2669年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - III

『ザクソン三佐、連絡が入っておりますので至急、主管制室までお越し下さい。繰り返します――』
 そんな放送が、広い工廠内に響き渡った。場所はエテルナの第二衛星イザヨイは地下都市、アルトリアから遠く離れること三十キロの更に地下。つい先月まで民間の航宙機メーカー、『ゼネラル・ヒューリック』社の主生産ラインであった空間であり、今やエテルナ航宙自衛隊開発局による事実上の接収を受けている施設であった。もっとも、これはこのヒューリック社に限った話ではなく、多くの民間企業の状況もまた、多かれ少なかれ同じような状況に置かれてはいたのだが。
「やぁれやれ――折角の『新型ちゃん』を弄り回す暇も無いとはねぇ……」
 オレンジ一色、テスト・パイロット用の気密服に身を包んでいたフローラ・ザクソン三佐はそのヘルメットを跳ね上げながら、開口一番に愚痴。
「時間はまだありますから続きはまた後程でも大丈夫ですよ、三佐殿」
 緩やかな曲線を描き、放られたヘルメットを両手で受け止めながら、いかにも技術者然としたサングラスを目深に装着しているアイーシャ・ロシュフォルは、そう冷やかすのだった。
「階級で呼ぶな、っての――そのたんびに敬礼しそうになっちまうじゃないか」
 パイロット・スーツ胸元のジッパーを大きく引き下ろし、そんなザクソン三佐殿は待ち焦がれに焦がれ、ようやく完成したエテルナ航宙自衛隊正式採用航宙戦闘機『ゼロ(仮)』の初期生産型、そのキャノピー・フレームに軽い接吻を行った。
「ちょっと席を外すけれど、浮気するなよなっ」
 返答に窮したアイシャを余所目に、フローラは流麗な動作で床面に降り立つ。現在、この区画が1/6Gに設定されていることもあるから行える芸当ではある。新型こと『ゼロ』のコックピットブロックはワイヴァーンのそれよりも高い位置に設定されているので、通常重力下にあっては機体側面に備えられた専用のラダ―を使用する必要があった。
「続き、誰にも触らせないでねん」
 念を押すように一言を加え、床面をリズミカルに、それでも大変に効率的に蹴り付けながら現場よりフェードアウトするフローラ。
「アイ、マム――」
 と、その小さくなっていく背中に答えつつも、『一連の通信』とやらが彼女、フローラの携帯端末に直接ということでなく、主管制室に直接入れられたもの――と言う点に強い引っ掛かりを感じてしまうアイシャではあった。何か悪いことが起こったとも考えにくいのだが、ここまでの道のりが楽なモノであったということも無いからだ。良くない意味で、心配癖が身に染み付いてしまっているこの数ヶ月。

「しっかし……」

 そう呟いてみた、自分の声の広がりに何度目ともつかない感慨を覚える。彼女が目を向けた先、彼女を中心としてその周囲にはなんと、10機近い航宙戦闘機がその翼を休めているのである。より踏み込んだ表現を行うとすれば、『彼等』は生まれたばかりの『雛鳥』でしかなく、一度もその翼を広げたこともなかったし、そして武装の類は搭載されてもいない。現段階では、ただの航宙機にしか過ぎない存在。
「壮観だわねぇ」
 フロントに四枚、備えられているステルス翼の一枚を愛しげに撫で付け、続け呟いたアイシャである。初期生産型とは言え、彼女と仲間達――それは新旧を合わせてである――が魂を込めて削り出した最高傑作。

 『ゼロ』はあくまでも仮称でしかなく、今後幾つかの段階を経てその正式なネーミングが決定されることとなるようだが。

 差し当たって、今のアイシャは表現しようのない満足感に包まれてはいた。これが『戦闘兵器』でなければなあ、と考える段階をどこか、遠く超越してしまっている点に関しては複雑でもあるけれど。

 薄く設定されている天井照明の中、第二次塗装まで施された『雛鳥』達が、その身を寄せ合っている。

 飛び立つのにはもう少しだけ、時間が。

 そして、その工廠の末端には深紅の機体、ワイヴァーン24号機。機体各部からケーブルを四方無尽と伸ばし、ありとあらゆるハッチが全て開口されている、フル・メンテモード。そんな光景がどことなくグロテスクに思えるのは、彼女が機体に対して擬人化を恒常的に行っているためなのか、どうなのか。

 差し当たって、ゼロの建造作業諸々を行うための試験体として運び込まれた24号機、サラマンデルであったけれど、もうお役は御免と言うところだろう。元通りの体に早く戻してあげたいのは山々だが、リンダさんが抱える『プロジェクト』に必要なものだと言われてはそうもいかない。
『しっかし、何をするつもりなんだろ――』
 大分の昔に、本人から見せられた『アヴァント・ガーダー』の設計図面を思い返す。そして、『カネが足りねーとにかく足りねーどうにかしてくれよぉ』と譫言(うわごと)を呟きながら、盛りの付いた猫さながらに徘徊し、周囲の技術者達から恐れられていたリンダの後ろ姿が脳裏を過ぎる。本来、裏予算で建造されている両の『ライト=メンテナ』である筈だったが。
「まさか、ね――」
 しかし、リンダさんはやりかねないなぁ。アイシャは大いに悩む。




   ◆ ◆ ◆

『っつーわけで、アヴァントはどうにか艤装(ぎそう)に至る段階まで持ち上げたわけよ――』
 フォーチュンは司令官室。ヒムラ・キリオの目の前で、立体ホログラムにて構成されているリンダ・フュッセルの上半身が力強く腕を組んでいる。
「予定よりも大分早いようだが?」
 卓上の携帯端末、その入力画面を確認してキリオは半ば、唖然としている。何故ならば、艤装――船体に必要な装備を追加する作業のことだ――に取り掛かるまでは、これよりたっぷり二月の期間が要される、と言うのが本来の予定であったから。そもそも、大統領府の裏予算による建造開発ということもあって、ありとあらゆる意味で繊細な建造状況だった筈だ。アルタミラのお歴々からすると、標準配備予定の航宙戦闘機『ゼロ』の幾倍も――ファイナル・ガーダーに至ってはなんと十数倍だ――コストの掛かる両機は、とかく疑問視されがちな存在だったこともある。もっとも、度重なる説得工作――クリストファのそれは怏々(おうおう)として脅迫色も強かったが――により、結果的には納得をしてもらっているから、こうして貴重な人員を割いてまでイザヨイに送り込むことが果たせているのだが。
『ああ、それはホレ――何というか、発想の転換ってヤツです、ボス』
 ホログラムのリンダが、口元に左手を当てて、右手を空中で踊らせる。嫌な予感がして、ヒムラ・キリオは胃袋に微痛が走るのを自覚した。
「言いたいことは幾つもあるんだが――ええとだな。そもそも、俺は何も聞いていない。そして、発想の転換云々というのも初耳だ」
 胃の辺りを左手で軽く揉みしだいてキリオ。技術上級一佐、兼フォーチュン副司令官。
『って、それはこっちこそオドロキ。クリスには言っておいたと思うんだけど』
 首を大きく傾げ、映像の中のリンダが声を絞った。
「……聞いてねぇなあ」
『ン――まあ、ヤッコさんなりの考えがあったんじゃないの。アンタ、ファイナルやら新型艦やらで『お祭りワッショイ』状態だったしさ――それに実際、アヴァントは私の管轄下に置かれているものだったしね』
 恐らく、そのリンダ・フュッセルの言葉は正しいのだろう。実際、量産型とも呼ぶべき新型航宙艦の建造責任者であり、『ゼロ』航宙戦闘機の監督役を務める傍らで『ファイナル・ガーダー』の設計建造に従事し続けているこの数ヶ月は確かに『祭だ祭だ!』と呼べるほどのものではあった。また、クリストファ・アレンの片腕として様々な案件の処理やら何やら――この点に関してはソフィ・ムラサメやアムロ・レイコ、そして本国から送られてきた数名の補佐官や各幕僚達にかなり助けられているが――を行う必要もあったし、挙げ句の果てに、この数週間は議会で正式決定された『フォーチュン級』二番艦とも呼べる『エターナル・エターナル』に関する建造計画、行程を練り続け通し。一歩間違えれば、発狂寸前の忙しさであり、尚かつ最大の責任者であるクリストファは『後はヨロシクねー』と、マリーベルを連れ立って事実上の夜逃げ。あの野郎――と、思わないでもないが、夜逃げと言うのはあんまりかもしれん。実際問題、自衛隊、軍隊においてもっとも重い要である『人材育成』に関しては、早急に、そして抜本的に改善しなくてはならなかったことは事実。決して、クリストファ・アレンが楽をしているということでもない。サクラ・サクラコ――全く、酷い偽名だ――こと、マリベルたん経由で届けられる短いメール文面からは、どうやら『それなりに』楽しんではいるようだが、まあ余録みたいなものだろう、と考えることは出来る。
「……まあ、良い。とにかく、アヴァントの現状から報告をしてくれ。手短にお願いする」

   ・
   ・
   ・

 その数分後。リンダ・フュッセル女史から決定的な言葉を受けたキリオは、その顎を外すことになる。

「……確かに、その方法だったら……むうううん」
 両の拳を強く握り締めながら、キリオは唸る。なんともはや、そんなことをしようとしているのか、リンダ・フュッセルは。
『ホーッホッホ――アンタには及び得ない発想でしょう?』
 リンダの甲高く、勝ち誇った笑い声をただただ、キリオはその上半身で受け止め続けなければならず――それは、大変な苦痛であった……。

 お手々の皺(しわ)と皺を合わせて幸せ。節と節を合わせたら不幸せ。
        ――ヒムラ・キリオ詠



   ◆ ◆ ◆

「どうしてこんなところに」
 周囲の注視に気付き、声を潜めたマキーナ・ローゼンベルクではあったが、その芯に含まれた強さは全く変わらなかった。
「それはこっちの台詞です……」
 実際、エクレール――もとい、クリストファからするとこれは全くの想定外であった。たまの文通――なんと、紙によるものだったが――を行っていた間柄ではあったが、彼女が自衛隊に志願しているだなんて聞き及んでもいなかったからだ。
「ちょっと行動に出ようとは思う、って手紙には書いていたと思いますが」
「は?」
 間の抜けた対応となってしまったが、実際に多くもない過去の遣り取りの中で思い当たれる節がない。
「最後の手紙は、いつ頃、送られましたか?」
 ふと、クリストファは尋ねた。もしかすると。
「三週間ほど前だったと思いますけど」
 エクレールの金髪を眉根を寄せるようにして眺めながら、ミズ・ローゼンベルク。
「ああ、ちょうどフォーチュンを離れた頃合いだ――」
 デジタル化されている電子メールの類は、人工衛星を経由して地上のクリストファの端末に届けられるようになってはいるが、アナログ甚だしい紙の手紙ともなると、そうもいかないのは道理であった。実際、ここではクリストファは訓練生のエクレール・フォルティシモでしかなかったこともある。
「ああ、そうだったのですか――」
 マキーナがそう言い刺した時、クリスの携帯端末が激しく振動し、発光基部が大いに明滅し始めた。
「おっとっと、いかんいかん」
 本来の目的を思い出し、クリストファは周囲を見渡した。先程までの疎らな人影は今はほとんどないことを確認し、クリストファはポイント・アルファと呼称されている――もっとも、そう読んでいるのは彼を含めた二人だけであるが――場所、『特殊通信室』へと向かうために腰を上げた。
「ローゼンベルクさん、この後のご予定は?」
 付いてもいない裾の埃を払うようにして、クリスは質問を行う。
「……いや、半休なんで、暇と言えば暇ですが」
 ほんの数瞬の黙考に続き、実に軽い口調でクリストファは言うのだった。
「着いていらっしゃい。実際に色々と、お話ししたいことがあったんだ」


   ・
   ・
   ・

「遅いっすよ! ヒムラさんがピーチクパーチク苛立っているンですヨ! 何故か小言を言われるのは私なんデスよ!」
 その口から炎、両の耳からそれこそ煙が噴出するかのような勢いの第一声――というより咆吼。こと、ここにあっては『サクラ・サクラコ』と言うそれはそれはそれは酷い偽名を預かっている彼女は、その本来の名前はマリーベル・リンス。クリストファ・アレンのガード・リーダーというのが、その役割で、階級は一佐。
「悪い悪い、ちょっとトラブっていてさ……それより――」
 軽く片手を挙げ、黒髪のマリベルに謝罪する彼女の護衛対象者であった。しかし、マリベルの怒り、苛立ちはなかなか収まってくれないらしく、言葉を続けることはかなわない。
「と・に・か・く――ヒムラさんがさっきから通信待機中ですからとっとと出て上げて下さーいっ――」
 と、ここまで発言してサクラ・サクラコはクリストファ・アレンの背後に全くの他人が存在することにようやく気付いた。と、同時。
「誰(たれ)かっ――」
 マリベルの両腕が背後に回り、次の瞬間にはその両手に拳銃が握られている。ほとんど、神業と言える素早さである。その入室時、第三者の存在に気付かなかった自分自身の迂闊さを大いに呪った瞬間。その両足に力を込めて、正に飛び掛かろうと。
「落ち着け! 君も会ったことがあるだろうに!」
 完璧な戦闘態勢に入ったマリベルからマキーナを庇うようにして、その両腕を広げるクリストファ。
「……失礼しました――ミズ・ローゼンベルクでしたわね。見苦しいところをお見せしました」
 その形相を改め、握られた銃の安全装置それぞれをセット。全く無駄のない所作で背中のホルスターに収納するマリーベルは、それでも、当のクリストファ本人よりは冷静に対処出来ている。大統領の親友でもある彼女、マキーナ・ローゼンベルクが何故、ここに存在しているのかは彼女が関知することではないし、何よりも仕事でもなかったからではあるが。
「あ、いいええ……」
 その一方で、そもそも最初のマリベルの怒号から始まって、今この時まで硬直していたマキーナは状況に着いて行けていないが、無理もない。挙げ句の果てに銃器まで突きつけられたのだし。
「――どうなっているんですの?」
 サクラコ、静かに息を吸い込んでから首を傾げる。その穏やかさに反して妙な恐怖感を自覚してしまうクリストファ・アレンであったが、二人してここ、アテナイ校に来るまではそんな恐怖を覚えることはツユも無かった筈だ。ちなみに、その要因をクリストファは確信を以て知ってはいる。間違いなく、彼女は自分の『偽名』を気に入っていないのだろう。名付け親は他ならない自分とキリオだが。
「まあ、なんとなく推測は出来ますが――差し当たって、ヒムラさんとお話し下さい。隣のサブ・ルーム、四番端末です」
 疑問――ついでにささやかな私怨――は尽きないのだろうが、本来の仕事を忘れはしないマリーベルであった。
「ああ、ごめんよ、ごめんよ――ってワケで、ちょっと失礼します」
 マリベルに律儀に謝りつつ、マキーナが頷くのを確認して、幕僚長は二重構造になっている隔壁を潜り、隣室へと向かっていった。圧縮空気が発生させる音が最後に残され、マリベルとマキーナはほとんど合わせるようにして溜息。
「いやはや……本当にドタドタしちゃってすみませんでした。何か、お飲みになります?」
 マキーナに対し、振り返って来たマリベルの顔は実に穏やかなものであった。確かに、面識はある。あの時の『メイドさん』であることに疑いは無い。しかし、今の彼女は教官を示す隊服を身に纏っていたし、髪の毛の色をやはり、護衛対象者と共に染めており――こちらは黒髪であったが――大きな眼鏡の着用を行っていたため、元の印象はまるで残されていない。
「あ、結構です」
 正直、教官服を着ている人間に茶を入れてもらうというのもどうにも落ち着けない。
「ん……まあ、そう言わずに。私も飲みますし、それにフォルティシモ氏、結構時間が掛かると思いますから」
 言いながら、部屋の隅に設置されていたコーヒーメーカを手際良く操作するマリベルの背中はどこか楽しげであった。
「あ、そういうことなら是非、喜んで頂きます!」
 直立不動で、軍隊的な言い回しを行ってしまったマキーナに対して、マリベルは少しばかり選択に窮したような表情を浮かべてきた。
「……もう、お気付きだと思いますけれど私、本当の教官ではないですから、お気になさらないで下さいな」
「ええ、何となく分かってはいるんですが……どうしてもね、身に付いちゃって」
 その言葉に嘘偽りは全く無い。
「最近、大統領とは?」
 話題を変えようとしてか、マリベルは取り出した紙コップに二人分のコーヒーを注ぎながら言ってくる。
「この間、少しだけ電話しました……って、そう言えばあなたって本来は彼女の元にいる人じゃありませんでしたか? ……なんで、クリスト……アレンさんと?」
 軽く一礼してコーヒーを受け取りながら、質問を返すマキーナ嬢である。
「まあ……イロイロとありまして。あ、どうぞ」
 複雑な表情を維持した状態で答え、マキーナに着席を促す。
「今はアレン幕僚長が私の護衛対象なんです。大統領には別の人間が」
 軽快に話を始めるマリベルを正面にして、マキーナはふと、彼女が話し相手を欲しがっていたのではないか、等と思い至った。話の全容は見えないけれど、この二人がベタな変装まで行ってこのアテナイに潜入しているとなると、そうそう気兼ねなく話も出来ないのだろう、とは想像できる。実際、マリベルは教官服だし、クリストファは全く訓練生の隊服に身を包んでいることだし。
「やっぱり、何か目的が?」
 薄々見えては来るが、場を繋ぐために質問を投げてみた。
「……そうですね。綱紀粛正を徹底したい、とは考えていたみたいです。実際、私自身もかなりの惨状を目の当たりにしていますしね。これじゃ、ただの暴力集団だ――ってのは幕僚長の、フォルティシモ氏の受け売りですが」
 肩を竦め、コーヒーを舐めるようにして眼鏡のマリベル。
「真実、現実を知るには中に入るのが一番、と言うことですか――それにしても」
 マリベルにとり、マキーナが続ける言葉は容易に予想できた。だから。
「「自ら降りてくる必要も無いですよね」」
 両者の声が全く重なった。一頻り互いに笑い合った後で、マリベルはこれ以上なく深い溜息を行う。
「もう、大変でしたよ。何だかんだと常に数名の人間をそれとなく配置しなくてはならない、そして飲料水やら食料品やらにも気を使わなくてはならなかったですし、後は校内に配置されている各種銃器類のフル・チェックも行わなくてはならなかったし……」
 うわぁ――と、半分は素人のマキーナも呻く。半面、饒舌なマリベルに心から同情せざるを得ない。前回の場合は役回りも役回りだったのだろうが、沈着で寡黙、と言うのが彼女が持っていた、そのイメージ像であったこともある。

「でも、御本人も気分転換になっただろうし――良かったんだろうとは思います。結果的に、訓練校の実情もこれ以上なく、ハッキリとしましたし」

 訓練生と同じ身の丈で訓練を受けるというのが『気分転換』という言葉と繋がるとは、どうにも思えなかったが、それが今の幕僚長の幕僚長たる所以なのだろう。一訓練生にしか過ぎないマキーナが得られる情報は些細なものであったが、悪い話、噂は耳にしたこともなかった。湖水の如く穏やかな為人(ひととなり)、と言うのが多くの訓練生が共通して抱えている幕僚長像であったし、何よりもそれは好感を以て迎えられているのである。

 そんな『穏やかさ』を示す一つの実話として、こんなことがあった。ある時、エテルナでも屈指のTVメディア局が、クリストファ・アレン幕僚長(当時は未だその位階には無かったが)に対し、ライブによる公開インタビューを申し入れてきた。自衛隊設立にあたり、何かと反戦、不戦のキャンペーンを張り続けてきた局であったこともあり、広報室長――当然、自衛官である――並びにそのブレーン達は一様に難色を示したのだが、当のアレン幕僚長は結果として快諾することになったのである。この点に関し、彼が多くを語ることはなかったが、これが彼なりのアンチ・メディアに対する配慮でもあったことは周囲の人間からすれば、明白であった。
「まあ、ペンは剣より強し、ってね。逆より余程に健全ですよ」
 再考を申し出た広報室長、アンドレイ・スヘーニンヘナ空将補に対して述べた幕僚長、クリストファ・アレン空将であり、早晩、第一艦隊は旗艦『フォーチュン』に設けられたばかりのプレス・ルームにて中継を受ける運びとなったのである。

 緊張半分、そしてどこか期待を持って臨んだクリストファであったが、今までに幾度と無く他のメディアからも受け続けてきた、型通りでしかない質問の数々に対し、少なからぬ失望感を覚えつつも機械的に答え続けなくてはならないという、全く無為の時間を費やす結果と――は、ならなかった。良い意味ではない、悪い意味で。

 最大の原因は、この時のインタビュアー、これに尽きたのだろう。俗な表現を用いるならば『今を売り出し中のスター気取りのインタビュアー』であり、それも『毒舌』『辛口』を以て良しとする――後でそれを知ったヒムラ並びに、責任者でもあったスヘーニンヘナ等は、クリストファ・アレンではなくて自らが代理で出るべきだった、と心から後悔したものだった……とは言え、多分、クリストファであれ誰であれ、結果は同じだったかもしれない。実際、事前に伝えられていたインタビュアーが急病を患ったと言う理由で急遽代理として現れたのが、『彼』であったこともある。

「――で、今まで何人ぐらいをその手に掛けてこられたのですか?」

 プレス・ルームに静かな、しかし重い緊張が一斉に走った。その場に居合わせていたフォーチュン組の人間は護衛役も兼ねたマリーベル・リンス、そしてリョウ・ターミナを筆頭に、数名の自衛官。TV局側のスタッフが十名前後、というところであった。同時に向けられてきた、マリベルとリョウ等の殺気が込められた視線の数々にディレクターが、半泣きの表情でインタビュアーにポップアップを示すが、壇上の彼は鼻で笑うだけ。中継を遮断しようにも、生中継。
「意味が分かりかねます」
 あくまでも表面上は穏やかに、答えるソファ上のクリストファ・アレン。

「失礼しました。言い方が悪かったですね。今まで、どれだけの人間をどのように殺害してこられたのか、是非そのお言葉で伺いたい――と、こう聞いております」

 ここでクリストファ、小首を傾げる。そんな彼の微妙な笑顔が一番、怖いと言うことをこの場ではマリベルとリョウだけが知っている。インタビュアーに対し、少なからぬ殺意を自覚しているマリベルに至っては、奥歯をギリギリと噛み締めて頻りに腰元のホルスターをまさぐったりもしている。それこそ、TVスタッフ達は生きた心地がしなかった筈だ。『話題を戻せ』『予定通りに進行させろ』と刻まれたポップアップを叩きまでして示し続けるディレクターであるが、やはり反応はない。インタビュアーは、クリストファのそれとは決定的に由来が異なる薄ら笑いを浮かべた状態で、取材相手をただただ眺めやっている。
「……この質問には何か、意味があるのですか?」
 通常の声色でクリスが返答したことに胸を撫で下ろしたのは全員、一緒。しかし。

「はい、法律上でどうあれ、あなたは『殺人者』に他ならない、とこう私などは感じているわけですが?」

 もう駄目だ。止めなくてはなるまい――マリベルがいよいよ、椅子を蹴って立ち上がる。印象は良くないだろうが、中継の寸断も止む無し。後の苦労は広報室長に取ってもらう他ないだろう。だが、そんなマリベルの間接的な宣戦布告に気付いたクリストファは、その顔をゆっくりと振ったのだった。カメラの死角にて、右手の人差し指と親指で、『OKマーク』まで作っている。
「――ム」
 そこまでをされてしまっては引き下がらざるを得ない。粗末なパイプ椅子に殊更の音を立てて座り込んだのは、周囲のTVクルーに対するちょっとした意趣返しだ。
「そうですね。殺す無かれ、欺く無かれ、奪う無かれ――って『モーゼの十戒』等ではありますが、尽く違反してますねえ、私」
 やはり微妙な笑顔を作ったまま、クリストファは答える。

「殺しまくって、欺きまくって、奪いまくった――なるほど。正直でいらっしゃいますな」

 少なくとも表面上は全く動揺が見られない相手に毒気が抜かれたのか、そんな言葉しか戻せないインタビュアーであった。だが、速やかに自らを立て直す。奮い正す。

「そんな『犯罪者』である『あなた達』が自衛隊の中核になっていくと言う点に関して、内外を問わず疑問の声が上がっているかと思います。それに対し、思うところを、忌憚なく仰って頂きたいものです」

 これが良くなかった。自分に対する攻撃だったら、もう幾らだった我慢は出来る。しかし、この厭らしい男は、自分の大切な友人達をも侮辱した。

「そんな無礼な質問に答える必要性が見当たらない――」
 軍帽を取って、その前髪を整えながらクリストファ。
「――無意味に過ぎる。これでも大変に忙しいので、この辺で終わらせましょうよ」

「逃げるのですか?」
 食い下がるインタビュアー。

「茶番に長々と付き合うほど暇ではない、と言っている――」
 そして、大きく手を叩いて。
「――お引き取り願おう」

 マリベルの目配せで、ディレクターが直接カメラの電源を止めた。彼としても全く、信じられない事態となってしまっているのだろう。抵抗がなかったことをリョウが神様に感謝しているが、勿論これは本人にしか分からない。場合によってはマリベルが荒事を起こすのであろうという予測は付いていたし、それはみんなが――特にTVスタッフ達――不幸になる結末を漏れなく迎えただろうから。

 しかし、収まらなかったのが一人だけ居た。勿論、インタビュアーの男だ。

「アンタ、マスメディアの質問に答えないで逃げてどうしようっつんだ!」
 ほとんど、クリストファ・アレンに掴みかかる勢いだ。マリベルがその身を屈めるのを確認して、リョウは底冷えする思いを味わっている。
『殺しちゃ駄目ですぜ』
 冷静に考えてみればとんでもない耳打ちを行うが、マリベルは答えない。その間も、インタビュアーの舌鋒は止んでいない。スタッフ達が懸命に止めに入っているが、それらをほとんど払いのけるようにして、叫び続けている。

「厳重に抗議してやるからな! シビリアンコントロールのシの字も無いってことを徹底的に弾劾してやる!」
 屈強なスタッフ達に羽交い締めされ、唯一自由な口から唾を飛ばしながらの発言、いや絶叫。

「はあ。まあ、頑張って下さいネ」
 両肩を竦め、両手をその肩の高さと等しい位置で振るクリストファのこの発言に、場が一瞬静まり返った。

「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁーーーーッ!!」

 最後の力、火事場のなんとやらと言うべきか。自身を押さえ付けていたスタッフクルーを弾き飛ばすようにして、男がクリストファの元へ転がり出た。
「げっ――」
 リョウ・ターミナがようやく、自意識を戻した時は、既に遅かった。勿論これは彼、個人が『遅かった』だけに過ぎない。気付いた時には、彼の隣で構えていた人物の姿が忽然と消えている。そう。正に弾丸よろしく、マリベルは既に飛び出していた。距離にして約十メートル。瞬時にその距離を詰めたマリベルは半身を捩(よじ)り、足から『対象』の足元に潜り込んだ。足を取られた対象がその前方にバランスを崩す勢いを殺さず、相手の左腕をホールドした状態でそのまま前回転のベクトルへ変換。

 その数秒後、男は床面にその背中を盛大に叩き付けられる。腕を固く、極められた状態のままで。

 ひでぶ、と呟いたかどうかは定かではなかった。いずれにせよ、その不幸な男性は全く白目を向いて、夢世界の住人となっていた。夢は夢でもとんだ悪夢だっただろうけど。
「お見事だ、マリーベル――」
 静かに拍手を行いながら、クリストファが忌憚無く褒め上げる。
「いえ、お師匠様にはまだ及びませんで、ハイ」
 相手が完全に沈黙していることを悟り、立ち上がった弟子はそんな軽口を叩き、駆け寄ってきた一人の自衛官からセラミック製の手錠を受け取ると、素早く被害者――もとい、容疑者に施した。
「公務執行妨害、並びに侮辱罪――その他、が適用されるかと思います。彼の身柄はエテルナ自衛隊が預かることとなるでしょう。なお、貴社、責任者に対するペナルティは後刻、大統領府から申し渡されることになります」
 MP、憲兵手帳を展開し、その場の責任者であるディレターへ突きつけるマリベル。

 なお、この時にマリーベルが使った技。とある柔道の技を、やはりクリストファが微妙に変えた、改良したものであった。

 柔道に於ける、『跳び間接』が、その基本であった。

   ・
   ・
   ・

「そんなこともありましたね……」
 全く久し振りの、インスタントではないコーヒーをありがたく含んだマキーナは言った。
「結果的には、オーライでしたが」
 実際、行き過ぎたインタビューだ、ということで吊し上げを食らったのは、インタビュアーは元より、それを雇っていた当のTV局の側となったのである。本人――あくまでもTV局側はその組織的関与を否定していた――の思惑とは裏腹に、これは全くエテルナ自衛隊を、クリストファ・アレンを利する結果と相成った。また、最後の局面では局を懲戒解雇されたインタビュアーが、『謂われのない暴力を受け、心身共に大きく傷ついた』として、エテルナ自衛隊相手に訴訟を起こしたりもして周囲の失笑を買っていたが、これは勿論敗訴となっている。
「何だか最初の国会の時と言い、アレン将軍は酷い目に遭い続けてますね」
 マキーナが呟くのと同時に、マリベルが大きく頷きを加えた。全くもってその通りである、と言うより他がない。深刻な事態までは今の所、至ったこともなかったのだが、これからどうなるかは分からない。実際に、各所に設けられている自衛隊基地に対する嫌がらせ、ややもすると攻撃は散発的に続いているのだから。半ばの象徴となっているクリストファ・アレンの警護を担当する側からすれば、日々が正に戦闘状態であるとすら言える。
「まあ、ここアテナイは絶海の孤島なので、首脳部も今回のことを承認したらしいですから」
 マリベルの発言は全くの事実である。元来、エテルナ航宙空警察の育成施設が備えられていたアテナイ島は赤道直下に存在する孤島なのであった。船舶、航空機、及びその他の輸送機関を介さない上での侵入は全く不可能であり、尚かつ今回の自衛隊への接収を受けるに際しては強力なレーダー・アンテナの複数設置、並びに護衛船舶の巡回、同航空機によるスクランブル待機――等々が行われ、ここでいよいよ『絶海の』という表現が付け加えるに至ったのである。言うまでもなく、補給物資諸々を頻繁に輸送してくる船舶類は出港に際しての三重のチェックが、そしてまた当のアテナイ島に入港するにあたっては四重にも及ぶ厳格な検査が徹底して行われており、また数少ない銃器類――MPが携帯する物、そして訓練用――は全て、シリアル・コードが刻み込まれた上、基地のマザー・コンピュータによって完全な管理下に置かれているのである。ややもすると、今のクリストファ・アレンにとっては衛星軌道上の『フォーチュン』の次に安全な場所であると言えるかもしれない。
「しかしアレン将軍は、ご自身に関しては身が軽すぎる――」
 マリベルが口を開き掛けたその時、果たして当のクリストファ・アレンが通信室からその短躯を現した。
「やれやれ――耳タコだよ、サクラコさん」
 苦笑と照れが入り交じった微妙な表情で、エクレールことクリストファ。直立を行い掛けたサクラコことマリベルは、しかし彼女の上司、上官がそれを良しとしないことも知っているので、どうにか着席を維持し続ける。
「さて――もう少し、のんびりとしたかったけれど、そうもいかないようだ」
 空いていた安物のパイプ椅子を引いて、その腰を降ろす。
「マリベル、『上』に戻らないとならなくなった。ので、手配をお願いしたい」
 突然、上官としての声になったクリストファに対し、マリベルはいよいよ直立を行い、敬礼。
「かしこまりました。早急にシャトルの手配を致します」
 うん、と将軍は頷いて、ここで少しだけその表情を改めた。
「戻るのは僕だけ。また、降りてくることもあるだろうし、マリベルにはフローラさんの補佐諸々をお願いしたい」
「は――?」
 と、何とも間の抜けた、そして実の所は大変に無礼な反応になってしまった。彼女にとって、全く話の全貌が見えてもいないので当然と言えば当然か。
「綱紀粛正の一環だ。現校長は『管理不行届』ということで更迭。その代理として、フローラ・ザクソン一佐を新校長に据えることにする」
 ここで、マキーナ・ローゼンベルクが恐る恐る手を挙げる。
「あの、すみません――あたし、ここに居て良いのでしょうか?」
 その言葉に、マリベルが一瞬だけ判断に苦しむ顔をクリストファに向けてきたが、こちらは全く、表情に変化が見られない。
「問題ないよ。もう、確定事項だし、秘密にするようなもんでもない」
 簡単に片付けて、クリストファはその思考を再び、実務的なものへと戻した。
「――てなわけで、必要書類の作成はリンス一佐、あなたにお願いする。承認印、その他に関しては後刻、フォーチュンから電信で送ることにする」
「了解です」
 マリベル、敬礼。
「それと、数日中にザクソン新校長は到着するだろうが、差し当たって候補生達の訓練は通常通り、行わせるように。それに関して、各教官に対しては規定外の訓練強要は堅く禁止をする旨、徹底せよ。自分の名前を使って構わない。幕僚長決定である、と」
 都度、頷き続けるマリベル本人に不満、不安点が無いわけではない。本来の任務がクリストファ・アレンの護衛である以上、彼女としてはそちらに力を注ぎたいのは自明のことだ。しかし、頭ごなしの命令を嫌うこの幕僚長にあっては、これは口にせずとも確定事項なのであり、翻意はまず考え難い――と、想像することは出来る。故に、マリベルはここにあって何も、自主的な発言を行わない。勿論、その絶対的な前提条件として、幕僚長が戻る先が『フォーチュン』である、ということが大きいことは忘れてはならないが。

「まあ、面倒はあるだろうが――ガツンガツンやっちゃって構わない。手に負えなくなったら、僕とキリオ、その他で引っ被るから安心して」
 本人達の了承も無しに、無責任な確約を行ったクリストファであった。おそらく、フォーチュンの中でヒムラ・キリオや広報室長等が盛大に、くしゃみを行っているのではないか。
「さて、それではマリベルにはシャトルの手配をお願いする。五十分ぐらいかな?」
 マリベルは素早く、脳内のフライト・スケジュールを展開。その見積もりは、クリストファのそれと全く同じだった。
「はい、それで充分だと考えます。それでは自分はこれで――」
 敬礼、そしてほとんど崩す間もなく踵を戻したマリーベルの顔は既に教官のそれではなく、軍人のそれとなっていた。
「あいよ、ヨロシクね」
 消えていくマリベルの背中に軽口を飛ばした後、クリストファは溜息を吐いた。
「やれやれ……ここでの生活は、存外に楽しかったんだがなあ」
 これには苦笑するしかない、残されたマキーナであった。
「私にはお気遣い無く、どうぞ。色々と準備もお有りになるのでしょう?」
「いや、カバン一つで来たからね。直前で問題ない――」
 そう言ってクリストファは、やおら立ち上がると自分のコーヒーの準備を始めた。慌てて腰を浮かせたマキーナを制しつつ、搾り立ての一杯を獲得。

「まあ、茶飲み話でもしていましょうや」

 どこか照れ臭そうな顔――これだけを見ているととても二十代の男性には見えない――を作り、マキーナの前へ座り込んだクリストファ・アレン。

 実のところ、こうして二人きりで話すのは初めてであった。

 その中身は違うけれど、同じ人――私が好きだった人。

 違うけれど、それでも――優しい人。


 それは、本当に突然に。

 ほろほろと――マキーナ・ローゼンベルクの両目から、涙が珠のようにこぼれ落ちた。

 彼女、本人にも由来の分からない涙で、これはあった。
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2668年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - IV

 ああ、つまらない――クリストファ・アレンは、溜息を吐く。勿論、心の中で。
「次はこの書面の確認をお願いします。その最後に、サインの方も」
 女性秘書官が司令官席上のディスプレイに反映させてくれる。
「はいはい――」
 大変な苦行を伴う業務ではあるが、疎かに出来る作業ではない。読み零しがあった場合は関係各所でネチネチと苛められることにもなりかねず、正に心、精神に鑢(やすり)掛けを行っているような心境。
「どれどれ」
 今回の書面の内容はと言えば、各種艦艇並びに航空宙機、その他の建造にまつわる進捗状況であるとか、経費の取り纏めであったから、退屈とは無縁でいられるのが唯一の救いであった。赤文字で書かれている部分はいわゆる『非公開部』であり、これをして『必要悪』として、自分を半ば騙すことに馴れてしまっていることに関しては少なからず思うところがある。が、それはもっともっと後で――平時に、悩むべき問題であることを知っているクリストファは、反れ掛けた関心を再度、書面へと戻すのだった。
 アヴァント・ガーダー(仮)一号機の設計変更、並びに二号機の建造開始案。ファイナル・ガーダー(やっぱり仮)に搭載する各電子機器の増設案に基づいた艤装の開始。そして、殊更に縁取りが施されている『最高機密事項』にあっても、幾つかが確認でき――『FIX-01-RL』、つまりはライト=ブリンガの改修項目が数行に渡ってそこには記載されていた。
「ふむ――いよいよ実行に移すのか」
 呟いては見たが、自分の正面で直立している女性秘書官は何も答えない。幕僚長の独り言だ、と判断したのかもしれないし、或いは意見の持ち合わせが無い、ややもするとその内容自体を知らないと言うこともあるのかもしれない。差し当たって、クリストファはそんな改修項目に特に注目した。
「ふうん」
 一人虚しく呟いてみて、情報の詳細を確認してみる。リーヌ通過の最中より検討されていた各部の改良がようやく実動するか、と思えば感慨深いものがある。特にクリストファの目を引いたのは、『追加装甲』に類する項目であった。

・各種被弾に最小限、対応し、且つ運用自由度の高い装甲板としての『盾』に関する再考開発を行うべきである

「盾って、色々と既に着いているけどね?」
 そう答えたクリストファ・アレンであったが、キリオやエリザは二人揃ってその首を振ったものだった。これは、リーヌ通過中の話であり、実際『ヴァシュラ』と名付けられている重力波領域発生機関が5つ、RLの各部には備えられており、これはなんとフォーチュンの主砲『ヘヴンズ・ソード』の直撃を受けても、四秒は耐え続けることが可能な程の無形障壁を発生させるものであったから、クリストファのこの発言は強(あなが)ち、的を外したものでは無い。
「クリス、最悪の場合を考えろ」
 特にキリオは、腕を組んだまま強く言ったものだった。
「サイアクってどういうことさ」
 クリストファは、両手を広げながらあくまでも気軽に言ったつもりだったが、これは失敗した。そもそも、本人自身が信じていないことを他人に信じさせようとするところに無理があったのだろうが。
「言わずとも分かっていると思うが――RLと同等、或いはそれ以上の『存在』と戦う可能性があることを忘れないで欲しい――」
 この後の言葉は、エリザ・ヤマナカが引き継いだ。
「――RLは確かに、それ自体が強固なシールドを持っています。ただ、同等の相手が合った場合、これは全く意味を成しません」
 分かっている。いや、分かっていて惚(とぼ)けたい気分の存在も否定は出来なかった。実際のところ、RLがこうして存在している以上、同等の存在を否定するのは全くナンセンスなのだ。喩えるのなら、遠い昔の核兵器の存在がそうであったように。実の所、あれは当の反対側の勢力にとっても『想像を絶する新兵器』では決して無かったのだから。
「そして、アテナも『盾』の追加には強い関心を示している」
 キリオの一言であった。

 そんな過去の遣り取りを思い出しながら、クリストファは該当項目の更なる詳細を探った。
「ぷっ――」
 思わず、吹き出してしまった。今度は、秘書官も驚きの表情と共にこちらを見遣っている。

 この時のクリストファ・アレンが何に対して吹き出したのか?

 その、『盾』の仮名称がその原因。目にした瞬間、ある日のエリザ・ヤマナカの言葉が同時に思い出されたこともある。

 あの日、エリザはクリスに言ったのだ。

「アテナが持つ盾に相応しい名前――それは『イージス』しか有り得ません」

 そんなクリストファの視線の先には果たして、『イージスの盾』と言うフォントが強調されている。

   ・
   ・
   ・

「総員、新校長に対し、最ー敬ー礼ーッ!!」
 エテルナ中の青空を集めてきたかのような晴天の中、ここアテナイ校のメイン・グラウンドに式典士官の声が増幅され、轟いた。集合した総人数はなんと、七千名以上。その数が一斉に、最敬礼を壇上の新校長に向けた。それこそ、一分の狂いもなく。その全てが、ベージュ基調のエテルナ自衛隊礼服に身を包んでおり、胸元、両袖、そしてベレーの飾りに『盾に突き刺さる刃』を刻んだ、彼等。
「これより、新校長からのお言葉を頂くことになる! 総員、敬礼解除の後、謹んで傾聴せよーっ」
 同、士官が叫んだ。壇上にある当の新校長、フローラ・ザクソン一佐は、少なくとも傍目には全く動じていない。そんな彼女が身に包んでいる礼服はと言うと、これはベージュ基調では無く、白がその主を占めており、ベージュはあくまでも節々を彩っているアクセントに過ぎない。つまり、ほとんどクリストファ・アレンが装着しているそれと近いものだ。
「校長、お願いします」
 別の秘書官が、その後背から声を掛けてきてくれた。「アイヨー」と飛び出しかける言葉を呑み込みつつ、フローラはいよいよ壇上で彼等に対して返礼。全く同時に、その返礼を候補生達の全てが戻してくる。ザクソン一佐が、ここで胸元を払うようにして敬礼を解くと、全員がやはり一様に「休め」の体勢を取った。少量の砂埃が舞い上がり、やはり少なからぬ軍靴の音が響き渡る。

 すうっ――フローラの、新校長が吸い込む息の音をマイクが拾うのを、その場の全員が共有できた。いかなる挨拶があるのか。そもそも、新校長の為人(ひととなり)の片鱗が確認出来ることもあって、全員が全員、『頼まれなくても』傾注していた。
「お初にお目に掛かります。この様な場での演説は馴れていないもので――」
 ここで、フローラはその右頬をポリポリと掻くのだった。
「――まあ、なんですか。皆様の勉強、訓練、その結果に少しでも貢献できたらなあと思う次第であります。前任の校長や数名の教官が慌ただしく更迭されたことで皆さんにご迷惑をお掛けしてしまっていることをまずはお詫びしたい」
 実際に、フローラはこの手のスピーチが苦手なのだった。何か気の利いたことでも言えればと思うが、考えがまとまらない。『したいようにするがいいさ』などと、クリストファは彼女の両肩に手を置きつつ、無責任に宣(のたま)ったものだったが。
「まあ、堅苦しい話はこれぐらいにして――みんなで、頑張りましょう。ここにこうして集まってくれているあなた方の志の高さは、良く知っているつもり。そんな自分達の矜持に恥じるところ無く、訓練、教練に励んで欲しいと思います」
 ざわっ、と訓練生達の間から声が立った。自分、フローラの挨拶が通常のそれと比較して、逸脱しているものであることは熟知しているため、驚きには値しない。勿論、候補生達からするとこれは充分な驚愕に値するのであって、まこと、世の中というのは不思議なものである。
「そんなわけで――」
 フローラ、大きく息を吸う。そして、これだけは始めから決めていた台詞を、正に絞り出す。

「――私がアテナイ校、新校長のフローラ・ザクソンである!!!!!」

 凍り付いた会場。全く気に介せず、自らの座席に戻り掛けた校長であったが、あまりの反応の無さに、今一度壇上へと戻ることに。

「――以上!!」

 続けて。

「黙って俺に着いてこい!!」

 最初に行動を起こしたのは、誰だったのか。一角で持ち上がった歓声が、次第に会場全体へと広がっていく。頃合いを見計らって、フローラはその演説台に飛び乗り、両拳を天に突ける程のガッツポーズを取った。ロング・スカートとは言え、これを実行する辺りがフローラさんというか何というか。つうかストッキング伝線してるでしょ、アンタ(マリーベル・リンス主観)。
 熱気立つ会場。そんな光景を傍から観ていると、ほとんどロック・ミュージックのそれに映るだろうと思われる。これが自衛隊の訓練機関で行われている歴(れっき)とした式典である、と信じられる人間など存在しない筈だ。

 と、まあ。

 後に、『戦う校長センセー』として知られることになる、フローラ・ザクソン一佐のアテナイ校、一日目はそんなスタートであった。

 そして。

 マリーベル・リンス
 アムロ・レイコ
 リヒャルト・ゾーン
 アーサー・ホルスト
 ナグモ・イドリス
 ラスティ・ハーヴェィ
 リー・パルク
 ミランダ・ルヴァトワ
 ライル・ヘルミット

 伝説のエースとなる彼等の活躍も実に、ここから始まる。

 付け加えるのならば、

 ジョセフ・ブレンハルト
 ステラ・ハーヴェイ

 この両名はエース・パイロットとしてではなく、名艦長として後々にまで伝えられることとなるのである。

   ・
   ・
   ・

「……寂しくなったものだ」
 ヒャック・リーの呟きに、隣のドロシー・ウィンストンが反応した。と言うより、飛び退いた。いや、これはそれ程の『珍事』であったのだ。勿論、ドロシーが飛び退いたこと、ではなくて。
「どんな心境の変化?」
 片手に握ったままのウィスキー・グラスから、肝心の中身が零れていないことを神に感謝しつつ、ドロシーことドロちゃんは呻くように言った。言葉が大変に端折られてはいるので、第三者には分かりにくい点もあろう。ドロシーは、『アンタが自分から話を振ってくるなんて』という部分を、敢えて口にしていないのだった。そもそも、ヒャック・リーは大変に無口で、他人からの言葉に対しても最小限の言葉でしか反応しないような男なのである――と言うと、聞こえは良いのだが「Yes」「No」の二通りで答えるのが、その大半であり、構文、文章をその口とすることはまず、皆無なのであった。
「寂しい、と言葉通りの意味」
 そんな彼はそれだけ答えて、グラスの中身をぐいと空にする。
「ええと、あたしエスパァとかニュータイプじゃないから、良く分からないんだけど……」
 ヒャックが何かを続けるのを待ち続けたドロシーであったが、一向に言葉が続けられる気配がなかったこともあって、思わず自分から口を開いてしまった。
「人がいなくなって、ってことだよね?」
 実はドロシーはヒャックのことを憎からず想っていたりなんかしちゃったりしているのである、みたいな(死語)。ラリー・インダストリー時代より、幾度と無く言葉を介しない交流が――精神的な、と言うことを彼女自身の名誉のために強調しておきたいと想う――存在したこともある。
「うん」
 それだけを簡潔に答えて、無言でカウンター上のウィスキーボトルを手繰り寄せ、自ら新しい一杯を注ぎ込むヒャック。
「そうだなあ。確かに、寂しくなったよねえ」
 ドロシーのこの言葉は、必ずしも演技的なものではない。実際のところ、多くの同僚、同志達がアポロンの全域に散っていたことは事実であったし、今のこの場所『朔風館』は彼等二人を除けば、エテルナ自衛官でほとんどが占有されているのである。致し方のないこととは言え、肩身が狭いのもまた、事実。彼等のすぐ隣では、女性自衛官の五人が『大貧民』に興じており、大変な盛り上がりを見せてくれている。
「ま、しょうがないよ――それに、新しい仲間達だってなかなか面白いよん」
 さりげなく、ヒャックの手元からボトルを手繰り寄せて自らの杯に注ぎつつ、ドロシー。
「それは分かっているんだけれどね」
 新たな一杯をやはり思い切り傾けてヒャック。無口の王であると同時に、酒豪でもある彼の顔には全く酔いが見られない。
「ふうん」
 対してこちらは、自他、共に認める酔いを始めているドロシーである。気の無い返事に見えるが、実は彼女に取って彼と共に飲む酒には特別な意味がある。しかし、この時は少しばかり酔いが進みすぎていたらしい。彼女は、次に彼、ヒャックが口にした言葉をすぐには理解できなかったのだから。

「なあドロシー、僕と結婚してくれないか」

 ……ありとあらゆる意味で、ヒャックも良くない。それは、勿論。



   ・
   ・
   ・

 廊下を歩く。敬礼が送られ続ける。艦内での直立敬礼不要を達しているのにも関わらず、なんでこうなっているのか。

 ――僕はただ、アイスクリームを食べに行こうと思っているだけなのに。

 不機嫌は否定しようもなく、かといって邪険に扱うのも立場上良くない。適当な返礼を作ったり崩したりしながら、クリストファは向かう。カフェテリアに。ひたすらに。何故ならば、急がないと彼の大好物、「チョコミント」が売り切れてしまうから。全国の敬虔なクリストファ・アレンのファンの方々には誠に申し訳ないのだが、完全無欠、完璧超人に見えるそんな彼だって人並みの欲求はある。この場合はアイスクリームであったが、彼は純粋に『食事』と言う行為に並々ならぬ執着を持っていた、とは後に多くの人間が語るところとなっている。階級、立場による優先的な配給だって許される筈であったし、実際にその秘書官や幕僚からそう言った申し出もあったのだが、断固として拒否し続けているクリストファ・アレン空将なのである。矜持、プライドと言えばそうなのかもしれないが、その点での特権の享受を甘んじて受ける気には、『とにかくなれなかった』。太陽系惑星連合共和国士官、佐官であった時の影響も残っていると言えば残っているのであろうが、詳しいところは本人にも分からない。純粋に、『嫌』だったのである。
「ぐはぁ」
 だが、現実は甘くない。半ばの駆け足で辿り着いたその時、既にカフェテリア『朔風館』はゲートから、はみ出るほどの行列が。絶望の淵に陥り掛けたが、どうにか冷静さを伴って最後尾に着いて、腕時計を確かめることはできた。ハァハァ。

『Vio.15:00(菫曜日午後三時)』

 おかしい。アイスクリームの配給開始は、ピッタリこの時間だったと思っていたが。ここで、クリストファは額に微妙な汗を浮かべつつ、周囲を伺う。そして、嫌なモノを発見することになる。

『アイスクリーム配給時間変更のオシラセ』

 ……。

 視力、2.0強のクリストファの両眼が絞られる。ふむ。どうやら、この数日間の内に配給時間が変えられたらしい――文面通り。そして、どうやら時間が三十分ほども『まるっと』前倒しになっていたらしい。

「マイガッ(My God=なんてこったッ)」
 思わず、声が漏れてしまって周囲の注視を買う結果になったが、整備服と言う姿に、そしてやはり同整備帽を殊更の目深に装着していた半ばの『お忍び』状態であったことが幸いしてか、列の人間は誰も自分自身の素性には気付かれることもなかったらしく、その点では安心しつつ。クリストファはその内奥で静かに考えを巡らせるのだった。

 ――迂闊だった。よもや自分が不在の間に斯くも重要な変更が行われているとはエテルナ自衛隊恐るべし綱紀粛正を更に厳格なものにしなくてはならんかってたかがアイスクリームと言われたらそれまでなんだがしかしこれはかなり士気に影響するのではあるまいか云々。

 一向に解消する気配の無い行列。ただただ、ひたすらに我慢の子となっている哀れな子羊、クリストファ。清々しい横顔でアイスを頬張りつつ、立ち去っていく自衛官の幾人かに呪詛の表情を投げ掛けてしまう幕僚長は、とてもジェントルマンとは言えなかっただろう。行列は全部で三列が存在していたが、どうにも自分の並んでいる列が頓に消化が悪いように思えてならない。ガルルルルル。

 通常の人類にとって不可視の、そして無意味な『オーラ』を静かに放ち、行列の末尾で耐え難きを耐え、忍び難きを忍び続けているクリストファの苦行はしかし、長くは続かなかった。

「オラ、どけどけ――一兵卒はスッこんでろ」
「どけっつってんだろうがゴラ」

 気付けば、配給現場で何かしらの騒動が沸き起こっていた。ただならない様子に我慢ならず、クリスは前の男性自衛官に声を掛けていた。勿論、整備帽は深くかぶっていたし、実際に相手が気付いた気配も無い。
「どうやら、『地ベタ』上がりの佐官様が横入りしようとして揉めているらしいゼ」
 名前の知らない、二等空曹がそう答えてくれた。
「シット――そんな空気読めねぇファッキンがいるんだ?」
 いくらでも下品な言葉遣いは出来る、クリストファ。軍隊生活は伊達ではない。というより、『普通の』生活を自分は知らないという現実がある。
「そンなんばっかだぜ、特に『地ベタ』から上がってきた奴等はな」
 クリストファの忌憚のない言葉遣いと対応が気に入ったのか、二曹はケラケラと笑いながら説明してくれた。
「『フォーチュン組』……特にヒムラ上級一佐やフュッセル博士とかが居てくれたらこんな問題も起こらないのだが……奴等、居ないことを知ってこういうことをやるからな。全く、始末に負えんぜ」
 どこか、自虐的に響くそんな二曹の言葉がクリストファには痛い。
「……誰も、何も言わないのか?」
 最前列の女性自衛官を押しのけて、我が物顔で給仕係に注文を付けている佐官――確かに、隊服を見れば一発で佐官と分かる――に対して、心からの軽蔑を抱いてクリストファが尋ね戻す
「言えないよ――まあ、心の中では誰もが軽蔑しているがネ……」
 情けない。そして、言われてみれば面接の際に、エテルナ警察上がりで拝見した顔ではある。クリストファ、奥歯を噛み締め、堪らずに、いや意図的に叫ぶ。
「だっせーなぁ、オイ!!」
 大きすぎる声。それは、騒然としていたカフェテリアをなお、響くほどの。
「バカ! 声がでけー――」
 二曹がクリストファの口を大きな右手で塞いだ。だが、手遅れ。給仕されたばかりのトレイを床に叩き置くようにして、そんな二人組が形相も新たに向かってくる。ああ、間違いない。名前までは思い出せないが、エテルナ航空警察の人間だった筈だ。
「今、面白いことを言ったのは誰だ?」
 握り拳を手の平に当てて、威圧感も新たに言ってくる。二曹が何か言おうとするのを制し、クリストファが一歩前に出た。
「言ったのは俺だ――」
 小柄な相手に拍子抜けしたのか、二人組は両肩を殊更に竦めたりしている。実際、クリストファの体格は小柄な部類に含まれる。
「すまないが坊や、勉強が必要だな? お家に帰ってマンマのおっぱいをしゃぶってると良いよ」
 いやはや。今度はクリストファが肩を竦める番であったし、実際に彼は『そうした』。そして、指を突き付けて――ほとんど、喧嘩を売っている状況であることは勿論、分かっている。
「ファッキン――お前等に坊や呼ばわりされるのはウジ虫の仲間呼ばわりされることよりも屈辱的なことだぜ」
 いよいよ、二人組の顔色が変わった。更に畳み掛ける、これはこれでオトナゲの無いクリストファ・アレンであった。
「貴様等の器の狭さが知られる、とこう言っているつもりだ。大方、貴様等の(放送禁止用語)は専ら相方の(放送禁止用語)を(放送禁止用語)するための萎びた、ちっぽけな(放送禁止用語)であって、本来の用途には到底使えるもんじゃねえだろうよ。迷惑にならないよう、一人で(放送禁止用語)するか、せめて便所で二人して(放送禁止用語)していろ。それで、世は事も無し――みんなで幸せ。That’s All(それで全て)」
 ソフィ・ムラサメや、その他が聞いたらその場で卒倒しそうな言葉の羅列。だが、クリストファ・アレンはそのつもりになれば幾らでもこんな言葉を使えるのである。怒りの色を通り越して、当の二人組は蒼くなっていた。が、再び赤に戻る。
「言われ無き暴言に付き、修正を実行する。歯を食い縛れ!」
 これでも、周囲に気を配ったつもりなのだろう。後での申し開き、逃げ道を残しておいての宣言がまた、クリストファの癪に触った。それはもう盛大に。
「自衛隊規約に『上官』からの物理的暴行を肯定する下りは一切が、無いが?」
 と、正論で答えてみた。
「だが、貴官の行為は『上官侮辱罪』並びに、『命令不服従罪』に該当すると判断した!」
 きゃー。タスケテー……と言うより、クリストファは相当な絶望をこの時点で覚えている。純粋に。純然に、このフォーチュンにこの様な連中が存在することが許せなかった。常ならば決して荒げないその声だったのだが、もう我慢が効かない。

「所属、並びに官姓名を名乗れッ!」

 カフェテリアを完全に無音が支配した。が、長くは続かない。二人組がほとんど同時に笑い出したから。
「はははははははは――何かと思えば、『カンセーメー』でありますか!!」
 両手で腹を抱えて、大変に愉快そうに笑い転げる一人。
「アハハー――差し当たって、恐縮ではありますが貴官から申し上げてもらえますか?」
 こちらは片手で頭部を押さえ付けながらもう一人が、慇懃無礼に。

「クリストファ・アレン空将。幕僚長であり、本艦の総司令官である!」

 いよいよ、完全な沈黙。

 ここでクリストファは無粋な整備帽を外す。更に凍り付いていく周囲の空気。

「貴官等の行為を、『上官侮辱罪』並びに、『命令不服従罪』に該当すると、『こちらが』判断した――歯、食い縛れッ!」

 左拳を握り締め翳す。状況に追い付いていない彼等に容赦する必要なし。狼狽(うろた)えるばかりの二人の、まずは右側の人間に、渾身の一撃。命令したのにもかかわらず、その歯を食い縛っていなかったらしく、嫌な手応えが左拳に残された。情けなくも吹っ飛んだ状態で、床に伸びきっている一人。

「し、失礼しました――幕僚長閣下であったとは、露知らず――」
 残されたもう一人は、それこそ痙攣しながら敬礼を作ったものだった。

「俺は虚しいよ――諸君等が、この場に相応しい人間ではないことが」
 ゆらり、とでも喩えるべきか。更なる怒りの衝動に捉えられるクリストファが、次は右拳を握り込む。その場の全員が、破局的結末を想定していた――が。

「おおっと、それ以上は止めましょうや」
 クリストファの後背から、その短躯を抱き止めるようにしてきた者の正体は、チャーリィ・ランダースであった。この自衛隊に於ける階級は一尉。
「離せ、チャーリィ――落とし前は僕が付ける」
 全く実際に、怒り心頭に発していたクリストファは収まらない。仲介役がチャーリィであっても、である。
「幕僚長自らの修正はエレガントじゃないっす。後は、自分に任せて下さい」
 エレガント、と言うことばに幕僚長は反応した。勿論、チャーリィは意識してその言葉を引用したのであるが。
「……だな。頭を冷やすことにする――」
 整備帽を装着し直し、クリストファは答える。最後に、周囲の人間に心からの謝罪、頭を下げてカフェテリアを後にした。その最後に、チャーリィの耳元に何かを呟いていたようだが、他の誰もが、これは聞き取ることが出来なかった。
「……はあ」
 チャーリィ、溜息。全く以て、火種なんてどこにでも転がっているものだ。差し当たって、後でアイスクリームの差し入れを行ってあげよう。勿論、きちんと行列に並び、事情を給仕係に説明した上で、と言うのが大前提ではあるが。
「そこの二尉、協力に感謝する――姓名を名乗れ」
 床で未だにうんうん呻いている一人を解放しつつ、健在の彼が言って来た。
「アンタ等に名乗る名前は無いよ――」
 唾棄するに近い、チャーリィの乱暴な返答であった。もっとも、これに懲りて帰るような『タマ』じゃないことは知っているし、そうされると逆に物足りないのが事実。大概、自分も悪党だなと思ったりもするチャーリィ・ランダース技術二尉なのであった。
「二尉風情が自分に逆らうのか?」

 チャーリィの太い右眉が上がった。擬音で喩えるのなら、シャキーンと。

「この件に関し、本官は幕僚長から全権を委託されておりますです、ハイ」

「何を馬鹿なことを――」
 悪い予感に、後ずさりするそんな佐官。ズンズン詰め寄る、チャーリィ。

「クリストファ・アレンの命令により、その『修正』を代行するものである」

 嗜虐的な笑みを浮かべ、チャーリィが宣言を行う。大変な大柄の彼のそんな笑顔は普通に怖い。

「――待て、自分は航空警察の」

 続く言葉、許さない。いじめ、かっこ悪い。

「問答無用!!」

 チャーリィは右拳を、盛大に振り上げた。


 以下。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ(中略)オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーーーーーーーーーーラララララララララッ!」

 殴る→蹴る→どつく。

 殴る→蹴る→どつく。

 殴る→蹴る→どつく。

 の、繰り返し。リフレイン。エンドレス。




 そして、その二日後の定期便で、哀れな二人組は地上に送還されることになった。

 歴史に名前を刻むこともなく。

 もっとも、悪名を刻まずに済んだという点では幸福だったのかもしれないけれど。
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