2659年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - XIII

『緊急――アラート』
 目前の画面表示に、突如として出現したレッド・シグナル。ヒムラ・キリオは投げ出していた足で卓上の缶ビールを蹴り飛ばし、画面へと向き直った。何がどうしたと言うんだ――キリオは、画面内で重ねられていた全てのウィンドウの展開命令を手早く打ち込む。
ほとんど同時に、キリオの左右に立体映像ディスプレイが鈍い電子音を立てて開かれたが、これは彼本人の命令に依る物であったのか、或いは緊急時のオート展開であったのかは、分からなかった――分かる必要も無かったが。
「何がどうなっているんだ――」
 ささやかなビールの余韻はすっかりと失われてしまっている。キリオは、コンピュータが示してくる情報諸元が膨大なことに、悪態を吐きたくなったのだが、そんな状態は幸いにもと言うべきか、長くは続かなかった。
『搭乗者、軽度の意識喪失状態――酸素追加投与実行中』
 そんな羅列を目の当たりとして、キリオは二度、目を擦る。
「なんだと」
『軽度のチアノーゼを確認――酸素投与と並行して専用気密服による血液循環を補正実行中』
 チアノーゼを起こしそうなのはこっちの方だ、何てこった――キリオは、慌てて携帯通信端末を取り上げた。発信先がリンダ・フュッセルになっているのを確認し、右耳に備えた状態で自動コールを行わせた。その間、キリオは引き出した実キーボードで、溢れている情報の一元管理の権限をヤオヨロズに要求する作業を行った。携帯のコールは続いていたが、なかなかリンダは応答しない。おそらく深い眠りについているんだろうが、頼むよリンダ――一人呟きながら、続く動作でキリオは駄目元(だめもと)でコックピット内映像の呼び出しを端末に命令した。全く期待していなかったのだが、結果としてライト=ブリンガのコックピット内のリアルタイム映像が呼び出されたことに驚いた身勝手なキリオであった。画面の中のクリスの体が、電撃を浴びたように反り返ったのは正にその瞬間だった。
「おいおいおいおいおいおいおいッ――」
 気密服が、その身体各部を空気圧で締め付けることによって血液の循環を促進している――と言うことは勿論、理解しているキリオだったのだが、それの強行が躊躇(ためら)われずに行われているという事態が彼を大いに焦らせる。医学方面に関しては造詣の浅いキリオとしては、専門家の意見に耳を傾けることしか出来ない。この現在のフォーチュンにおいて貴重な専門家であるリンダになかなか繋がらない直通回線に、いよいよ苛立ちを覚え始めていたそんな時、ようやくラインがオープンとなったシグナルが点灯する。ほとんど寝言のような――はい、リンダっす――と、一言。
「すまないリンダ、クリスがやばいっ――」
『……ふわぁ……ストレスが溜まりきって、遂にライト=ブリンガでアルタミラでも炎の海にしちゃった? ギャオースって』
「冗談を言っている場合では無いんだ」
 付け加えると、それは『普通に』笑えない話だ、リンダよ。
『あー、分かった……直ぐに行くから、取り敢えずアンタ自身が落ち着きなさい』
 衣擦れの音が無線を経由して伝わってきた。
「あ、ああ」
 立体映像による別のキーボードをその眼前に展開させる為の操作をどうにか、行いながらキリオは通信を切断する。ああ、畜生。多忙にかまけて蔑(ないがし)ろとしてきて今に至ってきているが、やはりある程度の医学知識は必須なのだろうか?

『うげほっ――』

 ダイレクトに繋がっている――奇跡的だ――音声回線が、そんなパイロットの咳込みを伝えてきてくれた。ほぼ同時に、ディスプレイに目を向けたキリオは、今は固定されている上半身を、それでも操縦システムごと前後に激しく揺らしているクリストファの映像を目の当たりとすることになった。

『ごほっ、かはっ――こちらクリストファ、どうにか平気――引き続き、実射テストを続行する。障害、無し……誰か聞いているか?』

 手探りで――ほとんどパイロットとしての本能と言ってもいいのかもしれない――気密服の吸引機を作動させて、吐瀉物を取り除きながらクリスがその面を上げている。よもや、嘔吐していたとは――気が気では無かったキリオはほとんど無意識の内に端末のマイク入力を実行している。こちらでレシーヴ出来るのだから、発信に問題は無いだろうと思われた。
「クリス、こちらキリオ。聞こえるかっ――」
 そんな自分の声に、画面の中のクリスが上半身を揺るがせたのが確認出来た。
『やあ、キリオ――これはこれは、みっともないところを』
 気密服袖に備えられている汗拭きで、口元を大きく拭いながらクリスは言う。
『――地上班、こちらは異常はない。予定通り、レヴァの実射は行う。システムフェーズ変更は行なうが、データ収集に問題はないはずだ。全て、基本的には予定通りに――』
 続いて、キリオからすれば意味が良く見えない彼の発言が続いたのだが、突発的なこの事態に関してエテルナ本星上のチームからの問い合わせが立て続いたことは想像に難くない。
「クリス、大丈夫なのか!?」

『大丈夫じゃない――から、細かいところはアテナに丸投げするよ……極めて不本意だが』

 これがクリスの弱音であることに、キリオは直ぐに気付くことが出来なかった。
「馬鹿野郎! 体調が伴わないのなら、降機すべきだ」
 敢えて厳しい口調を選択はしたのだが、これは常にクリストファ自身が口にしていることでもある。
『次の機会は無いかもしれない。大丈夫、俺とアテナだったらやれるさ――』
 実際、この時のライト=ブリンガの操縦主権は全て、アテナのものとなっていた。恐らくは、クリスが半瞬とは言え、その意識を喪失した際に強制的に委譲されたのだろう。実際、ライト=ブリンガはそんな『妙な』機体なのだ。
『アテナ、――レーヴァティン装備を以後、一任命令。さあ、灼(や)くぞ』
 それに準じる操作だけで重労働なのか、荒い息を吐きながらクリスはそう言ったのだった。
「……終わったら、精密検査と要休養。良いな、クリス」
『ありがとう、キリオ』
 微かに確認出来たクリストファの両目には力強い意志が込められており、キリオとしては妥協せざるを得ない。彼、いや彼等――或いは我等、と表現するべきかな――からすれば、時間は限りなく『有限』だったのだ。マイクの入力が切れていることを二度確認し、キリオは「すまない」と呟く。

 呟く、ことしか。

   ・
   ・
   ・

「ったく……みんな、良くやってくれるよ――」
 苛立ちと悪態を隠そうともせず、リンダはその癖のある髪を一度掻き上げた。医務室の空きベッドにて妨げられた仮眠を少しでも取り戻そうとしていた矢先の彼女であったが、恋人からの新たなコールで叩き起こされてしまったのが今の現実。
「どしたんです?」
 ホットココアを片手に、整理を終わらせたばかりなのであろうカルテの束を整えているマキーナ・ローゼンベルクが言ってくる。
「新たな病人が発生したっぽい――つうかこのまんまじゃ次の病人は自分になるな」
 気怠げに言うが、先のキリオの切羽詰まった声は無視出来るものでは断じて無い。実のところ、クリスが起こした異常の正体に関してはある程度の推測がついていたけれど。低濃度の酸素に彼の肉体がややもすれば過敏な反応を示すと言う事実、そしてその由来を知っているリンダ・フュッセルである。
「あと一週間の我慢ですよ。今のシフトこそが、異常なのですから――」
 そう言ってカルテのデータ編集を行っていた情報端末を閉じて、マキーナは言葉を続けた。
「――ホルスト一尉はベッド送りですし、後の心配はありません。何か、私に手伝えることがありますか?」
「ン、今はまだ平気だ。何せ、クランケ(患者)は地上にいるからね」
 ミント味のガムを二枚まとめて、口へ放り込みつつ白衣に袖を通してリンダ。
「地上?」
「ああ――そんなわけで、後は宜しくねぇ。何かあったらコールしてちょうだいな」
 了解しました、と去り掛けた背中に答えておいて、マキーナはカルテの束を、ぎゅっと握り込んだ。今は地上に――言うまでもなく、この場合はエテルナ本星のことだろう――その存在があり、そしてヒムラ上級一佐を経由してリンダ・フュッセル女史に話がもたらされるような人間の心当たりは、一人しかいない。
「何か、あったのかな……」
 そんな呟きに答えてくれる者はここには一人もいなかった。医療端末が時折に立てる、微かな電子音だけが医務室を響く。
「クリストファ・アレン、か……」


   ・
   ・
   ・

『クリス、大丈夫なのですかっ――』
 悲鳴に近いアテナの声。そうか、君はそんな声も出せるのか。
「ああ、気分は良くないけれど平気。どうってことない」
 嘔吐したのにも関わらず、吐き気は留まるところがなく、そして頭の中に生体組織以外の何かしらが打ち込まれているのではないか、と言う程の尋常ではない頭痛。とても『どうってことない』と言える状況ではなかったが、強制的にその最前に展開されている自らの各種身体状況を示すウィンドウの表示の中に異常を示すものは、差し当たって見られなかった。
『軽度のチアノーゼが確認されています。軽度故に、該当のウィンドウでは省略されておりますが』
 そんなアテナの言葉と同時に、ウィンドウ内の備考欄に『Cyanosis』と言う専門用語が追加されたのだが、これはアテナが強制的に表示実行させたものなのだろう。
「ちっ――毎度お馴染みだっ」
 事実、航宙戦闘機乗りにあってはこれは珍しい症状ではない。度重なる高G機動と、無重力環境等が時としてその身体に多大な影響を及ぼすことがあるのである。典型的な症状がチアノーゼ――酸素欠乏による頭痛、嘔吐感であって、正にこの場合は合致しているし、そして自分自身の肉体が他の人間のそれよりも酸素濃度に左右され易いことは、やはり自覚している。
『要再検査だぁぁぁっ。覚悟しとけ、クリス』
 突然割り込んできた声がリンダのものだったことに、クリスは心から驚いた。続いて、視界の隅に映像が開かれたのだが、決して性能の高くない情報端末の付属カメラからの映像なのか、どこか歪(いびつ)に見えるリンダのアップは大変に怖い。
「いや、その……お手柔らかに」
『無理だな。まあ、とにかく今の仕事を早く終わらせなさい。シミュレーション・パターンを使うんだったら、ほとんどアテナのオートで出来るよね。でもって――』
 厳しいのか、或いは優しさの裏返しとしてその本質があるのか、今のクリスには考える余裕はない。続き、そのリンダ・フュッセルの肩を押して、更に割り込んできたのはヒムラ・キリオだった。粗い画面ながらも、彼がその顔面に大量の汗を浮かべているのが確認出来る。
『――後は、フォーチュンからの管制でライト=ブリンガをエスコート出来る筈だ。残されたイベント、終わり次第こちらから強制的にリンクを繋ぐ。良いな、二人とも?』
 クリスとアテナが揃って「はーい」と答えるのに苦笑いを戻し、キリオが引っ込む。
「ホドホドにガンバリマス、通信終わり」
 名残惜しそう――と言うより、未だ言いたいことがありそうな二人組であったことは明白なのだが、クリストファはここで通信を切断した。今の自分の顔色、状態を見られたくないと言うことが根底にあるが、実際の所、フォーチュンの管制室からは全てがお見通しの筈だ。気分の問題でしかない。
『予定通りと言うことで宜しいのでしょうか、閣下?』
 キリオとリンダに押され、今までほとんど会話に参加していなかった地上班リーダー、クローディアが尋ねてくる。不安を隠そうとして、それでも隠し切れていない彼女に対し、心の中で詫びつつ、クリスは気密服のバイザーを下ろした。
「すまない、試験は予定通りに行う。目標の指示を要請する」
『……了解しました。フェーズ1、スタート。目標は現在展開中、要ナインティ・セコンド』
「オーケー、こちらはパターン設定に入る。オーヴァー」
 どこか引き攣(つ)った感のある左手をSAMOS操縦筒から引き抜き、コンソールパネル上に立体表示された入力端末を操作する。口頭でアテナに命じることも出来たのだが、『ついで』でもある。なかなかこの様な機会には恵まれない――もはや恵まれたくはないが――こともある。果たして、二、三の操作の繰り返しで目的としていたパターン・データを示す一覧へと辿り着くことは出来た。
『パターンの選択をお願いします、クリス』
 身体に関するウィンドウが閉じられて、代わりにパターン・データが日付順に並べられているものが展開される。
「……ええと、この前、宇宙で一発ブッ放した時のがあるだろう。あれで良いと思うが」
 止まない頭痛に辟易(へきえき)としながら、クリス。新規ウィンドウに注目するまでもなかった。
『同感です、異議無し。データ緒元の展開用意開始』
「許可する」
 ここでクリストファは操縦筒に束縛されていた右手にも自由を与えることとした。
「操縦系をDIMMCI(ディム)よりACCI(アキィ)に移行、パターン・ノーマル――ワイヴ準拠で」
 ACCIとは、[Astro-Craft-Control-Interface]の略称で、航宙機操縦連結規格と言う意味合いがある。ライト=ブリンガの標準的な操縦法であるDIMMCI[Direct-Imitate-Man-Machine-Control-Interface]は、暫定的に命名されているものであって――該当する操縦系を有する機体は事実上、RL一体しか存在しないのだ――これが意味するところは人機直結追従操縦規格、とでもなろうか。つまり、この時のクリストファ・アレンが行った命令が意味するところは、操縦系を航宙機ワイヴァーンのそれに変更する、と言うことになる。
『モード・ワイヴァーン、了解』
 シミュレーション・パターンの展開、構成を無言の内に終えていたアテナの声。
『両の操縦筒が変形します、注意願います』
「オッケー」
 既に両腕は自由となっていたのだが、クリスが念を入れてその両腕を高く上げると、まずは右操縦筒の上面がゆっくりと変形を開始した。二重となっていたカバーが外れ、クリスの主観からすれば心許(こころもと)のない、小振りな操縦桿が露出する。小振りとは言え、ワイヴァーンのそれに倣うものであったから、機能面での不具合の存在などは有り得ない。続く、左の操縦筒はこちらは大掛かりな動きは見せない。グリップフレームが持ち上がるだけの単純な変形ではあったが、上下に関する自由稼働がレバー操作へと反映されるので、やはり性能、機能面での問題は存在しない。両の足は継続してSAMOSに固定されているが、これはフットペダルに関しては特筆に値する程の差異が認められなかった結果でしかない。
「面白いものでね――」
 頭痛は止まない、気持ちは悪い、ついでに手足末端の感覚が微妙。しかし、クリスはこの際、無駄口を叩きたかった。気を紛らわせたかったのか、それとも文字通りの自棄(やけ)を起こしているのかは、本人としても判然としなかったけれど。ああ、或いはアテナに投げ掛けると言う形を取ってはいるのだが、その実、耳を澄ませているのであろうキリオ達に間接的に投げているつもりになっているのかもしれない――咄嗟に、そんなことを考えた。
「――この操縦系になると、頭が切り替わるんだよな。イメージが全く変わってくる。面白いもんだ」
『そりゃあ、クリス――あなた、ワイヴァーンに乗っている時間が長かったんだから当然でしょう』
 ぐふっ、と言う声が漏れ出てしまった。いつもながら、全く毎度毎度、新鮮な驚きを与えてくれるオペレーション・システムのアテナ様だ。
「ああ、ごめんねえ。そりゃ、妬(や)いちゃうよねえ」

『知りませんっ』

 自らの身体の不具合を伴う各種の痛み、擦過感は治まらない。しかし、クリスはここで大きく笑うのだった。

   ・
   ・
   ・

「なんだ、大丈夫そうじゃん」
 卓上に放り置かれていた煙草ケースから一本を取り出し、銜(くわ)えてリンダが口にした。
「……あの野郎、相当無理していやがる」
 寝癖の残る髪をガシガシと掻きむしるキリオ。大変に苛立っていることは、観察者が全くの第三者であったとしても読み取れるところであっただろう。
「取り敢えず、データ上での問題は無いっぽいけど?」
 半ば、反論を期待した上でのリンダの言葉。
「……いや、かなりキツいと見た。戻ってきたら、一発ぶん殴ってやりてえ」
 ここでキリオも、自らの煙草を一つ抜き出した。馴れた手付きで銜え、火を点ける。ライターは特注品、件のクリストファ・アレンから誕生日プレゼントとして贈られたガス・ライター。これは贈呈主によって[my buddy, be temperate in smokin’]、と癖のある字体で飾られているシンプルなライターで、無重力環境でも使用可能な逸品である。が、愛煙家に対してなんとも挑戦的と言うか冷や水を掛けるような語句であると言うべきか――親友よ、煙草を控えるべし。言うまでもなく、キリオからすればクリスからバディ、親友と呼ばれるのは歓迎するべき事ではあったが。
「殴るのは駄目。主治医として許可出来ない。ビンタなら見ないことにする」
 そう言って、リンダが顔を近づけてきた。キリオは、その意図が読めない。
「火、くれよ――」
「……ああ、そういうこと」
 ここで初めてキリオはリンダの銜え煙草に火が点(とも)されていないことに気付いたのだった。由来深いライターを再度、手に仕掛けるが、どうにかリンダの考えるところを汲み取ることが出来た。
「ん」
 煙の燻る銜え煙草の先端を、同じくリンダの銜え煙草先端に運ぶ。少しだけ、嬉しそうにしてリンダがいよいよ先端を密着させた。

 形こそ異なるが、これは彼等二人にとっての事実上のベーゼ、キスに他ならない。

 クリストファ・アレンを殴り付けると言う気概が、すっかりと失われてしまったことにキリオが気付いたのは、後の話。

 女は怖いね――気付いた時、思わず口にしてしまったヒムラ・キリオであるのだが、それはやはり、もっと後の話であった。


   ◆ ◆ ◆

 両の腕で構えたレーヴァティンが火を噴いた。

 正確には、左腕に巻き付いた――と言うより、一体化した――レーヴァティンが目標に対して真っ直ぐに向けられ、その右手は軽く添えられているだけの体勢であった。両の足はスパイクが下ろされることで、エテルナの大地を力強く踏み締めている。

 大気を鳴動させ、その通過面周辺の土砂を盛大に巻き上げて、ケルト神話、荒神スルトの帯剣をその由来とする『全てを焼き尽くす炎』が迸(ほとばし)った。

 その上空、二百メートルの地点の高台に設置されていたのは、近日中に主要都市部のシェルター近縁への配備予定が内定されている無形障壁発生機関、[リベラル・ガード]。これは自衛隊の『非協力』の元、民間企業共同体によって設計建造が行なわれたもので、航宙護衛艦や、一部の航空護衛艦に装備されているものと性能は大差が無い、と言う触れ込みの代物だった。

 しかし、ライト=ブリンガの放った紅蓮の炎光は、最大出力で展開されているはずのそれを、呆気なく、容易(たやす)く突き破ったのだった。

 尚も治まらないレーヴァティンの残滓が、上空、遙か高みでようやくそのエネルギーを自然拡散させた。それでも、決して薄いとは言えない雲の群れ、その一点に穴を大きく開ける程のものだったのだが。

 薄い煙を棚引かせ続けるレーヴァティンを先端を直上へ向け、ライト=ブリンガはゆっくりとその両脚位置を通常のものへと戻す。機体各部、そして頭部のカメラ・アイが霧さながらに立ち込める砂塵の中で鈍く、光り続けた。

   ・
   ・
   ・

「あ、あああ……」
 航空自衛隊所属、コードネーム『デルタ・ワン』の機内通路で、一人の議員が膝を折って呻いている。
「いや、しかしこれは……有り得ないことではないのか。なんなのだ、あの人型ロボットはっ」
 膝を折るにまでは至っていないその議員は、しかし呻き声が漏れ出ることまでは防げなかった。他の様子は、特筆に値するまでのものでもない。誰もが、音を――言葉を失ってしまっていたのだから。
「例の『盾』はフォーチュン級の直撃に数十秒は耐える仕様であった筈だッ!」
 肘置きを殴り付けるようにして立ち上がった一人の議員がいる。若さを隠そうとしているのだろうが、貫禄に不釣り合いな髭は正直鬱陶しい――ジャニスは常にそう感じていた。
「……まあ、あれはあくまでも大気圏外からの射撃っつー条件下だ、とは事前に言っておいたと思うけどねえ」
 独り言としては、明らかに大き過ぎる現職大統領の声だった。その言葉に、数人の議員がが一斉に反応。隣席のエマが緊張の度合いを高める様子が伝わってきた。しかし、そんな数名を窘(たしな)めるようにして立ち上がった議員が、あくまでも落ち着いている様子だったことに大統領は安心してしまう――と、言う程に焦っていた訳でもないのだが。全く、同じ国内でありながら敵味方と言った概念が頑として存在しているのは滑稽この上ない。が、ある意味では健全なのだろうなあ――ジャニスは、その好敵手に対しては実は少なからぬ好感すら覚えている。全く、複雑な。
「……大統領閣下、今回の為(な)さりようは卑怯ですね」
「ええ、そうかもしれませんねー」
 簡潔に答えつつ、手元のアイスティーを啜り上げたが、これは勿論演技だ。
「あの様な兵器の存在――今までに全く明らかにされていなかった。これは、明白な憲章違反ではないのかっ!」
 背後の若手議員が怒鳴り声を上げるに及び、エマの目配せでSPの数名が一斉に立ち上がった。
「落ち着くんだ、ホセ」
 代表格、ジャニスが好感すら寄せている議員が暴発仕掛ける若手の肩に手を置いた。
「ですがっ」
「いや、大統領、失礼しました。ただ、彼の動揺も理解してやって欲しい」
 乱れてもいないネクタイを直しながら、言う。
「大丈夫、気にしていないし、理解は出来ますから」
 ウィリアム・ヤン・ファンと言う長い本名を持つ彼は、半ばトレードマークともなっている特徴的な眼鏡のブリッジを持ち上げて、位置を直した。
「いやしかし……自衛隊規約に抵触しない程度の情報は、頂けるのでしょうかな」
 これは面白い場面だ。少なくとも、ファンが動揺するところを大統領は初めて目の当たりとしたのだ。いや、そうと見抜くことの出来る人間は少ないのだろうが、それでもジャニスは確信している。
「……規約に抵触することだって教えることは出来ますよ。ただ、情報が漏洩した場合には国家反逆罪をもって償って頂きますけどね」
 ここでジャニスはやはり演技的に息を一つ吸った。ゆっくりと立ち上がる。
「そのお覚悟はおありなのかしら?」
 ファンを含む、数名が一斉に息を呑んだ。これは実のところ、ジャニスとしても思い切った決断ではあったのだ。味方同士で――来るべき敵という存在が純粋に彼女は怖い――足を引っ張り合っている段階ではない、と強く思い続けた結果、勇気。
「――――」
 整ったリーゼントに指を当てる動作を行ない、ファンは続いてハンカチを取り出した。これも、初見。
「あなたは食えない人だ、大統領――私は、知りたい。これは率直な気持ちだ」
 絞り込むようにして続けられたそんな言葉は、ファンにとっては降伏文書調印に値する発言だった。それも、無条件のものだったかも分からない。
「即答とは驚いたわね――ご老体の意見を伺わなくても宜しいの? あなた一人が責任を負わせられることになるんじゃないかしら」
 自分が心配することがお門違い、それは百も承知ではあった。しかし、尋ねざるを得なかった。対立野党、その若手急先鋒であり、尚かつ改革派の彼には党内の敵も多いと知っている。そして、何よりも息の長い、四代前大統領から続く保守党の彼等。
「私は、党の代表としてここに赴いている。そして、情報の取捨選択に関する権限も与えられている。あなたに心配して貰うことでは、確かに無い」
 そう口にしたファンの耳元に、背後の一人が耳打ちを行なったが、それに対しては五月蠅(うるさ)げに首を振ることで返答と代えたようだ。
「良いわよ――この飛行機には外部と遮断された談話室があるから、望む方にだけ私からお話をすることは十全に可能ですよ」
 正直、ここまで自分が譲歩する必要も全くないし、或いはこれは彼等に対する侮辱冒涜に値するものだったのかも分からない。
「私は知りたい――あの異様な兵器の正体の全てを。そして、あの力は我々にとっての希望となるやもしれない」
 言って、居住まいを更に正すウィリアム。
「――この場に留まる者が存在するとして、私が後で話をするかもしれませんが――それは問題はないのですか?」
「ご良心にお任せする。話を聞く人間にはそれ程の覚悟を背負って貰う、と言うこと。ご老体に話を通すこともヤブサカではなくてよ。但し、前述したように、これが外部に漏れた時には行動に移させて貰う。その位の力は今の私にはあるの。何の自慢にもならないけどね」
 一息で言い切った大統領がゆっくりと立ち上がる。
「覚悟のある方だけ着いてきなさい――」
 エマのエスコートを受け、殊更にゆっくりと談話室へ向かう大統領であった。

   ・
   ・
   ・

「あら、思ったより少ないのねぇ」
 大統領は苦笑して見せたのだが、これは嫌味でも何でもない。普通の、落胆だった。
「……根性無しが露見して全く情けない。恥ずかしい次第だ」
 ぎい、と音を立てて談話室の特製チェアに座り込んだファンは、心なしか苛立っているようだった。彼に続いて入室を果たしたのは、ほんの数名。先程、激しく激昂してきた者と、耳打ちを行なっていた人間が存在していないことを心の何処かで歓迎しつつ、それでも強い引っ掛かりを覚えるジャニスではあった。
「あー、あんまり時間が無いので手っ取り早く行きます。そんな訳で覚悟は良いのかしら?」
 居酒屋で料理と酒を注文するような調子と言えばあんまりか。しかし、隠れた酒好きでもあるファンがそんな喩えを思い付いてしまった程に、大統領は軽い口調で言ってきたのだ。
「……元(もと)より」
 ファンが呟くのに、背後の数名も頷きを加えたことで賛意を示してきた。
「まず、あの機体の名称は[ライト=ブリンガ]と言います。人型の、戦闘兵器――そして、汎用であることがたった今、いよいよ明らかとされたところです」
 眼鏡の縁に手を当てて、律儀に頷きを繰り返すファンを確認して、大統領は殊更に間を置いた。
「――建造元は不明。システム開発者も判然とはしない――当然、システムも未だに全容が解明していない、我々がたった今し方、目の当たりとしたあの機体の正体は、実は得体が知れないのが現実」
 ファンの頷きが全く止まっている。それは、彼の背後に構える数人も同じ事だった。ジャニスは容赦なく続ける。
「そして、あれに乗っている人間がいます」
 敢えて、ジャニスはここでファンに視線を注いだ。わざとらしい程の間を、勿論意識して置きながら。
「あ、ああ、成る程ね。無人ではなく、有人である訳ですな。それが、何か?」
 そんなあからさまな間に堪え切れず、ファンは言ったのだが、これは正にジャニス・シュバリエに誘導されたものだ。
「皆さんも、よーく知っている人間が乗っています――と言うより、限定されたその人間しか『乗ることが出来ません』」
 ここで溜息を一つ。この室内で、護衛室長を務めているエマと、大統領以外の顔に一斉に疑問符が浮かび上がっている。まあ、無理もないだろう。
「知っている人間――はて、どうも漠然としているようで」
 居住まいを正してファンは言ってきたが、これは何かを口にしなければならないという彼の義務感が言わせたものなのだろう。
「クリストファ・アレンですわ」
 その大統領の端的な言葉に、ファンの上半身が大きく揺らいだ。
「……俗な、いや失礼――非常に一般的な組み合わせの名前ですな。しかし、私が知っているクリストファ・アレン氏は一人しかいないのだが」
 背後の数名が互いに目配せを行なっている中、もはや動揺を隠しきれないファンである。片や、全く超然と涼しげにしている現大統領であったのだが、ファンが知り及べない背景がここには存在している。実のところ、彼の姿はほんの少し昔の自分のそれに等しいのだ。フォーチュンの中で初めてライト=ブリンガを目の当たりとし、簡潔な説明を受けた時のジャニスはやはり、大きく動揺したのではなかったか。
「クリストファ――アレン――まさか、幕僚長自らと言うことでしょうか?」
 答えない大統領に業を煮やしたのか、ファンが遂に決定的な肩書きを口にする。回想に耽っていたのは全くの事実でもあり、ジャニスは慌てて言葉を返す。どこか微妙に攻撃的なそれとなってしまったのに他意はない。

「私の信望篤い幕僚長は、確かにクリストファ・アレンという名前ですが、それが何か?」
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第四章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2658年01月01日

第II光:『光臨』 第四章 『E.S.F.S as Eterna-Self-Defense-Force』 - XIV

 完全に自由とはなってくれない右腕で、それでもクリストファ・アレンは、操縦桿を力強く握り締めた。網膜に直接投写されていた前方画像に、数倍のズーム効果が反映される。軌道軸線上を示すガイドグラフィックの延長に、フォーチュンを示す各種文字情報と概算ポイントが表示されているのだが、ライト=ブリンガの望遠では未だに実映像が確認出来ない。
いや、もしかすると自分自身の視力が著しく劣ることとなってしまっているのだろうか――口にしてしまうと、要らぬ心配事を多くの人間に提供してしまうこととなりそうで、クリスは一人、下唇を噛み締めた。しかしここに来て、よもや自分の弱点――いや、身体特性と表現するべきか――が露出してしまったのは痛恨も痛恨、大痛恨ではある。低濃度の酸素に過敏な反応をする自分の体、いや脳と言うべきか。実際、火星沖会戦時からその後――特殊部隊にて任務に従事していた際に軍医から指摘は受けていたのだ。
『大尉――時として情緒不安定となるのは君の特異な体験に由来があるものと思われる。火星沖の英雄に対し、失礼かとは思うが』
 カルテを片手にそう語ってきた軍医殿の顔までは流石に思い出せない。が、確か終戦数年後のことではなかったか。
『……先立って、君の上官であるレスター大佐には報告しておいた。大変に気を揉んでおいでだったぞ』
 確か、そう話は続いた筈だ。そして、案の定だ。数時間後には直接の呼び出しをレスターから受けることとなったのではなかっただろうか。この時点では軍医殿の注進があって呼び出されるのか、或いはその他の問題が取り沙汰とされるのか、クリストファには分からなかった筈だ。さて、若過ぎる青年大尉の前で二度、三度と咳払いを行なって、父親程に歳の離れた大佐殿は言ったのだった。
『まぁ、そのなんだ――君もいつまでもパイロットを続けるわけにもいかんだろうて』
 軍帽を脱いで、すっかりと白く、そして薄くなった頭髪を撫で付けた。
『来月進宙予定の新型の艦長に貴官を推薦しておいた。その方がお前さんにしても良かろう――』
 しかし、自分には艦艇指揮の経験はありませんが――普通に面食らった記憶は忘れられない。そもそも軍医にそんな症状を指摘される以前より、その症状とは由来が全く無縁な問題
で悪名を轟かせていた自分自身でもあったこともある。全く、今思えば噴飯ものだ。本当に、あの頃の自分はどうしようもない存在だったと思う。
「……懐かしいな」
 と、つい口にしてしまった。
『何がでしょうか?』
 即座にアテナからの反応が返ってきたが、ここに及んで隠し事をするつもりも無かった。
「いや、ふと昔のことを思い出していてね」
『昔のこと、ですか』
「ああ。太陽系惑星連合の宇宙軍大尉だった頃のこと。まだ、何年も経っちゃいないんだなあと思ってね」
 年齢上も、そして性格的な面においても全く柄でないことを口にしている中、クリスは今一度、望遠映像を注視する。『FORTUNE ETA 25:17』――フォーチュンへの到達予定時間が25分と17秒、ということ。その程度の距離目標であれば、RLの望遠映像で確認が出来るとは思うのだが、未だに認識出来ないことを鑑みると、やはり自分の視神経末端にささやかな、いや、それが事実だとすれば『深刻な』異常が発生しているのかも知れない。固定されている操縦桿――と言うよりも、操縦筒そのものなのだが――上部に浮き上がっているパネルを二度、三度と繰り返し操作。正面画像の一部に通信状況を示すレポートが一瞬だけ展開されたが、直ぐに閉じられ、淡い緑色表示で「OK」と、簡潔なフォントが踊る。
「フォーチュン管制、こちらRL、クリストファ・アレン――聞こえるか」
 通常の二割り増しと言った抑揚を意識して、クリストファ。
『こちらフォーチュン管制、感度良好。シャルロッテ・グルーミングであります。お疲れ様、クリス』
 懐かしい声ではある。とは言え、半日にも満たない再会ではあったけれど。
「予定通り、フォーチュンからのオートメーションでの帰艦をこれより実行する。各種情報相互リンケージに関して、こちら側の不良異常は認められず。フォーチュン側のそれを確認してもらいたい」
『既に確認済みです。今すぐにでもデータリンクを行なうことは可能ですが、実行しますか?』
 半ば予想していた返答ではあった。それこそエテルナの大気圏離脱時より、その帰艦を迎えるに当たってキリオは盛大な根回しを行なっていたのだろう。
「ありがとう、宜しく頼む。以降、主権はそちらに預けるから――」
『――了解しました。後はお任せを。眠っていても結構ですよん』
 歌うような調子でシャリーは言ってきてくれたが、これはこれで幕僚長のことを気にしてくれているのだろう。流石に眠ることは出来ないが、ゆっくりと出来ることに疑いは無い。
「アテナ、聞いての通り。フォーチュンからのデータリンク要請があったら、無条件で受け入れて良いから。それまで、針路は現状で固定、いいね?」
『心得ました――クリス、どうか少しでもお休み下さい。後は私とフォーチュンにお任せを』
「ありがとよ」
 そう答えておきながら、クリスは操縦筒に張り付いていた右腕に自由を与えた。軽く持ち上げた右掌を眼前に運び、二度三度とゆっくり握り締める。うーむ、と心の中で呟いて、クリスは続いて左のそれをやはり、同じように確かめる。心無しか、右の方に違和感があるように感じられ、それは等しく自らの足にも言えることではあったが。一体全体、この違和感は何なのだろうか。

 まあ、どうせ艦へと戻ったらマッド・ドクターのフュッセル女史に徹底的な人体実験――もとい、健康診断を行なわれることは間違いない。そこで、自ずと分かることもあるのだろうな。

 ふう。

 クリストファは深い、溜息を吐いた。ゆっくりとその両目を閉じてみれば、未だに見慣れぬ星座の海をたゆたっている自分自身という存在が再認識され、口元が綻んでしまう。

 宇宙は良い。清潔で、そして静謐(せいひつ)だ。

 宇宙は良い。

 叶うものならば、僕はここで死にたい。


   ・
   ・
   ・

『各員、最終チェック確認、厳にーっ』
 バイザーは未だ開けた状態のまま、スコット・ロードマンの声が外部マイクで増幅されて工房ブロック内に大きく響いた。自らもバイザーを閉じ、そして壁面に設置されているブロック内の酸素表示が通常通りであること、そして気密服非装着者の表示がゼロとなったのを確認し、工房管制室に控える数名に対してブロック・サインを行なった。
『こちら工房ブロック管制、ブロック内減圧の後、ハッチ開口を実行する。各員、再度気密チェック』
 声の主はシンジョウ・マヤであり、イザヨイの研究所からフォーチュンへと戻ってきたのは、ほんの数時間前の話であった。人手が絶対的に足りていないことを知らされた彼女は――ライト=ブリンガの存在は、自衛隊における最高機密であり、割ける人員数がそもそも少ない――嫌な顔を一つだって見せずに、率先して工房管制室に籠もってくれている。そんなマヤは、ブロックに詰めている全員の気密状況を確認して、減圧をまずは実行した。
『――ハッチ開口を実行します』
 ハッチ操作に伴う各プロテクトの解除を規定手順に従って実行し、卓上のレバーをゆっくりと、しかし力強く落とし込む。管制室備え付けのメイン・ディスプレイにハッチ開口を示す表示が大きく点滅し、同時に開口部に設置されているカメラが送ってくる実映像が反映された。
『ハッチ開口順調なり――要サーティ・セコンド』
 ブロック詰めの気密服に等しく順調に通信が送られていることを確認して、マヤは卓上のパック詰めコーヒーを一口、啜る。ここまで来れば、彼女の仕事はほとんど終わった様なものである。ライト=ブリンガが着艦した直後のハッチの閉口はフォーチュンのマザー、ヤオヨロズがオートメーションで行なってくれる手筈になっており、そして今、マニュアルに依る開口作業を行なったのは、当初の予定を前倒しする決定がその直前になされたからでしかない。とは言え、マヤに取ってこれはそれ程に煩雑、複雑な作業でも無かったけれど。
『いつもの様にやれば良いッ――各自、持ち場へ着け!』
 スコットの胴間声を皮切りにするようにして、完全に開いたハッチの向こう側――つまり真空の宇宙空間――その一点に存在している光源を、ブロック内の人間の多くが確認出来ることとなった。GRDSが引き摺(ず)る排気炎、エギゾースト・フレアが示す微妙な薄赤色と、こちらは混じり気のない白色を放っている機体各部のトラクタ・ビームが競演することによって、今のライト=ブリンガの全体像、光点が放っている色は薄ピンクとなっている。決して場数が多かった訳ではないが、馴れも手伝った結果、スコットやその部下達は今やその『色』で機体状態をほぼ、正確に把握出来るようになっており、今のその色が示している状態からは機体全体に負荷がほとんど及んでいないであろうことが伺い知れた。手元に情報端末も無く、あくまでもスコットの当て推量には過ぎないのだが、RLは既に大幅な減速を終えて、ほとんど慣性力のみのベクトルで、このフォーチュンへと近付いてきているのではなかろうか。いや、そうに違いない。
『ライト=ブリンガ、着艦体勢を取りました。各自、放射熱に要注意のこと』
 管制室詰めのマヤの報告は、あくまでも淡々としていた。簡単な情報緒元はスコット達の気密服にも転送されている。スコット・ロードマンは手近なフレーム・グリップを左手で強く握り込んだ。先程まで全く見えなかったRLは今や、その機体全容が確認できる程の大きさとなっていた。レーヴァティンとイージスを背負い、その四肢は慣性力に全く逆らうことなくその背面に流されている。
『自然体か』
 口にして、微苦笑を禁じ得ないスコットである。同じ感想を抱いたのか、数名が対象へ向けて指差したり、頷きを加えたりとしている。
『しっかし……荘厳ってのかねえ』
 工房ブロックのハッチ前で、限りなく相対速度を殺した純白の女神が、その姿勢を正し始めた。機体各部のスラスターが軽い噴射炎を上げて、微調整を行なう。機体反転を実行し、ここで前面に展開されていたGRDSユニットが一度だけ、本当にささやかな炎を上げた。ライト=ブリンガは、その背面からゆっくりと工房ブロックへと完全な入場を果たした。
『オーケー、格納ベッドへ固定よろし』
 ブロック内オールレンジの無線で命令を飛ばすのと同時に、親指でオーケー・マークを示して、スコット他数名がライト=ブリンガの元へと体を流す。現在、このブロックは無重力に設定されている。
『RL、格納スタンバイ。全て問題なし』
 GRDSユニットを正規の場所へと流れるように戻しながら、人型の形状を有する機体は専用の格納ベッドへと慣性力のみで流れていく。
『データリンク、問題なし。格納実行』
 マヤの落ち着いた声が響く。アテナとヤオヨロズによる情報処理、機体保持はまず、問題が無い筈だったが、格納ベッドと特殊機体を隔てている距離が次第に縮まっていくのを、その肉眼で入念に確認し続けてしまうスコット・ロードマンであった。有事に備えて、損は無い――果たして、そんなスコットのささやかな努力と心構えは、格納ベッドのアタッチメントにライト=ブリンガの背面がミリ単位の誤差も無く固定された為、めでたくも無駄なものへと転じることにはなったのだが、これもまた彼の大事な仕事ではある。
『おうし、第二次格納体勢に入ってから三十秒でハッチ閉口、予定通りに』
 ヘルメットの無線機に声を込めて、スコットは改めてRLの全身を観察した。ざっと目視した限りでは機体に問題は無さそうだったが、細かなところは実際に精査を行なってみないと当然、分からない。ライト=ブリンガを大気圏内で稼働――と言うより『大暴れ』――させたのは初めてのことであったし、付け加えるのならば、この『とんでもない機体』は独力で大気圏突入、のみならず離脱までを行なって、今のここにこうして存在しているわけだ。大なり小なり、どこかに疲れている部分は存在する筈だ、と実はスコットは確信している。そんな内に、間接各部を結合するワイヤーが絡み合って、ライト=ブリンガはトラクタ・ビームの生成、全面カットを実行した。無重力、真空の状態なので当然、音響面での変化は無い。尚、ハッチの閉口を即時実行していないのは機体各部の冷却が不可欠である為であり、緊急時にはブロック内の冷却器にて強制冷却を行なうことも可能なのだが、無論、今は緊急時ではなかった。果たして、最後まで灯り続けていたRLの三ツ目、双眸に闇が代わって宿ることとなり、機体の装甲表面を淡く走っていた燐光が完全に絶える。
『ハッチ閉じます――閉鎖十秒後に与圧を開始。ダクト近辺の作業員は空気流量に注意されたし』

   ・
   ・
   ・

「よう、お疲れさん。一人で動けるか?」
 コックピット・ハッチを開いた状態で、各種データ類の転送に関する諸設定を行なっていたクリスに掛けられてきた声。その持ち主は、つい今し方、工房ブロックへと訪れたヒムラ・キリオその人であった。与圧されてからの来訪だったのか、気密服では無く、常通りの薄汚れた作業服にTシャツと言ったファッションである。とても、自衛隊の上級指揮官とは思えない格好。
「ああ、心配掛けた――ちょっと引き攣(つ)る位だから問題はないよ。これだけ終わらせたら、医務室へと向かう」
「了解だ、幕僚長殿」
 崩れた敬礼を、一つ。
「すぐに終わらせるから」
 情報入力を軽快に行なっているそんなクリストファの様子を見て、キリオの顔に安堵の色が強く浮かび上がる。念を入れて、工房ブロック入り口に自走担架が用意されていたが、どうやら杞憂(きゆう)と済んでくれたようだ。
「アテナ、それじゃあ後は宜しく。メンテナンスは、スコットに一任。従うように」
 立体映像で構成される入力パネルを消去しながら、メットのバイザーを上げた。懐かしい臭い、フォーチュンの臭いに安心感を強く覚えるのは今に始まったことではない。
『心得ました、クリス。ゆっくりとお休み下さい』
 そんなアテナの発言を最後に、ほぼ全周囲に表示されていた外部映像が消滅し、薄灰色の内壁が残された。
「お疲れさん、アテナ」
 無論、疲労感を覚えるような存在ではない『彼女』なのであるが、まあ、これは社交辞令的なものでしかない。そして恐らくは、今頃艦内のあちこちに点在しているアテネコ達が再起動を実行している筈だ。暗闇の中、蠢く影がゆらり、ゆらり。その両目に滾(たぎ)る野性は隠し切れるものではなくって――と、ここまで考えてみて、あまりと言えばあまりの馬鹿らしさに失笑してしまうクリスであった。我が家、フォーチュンへと戻ってきて気分が高揚しているのは分かるのだが、こんな自分はどうにもリーヌ時代にアルファ色へとすっかり盛大に染まりきってしまった様に思えてならない。いや、勿論これは不快だとかそんなことは断じて、ないのだが。いやはや。
「今頃、あちこちでアテネコも蠢(うごめ)き始めていることだろうな」
 しかし、キリオがこんなことを口にしてきたものだから、クリスはそれはそれは大きな笑い声を立ててしまうのだ。


   ◆ ◆ ◆

「で、結局確認出来たのは低酸素に伴うチアノーゼ、でもって四肢末端及び視神経の微障害ってことだけかい」
 恋人から手渡された紙の書類を一瞥して、キリオはそれだけを言った。
「ああ。それも、データ上では異常は特に認められ無いねぇ――パイロット・スーツにも特にこれと言った異常はやっぱり無かったしのぅ」
 裸の上半身を起こしたリンダは枕元の水差しから直接、水分の補給を行なって答える。
「……何だ、妙に含みのある言い方じゃないかね」
 実際、リンダの表情は快活なものではなかった。キリオは、それが気になって仕方がないところだ。
「なんだか、奇妙な……いや、気持ちが悪いところがあるんだよ。上手く言葉に出来ないんだが……」
 言いながら、キリオの左腕を枕にするようにして隣へと滑り込んできた。
「データ上で異常が無いって言ったばかりなのに」
「だから、難儀していると言っているのさ――血液検査の結果待ちだけどね」
 強い引っ掛かりを覚えていたリンダは今回、考えられる限り精密な血液検査の実行に踏み切っていた。大袈裟だなあ、と呟いたクリストファの意向は完全に無視させて貰った。フォーチュンの医療設備では完全な精密検査は行えないこともあり、エテルナの大学病院へ直接送付する為の準備まで行なっている。
「まあ、届き次第、一両日中には結果が出るらしい。待つより他はないから、今は考え込んでも確かにしょうがないのかもしれないねぇ」
 半ば、自分自身に言い聞かせるリンダ・フュッセルであった。しかし、群を抜いた才媛とは言えリンダは人間、それ以上の存在ではなかったので、その同時刻にアテネコが、つまりはアテナが医務室で取っている行動を読むまでには至れなかった。そして、更に悪質なことに――この表現は『彼女』からすれば心外なものだろうが――女神アテナは人間の、人の与(あずか)り知らぬところでフォーチュンのマザー・コンピュータ、ヤオヨロズに対する最上位の命令権の獲得に成功している。このことを、キリオらが知るのはもっと後の話ではあるのだが、差し当たってこの時のアテネコホワイトは、誰からも疑念の目で見られることもなく、そして数多くのプロテクト、ガードが完全に無効化された状態で、医務室倉庫へと侵入を果たすこととなっていた。アテナの延長そのものであるアテネコは、目的の冷蔵保管庫の前へ辿り着くと、その胴体部ポケットに収納されていたカプセルを取り出した。
『認証実行、ログ消去』
 ホワイトが呟いたわけでは無い。アテナが、本体であるライト=ブリンガより発信した命令を人語に訳せばこうなる。果たして、ヤオヨロズ管轄のセキュリティシステム上ではあくまでも完全に問題の無い状態で、冷蔵保管庫は開いた。アテネコの眼部に仕込まれているカメラが、庫内の目的物の影を捉えるのには数秒も掛からない。癖の強いリンダの肉筆で『C.Allen (Blood sample 0431)』とラベルに刻まれていたカプセルをアテネコは左手で無造作に取り出し、そして右手に堅く保持していた同じカプセルと――なんと、そのラベルには前者のそれと全く同じ字体で、寸分違わぬ内容が刻まれている――すり替えた。
『終了。該当ログ消去実行、保冷庫施錠実行』
 かくしてアテネコは、入手したカプセルを腹部のポケットへと収納すると、悠然と医務室倉庫を後にした。リンダの通話記録によればDNAの鑑定にまでは踏み込まないこととなっているので、発覚することはまず無いとアテナは考えている。身代わりとなったアーサー・ホルスト一尉には――同じ血液型であり、そして入手が容易だった――申し訳なく思うところもあるが、今回の危機を回避するのにこれ以上に理想的な手立てが存在しなかったことも事実。今、クリストファの特殊な血に気付かれるのは――例え、リンダ・フュッセルであったとしても――得策ではない。今は、まだ。


   ◆ ◆ ◆

 珍しく、食事を共にする時間の捻出に成功したクリストファとソフィの二人が空間、食事場所に選んだのは艦長室であった。食事プレートとドリンク類は従卒役の自衛官がワゴンで運び込んでくれていたが、給仕を固辞させてもらった為に、今この部屋にいるのは本当にこの二人だけとなっている。ソフィのプレートがランチメニューであるのに対し、クリスのそれはディナーメニューとなっている。艦長と幕僚長のシフトにずれがあるのは問題ではあるなあ、と常に考えているクリストファなのだが、なかなかどうして、上手くいかないものである。原因の一つとして、本来の副長であるベアトリイチェ・ノイマンがフォーチュン級二番艦であるエターナル・エターナルへと出向していることが挙げられる。現在の副長、ステラ・ハーヴェイの評価が低いわけではこれはなく、彼女自身の能力とは全く無関係な、しかし肝心の帯艦橋時間の不足――勿論、ステラ本人にとっては解決しようのない問題だ――と言う要素がある為、艦橋を長時間預けることは未だ、避けているムラサメ艦長であった。今のところは、ソフィ本人並びにヒムラ・キリオ、キートン他によってどうにか艦橋責任者をシフト編成して遣り繰りしている状態だ。
「まあ、そんなわけで。どーってこと無かったんで、安心して欲しい」
 正面に座るソフィ・ムラサメはそれでも、訝しげな表情を隠そうともしない。
「そこまであなたが仰るのなら、これ以上は口にしませんけどね――ともかく、今日明日はゆっくりとして貰いますよ」
 手ずから注いだ白ワインを大事そうにちびちびとやって、クリスは頷きをもって返答とした。
「事務的なことはキリオさんも代行する、と仰っていますし。私に出来ることがあれば、任せて頂きたいと」
 対するソフィはノン・アルコール。この一時間後には艦橋へと戻らなければならない身であった。
「うむっ――しかしこのサラダは素晴らしいな。マノアも腕が上がって結構なことだ」
 たっぷりと盛られたサラダを豪快に食べ散らかすクリス。常日頃から口にはしているが、酒も料理もフォーチュンで飲んだり食べたりするのが圧倒的に美味い。リラックスに勝る調味料は無いと言うことなのだろう。
「幕僚長にはミネラルが不足しているんだわ――ってマノア、言ってましたけどね」
 同じサラダ、しかし量は半分程。クリスがフォークで進めているのに対し、ソフィは箸を使用している。
「ミネラルねえ……どっちかっつーと肉より野菜の方が好きな位なんだがなぁ」
 言いながら、ワインをぐびりと飲(や)った。ソフィの右眉が少しだけ、危険領域へ跳ね上がった気が。ちなみに、それは気のせいではなかった。
「まず、お酒は減らすべきですね――」
 クリス、このソフィの発言に咽(む)せる。
「一時期に比べたらむっちゃ減っているでしょう」
 ささやかな抵抗を試みてみるが、無為と終わるのであろうことは半分、分かってはいる。
「呑み過ぎていた『一時期』は比較対象になりませんよ」
 脆くも崩れ去った強がり。クリスは、素直に項垂れた。
「今日の一杯はこれで終わりにします」
 実を言えば、もう数杯を傾けたい心境でもあったのだが。
「でも、そろそろ時間を合わせて貰いたいな――もっとも、これは私個人の全く身勝手な注文なんだけど」
 ソフィの口調が変わっていることの意味に気付かないクリストファでは勿論、無い。
「了解であります、『艦長殿』。今日はせいぜい、早く眠りに着きますよ。ナイトキャップにしては微妙に足りないっすけどね」
 ささやかな反論は、それでもやっぱり。
「アルコール中毒が顕著な様ね」
 にっこりと笑いながら、ムラサメ艦長。
「……いや、安眠に勝るモノ無し、と思っただけにね……」
 敗色濃厚。それも分かっている。けれど、クリスにとってはこんな遣り取りが大変に、そして純粋に楽しかったのだ。負け戦、それもまた良きかな。



   ◆ ◆ ◆

「ヒュウッ! これが完成体ですかっ!」
 両腕を大きく広げ、高い天井へと向かって口笛を吹き上げたミランダだった。
「最終調整はフォーチュンで行なって貰うことになっとるよ。取り敢えず、形になっただけじゃい」
 タケシ・ホンジョーは年季の入ったバンダナの位置を修正しながら、言ったものだった。
「いやいや、おやっさん、グッジョブっすよー!」
 ルヴァトワ三尉は両の親指を強く、かつ高く示した。イザヨイに工廠兼社屋を構えるこのホンジョー工業は、総従業員数はたったの50名と言う零細企業であり、ミランダは機体受領に伴う手続きを行なう為に、エテルナ本星から上がって来て、今ここに立っている。彼女の目前で大きくそびえ立っているのは、正にライト=メンテナことファイナル・ガーダーであった。艤装は全く行なわれておらず、そして一部のシステムの構築が施されていない状態ではあるが、自律起動を実行するのには充分な完成度を持つに至っている、と社長でもあり、棟梁でもあるホンジョーのオヤジは得意げに鼻を鳴らした。
「俺達の仕事はここまでだ。後は、キリオの兄(あん)ちゃん達にバトンタッチってな」
 良い仕事を終えた、男の目でオヤジは言う。少しばかり、赤面しているようだが、これはミランダの美貌に原因があるわけではなくて、純然たる満足感、高揚感が彼にそうさせているのだろう。
「納期に相当な無理があったのにも関わらず、完璧な仕事をしてくれて大感謝、ってキリオさんから言付けがあります。後々、時間が出来たらご挨拶に伺いたい、って」
 てやんでえ、べらぼうめ――いよいよ照れ臭そうな表情になったオヤジを見遣りつつ、ミランダは彼女に追従していた自走鞄に対して口頭で解除命令を行なった。
「取り敢えず、約束の『取って置き』だそうです。受け取ってやって下さい」
 開いた鞄から大振りの一升瓶が並んでいる中から一つを取り出して、ミランダはにっこりと笑った。
「いやあ、冗談だったんだがな……本当にくれるってのかい、キリオの字め」
 それでも、まんざらでもないホンジョーのオヤジであった。
「一撃必殺――地球産の素晴らしい日本酒だそうです。本当は、共に一献傾けたかったそうですが、それは次に持参したヤツで呑(や)りましょう、ってことでした。だから、ここに用意した分は皆さんで好きに呑んじゃって下さいな」
 ずしりと重い、一升瓶の一本をミランダはオヤジに手渡した。
「いやあ、有り難いねえ――よもや、地球産の地酒をこの目に拝める日が来ようとはなあっ」
 愛しげに瓶を撫でて、ラベルにその視線を丹念に落とし込む。
「……しかし、何て書いてあるのか、全然わからねえぜ、ちくしょう」
 事実、エテルナ生まれの人間にとって日本語は、ほとんど馴染みのない言語となっている。勿論、それは日本語に限った話ではなかったけれど。
「その辺の意味を、次にヒムラ兄さんと会う時に教えて貰えば宜しいかと」
 クリストファ・アレンだったら、多分こう言う言い方をするんだろうな、と考えながらのミランダの返答だった。
「へへへっ――嬉しいことを言ってくれるね、お嬢ちゃん」
 瓶に頬ずりを仕掛ける勢いで、ホンジョーは脂下がった。さながら、実年齢に等しく刻まれた顔の皺が、両目を埋めてしまうのではないかという程に。
「個人的にもありがとね、おじさん。また、機会があったら来るからね」
 そう言って、ミランダは自分よりも遙かに背の低い老人、タケシ・ホンジョーの右肩に左手を置いた。
「いやいや、なになに。大したお持て成しも出来ずにすまんかったな、嬢ちゃん――って、『個人的に』ってのは一体全体どういった意味なんだい?」
 本心から首を傾げたオヤジだったが、これはやっぱり仕方がないところかもしれなかった。こんな『嬢ちゃんが』オヤジ達が丹誠を、魂を込めて建造したメンテナのパイロットだなんて、無条件で信じる方がどうかしているだろう。
「うん――あたし、これをフォーチュンまで宙送するのよ。さっき、事務所の方には受領書とその他書類を渡しておいたし、アレン幕僚長からの親書もここにありますから」
 どうせ混乱するのなら、まとめてドンが好ましいだろう。その判断に基づいた、ミランダの言葉であった。
「信じられないな――嬢ちゃんがこの化け物に乗るってのかい」
 しかし、ホンジョーのオヤジの反応は想定していた程に乱れたものではなかったのだ。
「うん。暫定的、だけどね――今は私が一番、この機体に関してはスペシャリストなワケなんです」
 そうか、と呟いて、オヤジは一升瓶を一度、強く抱き締めるようにした。
「嬢ちゃん、俺っちは、戦争は嫌だ。誰にも――敵って呼ばれている人間も、そして味方って人間にも一人だって死んで貰いたくないんだよ」
 ミランダは無言で頷いて、オヤジの言葉の続きを促した。
「キリオにまんまと乗せられたし、それはそれで悪いことじゃなかったと思ってる。ああ、上手く言葉にできねぇなコンチキショー――とにかく、嬢ちゃん。死ぬんじゃねえぞ。そして、こいつ、ライト=メンテナには俺達、可能な限り魂を込めた。大事に、そして有意義に使ってやってくれよう」
 オヤジは遂に、その背中を向けた。鼻を啜り上げているってことは――まさか、泣いているんだろうか。
「おじさん、大丈夫。私、この機体で沢山の人を守るの。ううん、それが自己弁護でしか無いことも分かっている。戦うんだものね――でも、おじさんがキリオさんやクリスに何かを感じてくれたのは、本当に嬉しいよ。その感じ方、絶対に間違っていないって証明してみせる。だからおじさん、最後は笑って送り出してちょうだい」
 やはり、頭の中ではクリストファという存在を意識してはいる。しかし、それでもこれは自然に滲み出、露出したミランダの言葉。
「ああ、湿っぽくなってしまってすまねえ――ただな、俺っちは情けないのさ。クリスの坊主、そしてキリオの字、でもってお嬢ちゃん――あんたら、みんな俺っちの孫みたいな歳じゃねえかよう」
 どう贔屓目に見ても、クリスやキリオ、ややもすればミランダを坊主やらと呼ぶ、社会地位的なものはこのオヤジには無いのだが、それを訂正しようとも思わない、思えないミランダ・ルヴァトワ三尉だった。自分たちとオヤジを隔てる年齢の差、だけではこれは無い。
「ありがとうね、おじさん。私達、頑張るから。応援してね」
「ああ、そうだな。俺っちみたいのぐらい、あんたらを応援してやらないとなっ」
 目元をぐしぐしと乱暴に首から掛けた手拭いで掻いて、オヤジはやはり、くしゃくしゃとなった顔で、それでも満面の笑みを、どうにか。


   ・
   ・
   ・

「凄い、カンペキ――おじさん、良い仕事してるよ」
 気密服を装備して、メンテナのコックピットに滑り込んだミランダの第一声である。これまで、モックアップによる――模型のことであり、この場合はコックピットそのものを再現した装置のことで、シミュレーション・マシンの様なものだと考えて貰えれば伝わり易いだろう――新機種操縦訓練を受けて続けてきた身であることもあって、自然に零れ出た独り言だ。
『嬢ちゃん、こっちからフォーチュンに先程連絡を入れておいた。IFFのコード、転送しておくから後はそっちでやってくれい。ぶっちゃけ、細かいその辺は俺っちにはわからねえんだ』
 ヘルメットのスピーカーから、オヤジの声が流れてきた。微苦笑をミランダは、一つ。
「アリガト。おじさん、後はこっちでやるから――呑んだくれちゃっても良いわよ」
『てやんでえ。お嬢ちゃんが飛び立つまで、しっかりと確認させてもらうぜ』
 確か、『あの時』のヒムラ・キリオはそんなオヤジの気質を喩えるのに『江戸っ子気質』と表現していたのだったか、と思い返しながら、ミランダは計器類の総チェックに取り掛かり始める。とは言え、IFFを設定して、このメンテナのメイン・コンピュータがフォーチュンとリンクを締結すれば、彼女の仕事なんてほとんど無くなるのだろうけれど。差し当たって、まずは眠っている動力炉を覚醒させないとならない。ミランダは、メイン・パネル脇に備えられているイグニッション・キィをゆっくりと押し込んだ。レイアウトはほとんど、ワイヴァーンのそれと変わらない――それはつまり、ヴィクトリとも大差はない、と言うことではあるが。さあ、補助動力に火が入り、そして主機関である対消滅機関がいよいよ、起ち上がる。
『boot... RLight=Maintainer [Final=Guarder] Lotus01... Hello, Miranda』
 ほんの半瞬ではあったが、そんな文字列をミランダの網膜はしっかりと読み取ることが出来た。キリオか、或いは他の誰かが事前に仕込んでおいたものであることに疑いの余地は無い。ロータス、睡蓮(すいれん)と言う呼称で今後、呼ばれることになるであろう愛機のコックピットを、彼女はゆっくりと撫でるように観察した。ほぼ、全周囲の表示を可能とするオール・レンジ・ディスプレイが採用されているそんなメンテナ、ロータスのコックピットはヴィクトリやワイヴァーンのそれと比べると、円球に近い。歪な卵形、と言うのが初めてモックアップに乗り込んだ時に感じた感想ではあった。操縦桿は右に二つ、スロットルレバーは反対側に一つ。操縦桿が二つ存在しているのは、これはファイナル・ガーダーの機体特性に準じているもので、各種偵察ユニットの遠隔操作をマニュアルで行なう為のものが一つ、加えられているからである。そして、ヴィクトリの類と比較して、最も大きく異なっているのは、フットペダルの形状であって、これはロータスがライト=ブリンガには遠く及ばないものの、人型に近い形状を有していることに依るものだった。見る者にはペダルと呼称するよりも、ブーツと表現する方が適切な印象を与えるし、実際にフォーチュン組は『長靴』という隠語でそんな装置を呼んでいるのだが、これはある意味での『親機』であるライト=ブリンガの操縦系に近付ける努力をキリオが行なった結果の反映に他ならない。初起動に伴う機体、システム状況の確認諸々をコンピュータが代行してくれていることを確認して、ミランダが気密服ズボンに包まれた両足をゆっくりとそんな『長靴』へ入れると、微かな駆動音と共に変形を開始し、彼女の両腿にまで合成皮膜が迫り上がってきた。ズボン越しとは言え、妙な擦過感があり、快適とは言い難い状態なのだが、そんな状態は長くは続かない。足全体に掛かる圧力が程なく弱まると、微かな抵抗感を除く――これが無いと、細かな操作が行えない――違和感は完全に立ち消えることとなる。
「対消滅機関、出力順調――システム・エラーは検出されず――か」
 およそ、あと三十秒ほどで全てのチェックは終了する、とサブ・ディスプレイ上の概算数値は示していた。

 ミランダ・ルヴァトワ三尉は、バイザーを閉じた。




   ◆ ◆ ◆

=========================================

【第一宇宙艦隊】
 『エターナル・エターナル -Eternal=Eternal』
 (フォーチュン級:二番艦)

 『ヘスティア -Hestia』
 (ヘスティア級:ネームシップ)

 『デメテル -Demeter』
 (ヘスティア級:二番艦)

 『ヘラクレス -Herakles』
 (アキレス級:二番艦)

 『ペルセウス -Perseus』
 (アキレス級:三番艦)

 『クロノス -Cronos』
 (クロノス級:ネームシップ)

 『エレボス -Erebus』
 (クロノス級:二番艦)


 配備予定
  ヘスティア級4、
  アキレス級8、
  クロノス級8、
   (全て建造途上)


【第二宇宙艦隊】
 『フォーチュン -Fortune』
 (フォーチュン級:ネームシップ)

 『ペガサス -Pegasus』
 (ヘスティア級:三番艦)

 『フェニックス -Phoenix』
 (ヘスティア級:四番艦)

 『アキレス -Achilles』
 (アキレス級:ネームシップ)

 『ヘクトル -Hector』
 (アキレス級:四番艦)

 『テセウス -Theseus』
 (クロノス級:三番艦)

 配備予定
  ヘスティア級2、
  アキレス級7、
  クロノス級8、
   (全て建造途上)


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「やれやれ――」
 呟いて、ソフィ・ムラサメは立体映像によって構成されていた艦隊編成表を閉じる。数がようやく揃ってきたとは言え、当初の予定数が確保されるのにはまだまだ時間が掛かりそうだ、と言う現場からの声はソフィは無論として首脳部、クリストファやキリオ等に過分なストレスを与えるものとなってきている。最悪の場合を想定してみれば、寧ろ今の状況は『やや良好』に属するものであることは分かっているし、信じてもいない神にそれなりの感謝を捧げることだって出来よう。最悪、未だに艦艇の建造が行なわれていない未来図だって存在し得たわけであるし、それを言ってしまえば『軍隊』と言う存在の無かった、このエテルナという国家が僅か一年足らずでこれだけの宇宙艦艇を最低限の数だけとは言え、揃えることに成功していると言う事実は僥倖(ぎょうこう)に値すると言っても差し障りは無いのかも分からない。ネームシップと――一番艦に与えられるささやかな名誉だ――なっているこのフォーチュンが紆余曲折を経て第二艦隊の旗艦となっていることと、艦隊規模が第一艦隊のそれに比べると小さなものになっていることに関し、船の長として少量の不満は無論、覚えているが、見え隠れする政治屋上層部の意図と、自衛官達の士気高揚を狙っている側面もあるのだから、これは仕方のないところだろう。やはり、クリストファ・アレンがややもすれば幕僚長の座から引き摺り降ろされ掛けていたことも記憶に新しいのだが、どうにも自分達、フォーチュン組に対する組織の扱い、視線が変わってきているように思えるこの数ヶ月間。ある意味では正しい、健全な作用なのだろうと前向きに考えようとはしているのだが、澱(おり)固まったそんな微妙な感情はなかなかどうして、簡単に払拭されるものでもない。
「あらあら」
 艦長席で、一人苦笑。怪訝そうにしてシャリー、他数名のブリッジ要員が振り向いてくるのに対して「なんでもないわ」と答えたのだが、こみ上げる微苦笑を堰(せ)き止めるのには苦労する。自分は栄えあるフォーチュン艦長、ソフィ・ムラサメ上級一佐。それ以上の存在ではないのに。深呼吸を一つ行なって、ソフィは艦長卓上の入力端末を引き出して、現在のフォーチュンが実行しているミッションと、その予定表を眼前に展開させた。教導隊であるサイレント・イーグルは宇宙空間上にて訓練中、航空自衛隊から出向中の士官数名がブリーフィング中、AG(アヴァント・ガーダ)とRLは共にフル・メンテ作業中、等々。しかし、この時ソフィの目を特に引いたのは、最後の一行であった。曰く、FG(ファイナル・ガーダ)の受領完了、現在宙送中(ルヴァトワ三尉)、と言った一文である。指で直接、カーソルを該当欄へと合わせて情報の提出を端末に命令すると、ログを含めた詳細なリストが別ウィンドウによって表示された。艦長権限により、通信記録の閲覧を行なうことが可能なこともあり、ソフィは迷わずにそれを実行する。大して多くもないそんな通信記録ではあったが、パイロットであるミランダの心が弾んでいる様子は充分に伝わってきた。ようやく、形となった『彼女の』新型であり、このフォーチュンに到着次第、艤装が始められることとなるだろう。事実上のプロト・タイプ(試作機)であり、その運用に関しても試行錯誤が続くこれからとなることは想像に難くない。教導隊隊長、キートンと言った運用側の人間を始めとして、各整備班、エンジニア組にとっても長い日々が始まる。でも、大丈夫。士気は下がっていないし、このフォーチュンは当初の心配を余所に、良い『色』に染まりつつあると思う。内外を問わず、投げられてくる『声』は確かに気になるけれど、大した問題では断じてないんだからね。実力で、それを示してあげるから見ていなさい。

 ムラサメ艦長は、その唇を舐めた。

 それは、力強く。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第四章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする