――早くフォーチュンへ帰りてぇ
ベアトリイチェ・ノイマンは、現実にそう呟きそうになった自分に気付いて、少なからず動揺するのだった。エターナル2の副長代理、と言うのが今の彼女の肩書きであって、端的に言ってしまえば部下のみならず、その艦長に対しても各錬成教育を施すと言うのが、その仕事だった。
エターナルの進宙、それ以前の派遣であったことは間違いないから、この仕事、任務に就いておおよそ三ヶ月が経過することとなっている――のだろう。時々、幕僚長であるクリストファ・アレンや、キリオさん他が来艦することはあったけれど、基本的にこのエターナルに派遣されているフォーチュン組の人間は、彼女ただ一人である。しかしながら、この一週間はマリーベル・リンス、アムロ・レイコの二人がここの食客となってくれているので、幾分その気は楽になっているのだが。マリーベルは艦内に於ける格闘技術と、銃器の扱いに関するレクチャー等を行なう為に、そしてアムロ・レイコはアヴァント・ガーダー二号機の運用模索の一環として、その愛機ごと訪れている。実のところ、エターナル艦内で白兵戦に突入する状態はまず有り得ない――宇宙空間戦では乗艦が爆砕する可能性の方が圧倒的に高い――こともあって、それ程に熱を入れるものとはなっていないが、自衛官として携帯武器に関する最低限の知識と技量は必要なのは確かである。実際の艦内白兵戦を行なった人間として、近しくクリストファ・アレンと言う存在はあったけれど、そうなった背景、事情は全く特異に過ぎるものであったから、これを前例と据えるのは早計であろうとは思う。もっとも、内乱、叛乱、乗組員による謀反という要素は人間が介在する限り、ゼロとは成り得ないのもまた、一面の事実であるが。
「退屈かね、副長――」
フォーチュンの第一艦橋と全く同じレイアウトを持つエターナル・エターナルの第一艦橋、その無人の機関長席に何をするでもなくただ、座っていた彼女、ベアトリイチェ・ノイマン二佐に敬語を用いてこない人間は、今のこの艦にはただ一人。
「いえ、退屈と言うことはありませんわ。ちょっと考え事をしていまして」
彼女のこんな返答は、如何にもはぐらかしているように聞こえるのだが、嘘偽りは無い。
「……そうか、副長は強いな。自分は、これから四時間後のシミュレーションのことを考えるだけで気分が滅入ってくるが」
ジョセフ・ブレンハルト一佐は、眉間の皺を殊更に寄せて、答えるのだった。
「先日の会議で幕僚長が仰っていたように、冷静に、沈着に――それでも堂々と行なっていれば問題は無いですよ。艦長があまりテンパっていては、部下の信頼感も揺らいでしまいます」
上官、それも艦長に大して何とも乱暴な物言いに響くが、ある意味でこれが彼女、ベアトリイチェの仕事なのである。
「ううむ――自分が猪突猛進型の指揮官であることを自覚していないわけではないのだが。どうしたものかな、これは」
正に、それがこの艦長、ひいてはエターナルの性質なのだ。自覚しているのならば、その解決方策を探るべきだろうに、と考えてしまうベアトリイチェではあったが、流石にこれは口には出来ない。
『まあ、アレはアレで良いのかもしれないぜ。艦隊の『色』の違いが出てくるってのは、寧ろ歓迎に値するものかも』
ある時、シミュレーションのレポートを眺めながら彼女に対し、クリストファはそう言ったのだった。曰く、個性、特性の固まった組織というのはこれは、その運用、或いは突発的事態に対し、その順応性、適応性に難が生じる場合が少なからず存在する、と言うことだった。
『犬や猫だってそうさ。純血種より、雑種の方が遙かに強いぜ――』
そう言った後で、犬猫と一緒にしてはいかんなぁ――そう呟いた幕僚長の苦笑いを最後に、ベアトリイチェはその頭を現実的なものへと切り替えた。
「実力の三割も出せれば及第点、って幕僚長も仰っているでしょう。あまりプレッシャーを感じる必要はありません」
「そうは思うが……過日の第二艦隊の演習結果を目の当たりにしてしまうと、どうしてもな」
短く伸ばした顎髭を撫で付けて、ブレンハルトは弱音を続ける。
「旗艦であるフォーチュンには、百戦錬磨とまでは行かなくてもあらゆるシステムに精通した人間が多いですから、それは」
これは全くの事実である。そして、何よりもその第二艦隊の演習の際に艦隊指揮をクリストファ・アレンが執ったことが一番大きいのだろう。様々な事情が織り混ざった結果、その幕僚長の座艦は未だに確定していないのだが――そもそも、幕僚長は地上から指揮を執るべきだという全く馬鹿馬鹿しい論争さえ平然と行なわれている昨今でもある――エテルナ航宙自衛隊初の大規模演習であることもあって、クリストファ・アレン自らが指揮杖を揮(ふる)うこととなっていたのだ。
「まあ、準備運動みたいなものです」
珍しく弱気となっている、エターナル・エターナル艦長兼第一艦隊司令官であるブレンハルト上級一佐に対して、そんな慰めを行なってしまうベアトリイチェ・ノイマン副長代行である。実際に、今回の艦隊演習が終了すればいよいよ、第一艦隊と第二艦隊、つまりエテルナ自衛隊が所有している全ての航宙艦船、戦闘機が動員される最大規模、実戦形式の演習が行なわれることも内定している。その内容の詳細は公表されてはいないのだが、恐らくは第二艦隊を仮想敵として設定し、文字通り二分された艦隊同士による『ぶつかり合い』になるのではないか、とベアトリイチェ等は推測していたが。
「準備運動ね……まあ、そう考えるより他は無いが……」
豪放で知られるブレンハルトが、ここまで気を病んでいるのには事情がある。今回の艦隊演習に先立って行なわれた単艦での演習成績が、決して良好ではなかったのだ。挙げ句の果てに、重傷者までも出してしまうと言う憂き目に遭っており、これはブレンハルトの矜持を大いに傷つけることとなってしまった。
「問題点は早く出るに限ります。実戦で出てこられては混乱は必至。ポジティブにいきましょう」
さて、どうも敬愛して止まないアレン幕僚長の様な物言いになってしまった、と覚えたベアトリイチェであったが、それに気付くこともなくブレンハルトは髭を撫で続けている。
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「艦長、ペガサスとアキレスの両艦長が只今到着された、とのことです」
機関長と言葉を交わしていたソフィの背中に、従卒である少女自衛官が躊躇(ためら)うようにしながら報告を行なってきた。
「艦長室にお通しするようにして。私も、直ちに向かいますから」
軽い微笑みを向けることで従卒を安心させて、ソフィは最後に機関長であるヤン・メイリンの背中を強く、叩いた。
「また、後でね」
「はい、艦長」
切れ長の目をこれ以上に無いほどに細めて微笑んだメイリンの右肩をもう一度、軽く叩き、ソフィは左脇へ挟んでいた軍帽を取り出し、背中に控えている従卒へと向き直る。
「リザ、今日はもう良いわ。少し早いけれど、上がっていい。疲れたでしょう? 少し、休んでおきなさい」
直接の上官でもあるそんなソフィ・ムラサメ艦長に対し、憧憬の色がその目に宿っていることを全く隠そうともせず、直立を維持し続けている従卒、リーズ・ノイッシュ三等宙士に対して、ムラサメ艦長はこう命令したのだった。
「ですが」
「艦長命令よ、ノイッシュ三等」
三度目は言わない、とその軍帽の影に微妙に隠された両目に口ほどにものを言わせておいてソフィ。
「了解しました。それでは、失礼させて頂きます」
少なからず、躊躇(ためら)いの見え隠れする敬礼。
「よろしい。ゆっくりなさい、リザ」
対して、ソフィの返礼は敬礼ではなく、右手を軽く振ったものであり、これはノイッシュ三等宙士がブリッジを後にするまで続けられることになった。
「何かあったんですかあ?」
くすくすと笑いながら、そう尋ねてきたのは主通信士席に座っていたシャリーだった。メイリンは自分に与えられた仕事が重要なものであったこともあって、耳だけをこちらに立て向けているようだ。ソフィは、その尖った顎に、細い人差し指を当てつつ、軽くブリッジを見渡した。
「あの娘(こ)、どうも『あの日』らしいのよ。顔色があまりに悪かったから、朝に聞いたんだけど」
「あらら、それは大変――」
シャリーが深い頷きを加えた。ここでようやく、何故に艦長がブリッジを見渡したのかの理由も判明した。要は、男性陣の有無を確認していたわけだ。
「痛み止め、良いのありますけどねえ……って、何かあったら医務室に行けばいいんだもんね」
よく考えてみれば、その階級が最下級の三等宙士であり、かつ従卒特別枠であるとは言え、リザは歴(れっき)とした自衛官でもあるのだ、と言う当たり前のことに気付いたシャリーは自らの発言の内容に苦笑してしまう。16歳と言う年齢もさることながら、どこか幼さを残したそんなリーズ・ノイッシュが初めてこの艦橋に現れた日のことは一生忘れられないだろう。クリストファ・アレンをして、『童顔だね』と言わしめ、ミランダ・ルヴァトワをして、『萌え〜』と言わしめ、そしてアテネコ・ホワイトをして『にゃにゃーん』と言わしめた、希有なキャラクタ性、外面を所有している彼女であった。付け加えると、着任二日目にしてヒムラ・キリオに対して『お父さん』と言う呼び掛けを行なってしまい、行なわれた本人を精神的な奈落の底に叩き落としたり(終日引き籠もり)、幕僚長に出す為のホットコーヒーを緊張の余り、そのズボンの上に盛大にこぼしてしまったり――尚かつ、この時はクリストファのズボンを引き摺り降ろし掛けたという伝説までが生まれることになった――と、そのエピソードは全く、枚挙に暇(いとま)が無い。半ばの研修期間とも呼べる三ヶ月の従卒期間が終了すれば、地上の予備仕官学校へと入学する予定の筈なのだが、出来るのならば彼女のような得難いキャラには潤滑剤として留まって欲しい、等と考えてしまうのはシャリーだけでは無いはずだ。
「それじゃ、ちょっと出てくるから。後は宜しくね」
そんなソフィの言葉を聞いて、ようやくシャルロッテは本来の頭脳を取り戻した。
「「了解です」」
メイリンと合わさったそんな返答に、艦長はにっこりと微笑んだ。
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勝手を知ったるフォーチュン艦内を、ソフィは軽い足取りで進んでいく。艦橋から艦長室までの距離は言うまでもなく、短い。専用のエレベータが用意されていることもあって、有事の際にはほとんど数十秒で艦橋へと到着出来る造りとなっているのである。目的地でもある艦長室が据えられているフロアは前回の改装において拡張工事が行なわれ、貴賓室と応接室が設けられるに至っているが、今回の来訪者は二名であることと、そして何よりも同じ第二艦隊の、つまりは『同じ釜の飯を食う』人間達であることもあり、艦長室にての面談を行なう手続きを取っていたムラサメ艦長であった。差し当たって、室内が無人であることを入り口脇のランプ表示で確認したソフィは「解錠」と一言を呟いた。その瞬間に音声認識と並行して生体コード検索を実行したセキュリティ・システムがそんな艦長室の自動扉を開くのには一秒も掛からない。前艦長であるクリストファ・アレンが使用していた時は、無味乾燥を絵に描いたような空間であったのだが、その持ち主が代替わりしてからは大きな変貌を果すこととなっていた。革張りのソファが六脚、これは元から在ったものが四で、ソフィが私費を投じて購ったものが二つ、と言う内訳になる。実際、エテルナへ到着してからも艦内生活が長い為、『お金』それ自体は貯まっていく一方なのである。住居費はおろか、光熱費、食費自体も全く掛からないと言う、ある意味では『夢の生活』ではあるのだが。差し当たって、クリストファ・アレンの轍(てつ)に倣って、アルコール類やらちょっとした甘物の自腹放出を部下達に行なったりもしているのだが、それでも有り余る程の金額が銀行口座には上積みされていく。幕僚長も、当初は自らの給与に関して非常に『渋った』らしいのだが、これは逆に大統領に説得される結果となったようだ。曰く、『相当額の給与を上の人間が受けなければ、その下にも大きな影響がある』と――全く正論ではある。一日、その件について話したことがあったが、『今後、何が起こるか分からないし、取り敢えず貯めておいて損はないし』と苦笑いしながらも簡潔に答えたクリスであった。まあ、差し当たってこの点に関しては私的な、全く個人的な問題でしかないことは明らかであったし、何よりも些末な私事、問題に頭を悩ませる暇すら自分たちにはほとんど、許されていない。
「――ふう」
浅からぬ溜息を吐きつつ、ソフィは冷蔵庫の扉を開いた。先程、マノアに依頼していたアイス・ティーとアイス・コーヒーのパックが充分に用意されているのを確認し、まずは自分用のアイス・ティーを一つ、取り出して封を開けた。おそらく、飲み終わる前に来客を迎えることになるのだが、失礼に当たることはない。フォーチュンがその旗下に抱える『ペガサス』と『アキレス』の艦長達との付き合いは短くはなかったし、そもそも自分、ソフィ・ムラサメの階級は彼等のそれよりも遙かに上なのだった。
『ムラサメ艦長、ペガサス並びにアキレスの艦長をお連れいたしました』
二口目を啜ろうとした時、そんな報告がソフィの両耳に届けられた。艦長室扉前に、既に待機しているのだろう。
「入って貰って構わないわ」
軍帽の位置を軽く直して、ソフィは案内役にマイク越しの許可を与える。ほとんどそれと同時に、案内役の一等宙士を先頭に、ペガサスとアキレスの両艦長が現れた。
「久し振りであります、ムラサメ艦長。アキレス艦長、ロベルト・ウエスギ一尉、只今到着でありまっす――」
「同じく、ペガサス艦長、テオドシア・カツォラニス三佐、到着しました」
良く言って中肉中背、どちらかと言えば小柄な男性であるウエスギ一尉と、どう控えめに言っても『大女』であるカツォラニス三佐のコンビと言った組み合わせに、ソフィが馴れることが出来たのは本当に最近の話である。最初の数回は、吹き出しそうになって大変だったのだ、これが。勿論、本人達に言ったことはないけれど。
「お久し振り。フォーチュンへようこそ。まあ、お掛けなさいな――」
堅い最敬礼を維持している二人に対して、軽めの返礼を行なっておきながら、ソフィは冷蔵庫の元へと向かった。案内役でもあった一等宙士が歩み出る気配があったが、これに対しては「退出許可」を与えた艦長である。今や、艦長室は『純粋な』艦長三人だけが占める空間となった。
「コーヒーと紅茶、どちらが宜しいかしら?」
「「コーヒーでお願いします」」
二人の声が全く等しく揃った。ソファに座って尚、カツォラニス三佐の頭の位置はウエスギのそれよりも、たっぷり二つ分は高い。
「はい、どうぞ。ミルクとシュガーはセルフ・サービスでね」
取り出したばかりのパック・コーヒーを卓上へ並べ、卓の一部に備え付けられているシュガーとポーションミルクをソフィは二人に示した。
「恐縮です」
言葉上ではそう言っているが、全く快活にパックを開けるウエスギである。そんな相棒をカツォラニスが、ちらりと見たようだったが口にしては何も言わなかった。
「さて……と……取り敢えず、データを貰えるかな」
二人の来客がそれぞれコーヒーを含んだのを確認して、ソフィ。
「了解であります」
ウエスギはやはり快活に、そしてカツォラニスの方は無言で、それでも丁寧に記憶チップを取り出す。
「ありがとう。後で確認させますから、まあそれまで寛(くつろ)いでいて」
自分の前に並べられたチップを軍服袖のポケットに入れて、フォーチュン艦長はソファに大きく、寄り掛かった。
「いやはや、しかし空間に余裕があるってのは良いモンですな」
同じように寄り掛かって、ウエスギは艦長室の天井を見上げる。
「そうね……その点に関しては同情も禁じ得ないけれど、今は我慢して」
ソフィが笑って答えるのに、カツォラニスも続いた。
「その点に関しては『ペガサス』の艦長になれたことを感謝していますけどね」
ヘスティア級の三番艦である『ペガサス』は、フォーチュン級のそれには遠く及ばないものの、護衛艦の中では最大級の規模を誇る艦艇である。かつて、リーヌ走破中のフォーチュン艦内で設計陣に『キャリア級』と呼称されていたものであり、その範疇は『機動母艦』。尚、アキレス級は『バング級』と、そしてクロノス級はかつて『ディフェンサ級』と呼称されていたことを付け加えておく。それぞれ、『強攻撃型』と、『守衛艦』に分けられる。
「チッ――まあ、良いのさ。俺等、栄えあるネームシップ、一番艦だもんね〜」
「なんですって?」
テオドシア・カツォラニスの声が鋭さを帯びる。確かに、彼女とその可愛い部下達の城、『ペガサス』はヘスティア級の三番艦ではあった。
「……はいはいはい、仲が良いのは分かったから、その辺にしておきなさい」
手を大きく数回に分けて叩き、ソフィ。
「それと、ウエスギ一尉、仮にもテオはあなたの上官よ。口を慎みなさい」
「アイ、メム。失礼しました」
一見、真面目に見える敬礼を作ったウエスギであったのだが、当のカツォラニスはどこか憮然とした表情を維持し続けている――とは言え、明朗快活な彼女というのはこれが中々、想像出来ないところではあったが。
「ところで、幕僚長閣下は今は?」
場の雰囲気を変えようと試みたのか、テオことテオドシアはわざとらしく室内を見渡しながら尋ねてきたものだった。
「ええ、今頃は大気圏突入の真っ最中じゃないかしら。本星にね」
パックの上面を大きく開封して、ポーションミルクをコーヒーに追加してフォーチュン艦長。
「ほう、相変わらず多忙なようですな」
露骨に残念そうに口を挟んできたのはアキレスのウエスギ一尉。副次的な来艦目的は恐らく、幕僚長室の酒だったのだろう、と言う推測を行なうのはソフィにとっても、そしてカツォラニスにとっても容易なことだった。
「いえ、今回はプライベートなのよ。珍しくね」
そう言いながらも、オフィシャルとプライベートの線引きは難しいところだ、等と思っているソフィである。
『気付いたら、私服みたいなものをまるで持っていなかったよ……まいっちんぐだよ……』
前日、心許なげな表情で自分の私室へと訪れたクリストファは、そんなことを言ったのだ。結局、ファッションに関してまるで無頓着な――軍隊生活が長かったからこれは仕方がないと同情は出来る――幕僚長を文字通りに引き連れ、フォーチュンに特設されている終夜営業の売店で落ち着いた色のカジュアル・スーツを急遽、誂(あつら)えたのだが。マリベルが聞いたら、さぞや嘆くに違いない。50シェル(※エテルナの通貨単位)にも満たない服に身を包んでいる幕僚長だなんて過去に例は無いだろう。清貧は美徳であるが、これは幾ら何でも行き過ぎでは無かろうか。彼等は地上で合流する手筈となっているようだが、そんな『マリベルたん』は彼女のご主人様に対して、まずは説教を行なうに違いない……。
「ってことは私服で!?」
引っ繰り返った声を立てたのはテオドシアだった。心を読まれたようで、ソフィは実のところ、かなり焦りを覚えたのだが、どうにか表情筋への神経伝達を食い止めることには成功した。
「いや、定期便に乗っていくってことだったから、一応は軍服でね」
「「はー」」
ウエスギとカツォラニスの声が全く等しく重なったのだが――実のところ、彼等ほど息の合ったコンビは無いのだ――彼等の言わんとするところは詳細を尋ねずとも分かるというものだ。
「倹約家、ここに極まれり、ですな――幕僚長ともなれば専用便なんて幾らでも用意出来るでしょうに」
腕を組み、頷きながら口にするウエスギにカツォラニスも無言で相槌を打つ。
「まあ、倹約は賞賛に値する……ってね。さて、雑談はそれ位にして、本題に入りましょうか」
実はこの時のソフィは半ば強引に話題を打ち切ったのだが、差し当たって目の前の二人はそんなフォーチュン艦長が一瞬、半瞬だけ見せた憂いの表情には気付かなかったようだ。
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「なんで僕はこんなところでこんなことをしているんだろう……」
試着室の前で、荷物持ちをさせられているラスティ・ハーヴェイ君は呟くのだった。続いて、『はわわわわわ』と長ーく、細ーい溜息。
「まあ、光栄に思ってよね、としか言い様がないけれど――諦めなさい、ハーヴェイ二尉」
一見はライト・カジュアルな格好のマリーベル・リンスは『ぽむっ(擬音)』とラスティに右肩に手を置いた。
ちなみに、皆さんお待ちかねのそんなマリベルお姉さんの今日の武装は以下の通り。
スタン・グレネード ×2
グレネード
スペース・イーグル(短銃)
イーグル弾倉 ×2
プラスチック爆弾+時限装置(リモコン)
グルカ・ナイフ
アーミー・ナイフ(小) ×2
応急医具パック(対NBC装備含)
……とまあ、これら物騒なモノが全身のありとあらゆるところへ――今回は大きめのナップ・ザックを背負ってはいるが――暗器さながらに隠されているのである。全身是凶器也。
一見すればピンクが基調とされた、年齢相応のそれはそれはマブい(古代語)格好なのだが。うかつなナンパを試みる男性がいたとしたら、これは相当な反撃を覚悟しなくてはならないだろう。もっとも、今回はカヴァー(援護)要員として、エマ・ジョーンズを始めとした数十名による警備体制が取られていることと、そして何よりも専用車両による移動が中心であることもあり、マリベルを始めとする『親衛隊』としては気楽な任務になる筈だった。まず、不審者は近付くことも出来ない布陣と言えよう。
「お待たせ」
試着室のカーテンを勢いよく開いて、彼等の幕僚長。
「あら、さっきのより余程にお似合いですよ」
あんな安物に着替えようとしていただなんて――マリベルは、天を仰いだ十五分前の自分を思い出し掛けていた。この点、ソフィの予想は完全に当たっていたのだ。
「そお?」
照れ臭そうにしながらも、満更でも無い表情のクリストファ。本人の好みと、マリベルの見立てが一致するスーツが、このアルタミラのブルーミング百貨店に存在したのは幸運だった。開店時間前ではあったものの、政府特権で入場出来たことも護衛の面からすると助かった一面は否定出来ない。
「良くお似合いで」
背筋を伸ばし、ラスティ。フォーチュンとアルタミラを結ぶ『定期便』の中で、クリストファ・アレンに目視発見されたのがそもそもの間違いであった、とはもう考えないことにしている。自分の実家が正にそんな幕僚長が目的地としているアルタミラ郊外のテナフライ市であったことも偶然であって。しかし、何と神懸かり的な偶然であろうか。オーマイガー。
「ああ、サンキュ」
そう言って、クリストファはラスティが抱えていた革張りのスーツ・ケースを受け取った。
「で、マリベル、彼の家は近いのか?」
右手首に装着している腕時計を一瞥して、クリスファは親衛隊長に尋ねる。
「は――およそ、5分といったところです」
用意していた回答を、速やかに答えるマリベルだった。
「そっか、じゃあ途中で降ろしてやろう、ラスティ――」
「……恐縮であります」
実際、恐縮するしかないラスティ・ハーヴェイなのである。つい先程はランチ――これは本当に美味かった――まで御馳走になってしまったし、そして更に自宅まで専用車でデリバリ(宅配)してくれると言うのだ。
「まあ、そう固くなるな。荷物持ちもしてもらっちゃったしな。いつぞやはご迷惑も掛けてしまったしなあ」
「はあ」
固くなるな、と言われても無理なものは無理である。この男は、知り合った時は同じ候補生であり、ルームメイトであったのだが……。
「ハッキリしないなあ、ってフローラさんなんぞに怒鳴られないか?」
フローラ、と言う固有名詞を耳にして、ラスティは条件反射的に背筋を伸ばした。まるで、パブロフの犬だ――そう自虐的に考えてしまうこの数ヶ月。
「あ、いえ。問題ありませんっ」
「そーかそーか」
と言いながら、クリストファは大きく笑う。予定通りに進んでいるのであれば、今頃フローラ・ザクソンはエターナル2の食客となっている筈だった。アヴァント・ガーダー二号機に関する諸問題点の解決、指導役としての必要性と、幕僚長の警護を行なう為に地上へ降りなくてはならなくなったマリーベル・リンスの代行としての役割が期待されている彼女であった。
――なんだかんだと、彼女にも大きな負担が掛かってしまっているよなぁ
等と、考えてしまう最近のアレン幕僚長であった。勿論、これはフローラ・ザクソン一人に限ったことではないのだが、背負っている重責で言えばこれは相当な負担となっているのだろうとは思う。少なくとも、フローラは表立っては何も言ってこないのだが、半ば名目上のことであるとは言え、アテナイ校の校長と言う肩書きは彼女のものだったし、そしてアヴァント・ガーダーのテスト・パイロットとしての存在、更に教導隊である『サイレント・イーグル』の事実上の団長となっている彼女。
「まあ、タダの暴力姉さんじゃないからな。いずれ、君も馴れることになるさ」
気を取り直すようにして、クリスはラスティを慰めたのだが。
「……もう、馴れましたから……」
ハーヴェイ二尉は力なく、項垂れたのだった。
「――まあ、強くイキロ」
「ええ……」
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「どうかな、アテナ? 腕の取り回しに問題はありそうか?」
作業服をこの上無い程にだらしなく着込んでいるヒムラ・キリオが、インカムに声を送り込んだ。
『いいえ、今のところ特に問題は無いよーデス』
実際に、その両腕を大きく動かしながら――とは言え、仮想空間上でのものだったが――アテナが答えてくる。
「カートリッジは、基本的には『イージス』裏に固定することになるけれど、これの問題は?」
自分の目前に展開させた立体映像を切り替えつつ、キリオ。
『収納携帯時に、速やかに取り出せるかどうかが疑問ですが――キリオさんは、何か考えているんでしょ?』
「ご明察。まあ、スカートの中に固定するって方法もあるしねぇ」
『……なんだか、スカートの中に手を突っ込むってのはエレガントでは無いような気が……』
耐えきれずにヒムラ・キリオは、ぶははっと笑ってしまった。
「マリベルを参考にさせて貰った――まあ、それは半分冗談として、電磁射出式を考えているけどね」
『なるほど。それなら宇宙空間であれば、全く問題は無さそうです』
「有重力下では、ガッツで拾うようにしてくれ」
『そうします』
「うは、うははははは」
『うひ、うひひひひひ』
工房ブロック、その片隅の柱の陰からそんな二人(?)の遣り取りを見守っていたリンダ・フュッセルは一言、呟くのだった。
「濃い……」
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「ウッヒョー! ねえねえ、これが例の新型、『AFM-51』ちゃん?」
事実上のアヴァント・ガーダー二号機、通称『蒼鷹(おおたか)』の元へ体を飛ばしながら、フローラは並行して飛んでいるレイコに声を掛けるのだった。
「まあ、そういうことになりますけど――まだ、実射テストも行なっていないんですよ」
整備手袋で右頬を掻いて、照れ臭そうにアムロ・レイコは続けた。
「ちなみに、つい先程、キリオさんから連絡があって正式名称は『ブリューナク』となったようです」
「……へぇぇぇぇぇ〜そいつはそいつは……」
どこか、面白く無さそうなそんなフローラの反応を見れば、誰だって気になるだろう。しかし、その点を追求することの出来る人間は限られていた……のだが、アムロ・レイコは数少ない、有資格者なのだった。
「……何か、ご不満でも? 『ブリューナク』、自分は良い名前だと思いますけど?」
無重力に設定されているエターナル2の第四格納庫の中を並んで飛びながら、フローラは器用にその整備服、胸元のジッパーを大きく下げて、溜息を吐いた。
「当然、『ライト=ブリンガ』が装備する前提で設計されて居るんだろうな」
「ハイ、そう聞いています。当初より、RL用に設計された実火器であると……それが……」
ここで、アムロは言葉を食い止める。
「良いよ、続けて」
「……はい。先日、政府の非公式承認を受けたことでいよいよ起ち上がった『アヴァント第二次強化計画(甲:2案)』に基づいて、このAFM-51の量産と装備が内定された、と伺っております。ついでに、EAF-001E――『ストライク・ヴィクトリ』への試験的な搭載も検討されている……自分が知っているのはそこまでであります」
気を遣ってくれているのであろう、そんなアムロ・レイコに対し、笑顔をフローラが向けてみれば、ちょうど該当のアヴァント・ガーダーの元へと辿り着いた両名であった。
「SPEC(性能諸元)、貰える?」
「あ、はい」
両のブーツが床面に接着されたことを確認して、首から提げられた携帯端末を手早く操作するアムロ・レイコ。既にフローラは、二号機の上部に上がり、該当のAFM-51の銃身を撫でたり小突いたりしている。
「こいつぁー凄いね……ふうん、三点照準式ってワケか……抜群の精密射撃……すっげ」
全長が5メートル近くにも及ぶブリューナク、『AFM-51』に備えられた照準カメラの数が複数であることを確認出来て、うっとりとした溜息を漏らすフローラ・ザクソン女史である。
「あの……データ、転送しました」
「おう、アリガト」
簡潔に礼を述べ、フローラは自前の端末を展開した。性能諸元、マニュアル類、そして開発者の非公式コメントの数々……ってオイ。
「……なんだコリャ」
「はい?」
「……『RL搭載版は別バージョン by.キリタン』ってどういうこった?」
端末画面の末尾一文を二回、拡大したリンダの質問だった。
「あー、何でも……ブリンガのそれって『四点式』になる……とかどうとか。付け加えると、弾倉の形態が変わるらしいですが」
言うまでもなく、アムロ・レイコは相手がフローラであったから、ここまでの話をしているのである。
「ああ、そういうことか……悪かったな。いや、ちょっと気になったんでね」
「いえ、お気になさらず……つうかそれより、姐(ねぇ)さんの不機嫌の理由って何です?」
「……『ブリューナク(Brionac)』ってコード・ネームでピンと来たんだがね……」
端末を折り畳んで、フローラはその太い腕を組む。その表情は決して明るいものではない。
「はぁ」
「……いよいよ、『ライト=ブリンガ』が実戦力としてカウントされる段へと至っているんだな――とまあ、そう思ったもんでね」
ここに来て、そんなフローラの苦々さの根源をようやく知ることの出来たアムロだった。
「……『ブリューナク』、『光の剣』……そう、遊ばせる余裕が無くなってきたと?」
「いや、逆説的ながら、「遊ばせる余裕」があるから、この『ブリューナク』が作られたんだろう。なんだかんだと、余裕があると言えばあるんだろうよ……しっかしなぁ……」
癖の強い赤毛をボリボリと掻き毟って、溜息を一つ。
「お気持ちは分かります」
「ありがとよ、アムロ」
幾分か、明るさの――これは諦観とも呼べるだろうけれど――混じる表情を構成しながらフローラ・ザクソンは言ったのだが。
「レイコと呼んで下さいと、これほどに言っているのに――」
アムロ・レイコは、その両頬を大きく膨らませた。こうすると、全く凄腕のパイロットには見えない――のだが、外見で為人(ひととなり)を判断することの愚を熟知しているフローラでもある。クリストファ・アレン、ミランダ・ルヴァトワ、そしてまあ……ラスティ・ハーヴェイと言うキャラクタもここに付け加えておいてやろう。
「ノン。『アムロ』の方が強そうじゃないか」
あくまでも、情け容赦のない彼女だった。
「……」
「あれ、怒った?」
「……いえ、別に」
ぷぃっ。アムロは、そっぽ。
・
・
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『――ええと、こんなもんで良いのかな? どうです、軍曹殿?』
専用の重気密作業服に身を包み、船外活動を行なっているのはリオン・ウー。若干離れた位置に小型作業艇が待機しているが、この操縦桿を握っているのはスコット・ロードマンその人であった。
「おう、大丈夫そうだな――内部の取り回しは後で行えるだろうし」
場所は、フォーチュンの先端部。アテナからの要請を受けて、『非公式』の船外作業中の二人なのである。
「離れろ、リオン――溶接する」
『ヤァー』
リオンのスーツが自機後方へ流れていくのを確認し、スコットは作業艇のフレキシブル・アームを起動させ、艇を前進させる。そんなアームには既にトーチが装着されており、たった今、リオンによって簡易接着剤で固定されたばかりのブロック・パーツの隙間へと伸ばされた。データ・グラフが示す誤差数値が許容範囲内であることを確認しながら、スコットはアームの操作をオートメーションへと切り換える。
「ようし、ようし――」
鈍い振動がシートを通じて体へと伝わってくるが、慣れ親しんだその微振動は微妙に心地良いものだった。おおよそ4メートル程のブロック・パーツの取り付けは、全く問題なく進んでいる。想定作業時間は4分――そんなパーツを二つ、取り付けなければならないので、全体的には十分前後と言ったところだろう。
「リオン、ご苦労だった。艦内に戻って『朔風』でビールでも飲んでいろ。ツケは俺に回してくれて良い」
実際、彼には時間外労働をさせてしまっていることもある。勿論、『残業手当』はしっかりと付けてやるつもりだが、ことRL絡みとなると、割ける人員数が少ないことに強い苛立ちを覚えるスコットであった。特に今回は船外活動を行なわなくてはならないこともあり、その人事に関する選択肢はほとんどゼロとなってしまっていた。
『水臭いっすね――最後までお供しますよ。それに大して時間も掛からんでしょ』
「そうか、じゃあノンビリと天体観測でもしていてくれ。終わったら、何でも奢ってやるぞ」
『やりぃ!』
溶接の進行過程を示すウィザードの数値と、アーム先端に取り付けられたカメラによる映像を交互に確認する。全く、問題は無い。
『しっかし、足場作りって――役に立つ時、あるんですかねえ?』
天体観測に早くも飽きてしまったのか、リオンはそんな言葉を投げてきた。作業のほとんどがオートで行なわれていることを当然、彼は知っている。
「簡単な補給だとか、受けられるように出来るってのがまず第一のメリットだろうな――」
『確かに楽は楽でしょうなあ。直下の第一倉庫は結構『遊び』がありますしねぇ』
「まーな」
アテナからの事実上の依頼が、キリオを経由して自分の元へと上げられてきたのが、ほんの三時間前の話であったことをスコットは思い出していた。既に該当のパーツは、キリオやその他の手によって――工房ブロックの成形器はそれこそ万能なのだ――完成されており、目の前でホカホカと湯気を上げていたものだ。依頼内容の詳細を聞いて、二度ばかり尋ね返してしまったかもしれない。その内容を端的に、そして簡潔に言ってしまうと。
『想定される有事に於けるライト=ブリンガの足場造り』
と、これはなるのだった。これを聞いて、スコットは大きく怯んだ。あくまでも、ライト=ブリンガに対するスコットの認識は『大袈裟な艦載機』でしかなかったこともある。言葉に窮したスコットに大して、真向かいのキリオが淡々と、それでも熱情を込めて説明を続けた結果、スコットとしては了承することしか出来なかったのだが。
『それって、『最悪の有事』じゃねえのか』
までは、言えなかった。この時のヒムラ・キリオの表情が、大変に険しいものであったこともある。
「安んじて、お任せを――」
結局、スコット・ロードマンは現実には、こう口にしたのだった。そんな回想へ耽っている内に、いつの間にか作業は終焉を迎えていた。すっかりと自失していた、そんな数分間を驚きをもって迎えつつ、スコットは自由な両手で、自らの頭を抱える。抱えざるを得なかった。
『そんな状況、『有事』は絶対に受け容れられない、受け容れたくない!』
悪夢は、仮想であるからこそ、その存在が認められるのだ。
最悪の有事、それは自分にとって『悪夢』と同じ。
……後に、スコット・ロードマンは、そんな『悪夢』の実現を知ることとなり、この時の信条を投げ捨てるにまで至る。
そして、敬虔な信者とは程遠かったスコット。
神を、深刻に憎む、恨む、『その時』の来迎。
時は、情け容赦なく。
時代は、
全く情け容赦なく。
猛り、流れていく。
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(以下、アルタミラ郊外、テナフライ市へと向かう大統領専用車両の中での会話)
「ねえ、結局……あなたって『誰』なの?」
「……分からないよ」
「遺伝子検査で、あなたは『クリストファ・アレン』であることが確定した。今の私達、人類にとってこれは最大限の証拠と言えるんじゃなくって!?」
「……うん」
「そのことを、もっと自身で、自分でね、調べたい、知りたいって思わないの!?」
「……怖いんだよ」
「あのね、酷を承知で言うけどね。あなたも苦しいと思う。けど、私やマキ、でもって他の人間だって同じぐらいに苦しいんだよっ」
「……うん」
「向き合いなさい。これは、大統領が幕僚長に言っている命令じゃないですよ。私人、完全な個人として、貴方に、それを強く言いたい!」
「……ありがと」
「…………」
「逃げているワケじゃない――いや、これは説得力に欠けるけれど――取り敢えず、来るべき危機を切り抜けてからにしたいよ」
「……そうね、それは一面の事実でもあるわ」
「ごめんよ、ジャニス」
「良いのよ、こっちもちょっと言い過ぎた」
「そんな」
「ま、今日は普通に食事とお酒を楽しみましょう。マキの両親、物わかりが良くって助かるわ。微妙なところは、適当に話を合わせてやって」
「ああ」
「今日、今宵に於いては大統領と幕僚長という肩書きは全く無視するわ。そのつもりで」
「心得た」

