファはコーヒーを傾けたまま、と言う余裕のある状態でキリオに水を向ける。
「……データをもらえれば、ヤオは充分にやってくれると思うけど――」
 友人とは言え、クリスの発言に対しての畏怖の念を払拭し切れていないキリオの返答がこれである。
「――『ヤオ』とは、本艦に搭載されている最新型の演算機、コンピュータのことですが」
 慌てて、説明が付け加えられたのは、フォーチュン組以外の全員が小首を傾げたからだった。
「その点のデータはほぼ、完全に近いものがある筈……だったと思いますけど」
 こちらは紅茶の湯気を楽しんでいる大統領が。もっとも、そんな振る舞いに含まれる演技的な臭いを、マリベルは感じ取ることが出来ていたけれど。
「――海底地形図面は確かに、70年前に完全なものが作成されています」
 国防副委員長が、当座の事実だけを平板口調で言い述べる。
「何も最大出力でブッ放そうと言っているわけじゃなくて」
 クリスはカップをソーサーに戻した。
「本艦がそう言った能力を有している戦闘艦である、と言う事実、現実を示したいところなんですよ」
 想い沈黙が垂れ込める中、キリオがその右手をゆっくりと挙げた。
「……ちょっと、最初はビビリが入ったけど、俺はその意見に賛同させてもらうことにする」
 場の全員がヒムラ・キリオの方へ注視を行った状態で、そんな副司令官は言葉を繋いだ。
「時間が貴重なのは状況が示している通り。駄目なら駄目で、代案を示して頂きたい」
 これは、大統領を含めたエテルナ側の制服組に対して向けた言葉だった。ソフィはコメントを控えたが、その姿勢の一切を変えていないことから、少なくとも『条件付き賛成』を示してはいるのだろう。また、制服組では無いアムロ警部補やマリベルが、露骨に陰を含んだ表情を構成したことが、キリオには重い。
「正直、『軍隊』と言う響きは我がエテルナに於いては死語となっています――」
 やはり微妙な空間を破ったのは、航宙警察のアキレウス・ロム警視正であった。
「――果断即決、それ自体が相当な困難を極めるということは念頭に置かれないと困る」
 警視正はそう続けたのだが、これはクリスやキリオのみならず、当のエテルナ側の人間としても諸手を挙げて賛同できる意見では無かった。勿論、この場では――と言う注釈は付加されて然るべきなのだろう。
「とは言われるが――」
 クリストファ・アレンはここで、抵抗を行おうとした――が、大統領がそれを制する。
「『果断即決』でなくてはならない状態なのよ、ロム警視正。間違いなく、時間は無いんだから」
「ですが――」
 尚も言い募ろうとした警視正。しかし、次のクリストファの言葉に絶句することとなる。

「一番のインパクトはそりゃあ――」

 マナー・スクールの講師からしても文句の付けようが無い程に洗練された動作でカップを戻す。

「大陸を穿(うが)つことでしょうけどねえ」

 顔面蒼白。誰が、と説明する必要があろうか。





   ◆ ◆ ◆

「ふん、小娘が全く、良くもやってくれるものだ」
 苛立たしげに、手元のファイルを握り付けながら初老の男性が呟いた。その胸元には、共民党員を示す銀色のバッジが鈍く光っている。
「独断専行を罪と問うことは難しいがな」
 年齢は幾分若いが、やはりバッジを装備している男性が。
「愚民共からの中途半端な人気があるものだから、好き勝手やってくれるものだ」
 彼等にとって、自分達を支持しない国民は『愚民』でしかない。或いは、『平民』である。彼等に必要なのは、彼等を支持してくれる人間達のみだ。その他が、どれ程に必要な存在であるのだろうか。
「クリストファ・アレンと言ったか。年齢も若く、その容姿も問題だな」
 次席の男性が、つい先刻プリントされたばかりのファイルを重厚な円卓へ投げ置いた。
「脳味噌の足りない愚民達から、かなりの支持を受けることになるだろう。史上最年少の大統領、そして容姿端麗なる軍人――これは、些か面白くない状況ではないか?」
 言うまでもなく、ネェル・ヨコハマに据えられた共民党は会議室、それも限られた人間しか入室を果たすことの出来ない第四会議室が彼等のそんな会話の場となっている。

「ミスタ・オズワルドの用意だけは始めておきたまえ」

 その一言に、さすがのそんな場も音を立てて、凍り付く。

 発言を行ったのは、副大統領であった。

 オズワルド。その意味が見えない人間は、その場にはやはり、存在しなかったからだ。





   ◆ ◆ ◆

『尾(つ)けられてるの!?』
 マリベルは戦慄した。

 先程、会議室を後にした直後から言い様のない殺気を感じるのである。しかし、一体誰が、何の為に……。

 つい先刻、手渡された案内端末を開きながら、大股で五歩、六歩。そこで素早く振り返る。

『にゃああん』

 見れば、通路の角に頬を擦り付けているペット・ロボット。耳をすませば、ゴロゴロと言うご機嫌な声を聞き取ることが出来た。恐らく、乗組員の誰か――或いは全員で飼っているものなのだろう。その毛色(?)から、その名前も易々と想像できるというものだ。大方、『シロ』とでも命名されているのではないだろうか。
「気のせいよね……」
 一人呟き、マリベルは踵(きびす)を返す。

 その瞬間、アテネコ・ホワイトの両眼に妖しい光が灯されたことには気付かない。

 キュピーン(擬音)。

 解き放たれた野性――獣性をその全身に滾(たぎ)らせ、アテネコ・ホワイトは音もなく、そんなメイドさんの後を追い始める。しかし、そんな対象は人間としては非常に勘の良い部類に間違いなく含まれていることが判明したばかりだ。当初の『目視』による追跡は諦めざるを得ない。

 アテネコ・レーダー【ON】。

 微量に残される体温を感知しての追跡行為を選択。

 念の為のカバー(援護)要員として、現時点で自由行動権を有しているブルーをその前面に配置。


 ミッション・スタート。



   ・
   ・
   ・

「広いなあ、しかし」
 案内図を示す端末が無いと遭難しかねない――と言うクリストファ・アレンの言葉を冗談半分で受け取ってはいたが。いや、かなりの事実を込められた発言だったのだな、とこうして歩いていて思う。全長が900メートルにも及べば、その艦内通路の長さがとんでもないものとなるのは想像の範囲内だったが、こうして歩いてみれば実感を盛大に伴って認識できる。案内役、並びに艦内用のエアカーの用意をムラサメ艦長は行ってくれようとしたのだが、実際に自分の足で艦内を歩き、観察を行いたいという本音も手伝って、謹んで辞退したのが十分ほど前。
「あら」
 目印としていた【BT−013】と記された角を曲がってみると、一人の幼児と出会(でくわ)した。何故か廊下の真ん中で、オセロに興じているらしい。妙な光景ではあったが。何よりも奇妙なのは、その向かい正面に座している物体、そのモノであった。先程、確認したペット・ロボットがその正体――けれど、カラーリングが明らかに異なっている。そんな幼児は一人で『詰めオセロ』にでも興じているのだろうか。将棋じゃあるまいし、そう言った遊び方があるとも思えないけれど。
「こんにちは」
 その横合いを通り抜ける際に声を掛ける。当の幼児はオセロに熱中しているのか、それまでマリベルに気付くことはなかったようだ。
「お姉ちゃん、だれ?」
 うーん、と首を捻りながら――パッとマリベルが確認したところ、やや不利な形勢であるらしかった――幼児が尋ねてくる。
「マリベルと言います。つい先程、この船にお邪魔させていただきました」
 塵(ちり)一つ落ちていない床に両の膝を突いて、マリベル。
「僕、マコト――どうぞ、ごゆっくり」
 そう答えて、高度な戦略構想へ頭を再度切り換えたのか、マコトは再びうーんと唸った。勿論、マリベルはそんな幼児の情報を事前に知っていた。更に、未だ一歳にも至っていない乳幼児の存在がある、ということも。
「オトナの人達はどうしたの?」
 その周囲を見渡してみるが、人の気配が全く無い。
「ここにはいないよ――だからここで『オセロ』やってんだ」
「???」
 幼児のその発言の真意を測りかね、マリベルは首を傾げざるを得ない。
「朔風館――食堂でやっていると、みんながあれこれちょっかい出してくるの」
 そう言って、マコトは一つ頷きを加えて、空いていたスペースにオセロのチップを置いた。五、六枚を一気に自分の色へと変えていく。
『やるじゃないか、マックス――』
 突然発生した第三の声に、マリベルは仰け反った。誰だ、と考えるまでもなく……マコトと向かい合っている猫型ロボットからのものであることは把握出来たけれど。
「しゃ――喋るんだ……?」
 その顔を引き攣らせ、両の腕を戦慄(わなな)かせることまでは止められず、戦闘メイド。自分の表情がこれだけ崩れ続けた日々は過去に例が無い筈。
『美しいお嬢(じゃう)さん、そんなに驚かなくても良い。自己紹介が遅れたが、俺の名前はアテネコ・ブラック――ブラックとだけ呼んでくんな』
 その猫背を起こし、胸を張るようにしてブラックは実に渋い声で、等しく渋いことを言う。
「ごごごごごご丁寧にどうも――」
 どうにか、返答。なんだ。なんなのだ、このシュールな現実は。
「お姉ちゃん、アテネコ達のこと、知らないの?」
 両の耳から煙を噴出しかねない勢いのお姉さんを少しだけ気遣ったつもりで、マックス。
「そそそう言えばさっきも見たような――」
 アテネコ『達』と言う響きに、どこか物騒なものを覚えないでもない。
「アテネコって言うのは、彼等の名前。色が五種類あって、全員が揃っている時は『アテネコ・ファイブ』って呼ばれているんだよ」
 真正面のブラックを抱き寄せつつ、マックスは説明を行った。
「あてねこふぁいぶ――?」
 鼻血が出かねない勢いだったが、それでも冷静さを保てるマリベルはやはり、ただのメイドさんではないのだろう。
「そうさ。悪を絶対に許さない正義の味方だよ――レッドがいて、ホワイトがいて……グリーン、ブルー、ブラック。五匹で、『アテネコ・ファイブ』なの。カッチョいいんだから」
 そんなマックスの胸元で、ブラックは腕を器用に持ち上げて。
『ちっちっち……』
 指を鳴らす。指って――と言う突っ込みは必要ない。
『おいおいおい、マックス坊や……本人がいる前で、相手を持ち上げるもんじゃ……ねえぜ』
 なんか、全然かわいくねえわね――と、考えることが出来た自分自身にマリベルは尋常でない失望を覚えた。何かが、致命的に麻痺してきている気がする……。
「そ、そうだ……お姉さんは用があるからこれで失礼するワネ」
 最後の理性を必死で掻き集め、マリベルは立ち上がった。妙に頭が痛いのは気のせいか。
『お嬢(じゃう)さん、野暮を承知で聞くが――どこに向かうつもりだね?』
 マックスから解放され、直立した状態で通路の壁に片手を突きながらブラック。
「あ、あの――格納庫へ荷物を取りに――」
 どこか及び腰になってしまっているのは仕方がないところなのだろう。
『このフォーチュンはさながら、迷宮だぜえ――案内役を付けてやろう』
「いえ、お気持ちはありがたいのですが」
 もう勘弁して。マリベルは切に願った。
『気にするな――俺の、奢りだぜ――美しいお嬢(じゃう)さんにエスコートを付けるのはヂェントルメンの嗜み……ってもんだ』
 一息(?)で言い切って、相手の返答を待たずにアテネコ・ブラックはその指をパチリと鳴らす。
『おい、ホワイト、それにブルー!! そこにいるのは分かっているぞ!!』

 え。

 慌てて、その背後を振り向いたマリーベル・リンス。

 したら。

 通路の曲がり角から。

 ぬっ、と。全く同じタイミングで。


 アテネコ・ホワイトと、ブルーが登場。


「ほんぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」

 総毛立てた状態で。


 メイドさんは絶叫するのだった。



 それはもう、高らかに絶叫するのであった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第二章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする