その頃、国民の関心のほとんどが新造艦『エターナル・エターナル』へと集中していたこともあり、『フォーチュン』がイザヨイの衛星軌道への移動を開始した、と取り上げたニュース・ソースは非常に少なかった。その中で、紙面を最も費やしたのがデイリー・アルタミラ紙であり、その論調は以下の通りであった。
『エターナル2は確かに、素晴らしい船であろう。取り分け、このエテルナによって建造された最大最強の航宙艦であり、多くの人間が目を奪われるのも必然であると思う。だが、忘れてはならないのがこのエターナルは、『フォーチュン級の二番艦』であるということだ。事実、兵装並びに内部構造、その他のほとんどが一番艦とも呼ぶべきネーム・シップとしての『フォーチュン』に準じたものとなっており、外観だけで判別を下すのは全く困難であると断言できる。だがしかし、そんな戦闘艦を、ややもすると自分達の力だけで建造へと至らせた、とするような風潮には些か、疑問を感じてしまうのは我々だけであろうか。
――中略――
単に、我々が「いたずらな右傾化」に関して警鐘を鳴らしている、と捉えられては困る。だが、自衛隊創設初期にあっては航空自衛隊並びに航宙自衛隊、双方の幕僚長を兼任していたクリストファ・アレン空将のここに来ての事実上の航空自衛隊幕僚長解任劇を目の当たりとしてみると、なんとも微妙なものが感じられてならない。
今正に、我々の敵とは何か、本当に考えるべき段階へと来ているのではないだろうか?』
決して広くはないライト=ブリンガのコックピットの中で、クリストファは発進予定時刻までは時間が余っていることもあり、そんな新聞記事――勿論、紙ではないが――を読み進めていた。これより後に、ライト=ブリンガ単体による大気圏突入、並びに地上機動試験を控えている身であったから、その全身は既に専用のパイロット・スーツに固められている。
「ふむ、相も変わらず、デイリー・アルタミラだけとは哀しいねぇ」
右頬をグローブ越しに掻きながら、クリストファ。
『全く同感。風向きが変わってきたな――お前さんの言う通りだったってワケだ』
同じ新聞を――こちらは紙だ――片手にしているヒムラ・キリオの映像がコックピット・ディスプレイの一部に表示されている。彼は今、工房ブロック管制室の住人だ。
「ジャニスも気の毒な限りだ。何かしら、援護を行ってやりたいと思っているけれどなあ」
端(はた)から見ていれば、つい先日航空自衛隊幕僚長を解任されたクリストファ・アレンの方が余程に悲劇の帝王なのだろうが、当の本人はあくまでもそんな調子であった。そんなにポストが欲しいのならくれてやらぁ――とまでは流石に口にしなかったのだが、とにかくこのアレン将軍はうんざりとしていたのである。デイリー・アルタミラにてマリーカ・フランシスが書いているように、確かにここ最近は自衛隊の幹部をエテルナ出身者で固めようという動きが強まっているのは確かなのだ。ジャニス・シュバリエはそれはそれは頑張ってくれているが、どうしようもない流れ、状況になってきていることは疑いが無い。実の所、自衛隊の体制が整ってきたこともあり、アレン幕僚長を更迭させては、と言う意見までもが出ているそうだし、実際に他の幹部やら政治屋などから臭わされたこともある。
『順調だと思っていたらこんな落とし穴があるとは思わなかったな』
キリオのその発言と自分が考えるところは全く同じと言っていい。そもそも、クリストファは同型艦であるエターナル2の建造には一貫して反対してきたのであった。コストの掛かる大型艦一隻よりも、とにかく数が必要だ、と訴え続けてきていたのだが現実はと言えば、この有様である。挙げ句の果てに、『陸上自衛隊』の新設が議会で提案されるに至っては、激しい胃痛すら自覚したものだった。
「申し訳ないが、来るべき『戦争』に於いては宇宙空間が唯一の、そして最後の防衛戦となる筈である。考え得る限り最悪の――最終防衛線、並びに宙自に対する兵站(へいたん)任務の一翼を担う組織として空自を組織はしたが、以上の理由から地上戦力類の存在理由が、小官には見当たらない。そんなところに回す資金があるのなら、航宙自衛隊の防衛力強化に、より力を注いでもらいたい」
召喚を受け、出頭したエテルナ国会でそう発言したクリストファはしかし、盛大な拍手では迎えられなかった。
「将軍、自衛隊はあなたの玩具ではない。よって、あなたの発言には認められるところが全く存在しない」
陸上自衛隊の設立案を訴えたそんな議員の言葉である。思わず射殺してやろうかと思う程の怒りを覚えたが、銃を携帯していないのは互いに取り、幸いだったのかもしれない。もっとも、そんな老議員の発言は知性の輝きが含まれているものでは全くなかったから、即座に常の冷静さを取り戻すことができたのだが。
『ヒムラ一佐、そろそろお時間です』
過去の回想を泳いでいたクリスの耳にも、その声はスピーカーを通じて届けられた。この度、フォーチュンの副長補佐として配属されたステラ・ハーヴェイ二尉であった。ちなみに今現在、本来の副長であったベアトリイチェ・ノイマンはイザヨイにて新造艦のトライアルに参加しているため、この場には居ない。
『だね』
懐の懐中時計で時間を自らも確認しながら、キリオが新聞を乱雑に畳む。
「ライト=ブリンガ、いつでも出動可能――」
『システム、オール・グリーン』
パイロットであるクリストファ、そしてサポート役であるアテナの声が重なった。
『ムラサメ艦長より、発進許可を預かっております。それと――幸運を祈る、と伝言を』
「了解した――フォーチュン管制、フライトナンバーを送られたし」
ヘルメットのバイザーを下ろし、両の操縦筒へと腕を通すと、背中全体がシートに固定される。続いて、頭上からHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が下ろされ、ヘルメットに密着する。この瞬間、クリストファは幾つにも及ぶ視野の獲得に成功することになった。
『ヤオヨロズより、フライトナンバーが発行されました。FRTN-200000001、確認どうぞ』
心地よく響くシャリーの声に、リズムを取って頷きながらクリストファはパネルを操作。フライトナンバー、確認。
「確認した。パイロット、クリストファ・アレン空将の名を以てFIX01RLの発進許可を求む」
『こちらフォーチュン管制、許可する。以降、スケジュールカウント開始。EOBT、120秒後に設定』
クリストファは、大きく息を吸い込んだ。
単体の大気圏突入、大気圏内機動試験。
幕僚長としてではなく、一人のパイロットとしての自分自身、という感覚はなんとも斬新に感じられる。
ライト=ブリンガの双眸――厳密には三ツ目――に光が灯り、肉体に命が宿る。
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「もしかするとクリストファ・アレンから世間の関心が反れることはこの際、メリットと受け止める方が良いのかも知れませんね」
大統領専用機の主人、ジャニス・シュバリエ・ハッショポピーは香り強いダージリンを含みながら、国防委員長に言ったものだった。
「そうかもしれません――実際、DMが投入される状況になった場合、指揮系統がどうなるのかも判然としていませんし」
同じ紅茶の相伴に預かっているイム・ランザ氏のこの発言には現幕僚長に対する同情が強く内包されてはいる。
「まあ、非公式ではあるけれどヒムラさんを始めとする各幕僚達がバックアップを取ることにはなっているし、考え過ぎかな」
実際、未だに艦艇の数が揃っていない現在にあっては艦隊運動、戦術運用諸々を議論するのは無意味なところである――そう言ったクリストファの言葉を大統領は思い出している。
「一番重要なのは各種艦の連携に尽きる、と専門家の意見も一致しておりますしな」
現在の段階で建造が完了した艦艇の数は六隻にも満たない。急ピッチの作業で数十隻単位が建造の過程にあるが、最終的な目標数字は120である。程遠い、気が遠くなる――とは、誰もが思うところであった。
「まあ、取り敢えず――将軍達のお手並みは完璧なのよね」
苦笑して、カップを戻す大統領。艤装も完了した初期生産型とも言うべき六隻の新型艦は、数日中に工房艦であるフォーチュンと合流し、選抜された乗組員による演習航海が始められることとなっていた。航宙機教導隊の創設より、まだ数週間も経過していない中での演習開始を危惧する声も政府内には少なくなかったが、ここはクリストファ・アレンを筆頭とし、ヒムラ・キリオを中核とした幕僚陣が事前に完璧なスケジュールを組み上げていたこともあり、それ以上の声の増加へ至ることは無かった。
「しかし、ここに来てどうも妙な動きが見えるようなってきましたな」
と、口にした後で慌てて、いや将軍達のことではなくて、と付け加えた国防委員長であった。
「そうね――彼等に対する妙なライバル意識――いや、そんなに綺麗なもんじゃないわね、何と言うか……差別意識が芽生えているのは私にも分かる」
忌々しげに眉間をマッサージしつつ、大統領。
「人が増えた、ということもあるんでしょうな――派閥化は大変に憂慮すべき事態だとは思いますが、しかしこれをどう処理したものか」
髪を毟(むし)り掛けたものの、自分のそれが微妙に薄くなりつつあることを思い出すことができた国防委員長は、その代償行為として手元のレポート用紙を弄んだ。
「まあ、例のドタバタにあっても、当の本人もそれは分かっていたみたいよ。宙空の両自衛隊間に妙なライバル意識の萌芽がなければ言うことは何もねえっす――って言ったわよね、確か」
「――そう記憶しております」
大統領によるクリストファ・アレンの口真似が微妙に巧みだったことに、思わず苦笑してしまうランザ国防委員長であった。
「しっかしまあ、DM――ライト=ブリンガは我々の勝利の女神となってくれるのかなあ――ズゴゴゴゴゴゴッ――キュイーンンンン」
フォーチュン内の有志が巧みに造形したモノを強奪した――もとい、誠意溢れる懇願によって頂戴した――『The RLight=Bringer(1/100)フルスクラッチ・モデル・リミテッド(造形師:ピエトロ・オサナイ)』を持ち上げながら大統領。
「アレに関しては『分からないことだらけ』でありますからなぁ」
イム・ランザもまた、将軍ことクリストファ・アレンの言葉を思い出し掛けながら答えたものだった。あの日――初めてデウス・エクス・マキナ、ライト=ブリンガの存在を知った自分達は、充分な驚愕と戦慄に足る機体性能と破壊力を目の当たりとすることにもなったのだった。だが、時の経過と共にそんな畏怖の念は頼もしさへと変化するのは、また必然であったのだろう。
「これがあれば、百人力ぢゃない!」
これが当時、演技含みで行われた大統領発言であったが、続くクリストファ・アレンやヒムラ・キリオ、その他の反応はと言えば、これが大変に暗いものだったのである。
「あー、えーとですな。何から説明したものやら――」
回答に困窮しているクリストファを押しのけるようにして、代弁したのはヒムラだった。
「これは、我々が建造したものではありません。そして、各部構造の多くは解明に至っておりますが、内部構造――この場合は文字通りの頭脳ですが――に関しては全く何も分かっていないのが現実です。そして、やっぱり謎なのが、これに乗れるのはコイツだけなんす」
クリストファの軍服首元を実際に掴み、大統領の前に押し出すようにしてヒムラ・キリオ。ネコさながらの扱いを受けたクリストファは、「にゃーん」と言ったか言わなかったか。
「ごめん、今……凄いこと言ったわよね……」
そんな大統領の顔からは、既に笑みが消失していた。勿論、大統領だけではなかったが。
「ええ、凄いこと言っちゃいました。ぶっちゃけ、こっちはこっちで笑いたい気持ちで一杯なんですわ、これが――」
どぅわはははははは、とクリスとキリオが同時に笑う。勿論、二人だけ。
「じゃあ、これは一体全体、誰が造ったのです!?」
笑いがエスカレートして、ヒイヒイ笑っている二人に対し、いい加減に苛立ちを覚え掛ける大統領。つうか、自分を前にしてこれだけ剛胆なのも大したことだと思う。
「それもまた良くわらかねえんですよ――どうも、僕の所属していた会社の大先輩みたいなんですが……ドゥフフフフフ」
そんなキリオの発言を肯定するために、うんうんと隣で頷きを加えているクリストファは、流石に笑い声は止めている。
「後で幾らでもデータは提供しますよ。勿論、隠していることなんて何もありません。と言うか、本当に……こっちも何も分からない。教えて欲しいぐらいなんです」
実際、笑うしかないのだ、とばかりに目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭ってキリオが言う。
「いや、あなた達がこの期に及んで隠し事をするだなんて思ってもみませんけど」
偽らざる、全くの本心だ。
「ええ……まあ……いずれにせよ、素性の知れない――って言い方は悪いですが――戦闘兵器を戦力として過信するのは適切では無い、と思うんです」
クリストファは、全く真顔で腕を組みながら。
「勿論、これからも可能な限りの研究は続けていきたいと思いますし、また今までの研究で得られたものも決して少なくはありません。いずれにせよ、これはあくまでもアペンディクス――オマケ、余録みたいなもんですから」
大人しくはしているが、恐らくアテナは静かに心傷付いているかもしれないな、等と考えたクリスであった。
「後で資料に目を通させて頂きます――」
大統領は、辛うじてそれだけを口にする。人型の戦闘兵器がどれだけナンセンスなものなのか、当然分かってはいるつもりだったが、今こうして膝を折っている対象を目の当たりとすると、その辺の常識論は軽く打ち砕かれてしまう気がしてならなかった。言うなれば、説得力がそのまま、具現化しているかのような。
「現実として、これがここに在るんだよな――」
そんなクリストファ・アレンの最後の呟きは、大統領の耳からしばらく離れることがなかった。
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「RL01、イージスの装備を確認――機体連動、問題なし」
管制卓に置かれているマイクを直接保持し、身を乗り出すようにして各種ディスプレイをチェックしながら、ヒムラ・キリオが言う。既に整備台を後にしているライト=ブリンガがゆっくりと、壁に固定されているレーヴァティンの銃把を握り込む。
「レヴァティン確認。各シグナル相互リンク、問題なし」
管制室正面の一際に大型のディスプレイ内では、刻々と変わる機体各部の状況が数値化され、並行してグラフィック処理までもが施されている。これは、全貌が未だに見えないRLの情報を少しでも収集しようと、ヒムラ・キリオが開発したプログラムであり、機体に掛かる負荷、或いは展開される重力場その他の詳細な情報を一元管理することを可能とするものであった。今回の場合はRL本体、そして随伴する数機の観測航宙機から送られる情報の全てがここでまとめられることとなっており、教導隊『サイレント・イーグル』から選抜された三名が、このフォーチュンからエテルナ南半球まで観測任務に従事する。
『こちらRL、一切に問題なし。予定通り、発進する――』
簡潔明瞭なクリストファのこの宣言は管制室のみならず、各艦橋にも伝達されている。人員の待避は既に三十分以上も前に完了していることもあり、工房ブロックに新たな警告が流されることもない。盾であるイージスと、火器であるレーヴァティン、そして実剣であるムラサメを二振り、腰に装着した文字通りの完全装備となったRLがゆっくりとエアロックへ歩み寄る。その姿を高みより眺めていると、ヨーロッパ中世時代の宮殿騎士に見えて仕方のないキリオではあった。いや、ある意味では戦女神アテナそのものなのかもしれないが。
「クリス、俺はこっからサポートするからよ。ま、ホドホドに頑張れよな」
発信先がRLに限定されていることを確認し、キリオの通信。
『心得た、キリオ。後は宜しく頼みます』
その場で軽く振り返り、管制室に向けてRLの右カメラアイを数秒、消灯させながらのクリストファからの返答だった。おそらく、ウィンクのつもり。
『さあて、ライト=ブリンガ出るぞ!』
左肩に小さく『光』と漢字で刻まれ、鳳凰を意匠としたクリストファ個人のパーソナル・マークが包み込むように配置。そして、今やRLを構成する上でもっとも巨大なパーツとなっているイージスの盾の表面にはEFSF、エテルナ自衛隊を示す略称と、隊旗である『翼を広げた雷鳥』が強調されている。いずれ、更なるカスタマイズが施されることとなるだろうが、差し当たって現時点で施されたプリントはこれだけであった。
いよいよRLが、その純白を漆黒の宇宙空間へと投じる。
2664年01月01日
第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - VIII
「先生、行っちゃうのイヤだあっ――」
一人の女子生徒が、その胸元で泣きじゃくる。
「――ごめんね、でもあなた達に素晴らしい未来を残してあげたいから」
更に続く数人が、堪えきれずに殺到してきたので、エテルナ自衛隊は礼服を着込んでいるマキーナ・ローゼンベルク先生――今は一等宙士――は、その場で押し倒されそうになるのに対し、相当に踏ん張らなければならなかった。
「先生、ドジで要領悪いから、きっと酷い目に遭っちゃうよう――うええええん」
悪意はないのだろうが、とんでもなく失礼なことを行ってくれる男子生徒の顔はやはり、涙と鼻水に制圧されていた。
「大丈夫、先生の仕事は怪我した人を治療することなんだから」
実の所、それだけでは勿論無いのだが、ここで説明する必要は無い。
「でもでもぉ」
「平気平気――あなた達がジュニア・ハイスクールに入るまでに先生、きっと戻ってこられるから。ちゃんと、勉強するのよ――」
アテナイ校での研修を全て修了し、最後に与えられたエテルナ本星での三日間の有給休暇。今日はその二日目であり、マキーナはかつての職場であるリバティ学園へ最後の挨拶に訪れているのである。しかし、こうして泣きじゃくる教え子達に囲まれていると、決意が鈍くなっていくのが分かる。ただならぬ覚悟で自衛隊に志願したつもりだったのだが、この場所に戻ってみれば自分が「教師」であることを嫌でも思い出されるからだろうか。
「休みが貰えたら、ちょくちょく戻ってくるからね」
勿論、保障なんてありはしない。本星へ帰還させてもらえるような休暇が簡単に降りるとは思えない。
「みんな、ごめんね――でも、最後はみんなの笑顔で送って欲しいな」
ローゼンベルク先生のこの注文は無茶なものだったかもしれない。五、六人の教え子達を大きく抱き締めたそんな先生の目にも、何かしら光るものがあったのだから。
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「うう、寒ぅ――」
その巨体を、それでも小さく竦めて呟いたのはリョウ・ターミナであった。気温が極端に低いと言うわけでもないのだが、何しろ風が強い。
「仕方ないわね、人っ子一人いない場所なんて、ここぐらいしかないし」
仮設された本部と言えば聞こえは良いが、その実情と言えば野営テントの集合体でしかない。自前の拳銃にマガジン(弾倉)を装填しながら答えたマリーベル・リンスもリョウと同じく、迷彩服に身を包んでいる。
「――早く降りてきてくれないモノかなあ」
サングラス越しに碧色の天空を見上げ、リョウ。数機の航空機の航跡が見えるが、これは勿論航空自衛隊のものだ。一際に大きな機影は、電子戦機として改修を受けた民間の航空機であり、その中にはリョウの朋友が数名、詰めているはずだった。情報収集、並びにライト=ブリンガの各管制のほとんどは空から行われることになっているのである。
「既にフォーチュンを離艦したそうだし、あと二十分というところみたいだけど」
詳細を確認するため、テント内へ向かう素振りを見せてマリベルは、続けて笑う。
「中に入っていたら? かなり違うよ」
ガタガタと震えているリョウに対するものだったが、そんな彼の返答もまた予測できているものではあった。
「その気にはなれないね――ま、ガクガク震えているのも仕事の内さ」
エテルナは南半球、ほとんど人跡未踏の――と言うより、人間の立ち入りが厳しく制限されている――この丘陵地帯、その名もオデュッセウスは、ライト=ブリンガの地上試験が行われる場所である。投入される人員、機材の数は相当なものに上っており、航空自衛隊は勿論、いずれ陸上自衛隊と名称が変わるのであろう警察予備隊までもが参加を果たすこととなっている。だが、勿論その中枢に存在するのは航宙自衛隊の首脳陣であり、航空自衛隊などは事実上の『ガードマン』としての機能しか期待されていないことに関し、新幕僚長であるヨゼフ・ピッター空将補が不満を漏らしたものだったが、これは航宙自衛隊側が殊更な妨害を行ったわけではなく、政府首脳による決定事項であったこともあり、空将補個人として不満以上のものとはなり得なかったのである。
「全て順調、予定通りね――はい」
そう言ってテントから戻ってきたマリベルが紙コップを差し出してくれる。中身はコーヒーのようだ。
「ありがとう」
全くありがたいホット・コーヒーを受け取りながら、リョウなどは考えてしまうことがある。多くの仲間と同じく、エテルナ自衛隊という組織に組み込まれ、結果的に技術二尉という階級を頂いている彼であるが、フォーチュン内憲兵隊の作戦行動に随伴することが多くなっている今日この頃なのだった。勿論、そんな憲兵隊の隊長は今、隣でコーヒーに息を吹きかけているマリーベル・リンス一佐であり、実際にその片腕としての活躍、協力は出来ている等と自分で思ってしまうのは、これは果たして増長と表現するべきなのだろうか。憲兵隊に人が足りないのも、事実と言えば事実ではあるのだが、これは実際のところ、憲兵隊に限った話ではなくて、二足三足の草鞋(わらじ)を履いている人間は多い。そもそも、ラスボスであるクリストファ・アレンにしても、一体どれだけの役割を単身で担っていることか。航宙自衛隊幕僚長が――これは事実上、防衛庁長官と兼任されている――一つ。第一宇宙軍艦隊総司令官、フォーチュン終身名誉艦長これで三つ。そして、公には出来ないが前代未聞の人型機動兵器、デウス・エクス・マキナのパイロットとして。それに比べれば自分の立場なんて楽なモンだ。
『まあ、実際に格闘やら射撃訓練やらはリーヌ中にクリストファやフローラさんに仕込まれたしなぁ』
と、これは全くの事実でもあった。特に格闘戦技においては、数回に一度はクリストファから一本を取れるほどまでに上達し、それなりの自信を持つに至っているのも事実であり、そして何よりもマリベルに大して少なからず思うところのある自分としては、これは決して不幸なことではないのだけれど。
「大統領専用ジャイロも既に到着しているみたい。あとは、本日の主役を待つだけね」
紙コップを大事そうに抱えて、マリベルの碧眼が空を見上げる。全く、見事な晴天としか言い様がない。
「そっか――まあ、良い天気で何よりだ」
二人を隔てる階級の差は大きい。何せ、一回りも違うのだ。けれど、二人だけの時には敬語口調は介在していないし、そもそもそんな状況はマリベルから求められたものであった。実は、これはかなりの特権と呼べるものであるのだが――そう言った方面に鈍く、そして優柔不断をモットーとしているリョウ・ターミナはまだ、気付いていない。
しかし一方のマリーベルもマリーベルで複雑なのだ。この時も、『任務が終わったらヨコハマに映画でも観にいきましょうか』の一言が、どうしても絞れなかったのだから……。
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その頃、ライト=ブリンガは名前に違うところの無い光を全身にまといながら、漆黒の宇宙空間を突き進んでいた。随伴する教導隊の三機に速度は合わされているのだが、RLにとってはこれは『第一次巡航速度』でしかない。教導隊所属を示すペイントの施された三機のヴィクトリにとっては『最高戦速』に近い速度なのだが。
「やっぱり盾、微妙に重くね?」
SAMOSと言う特殊な操縦系に文字通り身を包まれた中、クリストファは発言。
『許容範囲内かと思いますが、気になりますか?』
盾であるイージスの現状データを表示させつつ、返答が行われたがこれは勿論、アテナのものだ。
「なんだか微妙に引っ張られている気がするんだけど、それは気のせいかな?」
実際に機体各部状況を自分で開き、クリストファ。どうも、進行軸に干渉を行っている何らかの圧力があるのではないか、と体感がある。口にしながらもしかし、気のせいとは思えないのは往年の『白の戦慄』であればこそ、であろうか。
『確認しました。ロードの慧眼には驚嘆の念を強く覚えます』
「回りくどいな、結論から言ってくれ」
言葉は厳しいが、これは半分笑いながらのものだった。
『私の方で、制振力を機体全体に加えておりました――ご報告が遅れ、申し訳も』
なるほど、どうやら乗り手であるクリスの負担を減らそうと、アテナはその機体に右舷掛かる慣性を相殺してくれていたらしい。左腕に巻き付き、食い込んでいるレーヴァティンの重量と、右腕がしっかりとホールドしているイージスの盾のそれは全く異なっていることもある。
「いや、そう言うことだったら良いんだ――ただ、どれぐらいのズレが出るのか、体感で知りたいし、経験しておきたい――関連するオート機構のシャットダウンを要請する」
目の片隅に展開されていたパネル表示の全てを閉じ、クリストファは自らの肉体に一層の緊張感を滾(たぎ)らせる。
『了解です――カウント5で実行』
あっという間に五秒が経過して、確かに機体が右舷に引っ張られるのをクリストファはいよいよ実感した。表示されている想定進行軸を緩やかに逸脱していく勢いであった。
「やっぱ結構、重いんだ――一考の価値があるかもしれないな」
腰の捻りと、そして左腕のレヴァティンを軽く前方に突き出すことで針路を修正しつつ、パイロット。
『レーヴァティンの重量を増やすか、或いはイージスの軽量化を行うかでまた、変わっては来ると思われますが』
ふむ、とクリストファは頷いた。
「どっちもエレガントじゃねえな――制振システムに僕が順応するのが一番の近道早道なんじゃなかろうか」
『まあ、大袈裟なオートというワケでもないので、確かにそれが一番早いかとは思われますが』
「了解だ。まあ、馴れることにしておこう――さておいて」
左手の操縦レバーを操作して、言葉に依らずアテナに『自動航行』の命令を加え、スーツ首元の通話スイッチを捻った。
「こちら、RLはクリストファ・アレン。教導隊の三機、ご苦労であった。以降は単独による大気圏突入を実行するので、速やかにフォーチュンに帰艦せよ――ご苦労さん」
数瞬のタイムラグを経て、若干のノイズ含みの声が帰ってくる。
『こちらイーグル1、ゾーン二佐、了解――フォーチュンへの帰艦を実行します――健闘を祈る、オーヴァ』
「アイヨー」
後に続いていた三機が実際にターンするのをレーダー、望遠の両方で確認。オートマニューバをここで解除する。機体機動に関する全権を再獲得したクリストファは、サブモニタの一つの展開を実行したが、これは自動的に左目視界隅に広げられることになった。最初は長時間も受けていれば気持ち悪くなることも多かった網膜投射であったが、今では不快感を感じることも無くなった。むしろ、身一つで艦内を歩いている時など、物足りなく思うことすら。
『フェーズ4実行まで、あと180秒――』
今、ライト=ブリンガは既にエテルナ本星の衛星軌道を突破しつつある。
「フィールド全般、確認ヨロシク」
刻々と変化を続ける距離計、高度計の数字を適当に確認しながら、クリス。
『了解――実行――異常なし』
いよいよ、大気圏突入だ。クリストファは、唇を舐めた。
・
・
・
「艦長、夜食の準備が整いましたっ」
第二艦橋、艦長席上のソフィ・ムラサメは、そんな声にゆっくりと振り向いた。
「……ありがとう、すぐに向かうわ」
堅苦しい敬礼を続けているそんな対象は見れば、まだ少年の面影が色濃く残る少年――階級は二等宙士――だったことがソフィを少しだけ驚かせた。
「艦長、降りられます」
敬礼を崩して、胸元のインカムにそんな報告を行う。恐らく、彼女以外の全員は既に士官食堂に揃っているのであろう。そんな食堂に控える給仕役に対して向けられた通信であることは明白だった。
「ご案内します」
案内役など、全く不要なのであるが、これも艦長という立場上仕方無し、と言うところである。
「ステラ、じゃあお先に――まあ、のんびりしていて頂戴」
副長席のステラ・ハーヴェイが敬礼を作ろうとするのを止めつつ、ムラサメ艦長。
「お願いするわ」
勿論、これは案内役の二等宙士に向けられたものだった。
「はっ――」
どうみても十代にしか過ぎない案内役の彼の目に見える緊張、堅さに微笑ましいものを感じながら、ソフィは艦橋を後にするのだった。
・
・
・
士官食堂には、艦橋士官である六名が既に揃っていた。リーヌ航海時代からの懐かしい顔ぶれもそうだが、ここエテルナに到着してから加わった面子の存在もある。
「お待たせ」
そう言って、上座へとソフィ・ムラサメが座り込む。今日のメニューはどうやら『きつねうどん』であるらしい。艦長が、もたつくこともなく早く来られたことにこの場の多くが安心しているのではないだろうか。伸びきってしまった麺類ほど、寂しい食べ物はないのだから。
「いただきましょう」
そう言って、ソフィが箸を手に取って始めて、全員が箸を取ることになる。正直、ここまでする必要も無いと思っているのだが、もはや自由で放埒(ほうらつ)だったリーヌ航海とは違うのが現実だ。しばらくは誰も彼も無言でうどんを啜る。
「うどんって無口になっていけませんね」
自分が無言でいるのが、ややもすると雑談などの発生を阻害してしまっているのではないか、と思い至ったソフィは笑みを浮かべながら、そんなことを口にした。
「まあ、汁物ですからね――しかし美味いです」
ほんの数日前にこのフォーチュンに配属されたばかりのロベルト・ギルダー三尉が笑い声で続く。
「ここの食事に馴れていると他の艦に赴くのが億劫になっていけませんな」
こちらもやはり、同じ日に配属を受けたダイチ・キートン二佐であった。ギルダー三尉は機関長補佐として、そしてキートン二佐は教導隊の首席教官としてフローラ・ザクソンにスカウトされてきた人物であり、近日中の昇進が内定されている。
「あ、それはウチのコックが聞けば喜ぶと思いますよ」
油揚げを口に運びつつ、艦長は言った。
「この前、どこだったか――新型艦で出された昼飯が酷いもんでしたしな」
七味が盛大に振られた汁を一つ啜り、キートンは大袈裟に笑って見せた。
「あらあら――腕の良いコックがいないと悲惨なことになるわね」
簡単なようで、しかしこれは切実な問題である。現在、このフォーチュンではマノア・ルヴァトワを筆頭に十名のコックが全乗組員の食卓を支えている。勿論、自動調理器が活躍する場面がほとんどなのであるが、それでも操作する人間の料理技量の影響は小さなものではなかったし、日々のメニュー、レパートリー、栄養バランス等を機械任せにするのも得策とは言えないのが現実である。大袈裟な話だが、食事というものは士気に影響するものなのだ。
「はい、食材は同じものだと思うんですけどねえ――まあ、個性だと思えばそれはそれでアリなのかもしれんですが」
そう言ってキートンは、きつねうどんの残り汁を一気に平らげるのだった。
「最近、何か艦内で変わったことはありましたか?」
七味を追加して、ソフィは士官食堂を見渡した。ちょうど真向かいに座っていたナナ・マネーシー通信士長補佐が、その顔を翳らせたのを見逃す艦長ではなかった。
「マネーシー三尉、何かあるの? 遠慮はいらないから発言なさい」
勿論、二人だけの時にこんな畏まった遣り取りをするソフィとナナではないのだが、今は軍務中であったし、人目もある。
「急に人が増えたということもあるのでしょうが……」
麺を持ち上げた状態で、ナナは言葉を止めた。続きを無言で促す艦長。
「どうも、乗組員同士のトラブルが多くなってきているような気がします」
そんなナナの言葉に、ギルダーも続いた。
「それは同感ですなぁ――まあ、トラブル未満で済んでいるからマシというべきなんでしょうかねえ」
「まあ、そんなに?」
ソフィは食事を中断して、その身を乗り出す。これは座視できない問題だ。
「なんだか、ピリピリしているというか……んー、派閥意識?」
ナナは既に丼を空にしたのか、お茶を含んだりしている。
「自分が知っているのは、警察上がりの連中と整備班の衝突ぐらいですが」
飄々と言ってのけたギルダーであるが、そんな彼自身もまた警察出身者である。
「あらら、幕僚長が粛正したのも確かそうでしたわね……」
失われつつある食欲をどうにかそれでも鼓舞しながら、ソフィは最後のうどんに取り掛かる。正直、夜食が必要なほど空腹だったわけでもないのだが、マノアやその他の厨房組――古い言葉で言うと『烹炊係(ほうすいがかり)』とでもなるのか――に対して、中身の残った丼を戻すことが出来ないという義務感がソフィに箸を運ばせる。
「報告は受けていないのだが、退っ引きならない事態であると言う事か?」
丼を空としたソフィのその声は、完全に艦長のそれとなっていた。
「……中間管理の段階で揉み消している状態も少なからずはあるのでしょうがなぁ」
これは、キートンの発言だった。だが、その口調は相当に苦々しい。
「無視できない問題だ――マネーシー、そしてキートンの両名は書面にまとめて後刻、私に提出してもらいます。その他も、何かあったら遠慮無く提出を行ってください。構いませんね?」
給仕役の二等宙士が、食後の緑茶を差し出してくれたことには黙礼を返しながら、ソフィ・ムラサメは力強く言った。
「いやはや、正直、上申を行おうかと迷っていたところであります――マネーシー、助かった」
キートンはそう笑う。マネーシーも、小さな両肩を竦めつつ笑顔を見せている。
「いやいや――こういった会話の場は必要だ。雑談はするものですね――」
最後の茶を飲み干して、ソフィは立ち上がった。勿論、全員が丼を空にしていることを確認してからのことであった。
「各員、上申を妨げる何物もこの艦には存在しない。積極的なそれを、切に要請する。命令ではなくて――要請である。この意味、分かるな?」
ソフィ・ムラサメの起立に続き、全員が直立している中での発言だった。
「「「「「「はっ!!!!」」」」」」
「よおし、諸君等の奮励にこれからも期待するぞ――解散ッ! 各自、持ち場へ戻れ!」
実際、酒席の一つも設けたいのが本音ではあったのだが、それは後日のこととしてもらおう。差し当たって、ソフィ・ムラサメ艦長はこの夜、枕を高くして眠ることはできないのだから。
一人の女子生徒が、その胸元で泣きじゃくる。
「――ごめんね、でもあなた達に素晴らしい未来を残してあげたいから」
更に続く数人が、堪えきれずに殺到してきたので、エテルナ自衛隊は礼服を着込んでいるマキーナ・ローゼンベルク先生――今は一等宙士――は、その場で押し倒されそうになるのに対し、相当に踏ん張らなければならなかった。
「先生、ドジで要領悪いから、きっと酷い目に遭っちゃうよう――うええええん」
悪意はないのだろうが、とんでもなく失礼なことを行ってくれる男子生徒の顔はやはり、涙と鼻水に制圧されていた。
「大丈夫、先生の仕事は怪我した人を治療することなんだから」
実の所、それだけでは勿論無いのだが、ここで説明する必要は無い。
「でもでもぉ」
「平気平気――あなた達がジュニア・ハイスクールに入るまでに先生、きっと戻ってこられるから。ちゃんと、勉強するのよ――」
アテナイ校での研修を全て修了し、最後に与えられたエテルナ本星での三日間の有給休暇。今日はその二日目であり、マキーナはかつての職場であるリバティ学園へ最後の挨拶に訪れているのである。しかし、こうして泣きじゃくる教え子達に囲まれていると、決意が鈍くなっていくのが分かる。ただならぬ覚悟で自衛隊に志願したつもりだったのだが、この場所に戻ってみれば自分が「教師」であることを嫌でも思い出されるからだろうか。
「休みが貰えたら、ちょくちょく戻ってくるからね」
勿論、保障なんてありはしない。本星へ帰還させてもらえるような休暇が簡単に降りるとは思えない。
「みんな、ごめんね――でも、最後はみんなの笑顔で送って欲しいな」
ローゼンベルク先生のこの注文は無茶なものだったかもしれない。五、六人の教え子達を大きく抱き締めたそんな先生の目にも、何かしら光るものがあったのだから。
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「うう、寒ぅ――」
その巨体を、それでも小さく竦めて呟いたのはリョウ・ターミナであった。気温が極端に低いと言うわけでもないのだが、何しろ風が強い。
「仕方ないわね、人っ子一人いない場所なんて、ここぐらいしかないし」
仮設された本部と言えば聞こえは良いが、その実情と言えば野営テントの集合体でしかない。自前の拳銃にマガジン(弾倉)を装填しながら答えたマリーベル・リンスもリョウと同じく、迷彩服に身を包んでいる。
「――早く降りてきてくれないモノかなあ」
サングラス越しに碧色の天空を見上げ、リョウ。数機の航空機の航跡が見えるが、これは勿論航空自衛隊のものだ。一際に大きな機影は、電子戦機として改修を受けた民間の航空機であり、その中にはリョウの朋友が数名、詰めているはずだった。情報収集、並びにライト=ブリンガの各管制のほとんどは空から行われることになっているのである。
「既にフォーチュンを離艦したそうだし、あと二十分というところみたいだけど」
詳細を確認するため、テント内へ向かう素振りを見せてマリベルは、続けて笑う。
「中に入っていたら? かなり違うよ」
ガタガタと震えているリョウに対するものだったが、そんな彼の返答もまた予測できているものではあった。
「その気にはなれないね――ま、ガクガク震えているのも仕事の内さ」
エテルナは南半球、ほとんど人跡未踏の――と言うより、人間の立ち入りが厳しく制限されている――この丘陵地帯、その名もオデュッセウスは、ライト=ブリンガの地上試験が行われる場所である。投入される人員、機材の数は相当なものに上っており、航空自衛隊は勿論、いずれ陸上自衛隊と名称が変わるのであろう警察予備隊までもが参加を果たすこととなっている。だが、勿論その中枢に存在するのは航宙自衛隊の首脳陣であり、航空自衛隊などは事実上の『ガードマン』としての機能しか期待されていないことに関し、新幕僚長であるヨゼフ・ピッター空将補が不満を漏らしたものだったが、これは航宙自衛隊側が殊更な妨害を行ったわけではなく、政府首脳による決定事項であったこともあり、空将補個人として不満以上のものとはなり得なかったのである。
「全て順調、予定通りね――はい」
そう言ってテントから戻ってきたマリベルが紙コップを差し出してくれる。中身はコーヒーのようだ。
「ありがとう」
全くありがたいホット・コーヒーを受け取りながら、リョウなどは考えてしまうことがある。多くの仲間と同じく、エテルナ自衛隊という組織に組み込まれ、結果的に技術二尉という階級を頂いている彼であるが、フォーチュン内憲兵隊の作戦行動に随伴することが多くなっている今日この頃なのだった。勿論、そんな憲兵隊の隊長は今、隣でコーヒーに息を吹きかけているマリーベル・リンス一佐であり、実際にその片腕としての活躍、協力は出来ている等と自分で思ってしまうのは、これは果たして増長と表現するべきなのだろうか。憲兵隊に人が足りないのも、事実と言えば事実ではあるのだが、これは実際のところ、憲兵隊に限った話ではなくて、二足三足の草鞋(わらじ)を履いている人間は多い。そもそも、ラスボスであるクリストファ・アレンにしても、一体どれだけの役割を単身で担っていることか。航宙自衛隊幕僚長が――これは事実上、防衛庁長官と兼任されている――一つ。第一宇宙軍艦隊総司令官、フォーチュン終身名誉艦長これで三つ。そして、公には出来ないが前代未聞の人型機動兵器、デウス・エクス・マキナのパイロットとして。それに比べれば自分の立場なんて楽なモンだ。
『まあ、実際に格闘やら射撃訓練やらはリーヌ中にクリストファやフローラさんに仕込まれたしなぁ』
と、これは全くの事実でもあった。特に格闘戦技においては、数回に一度はクリストファから一本を取れるほどまでに上達し、それなりの自信を持つに至っているのも事実であり、そして何よりもマリベルに大して少なからず思うところのある自分としては、これは決して不幸なことではないのだけれど。
「大統領専用ジャイロも既に到着しているみたい。あとは、本日の主役を待つだけね」
紙コップを大事そうに抱えて、マリベルの碧眼が空を見上げる。全く、見事な晴天としか言い様がない。
「そっか――まあ、良い天気で何よりだ」
二人を隔てる階級の差は大きい。何せ、一回りも違うのだ。けれど、二人だけの時には敬語口調は介在していないし、そもそもそんな状況はマリベルから求められたものであった。実は、これはかなりの特権と呼べるものであるのだが――そう言った方面に鈍く、そして優柔不断をモットーとしているリョウ・ターミナはまだ、気付いていない。
しかし一方のマリーベルもマリーベルで複雑なのだ。この時も、『任務が終わったらヨコハマに映画でも観にいきましょうか』の一言が、どうしても絞れなかったのだから……。
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その頃、ライト=ブリンガは名前に違うところの無い光を全身にまといながら、漆黒の宇宙空間を突き進んでいた。随伴する教導隊の三機に速度は合わされているのだが、RLにとってはこれは『第一次巡航速度』でしかない。教導隊所属を示すペイントの施された三機のヴィクトリにとっては『最高戦速』に近い速度なのだが。
「やっぱり盾、微妙に重くね?」
SAMOSと言う特殊な操縦系に文字通り身を包まれた中、クリストファは発言。
『許容範囲内かと思いますが、気になりますか?』
盾であるイージスの現状データを表示させつつ、返答が行われたがこれは勿論、アテナのものだ。
「なんだか微妙に引っ張られている気がするんだけど、それは気のせいかな?」
実際に機体各部状況を自分で開き、クリストファ。どうも、進行軸に干渉を行っている何らかの圧力があるのではないか、と体感がある。口にしながらもしかし、気のせいとは思えないのは往年の『白の戦慄』であればこそ、であろうか。
『確認しました。ロードの慧眼には驚嘆の念を強く覚えます』
「回りくどいな、結論から言ってくれ」
言葉は厳しいが、これは半分笑いながらのものだった。
『私の方で、制振力を機体全体に加えておりました――ご報告が遅れ、申し訳も』
なるほど、どうやら乗り手であるクリスの負担を減らそうと、アテナはその機体に右舷掛かる慣性を相殺してくれていたらしい。左腕に巻き付き、食い込んでいるレーヴァティンの重量と、右腕がしっかりとホールドしているイージスの盾のそれは全く異なっていることもある。
「いや、そう言うことだったら良いんだ――ただ、どれぐらいのズレが出るのか、体感で知りたいし、経験しておきたい――関連するオート機構のシャットダウンを要請する」
目の片隅に展開されていたパネル表示の全てを閉じ、クリストファは自らの肉体に一層の緊張感を滾(たぎ)らせる。
『了解です――カウント5で実行』
あっという間に五秒が経過して、確かに機体が右舷に引っ張られるのをクリストファはいよいよ実感した。表示されている想定進行軸を緩やかに逸脱していく勢いであった。
「やっぱ結構、重いんだ――一考の価値があるかもしれないな」
腰の捻りと、そして左腕のレヴァティンを軽く前方に突き出すことで針路を修正しつつ、パイロット。
『レーヴァティンの重量を増やすか、或いはイージスの軽量化を行うかでまた、変わっては来ると思われますが』
ふむ、とクリストファは頷いた。
「どっちもエレガントじゃねえな――制振システムに僕が順応するのが一番の近道早道なんじゃなかろうか」
『まあ、大袈裟なオートというワケでもないので、確かにそれが一番早いかとは思われますが』
「了解だ。まあ、馴れることにしておこう――さておいて」
左手の操縦レバーを操作して、言葉に依らずアテナに『自動航行』の命令を加え、スーツ首元の通話スイッチを捻った。
「こちら、RLはクリストファ・アレン。教導隊の三機、ご苦労であった。以降は単独による大気圏突入を実行するので、速やかにフォーチュンに帰艦せよ――ご苦労さん」
数瞬のタイムラグを経て、若干のノイズ含みの声が帰ってくる。
『こちらイーグル1、ゾーン二佐、了解――フォーチュンへの帰艦を実行します――健闘を祈る、オーヴァ』
「アイヨー」
後に続いていた三機が実際にターンするのをレーダー、望遠の両方で確認。オートマニューバをここで解除する。機体機動に関する全権を再獲得したクリストファは、サブモニタの一つの展開を実行したが、これは自動的に左目視界隅に広げられることになった。最初は長時間も受けていれば気持ち悪くなることも多かった網膜投射であったが、今では不快感を感じることも無くなった。むしろ、身一つで艦内を歩いている時など、物足りなく思うことすら。
『フェーズ4実行まで、あと180秒――』
今、ライト=ブリンガは既にエテルナ本星の衛星軌道を突破しつつある。
「フィールド全般、確認ヨロシク」
刻々と変化を続ける距離計、高度計の数字を適当に確認しながら、クリス。
『了解――実行――異常なし』
いよいよ、大気圏突入だ。クリストファは、唇を舐めた。
・
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「艦長、夜食の準備が整いましたっ」
第二艦橋、艦長席上のソフィ・ムラサメは、そんな声にゆっくりと振り向いた。
「……ありがとう、すぐに向かうわ」
堅苦しい敬礼を続けているそんな対象は見れば、まだ少年の面影が色濃く残る少年――階級は二等宙士――だったことがソフィを少しだけ驚かせた。
「艦長、降りられます」
敬礼を崩して、胸元のインカムにそんな報告を行う。恐らく、彼女以外の全員は既に士官食堂に揃っているのであろう。そんな食堂に控える給仕役に対して向けられた通信であることは明白だった。
「ご案内します」
案内役など、全く不要なのであるが、これも艦長という立場上仕方無し、と言うところである。
「ステラ、じゃあお先に――まあ、のんびりしていて頂戴」
副長席のステラ・ハーヴェイが敬礼を作ろうとするのを止めつつ、ムラサメ艦長。
「お願いするわ」
勿論、これは案内役の二等宙士に向けられたものだった。
「はっ――」
どうみても十代にしか過ぎない案内役の彼の目に見える緊張、堅さに微笑ましいものを感じながら、ソフィは艦橋を後にするのだった。
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士官食堂には、艦橋士官である六名が既に揃っていた。リーヌ航海時代からの懐かしい顔ぶれもそうだが、ここエテルナに到着してから加わった面子の存在もある。
「お待たせ」
そう言って、上座へとソフィ・ムラサメが座り込む。今日のメニューはどうやら『きつねうどん』であるらしい。艦長が、もたつくこともなく早く来られたことにこの場の多くが安心しているのではないだろうか。伸びきってしまった麺類ほど、寂しい食べ物はないのだから。
「いただきましょう」
そう言って、ソフィが箸を手に取って始めて、全員が箸を取ることになる。正直、ここまでする必要も無いと思っているのだが、もはや自由で放埒(ほうらつ)だったリーヌ航海とは違うのが現実だ。しばらくは誰も彼も無言でうどんを啜る。
「うどんって無口になっていけませんね」
自分が無言でいるのが、ややもすると雑談などの発生を阻害してしまっているのではないか、と思い至ったソフィは笑みを浮かべながら、そんなことを口にした。
「まあ、汁物ですからね――しかし美味いです」
ほんの数日前にこのフォーチュンに配属されたばかりのロベルト・ギルダー三尉が笑い声で続く。
「ここの食事に馴れていると他の艦に赴くのが億劫になっていけませんな」
こちらもやはり、同じ日に配属を受けたダイチ・キートン二佐であった。ギルダー三尉は機関長補佐として、そしてキートン二佐は教導隊の首席教官としてフローラ・ザクソンにスカウトされてきた人物であり、近日中の昇進が内定されている。
「あ、それはウチのコックが聞けば喜ぶと思いますよ」
油揚げを口に運びつつ、艦長は言った。
「この前、どこだったか――新型艦で出された昼飯が酷いもんでしたしな」
七味が盛大に振られた汁を一つ啜り、キートンは大袈裟に笑って見せた。
「あらあら――腕の良いコックがいないと悲惨なことになるわね」
簡単なようで、しかしこれは切実な問題である。現在、このフォーチュンではマノア・ルヴァトワを筆頭に十名のコックが全乗組員の食卓を支えている。勿論、自動調理器が活躍する場面がほとんどなのであるが、それでも操作する人間の料理技量の影響は小さなものではなかったし、日々のメニュー、レパートリー、栄養バランス等を機械任せにするのも得策とは言えないのが現実である。大袈裟な話だが、食事というものは士気に影響するものなのだ。
「はい、食材は同じものだと思うんですけどねえ――まあ、個性だと思えばそれはそれでアリなのかもしれんですが」
そう言ってキートンは、きつねうどんの残り汁を一気に平らげるのだった。
「最近、何か艦内で変わったことはありましたか?」
七味を追加して、ソフィは士官食堂を見渡した。ちょうど真向かいに座っていたナナ・マネーシー通信士長補佐が、その顔を翳らせたのを見逃す艦長ではなかった。
「マネーシー三尉、何かあるの? 遠慮はいらないから発言なさい」
勿論、二人だけの時にこんな畏まった遣り取りをするソフィとナナではないのだが、今は軍務中であったし、人目もある。
「急に人が増えたということもあるのでしょうが……」
麺を持ち上げた状態で、ナナは言葉を止めた。続きを無言で促す艦長。
「どうも、乗組員同士のトラブルが多くなってきているような気がします」
そんなナナの言葉に、ギルダーも続いた。
「それは同感ですなぁ――まあ、トラブル未満で済んでいるからマシというべきなんでしょうかねえ」
「まあ、そんなに?」
ソフィは食事を中断して、その身を乗り出す。これは座視できない問題だ。
「なんだか、ピリピリしているというか……んー、派閥意識?」
ナナは既に丼を空にしたのか、お茶を含んだりしている。
「自分が知っているのは、警察上がりの連中と整備班の衝突ぐらいですが」
飄々と言ってのけたギルダーであるが、そんな彼自身もまた警察出身者である。
「あらら、幕僚長が粛正したのも確かそうでしたわね……」
失われつつある食欲をどうにかそれでも鼓舞しながら、ソフィは最後のうどんに取り掛かる。正直、夜食が必要なほど空腹だったわけでもないのだが、マノアやその他の厨房組――古い言葉で言うと『烹炊係(ほうすいがかり)』とでもなるのか――に対して、中身の残った丼を戻すことが出来ないという義務感がソフィに箸を運ばせる。
「報告は受けていないのだが、退っ引きならない事態であると言う事か?」
丼を空としたソフィのその声は、完全に艦長のそれとなっていた。
「……中間管理の段階で揉み消している状態も少なからずはあるのでしょうがなぁ」
これは、キートンの発言だった。だが、その口調は相当に苦々しい。
「無視できない問題だ――マネーシー、そしてキートンの両名は書面にまとめて後刻、私に提出してもらいます。その他も、何かあったら遠慮無く提出を行ってください。構いませんね?」
給仕役の二等宙士が、食後の緑茶を差し出してくれたことには黙礼を返しながら、ソフィ・ムラサメは力強く言った。
「いやはや、正直、上申を行おうかと迷っていたところであります――マネーシー、助かった」
キートンはそう笑う。マネーシーも、小さな両肩を竦めつつ笑顔を見せている。
「いやいや――こういった会話の場は必要だ。雑談はするものですね――」
最後の茶を飲み干して、ソフィは立ち上がった。勿論、全員が丼を空にしていることを確認してからのことであった。
「各員、上申を妨げる何物もこの艦には存在しない。積極的なそれを、切に要請する。命令ではなくて――要請である。この意味、分かるな?」
ソフィ・ムラサメの起立に続き、全員が直立している中での発言だった。
「「「「「「はっ!!!!」」」」」」
「よおし、諸君等の奮励にこれからも期待するぞ――解散ッ! 各自、持ち場へ戻れ!」
実際、酒席の一つも設けたいのが本音ではあったのだが、それは後日のこととしてもらおう。差し当たって、ソフィ・ムラサメ艦長はこの夜、枕を高くして眠ることはできないのだから。

