2679年01月01日

第II光:『光臨』 第三章 Ready to Fight - III

 別に薄暗くもないし、地下室でもない。場所、それ自体は清潔であり、本来は格の調べ高い空間でもある。ただ、微妙な美学の反――人によっては、これを『醜悪』と表現するのかも分からない――の介在が否定仕切れないのは、空間ではなく、そこに集っている人間達の側にこそ責任があるのだろう。
「あの小娘、場合によっては国民投票に掛けるなどと暗に脅してきおった」
 共民党は本部、ネェル・ヨコハマの中心部に据えられている『共民会館』がその場所であり、今の発言を行ったのは現役副大統領その人である。
「全く、図に乗りおってからに!」
 副大統領の隣で苛立たしげに机を叩いたのはやはり、共民党議員。そもそも、この空間に共民党に属していない人間は存在し得ないのだが。
「等しい怒りを覚えるに吝(やぶさ)かではありませんが――」
 先の議員とは対照的に、優雅な動作で片眼鏡を拭ったのは、比較的若い男性議員。年の頃は四十前半であろう。新進気鋭と謳っている、ジャニス・ハッシュポピーが率いている新党とは異なり、彼の属している共民党にあっては間違いなく、『若造』の部類に含まれる人間ではあろう。
「――実際のところ、どうなんです? あの『シュバリエ』と戦って、勝てますかな?」
 敢えて、『シュバリエ』という表現を用いた若造であった。
「厳しいですな」
 部屋隅にて直立を行っていた書記官が、忌々しげに呟いた。しかし、それで引っ込む『若造』ではなかった。
「厳しい――どころじゃないでしょう。どう楽観的に観たところで、勝ち目はありませんでしょうに」
「口が過ぎるのではないか、ミスタ・ロストマン」
 副大統領の腰巾着が不快感も露わに言葉を投げ付けて来たが、ロストマンと呼ばれた若造がこれまた、殊更に大仰な肩の竦め方を行った為、その眉間に深い皺を幾重にも刻まなくてはならなくなった。「出て行け」と怒鳴り掛けたが、隣の副大統領の言葉の方が僅かながら、早かった。
「ロストマン、君はこの難局をどう乗り切るつもりなのだ? 君ほどの人間がただ、その先を自虐的に嘆いているだけとも思えないのだが?」
 ここで若造、ロストマンは片眼鏡をその左目へと宛った。高性能ではないが、情報端末の一種でもあるそんな珍妙な眼鏡は、彼のシンボルとでも呼べるものではあった。

「最終的に『美味しい』部分だけ、手元に残っていれば良いわけですな――ただ、それだけでありますよ」



   ◆ ◆ ◆

「邪魔するぜ」
 部屋の主の返答を待たず、ヒムラ・キリオはその自動扉の解除命令を行った。その両腕には朔風館よりガメて来た多量の酒瓶やらパック詰めが施された肴(さかな)の数々が抱えられている。
「ああ、パシリみたいなことをさせてしまってすまないな――キリオ」
 それまで司令官席上で眠っていたのか、悪い滑説で答えてきたのは勿論、部屋主のクリストファ・アレンであった。
「良いってことよ――リンダに頼まれていた『ついで』もあったしな」
 すっかりと整頓された司令官卓上に、抱えていた諸々の品をドサドサと積み置いた。
「『ついで』――とは?」
 軍帽の鍔を掴み、反対側へぐるりと回してクリスは突っ込みを加えたが、その左手には素早く、ビール缶を物色させている。黒ビールって気分かな、今日は。
「ああ、『アヴァント』に関する、ヤオの『宿題』に関してさ」
 卓の隅に直接腰を降ろして、やはりビールを漁りながらキリオ。エテルナ製のビールの味は決して悪くないのだが、どうにも淡泊な傾向が強いようにも思える。ここ数日の間、補給物資の一環として届けられた各種ビールの試飲を繰り返しているキリオであるが、どうにもまだ、精神のツボを突いてくれるような『作品』には出会えていなかった。
「ああ、ブッ続けで半日、フル計算を行うってアレかあ――」
 クリスは適当な缶を選び、用意されていたグラスへと中身を注ぎ込みながら、そのささやかな記憶を遡った。一ヶ月も前の話ではなかったはずだ、それは。
「実際、現段階で三割ほどは眠らせている状態だし、それは問題ないかと思うんだがね」
 クリスが差し出してきたグラスを断って、キリオは直接ビール缶を傾ける。机の上で足を組んで座り込んでいる、と言うのは控え目に言っても上品なものでは無かったのだろうが、気にする両者ではなかった。クリストファ自身もまた、その足を卓上へと投げ出していたことだし。
「その関係は全部、君に任せる。僕はどうせ、行ったり来たりになるだろうし、フォーチュンには月の半分も滞在しないだろう」
 グラスの中身を一息で空にし、クリスは天井を見上げた。事実、この二日後には早くも単身、イザヨイへと向かわなくてはならなかった。
「了解した。まあ、経過報告諸々はしっかりと行うからさ。安心してくれよな」

 その後、何とは無しの会話を交わしながら、両者は杯を重ねていった。新型戦闘機ゼロから始まり、マエダ・ファミリーの話、アテナと言う人工知性体を抱えるライト=ブリンガについて。そして、クリストファがフォーチュンを留守にしている間に巻き起こったさまざまな笑い話が続けられた。

「――で。何だ。話したいことがあるんだろう?」
 五本目となるビール缶を空にし、それ以上の炭酸アルコール飲料の摂取を諦めたキリオはバーボンのボトルを引き出した。既に司令官卓上ではなく、司令官室に備え付けられている対面式のソファへとささやか過ぎる酒宴の場所は移っていた。
「……話したいこと――あるよ」
 同じペースでビールを傾けていた筈のクリスはだがしかし、そんなキリオの問い掛けを受けた結果、身体中から酒精が蒸発してしまったかのような蒼白い顔色と相成ってしまっている。

「嫌な話になるよ。とても、とても」

 それだけを口にした。そして、キリオは無言でただ、頷くのだった。




   ◆ ◆ ◆

「何、やってんの――ですか?」
 場所も場所、そして何よりも今の自分の状況を確認すれば、質問が投げ掛けるまでには到底至らないだろうと思えたが。そんな背景も手伝い、たった今、行われた自らの射撃精度に納得がいかず、振り向いたマリベルの顔色はお世辞にも友好的なものではなかった。
「射撃訓練をさせて頂いていたのですが――どうにも調子が今一つ」
 自前の9ミリ、『リンガー08スペシャル』からマガジン(弾倉)を排出させながら、質問には流暢に答えるメイドであった。突然の乱入者でもある質問者は、射撃場備え付けのカウンターに頬杖を突いている状態。確か、ミランダ・ルヴァトワと言う人間だったはずだ。58と言う数字を引き継いだ、女性パイロット。
「ふうん――けど、私なんかより遙かに上手いじゃない」
 オペラグラスでターゲットに刻まれたグルーピングを確認しながら、そんなミランダは呟いたのだった。
「30メートルぐらいだったら、全てピンショットしたいと――思っているものですから」
 新たなマガジンを挿入して、マリーベル。そんな発言に対し、ミランダはいよいよ大きくその顔を崩す。
「30メートル、それもハンドガンでピンショット――そんなん、クリスにしかやれないっすよう」
 その発言に、構え掛けた『リンガー』を降ろすマリベルだった。
「アレン様――にそんな、技術がっ??」
 実の所、自らの技量、技術にそれなりの自信を持っているスーパー・メイドからすると、そんなミランダの発言は驚愕に充分に足るものである。
「そうなの。クリス、何でもやれるからさあ。正直、劣等感を感じまくりっていうかあ」
 いかにも、うんざり然とした表情でミランダ。
「……それは凄いですねえ、確かに」
 愛銃に安全装置を施しながら、マリベルは答えた。実際、現実としてクリストファ・アレンにはその航空機動並びに航宙機動における技量の高さで驚かされっぱなしのこの数日間ではあった。
「まあ、フローラさんも近いけどねえ……ピンまではやれないみたい。つーか、クリスが異常なのよ」
 自らの右手を銃器に見立て、ミランダは新たに用意されたマン・ターゲットにその人差し指を向けた。
「なんだか、自信を失っちゃいますねえ」
 この段階での射撃訓練を続行する気になれなかったマリベルは愛銃をその懐へと戻しながら言う。マリベルは自分自身の技量を全く評価していないわけでは無論、無いのだが、クリストファ・アレンの『高性能』振りの前にあっては、そんな自分は『器用貧乏』でしかないのではないかとも思えてしまう。
「自信が無いって?」
 カウンターに右頬を密着させながら、ミランダが尋ね返した。その両目は、もはや対象者、マリベルに向けられてはいない。
「……だって、ややもすると――いや、しなくても――護衛対象の戦闘能力の方が高いってのはどうも……と言うか……」
 左胸の重さ――当然、今し方収納されたリンガーの重量――を確認して、マリベルは若干の弱音を意識して、含めて見せた。もっともこの場合、「本音」と「演技」の間にどれだけの隔たりがあるのかどうかは、本人としても甚だ疑問じみてはいたのだが。

「やだなあ、あなたにそんなことを言われると、私も自信を無くしちゃうわ――」

 相も変わらず、カウンターに頬を着けた、行儀の悪さを露骨に表明しながらのミランダ・ルヴァトワの言葉であった。マリベルには、彼女が言わんとするところがまだ、見えない。

「あたし、『ライト=ブリンガ』に乗ったクリスを、多分、守ることになるの」

 一瞬、その目が向く先を他に定めていたため、マリベルは気付かなかった。カウンターのミランダがその背筋をぴんと張った状態でこちらを凝視していたことに。
「クリスは間違いなく、あたしより強いよ――けどねえ――力になってあげたい、って思うからあたしは、自分が無力だとは思わないことにしたい。至らないところは、努力やガッツで補うことにすればいいわけだしい……」
 ここまで続けて、マリベルはその頭を殊更に傾けた。
「あれ、なんだか、変な言葉になってるかなあ――」
 右手人差し指で眉間をマッサージするようにして、ミランダが唸る。
「――ごめんねえ、上手く言葉に出来ないや――あたし、頭悪いから」
 実際、この乱入者の発言は全く支離が滅と裂しているとしか思えない。一貫していないし、そもそも論法になってもいない。だが、それを不愉快と感じることもないマリベルでもあった。なお、マリベルはミランダのミランダたる所以(ゆえん)を、この段階状況では一切を知らなかった。
「そんなことないと思います――そうね、ポジティブに考えるべきなのは確かではありますねえ」
 半ば、言葉を濁す具合となってしまったが、これがマリベルの本音ではある。
「そうそう。まだまだ時間はあるし、まったりと――行きましょうよ」
 このミランダが用いたフレーズの著作権は実はクリストファの元にあるのだが。

「そうね、今日ぐらいはそうしましょうか」

 何やかんやと、フォーチュンの色に染まりつつある自分に気付いて、マリベルは苦笑してしまうのだった。




   ◆ ◆ ◆

 フォーチュンは医務室、そんな場所の責任者であったリンダ・フュッセルは困惑するのだった。なんじゃこりゃー、と。
「おい、姉ちゃんよう――」
 寝台に横臥した状態で、それでも器用な体勢で端末画面に耽っている艦長殿に対し、しばらくの間を置いた後での軍医殿の第一声がこれであった。
「ちゃうねん」
 黒い額に、やっぱり黒い指をピシャリと当てて、軍医殿。
「ちゃうねん?」
 こちらは、やや白い頬に、やっぱりやや白い指をゆっくりと宛った艦長殿だ。
「アンタ、AB型だ――って言ったじゃないか」
 火を点けていない薬用煙草の端をガリと囓りながら、軍医は言う。
「……え?」
「危ないなあ。軍人として、有り得ない間違いじゃないか」
 くわえた煙草に火を灯す衝動を少しだけ、堪えながらリンダが言った。対して、ソフィは軍医が何を言っているのか、全く理解できなかった。
「何を言っているの?」
「今、検査結果が出たんだけど。あんた、B型だよ――血液型がね」
 ここでいよいよ、ソフィは勢い立ち上がった。微妙な頭痛の再発もあって、決して快適な状態ではなかったのだが。
「なわけないでしょう!」
 そのソフィの剣幕に、リンダはその上半身を僅かに揺るがせとした。とても、冗談を言っているような剣幕では、それは断じて無かったからである。
「フォーチュン――ええ、かつては『アルティマ』だったこの船に乗り込む前に、艦長と同じく健康検査は行っていたし! ――ホラ!!」
 ここで、ソフィはその胸元に収められていたプレート・タグを引き出した。太陽系惑星連合宇宙軍と言った下りは丁寧に潰されていたが、自らの名前、血液型、そして投与を受けたワクチンの履歴が記号で刻まれているものだ。そんな血液型は無論、AB型となっている。
「しかし――現実問題として、あんたBだから。AB、違う」
 突き出されたタグを一瞥しつつもリンダは譲らなかった。
「んな馬鹿なぁ……」
 上半身を起こした状態で、ソフィはその頭を左右にゆっくりと振った。全く、頭痛が止まらないと言うことで訪れた医務室でとんでもないことになってしまったものだ。
「うーん――ちょっと調べてみるか」
 顎に手を当てたまま、リンダはその医務机に備えられていたキー端末を手に取った。
「血液型が……変化する……理由……」
 呟きながら、同じ言葉を端末の検索野へと投入していく。ほんの数秒も待たず、端末は回答を提示してきた。
「骨髄移植――位しか見当たらないねえ」
 そのリンダの鼻から紡がれたような言葉に、ソフィは胸を張った。
「それこそ有り得ないじゃないの――そんな深刻な手術、受けてません」
 患者に言われるまでもなく、軍医にもそれは理解できている。アルティマ、フォーチュンの中で今まで執り行われた外科手術の中でもっとも重大だったのがダイサクの盲腸手術位だったから。
「んー、じゃあその『軍』の健康診断が間違っていたってことは――」
「有り得ません」
 きっぱりと、ソフィ・ムラサメ。それはもう、きっぱりと。
「……まあ、いずれにせよ……アンタはB型で間違い無し。五十六回も検査したけれど、これは間違いないから」
「んー……」
 両のこめかみをやはり両手で刺激しながら、そう答えるしかないソフィである。軽度の貧血ということもあり、これから輸血を受けなくてはならない身の上なのだ。また、口に出しては決して言わないことだったが、そんな艦長はこの軍医を心から信頼してもいる。
「……なんか、微妙に納得がいかないけどヨシとするわ」
「そりゃこっちの台詞だわさ」
 悪態を露わとしながら、それでも輸血の準備を手際よく始めるリンダ・フュッセル。
「……で、実は頭痛以外にもうイッコ、気になっていることが」
 専用の冷蔵庫から正に輸血パックを取り出しているリンダの背中に、ソフィは声を続ける。
「……なんだ、まだあるのかい」
 B型、と言う表示を目視で確認し、尚かつ端末にそんな血液由来を再調査させる指示を行いながら無愛想にリンダは言う。
「何というか……その……」
 ソフィ・ムラサメの発言がどうにも曖昧だ。リンダはここで、ベッド上の患者に体を向ける。
「あたしゃこれでも軍医だからね。ハッキリと言ってくれ、ハッキリと」
 しかし、そんな相手はベッド上で、その両手両指を遊ばせている。付け加えると、この時、リンダが目の当たりにしたソフィ・ムラサメはとても、普通の状態ではなかった。身体中の血液が全て、その頭部に上がっているのではないかと思われるほどの。

 それはそれは、後にも先にも確認したことのない、赤面振りだったのである。

「艦長、頼むよ――あたしゃ、医者としての履歴は大したことないんだよ。ハッキリと言って貰わないと、困る」
 額に右手人差し指と中指をまとめてあてながら、リンダ。その発言に、若干の苛立ちが含まれたことは言うまでもない。しかし、リンダはこの段階ではソフィ・ムラサメが言わんとすることを理解して、出来ていなかった。
「あのねえ――」
 ベッドの上でモジモジとしている。そんな映像は、どう贔屓目に見ても『艦長』のイメージに相応しいものではない。気は進まなかったが――と言うより、リンダ自身が状況に着いて行けていなかったということもあるのだろう――軍医は、再度の質問を投げ掛けたのだった。

「勿体ぶらないで、教えなさい」

 そんな質問に対して、ソフィ・ムラサメが返したのは以下の言葉。

「私、妊娠しているみたいなの」

 リンダ・フュッセルの動きが物理的に停止した。

『相手は誰だ!!』
 とか、突っ込む隙間も一ミクロンも無い。

 ほとんど、石像の状態。

 リンダ・フュッセルは。

 硬直するのだった。ひたすらに。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第三章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2678年01月01日

第II光:『光臨』 第三章 Ready to Fight -IV

「命令、SAC(System All Check=全機構調査)を実行」
 現時点で――彼等が認識している限り、と断っておく必要があるのだが――世界に存在する唯一のデウス・エクス・マキナ、ライト=ブリンガのコックピットに右半身を入れた状態で、やはり唯一のパイロット、クリストファ・アレンが朗とした命令を対象へと発した。
『心得ました、クリス』
 自律オペレーティング・システムである『アテナ』からの返答を受け、六基の整備クレーンに物々しく吊り囲まれた状態のライト=ブリンガはコックピットへとクリスはいよいよ踏み込む。
「コックピット周りは少し、弄らせてもらうよ」
 コックピット・ルーム壁面の一部をその指先で軽く叩くと、軽い駆動音と共に壁面が割れ、専用の工具箱が迫り上がってきた。その中身から特殊ドライバーの数本を取り出し、工具ベルトへと収納する。この時、クリストファはパイロット・スーツでも艦内軍服でも無く、整備服を着用している。
『イエス、マイ・ロード――これは先刻承ったB-785計画書に基づくものですね?』
「Yah――」
 頷きをここで一つ挟んで、クリスはライト=ブリンガの特殊な操縦系――『Semi-Automatic-Motional-Operating-System(準自動追従式操縦機構)』と仮称されてはいるが、何しろこれは長ったらしいので、頭文字を並べて『SAMOS』と呼ばれることが多い――を構成している一角へとドライバーを差し込んだ。従来の戦闘兵器のそれとは全く異質な――と言うよりも前例が無い――操縦系は非常にデリケートなものであり、日々のメンテナンスにも十全たる注意を払わなくてはならなかった。クリスがこの時、調整を兼ねたメンテを行おうとしている部分は左腕部の握り、その物であり、ネビュラ・リーヌ内で様々な設定を施し、また同じだけの試験機動を――当然、仮想シミュレータによるものでしかないが――重ね来てはいたのだが、事ここに及んで尚、違和感の完全な払拭には至れていないのが現実だった。もしかするとこれは、『左』が彼にとっては本来の利き腕である、という点に原因があるのかもしれない。
「やれやれ、と――」
 最高司令官、自らによるメンテナンスと言うのはナンセンスに響くところではあるが、パイロットが限定されてしまっているというこの状況それ自体がナンセンスなものではあるし、こればかりは他の人間に任せられるものではない。更に付け加えを行うのならば、そんなRLのシステム・チェックやら物理的な整備に伴う作業の数々――決して軽作業とは言えない――は、クリストファ・アレンにとって精神的労苦、摩耗をその代償として支払わなくてはならないようなものでもなかった。

   ・
   ・
   ・

「おー、やっとるやっとる」

 整備活動に勤しんでいるそんな彼の元に昇降クレーンで上がってきたのはスコット・ロードマンであった。物々しい大型のケースの存在がその足元に確認出来るのだが、観察する者に銃器関係の知識があれば、それが正に『銃器ケース』であることを知ることが出来る筈だ。
「何?」
 ピット内の時刻表示だけを一瞥、声の主に顔を向けることまでは行わずに黙々と作業を続行しながら、それだけをクリスは尋ねた。実に作業開始より四十分近くが経過していることには自分でも驚いたが。
「ナニって言われても、マリベルからの預かりモンを持ってきたんだけどな」
 ケースを持ち上げて示そうとしたスコットだったのだが、その総重量を思い出すことが出来たのか、伸ばし掛けた右手は途中で止められた。
「ああ、すまない――失念していたよ」
 手袋で頬を掻いて、クリスは苦笑した。先日、マリベルに対してRLのコックピットに備え付ける銃器一式の用意を依頼していたのは、他ならない自分であったからだ。
「全くよー、俺は運び屋さんじゃねえってのに」
 口ほどにはまんざらでもなさそうなスコットだった。毒舌家で彼があるのは、今に始まったことではない。
「クソ重てぇったらありゃしなかった」
「ははは、まあ勘弁してやってくれ。彼女は彼女で、仕事がありすぎるぐらいだから」
 着用していた手袋を脱いで、半分捲られていた整備服袖で額を拭いながらクリス。
「おうよ――分かっているから手伝ってやってんだろがってね」
 クレーンを更に対象へと距離を詰めさせる操作を行いながら、スコットは銃器ケースをその左手の平で軽く叩き示した。
「ざっと四挺が詰められているそうな。細かな説明はコレに含まれているってこった」
 右手人差し指と中指に挟まれているチップ片を示しながら、ロードマン元軍曹。
「よっつ――そりゃまた、随分と奮発してくれたモンだな」
 呟いたクリスがその左手を上げて前後に揺らして見せたので、スコットはそんなチップ片を半ば、弾くようにして投擲(とうてき)する。狙い違わず――とは言え、両者の距離は五メートルと無かったが――クリスの左掌へチップは納まった。艦内に巡らされているライン上でデータを委譲するという手段も当然あったのだろうが、マリベルなりに敬意を示してくれているのかもしれない、と考えることは出来る。
「アテナ――仕事中にすまないが、コックピット銃架(じゅうか)に収納する銃器のデータをインストールするよ」
 言いながらも、既に主端末の挿入口へチップを放り込んでいるクリスである。
『アイ・サー』
 ふむ、と軽く答えながら、コックピット前面部に仮表示されている情報ディスプレイへと目を向ける。各々の銃器の名称、分類は文字通りの瞬時に弾き出されたのだが、それと確認した瞬間に苦笑が沸き上がってくるのをどうしてもクリスは止められない。

 ショット・ガンである『ハイアット』。

 軽マシンガン『イーゲル』。

 『ノーヴァ』、これはどうやら宇宙空間での使用を前提としたレール・マシンガンのよう。

 そして、最後にハンドガンである『リンガー』。

「……こんなに色々と有ったらコックピットと言うよりも武器庫になってしまうな」
 銃器それぞれの詳細データと、癖などの諸々は後日マリベルに教わることとし、クリスは溜息に近い息を漏らしながら呟くのだった。いずれ彼女はその内、携帯型対宙ミサイルやら指向性対人地雷やらでも持ち込んでくるのではないか。
「まあねえ――でも、マリベルはマリベルなりに一生懸命……と言うか、他にも候補があるとかナントカ物騒なことを言っていたぞよ」
 ぷっと吹き出したスコットではあったが、本来の役割を失念することは無かったので、銃器ケース側面の開錠ボタンを押し込むことは出来た。甲高い効果音を一つ上げた後、銃器ケースの上面がゆっくりと開かれ、正にハイアット、イーゲル、ノーヴァ、リンガーの各現物が続いてその銃把より迫り上がってきた。
「果たして、実際に使うことがあるのか甚だ疑問ではあるがなあ」
 諦め顔でそんな銃器群を眺めるクリストファ。実際のところ、RLを降機した上での銃撃戦と言う想定は、余りにも縁遠く思えて仕方のないところではある。
「まあ、念には念を――ってお前さんの座右の銘じゃないかね?」
「確かにね」
 ショット・ガンであるハイアットの銃把を握り込み、鯔背(いなせ)に構えて見せたスコットが快活に笑う。



 よもや、実際に使用する日の到来があろうとは――神ならぬ身の上のこの二人には到底、予知することができなかった。

 そして後日、このRLのコックピットには日本刀、『妖刀ムラサメ「改め」妖刀サクラフブキ』が備えられることにもなるのだが、これもやはり、正解と言う形で報われることにはなる。

 束の間の――と条件付けを行っておくべきかもしれないが、今の段階で語られることではそれは無い。




   ◆ ◆ ◆

 もはや慢性化している気がしてならんが、激しく頭が痛い。そんな頭痛が果たして、昨夜の深酒によるものか、或いは精神面での疲労感にその由来が求められて然るべきものなのかどうか、一介のホモ・サピエンス(齢30牡)でしかないヒムラ・キリオ氏には分からない。寝起きと同時に激しく嘔吐し――辛うじて、洗面所に駆け込むことが出来た――冷水を含むことで幾分かは楽になったが、その脳内ではベートーベンの第九が、それもカラヤン指揮によって盛大に演奏され続けている。ヨリにもヨって、その激しさで名を背負うカラヤンかい。フロイデ!
「うっぷ」
 気分を切り替えるべく、手繰り寄せた煙草に火を点けてみるが、全く解決にならず――それどころか大変な嘔吐感の再来に耐えきれない有様となってしまい、即座に灰皿へと押し付ける。備え付けられたテーブル上に直接膝を立てて座り込むこと五分――何をするともなく、ただ呆然としていたヒムラ主任の携帯端末にアクセスが行われてきた。
『ベアトリイチェです――早くにスミマセン、主任』
 外部スピーカーによって強制発信されてきたものがシャリーのキンキン声でなかったことにささやかな安堵感を覚えつつ、キリオは端末を手に取った。それと認識した端末はスピーカーを内部のものへと即座に切り替える。
『お伝えしたいことがある、と艦長から言伝(ことづて)を頂いているのですが』
 キリオはその首を傾げた。何故に、艦長は直接自分に連絡を上げてこないのか。そんなキリオの微妙な『間』から内心を読んだのか、フォーチュンの副長は言葉を続ける。
『急ぐほどのものではないと言うこと、また主任――もとい、副司令が自由時間であったことをお考えになっていらしたようですが』
「ふうん……何だか、妙な話だなあ――で、なんだって?」
 肝心の内容へとキリオはその関心を向けることにした。
『私は、何も聞いていません。ただ、副司令の都合の宜しい時に個人端末に一報を入れて頂きたい――とだけ』
「ふうん……」
 若干伸び気味の顎髭を撫でて、キリオはシステム・デスク上の水差しを手繰り寄せたが、ここで微かな疑問点に思いが至ることとなる。
「なあ、この件に関してクリストファには連絡が行っているのか?」
『いいえ、総司令に伝える必要はないと、これは念を押されまして――付け加えますとこの通信自体、私は遮音状態の施されている艦長席より行わせていただいています』
 即座に帰ってくるベアトリイチェの発言が含む微妙な深刻さに、キリオは軽い舌打ちを行ってしまった。
「クリスが他の女性クルーにでもチョッカイ出して懲らしめてやって欲しいとか――イザヨイに代わってオシオキよ♪ ってな――美少女猫耳戦士アテネコ・ムーンってね」
 言ってから、後悔するキリオ。
『………………その程度の問題であれば寧ろ、歓迎すべきトコロですがねえぇぇぇ』
 異様に長く設定されたベアトリイチェの『間』に軽からぬ戦慄を覚えるキリオであった。
「すまん、下らないことを言ってしまった」
『全くですねッ!』
 受話器からベアトリイチェの唾が飛んできそうな勢い。
「ごめんごめん」
『なんでいっつもそうなんですかだいたいときとばしょをかんがえてくださいよほんとにってきいてますかしゅにんそもそも――』
 露骨な怒りも露わに、ベアトリイチェが立て続けに言葉を放ってくる。半ば、逃げ腰のままで通信をキリオは切断。

 そんな通信が切られた段階で、果たしてヒムラ・キリオは思うのだった。


 この船の真の支配者ってやっぱり女共(オンナドモ)だよなあ――と、今更ながら。


 まあ、それも良かろう。






   ◆ ◆ ◆


「決意は固いんだね?」
 医務室はそのデスク上で、リンダ・フュッセルは尋ねるのだった。
「ええ、これがベストな選択だと思うの」
 昨日の夜より、何度と無く繰り返されてきたソフィとリンダの遣り取りの一つでしか、これは無い。『才媛』と呼称されるべき資格を十二分に備えているこの二人の婦人が、こんなにも意味のない繰り返しを幾度も幾度も並べ続けて今のこの時へと至っているのは、その遣り取りの含むところの意味があまりにも深刻な話であり過ぎた為だったのかもしれない。
「どこかで、こうなることを望んでいたのかもしれないから――リンダが気にすることなんて無いのよ」
 少しだけ、けれど他の何よりも自分自身を偽っているソフィの発言ではある。まさか、この時点で妊娠に至るとは思っていなかったこともある。
「心得た――ただ、その手術はフォーチュンでは行えない。一度、地上なりイザヨイなりに降りて、きちんとした設備の整った病院に数日、入院する必要がある」
 それまでは落ち着き無くデスクをコツコツと叩いていたボールペンの端を煙草の様に加えながら、フュッセル軍医殿は言った。

「数日は、厳しいわ――短縮できないのかしら?」
 ベッドの淵に私服のワンピース姿で腰を降ろしていたソフィのこの発言はしかし、『艦長』の顔へと移りながら紡がれた。
「それは私が認めない。仮に、向こうの病院が認めても――だ」
 頑として、一切を譲る気配も見せずに軍医は言う。
「……三日も艦を空けるということになると、どうしても影響があると思うの」
 このムラサメ艦長の発言はしかし、フュッセル医師の充分なる予想範囲内であった。
「検査入院と言うとそりゃ、誰しも気になるだろうけど、他に幾らでも理由は付けられるだろう。アタシが当然、付き添うことになるだろうから……ホレ、病院施設関係とかの視察とか……対外的な名目は幾らだって行えるはずだ」
「でも、それだとクリストファ――あの人も『付き合うよ』とか言い出しそう……」
 どうにも生彩に欠ける友人に対し、リンダ・フュッセルは深く息を吸い込んだ。女の武器の在り方をこの友人にいよいよ、教授しなくてはならなかった。

「『男に同伴して欲しくない施設だってあるんだコンチクショー』って一発、怒鳴れば良いのよ。これで、大抵の男は無言になるから」

 リンダ・フュッセル語録に新たな一ページがこうして追加されるのであった。



   ◆ ◆ ◆

「やっぱり、『軍隊』という響きはアレルギー反応がありすぎるようね」
 大統領官邸の主、ジャニス・シュバリエはマリベルではないメイドに淹れて貰った紅茶の湯気を漠然と眺めながら、呟くのだった。現在、この執務室は大統領本人を始めとして三人の人間によるささやかな占領下に置かれている。もっとも、これには部屋隅で控えている官邸属のメイドも含まれているので、事実上の会話は二人、向かい合った状態で行われていた。
「正しい反応なんでしょうけどね……」
 俯いて発言したことで、経済計画省のトップであるメリル・デュランの白髪の入り交じる頭髪が軽く揺れる。その手元にはやはり、ミルク・ティーが置かれていたが、全く口を付ける素振りすら見えない。この数日で、白髪の量が一際に増えた――とは、入室早々の彼女の言葉だったか。
「そう思います、メリル――軍隊なんて、何ら経済生産活動に貢献しませんからね。ただただ、浪費するだけの存在」
 クリストファ・アレンの発言を借りてしまったことに気付いたジャニスは苦笑しながら紅茶を口元へと運ぶ。マリベルの淹れてくれた紅茶には及ばないが、充分に美味と評すことの出来るお茶であった。
「全く、私が存命の内に軍隊設立なんてことに話が運ぶとは思っても見なかったわ」
 他の第三者の存在が無い時に限ったが、この二人がそれぞれの言葉遣いを逆転させることが往々にしてある。大統領、ジャニス・シュバリエは未だ三十に至らない身であり、片やのメリル・デュランは六十に近いという状況からみれば、特に不自然なものではないのだろう。実の所、自分の母親以上の年齢であるこの経済計画省長官は大統領の数少ない、味方の一人でもある。
「で、どうなんでしょう――メリル?」
 本当に増えたように見える白髪を半ばの同情を自覚しながらジャニスは尋ねた。語彙が派手に省略されてはいるが、この二人の間にあっては問題は全く無かった。
「未来の『私達』からオカネを、それはもう派手に借りることになるわ」
 深刻な溜息を、顔全体で出すようにして長官はそれでも、断言した。
「それしか手は無いんですよね――元々」
 落胆してはいるのだろうが、それでもさばさばとした表情で対照的に返したのは、現シュバリエである。ここで、大統領の信頼充分な長官ミセス・デュランはソファ脇に置かれていたファイル状の携帯端末を取り出した。大統領が紅茶を含んでいる間に二三の操作を手早く行って、今一度の溜息を吐く。
「ええと――まあ……地球本星とのレートに関してはあまり、問題じゃない。フォーチュンのミズ・イボルブから上げられてきた、戦闘艦艇、並びに戦闘機、火器全般弾丸に至るまでの見積もり表を、我が経済計画省の生え抜きが必死で弾き出した目算がコレ――」
 既に用意していたのであろう、細かな数字が並べられている厚紙をメリルは卓上に差し伸ばす。
「どれどれ……」
 ジャニス・シュバリエは半瞬の躊躇いを経て、その白く細い指で厚紙を摘み上げた。

「冗談でしょ――って言いたくなるわね」

 たっぷり、十秒ほどの沈黙を挟み、ジャニスはそれだけをどうにか言葉として紡ぎあげることができた。

 ズラリと情け容赦なく並べられた金額の桁を一つ一つ、数える気にもなれない。
「どうしても細かな設定は難しくって、四捨五入するところはやっちゃっているから、それよりも若干、低くはなるかもしれないけど――桁が変わることはまず、ないから」
 やはり情けを介在させる余地も示さず、メリルは冷酷に言った。
「一隻でこれ……かあ……うーん」
 大統領がその視線を釘付けとしているのは正に、『航宙艦艇(甲)』との種別項目。これは当然、フォーチュンの中では『バング級』と呼ばれていた新設計の航宙艦のことだ。
「それと、あくまでも参考なんだけど――」
 すっかりと青ざめた表情の大統領に対し、心苦しいところではあったのだが。
「なあに? もう、そうそうのことじゃ驚かないから大丈夫」
 言葉上では強がりながらも、さながらパペット人形のような素振りとなっている大統領。

「どうやら『フォーチュン』クラスは単純に、『航宙艦艇(甲)』の十隻分だそうよ」

 ジャニス・シュバリエ・ハッショポピーはその執務机に、倒れ込む。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第三章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする