名前:ヒムラ・キリオ(※姓はヒムラ)
最終職歴:ラリー・インダストリー月面本社技術開発一課主任
自衛官階級:技術上級一佐
『えー、ああ、もう始まっているのか。どうにもこういう場は照れくさいなあ。芸能人じゃないので、至らないところは勘弁してくださいネ』
――子供の頃、何になりたいと思っていましたか?
『……え。そんな質問が初っ端ですか。なんか意外な感じですね』
――私、皆さんの為人(ひととなり)の方に興味があるものですから。
『なるほどね……んーーーーそうねえ、小説とか書いてみたいなあ、とは思っていましたけどねえ。特にそれに向けて勉強したりだとかそういうこともなかったから偉そうなことは言えませんが、ハイ』
――噂によると、日記を兼ねた手記を今現在、この時も鋭意執筆中とのことですが?
『うげ。誰から聞いたんですか――まあ、誰でもいいけど。ま、適当にね、日々思うところを綴っているわけですよ。ただ、それだけ。ぶっちゃけ、文才無いし』
――今のあなた自身を取り巻く状況、どうお考えになっていられますか? 答えにくいのであれば、それはそれで。
『あー、何て言うか。最悪の状況からは程遠いでしょう。って、あまり褒め言葉になっていないかな。まあ、なんだかんだと良いんじゃないの、って思ってますが。最悪、僕等郎党、みな捕縛、ってオチもあったわけだろうし。あっはっは』
――半ば、無謀とも言える反乱劇を行ってここ、エテルナへと亡命してくださった訳ですが。その根底にあったものがあれば、伺いたいと。
『ああ、難しいようでこれは簡単に答えられるなあ。いや、普通に『苛立った』からだよ。ムカついた、と言っても良い。僕自身、可能な範囲内では『イイ男』でいたかったし、実際に実行してきたつもりだったんだ。それが、何かの蓋が外れたっつうか――クリストファ・アレンという男と出会ったことによって朱がより朱に染まったっつうか――いや、クリストファと会ったのはもっと後の話だったがなあ――まあ、とにかく。何を言いたいかというとネ。『そんなことしたくねえ』だの『イヤなものはイヤだ!』と叫びたいお年頃だったんだろうなあ、としか言えない。いやはや、こんな表現力で小説書きになりたかっただなんてオコガマシイにも程があるよねえ、我ながら』
――フォーチュンの副司令官である、ヒムラ・キリオ一佐のお言葉でした。次回は、フォーチュン艦長であるソフィ・ムラサメ上級一佐のお言葉を訪ねたいと思います。時は西暦2809年、マリーカ・フランシスが第二艦隊旗艦フォーチュンのプレスルームより、お送りしています。
◆ ◆ ◆
「マキ、レヴィ、自走担架を用意して。あと、点滴ボトル、忘れちゃあ嫌よ」
束の間の仮眠を強制的に破られたリンダ・フュッセルは、少なくとも表面上は疲労を見せずに命令を行った。
「はい、用意指示入力完了――応急パック並びに点滴用具、万端!」
つい先日、配属されたばかりのマキーナ・ローゼンベルク一等宙士が携帯式の医療端末をその腰元に装着しながら答える。
「じゅ、準備完了でっす」
ローゼンベルク一士に比べると、お世辞にも手際が良いとは言えないものの、卒業ホヤホヤの看護士としてはまずまず、及第点の対応を見せるレベッカ・ターナー一士。後日、中隊単位の医師、そして大隊規模の看護士がこのフォーチュンへと追加配属される予定となっているのだが、現時点では軍医はリンダ・フュッセル一人、そして見習い看護士が彼等を含む四名と言うのが医療編成の全てである。
「まあ、軽症らしいから気軽にな――さあ、行くよっ」
自身も同じ端末を、こちらは白衣のポケットにねじ込むようにして、リンダ・フュッセルが駆け出すのに二人が続く。そんな医務室から命令を受けている自走担架は、既に該当の格納庫控え室で自動的に用意されている筈だった。
「ふん、症状を見ている限りでは単なる風邪だと思うがなぁ」
口にしながらも、配属されたばかりの二人にとっては良い体験となるだろう、とまんざらでも無いリンダではある。フローラと言い、このリンダと言い――全く、なかなかどうして転んでも只では起き上がらない性格と言えるのかもしれない。一人報われることも無く、馬鹿を見ているのは当のアーサー・ホルスト一尉だけなのかもしれない。
「風邪気味のパイロットが演習とは言え――出撃を果たすってのは、こちらからすると穏やかじゃいられませんね」
息を乱すこともなく、リンダの駆け足に続くローゼンベルク一士がそんなことを口にした。柔らかな、そしてたっぷりとした量のアッシュ・ブロンドを、女性看護士だけに支給されるベレー帽へと納められている彼女である。胸元には『M.Rosenbourg』とローマ字を刻まれたプレートが踊っており、看護士を示す白、赤、青と配色された太線がその文字直下に配置されている。当初、床屋さんのシンボルみたい、などと感じたのは彼女本人だけではなかったようだ。アテナイの教官は卒業に際して、そんなストライプの由来が古くは『野戦病院』を示すものであったことを教えてくれたのだった。青は静脈を、赤は動脈そのものを。そして、白は包帯を意味するのだよ、と。個人的に興味が尽きず、その点を後日調べたマキーナは、更なる由来を知ることとなって驚いたものだ。中世ヨーロッパで行われていた『瀉血(しゃけつ)』――つまり、体の血液を抜くことで病状の改善を図る、という今の現代医療からすると全くナンセンスな治療法にそのトリコロール(三色)の原型が見られる、等というエピソードまでがあったのだから。普段、全く関心を持つこともなく触れている品々の全てに由来がある、と当たり前のことを再認識した彼女でもあったし、それはこのフォーチュンへ配属になった際に、より顕著なものとなった。実のところ、軍隊という組織――厳密に言えば自衛隊は軍隊ではないそうだ――ほど旧態依然とした存在はないのだ、と言う結論だ。新たに配属された人間はその階級を問わず、艦長との謁見を――艦長が多忙な場合は副長が代理に当たる場合も多い――行わなくてはならなかったことと、それに付随する儀式的なものがまずはその数例として挙げられるのだろう。なお、この時は偶然スケジュールの空いていたソフィ・ムラサメ艦長との謁見がかなっている彼女でもあった。現段階で唯一の大型巡洋艦フォーチュンの艦長であるムラサメ上級一佐が、物腰の柔らかい中に、強い芯が通された女性であることは聞き及んでいたが、実際にこうして相見(あいまみ)えると、それを否定する材料は全く見当たらなかった。自分よりも大分、その年齢は低い筈であったが、時として人が彼女のことを『女帝』と呼ぶその由来も及ばずながら理解はできる。
「フォーチュン艦長、ムラサメ上級一佐である。歓迎する、ローゼンベルク一士――」
その第一声の後に、咳払いを挟んで続けられた、エテルナ国旗と自衛隊隊旗をその左右に従えた彼女の言葉は既に堅い艦長のものではなかった。
「――本艦には何かと元気の有り余っているクルーが多いので、なかなか忙しい状態になるかと思いますが、宜しくお願いしますね」
緊張していたこともあるのだろうが、気の利いた返しを思いつけなかった自分は果たして、何と答えたのだったか。微力を尽くします――とか、当たり障りのない、つまりは面白味のない返答しか行えなかった筈だ。それでも微笑みを崩すことなく、艦長は形式的な注意点をそれでも柔らかく説明し、
「充分な休息を摂るように――と、これはあなたにとって初めての艦長命令ですね。訓練、その他は艦内時刻の明日正午に改めて通達されることとなりましょう」
と付け加えた。ただただ、敬礼することしか出来ないマキーナはいよいよここで、器の違いを見せ付けられるに至っている。
「頑張ってくださいね――退室してよし」
やはり、最後の言葉だけが艦長としての声色を帯びる。何度目ともつかない敬礼を作り、精神的には逃げ出すようにして艦長室を後にしたローゼンベルク一士なのだった。実はこの二人の初めての邂逅(かいこう)は記念に値するものであったのだが、現時点のこの二人には、それを知る由もなかった。
そして更なる伝統、歴史を感じる切っ掛けとなったのが乗艦して初めての食事がエビフライの乗った大盛りカレーライスであったこと。金曜日のメニューがカレー類と定まっているのは、旧日本海軍の伝統なのだ、と聞いてもいないのに教えてくれたのは偶然同席した見知らぬ――当たり前だが――技術二尉の男性であった。槌(つち)と蚤(のみ)があしらわれた階級章から推察するに、地球出身者であることは伺えたのだが。
「そもそも、パイロットには体調が不調であった際の報告義務があった筈ですよね」
つい数日前の記憶を、実際にその頭を左右に振ることで払うようにして、現在進行形のマキーナが言う。
「全く、その通りだーぜー。意識が回復したら思いっきり説教してやっていいぞ。アタシが許可する!」
未だ、履歴を具(つぶさ)に確認できてはいなかったのだが、このマキーナの過去を知りたい衝動に強く駆られている中で、そう口にしたリンダである。配属された時からして、他の一士とは違う臭いを――陳腐な表現だがそうとしか言えないのだこれが――背負っていた彼女であったことだし。
「しかし、一士である自分が二尉殿に説教を行って問題はないんでしょうか」
苦笑いしているのであろう、そんなマキの表情を想像しながら、リンダはこちらは露骨に笑い声を立てた。
「だはははは――幕僚長だって、アタシには敬語を使う時があるさ。勿論、患者と医師、って関係の時、ぐらいだけどねえ」
今までのやり取りからして、即座に反応が返ってくるかと思ったのだが、何故だかそれが無い。その両脚には継続的にフォーチュン艦内の床を蹴らせながら、リンダは少しだけ振り向いた。ローゼンベルク一士の表情に苦笑いの存在を期待した彼女だったのだが、しかし。
「……」
能面――そう表現するべきなのか。いや、その無表情の仮面に隠された本質、内奥の存在を予感して、リンダは少なからず驚くのだった。理由は彼女にも分からない。彼女、リンダ・フュッセルがその真なる理由を知るのは、まだまだ後の話である。
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「はっはっは――いやいや、少年時代を思い出しますなぁ」
「私もですよ」
「プラモデルにでもして、市場に投入するか。自衛隊の年間予算の半分ぐらいは稼いでくれるかもしれんぞ」
ジャニス・シュバリエはそんな議員達の会話を聞き流していた。そんな彼等が自分に当て付けるのを目的として、会話を行っていることは最初から分かり切っていたこともある。今の彼女は航空自衛隊機の客人となっており、その眼前には特大のスクリーンが設けられている。そんなスクリーンの中心に本日の主役、ライト=ブリンガが固定されているという現実。ようやく落ち着いた砂煙、砂塵の中で各間接、そして特にその両目を輝かせているそんな機体は主砲――この表現が果たして適切なのかは分からない――レーヴァティンを背面のアタッチメントへと装着し、その盾たるイージスをエテルナの大地へと突き立て、実剣であるムラサメをその鞘、石突(いしづき)で大地を突く様にしてその『体』を支えている姿勢。視界が安定した状態で、彼等が始めて確認できた機体状況が、これであった。そんなジャニスは、無論ライト=ブリンガの機体特性を事前に知ってはいたが、そんな機体が演出する『美』に強く魅了されている自分自身を全く否定できないでいる。日本刀を彷彿とさせるそんな実剣を構えた――いや、実際は突き立てているだけのだが、ただならぬ気配、殺気を感じさせるのだこれが――ライト=ブリンガはあまりにも神々しく、気高く映る。しかしながら、同乗している連中はそれに全く気付かないというのか、と思いを至らせるに及び、彼等の目的が端から批判材料を探す点にあるのだ、と言うことを瞬時に再確認することも出来た大統領でもあった。エテルナ自衛隊の年間予算――未だ設立から一年も経過していないのにも関わず『年間予算』とは笑わせる――の5%弱を投入しているプロジェクトの根幹に存在する機体であるライト=ブリンガの力を目の当たりとして見せ付ければ何かとやり易かろう、と思って企画した今回であったが、さてさて、どうなることやら。
「何かお飲み物をお持ちしましょうか」
その後部座席からエマが気遣わしげに言ってきてくれたが、水分補給の必要性を感じない。
「飲み物よりも、おしぼりを一つくれると嬉しいな。熱いのが」
心得ました、と言葉を残してエマが去っていく。実はこの前日、ほとんど眠ることが出来ていない大統領はこの時点で大変に疲労、疲弊していた。画面の中、超然と雄々しく、それでも静かに直立しているライト=ブリンガはそんな自分とは全く対照的な存在に思えてならなかった――のだが、その中に乗っている人間が自分以上に困憊(こんぱい)していることを知っている彼女でもある。
『これが終わったら、クリスにはしばらく休んで貰います。彼をこれ以上苦しめる権利は、誰にだって有りはしない』
直前の衛星通信で、そう言ってきたヒムラ・キリオの微妙な顔は、とても忘れられるものではなかった。そして、最後に彼はこう言ったのだ。
『俺は――いえ、小官は――クリストファを罵る奴らを一切、許せない心境になってきてんすよ』
ささやか過ぎる過去への遡及(そきゅう)を行っているそんな彼女と、同じ場所で。ライト=ブリンガは、ただただ静かに――この場合『直立不動』ということだ――時を待っている。王者の風格を、強く漂わせて。
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「普通に降りただけでこれか――」
複雑な操縦システムにその全身を拘束されている中、クリストファ・アレンは呟くのだった。何しろ、巻き上げられた砂塵によってその視界のほとんどが妨げられてしまっているのである。石灰質が多く含まれた、オデュッセウスの土壌であったこともあり、砂塵とはいえその色は白一色と表現できるほどのものだ。もっとも、これはライト=ブリンガの各所に設定されている外部カメラが取り込んだ映像が、その情報中枢を経由してコックピットのパイロットスーツ、そのヘルメットへと転送され、更にはパイロットの網膜へと直接に投写されているものであり、『実映像』と表するのにはいささか問題があるのかも分からない。対物、重力波レーダー、その他を用いれば周囲環境をより鮮明に把握することはライト=ブリンガにとっては当然、可能なのであったが、差し当たってその必要性をクリストファは感じていない。
『想定通りではありますね』
アテナが、冷静な反応を返してくる。実際、ライト=ブリンガは大気圏内にあっては、ただ存在する『だけ』で、その周囲に少なからぬ影響を及ぼす機体なのである。それをして機体特性とする、機体各部を間接さながらに繋ぎ止める高出力のトラクタ・ビームはその尋常でない高熱を発生させ、真空絶対零度の宇宙空間においては――厳密に言えば宇宙は真空ではないし、絶対零度でも無いのだが――周囲に及ぼす影響などは微々たるものでしかないのだが、不純物の多い有重力下、大気圏内にあっては、周囲環境に少なからぬ影響をもたらすということは事前のシミュレーションでも明らかとなっているところであった。
「取り敢えず、晴天で良かったと言うべきかな」
誰にともなく呟きながら、クリストファは未だ薄まらない砂塵に目を凝らす。
『いずれ、雨天時のデータも収集できましょう』
今に始まったことではなく、先回りするアテナの発言であった。実際に、クリスは降雨と言う状況下で機体に及ぼされる影響を知りたい、とも感じていたからだ。
「だな」
まだ、昼食の用意もしていないのに夕食の心配をする必要はない――何かしらあれば、口癖のようにそう言うヒムラ・キリオの発言をその顔ごと思い返しながら、クリストファは右足を軽く引く。その命令を忠実に受けたライト=ブリンガがやはりその右足の位置を、摺(す)るようにして変える。ゴリゴリ、とエテルナの大地を削る微かな衝撃がコックピットにも伝わってきたが、これは摺り足を行ったので当然のことであった。
『こちらデルタ・ワン』
クローディアの声がヘルメットの中に広がった。
「アイヨ」
軽く答えておいて、ここで機体制御を自律制御へと切り替える。特別な命令が無い限り、ライト=ブリンガは今の状態を変えることはない。
『フォーチュンはヤオヨロズより、試験続行の承認が下りました。以後、予定通りで問題ありません。『世は、事も無し』を地で行っちゃってオッケっす』
無機物の集合体であるヤオヨロズが――言うまでもなく、現在のエテルナにあってはこれは最強のコンピュータである――人間様に許可を下ろしてくれるとはなんとありがたいことだろうか、等とそれこそ埒もないことを考え掛けているクリストファだったが、この考えは言葉として紡がれる、遙かそれ以前の段階で即座に打ち消される結果となった。その発言が許されるとなると、ライト=ブリンガのオペレーションシステムたるアテナだって、相当に『おぞましい』存在であることとなってしまうではないか。
「おう、心得た――ライト=ブリンガ、予定通りの機動を開始する。データ収集、厳に頼むぜ。まあ、気楽に行こうよ」
何だかんだと声の張りに緊張が見えたサカモト・クローディアに対して、思わずそんなサービスを行ってしまった。が、実はそんな自分自身をクリストファは嫌いではない。そして、そんなクローディアが返答に窮している間(ま)の提供を無為に容認するクリストファでもなかった。
「差し当たって、実走破性能だな――さあて、やるぞう」
一人呟いて――と言うより、この通信はオープンにされているものだったので、耳にしている人間は多かった。
『足元、気をつけろよーっ。こっちは、イチイチ気にしていられないからなっ――』
こちらは、外部スピーカーによって発せられたパイロットの肉声であった。距離数十メートル先に、生身の人間が複数存在していることをアテナは元より、クリストファは認識していたのである。それと同時に、平原各所に設置されている赤色灯が強く点灯し、地面を揺るがすほどのサイレンが鳴り響いた。
「あらよっと――」
ライト=ブリンガが、地面に突き立っていたイージスを抜いた。次いで、実剣ムラサメを引き抜き、これは腰元のアタッチメントへ納めた。盾である『イージス』は、由来がギリシャ神話。ムラサメは名を馳せた名剣、妖刀――でもって彼の大切な人間のラスト・ネームでもあるが。そして、ある意味では最強の『剣』であるレーヴァティンは古代北欧神話がその由来であり、巨人の王たる炎の魔神スルトが所有する魔剣のこと。いやはや、無節操は百も承知。いや、逆に俺達らしいんじゃないのか。『おれたち』という言葉を、強く意識するクリストファであった。理由は、本人にもわからない。
透明感のある白銀の装甲にエテルナの碧の空、そしてオデュッセウスの白み掛かる大地がそれぞれ、対照的に映える。
光機、或いは神機と呼ばれることとなる、ライト=ブリンガがその一歩をゆっくりと、しかし力強く踏み出した。
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「始まったかぁ――」
呟いて、キリオは手元のエテルナ・グリーンを一口、含んだ。麦芽とホップだけで仕上げられた本格的なビールは、矢張り良いもんだ。管制卓へ両の足を投げ出し、くわえ煙草でビールを傾けているキリオのそんな姿は、例え観察者が清教徒でなかったにしても、その眉根を聳(そび)やかしてしまうに足るものだったのだろう。
「うふふっ――」
しかし、この時のキリオの耳に飛び込んできたのはそんな含み笑い。声のした側へ目を向けてみれば、管制室入り口にもたれ掛るようにしているドロシーが各種レポート束を胸元に抱え、苦笑いをしているという映像が結ばれた。
「何がおかしいのかね」
無精ヒゲの残る顎を一つ撫でて、キリオは言う。
「いえいえ、今の主任は全然『気楽』に見えませんよね、って。思っているものですから」
キリオは答えない。そして、答えがないのが当然の様にドロシーはレポートの束を卓に落とし、その隣の空席へと座り込む。
「それにしても、『良く』動くもんですねぇ――」
管制室の主モニターの中では、ライト=ブリンガが軽快に走行――この場合は歩行と言うべきかもしれない――していた。こうして見ると、全く人間の動作そのもの。ドロシーにとって、その印象は重装の女騎士としか受け取ることが出来ない。全長20メートル近い巨人がその中に入っているのだ、と言われても信じてしまうかもしれない程に。
「作れ、と言われても同じ『モノ』は造れないな、確かに」
微妙なビール酔いに少なからぬ悔しさを混ぜてキリオは答えた。これは全くの現実であって、キリオ達はライト=ブリンガをゼロの状態から造ることは出来ないのである。近いものは造れるかもしれない――が、同等、更には凌駕するとなるとこれは全くの不可能。
「メンテナ……ファイナルには充分に可能性があると思いますけどねえ――この言い方で気分を害されたのなら、失礼」
全てを見透かしているかのようなドロシー――数日前に、そのラスト・ネームはリーとなっている――リー技術二尉のそんな言葉で気分を害するヒムラ・キリオでは無い。それが褒め言葉であることは、誰よりも本人が知っている。矢張り盛大に自衛隊予算を消費してしまったが、既にそのベースは完成を迎えつつあるし、先日にはコックピット・ブロックのモックアップが、いよいよアテナイへと搬入されている。通常の候補生とは異なるプログラムを受けているミランダ・ルヴァトワが正規パイロットとしての候補一号ではあるが、時間が許せばフローラやアムロにも機会を与えたいとキリオは考えているし、クリストファに関しては何と本人から搭乗希望の意志が直接に伝えられている。確かに、クリストファ・アレンはテストパイロットとしては打って付けに過ぎる人物ではあるが、彼にこれ以上のオーバーワークを強いるのはキリオにとって本意では無いこともあり、少なからずその頭痛、胃痛を与えてくれる要因となっているのが現実だ。差し当たって、リーヌ航海時よりライト=メンテナ、ファイナル・ガーダーの機体コンセプト、並びに各種専用装備の使用法とそれぞれの特性に関しての講義を受けてきているミランダが最適なのだ、等と誤魔化しておいたのだが、クリストファはその辺の事情を読み取っていたのか、ただ一言「そっか」と呟いたきりだった。
「ま、どうにかならなくても――どうにかしなくちゃならんのだよな、実際のところ」
そう呟いて、キリオは二本目のビールを手に取った。目前の画面の中では、ライト=ブリンガが全く人間のそれと等しい動作で、歩行を行っている。ヤオヨロズが人工衛星【マリコ】を経由することで地上からのデータを順調に吸い上げている様子を別画面で確認し、深い溜息を吐いてみる。
キリオは夢想する。
フォーチュンを背負う形で、ファイナルが後衛を固める。その前には、アヴァント・ガーダーとライト=ブリンガが大きく展開し、ファイナルのサポート、バックアップを受けながらその火力を解放する絵を。
2660年01月01日
第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - XII
『プログラム、セカンド・フェーズへ移行。現在、全スケジュールは予定通り――90秒後にフェーズが開始されます』
サカモト・クローディアの柔らかい声をその右鼓膜で受け止め、クリストファはここで大きな深呼吸を行った。緊張していたつもりは無かったのだが、結局はそれが『つもり』、心構えでしか無かったことを思い知らされた五分間でもあった。居住性が悪いことは元より承知していた筈なのだが。
「アテナ、少し暑い。スーツ、並びにコックピットの空調を強めてくれ」
操縦系統の出力が完全にオフとなっている状態であることを確認し、クリスはバイザーを上げてその額を滴る汗を拭う。
『心得ました――どうやら、気密服による空調調節だけでは難があるようですね』
答えてくれるアテナの声は、あくまでも涼しげだ。いや、多分に緊張していることもあるのだろうが、今の自分が異様な汗を掻いていることに今更ながら気付くクリストファ・アレンである。
「かなわんな――首周りは一考の価値があるかもしれないな。汗でべちゃべちゃ。不快極まりないぜ」
バイザーを開き、気密服首元のスイッチを押し込むことで露出した両の袖に備えられている汗拭きを、その額、首元に丹念に当てるようにしてクリストファは言ったのだったが、これはライト=ブリンガのオペレーション・システムであるアテナ様の前にあっては全く無意味な強がりでしかなかった。
『一番の理由はロード――クリストファ、あなた自身にあるのではないかと思えます。心拍数、血圧共に非常に高くなっておりますよ。ファイティング・ハイなんてあなたには似合いませんのに』
「……なんだか、更に『言う』様になったねえ、アテナくん」
よもや、ここまでの反応が返ってくるとは思わなかったクリス。気を悪くする――そんなことは無いのだが、可笑(おか)しさと悔しさがブレンドされた、実に珍妙な心境となってしまっている。
『いえいえ、色々なセンセーにお付きしていましたもので。オーホッホッホッホ』
その笑い方はリンダだな――と口に仕掛けた。これはアテネコと言う媒体を利用して艦内を夜な夜な徘徊(はいかい)することによって得られた、『彼女』なりの学習結果なのだろうけれど。
「まあ、芸の肥やしとなるんだったら良いんじゃないの――ところで、どうだ。何か異常、或いは報告に値する何かは今までにあるかね?」
こちらはコックピットのライフボックスから、レモンの香りが軽く降られている飲料水パックを一口だけ吸って、クリストファ。喉が渇いていることもあり、大変に美味い。
『特にはありませんね。強いて言えば、直接走り回ったものですから、足の裏に傷が付いちゃったかなあ、って感じ? まあ、交換しなくてはならないほどのもんではありませんですが、ハイ』
「……ブランドもののハイヒールが欲しかったら後でキリオに強請(ねだ)っておいてくれ」
バイザーを閉じつつ、そんな軽口を返してしまう。面白いものだよ全く。
『そうですねえ。表面のコーティングは改良の余地があるかも、ですね』
うん、確かにそれぐらいだったら機体重量の大幅な増加にはならないだろうし、オカネも掛からないヨネ――クリスは、しかしそこまで口に出来るほど気楽ではいられなかった。これからなのだ、といつも言っている気がするが。そして、やはり口にこそしなかったのだが、ライト=ブリンガの機体特性からすれば陸上を陸生生物さながらに這い回る必要は実のところ、無いのだ。実地試験の一段階目が『歩行』『走行』であったのは、純粋にパフォーマンスとしての意味合いでしかない。勿論、ありとあらゆる情報収集は厳に行われているのだが。
「それと、済まないけれど本番はこれからなんだ。場合によっては足の裏の傷だけじゃすまねえかもしれない。まあ、僕の体の延長になっちゃったことを恨んでくれ」
何を仰(おっしゃ)るやら――なるべくして、なっているんですよ。と、アテナは口にしない。考えは及んでも、言葉にしないという美学を持っているのは人間、あなた達だけの特権では無いのです、マイ・ロード。
「よっしゃ、やるぞッ」
全てのコントロールが、クリストファ・アレンに戻された。静かに直立していたライト=ブリンガが、収納形態へと変形したレーヴァティンを後背部へと格納し、その代わりに両の腰元に備えられているムラサメの柄へ、ゆっくりとその細い指を宛がった。
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「あっきれたわねえ――」
果たして、医療ベッドに横たえられた哀れなアーサー・ホルスト一尉――泣く子も黙る教導隊の一員――の体温を示す数字を一瞥して、リンダ・フュッセルは嘆息するのだった。
「マキ、レヴィ――用意は点滴と解熱剤だけで良い」
自前の端末表示を素早く目で追いながら、それだけを指示する。
「解熱剤――ですか」
うんうん唸っている上半身裸のホルスト一尉の汗を拭っている中、マキーナ・ローゼンベルク看護一士の言葉上の反応がこれであった。
「ああ、言いたいことは分かる。ウィルス性じゃないからね。本当に、ただの風邪だよ――」
当然、部下の一士が言わんとしているところは分かっているリンダなのである。安易な解熱剤の投与は場合によっては身体の抵抗力を削いでしまう結果にしかならないし、下手を打てば症状を悪化させる場合もあるのである。実際、この時のアーサーは38度と言う、高熱ではあったものの緊急性を要するほどの症状でも無かったこともある。なお、リーヌ突破中にクリストファ・アレンが40度に近い熱を出したことがあったのだが、さすがにこの時のリンダは迷うことなく、解熱剤の投与を実行している。
「――鬼の霍乱(かくらん)と言っても良い」
そう言って、リンダはアーサーの耳元に顔を近づけて、一声。
「この数日間、微妙に辛かったんと違うか、コラァ!」
それまで、うーんうーんと言う情けない呻き声とともに大きく揺れていた一尉の体が、ここでピタリと止まる。
「……ぶっちゃけ辛かったっす」
そう口にして、大きく――いや、力無く項垂れる一尉であった。
「ヴァーカは風邪引かないって定説が崩れるね、こりゃ――いっそ、解熱剤をアンタのケツの穴に突っ込んでやろうか。効くらしいぞぉ。うひひ」
「……それだけは勘弁してください」
ふう、リンダは溜息。
「まあ、キートンが黙っちゃいないだろうな。でもって、場合によってはクリスト……もとい、幕僚長の耳にも入るかもしれないねえ。まあ、楽しみにしておきナ」
ひいいい、と体を竦めるホルスト一尉を、ローゼンベルクとターナーの両一士はそれはそれは気の毒にと見詰める――事しか出来なかった。
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「はぁ、タダの風邪ですと!?」
ラスティ・ハーヴェイ二尉は大人げなく叫んだ。
「……んまあ、そういうことらしい。後で一発殴っておけ。アタシが許可する」
ヘルメットとヘアホルダ(髪留め)を同時に脱いで、フローラ・ザクソンはその頭髪に二十分振りの自由を与えながら言った。
「荒っぽいのは嫌いなんですが、殴りたい気持ちも少し、あります」
童顔に、それでも怒りの色を乗せてラスティは右握り拳でアヴァント・ガーダーの装甲を一つ、叩いた。ヤークト・シグマ・チタニウムで構成されたそんなアヴァントの一次装甲はかなぁーり堅かったのだが。
「それは、まあそれとして――いやなあ、正直ラズ――アンタを見直した」
突然の。これまではまず、あり得なかったフローラの発言に、ラスティはその全身を硬直させる。
「自分のことでありますか?」
実際、ひりひりと痛み続ける右拳の存在を忘れるほどのものだった。
「アタシは他のラズは知らねぇなぁ――」
悪いモノでも食ったんすか、と言い掛けたラスティだったが、フローラが常になく真面目な表情を構成して壁に寄りかかっているとなると、そんな突っ込みも行えない。
「ラズ、アタシはねえ――惑連軍にあっても教導隊に所属していたことがあるんだ」
ラスティ、大きく息を呑む。いや、そんな動作を伝えたくない、そう思ったけれど、無理だった。ゴクリ、って音が相手にも聞こえたんじゃないか。
「そりゃ知っているよね、アタシもクリスもここじゃ微妙な有名人だしさ」
「ええ、まあ……ある程度は、ですが」
太陽系で勃発した内戦、火星沖会戦においてクリストファ・アレンとフローラ・ザクソンの両名が特務戦隊[モーニング・スター]の文字通りの双璧となっていたことは勿論、知っているラスティであった。
「正直、複座仕様の機体なんてあまり、期待していなかったのが本心だったけれどな。アンタという相棒の存在のお陰でだいぶ、認識が変わりつつあるのが本音だ」
これは全くの本心で、索敵並びに長距離ミサイルのデータ入力、そしてスナイピング能力に関するハーヴェイの腕前はややもすれば機長であるフローラをも凌駕する程の。
「勿体ないお言葉です」
実際に、軽く会釈するラスティ。深々としたお辞儀なんて作った日には拳骨で殴られるかもしれない。
「後々、アムロや、そして場合によってはクリスやミランダが前に乗ることもあるだろう。けれど、アンタの今の実力なら全く問題ないから、後はもっと自信を持つことだ」
「自信、ですか――」
こんな会話を持つのは全く初めてであることもあって、滑舌が良くないラスティ・ハーヴェイであった。
「――正直、自信はありません」
言葉を続けたい誘惑に強く駆られたが、それでも続けられなかった。自信それ以前に、勇気と無縁な自分。
「いや、怒るつもりはないんだ。ただ、ある程度の自信を持っていないと潰れちゃうぞってね――君の先輩としての忠告だと思って欲しい」
「フローラ、この際だからお聞きしたいのですが」
言ってしまった。もう、後戻りは出来ない。
「なんだい?」
フローラは、その豊満な赤毛を気持ちよさそうに無重力に棚引(たなび)かせながら、でも不機嫌とは対局に位置する表情で言ってきてくれた。
「あなた、そして他の――そう、ムラサメ艦長にしても、そしてクリストファ・アレン幕僚長にしても。戦う理由、その根底にあるのは……何ですか?」
実のところ、前々から抱えていた疑問ではあったのだ、これが。投げかけるチャンスと対象が今までは全くなかったのだが、今のこの時は両の条件が揃っていたことが、シャイなラスティ・ハーヴェイを饒舌家(じょうぜつか)たらしめた要因であった、とも言える。しかし、肝心のフローラの反応はと言えば全く、超然としたものでしかなくて。顎に左手人差し指を当て、沈思黙考すること四秒フラット。
「愛――だな」
「ほえ?」
間の抜けた声で聞き返してしまったラスティ。しかし誰も君を責めることは出来ないだろう。
「愛だよ。私は、クリストファが好きだ。転じて、彼がやろうとすることが好きだ。更に、彼の放つ言葉が好きだ。そして、彼が愛する人間を、これまた好き。愛している――そのために、わざわざ面倒を押してここに、今のこの場所に立っているんだよ」
愛――その響きのインパクトに、若いラスティはただただ、硬直を続ける。
「冗談のような、本当の話――いやはや、惑連の教導隊に籍を置いていたら新しいオムコさんとか、安定した老後とかいっぱーいあったんだろうけどねえ。トホホホ――まあ、そんな分かり易い人生は嫌だなあ、しかし。でもなあ、良く考えてみれば軍年金とか積み立てをコツコツと行ってきていたわけですし、もしかするとこれは経済的には大変な損害を被っているのではないでしょうか、どうなんでしょう?」
・
・
・
『クリス、前方0-8-7、同0-9-6、以下投写――事前通達IFFにより、敵性体と確認、カウント・スリー』
どうやら、情け容赦のないシミュレーションであるらしい。アテナの音声認証が間に合わないというのは。
「抜刀オール――イージス、四番アタッチ固定収納許可」
網膜に直接、投げられた映像、数値を確認してクリストファは呟くように。用意が整い次第、ツーを先に斬る。ワン、スリーは流動的に――アナログな兵器だな、しかし。
「アイ・ハヴ・コントロール」
ライト=ブリンガの右腰元へ設けられている四番アタッチメントへ、盾である[イージス]がオートで固定され、変形を開始する。動作の妨げとならないよう、縦の八つ折状態となった[イージス]は、ムラサメの鞘と比較してみれば気持ち、大きい位のものだ。変形の完了後、アタッチメントが稼働してそんな盾が背面に固定されたが、この一連のアクションは全てアテナの管轄で行われている。現時点で、ライト=ブリンガはその最強の剣と盾を文字通りに背負うこととなっている。
「ふううう」
鋭く息を吐いた時には、その両腕に実剣が握られている。[ RDY ]表記が視界中央に踊るのを確認するのとほとんど同時に、背部に備えられている推進器に刺激を与えた。
それまで静止していたライト=ブリンガはその体勢をほとんど変えることなく、脱兎のごとく飛び出した。
セミ・オートマティックと言うべきか――数値ではなく、微妙な色の変化によって伝えられる照準レティクルのタイミングに合わせて、クリストファは両の腕を鋭く持ち上げた。全く忠実に、両のそれぞれに握られたライト=ブリンガの実剣が交叉する。縦に構えられた左の剣が前面に、横の右剣は、その背面に添えられる形、ほとんど胡座(あぐら)をかいた様な状態の下半身。リアルタイムで情報収集を行っていたヒムラ・キリオが、「忍者の不意打ち」と表現したが、これは浅くも遠くもない表現であったかも分からない。
この時、ライト=ブリンガにとっての『敵性体』としての役割を担わされているのは、ただの岩石である。とは言え、直径は20メートル、重量にして60トンに近いものであるので、果たして『ただの岩石』と表現するのには語弊があるのかもしれない。ここ、オデュッセウスで切り出された一枚岩の一部が、航空自衛隊において試験的に運用され始めたばかりの射出機――文字通りのカタパルト(投石機)――によって、ライト=ブリンガに対して打ち出されていたのである。その数、三。
「やあああああああッ」
そんなクリストファ・アレンの叫びと同時に、繰り出された最初の一撃、左。吸い込まれるようにしてオースレーション・ブレード、通称[ムラサメ]の刃が通り、等しく瞬間的に繰り出された重力波フィールドの煽りも受けて岩石が縦に勢い割れた。
「よっと――」
突き抜けた左剣はそのまま動面へと流しながら、更に右椀手首への『力』をクリストファは要求し――そして、それはアテナによって完全に答えられる。右手首元に備えられている推進ノズルが火を噴くのとほとんど同じタイミングで、トラクタ・ビームのテンション(張度)が急激に弱められた。
「――せいっ」
ここに至って爆発的なエネルギーを獲得した右腕、即(すなわ)ち右ムラサメが大きく横に薙(な)ぎ払われる。縦と横、その凄まじくも鋭利な斬撃が一瞬の内に行われ、ライト=ブリンガの全長に匹敵していた岩石は文字通りの十字を刻まれて四半壊した。残る敵性体、目標は二つ。とは言え、クリストファはもう迷わない。最初に跳躍した段階で全ての行動が決していたからだ。
依然として動的エネルギーを保持している右腕を無駄にするつもりは更々無い。
「アテナッ――」
それだけしか、口に出来なかった。尋常ではない速度と、そして『長さ』で伸び掛けている右腕に合わせて、上半身を右に捻っていることで、アテナにその意志は伝わる筈だ――クリストファ自身の賭けではあったが、実際のところは完全な信頼を送っているパイロットでもある。半年間に及ぶ訓練は伊達ではない筈。
『分かっているつもりですっ』
網膜に直接投写されている映像の中、二つの対象それぞれにカーソルが彩りを伴って重なっていくのを確認して、クリスは勝利を確信する。右手薬指に当たるトリガーを深く押し込んで、右腕全体を強く押し出した。僅かな反作用力が全体、全身に帰ってくる感覚を余所として、ムラサメを堅く保持したままの右腕が文字通り『伸びた』。距離にして、約50メートルというところか。飛来する岩石に、横殴りの右手、ムラサメが薙ぎ刺さった。真っ二つとなった対象は、ほとんど追い打ちとなる重力波フィールドの干渉によって、更に細かく破砕されていく。
「残り一つッ」
その刹那に、クリストファは機体下部へと流れていく、実剣を堅く保持したままの左腕に更なる力を込め、向かい正面、最後の標的へとトリガー・ロックが重なって行くのを確認し、急激な機体機動を行った。背面の重力波反発推進器が大きく、吠え滾(たぎ)る。
「チェック!」
握り付けた実剣ごとの、左腕全体の一回転。ありとあらゆる動的エネルギーが集約され、そして理想的な角度でムラサメが振り下ろされ――いや、振り回された。堅牢な筈の岩石――何しろ、この三つの岩石を切り出す為に動員された重機の数は1ダースに近いものとなっていたのだから――の上部突端へと突き刺さったそんな刃は、全く勢いを削がれることなく、貫き通った。さながらチーズナイフがチーズを通り抜けるように――と、後日キリオが語っているのだが、これは彼独自の比喩表現としては誠に珍しいことに、周囲の賛同を多く得られる結果となっている。実際、この最後の目標はその場で半壊することは無く、刃の通過から遅れること数秒を経て、ようやくその通過面から大量の粉塵を撒き散らし、塗れた鏡の如く秀麗な両切断面を露出させ、ゆっくりと落下していったのだった。
◆ ◆ ◆
ズズン――少なくとも、地上で待機していたマリーベル・リンスやリョウ・ターミナのゴーグルがずれる程度の振動がオデュッセウス全域に広がった。いや、遠く離れたこの地点で地響きが伝わってくるって、とんでもない話なんじゃないか?
『ヒュウ♪ やるやる、大サービスだな、クリス』
手元の端末によって、たった今、行われたライト=ブリンガの近接格闘成績を確認していたリョウがゴーグルの下で満面の笑みを浮かべた。
『つくづくサムライだよね……』
荒い息遣いで、マリベルがそう続いた。あくまでも彼女は日本刀の形状を持つ刀剣と、その扱い方に関しての感想を述べたつもりだったのだが、言葉上でも素直に受け取ることの出来ない人間がこの場に居たことが、ささやかな不幸と言えば不幸だったのかもしれなかった。
『うん、確かにクリストファは『サムライのように、愚直に生きたいもんだ』って良く口にしているけどな』
口調に苦々しいものが混じったのは当然のことで、リョウを初めとしたフォーチュン組の何名か――当然、キリオも含まれる――からすれば、時として受動的に見え始めたクリストファに対して不満とまでは行かないまでも、強い苛立ちを覚えているという現実があるのだった。勿論、理屈の分からない子供では無いから、公の場でそうと口にすることはしない。只でさえ、風当たりが強い彼等であることもあるのだが、苛立ちを覚えていると言いながらも実のところ、指揮官――クリストファ・アレン――に対する信頼それ自体は全く揺らぐところではなかったのである。
『ねえ、『騎士道』と『武士道』って概念に違いはあるのかな?』
『突然、どうしました?』
敢えて敬語を選択したリョウであった。マリベルの言葉に堅い要素が含まれていた為である。
『侍は、言葉の通り『さぶらう』のよね、ひたすらに、盲目的に』
『ええ、一般的な解釈はそういうことになっていますねえ……けど、『騎士道』も似たようなもんなんじゃないすかねえ』
上官、マリベルの考えがハッキリと見えず、リョウは返答に苦心する。
『大統領――私のシュバリエは、少なくとも盲目的なサムライは期待していない筈よ。そして、ナイトも望んでいない。そして、アレン様――クリストファもそれを分かっていて、今があるんじゃないのかな……私はそう思うけれどなぁ』
望遠ゴーグルを片手に、マイク越しのマリベルの声。
『……申し訳ありませんでした。少し、オトナゲ無かった』
いやはや、どっちが物の道理を解しているのか。自らの器の小ささを思い知らされて、リョウとしてはその長身を縮めざるを得なかった。
『いや、それでも『サムライ』という表現を用いたのは軽率でした。こちらこそ、申し訳ない。お互い様だから、謝られたら困るわ――』
口にしつつ、構えた望遠を動かす卒のないマリベルであった。リョウの側は、元より携帯端末で全ての状況を確認していたので、ゴーグルを構え直す必要はなかった。
『ライト=ブリンガが着地したわ――いよいよ、実射試験ね』
マリベルのそんな言葉、そして携帯端末のリアルタイム映像から遅れること数秒。二度目の地響きが、リョウの巨体とマリベルの矮躯(わいく)を揺るがせとする。
◆ ◆ ◆
鞘に収めることなく、実剣を堅く装備した状態でライト=ブリンガはオデュッセウスの大地に再び、降り立った。砂塵の立ち込める中で、上半身を著しく前屈させ、両の足で大地を踏み締めるそんな姿は、観察する側の人間に信頼や、安堵の感を与える様なものでは、断じて無かった。
「Demon(悪魔)……」
自分より数席前に構えていた議員の一人がそう呟くのをジャニス・シュバリエは確認したし、それは自らが抱いた感想からそう懸け離れたものでも無い。正直、ここまで『人外』――いや、寧ろ生物的に過ぎると表現するべきなのか――の動きを見せ付けてくれるとは思わなかったし、それまで項垂れていたライト=ブリンガが、ゆらりと――これ以外の表現が思いつかない――その顔を上げるに至って、自分や他の率直な感想があながち、的を外れたものではなかったことを知らされた。砂塵舞う中、爛々と輝く機体各部。一際に映える頭部の三つの緑点が、ライト=ブリンガの『目』であることは知っていたけれど。
「守護神か、或いは破壊神なのか――その何(いず)れにしても、『神』は『神』か」
自然と、そんな言葉が紡ぎ漏れる。
微妙な予言が含まれていることに、勿論大統領は気付いていない。
そして、同じ頃、コックピットの中のパイロットが気密服から緊急的な酸素供給を受けていることも、彼女は知らなかったのである。
サカモト・クローディアの柔らかい声をその右鼓膜で受け止め、クリストファはここで大きな深呼吸を行った。緊張していたつもりは無かったのだが、結局はそれが『つもり』、心構えでしか無かったことを思い知らされた五分間でもあった。居住性が悪いことは元より承知していた筈なのだが。
「アテナ、少し暑い。スーツ、並びにコックピットの空調を強めてくれ」
操縦系統の出力が完全にオフとなっている状態であることを確認し、クリスはバイザーを上げてその額を滴る汗を拭う。
『心得ました――どうやら、気密服による空調調節だけでは難があるようですね』
答えてくれるアテナの声は、あくまでも涼しげだ。いや、多分に緊張していることもあるのだろうが、今の自分が異様な汗を掻いていることに今更ながら気付くクリストファ・アレンである。
「かなわんな――首周りは一考の価値があるかもしれないな。汗でべちゃべちゃ。不快極まりないぜ」
バイザーを開き、気密服首元のスイッチを押し込むことで露出した両の袖に備えられている汗拭きを、その額、首元に丹念に当てるようにしてクリストファは言ったのだったが、これはライト=ブリンガのオペレーション・システムであるアテナ様の前にあっては全く無意味な強がりでしかなかった。
『一番の理由はロード――クリストファ、あなた自身にあるのではないかと思えます。心拍数、血圧共に非常に高くなっておりますよ。ファイティング・ハイなんてあなたには似合いませんのに』
「……なんだか、更に『言う』様になったねえ、アテナくん」
よもや、ここまでの反応が返ってくるとは思わなかったクリス。気を悪くする――そんなことは無いのだが、可笑(おか)しさと悔しさがブレンドされた、実に珍妙な心境となってしまっている。
『いえいえ、色々なセンセーにお付きしていましたもので。オーホッホッホッホ』
その笑い方はリンダだな――と口に仕掛けた。これはアテネコと言う媒体を利用して艦内を夜な夜な徘徊(はいかい)することによって得られた、『彼女』なりの学習結果なのだろうけれど。
「まあ、芸の肥やしとなるんだったら良いんじゃないの――ところで、どうだ。何か異常、或いは報告に値する何かは今までにあるかね?」
こちらはコックピットのライフボックスから、レモンの香りが軽く降られている飲料水パックを一口だけ吸って、クリストファ。喉が渇いていることもあり、大変に美味い。
『特にはありませんね。強いて言えば、直接走り回ったものですから、足の裏に傷が付いちゃったかなあ、って感じ? まあ、交換しなくてはならないほどのもんではありませんですが、ハイ』
「……ブランドもののハイヒールが欲しかったら後でキリオに強請(ねだ)っておいてくれ」
バイザーを閉じつつ、そんな軽口を返してしまう。面白いものだよ全く。
『そうですねえ。表面のコーティングは改良の余地があるかも、ですね』
うん、確かにそれぐらいだったら機体重量の大幅な増加にはならないだろうし、オカネも掛からないヨネ――クリスは、しかしそこまで口に出来るほど気楽ではいられなかった。これからなのだ、といつも言っている気がするが。そして、やはり口にこそしなかったのだが、ライト=ブリンガの機体特性からすれば陸上を陸生生物さながらに這い回る必要は実のところ、無いのだ。実地試験の一段階目が『歩行』『走行』であったのは、純粋にパフォーマンスとしての意味合いでしかない。勿論、ありとあらゆる情報収集は厳に行われているのだが。
「それと、済まないけれど本番はこれからなんだ。場合によっては足の裏の傷だけじゃすまねえかもしれない。まあ、僕の体の延長になっちゃったことを恨んでくれ」
何を仰(おっしゃ)るやら――なるべくして、なっているんですよ。と、アテナは口にしない。考えは及んでも、言葉にしないという美学を持っているのは人間、あなた達だけの特権では無いのです、マイ・ロード。
「よっしゃ、やるぞッ」
全てのコントロールが、クリストファ・アレンに戻された。静かに直立していたライト=ブリンガが、収納形態へと変形したレーヴァティンを後背部へと格納し、その代わりに両の腰元に備えられているムラサメの柄へ、ゆっくりとその細い指を宛がった。
・
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「あっきれたわねえ――」
果たして、医療ベッドに横たえられた哀れなアーサー・ホルスト一尉――泣く子も黙る教導隊の一員――の体温を示す数字を一瞥して、リンダ・フュッセルは嘆息するのだった。
「マキ、レヴィ――用意は点滴と解熱剤だけで良い」
自前の端末表示を素早く目で追いながら、それだけを指示する。
「解熱剤――ですか」
うんうん唸っている上半身裸のホルスト一尉の汗を拭っている中、マキーナ・ローゼンベルク看護一士の言葉上の反応がこれであった。
「ああ、言いたいことは分かる。ウィルス性じゃないからね。本当に、ただの風邪だよ――」
当然、部下の一士が言わんとしているところは分かっているリンダなのである。安易な解熱剤の投与は場合によっては身体の抵抗力を削いでしまう結果にしかならないし、下手を打てば症状を悪化させる場合もあるのである。実際、この時のアーサーは38度と言う、高熱ではあったものの緊急性を要するほどの症状でも無かったこともある。なお、リーヌ突破中にクリストファ・アレンが40度に近い熱を出したことがあったのだが、さすがにこの時のリンダは迷うことなく、解熱剤の投与を実行している。
「――鬼の霍乱(かくらん)と言っても良い」
そう言って、リンダはアーサーの耳元に顔を近づけて、一声。
「この数日間、微妙に辛かったんと違うか、コラァ!」
それまで、うーんうーんと言う情けない呻き声とともに大きく揺れていた一尉の体が、ここでピタリと止まる。
「……ぶっちゃけ辛かったっす」
そう口にして、大きく――いや、力無く項垂れる一尉であった。
「ヴァーカは風邪引かないって定説が崩れるね、こりゃ――いっそ、解熱剤をアンタのケツの穴に突っ込んでやろうか。効くらしいぞぉ。うひひ」
「……それだけは勘弁してください」
ふう、リンダは溜息。
「まあ、キートンが黙っちゃいないだろうな。でもって、場合によってはクリスト……もとい、幕僚長の耳にも入るかもしれないねえ。まあ、楽しみにしておきナ」
ひいいい、と体を竦めるホルスト一尉を、ローゼンベルクとターナーの両一士はそれはそれは気の毒にと見詰める――事しか出来なかった。
・
・
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「はぁ、タダの風邪ですと!?」
ラスティ・ハーヴェイ二尉は大人げなく叫んだ。
「……んまあ、そういうことらしい。後で一発殴っておけ。アタシが許可する」
ヘルメットとヘアホルダ(髪留め)を同時に脱いで、フローラ・ザクソンはその頭髪に二十分振りの自由を与えながら言った。
「荒っぽいのは嫌いなんですが、殴りたい気持ちも少し、あります」
童顔に、それでも怒りの色を乗せてラスティは右握り拳でアヴァント・ガーダーの装甲を一つ、叩いた。ヤークト・シグマ・チタニウムで構成されたそんなアヴァントの一次装甲はかなぁーり堅かったのだが。
「それは、まあそれとして――いやなあ、正直ラズ――アンタを見直した」
突然の。これまではまず、あり得なかったフローラの発言に、ラスティはその全身を硬直させる。
「自分のことでありますか?」
実際、ひりひりと痛み続ける右拳の存在を忘れるほどのものだった。
「アタシは他のラズは知らねぇなぁ――」
悪いモノでも食ったんすか、と言い掛けたラスティだったが、フローラが常になく真面目な表情を構成して壁に寄りかかっているとなると、そんな突っ込みも行えない。
「ラズ、アタシはねえ――惑連軍にあっても教導隊に所属していたことがあるんだ」
ラスティ、大きく息を呑む。いや、そんな動作を伝えたくない、そう思ったけれど、無理だった。ゴクリ、って音が相手にも聞こえたんじゃないか。
「そりゃ知っているよね、アタシもクリスもここじゃ微妙な有名人だしさ」
「ええ、まあ……ある程度は、ですが」
太陽系で勃発した内戦、火星沖会戦においてクリストファ・アレンとフローラ・ザクソンの両名が特務戦隊[モーニング・スター]の文字通りの双璧となっていたことは勿論、知っているラスティであった。
「正直、複座仕様の機体なんてあまり、期待していなかったのが本心だったけれどな。アンタという相棒の存在のお陰でだいぶ、認識が変わりつつあるのが本音だ」
これは全くの本心で、索敵並びに長距離ミサイルのデータ入力、そしてスナイピング能力に関するハーヴェイの腕前はややもすれば機長であるフローラをも凌駕する程の。
「勿体ないお言葉です」
実際に、軽く会釈するラスティ。深々としたお辞儀なんて作った日には拳骨で殴られるかもしれない。
「後々、アムロや、そして場合によってはクリスやミランダが前に乗ることもあるだろう。けれど、アンタの今の実力なら全く問題ないから、後はもっと自信を持つことだ」
「自信、ですか――」
こんな会話を持つのは全く初めてであることもあって、滑舌が良くないラスティ・ハーヴェイであった。
「――正直、自信はありません」
言葉を続けたい誘惑に強く駆られたが、それでも続けられなかった。自信それ以前に、勇気と無縁な自分。
「いや、怒るつもりはないんだ。ただ、ある程度の自信を持っていないと潰れちゃうぞってね――君の先輩としての忠告だと思って欲しい」
「フローラ、この際だからお聞きしたいのですが」
言ってしまった。もう、後戻りは出来ない。
「なんだい?」
フローラは、その豊満な赤毛を気持ちよさそうに無重力に棚引(たなび)かせながら、でも不機嫌とは対局に位置する表情で言ってきてくれた。
「あなた、そして他の――そう、ムラサメ艦長にしても、そしてクリストファ・アレン幕僚長にしても。戦う理由、その根底にあるのは……何ですか?」
実のところ、前々から抱えていた疑問ではあったのだ、これが。投げかけるチャンスと対象が今までは全くなかったのだが、今のこの時は両の条件が揃っていたことが、シャイなラスティ・ハーヴェイを饒舌家(じょうぜつか)たらしめた要因であった、とも言える。しかし、肝心のフローラの反応はと言えば全く、超然としたものでしかなくて。顎に左手人差し指を当て、沈思黙考すること四秒フラット。
「愛――だな」
「ほえ?」
間の抜けた声で聞き返してしまったラスティ。しかし誰も君を責めることは出来ないだろう。
「愛だよ。私は、クリストファが好きだ。転じて、彼がやろうとすることが好きだ。更に、彼の放つ言葉が好きだ。そして、彼が愛する人間を、これまた好き。愛している――そのために、わざわざ面倒を押してここに、今のこの場所に立っているんだよ」
愛――その響きのインパクトに、若いラスティはただただ、硬直を続ける。
「冗談のような、本当の話――いやはや、惑連の教導隊に籍を置いていたら新しいオムコさんとか、安定した老後とかいっぱーいあったんだろうけどねえ。トホホホ――まあ、そんな分かり易い人生は嫌だなあ、しかし。でもなあ、良く考えてみれば軍年金とか積み立てをコツコツと行ってきていたわけですし、もしかするとこれは経済的には大変な損害を被っているのではないでしょうか、どうなんでしょう?」
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『クリス、前方0-8-7、同0-9-6、以下投写――事前通達IFFにより、敵性体と確認、カウント・スリー』
どうやら、情け容赦のないシミュレーションであるらしい。アテナの音声認証が間に合わないというのは。
「抜刀オール――イージス、四番アタッチ固定収納許可」
網膜に直接、投げられた映像、数値を確認してクリストファは呟くように。用意が整い次第、ツーを先に斬る。ワン、スリーは流動的に――アナログな兵器だな、しかし。
「アイ・ハヴ・コントロール」
ライト=ブリンガの右腰元へ設けられている四番アタッチメントへ、盾である[イージス]がオートで固定され、変形を開始する。動作の妨げとならないよう、縦の八つ折状態となった[イージス]は、ムラサメの鞘と比較してみれば気持ち、大きい位のものだ。変形の完了後、アタッチメントが稼働してそんな盾が背面に固定されたが、この一連のアクションは全てアテナの管轄で行われている。現時点で、ライト=ブリンガはその最強の剣と盾を文字通りに背負うこととなっている。
「ふううう」
鋭く息を吐いた時には、その両腕に実剣が握られている。[ RDY ]表記が視界中央に踊るのを確認するのとほとんど同時に、背部に備えられている推進器に刺激を与えた。
それまで静止していたライト=ブリンガはその体勢をほとんど変えることなく、脱兎のごとく飛び出した。
セミ・オートマティックと言うべきか――数値ではなく、微妙な色の変化によって伝えられる照準レティクルのタイミングに合わせて、クリストファは両の腕を鋭く持ち上げた。全く忠実に、両のそれぞれに握られたライト=ブリンガの実剣が交叉する。縦に構えられた左の剣が前面に、横の右剣は、その背面に添えられる形、ほとんど胡座(あぐら)をかいた様な状態の下半身。リアルタイムで情報収集を行っていたヒムラ・キリオが、「忍者の不意打ち」と表現したが、これは浅くも遠くもない表現であったかも分からない。
この時、ライト=ブリンガにとっての『敵性体』としての役割を担わされているのは、ただの岩石である。とは言え、直径は20メートル、重量にして60トンに近いものであるので、果たして『ただの岩石』と表現するのには語弊があるのかもしれない。ここ、オデュッセウスで切り出された一枚岩の一部が、航空自衛隊において試験的に運用され始めたばかりの射出機――文字通りのカタパルト(投石機)――によって、ライト=ブリンガに対して打ち出されていたのである。その数、三。
「やあああああああッ」
そんなクリストファ・アレンの叫びと同時に、繰り出された最初の一撃、左。吸い込まれるようにしてオースレーション・ブレード、通称[ムラサメ]の刃が通り、等しく瞬間的に繰り出された重力波フィールドの煽りも受けて岩石が縦に勢い割れた。
「よっと――」
突き抜けた左剣はそのまま動面へと流しながら、更に右椀手首への『力』をクリストファは要求し――そして、それはアテナによって完全に答えられる。右手首元に備えられている推進ノズルが火を噴くのとほとんど同じタイミングで、トラクタ・ビームのテンション(張度)が急激に弱められた。
「――せいっ」
ここに至って爆発的なエネルギーを獲得した右腕、即(すなわ)ち右ムラサメが大きく横に薙(な)ぎ払われる。縦と横、その凄まじくも鋭利な斬撃が一瞬の内に行われ、ライト=ブリンガの全長に匹敵していた岩石は文字通りの十字を刻まれて四半壊した。残る敵性体、目標は二つ。とは言え、クリストファはもう迷わない。最初に跳躍した段階で全ての行動が決していたからだ。
依然として動的エネルギーを保持している右腕を無駄にするつもりは更々無い。
「アテナッ――」
それだけしか、口に出来なかった。尋常ではない速度と、そして『長さ』で伸び掛けている右腕に合わせて、上半身を右に捻っていることで、アテナにその意志は伝わる筈だ――クリストファ自身の賭けではあったが、実際のところは完全な信頼を送っているパイロットでもある。半年間に及ぶ訓練は伊達ではない筈。
『分かっているつもりですっ』
網膜に直接投写されている映像の中、二つの対象それぞれにカーソルが彩りを伴って重なっていくのを確認して、クリスは勝利を確信する。右手薬指に当たるトリガーを深く押し込んで、右腕全体を強く押し出した。僅かな反作用力が全体、全身に帰ってくる感覚を余所として、ムラサメを堅く保持したままの右腕が文字通り『伸びた』。距離にして、約50メートルというところか。飛来する岩石に、横殴りの右手、ムラサメが薙ぎ刺さった。真っ二つとなった対象は、ほとんど追い打ちとなる重力波フィールドの干渉によって、更に細かく破砕されていく。
「残り一つッ」
その刹那に、クリストファは機体下部へと流れていく、実剣を堅く保持したままの左腕に更なる力を込め、向かい正面、最後の標的へとトリガー・ロックが重なって行くのを確認し、急激な機体機動を行った。背面の重力波反発推進器が大きく、吠え滾(たぎ)る。
「チェック!」
握り付けた実剣ごとの、左腕全体の一回転。ありとあらゆる動的エネルギーが集約され、そして理想的な角度でムラサメが振り下ろされ――いや、振り回された。堅牢な筈の岩石――何しろ、この三つの岩石を切り出す為に動員された重機の数は1ダースに近いものとなっていたのだから――の上部突端へと突き刺さったそんな刃は、全く勢いを削がれることなく、貫き通った。さながらチーズナイフがチーズを通り抜けるように――と、後日キリオが語っているのだが、これは彼独自の比喩表現としては誠に珍しいことに、周囲の賛同を多く得られる結果となっている。実際、この最後の目標はその場で半壊することは無く、刃の通過から遅れること数秒を経て、ようやくその通過面から大量の粉塵を撒き散らし、塗れた鏡の如く秀麗な両切断面を露出させ、ゆっくりと落下していったのだった。
◆ ◆ ◆
ズズン――少なくとも、地上で待機していたマリーベル・リンスやリョウ・ターミナのゴーグルがずれる程度の振動がオデュッセウス全域に広がった。いや、遠く離れたこの地点で地響きが伝わってくるって、とんでもない話なんじゃないか?
『ヒュウ♪ やるやる、大サービスだな、クリス』
手元の端末によって、たった今、行われたライト=ブリンガの近接格闘成績を確認していたリョウがゴーグルの下で満面の笑みを浮かべた。
『つくづくサムライだよね……』
荒い息遣いで、マリベルがそう続いた。あくまでも彼女は日本刀の形状を持つ刀剣と、その扱い方に関しての感想を述べたつもりだったのだが、言葉上でも素直に受け取ることの出来ない人間がこの場に居たことが、ささやかな不幸と言えば不幸だったのかもしれなかった。
『うん、確かにクリストファは『サムライのように、愚直に生きたいもんだ』って良く口にしているけどな』
口調に苦々しいものが混じったのは当然のことで、リョウを初めとしたフォーチュン組の何名か――当然、キリオも含まれる――からすれば、時として受動的に見え始めたクリストファに対して不満とまでは行かないまでも、強い苛立ちを覚えているという現実があるのだった。勿論、理屈の分からない子供では無いから、公の場でそうと口にすることはしない。只でさえ、風当たりが強い彼等であることもあるのだが、苛立ちを覚えていると言いながらも実のところ、指揮官――クリストファ・アレン――に対する信頼それ自体は全く揺らぐところではなかったのである。
『ねえ、『騎士道』と『武士道』って概念に違いはあるのかな?』
『突然、どうしました?』
敢えて敬語を選択したリョウであった。マリベルの言葉に堅い要素が含まれていた為である。
『侍は、言葉の通り『さぶらう』のよね、ひたすらに、盲目的に』
『ええ、一般的な解釈はそういうことになっていますねえ……けど、『騎士道』も似たようなもんなんじゃないすかねえ』
上官、マリベルの考えがハッキリと見えず、リョウは返答に苦心する。
『大統領――私のシュバリエは、少なくとも盲目的なサムライは期待していない筈よ。そして、ナイトも望んでいない。そして、アレン様――クリストファもそれを分かっていて、今があるんじゃないのかな……私はそう思うけれどなぁ』
望遠ゴーグルを片手に、マイク越しのマリベルの声。
『……申し訳ありませんでした。少し、オトナゲ無かった』
いやはや、どっちが物の道理を解しているのか。自らの器の小ささを思い知らされて、リョウとしてはその長身を縮めざるを得なかった。
『いや、それでも『サムライ』という表現を用いたのは軽率でした。こちらこそ、申し訳ない。お互い様だから、謝られたら困るわ――』
口にしつつ、構えた望遠を動かす卒のないマリベルであった。リョウの側は、元より携帯端末で全ての状況を確認していたので、ゴーグルを構え直す必要はなかった。
『ライト=ブリンガが着地したわ――いよいよ、実射試験ね』
マリベルのそんな言葉、そして携帯端末のリアルタイム映像から遅れること数秒。二度目の地響きが、リョウの巨体とマリベルの矮躯(わいく)を揺るがせとする。
◆ ◆ ◆
鞘に収めることなく、実剣を堅く装備した状態でライト=ブリンガはオデュッセウスの大地に再び、降り立った。砂塵の立ち込める中で、上半身を著しく前屈させ、両の足で大地を踏み締めるそんな姿は、観察する側の人間に信頼や、安堵の感を与える様なものでは、断じて無かった。
「Demon(悪魔)……」
自分より数席前に構えていた議員の一人がそう呟くのをジャニス・シュバリエは確認したし、それは自らが抱いた感想からそう懸け離れたものでも無い。正直、ここまで『人外』――いや、寧ろ生物的に過ぎると表現するべきなのか――の動きを見せ付けてくれるとは思わなかったし、それまで項垂れていたライト=ブリンガが、ゆらりと――これ以外の表現が思いつかない――その顔を上げるに至って、自分や他の率直な感想があながち、的を外れたものではなかったことを知らされた。砂塵舞う中、爛々と輝く機体各部。一際に映える頭部の三つの緑点が、ライト=ブリンガの『目』であることは知っていたけれど。
「守護神か、或いは破壊神なのか――その何(いず)れにしても、『神』は『神』か」
自然と、そんな言葉が紡ぎ漏れる。
微妙な予言が含まれていることに、勿論大統領は気付いていない。
そして、同じ頃、コックピットの中のパイロットが気密服から緊急的な酸素供給を受けていることも、彼女は知らなかったのである。

