威厳がその外見に全く伴わない、フォーチュンが副司令官はヒムラ・キリオがソフィ・ムラサメ艦長の私室へと訪れたのは西暦2810年4月27日の日曜日――エテルナ式の曜日表記では桃曜日――の午前中のことであった。
「お疲れ様、キリオさん」
今から向かう、と直前に連絡を入れていたことも手伝ってか、ヒムラ・キリオが艦長私室の前に立つや否やの内に扉が解放される。
「いや、こちらこそだ」
微笑みを静かに湛えた状態でソフィはやはり、静かな動作でキリオの入室を促した。合成品ではあるものの、畳敷きの艦長私室へと入室するに際し、キリオはその整備靴を慎重に脱がなくてはならない。
「――お邪魔します」
ソフィのそんな笑顔を正面から受けるのには若干の抵抗感を覚えるキリオであったが、これは先日のクリストファ・アレンとの会話があればこそ。
『とっとと彼女にも話してやれよ――お前一人が抱え込んでいても何にもならんぞ』
との自分の発言で、昨日の酒席は締め括られた気がする。する、と言うのは――実の所、当の自身が大変な泥酔状態に陥っていた為である。なんとも情けのない話。記憶にある最後の映像は、ただただ静かに涙を流しているクリストファの『微妙』に『不思議』な顔だった気がするが。
「お茶は何が宜しいかしら?」
ささやかに過ぎるキッチンに立った部屋主からこんな呼び掛けを受けるまで、自分がただただ、呆然としていたことにキリオは気付かなかった。
「……ああ、それじゃ緑茶でお願いする」
リクエストをきちんと行っておいて、部屋の中心に設けられている掘りゴタツに腰を降ろす。これは無論、艦内に用意されていたものではなくて艦内の有志達によって自作されたものであり、規模こそ異なれど複数の存在がこのフォーチュンにはある。日本文化ビバ。
「お煎餅とか、ご自由に」
茶筒を傾けて二人分の茶葉を急須へ投入しつつソフィ。
「ありがとよ――けどな、あまり食欲が無いんだ。お心だけ頂いておこう」
全くの事実をキリオは口にした。これは話題の提供を計算した上での発言である。
「あらあら――二日酔いですか?」
熱湯を湯冷ましへと注いだソフィが苦笑いと共に振り向いてくる。キリオにとり、これは期待通りの反応ではある。
「うん、昨日一晩は君の恋人とシコタマ呑んだのさ」
無精髭を撫でながら、それとなくキリオは様子を窺う発言を行うのだった。つまり、クリストファと自分、二人だけのサシの『呑み』と言う存在を彼女が知っていたのかどうか、と言うこと。
「あら、そうだったんですの」
別段、何ともない様子でソフィは急須にお湯を注ぎ込んだ。キリオとしては気負っていた分、妙に肩透かしを受けてしまった気分が否めない。
「まあな。たまには野郎二人ってのも良いもんだ……」
ソフィの洗練された茶の淹れ方に感心しながらキリオは言ったのだが。
「そんなこと言って、結構二人でこっそりと呑み交わしているでしょ――」
キリオには大きめの湯呑みを用意して、急須の中身をゆっくりと傾ける。絶妙の加減で淹れられた玉露の芳香が室内をゆっくりと満たしていく中、ソフィは言葉を続けたのだ。
「――知っているんですからね」
その微妙な笑顔の陰に隠された、やはり微妙な感情を読みとれないほど、ヒムラ・キリオは鈍くなかった。しかしながらこの時、自分の感覚の鋭敏さを少しだけ呪わざるを得なかったのである。
「ごほん……さておいて、本日は如何なるゴヨウムキでアラせられるのでしょうか、マイ・キャプテン?」
◆ ◆ ◆
「この『ver.02-254』を初期生産型に据えようかと思いますが」
ライト=ブリンガに関する煩雑な整備作業を終え、整備クレーンに依らず、手近なロープにて工房ブロック最下層部床面に危なげなく降り立ったクリストファ・アレンを待っていた人物はアイーシャ・ロシュフォルであった。レモン色の髪の毛を払うようにして、簡素な敬礼を作りながらの発言であった。
「『3番代』はやっぱり難があるか……」
脳内に広げられた新型航宙戦闘機『ゼロ』の設計図面から該当機種のスペックを拾い上げながら、クリストファはその髪の毛を掻き上げた。この時のクリスは若干、汗を掻いてしまっていた為に頭髪の一部が額へと張り付いてしまっている。続く動作で首に掛けられたタオルで、いささか不快げに額を拭う。
「操縦系がやはり、初期生産型としてはそぐわない――とヤオも判断しています」
多忙を極める総司令官に対し、少しだけ同情しながらアイシャは報告を続けた。これに対するクリストファの反応はしかし、彼女が想定していたものではなかったのである。
「ヤオ判定は元よりとして――君の見解はどうなのだ、アイシャ?」
整備服胸元のファスナーを降ろし、首掛けのタオルで外気を送り込むように扇いでいるクリストファの表情が、どこか悪戯っぽく笑っているようにアイシャの碧眼には捉えられている。
「自分の見解も同じです――初期生産型、そして何よりもトライアル・ベースとするのは『02-254』、『2番代』が最適であると考えます」
背筋を伸ばし、断言した。信頼する部下の自己責任と確かな技量、技術に基づいた明快さを望む、彼女の総司令官であったことを再認識しながらの発言で、これはあった。
「宜しい――必要な物資、資源、諸々のリストアップは君に一任する。全てが完了したら僕かキリオに一報を入れること」
そう言って、踵を返し掛けたクリスであったが今度は、自身が信頼篤い部下の発言に唸ることになるとは。
「申し訳ありません、総司令――既にリスト化は完了しておりまして」
ウサギのアップリケが施された整備服は胸ポケットからチップ片を取り出して、アイシャは恐縮した。ちなみにそんなアップリケはシャルロッテ・グルーミングの手による自作であり、クリストファ・アレンの背中には『エレキ・ギターを掻き鳴らすパンダ』がプリントされていたりもするのだが、これは全く余談。
「ぶっ――」
機械油の付着している右手を思わず、口元に運んでしまった総司令官。
「――って、最初から僕が否定するなんて思っていなかったんだろう」
口の端から顎にかけて引かれてしまった油染みには気付かず、クリスは苦笑する。
「ええ……まあ……その……ごにょごにょ」
小さなチップ片を両の手で、それでも手持ち無沙汰に弄り回しつつ言葉に詰まっているアイシャの姿を確認し、クリスは体全体で笑うこととなった。
「仕事が的確で速いのは実に結構でありますな、ミズ!」
◆ ◆ ◆
クリストファ・アレンが描いている青写真がある。幾つかの点に関しては既に大統領官邸サイドにも伝えられてはいるのだが、そんな『青写真』が現実を伴う『プロジェクト』となり、実際に動き始めるまでには今少しばかりの『時』、そして何よりも『覚悟』が必要不可欠であることは述べるまでもない。
彼に、そして彼等に許された時間は有限では決して有り得なかった。
もっとも、クリストファ・アレンは極めて現実的な人間であったから、その考えへと思い至っているのかもしれない。物事を少しでも楽観的に考えることが出来ていれば自ずと別の選択肢、未来図が浮上するのだろうか。
勿論、クリストファは楽観主義者などではない。それは、彼に着き従って星の海を渡ってきたフォーチュンの部下達にしても等しく言えることであり、自分達の行く先、未来を楽観視できる程に彼等各々のそれまで――人生は安寧としたものではなかった。勿論これには幾つかの例外が含まれるところではあったけれど。
「まずは初期先行型として1ダースを生産する。そしてやはり、早期育成したパイロット達を一日でも早く、乗せられる状態へ持っていく。鍛えて鍛えて鍛え抜いて、その中から特に優秀なパイロットを選抜して、『教導隊』の設立を実行するのが早道ではないか?」
一日、来るべき航空宙部隊の編成に関するクリストファ・アレンのこの発言を受けたフローラ・ザクソンは大変に感心したものだった。彼女の目の前で淡々と自説を述べている男は、あくまでもパイロット上がりの戦闘艦指揮官に過ぎなかった――とても、『普通』と言う表現はできないものだったが――筈であり、幹部候補生とは縁遠い存在であったにも関わらず、そこまでの青写真を無地のカンヴァスへと描画できるものなのか、と。
なお、フローラ・ザクソン元大尉にあっては太陽系惑星連合宇宙軍での最後の配属先が正にこの『教導隊』であった。ここで言われている『教導隊』と言う存在は、新型機や、新兵器等の実演習を他のどの部隊よりも先んじて行う部隊のことであり、また演習に於ける仮装敵機役となったり、一般部隊兵士に対する戦技教育等を行ったりと、実に多岐に渡った働きを示さなくてはならない特殊部隊のことだ。俗に言えば、『エリート部隊』という言い方も出来るかもしれない。
クリストファ・アレンが詳細を与り知らないところではあったが、火星沖会戦の終戦直後にはそんな『白の戦慄』を教導隊へ編入させる運びもあったようだ。しかし、その高度な空宙戦技術を教導隊で摩耗させるのは得策ではないと上層部に判断された結果、ある意味での『特殊部隊』へと編入された結果となっている。
課題は山積みだ。軍隊と言う組織の設立は、物理面だけでも大変な経済的負担を国家、国庫に強いることとなる。
そしてこれが一番重要で深刻なのかも分からない。
軍隊という存在に対し、精神面でどう向き合えるか、と言う問題が。言うまでもなく、これまでエテルナに軍隊は存在していなかった。
ここまで思いを巡らせると、クリストファは胃の辺りがどうにもじんわりと重くなってくるのを感じてしまわざるを得ない。『白の戦慄』とは別の二つ名、『鉄の胃袋』と言う称号は自分にとっては既に過去のものとなっているのかもしれん。
そんなクリストファを笑うようにして、フローラなどはその背中を大きく叩き付けたりもするのだが。
「あんた、『自分が考えるべき問題』と『そうじゃない問題』、ゴッチャにしてるんでしょうが」
そんな場ではクリスは「かもねぇ」等と、笑い返したりもするのだが。
けれど、『そうじゃない問題』を自分自身が全く一顧だにしなくなる、と言うことの方がより深刻な問題に至ってしまうのではないだろうか、とも思える。
結局、クリストファはこの時から『考えないフリ』を演じることになるし、これは実際の戦闘が始まるその時まで、続くことになる。
「全く、馬鹿馬鹿しい。どうせなら、もっと高尚なことに頭を悩ませたいものだ」
彼のそんな弱音の集大成とも呼べるこの発言を聞いた人間が存在した、とは史実に記されていない。
◆ ◆ ◆
新型航宙戦闘機『ゼロ(仮)』のトライアル・モデル――つまり初期生産型に対し、総司令官としての最終承認サインを記し、アイシャ・ロシュフォルと堅い握手を交わしたクリストファはここで、ブリッジへと通信を入れた。
『はあい、第一艦橋はシャルロッテでえす』
「アレンだ。キリオに替わってくれ」
個人の携帯端末に直接コールを行えば良かったのだろうが、話が話であっただけに、艦橋へと通信を入れた総司令官であった。実際、現時点でキリオは艦橋に詰めている予定であった筈。しかし。
『あー、副司令は今、ココにはおりませえん』
「うん、お願い――って……え?」
いつも通りの軽い口調と、トーンの高いシャリーの声に最初は流しそうになったクリスだった。
『一度、艦橋には来たんですけどお――』
じゃあ個人端末に飛ばすから、と呟こうとしたクリスだったが、通信の向こう側で何名かの遣り取りがある気配。取り敢えず、向こうの反応を待つことに。
『割り込みを失礼します、総司令。ベアトリイチェです』
「構わんよ。それよりもキリオはどうした?」
向こう側のベアトリイチェの呼吸音。何か、迷ってでもいるのだろうか。
『こちらでも確認してはいるのですが、現在、通信に応答が無いんです。付け加えると、副司令の個人コード反応が今の所、ありません』
「なぬ?」
思わず、間の抜けた返し言葉になってしまった。この艦内で通信に応答しない、と言う事はともかくとして、個人コードの反応が無い――となると。
「一体、何があったんだ? 『ゼロ』の承認印を押してもらおうと思ったんだがな」
半ば、自らの事情をベアトリイチェに伝えるようにしてクリスは言った。
『副司令のことですから、サボタージュを決め込んでいるとは考えにくいですが……』
遠慮がちな副長の声ではあるが、思うところは自分も全く同じだ。
「ま――急ぐもんでもないから、イイや。適当に時間を見て、再度コールする。迷惑かけてすまんね――通信終了」
怪訝そうにこちらを見ているアイシャに片手を挙げることで安心させながら、クリスは通信を切断する。
「アイシャ――取り敢えず、承認印は後回しだ。形式上のことでしかないし、問題は無かろうよ。動ける分に関しては、動き始めてくれ。君が必要とする人員、データ・ベースに関しては全権を譲渡する」
胸元に引っ掛けられていたレイバンのサングラスを着用し、クリスは命令した。こうすると少しばかり、凄味が出てくる。
「――いよいよですねッ」
背中をぴんと張り続けていたアイシャの声にはどこか、緊張の色が含まれている。
「これから。まだまだ、これからだ」
軽く片手を挙げながら、クリスは自分にも言い聞かせるような言葉を紡ぐ。本当に、全ては『これから』なのだから。
そして、クリスは次の目的地へとその矮躯(わいく)を運ぶことになる。
機関室へと赴き、各種機関の現状報告を直接キーヤから受けなくてはならなかった。
更に時間的な余裕があればマエダ一家の引っ越し作業を手伝ってやるべきかもしれない。
……なかなかどうして、総司令官は多忙なのであった。
◆ ◆ ◆
ヒムラ・キリオはその頭を抱えているのだった。
『もう、勘弁してくれ』
と、穴でも掘って叫びたい心境だった。勿論、何の解決にもなりはしないから実行する気には到底、なれなかったが。そもそも、このフォーチュンに穴を掘れるような場所なんて存在がないし――けれど『特設グラウンド』が第一候補としては挙げられるな、等と並行して考えてしまうのはやはり、自分自身が大変な惑乱を覚えているからか。
『落ち着かねえと』
実際にその首を大きく振り、両手の平でそれぞれの頬を叩いてみる。二日酔いの名残とも言える頭痛と、単なる物理的な痛みが伝わってくるだけで、何らの解決にもなりはしなかった。
つい先日に――と言うより、日付は変わっていないから今日と言うべきか――クリストファから聞かされた深刻過ぎる彼の身の上話だけでも相当な懊悩を抱えるに至ったというのに、更にもう一発が加わっているのだ。それも、大変なヘビー・ブロウである。いい加減、リングサイドからタオルを投げ込んで欲しい。全く、とんだパンチ・ドランカーだ。
いや、基本的には『めでたい』話なのである。コトブキなのである。それこそ、一席を派手に設けてそんな対象者を盛大に冷やかし、励まし、来るべき明日に向けて士気を大いに上げるべき話なのである。
「私は悪い女かもしれません。狡(ずる)い女なのかもしれません」
ここから始まったソフィ・ムラサメの述懐。結局、キリオは最後の方はほとんど呻き声しか上げられない始末。いや、呻くことも出来なかったかもしれない。
・
・
・
「――突然、ナニ?」
部屋主であるソフィ・ムラサメのどこか痛ましい顔と、何よりもその発言の内容に襟を正さざるを得ないヒムラ・キリオであった。
「クリストファの子供を身籠もりました」
ようやく座布団の上に落ち着いた部屋主はその向かい正面で焙じ茶の注がれた湯呑みに口も付けず、ただ持ち続けているだけの訪問者に言うのだった。
「へえ」
全く動揺を介在させることもなく、ただ頷きを加えてキリオは湯呑みを傾けた。しかしこの反応は、彼が強靱な精神力の持ち主であったことに由来が存在するものでは断じてなかった。艦長私室は壁時計が唯一カチカチと微かな音を立て続けている中、フォーチュンの副司令がその言葉と体を文字通りにひっくり返す暇を与える為には、秒針がその半分程を中距離走しなくてはならなかった。
「ナナナナナナナナンデスト? ナナナナナントオッシャイマシタカ?」
油切れを起こした稼働人形(オート・マタ)のようにキリキリカクカク。
「妊娠した、とこう申しております」
全く平静に答えるソフィとは対照的にキリオはその首をやはりぎこちなく、段階的に傾けた。
「…………誰の子供だってか?」
二回、三回と深呼吸を行ってようやく平素の声を絞り出すことが果たせた。全く意味のない質問を投げてしまうことにはなったが、これが今のキリオの精一杯。
「クリストファの、です」
装っているのか、それとも心から落ち着いているのか。ソフィ・ムラサメの態度は一貫していた。
「……そっか」
それだけを答えて、キリオは再度、息を吐き出した。
「おめでとう――と言いたいけれど、それで終わる話ではないんだね、ソフィ?」
卓袱台の上に両肘を突いて、キリオは言う。忘我の時は終了している。後で再発はするだろうが、それはそれだ。
「ええ。結論から申し上げますと――」
ここでソフィはすっかりと冷め切った茶を一口啜ったが、これは形ばかりのものだったのだろう。
「――今はまだ、『母親』には私はなれません」
やはり平然と――少なくとも表面上では――口にしたソフィであったが、そんな言葉を受ける側の人間にとって、これは平然と流せるものでは勿論、ない。
「どういう意味だ……まさか」
どうにも物事が嫌な方向へと進行してしまうのでは無かろうか、と言う彼の疑念が言葉となって表面化する。
「誤解の無きよう――『今は』、と言うことです」
キリオの疑念をそれとなく悟った様子の彼女。苦笑の入り交じる表情はそれでもどこか哀しげに見える。気の所為かもしれないが。
「ふむ……凍結保存か」
専門の畑ではないものの、持ち合わせている知識の幅広さをキリオは示す。
「はい。現在の医療技術であれば、全く問題が無いようですし」
ここでキリオは後頭部を掻き回す。咳払いを一つ。
「話は分かったが……クリスには当然、話を――」
視線をソフィの頭上に泳がせつつ――どうしても、そんな相手の目を見ることが出来なかった――ヒムラ・キリオは言葉を繋ぐ。
「――するわきゃないから、こうして俺が呼ばれているワケね」
はあ、と溜息を鼻から抜く。キリオ、咽(む)せる。
「ご理解が早くて助かります……」
その紅唇に右手を当てながら艦長。ここに至り、キリオは彼女がいつになく強めの口紅を差していることを知った。
「なぜ、話さない。クリストファ・アレンに」
この問い掛けを行う為に要した精神力は生半なものでは無かった。時間と言う概念に於いては実に短いものでこれは、あったけれど。
「――上手く言葉にできないけれど」
ソフィ・ムラサメはその両目にそれぞれの掌を当てた。
「今は、とにかく駄目なんです」
ソフィ、泣く。
見守るキリオ、声もなく。
2677年01月01日
2676年01月01日
第II光:『光臨』 第三章 Ready to Fight - VI
『エテルナ自衛隊発足、確定か!?』
そんな見出しがありとあらゆるメディアで一斉に報じられたその日。
アルタミラの中心部に据えられている大統領官邸は、一部の関係者が抱いていた不安感も余所に、常通りの朝を迎えているのだった。有事に備え、大幅な増員がなされている官邸警護隊の隊員達も、どこか拍子抜けした面持ちで警護に従事している。
「群衆に囲まれた挙げ句に生卵やら腐れミカンやらを投げ付けられると思っていたけどねえ――『ノー・モア・ジャニス』とか、『フォーチュン・ゴー・ホーム』とか」
どこか、物足りなさそうな言い分である。発言者が誰であったのか、述べる必要があるだろうか。もっとも、国民の多くは未だに現実感の獲得へと至れていないのではないだろう。それは各マスメディアにおいても等しく言えるのかもしれなかった。
「エマ――今日は紅茶にするわ。アールグレイを、濃い目にお願いね」
朝食のメニュー片手の女主人は寝間着のまま、注文を行った。
「畏まりました。パンの方はどういたしましょう?」
エマ、と呼ばれた縁なし眼鏡着用のメイドが質問を行った。マリーベル・リンスの後継ではあるが、こちらは純然たるメイドさんである。先任の『マリベルたん』のように全身コレ火器と言うこともない――と言うより、それがフツー。
「……クロワッサンが良いな」
表面がパリッとしたバゲットも魅力的に感じられたが、エネルギー含量が少しでも多そうなクロワッサンを選択する大統領である。今日は長い一日になる筈だ。国民への正式発表、それに伴う記者会見。そして、個人的に楽しみ――言い方が妙だが――なのがあの『ライト=ブリンガ』の実動試験。
そんな大統領の一日が長いのは今に始まったことでは無い。そんな思索に耽っている内に、エマ・ジョーンズの姿が消えている。神妙な面持ちの主人に気を遣ったのだろう。メイドとしては全く、『マリベルたん』に劣るところのない『エマさん』であったが、当のご主人様はメイドさん程に神経を灼いているわけでもなかった。意図的に麻痺をさせている、と言う感も否めないのは当たり前のことだ。
「世は事も無し――ってなわきゃねえって」
卓上に置かれている愛用の万年筆を弄びながら、独り言。自分ツッコミ。
ジャニス・シュバリエは自分達を待ち受ける『これから』に思いを馳せる。
……涙と溜息しか出そうになかった。
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「副長――じゃなくて艦長代理」
フォーチュンは艦橋に身を置いている総司令官、クリストファ・アレンは実に珍しいことに礼服を着用していた。常とは明らかに雰囲気の異なる艦橋に観察の目を走らせてみれば、やはり礼服をまとったフローラ・ザクソンが副長席で欠伸(あくび)を噛み殺したりもしている。
「なんでしょう」
艦長代理という肩書きを持つに至っている本来の副長、ベアトリイチェ・ノイマンが艦長席からその声を落としてきた。マエダ・ファミリーの護衛、並びに現地の各施設見学を理由としてソフィ・ムラサメとその一行(キリオ、リンダ、リョウ、ライル、チャーリィ、レイコと言う泣く子も叫ぶ、恐怖戦慄の体育会系武闘派集団@フォーチュン)が賑やかに盛大にド派手に激しく艦を抜けている間の代理役、と言うことでこれはある。当初、ベアトリイチェはそんな艦長代理職はクリストファ・アレンが背負うべきだと主張したりもしたのだが、これは総司令官に拒否権を発動されてしまうこととなった。
『良い機会だから、一度『艦長職』を体験しておきなさい』
と、これが身も蓋もない総司令官の反応であった。
艦橋を預かるという、そんな役目を今まで担っていなかった訳では無論、無いのだけれど――有事、『事有り』に際して最終的な判断、決断を下してくれる人物の存在が無いというのは控え目に言っても不安に過ぎる。
「まあ、何かあったら僕が対処はする――けれど、基本的には口出ししません」
マリベルの淹れてくれた紅茶を含みながら、悠々自適然としてクリストファ・アレン。リーヌ走破中に設置された副長席脇の司令官席が現在の彼の居場所であり、膝の上ではアテネコ・ホワイトが寝息を立てている。そして彼のボディ・ガードとも言えるマリーベル・リンスはフォーチュン内軍服を着用して、その隣で「休め」の体勢を維持し続けているのであった。
「マリベル、今は平気だから普通に座っていなさいってば」
幾度となく、クリスやベアトリイチェが言ったものだったが、
「いえ、私はこの体勢が一番落ち着きますので」
とニベも無く言い換えされては続ける言葉も無い。途中で一度、クリストファや艦橋組のお茶の交換を行う為に艦橋を退出している彼女だったが、それ以来、都合一時間はこうして立ちっ放しのままである。なお、暇を持て余していたアテネコ・ブラックが更にその横で仁王立ちしたりして付き合っている、この三十分であった。どうやらマリベルと波長が合うようで、何かと彼女と行動を共にしているのがブラックである。
「官邸からの通信はまだ入らないか?」
お茶のお代わりを注ごうと身を崩したマリベルに、代わりが不要である旨を示しながら、クリストファは通信士に直接、尋ねた。
「まだ来ないっすー。まあ、まだ現地時間で七時半ですからあ」
赤いリボンを揺らし、シャリーが歌うように応える。
「そっか、アリガト――って、どんなもんなの?」
後半の言葉は隣のマリベルに向けたものだ。官邸サイドの事情云々は窺い知れるところでは断じて無かったから。
「そうですねえ……通信が入るとしますとやはり八時頃になりますかねえ……しかし」
「しかし?」
「ええ、まあ……関係各省庁への通達も終了しているようですから、前倒しで連絡があってもおかしくはありません。お急ぎでしたら、私が手配を試みましょうか?」
胸元の携帯端末に手を運びながら、マリベル。
「いやいや、必要ない。向こうが驚いちゃうだろうし。『今は』無用に急ぐ時でもないしさ」
この時の言葉が全てでは無いのだが、言及に至るものではないと判断する総司令官である。いささか落ち着かない点に関しては、キリオやソフィの不在にその理由が求められるのだろうけれど。
「そんなに早く、RLを飛ばしたいですか?」
珍しく、そんな発言がベアトリイチェから下ろされてきた。彼女自身もまた、軽口で場を繋ぎたいところでもあるのかもしれない。
「まあ、それもある――実動試験は早い内にやっておきたい……」
と、ここでクリストファは隣のマリベルの様子に気付く。
「どした、マリベル?」
司令官席にだらしなく座っているクリストファからは、マリベルの曇った表情が充分に確認出来るのだ、これが。
「いいえ……特には」
皆までは語らないメイドさん――勿論、今のこの時は外見で判断できるものではないけれど――であったが、彼女が何を思っているのか、クリスもベアトリイチェも良く分かっている。
「RLが怖いか?」
このクリスの発言に、マリベルよりもアテネコ・ブラックの方が反応する。
「違います……正確に言えば、総司令官殿がお乗りになる、と言う状態に不安感を覚えているところです」
「仕方ないじゃんかあ、俺しか乗れないんだしい」
マリベルではなく、ブラックの方にウィンクを飛ばしながらクリストファ。言うまでもなくこの口調には演技性が認められるところではある。
「そこが……いいえ……」
言い募ってより、失敗を悟ったマリベル。
「この際だ、言いたいことがあったら言っちゃいな。ア、ホレ」
突然、手拍子を取り始めたクリストファに、素早くシャルロッテが続く。
「ソレソレソレソレ――言っちゃいな、ソレ言っちゃいな」
それまでは会話に参加せず、黙々とレーダー・ソナーの調整を行っていた操舵士、キム・レクソールは作業を続行しながら合いの手を更に加える。マリベル、ヒタスラにぽかーん。
「言っちゃいなったら言っちゃいな、ヤレ言っちゃいなったら言っちゃいな」
副長席でイビキをかいていたはずのフローラさんが軽快なリズムで続く。
「ソレ言っちゃいなったら言っちゃいな、そおれ」
艦長席のベアトリイチェまでもが続くに至り、いよいよマリベルは赤面を隠しきれなくなった。
「なんなんですか、みんなしてからかって、もーーーーーーーーーーーう!!」
『お嬢ちゃん、落ち着け。カルシウムが不足しているんじゃねえか?』
未だに続けられている手拍子と掛け声の中、ブラックが果敢にもマリベルを窘(たしな)める。
「アンタは黙ってなさい! それと『おぢゃうちゃん』って呼ぶのはやめてってあれほど、あれほど、アレほど言っているじゃないのようっ!!」
ブラックを強引に持ち上げて、その両頬をグイグイと引っ張りながらメイドさんはそれはそれはゴイスーな形相で泣き叫ぶのであった。動物虐待、かっこ悪い。いくない。
『あがががが』
あまりと言えばあまりのことに抵抗を試みるブラックだったが、土台不可能な話である。その短い前足は虚しく空を切り、やはり短い後ろ足は尻尾と共に情けなく引き攣ることしか出来ないでいる。
「あー、もうその辺にしておきなさい、マリベルくん。先生は哀しいぞ」
見かねたクリストファが咳払いに続いてそんなことを言ったが、これはこれで火に油。
「なんで『せんせえ』なんですかあーっ」
振り回され続けるブラックこそ、災難というべきか。ぐったり――死相が出ている。
「いや、けれど……『せんせえ』は君の言いたいことも分かっている。それはそれはもう十全に把握しているつもりだよ」
いつの間にか席を立っていたクリスがゆっくりとマリベルの肩に手を置いてきた。しかし、続いた言葉が良くなかった。
「さあ、みんなであのアポロンまで競争だ!!」
いつの間にやら正面ディスプレイに移されていた恒星アポロンを指差して、であった。
「せんせえ! 俺たちが間違っていましたーっ」
現在のブリッジ構成において唯一の男性であるキムが叫び続く。
「せんせえ、それはせんせえ〜♪」
フローラさん。
「せんせえ! 好きよ! せんせえ!!」
シャリーが。
「せんせえ! せんせえ!!」
ベアトリイチェが。
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もう、本当に。それはそれは本当に。ありとあらゆる意味で不思議な空間でした、『フォーチュン』は。隙あらば、笑いを取ろうと――それも全員が一丸となってやるもんだからタチが悪いとしか思えませんでした。今にして思うと、なんだかんだと直ぐに順応してしまった自分だったりもしたのですが。
しかし本当に妙な人達ですよ。黙っていると勝手に専用武器とか作ってたりしましたからね、平気で。『マリベル・ガトリング』だとか、『マリベル・ハイパー・バズーカ』とか。いや、そりゃ勿論、ただの武器なんですよ。でもねなんですか。フル・アーマーだとかパーフェクトだとか挙げ句の果てにV/MS-MAだとかマニアックなことまで『真剣』に考え掛けていたりしたんですよって一体全体私のことなんだと思っていらっしゃるのですかあなたも
――(原因不明の録音機故障)――
……黄金時代、って言えるのかもしれないですね。大変で、苛酷で、そして辛い時期でありましたけれど、それだけじゃなかったんですよ。あの雰囲気、忘れられないです。そして、言葉にはとても置き換えられない。
でもね、これは間違いなく。
私は、『フォーチュン』の一員となれたことを心から誇りに思いますよ。
そして、これからも――ねっ。
マリーベル・リンス、デイリー・アルタミラの口頭取材より
巡洋艦『モデレーション』にて
※データ損傷(原因不明)により、一部の再現が不可能であることをお詫びさせて頂きます。
マリーカ・フランシス責任編集
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そんな見出しがありとあらゆるメディアで一斉に報じられたその日。
アルタミラの中心部に据えられている大統領官邸は、一部の関係者が抱いていた不安感も余所に、常通りの朝を迎えているのだった。有事に備え、大幅な増員がなされている官邸警護隊の隊員達も、どこか拍子抜けした面持ちで警護に従事している。
「群衆に囲まれた挙げ句に生卵やら腐れミカンやらを投げ付けられると思っていたけどねえ――『ノー・モア・ジャニス』とか、『フォーチュン・ゴー・ホーム』とか」
どこか、物足りなさそうな言い分である。発言者が誰であったのか、述べる必要があるだろうか。もっとも、国民の多くは未だに現実感の獲得へと至れていないのではないだろう。それは各マスメディアにおいても等しく言えるのかもしれなかった。
「エマ――今日は紅茶にするわ。アールグレイを、濃い目にお願いね」
朝食のメニュー片手の女主人は寝間着のまま、注文を行った。
「畏まりました。パンの方はどういたしましょう?」
エマ、と呼ばれた縁なし眼鏡着用のメイドが質問を行った。マリーベル・リンスの後継ではあるが、こちらは純然たるメイドさんである。先任の『マリベルたん』のように全身コレ火器と言うこともない――と言うより、それがフツー。
「……クロワッサンが良いな」
表面がパリッとしたバゲットも魅力的に感じられたが、エネルギー含量が少しでも多そうなクロワッサンを選択する大統領である。今日は長い一日になる筈だ。国民への正式発表、それに伴う記者会見。そして、個人的に楽しみ――言い方が妙だが――なのがあの『ライト=ブリンガ』の実動試験。
そんな大統領の一日が長いのは今に始まったことでは無い。そんな思索に耽っている内に、エマ・ジョーンズの姿が消えている。神妙な面持ちの主人に気を遣ったのだろう。メイドとしては全く、『マリベルたん』に劣るところのない『エマさん』であったが、当のご主人様はメイドさん程に神経を灼いているわけでもなかった。意図的に麻痺をさせている、と言う感も否めないのは当たり前のことだ。
「世は事も無し――ってなわきゃねえって」
卓上に置かれている愛用の万年筆を弄びながら、独り言。自分ツッコミ。
ジャニス・シュバリエは自分達を待ち受ける『これから』に思いを馳せる。
……涙と溜息しか出そうになかった。
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「副長――じゃなくて艦長代理」
フォーチュンは艦橋に身を置いている総司令官、クリストファ・アレンは実に珍しいことに礼服を着用していた。常とは明らかに雰囲気の異なる艦橋に観察の目を走らせてみれば、やはり礼服をまとったフローラ・ザクソンが副長席で欠伸(あくび)を噛み殺したりもしている。
「なんでしょう」
艦長代理という肩書きを持つに至っている本来の副長、ベアトリイチェ・ノイマンが艦長席からその声を落としてきた。マエダ・ファミリーの護衛、並びに現地の各施設見学を理由としてソフィ・ムラサメとその一行(キリオ、リンダ、リョウ、ライル、チャーリィ、レイコと言う泣く子も叫ぶ、恐怖戦慄の体育会系武闘派集団@フォーチュン)が賑やかに盛大にド派手に激しく艦を抜けている間の代理役、と言うことでこれはある。当初、ベアトリイチェはそんな艦長代理職はクリストファ・アレンが背負うべきだと主張したりもしたのだが、これは総司令官に拒否権を発動されてしまうこととなった。
『良い機会だから、一度『艦長職』を体験しておきなさい』
と、これが身も蓋もない総司令官の反応であった。
艦橋を預かるという、そんな役目を今まで担っていなかった訳では無論、無いのだけれど――有事、『事有り』に際して最終的な判断、決断を下してくれる人物の存在が無いというのは控え目に言っても不安に過ぎる。
「まあ、何かあったら僕が対処はする――けれど、基本的には口出ししません」
マリベルの淹れてくれた紅茶を含みながら、悠々自適然としてクリストファ・アレン。リーヌ走破中に設置された副長席脇の司令官席が現在の彼の居場所であり、膝の上ではアテネコ・ホワイトが寝息を立てている。そして彼のボディ・ガードとも言えるマリーベル・リンスはフォーチュン内軍服を着用して、その隣で「休め」の体勢を維持し続けているのであった。
「マリベル、今は平気だから普通に座っていなさいってば」
幾度となく、クリスやベアトリイチェが言ったものだったが、
「いえ、私はこの体勢が一番落ち着きますので」
とニベも無く言い換えされては続ける言葉も無い。途中で一度、クリストファや艦橋組のお茶の交換を行う為に艦橋を退出している彼女だったが、それ以来、都合一時間はこうして立ちっ放しのままである。なお、暇を持て余していたアテネコ・ブラックが更にその横で仁王立ちしたりして付き合っている、この三十分であった。どうやらマリベルと波長が合うようで、何かと彼女と行動を共にしているのがブラックである。
「官邸からの通信はまだ入らないか?」
お茶のお代わりを注ごうと身を崩したマリベルに、代わりが不要である旨を示しながら、クリストファは通信士に直接、尋ねた。
「まだ来ないっすー。まあ、まだ現地時間で七時半ですからあ」
赤いリボンを揺らし、シャリーが歌うように応える。
「そっか、アリガト――って、どんなもんなの?」
後半の言葉は隣のマリベルに向けたものだ。官邸サイドの事情云々は窺い知れるところでは断じて無かったから。
「そうですねえ……通信が入るとしますとやはり八時頃になりますかねえ……しかし」
「しかし?」
「ええ、まあ……関係各省庁への通達も終了しているようですから、前倒しで連絡があってもおかしくはありません。お急ぎでしたら、私が手配を試みましょうか?」
胸元の携帯端末に手を運びながら、マリベル。
「いやいや、必要ない。向こうが驚いちゃうだろうし。『今は』無用に急ぐ時でもないしさ」
この時の言葉が全てでは無いのだが、言及に至るものではないと判断する総司令官である。いささか落ち着かない点に関しては、キリオやソフィの不在にその理由が求められるのだろうけれど。
「そんなに早く、RLを飛ばしたいですか?」
珍しく、そんな発言がベアトリイチェから下ろされてきた。彼女自身もまた、軽口で場を繋ぎたいところでもあるのかもしれない。
「まあ、それもある――実動試験は早い内にやっておきたい……」
と、ここでクリストファは隣のマリベルの様子に気付く。
「どした、マリベル?」
司令官席にだらしなく座っているクリストファからは、マリベルの曇った表情が充分に確認出来るのだ、これが。
「いいえ……特には」
皆までは語らないメイドさん――勿論、今のこの時は外見で判断できるものではないけれど――であったが、彼女が何を思っているのか、クリスもベアトリイチェも良く分かっている。
「RLが怖いか?」
このクリスの発言に、マリベルよりもアテネコ・ブラックの方が反応する。
「違います……正確に言えば、総司令官殿がお乗りになる、と言う状態に不安感を覚えているところです」
「仕方ないじゃんかあ、俺しか乗れないんだしい」
マリベルではなく、ブラックの方にウィンクを飛ばしながらクリストファ。言うまでもなくこの口調には演技性が認められるところではある。
「そこが……いいえ……」
言い募ってより、失敗を悟ったマリベル。
「この際だ、言いたいことがあったら言っちゃいな。ア、ホレ」
突然、手拍子を取り始めたクリストファに、素早くシャルロッテが続く。
「ソレソレソレソレ――言っちゃいな、ソレ言っちゃいな」
それまでは会話に参加せず、黙々とレーダー・ソナーの調整を行っていた操舵士、キム・レクソールは作業を続行しながら合いの手を更に加える。マリベル、ヒタスラにぽかーん。
「言っちゃいなったら言っちゃいな、ヤレ言っちゃいなったら言っちゃいな」
副長席でイビキをかいていたはずのフローラさんが軽快なリズムで続く。
「ソレ言っちゃいなったら言っちゃいな、そおれ」
艦長席のベアトリイチェまでもが続くに至り、いよいよマリベルは赤面を隠しきれなくなった。
「なんなんですか、みんなしてからかって、もーーーーーーーーーーーう!!」
『お嬢ちゃん、落ち着け。カルシウムが不足しているんじゃねえか?』
未だに続けられている手拍子と掛け声の中、ブラックが果敢にもマリベルを窘(たしな)める。
「アンタは黙ってなさい! それと『おぢゃうちゃん』って呼ぶのはやめてってあれほど、あれほど、アレほど言っているじゃないのようっ!!」
ブラックを強引に持ち上げて、その両頬をグイグイと引っ張りながらメイドさんはそれはそれはゴイスーな形相で泣き叫ぶのであった。動物虐待、かっこ悪い。いくない。
『あがががが』
あまりと言えばあまりのことに抵抗を試みるブラックだったが、土台不可能な話である。その短い前足は虚しく空を切り、やはり短い後ろ足は尻尾と共に情けなく引き攣ることしか出来ないでいる。
「あー、もうその辺にしておきなさい、マリベルくん。先生は哀しいぞ」
見かねたクリストファが咳払いに続いてそんなことを言ったが、これはこれで火に油。
「なんで『せんせえ』なんですかあーっ」
振り回され続けるブラックこそ、災難というべきか。ぐったり――死相が出ている。
「いや、けれど……『せんせえ』は君の言いたいことも分かっている。それはそれはもう十全に把握しているつもりだよ」
いつの間にか席を立っていたクリスがゆっくりとマリベルの肩に手を置いてきた。しかし、続いた言葉が良くなかった。
「さあ、みんなであのアポロンまで競争だ!!」
いつの間にやら正面ディスプレイに移されていた恒星アポロンを指差して、であった。
「せんせえ! 俺たちが間違っていましたーっ」
現在のブリッジ構成において唯一の男性であるキムが叫び続く。
「せんせえ、それはせんせえ〜♪」
フローラさん。
「せんせえ! 好きよ! せんせえ!!」
シャリーが。
「せんせえ! せんせえ!!」
ベアトリイチェが。
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もう、本当に。それはそれは本当に。ありとあらゆる意味で不思議な空間でした、『フォーチュン』は。隙あらば、笑いを取ろうと――それも全員が一丸となってやるもんだからタチが悪いとしか思えませんでした。今にして思うと、なんだかんだと直ぐに順応してしまった自分だったりもしたのですが。
しかし本当に妙な人達ですよ。黙っていると勝手に専用武器とか作ってたりしましたからね、平気で。『マリベル・ガトリング』だとか、『マリベル・ハイパー・バズーカ』とか。いや、そりゃ勿論、ただの武器なんですよ。でもねなんですか。フル・アーマーだとかパーフェクトだとか挙げ句の果てにV/MS-MAだとかマニアックなことまで『真剣』に考え掛けていたりしたんですよって一体全体私のことなんだと思っていらっしゃるのですかあなたも
――(原因不明の録音機故障)――
……黄金時代、って言えるのかもしれないですね。大変で、苛酷で、そして辛い時期でありましたけれど、それだけじゃなかったんですよ。あの雰囲気、忘れられないです。そして、言葉にはとても置き換えられない。
でもね、これは間違いなく。
私は、『フォーチュン』の一員となれたことを心から誇りに思いますよ。
そして、これからも――ねっ。
マリーベル・リンス、デイリー・アルタミラの口頭取材より
巡洋艦『モデレーション』にて
※データ損傷(原因不明)により、一部の再現が不可能であることをお詫びさせて頂きます。
マリーカ・フランシス責任編集
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