2667年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - V

「逸材、人物はいるものですね――」
 アテナイ校、及び他校の訓練状況が表示されている端末画面を眺め、まずはソフィ・ムラサメが口を開いた。
「先日の綱紀粛正でより、効果的な育成が望めれば言うとはないんだがねぇ」
 こちらはプリントアウトした紙の束を面白くも無さそうにパラパラと弄びながら、幕僚長クリストファ・アレン。
「で、なんだっけ。こっちからはミランとライル、レイコがフローラさんに着いていったんだよな?」
 適正こそ有れ、若干の閉所恐怖症の持ち主であったライル・ヘルミットが最後の最後まで抵抗し続けた、と言う話を小耳に挟んでいたクリストファであった。『大統領でもブン殴って見せらぁ、でも飛行機だけは勘弁な』等と目眩がする程の名台詞を吐いたそうだが、結局は腕力に勝るアムロ・レイコによってシャトルに乗せられたそうな。どこまでが脚色なのかは、クリストファにも分からないし、分かろうとも思わない。
「うん。レイコは元よりとして、ミランもライルも実際の大気圏内を飛んだことはないしさ。丁度良い、と放り込ませてもらった」
 一抹の同情がライルに対して無いでもなかったが――リンダ・フュッセルの言葉に、クリストファは軽い頷きを加えた。
「フローラさんは、ああ見えて面倒見が良いからね。問題は無いだろう。ブレーキ役としてアムロやマリベルもいるわけだしねえ」
 何処か、他人事に響いて聞こえるが、実際に今のクリストファは物事の一つ一つに心を細かく砕き抜いてはいられなかった。そんな彼等は勿論、彼にとって不可欠の、そして重要な仲間達ではあるが、幕僚長という立場を持つに至っている自らを囲む様々な状況がそれを寛容してくれないのだ。もっとも、そんな彼等、一人一人の性質は充分に信用に足るものであったから、気楽と言えば気楽ではあるが。差し当たって、クリストファは『自衛官の養成』と言う分野から関心を一時的に反らすべく、発言を先程から試み掛けていたキリオへと目を向けた。
「イザヨイや、他の技術者達も相当な水準を満たしている、とは報告したとおり。計画に遅延は全く見られない」
 玉露を片手、伸び掛けの無精髭を撫でつつキリオが言うと、
「ゼロも――つうか、正式名称はいつ決まるんだよ――量産体制に入っているし、ディフェンサも一番艦が明後日には艤装が開始されるし、バングも船体は数日中には上がる予定――つうかことごとくが仮称なのはいい加減どうにかならないものかしらね」
 世は事も無し、最後にそう付け加えるリンダ・フュッセルであった。微妙なスパイスが効いているのも、いつもの話ではある。
「まあ、とはいえ順調だからこそ、こうやって四人で集まれたわけだが――」
 紙束を卓上に置き、彼の大切な三人の顔を改めて順番に、ゆっくりと確認するクリストファ。
「――四人が一同に会するってなぁ……何ヶ月ぶりか、って気がするな」
「言われてみれば――ですねぇ」
 艦長の証である軍帽は今は、膝の上に乗せられている。やや薄目のルージュを引いたソフィ・ムラサメ艦長は全く演技の要素が含まれない溜息を吐きながら口にしたものだった。
「色々とあったからな」
 キリオ、耳をほじる。
「まあ、予定通りで何より、としか言いようがない」
 と言い刺して、ここで表情が改まったものとなる。
「予定が全く良好でもあることだし――クリス、RLの各種試験を早急に行っておきたいんだがなあ」
 表情のみならず、その声までも変えるヒムラ・キリオ氏であった。
「ふむ――」
 書類を弄ぶ手は止めずに、クリストファ。
「分からない点が多い。後は、実際に動かしてみないことにはなんとも言えんのだ――」
 そして、キリオは自らのブリーフ・ケースを開く。茶封筒から取り出した書類を――分厚いものではなかった――斜め向かいのクリストファの側へと滑らせた。
「若干の仕様変更――今じゃなくても構わないのだが、目を通しておいてくれ。ちなみに、アテナの了承は取っている」
「まあ、確認させてもらうさ――ちょっと待ってね」
 疲労の色濃い面持ちで、クリストファは書類を手に取った。実際、大変に疲れている彼であったが、文面に目を通している内に、その表情が変わってきていることに本人は気付いていただろうか。
「へえ――面白いな」
 呟いて、ページを捲る。ソフィやリンダはその内容を知っているのか、ただただ静かに紅茶を傾けたりしている。
「総重量がソコソコ変わるねえ、しかし」
 たっぷりと数分後、クリストファの感想。
「ああ、例の『イージスの盾』も含まれた重量だ。除外すれば、ほんの1.5トンの増量に過ぎないからさ」
 キリオにとってはほとんど、用意していた回答だったのかもしれない。
「あ、そうか。すまんすまん……」
 すっかりと短くなってしまった栗色の髪を掻きながらクリスは謝罪する。
「……いや、『スパイク』は必要だと思っていたけどね」
 言葉を続けたクリストファの眼前には、正にRLの両脚の展開改良図面があった。設計者は――この場合、シオン・ヴィンテルということになるのだろうが――このRLを有る程度の『汎用型』としてデザインを施したと思われるのだが、その足回りの貧弱さに関しては疑問点を感じていたクリスであったし、それはキリオ等も同様であったのだろう。もっとも、凶悪な推進機関であるGRDSを所有しているライト=ブリンガは喩え1G重力下にあったとしても充分な浮揚は得られるので、その足回りの汎用性を議論することは実のあるものとはならないかもしれない。ただ、常に浮力を維持すると言うのものも又、論外であり――そもそもが、戦闘中に於いては何が起こるかは分からない――デウス・エクス・マキナと言う範疇に収められることがエテルナ自衛隊に於いても正式に決定したRLの運用実績が全くと言って良いほどに存在していないこともある。正にキリオがRLの様々な条件下での機動試験を急いでいるのには、その様な理由もあった。
「ただのスパイクにするのも芸がないんでな。まだ図面には上がっていないが――」
 ここでキリオは茶を含む。この勿体ぶり方も、どこか懐かしく感じられて苦笑してしまうクリストファであったが。
「妖刀ムラサメのミニチュアを両足先端――この場合は爪先だな――と、両踵に配置してみたいと考えているんだが」
 この点に関しては全く知らなかったのか、優雅に茶を含んでいたはずの二人の『彼女』が揃って同時にむせ返る。
「詳しく聴きたいねえ――って、ほとんど『忍者』だな、それって」
 両の爪先から『シャキーン』と刃を露出させ、敵機に襲いかかるRLを想像してみるとクリストファ自身も吹き出しそうになる。
「良い喩えだ、クリス――つまりさ、通常の時は折り畳んでおけるわけだ。スパイクとして使用する時は鞘がその部分となり、おまいさんの好きな格闘戦に持ち込む場合はたちまち、刀身が露出すると、まあそんな感じやねん」
 半ば吹き出しながらも、クリストファは肝心の質問を行わなければならない。
「良くもまあ、そんなこと考えるな――時にこれはアテナには?」
 ハンカチを口元に当てているソフィと、こちらは白衣の袖に顔を埋めているリンダのそれぞれに一瞥を投げ、キリオは眼鏡のブリッジに指を当てて。
「大変な関心を示してくれているでアリマス」
 ふうん、と呟いて、クリストファの頭脳が戦闘状態のそれへと転じる。卓上で実の両手を持ち上げ、回転させる。同じタイミングで両足を動かしているが、これは他の人間が気付く由もない――ソフィやリンダ等は痛ましげな視線をクリスに送っていたが。常の状態へと戻ったクリスが、ここで質問を行う。
「あれ、膝に更なるシールドを増設する、って話はどうなったっけ?」
 実際の自分の両膝を勢いよく叩きながら、クリス。
「あれは、どうもフィールド同士が干渉しあってあまりメリットが無い、と言うことで没になった筈だが」
「そうだったか――」
 疲労の色濃い溜息を吐くクリスに対し、しかしキリオは容赦しない。ある意味での友情であるのかもしれない。
「悪いが、頭の回っていないお前さんと話してもあまり得るものはねぇなあ?」
 他の人間が聞けばそれこそ卒倒するようなヒムラ・キリオの発言である。階級上でも、これは有り得ない話。
「すまんなー。疲れているのは事実なのさー」
 懐から取り出した目薬を点眼しつつ、クリス。当然、そんなキリオの発言に気分を害するなど有り得ないというように。
「ま、イージスやその他武装、そして演習に関しては明日でも再度、話し合いの場を持とうや。許可が貰えるのならば、足回りは一両日中にでも作業が開始できる手筈になっている」
「何もかも任せてしまって申し訳ありませんな、ヒムラ殿――勿論、許可する。結果だけ伝えてくれればそれで良い」
 目頭を強く指圧しながら、呻き声に近いクリスの返答であった。
「ま、ともあれ今日は休もうぜ。実際のところ、俺も疲れているしな」
 普段から『疲れた頭で考えても禄なことにならない。酒でも呑んで寝ておけ。そして次の日に考えろゴラァ』を徹底しているクリストファからすると、返す言葉も無い。
「だねぇ……せっかく集まれたのにアレだが――」
 しかし、クリストファの発言を遮るようにしてソフィが立ち上がった。
「そんな幕僚長のタメに、一席を設けました」
 直立したソフィがそんな宣言と同時に手を大きく叩く。すると、四つが備えられている出入り口の一つが露骨な圧縮音と共に開いて。

「今夜はスキヤキよー」
 勿論、クリストファもよく知っている人物が自走卓と共に現れた。いや、人物という表現は適切を欠く。『人物達』であった。

「司令、久し振りです!」
 言ってから、慌てて発言の修正を行った彼。
「失礼しました。今は、幕僚長閣下でいらっしゃいましたね」
 敬礼。

「私からすると『艦長』という響きも懐かしゅうございますわ」
 自走卓上の鉄鍋に引かれた、割り下の調整に余念のない彼女。

「クリス! 久し振り!」
 自分の体と同じぐらい、大きなリュックサックを背負っている幼児。

「あぶあぶあぶぅっ」
 見紛うわけもない。ベビー・カー上の乳児。

「うを――」
 未だ目薬の効きが残されていたクリスは、必死で両眼を擦る。まさか。
「お前さんの、一番のクスリだぞ」
 立ち尽くすクリストファの肩に手を置きつつ、悪戯っぽくキリオが笑う。
「でもって、はい。全員集合〜」
 リンダがその手を、やはり大きく叩くと、残された三つの扉が一斉に開かれた。

「うぃす――久し振りっす」
「いやあん、本当に髪の毛、切っちゃったんですねー」
「ふはははははー。スキヤキスキヤキ嬉しいなー」
「ぎゃー、短髪似合わねっつーか、ぶっちゃけ変ですぜ」

 ザワザワ、ワイワイと。一斉に雪崩れ込んでくる人間、そしてそれぞれが立てる歓声。

「ぬっふっふ――」
 依然、ただ直立しているクリストファの上半身を背後から包むようにして、キリオが不敵に笑う。事実、彼とクリスの身長にはそれほどの差があった。
「――今日、来られるヤツ等を徹底して集めたのである。感謝せい」
 そんなことを吹き込んでいる内に、いつの間にか駆け寄ってきていたマックスことマエダ・マコトがクリストファの脚にしがみついていた。
「僕、クリスが言ったように一生懸命勉強しているよ! 友達も沢山できたし、毎日とっても楽しいんだ!」
 屈み込んだクリストファが、マックスの頭を震える手で撫で付ける。
「こいつったら、クリスに会いたい会いたいって、そればっかりでして」
「ねえ。少しばかり妬けちゃうわよねぇ」
 愛娘、ヒカルをベビー・カーから持ち上げて近付いてくるマエダ夫妻。

「あれ? どうしてクリス、泣いているの?」

 そんなマックスの声が、微妙に響く。


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「久し振りね、幕僚長――お元気そうでナニヨリだわ」
 クリストファ・アレンの眼前、卓上の専用端末に表示された大統領はコーヒー片手に何らかの決済を行っている最中のようだった。
「本当にそう見えるかね? ……酷い『三日酔い』なんだがな」
 演技が全く介在しない表情でクリスは答える。全く、近年にない酔いであった。
「ああ、ご愁傷様。ちなみに、ただの定型挨拶だから気にされなくても結構よ。つうか、気にされたらこっちが困りますわ。ホーホホホホホホホホホホ」
 二つ三つ、気の利いた嫌味でも返そうかと思ったが、アルコールの残滓(ざんし)に占領され続けている頭脳はどうにも働きが悪く、諦めた幕僚長。正直な話、大統領の露骨な高笑いが頭に響いて不快であったこともある。いつぞやの祝勝会でヘベレケにさせたことを、オトナゲの無いこの大統領は間違いなく、根に持っているのだろう。
「……ええとですな、近日中にDM――ライト=ブリンガの有重力下機動試験を実行しようと思っています。詳細は、今こっちで準備中。あと数時間で形として、そちらに送ることができるかと。まあ、承認サインさえしてくれたらこっちで続くスケジュールは立てますので。ぐひひ」
 ジャニス・シュバリエの表情は、それでも変わらなかった。変わったのは、声の方だ。全く下らない、クリストファの最後の下卑た笑いを相手にするつもりも無いように。
「尋ねるまでも無いと思うけど……」
 そう言って、カップを置くことで一拍を開ける。続けられる言葉を、クリストファは容易に想像できる。
「……やはり、あなたが乗らないとならないのよね?」
「そうなるよねえ」
 逡巡も無く、クリストファは即答。
「わかりました。書類の準備を待つまでもなく、あなたの判断で実行して構わない。ところで、有重力下ということだけど、これは地上での走破能力査定も含まれるのかしら?」
 実の所、RLのエテルナ本星に於ける機動試験に関して話し合いが行われるのは今回が初めてではない。
「ええ、若干のネックだった足回りの改良も行われているし――っと、これは進行形だったかな――南極の例の『オデュッセウス』を実際に走ってみることにするさ。今後の参考となる試験になると思いますよ、これは」
 人っ子一人の存在もない、無人の丘陵地帯。実に、無人の測候所が数箇所に設けられているに過ぎない場所である。RLは存在、それ自体が秘匿されているため、稼働場所に関しても相当に注意を払わなくてはならなかった。
「そうね、『ファイナル・ガーダー』のこともありますしねえ――スケジュール、確定したら教えて下さい。私も実際に肉眼で確認したいからね」
 右耳のピアスを弄びながら、大統領。これが、彼女が苛立ちを覚えている時の癖であることをクリストファは知っている。
「肉眼は厳しいかもしれないっすよ――」
 再度、砕いた言葉使いを選択する。相手である大統領は続けられる言葉を想定しているのか、無言だった。
「――いやねえ、実際に動かしてみんとわからんですが、大気がプラズマ化して大変なことになるかもしれませんしのー」
 これは全く笑えない事実であり、ヤオヨロズ判定も『どうなるか微妙ッス』と言うことになっている。対消滅機関の複数基による全開出力が地表や、大気にどのような影響をもたらすのかは正確に分かっていない。
「突然、爆発することは無いと思うけどね」
 取って付けたようなクリストファの締めはしかし。
「笑えないよ、クリス――」
 苦笑いと懊悩を含んだ微妙な表情の選択を余儀なくされる、大統領であった。

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「おうし、アテナ! 右脚部を上げてくれい!」
 船外作業服に身を包んだキリオが叫ぶ。
『了解でーす』
 朧な光をその節々へと奔らせ、ライト=ブリンガの右脚がゆっくりと上げられた。
「おーし、そのまんま――はい、オーライ」
 作業服ヘルメットに表示されているデジタルの距離計と温度計の両方を確認して、キリオ。
「うしっ、諸君、先の段取りの良さに期待するぞー。作業、始めーッ」
 腰に下げられたトーチ(溶接機)を自ら掲げた状態でのヒムラ・キリオの命令であった。
「「「オッス!!」」」
 戻ってくる技師達の唱和は、いつ何時耳にしても心地良い。新旧――この表現はあくまでも『フォーチュン組』の年季の違いであるが――合わせて理想的な組織大系となっていることに心から感謝するキリオである。
「女神様をヘタな傷物にすんなよー幕僚長にシバかれっかんなー」
 トーチの電源を入れ、自らが術式第一刀を行ったキリオのそんな発言にやはり、盛大な笑い声が巻き起こる。
『それ、セクハラですよッ!』
 そんなアテナの声が更に助長するものだから始末に負えない。
「わりいわりい」
 屈託無く笑いながらもしかし、キリオは緊張感を解いていない。自分達が予定外の行動を仮に、取ったとしたら決して、アテナは許してくれないだろう。今のこの時だって、機体の各所に埋め込まれているカメラ・アイでこちらの作業を全て、確認しているはずだ。
『くわばらくわばら――』
 しかし、心の中で呟きつつも『なんでこう言う時に桑原と言うのだろうなあ』などと考えているヒムラにはなんだかんだと余裕があるのかもしれない。

 ちなみに、『くわばら』とは本来はカミナリ避けの呪文であるそうな。桑畑には落雷がない、と言う俗説がその元となっている――キリオは、たっぷり七時間後に自室で知ることとなったのであった。

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 ラスティ・ハーヴェイは悩んでいたのだった。怯えていたのだった。

 状況に着いて行けていないし、困惑していた。

 理由は、ただ一つ。

 新設される教導隊『Silent-Eagle(サイレント・イーグル)』を構成する初期隊員として選出されてしまったからだ。それ以外の何物でもない。

「私がアテナイ校校長、フローラ・ザクソンである!」
 と、ほとんど定型文と化している第一声で始まり、やはり全く気取りのない校長の訓辞を――長くて三十秒、短くて十秒――経て、エテルナ国家『鳩の止まり木』斉唱が終わり、候補生の誰もが『さてさて今日の午前中はどんなカリキュラムだったかなあ』等と考えつつ、司会役を兼ねるアムロ副校長の解散宣言を待っていた――のだったが、勝手が違っていたのがそもそもの始まりだった。
「総員、傾聴せよッ――続き、校長からのお言葉がある――敬ー礼ーッ」
 事情が全く読めていなくても、条件反射で敬礼を作られないような人間など、ここには存在しない。肝心の校長は、胸元に備えられたマイクの位置を神経質に確認しつつ、手持ちの紙を読み上げ始める。
「ええとお……新型航宙戦闘機、その『初期生産型』のロール・アウトを受けてえ、暫定的ではあるが特殊戦隊を設立することがいよいよ確定されたー。事実上の『教導隊』で、これはある。その戦隊の構成員として、本校から六人が選出されることとなっており、それは既に確定している――」
 どこか棒読みになってしまっているのだが、この厳しくも愉快な校長が演説下手なことをこの場の全員が知っているので、『問題は無かった』。
『特殊戦隊、教導隊……響きは格好良いがなぁ』
 等と、この時点ではラスティ・ハーヴェィ候補生は呑気に構えていた。自分が選出される、と言う未来図は銀河の果てぐらいに遠く思えてならなかった。もし俺がそんな戦隊に入ることが出来たら姉さんやら最後まで入隊に反対していた両親には自慢ができそうだがなあ――等と、考えて、エテルナの碧空を眺めていたのだった。

『ああ、見事なエテルナ晴れだ。空が――碧(あお)いぜ』

 ので。

「六番機搭乗員、ラスティ・ハーヴェイ候補生!」

 と、壇上の校長から呼ばれても全く気付かなかった。
「あほう、早く復唱、敬礼して壇上へ上がらんかい」
 隣の候補生に耳打ち、ついでに肘打ちをされ、ようやく事態に気付いた。既に、五名の候補生が壇上に上がっている。
「はっ――」
 考えるよりも先に体が反応。叩き込まれた最敬礼を作り、歩幅と姿勢をこれは意識しながら、壇上へ続く階段を上っていく。その過程においてようやく、ラスティは現実感の獲得へと至っていた。と言うよりも、なかなかどうしてネガティブ(否定的)なものであったが。
『なんで俺が――』
 ラスティの動揺、悲観、その全てがこの一言に収斂されるだろう。実際、自分の他の顔ぶれをざっと確認したところ、成績優秀な人間が揃っているのは当たり前と言えば当たり前。しかし、自分は全くド平均な成績しか修められていない筈なのに。
「以上の六名は以降、訓練地を宇宙空間へと移すことになる。また、選出されなかった人間も落胆することなく、訓練に精励して欲しい。今回の選出は、非常に流動的な物であるから、選出された人間もまた、奢ることの無いように」
 軍服のマントを払うようにして、フローラは最敬礼を作る。

 軍靴を合わせる音、隊服の衣擦れの音。

 その音を皮切りに、ラスティにとっての非現実的な日々が始まることになる。

『姉さん、何故か僕は教導隊に選抜されてしまったよ。正直言って、その理由を一番理解できないのは僕自身なんだけど――』

 その日の夜、そうやって打ち込み掛けたメール。だが、ラスティはそのメールを結局、姉に送ることは出来なかった。早朝のフライトであったし――言うまでもなくフォーチュンへの移動――メールの内容が弱音にしかなっていないことに気付いたこともあった。命じられた手荷物の整理も結局は三十分程で終わってしまい、同期が開いてくれたささやかな送別会が終わると、本当にすることが無くなってしまった。
「エクレールがいたら、絶対にあいつが選ばれたはずだ」
 呟いて、ベッドに大の字となって広がった。正直な体は早くも睡眠体勢を取ってくれるのだが、頭脳は早々切り替わってくれない。同期達は屈託無く、祝してくれたが、その誰もが『なんでラスティが』と思っているのではないかと感じられてならなかった――屈託しているのは、肝心の自分。

 時が来たら、何故に自分が選抜されたのか、きちんと聞いてみたい。差し当たって、ラスティはその思考に終止符を打つ。

 アヴァント・ガーダーのフライト・オフィサとしての役回りが確定していること。

 校長であるフローラ・ザクソンの背中に着くこと。

 光機ライト=ブリンガの文字通りの露払い役となること。

 それらを当然、この時の彼は知らない。

   ・
   ・
   ・

「何だか、最近のあなたって変わったように思えるわ」
 すっかりと短くなったクリストファの後ろ髪を物足りなげに梳(す)き撫でながら、ソフィ・ムラサメが口にした。
「――人は変わるものさ」
 右腕に寄り掛かっている彼女の温もりの心地よさに満足しているクリスであった。
「忙しいの、分かるけれど。自分をもっと大事にして」
 裸の上半身を起こし、フォーチュン艦長は少しばかり堅い声色になったようだ。
「人間、自分が一番カワイイからねぇ。心配しないでいいよ」
 しかし、この返答はソフィが一番欲しくないものだった。
「嘘ばっかり。二の次、三の次になっていますよ絶対に……お願いだから」
 寄せられてきたソフィの唇に応じたが、それでも形としての言葉は返さない。
「今は仕方がないよ。確かに、二の次三の次になってはいるかもしれないが――」
 そこで、クリストファはソフィの体を抱き寄せた。
「それよりね、君の方もどこか変わった印象があるんだが、気のせいかな?」
 この質問に、今度はソフィが驚愕する。震え掛けた体はどうにか、その強靱な精神力で留めることに成功したが。
「そうね、ちょっとだけ痩せちゃったかもしれない」
 常の声色が出せたことに安堵しつつ、ソフィはクリスの胸板に顔を埋める。
「……ふむう、元々太っているわけだからそれは良くないなぁ。軍務はやはり厳しいかな?」
 本気で心配しているように見える彼に対し、罪悪感がのし掛かってくる。目頭が痺れてきたが、まだまだその時ではない。
「ダイエットと考えればね――ちなみに、フォーチュンの艦長でいられるのは非常に楽ですし、何よりも楽しいわ」
「ん――なら良いんだけどさ。しっかりと飯は食わないといかんぞー」
「しっかり食べていますから安心して――」
 ごめんなさい、と心の中で連呼しながら。それでも、今の彼の負担になることは避けるべきであって。

 この時の判断を、ソフィ・ムラサメは後に大いに呪うことになるのだが。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第四章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2666年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - VI

「なんぢゃこりゃーーーーーーーーーーーーッ!?」
 フローラ・ザクソンの絶叫に、フォーチュンは工房ブロックの壁が揺れる。
「――いきなりデカイ声だすんじゃないよ」
 ふう、と露骨な溜息を吐きながらたしなめたのはリンダ・フュッセルである。階級は技術二佐、扱いは軍医殿でもある。
「叫ばいでか、これがーっ」
 体全体を戦慄(わなな)かせ、頭を抱えながらフローラは床へと頽(くずお)れた。彼女の目の前に雄々しくそびえるのは、果たしてめでたく完成を迎えたアヴァント・ガーダーは一号機。赤地の装甲のところどころに走る白いストライプが兵器でありながらもどこか、見る者に優美さを感じさせる。その流麗なボディライン、そして無骨ながらも力強さを感じさせる火器の数々が装備され、ある意味での航宙戦闘機の究極形とも言えるものが、ここにある。

 のだが、フローラが嘆いている理由は一つ。

「聞いてねーよ、こんなん!」
 ほとんど涙目で、彼女が指差した先。それは、アヴァント・ガーダーの先端部。
「……断りを入れなかったことは認めるけど、これが一番手っ取り早かったんだよ。お金も無かったしさー」
 白衣の両ポケットに手を突っ込んだまま、淡々と答えるリンダ・フュッセルであった。フローラが指差している先を確認する必要など、全く無い。それを作ったのは、彼女だったからである。

 アヴァント・ガーダーの先端部に、一体何があるのか。

「アタシの24号機があああああああああああああ――っ」
 うがっ、と一つ叫んで天井を見上げ、フローラはそんな24号機の――『アヴァント・ガーダーの先端部』の元へと駆け出した。

「ちなみに、24号機にほとんど手は加えていない。アビオニクスの強化と、戦術コンピュータのリ・インストを行って、でもって複座に変更しただけだ」
 禁煙用のガムを二枚まとめて口に投げ込みつつ、リンダがフローラの元へこちらはゆっくりと歩み寄った。
「……見た目が随分変わっているように見えるんですが、ドク?」
 多少、冷静さを取り戻した彼女が尋ねる。その間も、機体の周りを行きつ戻りつし、細部を具(つぶさ)に観察しているフローラさん。
「ああ、それはねえ――こういうことさ――」
 顔色を全く変えず、リンダは白衣の内ポケットからリモコンを一つ、取り出した。
「――ポチッとな」
 リモコンのボタンをリンダの親指が押し込むと、重機の稼働音に空気の漏れる音が混じったような微妙な音が発生した。勿論、発生元は彼等の目の前、アヴァント・ガーダー。
「ええええええー」
 全く忙しいことに、フローラの顔が再度一転。これは無理もないことで、実際に彼女の目の前で起こっている出来事は全く持って想像の、予想の範囲外だった。ワイヴァーン24号機の後部を包み込んでいた装甲板が、一つずつゆっくりと稼働、順繰りにその内側から展開され始めている。そんな展開が都合、30秒程行われた後、彼女の愛して止まない24号機が生まれたままの姿で――厳密に言えば節々は改造されていたけれど――姿を現したのである。
「ありゃまー」
 と、どこか拍子抜けしたフローラが呟いている内に、降着脚の展開されている24号機が、床面にゆっくりと降ろされた。
「まあ、こうしていつだって分離することができる仕様にした。緊急時には、爆砕火薬を使って強制的にベイルアウトすることもできるから」
 24号機のノーズ部を撫でながら、リンダは言う。
「これ、通常の武装はオッケーなのか?」
 勿論、この感情の昂ぶりを隠しきれていない中でのフローラの言葉はワイヴァーンの火器に関するものだ。
「ああ。従来の装備が可能。ただ、一応ガトリングはゼロ――もとい、『ヴィクトリ』と同口径、同規格のものに換装は行わせていただきました、校長センセー」
 つい先刻、エテルナ政府が公式に発表したばかりの機体名をリンダは使用した。
「まあ、正論ですなドクター」
 コックピット真下に備えられている荷電粒子砲はどうやら据え置きとなってくれているらしく、その点では妙な安心感を覚えたフローラは、言葉を続けた。
「二号機の話はどうなっているんだ? 差し当たって、そっちはヴィクトリに対応しているとかかな?」
 その慧眼に、リンダは口笛を一つ。
「ご明察。まあ、機体の後部構造は実の所、ワイヴもヴィクトリもほとんど変わらなかったし、作業的にはどうってことがなかった。ま、二号機は一号機よりも若干、量産性が高いのも事実。単座にするか、複座にするかもまだ検討中ナノダ――ま、これからよね」
 言外に、「アンタ達の成果次第よ」と含めたリンダ・フュッセルであり、それを読み取れないフローラでもない。
「ヴィクトリとなると、テストパイロットはやっぱりレイコで決まりかな?」
 コックピットに駆け上がりたい衝動はあったものの、キャノピ周りが全てシーリングされている為、我慢。
「だろうね。クリスも乗りたがっている節があったけど、奴には他に仕事が沢山あるし――ナニヨリRLを形にしてもらわないと困るさね」
「いよいよ機動試験だって?」
 あまり正確ではない脳内のスケジュール表を捲り、フローラ。その声は決して、明るくはない。
「あー。スケジュールに関しては『近日中』ってことしかアタシも知らない。その時は教導隊から何人か、引っぱられると思うから人選は進めておいた方が良いだろうね」
 癖のある髪の毛を掻いて、軍医殿はやはり溜息を吐いた。実の所、この一日ほとんど眠っていないのである。
「まあ、ウチのヒヨコ共じゃ手に余りそうね。警察出身者で考えておくことにするよ」
 可愛い教え子達の――中にはフローラより年上の人間もいるのだが――顔を思い出しながら校長は返答する。実際、航宙警察出身者で無い候補生達はその腕前はともかくとして、実搭乗時間が致命的に足りないのが現実なのであった。長時間の搭乗体験、それ自体が相当な財産、自信に繋がることをフローラ・ザクソンが熟知しているのは当たり前の話ではあるが。
「いずれ、クリスやらキリオやらから連絡はあるだろうさ。それまでは、ゆっくり休んでおいでよ。私も、少し眠ることにする――一杯引っ掛けるけど、久し振りに付き合わないか、フローラ?」
 勿論、断るフローラではない。
「いいね。ちょっと良い酒を地上から持ってきているし」
 ヌフフ、と顔を見合わせて笑う二人の才媛、であった。

 工房ブロックを後にする時の二人に、以下のような会話があったかどうかは不明である。
「しっかしコア・ブースターになるとは思わなんだヨ――」
「せめて、GP03って言って欲しいなあ――」


   ・
   ・
   ・

「話には聞いていたが――トホホ」
 ラスティ・ハーヴェイ候補生――めでたく准尉を拝命したところである――は迷っていたのである。文字通り。アテナイ校から専用のシャトル――操縦していたのが校長であったことは大変な驚きだった――で到着して一時間が経過したところであり、指定された食事を機械的に済ませ、これから半日の自由時間が与えられている筈だったのだが。
「B−7ブロックって――」
 未だ、携帯端末が支給されておらず、紙の艦内地図はなんとも心許ない。食事が終わった後、図書室に行ってみたいと言う欲求を抑えきれなかったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。同僚のアーサー・ホルストは「とっとと雑居部屋で寝るべ」と言っていたが、これは見習うべき発言だったと思えてならない。

『そこな准尉、ここから先は艦橋士官しか入れませんよ』

 突然、後背から声を掛けられて正にラスティは飛び上がった。まるで人の気配を感じていなかったこともある。まあ、正確には人ではなかったのだが。
「……失礼しました――道に迷ってしまい」
 振り向きつつ、敬礼を作ったハーヴェイ准尉の目の前には何も無い。存在があったのは、足元の方で。
『この艦内は広いですからね。注意してくださいねー』
 右前足を振りながら、白いペットロボット。
「……どちら様で?」
 敬礼を崩しきれず、ラスティ。こんな子供向け玩具じみたものが軍艦の中に存在するとは意外に過ぎる。
『あ、私はアテネコ・ホワイト。詳細はお伝えできませんが、このフォーチュンのガード・ロボットだと認識して頂いて結構です』
「ご丁寧にどうも――」
 なんと答えて良いのやら。
『どちらに向かおうとなさっていたのですか?』
 小首を傾げる動作まで行いながら、アテネコ・ホワイトと名乗った対象が尋ねてくれる。
「図書室に向かおうかと思っていたのですが……」
 藁にもすがる思いの准尉であった。
『図書室は二つありますが――あなたの権限で入室できるのは――恐らくは第三図書室のことですね』
「多分、そうです」
『しばしお待ちを』
 そう断ってから、本物の猫が毛繕いを行っているのに近いアクションを取っているロボット。実に芸が細かく、ラスティは感心したものだった。
『ええと、そこの角を右に曲がったところのエレベータで行くのが早いです。セッティングはこちらで行いますから、乗り込んで貰えれば自動的に図書室前に到着する筈です』
「ご丁寧にありがとう」
 心から、ラスティは感謝した。
『いえいえ――こっちですニャ』
 深々と一礼した後、悠然と歩き出すアテネコに慌てて着いていく。実際、十メートルと歩くことなく該当のエレベータ前に到着した。
『今、上がってくるところです。もうちょっと待ってて下さい』
 エレベータランプを短い右前足で示しながら、アテネコ。
「いやいや、本当に助かりました――なにぶん、この船には来たばっかりで」
『携帯端末がいずれ支給されることになるかと思います。そうすれば、不便はなくなるでしょう。まあ、それまでは注意して下さいね』
「何からなにまでありがとう」
 准尉は一礼。
『いやいや、これが仕事みたいなものですから、お気になさらないで下さいにゃ』
 そんな遣り取りを行っている内に、エレベータの到着を告げるチャイム音が二回、鳴った。降りる人間が存在する可能性に思い当たり、半歩を引いたラスティはいつでも敬礼が行える様に心構えた。いよいよ、扉が開く。
「承認サインはキリオ、君の方で処理してくれて構わない。それと、教導隊の件に関してはフローラの休息が終了次第、報告させるようにと伝達しておいて」
 足早に降りてきた二人組を目の当たりとして、ラスティは硬直した。なんと、幕僚長とその腹心であるヒムラ一佐がここで登場するとは思いもしなかったのである。
「了解した。差し当たってブリッジで後は話そう――って、どうしたクリス?」
 それまで、書類の内容に没頭していたキリオはラスティの存在に気付かなかったようだ。
「おやおや、これは失礼した――」
 自分の立ち位置がエレベータに乗り込む際の障害となっていたことに思いが及んだヒムラ・キリオは、固い敬礼を作っている准尉に対し、軽い返礼を行いながら謝罪する。

「――そうか、君も選ばれたんだったな」

 クリストファ・アレンのその発言が誰に大して向けられたのか、キリオは元よりラスティにも分からなかった。
「……は、はっ」
 なんと答えるべきか。ラスティはただ、最敬礼を維持したまま立ち尽くす。それに対してクリストファは一つ、笑い声を上げて。
「はははっ――ラスティ・ハーヴェイ准尉。同室のエクレール・フォルティシモをお忘れかい?」
「……は、はっ……って――!?」
 息を呑む准尉。意味が分からない。幕僚長が言っていることと、その屈託のまるで無い笑顔が結びつかない。エクレール、そりゃ奴のことは忘れたことは無いが。
「鈍いな。これでどうかね」
 幕僚長は、その軍帽を外し、ラスティの前に詰め寄った。

「え――」

 分かってしまった。分かってしまった、けど。

「機会があったら、改めて謝罪させてもらうよ、ラスティ。その節は大変に失礼なことをした――今は時間が押しているので、これで失礼するが」
 未だに硬直した敬礼を続けているラスティの右腕を掴んで下ろさせるクリストファであった。
「……あの、その……」
「わはは――まあ、お互いに頑張りましょう、准尉殿」

 だっはっは、と笑いながら立ち去っていく二人組。

 ラスティは、しばらくその場から動くことがどうしても出来なかった。

 エレベータの扉が自動的に閉じてしまって、なお。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第四章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする