==【AD2810.11.17 23:14】================================================
リーヌ近縁にて偵察演習を行なっていた107(通称コブラ)中隊が、リーヌ内に試験投入されている観測機『リーヌ・エクスプローラ』発信重力波の消失を確認。母艦エターナル2へと緊急報告。
==【同23:17】=============================================================
エターナル2艦長、ジョセフ・ブレンハルト一佐、幕僚長緊急回線にてフォーチュンのクリストファ・アレン空将へと連絡。
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◆ ◆ ◆
デスク上に据えられたクラシック調の電話が、やはりアナログによるメロディを奏でる。雑多な書類の束に囲まれていたクリストファ・アレン空将は万年筆のキャップを慎重に戻し、受話器を手に取った。
「はい、私です」
名前を名乗る必要は無い。これは幕僚長本人のみに繋がる、ホット・ラインであるからだ。
『ブレンハルトであります――たった今、演習中のコブラ中隊より連絡が入りまして』
エターナル2の艦長、ジョセフ・ブレンハルト一佐が言葉を区切ったのは、自分自身を落ち着かせる為でもあったのだろう。事実、彼が深呼吸を行なう音をクリスの左耳は拾うことが出来ている。
「続けて下さい――」
デスク・ワークを続けられない自分の未来を予測して、クリスは無造作に置かれていた携帯端末を引き寄せた。送信先にはヒムラ・キリオと、ソフィ・ムラサメのコードを入力し、内容欄にはただ『03-01』とだけ打ち込んだが、これで充分に意味は通じるはずだ。
『はい――『リーヌ・エクスプローラ』の発信が途絶えました』
「確かなのですね?」
『ええ。コブラ中隊の全機、並びに本艦が射出したPポッドにても同様で』
簡潔に過ぎる送信を実行し、クリスは携帯端末を卓上に戻す。
「ブレンハルトさんは、直ちにカハヤ研究所へと問い合わせて下さい。私の名前を使って構いませんし、全ての情報の提供を許可します。ついでに、手が空いたらフォーチュンの方にも該当データを送って貰えると助かりますが」
クリス、ここで卓上に備えられているルーム・メイド直通のボタンを一度、押す。
『了解しました、閣下――直ちにその様に』
「それと、デフコン(Deffence-Condition)変更の可能性がありますから、艦長クラスの人間にはそれとなく伝えておくと良いかもしれませんね」
『なっ――変更、ですと』
明らかに狼狽(うろた)えの響きを含んだブレンハルトの返答。
「まあ、あくまでも可能性――それでは後は宜しく。こっちはこっちで色々と動かないとならんので」
『了解しました。では、こちらもその様に』
「ジョセフさん――」
終わり掛けた会話を、思わず引き留めてしまうクリストファ・アレンであった。何で、そんな行動に出てしまったのか、自分でも良く分からなくて――いや、そうじゃない――みんなと同じ様に自分も、また。
『は』
「――怖いのは僕も同じですから、ご安心を」
『かないませんな、貴方には――わははっ』
「場合によっては、戦場で会おう」
『アイ・サァー!』
この場の役割を終えた受話器を戻し置いたそんな時、一つのチャイム音を伴なう入室を行なってきたのは、マリーベル・リンスその人であった。本日の衣装は純然たるメイド服であった。いつもながら、良く似合う。
「お呼びでしょうか、閣下」
その小さな頭を、静かに上半身ごと傾け、恭しく尋ねてくる。
「うん。ちょっと大事(おおごと)になりそうなのでね、準備をお願いしたい」
ネクタイを片手で器用に解きながらクリストファは立ち上がった。
「畏まりました――第一種礼服で宜しゅう御座いますね?」
脱衣した軍服上着を部屋角のコート掛けに戻しているクリストファの背中に、そんな静かな声が向けられる。
「ノー、パイロット・スーツでお願いする」
なかなか伸び揃わない後ろ髪を一つ掻いて、振り向いたクリストファに対し、しかしマリベルは。
「…………」
上半身を傾けたまま、無言。
「聞こえなかったのか、パイロット・スーツだ。言うまでもなく、RL用だ」
「第一種礼服で……宜しゅう……御座いますね?」
クリスはこれには、大変に驚いた。彼女は、それと分かっていて翻意を促しているのだ、この自分に。
「ありがとよ、マリベル――でも、もう一度は言わさないでおくれよ」
気持ちは大変に有り難いが、ここばかりは譲歩するわけには。クリスは、司令官室備え付けの更衣室のアコーディオンを引く。結局、一度もマリベルの方には振り返らない。
「……了解しました……」
マリーベル・リンスがビューロー(洋服箪笥)を開く音を確認しながら、クリストファは差し当たってアンダー・ウェアへの更衣を開始する。慣れ親しんだ――必ずしもこれは自分自身が望んだものではない――アンダーの感触を受けている内に、しかしクリストファ・アレンは、自分の精神が『戦闘的なもの』へと変貌していく感覚をも自覚している。
・
・
・
「ううむ、数が足りんな――」
呟いてしまってから、ヒムラ・キリオは慌てて自らの口を閉じた。
「それは動かしようのない事実だから、仕方ありませんね」
フォーチュンの第一艦橋で、立体航宙図を囲んでいるのは、ヒムラ技術上級一佐と、ムラサメ上級一佐。そして副長であるステラ・ハーヴェイ一尉はボードを片手に加わっている。
「UNKNOWN(未確認)の規模は未だ、未定……」
リーヌ内近縁に刻まれた黄色の勢力図、それに沿う形で『UNKNOWN』の文字。ボードを抱える両手に無意識の内に力が籠ってしまうステラであった。
「『敵』かどうかすらも、未定だがネ――もうちょっと精査な情報があると嬉しいけれど、それが今の科学の限界ってね」
どこか、諦め顔のキリオ。
「まあ、こうしてある程度の目算が付くだけマシってことね――ドク・アレーシャは良くやってくれたわ」
リーヌ・エクスプローラ――人類初となるリーヌ観測機、それ自体の開発に携わった科学者をそれとなくソフィは養護した。恒星間通信を実用なさしめ、そして今なお、そんな通信衛星に名を残すカハヤ・サンティーニ博士の血統を引くガブリエラ・アレーシャ博士は、理論が半ば完成していたとは言え、この短期間で実際に良くやってくれた。
「しかし、未だに良く理論も分かっていない天文現象がある一方で、それを戦闘――戦い――に利用する俺達人類ってのもさ、全く度し難い存在だよなあ」
「哲学論はそれ位にしておきましょう――さて、どうしたものかしら」
興味深い議論であることは認められるものの、静かに、それでもびしゃりと釘を刺したソフィ・ムラサメであった。差し迫った現実問題――戦力が足りない。つい先刻、クリストファ・アレンによって自衛隊に於けるDeffence-Conditionのレベルはグリーンからイエロー、つまりレベル3へと切り上げられ、全自衛官に緊急招集が発令されている。しかし、未だ配属先も確定していない自衛官や、就役したばかりの艦船、或いは完成したばかりで進宙すらも果たしていない艦船の数は、無視をするのにはあまりにも多いと言う現実。これには『エテルナ自衛隊』がその創設より一年も経過していない――正確に言えば半年間だ――という事情が占めるところ、極めて大であるのだが、別の一面から見れば僅か半年間でこれだけの人材、軍備共の数を揃えることに成功している、と言うことも出来るのかもしれない。そんな状況を楽観視するべきか、それとも悲観視か。幕僚長であるクリストファのみならず、ソフィやキリオ、そしてブレンハルト他がその頭を悩ませていたこの一ヶ月であったが、それも終わる時期を迎えつつあるのだろう。いずれにせよ、これから先、そんな結果は有無を言わさず、強制的に知らされることになるのだ。望みはしなくとも、だ。
「イザヨイのV(ヴイ=ヴィクトリ)は全機、こっちに『上げ』させよう」
顎の無精髭を撫でながら、キリオは決断した。
「パイロットの数はいずれにせよ、足りませんけれど……仕方ないわね」
自分の真正面に投影されているパイロット名の一覧を眺めてソフィ。名前の横に刻まれたチェック・マークが示しているのは『不在』。その数、ざっと確認しても、実に全体の三分の一。休暇を取っている者もいれば、エテルナ本星にて航空訓練を受けている人間だっている。また、教導隊の多くは各養成所へと派遣されている状態でもあった。自衛隊の人材不足は、それ程に深刻だったのである。
「デフコンのレベル切り上げに伴い、直ちに招集は掛けられているはずですが……」
ステラは、半ば呻くような声になってしまっている。
「イザヨイや他宙域はいざ知らず、本星からシャトルで上がってくるのにまず時間が掛かりますね」
答えたソフィの声も、当然明るいとは言えないものだ。
「既にフローラはシャトルのコックピットに収まっているらしいが……半日は掛かるだろうし、差し当たって艦載機の数だけでも揃えておくべきだ」
キリオは、取り出したチューインガムを無造作に口に放り込んで言う。
「キリオの意見に賛成――」
乱入者が、ここで登場した。確認するまでもなく、クリストファ・アレンである。
「イザヨイのV、そして完成しているストライク・パックも全部上げさせよう。成績の優秀なパイロット……或いはその特性を考慮してガンガンこっちで換装させるべきだと思う。ついでに、有りっ丈のブリューナクも持ってきて貰えると良いだろう」
彼個人に特化された、特注のパイロット・スーツの首元を気にしながらクリスは言う。その背後に、フライト・ジャケットを抱えたマリベルが続いている。
「……はぁ……」
ソフィ・ムラサメはここで、露骨に過ぎる溜息を吐いたのだが、傍に控えているステラにはその溜息の本質、理由は理解出来ない。半ば条件反射的に対面のヒムラに目を向けてみるが、そこにあったのは、やはり苦虫を噛み潰したような顔。
「出るのか?」
ヒムラ・キリオのこの発言は実は質問ではないのだが、ステラにはそこまでは汲めない。
「俺が出ないで誰が出るッてんだ」
あはは、と笑い声を続け、クリストファ・アレンは立体航宙図を睥睨(へいげい)した。
「ふん、まだアンノンか――他の情報は上がってきていない?」
「ええ――コブラは頑張っていると思いますが」
ここで、ソフィはエターナル2に仮配属されている強行偵察部隊の名前を出した。
「ロータスはどした?」
勿論、ここでクリストファが紡ぎ出した『ロータス』と言う言葉が示すのは、『ライト=メンテナ』のことだ。電子戦に特化されているそんなミランダ・ルヴァトワの愛機は、二週間前からやはりエターナル2に仮配属をされている。
「三分前に、出撃した――らしい。現場も混乱していてな、すまない」
キリオの顔が更に苦々しいものへと変わった。
「うん、まあ、混乱だってするだろうさ――さて、艦長」
クリストファは、ここで声質を変貌させる。
「は」
ソフィ・ムラサメは、姿勢を正した。
「フォーチュンは、イザヨイから上がってくる艦載機、並びにその換装パック――そして新造艦をその旗下に入れる。編成その他は、キリオ――君に任せる。酷な命令になるが、移動しながらの編成になるだろうと思われる――以後の指揮は、可能な限り僕がライト=ブリンガ上から執るけれど、最悪の場合はキリオと、参謀室の意向に従ってくれ」
そう言って、クリストファは腰元のアタッチメントに固定されていたヘルメットを手に取った。
「俺は、サラマンダ――アヴァント一号機を率い、ライト=ブリンガで先に出る」
ここで、ヘルメットを装着。まだ、バイザーを降ろしていない為、クリストファの肉声を聞き取るのに全く問題はなかった。
「もはや、止めようとは思いません――」
この時のソフィ・ムラサメの顔を、ステラ・ハーヴェイは敢えて直視しなかった。いや、出来なかった。
「ごめん――キリオ、後は頼む」
頭をフォーチュンの艦長に対しては小さく下げて、幕僚長。
「任せろっ」
下がってもいない眼鏡のブリッジを持ち上げ、それでもヒムラ・キリオは力強く頷いた。
「――ところで、連れて行くのは一号機だけで良いのか? 『イーグル』のストライク、何機かを連れて行っても良いぞ」
そう続いたキリオの言葉に、クリストファはその首を左右に大きく振った。ヘルメットを装着している為、かなり大袈裟な動作になってしまう。
「キートンに話は通しておいた――少しでも完璧な編成を、このフォーチュンで行なわせたい」
そもそも――と反駁(はんばく)仕掛けたキリオの言葉を、ここでクリストファは先読みした。
「アヴァントは、今回はシングル――ラスティ一人だ。RL用のプロペラントと、武装を持たせることにする。ぶっちゃけ、どの機体よりもアレが一番『足が長い』から」
暗に航続距離を示す隠語をクリストファは用いたのだが、勿論キリオには問題なく通じる。
「そうか……」
実のところキリオは、こう続けようとしていた――フローラ・ザクソンは未だ地上だぞ、と。
「そんなワケ――そんじゃ、僕はとっとと出ることにするから、後は頼んだ。後は、RL機上でね」
その爪先を艦橋出口の方に向けて、クリス。
「あまり、無理するんじゃないぞ」
これ程に、真意から懸け離れ、無意味な発言が今までの人生の中に幾度あっただろうか。キリオは懊悩するが、辛うじて表面に出すことだけは防ぐことが出来た。
「あいよ、了解で、ありまっす!」
砕けた敬礼と、あくまでも緊張感を漂わせないクリストファ・アレンの声。
「御武運を――」
全く対照的な、完璧な敬礼を行なったのは、ソフィであり、その内面にどれ程の苦悩が抱えられているのか、キリオには想像も付かない。差し当たって、ヒムラ・キリオは頭脳を実務的なものへと切り換えることで、その場からの逃避を図ることとした。取り出した携帯端末を軽快に操作、口元へと運ぶ。
「参謀組は、全員第一会議室へ集合せよ」
そんなキリオと、ほとんど同じタイミングで艦長席へと駆け上がっていたソフィは、直ちにフォーチュンの現状把握へと取り組み始めている。急に雑然としてきたそんな第一艦橋を、クリストファはマリベルを伴ってゆっくりと、しかし確実に後にする。
◆ ◆ ◆
『ヴィクトリのゴタゴタは、後回しだッ――B班は、アヴァントの給気、給弾、ジャスティン、貴様が指示しろっ! A班は、全員俺に続けっ! 工房ブロック集合!!』
スピーカーを介したスコット・ロードマンの大声――ほとんど怒鳴り声だ――が第二格納庫の空気を盛大に振動させる。
「アイ、お任せあれ」
ジャスティン・シューマッハが格納庫の底面から両手を振りながら声を上げてくるのを確認し、スコットは作業服右袖に内蔵されているワイヤー・ガンを格納庫のゲート付近へと向けて打ち込んだ。無重力空間の中、即座にリリースを開始するワイヤーにその体を運ばせて、スコットは舌打ちを一つ。
「ったく、早かったな――」
急激に高まりつつある第二格納庫の人口密度が、掛かる事態の深刻さを現しているのだろう。デフコン3、イエロー警戒態勢が発令されて早十分。混雑を極めつつある格納庫ゲートを逆行するスコットと、その直属であるA班は、人波を掻き分けるようにして工房ブロックへと向かう。言うまでもなく、ライト=ブリンガの出撃準備を行なう為に。
「ホントに早かったっすね」
耳聡いリオン・ウーが並び飛びながら、そんなことを小声で言ってくる。
「『半年』とは思わなかったな――まあ、余計なことは考えずに、俺達は俺達の『仕事』をするだけさ」
半ば自分自身に言い聞かせながら、スコットはブーツのマグネット機能をオン。これから先のエア・ロックを兼ねた重力調整エリアでは、有重力化が実行されることとなっており、その前準備である。両の足を床面へと落ち着け、ロードマン整備士長は一度、その後方を振り返り、A班所属の部下達が自分に続いてくるのを確認した。
「RLは、通常装備で出撃させるのですか?」
やはり小声でリオン。既に、スコットと同じく直立した状態で。
「わからんな――まあ、奴(やっこ)さんのことだから、『レーヴァ』は持っていくつもりなんだろうがなぁ――加重掛かるぞ、注意しろ」
差し当たって解放されていた第四ロックへと二人は揃って足を踏み込んでいる。二重構造のゲートが閉ざされた中、壁面に設置されているバーを握り込み、その歯を噛み締めることで来るべき過重に備えなくてはならない。カウントは5から始まって――軽快なチャイム音とは裏腹に、全身を押さえ込む重力がめでたく発生し、二人は呻く。内臓、脳髄、その全てが足元へと落ちる感覚は、いつになっても馴れるものではない。
「きっつー……」
崩れかける下半身をどうにか支えながら、リオンが呟く。しかし、『きっつー』の一言で直ぐに動き出せるリオンを見ていると、寄る年波を自覚してしまうスコットでもある。実のところ、呼吸を行なうのも大変な難儀となっている。
「さて、急がなくてはな――」
リオンより遅れること十数秒、ようやくの回復へと至ったスコット・ロードマンは、縺(もつ)れ掛かる両脚で、どうにか出口へと踏み出した。
「定期メンテは終了したばかりっす――妙な表現にはなるかと思うっすが、タイミングは悪くないっすね」
スコットとは対照的な足取りの軽さで、そして等しく軽い口調をリオンは選んでくれているが、これは勿論、不安感の裏返しなのだろう。
「予備のプロ(=プロペラントの略で『増漕』の意)をアヴァントにも積み込ませないとならない――忙しいことは忙しいぞ」
歩くペースを上げながら、スコットは耳元に掛けたままの携帯端末を操作し始めた。
「そっすね」
こちらは、腕時計型の端末のメイン画面を確認して、リオン。六時間前の定期メンテナンスに関するレポートの確認だ。責任者欄にヒムラ・キリオ、と記述されているのを見て、スコットは胸を撫で下ろす。
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「一刻も早く、第一艦隊に合流した方が良くはないですか?」
参謀室の一人、この場では最年少のエルナンド・マレスのその発言に、複数の参謀が頷きを加えるのに気付かないヒムラ上級一佐では無かった。
「小官も同感です――勿論、編成を急ぎつつ、と言う前提ではありますが」
碧眼を見開き、言葉上でも同意をしめしてきたのはタルヴォ・ボルトン。階級はマレスと同じく、三佐である。
「一理、あるがね……幕僚長、そして俺自身の判断は実のところ、これで確定している」
立体航宙図の前、指揮杖を文字通りの杖として、ヒムラ・キリオは言った。しかし、ボルトンは尚も食い下がる。
「敵勢力、その数は全く未明であります。場合によっては――」
「――各個撃破の愚を冒す、ってね」
ヒムラの先取りした発言に、ボルトンのみならずその場の全員が固まった。
「あ、気を悪くしたのなら、すまん……。まずは、その根拠から説明させて貰う。時間が無いので、手短に実行する――各自、良く聴けよ」
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手渡されたばかりのパック飲料を、一口啜る。無重力に設定されている、この工房ブロックにあっては飲み物一つ、嚥下(えんか)するのにもちょっとしたコツが必要だった。
「コックピット内、フリーボックスの中にタオルとドリンク、入れておきましたから」
ライト=ブリンガの第一アンテナでもある『角』を握り付けることで体を保持しているマリベルが――既に、メイド服ではなくて艦内憲兵隊服へと更衣済み――声を下ろしてくる。
「ああ、アリガトよ――」
RLコックピットに片足を突っ込んだ状態で、軽く手を上げて、軽いお礼を行なったクリストファ・アレンの両目はしかし、機体足元――なんと妙な表現なのか、これは――で右往左往している整備士達の一挙手一投足へ向けられている。
『第二格納庫へ搬送するぞ――急げよっ』
『レーヴァ、プラグ交換、あと二分で終わらせますっ』
『IFFシグナル、テスト良好、問題なしっ』
ほとんど、怒鳴り合いと化している現場――鉄火場とでも言うべきか。自分をサポートしてくれる彼等に対して、深い感謝の念を改めて自覚するクリストファ・アレンである。勿論、自分の真上で滞空しているマリーベルに対しても、これは同じこと。
「アテナ、結果はどうだったかな?」
コックピットに顔だけを入れるようにして、クリス。
『34897、並びに7854のテスト・プログラムを走らせましたが、問題はありません』
心なしか、硬く感じられる女神様の口調。勿論、気の所為に決まっている。
「よし、あとは俺の問題ってわけだ」
『大丈夫です、クリス――貴方なら』
ここでクリスは、思わず噴き出してしまう。
「あんがと――マリベルも、もう君の仕事は終わりだから、管制室なりに戻ると良いよ」
空になったパックをマリベルに手渡して、クリス。最初のお礼の言葉は、当然アテナとマリベル、その両者に対して等しく向けたものだ。
「最後まで、お供致します」
「真面目だな、マリベルは――まあ、好きにすると良いよ」
そんなマリベルの爪先を軽く握った拳で小突いて、クリスはいよいよコックピットへと潜り込んだ。相も変わらず、狭いことこの上無い。
「ディスプレイ、オン――続き、メインには完了した行程作業を箇条書きで表示してくれ」
『了解しました』
アテナの返答に頷きを加えつつ、シートとは名ばかり、ほとんどバックレスト(背もたれ)でしかない操縦席へクリスがその背中を落ち着けるや否や、スーツ背面に設けられているアタッチメントにパイル(固定杭)がオートによって速やかに二発、打ち込まれる。パイロットの息が大きく詰まる一瞬だが、特殊な操縦系統を持っているRLにあっては、シートベルトの類は操縦に関して甚大な支障が発生することとなってしまう。どうも、傍目からすると非常に痛々しく映る光景であるらしいが。
「くっふ〜」
情けない息を吐いている内に、既に全ての命令は実行されている。ほぼ全周囲の表示を可能とするディスプレイに、雑多な情報が一斉に並べられる。周囲10メートル以内に存在する人間の数、その登録名とID番号。現状の機体装備一覧。燃料状況。機関状況。
『クリス、『ブリューナク』は背面固定で行くのか!?』
突然に無線で飛び込んできた、馴染みの深いそんな声の主はスコット・ロードマン。ファースト・ネームを、それも簡略形で呼び捨てにしてくる辺りが実に彼らしい。付け加えると、無線を用いずとも肉声で充分に届きそうなものだが。
「ブーレは左手で持っていく。レーヴァを右背面固定でお願いしたい」
左手に『ブリューナク』、右手に完全展開された『イージス』を保持するイメージを、そのまま言葉に代えて、クリス。
『おう、任せてくれ!』
そのスコットの声を受け、今やコックピット・ハッチ横で静かに控えているマリーベル――なんと、器用なことに彼女は正座の状態だった――の存在をクリストファは思い出す。これが、彼女に向けられる最後の『関心』となるのだろう、と言う予感は言うまでもなく。
「マリベル、下がれ――これは命令だ」
声には、通常の三割り増し程の険を含ませたつもりだった。
「ですが……」
物憂げな目線で、俯(うつむ)いたマリーベル・リンス。
「そこにウロチョロいられると、僕が集中出来ない!」
いよいよ、怒鳴ってしまう。集中出来ないのは、事実でもあった。
「…………」
しかし、再びマリベルは沈黙する。先刻来、全く常の彼女らしくない。ここでクリスは、いよいよ大きく左面へと振り向いた。
「どうした、マリベル」
「…………」
やはり、答は無い――いや、そうではなかった。マリーベルは、その小さな肩をやはり小刻みに震わせて、息を殺して泣いていたのだった。
「おいおい、マリベル……お兄さん、困ってしまうぞよ」
精一杯、『おちゃらけた』つもりだったが、それでもマリベルの反応は変わらない。それどころか、マリベルがしとどに流している涙が珠(たま)となって、盛大にその周囲へと振り撒かれ始めている。珠の一つが、ゆっくりとコックピット内のクリスの元へ。そして、振り向いていたクリストファのヘルメットの中。その、頬に当たって、小さく弾ける。
「……しなないで……」
クリストファ・アレンが対処に困窮している中、ようやく彼女はそれだけを。
「マリベル……」
上半身を起こし掛けたのだが、既にパイルを打ち込まれているクリストファは全く、身動きが取れない。
「……しなないで、くださいっ」
堪えきれなくなったのか、激しい息遣いの中で。
「大丈夫、僕は死なない!」
多分、今回はね――そんな予感に、妙な現実感が伴っているクリスである。
「君に、助けられた命。あだや、疎かにするつもりなんて無い。安心しろ、マリーベル!」
先月の、拉致未遂事件について、暗にクリストファは言及したのだが、あまり効果は無かったようだ。
「でも、でも……」
いよいよ、マリベルはその顔を上げてきた。珠となりきれなかった涙に、占領された顔を。
「マリベル、僕は今日のこの時の為に、生きてきたのだ――と言っても過言ではないよ。そして、ここで『くたばる』つもりも毛頭無い。必ず、戻ってくるから――その時は、また美味しいコーヒーを淹れてくれると嬉しいな」
差し当たって、自由な左手の親指を立て、腕ごと振りながらクリスは言った。
「……はい、とびっきりのを」
ようやく落ち着いてきたのか、マリベルは軍服ポケットから取り出したハンカチで、自分の顔を大きく拭く。
「艦内の保安維持、任せるよ」
「はい――」
これ以上になく名残惜しそうに、それでも力強くライト=ブリンガの装甲を蹴って、マリベルは飛んでいった。
『全く、女泣かせなことですね、クリス――』
そんなアテナの静かな発言に、クリストファは大きく噎(む)せ返る。
・
・
・
『なんで、俺っていっつもこうなんだよう……』
教導隊、『サイレント・イーグル』所属、ラスティ・ハーヴェイ二尉は、その愛機コックピット上にて、決して高いとも言えない天井を、ただただ見上げているのだった。半ば茫然自失としているそんな彼を尻目に、栄えあるアヴァント・ガーダーは一号機、『サラマンデル』の周囲では数多の整備士達が各種作業に没頭している。
「ハーヴェイ二尉、『フルメンテ・モード』の解除をお願いします!」
顔なじみの整備士が、コックピット脇に上がってきて怒鳴り込んでくる。
「あ、すみません……ええっと……」
文字通り、飛びかけていた精神を慌ててパイロットのそれに戻す。メイン端末のキィを差し込み、モード解除を実行。確か、これで問題無い筈。
「どうです?」
年齢が、自分よりも遙かに年上の整備士に対して、鷹揚な言葉遣いはどうしても行えないラスティである。
「いや、これだと……ノーマルメンテの解除でしか無いんですが」
心から情けない顔で、整備士は言ってきた。
「あ、ごめんなさい――これで」
顔色を窺ってみる。
「はい、問題ありません、二尉殿」
破顔して、整備士は再び機体の底へ潜り込んでいった。自らの情けなさに、ラスティは両頬を力強く叩いた。畜生、自失している場合じゃないだろって――しっかりとしろ、ラスティ!
「場合によっては殴ってやろうと思ったが、どうやらその必要は無かったようかな?」
本当にいつの間にか、自分の背後に立っていたダイチ・キートンだった。
「きょ、教官っ」
慌てて、敬礼を一つ。そして、続く疑問――なぜ、彼がここに。付け加えると、何故、彼がパイロット・スーツを着込んでいるのか!?
「もう、『教官』と呼ぶ必要はない。たった今から、自分も『イーグル』の一員となった」
力強く、一つ頷きを加えてキートンは答えた。
「……で、ありますか」
ここで、ラスティが「はぁ?」と聞き返さなかったのは、フローラ・ザクソンの薫陶が積もりに積もりまくっていたからである。
「アヴァントの前には、俺が乗る。ザクソン校長の代理、だがね」
残念。フローラの薫陶も、効果はここが限界だった。
「はぁ?」
「まあ、驚くのも無理はないな――ただ、『こんなこともあろうかと』、俺に特化した操縦系がアヴァント並びにフォーチュンの艦載機には組み込まれているのだ」
妙に強調された『こんなこともあろうかと』の部分であったのだが、残念ながらラスティにはその真意が理解出来ない。ここでキートンは、自分の両脚を大きく叩いた。
「確かに、俺の両脚は『棒きれ』の様なもんだ――ただ、まだまだお前等には負けない、そう自負している」
ダイチ・キートンの両脚が義足であることは、広く知られた事実であった。航宙警察在籍時、自らの過失に依らない衝突事故にて、その両脚は失われており、警察の技術教官役へと転向していたことも、勿論。
「ザクソン校長には及ばないが、お前さんのバディ(相棒)は充分に務められる筈だぞ」
言いながら、キートンはアヴァントの前席へと滑り込んだ。想定外の想定外の……もう一つ、想定外。ラスティにとっては、しかし。
「実のところ、一人では不安で仕方がありませんでした」
差し当たって、一番本心に近い言葉を紡ぐラスティ。ライト=ブリンガの後方支援を命令されてはいたが、一人きりと言うのは。
「そんなワケで、俺は機体設定を開始する。君は、各整備状況と装備のチェックを行ないたまえ」
「アイ・マスター・キートン!」
・
・
・
『クリストファ・アレン、聞こえるか?』
ダイレクトの着信。発、ヒムラ・キリオ技術上級一佐。
「聞こえている、どうぞ」
既にコックピット・ハッチを閉じ、腕を組んだ状態で静かに待機していたクリストファ。許可を与えたことで、小さなキリオのバストアップがディスプレイに表示された。勿論これは、ライヴ映像である。
『参謀組の意見が固まった――当初の予定通り、行なうこととなった』
「うんむ」
『それと、大統領からの承認シグナルを受領している。数十分後に緊急会見を行なうとのことだ。後は、お前さん次第と言うことになるな』
「だね」
ここで、クリスは左操縦桿元のボタンを一つ、押し込んだ。全周囲ディスプレイの正面に、最優先で出力されたウィンドウには『封印解除』を示す文字と、二十桁にも及ぶ、パスワードの入力欄。
「こちらの方で封印解除シグナルを発信するつもりだが、場合によっては君に代行して貰う可能性もある――分かっているよね?」
『了解している……つもりだ』
クリストファはここで、ウィンドウの最小化処理を行なった。続いて出力させたのは、ライト=ブリンガとアヴァントの出撃準備状況。ライト=ブリンガ97%に対し、アヴァント89%と言う数字。
「準備が終了次第――長くは掛かるまい――アヴァントを伴って、出撃する。対処出来る限り、こちらで対処するが、基本的に君と参謀室で処理してくれるとありがたい」
『分かった。まあ、あまり無理はするなよ』
キリオの顔と声が、渋いものとなっている。
「ああ、大統領に宜しくな――後はこっちでやれるだけやるさ」
実際に握り拳を作って、クリスは言う。
『一昨日の酒が、まだ残っている。一人で呑む気にはならないから、早く帰って来いよ』
「当たり、マエダのクラッカー」
キリオ、その顔を大きく左右に振った。
『無事を祈る――』
「ああ、祈っておいてくれよな」
通信、終わり。
ここで再度、準備状況を確認する。アヴァント側の数値が89%から変わらないことに軽い苛立ちを――いずれにせよ、アヴァントの方が早く出撃準備は整うのだろうが――覚えつつ、クリストファは腰元に装備されている通信端末を操作する。
もう一人。話しておきたい、大事な人が、いた。
・
・
・
「移動を開始します――針路現状、前進微速!」
艦長席で、しかし仁王立ちの状態でソフィ・ムラサメ艦長が指揮杖を振り翳(かざ)す。
「アイ、マム――前進微速、針路現状――機関良好、問題なーし」
馴染み深い蛇輪(だりん)を、キム・レクソールは力強く握り込む。結果的に、フォーチュンの操舵士席を守り抜くことに成功している彼である。機関状況に関して報告を上げたのは、今の機関士席が空席であった為である。
「オペレーターは、後続との連絡、連携を密に――リアルタイムで艦長席に上げてくれて構わないわ」
「「アイ」」
複数の声が、復唱する。この第一艦橋にはシャルロッテ・グルーミングを筆頭に、五人のオペレーターが詰めている。第二、第三艦橋においては更に十名単位が詰めているのだが、これはつい先刻までこのフォーチュンが『ただの』軍艦では無かった為でもある。非戦闘員の退去命令は既に出ているので、少なくとも第三艦橋詰めの人間は全員が離艦する筈だ。
「艦周辺に異常なぁし――」
操舵士が、本来は不必要である筈の報告を行なってきたことには、当然意味があるのだが、ソフィはしばらく、その意味を図りかねていた。勿論、雑多な情報に目を通し続けていたこともあるから、彼女個人を責めるのは酷なことであったが。
「ああ、ごめんなさい――前進、二微速――ついで、三微速への加速はキム、貴方に任せます――その後は、再度指示するわ」
前進微速の定義が、ほとんど『アイドリング』のそれと変わらないことをキムは気付かせてくれたのだ。
「りょーかーいー。針路現状、前進二微速ぅ――以後ぉ、三微速へ加速ぅぅ」
のんびりと、語尾を伸ばしているキム・レクソールには彼なりの計算があった。露骨に浮ついているオペレーター達や――これはシャリーも例外ではない――右往左往としている艦橋要員達の落ち着かない態度を目の当たりとしてしまえば、わざとらしい位の余裕を敢えて、演出する必要があった。浮き足立っているのは当の本人、自分も同じことだったが、それでも、まだしもハッタリを決め込むだけの余裕はある。ここで、キムは蛇輪脇のギアを一段、押し上げる。完全な標準重力が維持されているこのフォーチュン艦橋において、加速度というものは人体には全く感じられない筈なのだが、この正論に関して、懐疑的なキム・レクソールでもある。マシン――明らかに大き過ぎるけれど――との一体感がもたらす、何かしらの精神的作用の発露とでも言うべきか。そんな、ささやかな幸福感すらも自覚しているキムを余所に、艦長席への直通回線の着信を示すシグナルが一つ、点滅する。これは、艦橋のメイン・ディスプレイに備えられているものでもあったから、自然、艦橋の人間が自ずと察知するところとなっている。
「ムラサメです――」
迷わず、受話器を取ったソフィの顔に奇妙な色が浮かんだことを見抜いている艦橋の人間の数は、決して多いものではない。転じれば、少なくはなかった。
「――言いたいことは、そりゃあ山ほどもありますけれど」
半ばの義務感からか、艦橋内の全体を、いささかわざとらしく見渡すようにした。
「真打ちが、初っ端に出るのも良いと思いますけどね、この際はっ」
この時のソフィの表情は、非常に複雑な色合いを醸し出していたのであるが、さすがにそんな顔を凝視しているような人間は、ここにはいない。
「ああだこうだ、と言うのは後にしますよ。貴方に貴方の仕事があるように、私には私の仕事があります。ともかく、きちんと帰ってきて下さいませ」
全く、色気も素っ気も無いそんな遣り取りに耳を傾けつつ、オペレータ席のシャリーとナナが同時にその肩を竦めた。
「こらっ、オペレーター! 何をやっているのか! 仕事は沢山あるでしょう!」
既に通信を終えていたムラサメ艦長の一喝。とは言え、実際の所、そんな喝に険はほとんど含まれていなかったのだが。
「「イエス・メーム!!」」
それを知っているメイン・オペレータ二人組による、どこかおざなりの返答が響き、フォーチュンの第一艦橋には堪えきれないといった忍び笑いが満ちる。
「さあ、緊張はしなくてもいいからね、先は長いんだから」
ソフィ・ムラサメは、その矮躯を艦長席へと大きく沈め込んだが、これだって勿論演技に近いものであった。クリストファ・アレン――彼が、こうなると止まらないことも、そして環境がそれを許さないものであることは百も承知していたのだが。ほとんど無意識の内に、手繰り寄せたペンダントを右手で力強く握り締めた。リンダ・フュッセルが作ってくれたもので、この中にはクリストファと自分の子供――厳密には胎児――が眠っている。それを知っているのはリンダを除けば、ヒムラ・キリオのみ。クリストファ本人には、まだ伝えていない――これに関して、二人からは少なからぬ説得もあったのだが――ソフィ・ムラサメなのであった。
『ごめんね――お母さんになるのは、もうちょっとだけ待っていてちょうだいね』
軽い口づけを一つ。これからは、艦長として。
「副長!」
自分でも驚くほどに、凛とした声が出た。
「はっ――」
その後背で静かに控え続けていたステラ・ハーヴェイが速やかに反応する。
「非戦闘員の待避に関してはどうなっているか?」
「……民間人の待避を優先しております。全ての待避が完了するのは、数時間後になるかと」
眼前に展開されている複数の立体ウィンドウを見比べながら、ハーヴェイ副長。
「遅いな――副長は、その具体的な数字を算出せよ。ああ、それと――」
口にされ掛けた艦長の言葉を、ハーヴェイは待ち続けていたのだが、なかなか言葉が続けられない。
「――艦長?」
「ああ、ごめんなさい。『こっち』は『政治的』なことだから、キリオさんに任せることにします。気にしないで良いわ」
これで、得心が言った。ステラは、この段において艦長が何を言い掛けていたのか、完全に把握していた。
「プレス・ルームから再三、要請が上がっておりますね」
「優れているわね、ステラ。全く、もう」
ソフィは、破顔(はがん)した。それだけを見ていると、とてもこの巨大戦艦の女帝とは思えない。ステラはやはり軽い微笑みを戻しつつ、つい先に受け取った命令を実行する為の手続きを取り始めている。全く淀みのない操作、作業となっているのは正に、ムラサメ艦長による副長教育の賜物だった。
・
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「むう……」
クリストファは、気密服の腰元のホルスターから愛用の拳銃を取り出し弄びつつ、息を吐く。
『何かご不審でも?』
「いや、問題ない――」
相棒であるアテナに軽く答えておきつつ、残弾の確認を行なってみたりしながら、つい先刻の恋人との会話を思い出す。どうも、ここエテルナに来てからの彼女の様子がおかしいように思っていたこともある。まあ、彼女は彼女なりで艦長職という重責をその細腕で支えているわけであるし、これは致し方ないところではあるのだろう。
『失礼――アヴァントの発進体勢が整ったようです』
「おお、そうか」
特注品のスペース・イーグルを慌ててホルスターへと戻しながら、クリストファは正面に表示され続けているメイン・ウィンドウに視線を戻す。
「……おお、ヤル気だなぁキートン」
アヴァント・ガーダーを示す機体番号に続いて、二人のパイロットの名前、その階級。
「アテナ、アヴァント一号機に通信繋がるか?」
『はい、問題ありません』
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「あー、マスコミ!?」
ヒムラ・キリオは、その後頭部をボリボリと掻きむしりる。新たな問題がまた一つ、ってことだ。しかし、これは確かにソフィの仕事ではなく、限りなく自分の仕事。
「わーった。俺に任せておいて。こっちで処理する」
力強く回線を切断しておいて、キリオはここで再び立体航宙図にその目を向けた。ライト=ブリンガと、アヴァント・ガーダの予定針路を示すガイドアイコンに修正を手早く加える。
「一佐殿――それでは両機の到着時刻に誤差が生じますが」
参謀の一人が素早く発言してきたが、これは勿論予測していた質問だった。
「ライト=ブリンガには最高戦速で突っ走らせる――ヒタスラにな!」
「うげぇっ」
誰かがそんな情けない呻き声を立てたが、それを今、追求する必要はない。
「どの道、速度では比較にならないよ。今回は、とにかくRLの現場(げんじょう)への到達時刻を優先する。アヴァントの準備は?」
「既に整っているようで――今は、幕僚長閣下と通信が繋がれているらしいですが」
「俺の名前を使って割り込め――アヴァント一号機は直ちに予定宙域に向かって発進させる、急げ!」
はっ、と力強く答えて、マレス三佐。通信卓へと向かうその後ろ姿を見送って、キリオは立体航宙図へと再び目を戻した。差し当り、自分が手を掛けなくてはならない部分は今は無さそう。眼鏡のブリッジを一度、押し上げる。
「艦隊編成は君達に任せる。自分はブレンハルトと長距離通信を行なうから――ついでに、マスコミに関しても手を打たないとならないし」
「心得ました、閣下――」
直ちに数名の参謀が手分けをして作業に入る様子に感心しながら、キリオは自分の専用端末を展開する。ほとんど同時に展開された三面の立体ウィンドウを見比べて、安堵の息を漏らした。そこには、第一艦隊編成の進捗状況が数値化されて示されているのだが、当座は安心できるものであったからだ。キリオはここで通信端末を操作。
「広報室、誰かいるか?」
『室長補佐、リュボフ・ストコフスキー二尉がここに』
肝心の室長が現在は本星へ派遣されているのを当然、キリオは知っている。
「やあ、リュボフ――現在、本艦に乗っているプレスの代表を集めておいてくれないか」
『了解です――とは言え、現在はデイリー・アルタミラ一社のみですが』
苦笑含みのストコフスキー二尉。半ばの工房艦、補給艦と言う位置付けになっていたこのフォーチュンは響きとその存在からして、ニュースソースとしての鮮度は今三つ程、足りない、ということだ。エテルナの名を冠し、且つ第一艦隊の旗艦でもあるエターナル・エターナルのプレス・ルーム等は芋洗い会場さながらの様相を呈しているようだが。
「……いっそ、清々しいぐらいだな二尉?」
目立ちたがろうとは思わないが、ここまでの仕打ち――と言うほどでもないが――とは一体なんなのだろう。懐疑的になってしまうキリオではある。
『ええ、まあ――では、デイリーにはそのように』
「ああ、フランシス女史に宜しく。そうだ……とびっきりビッグなスクープを期待しろ、って伝えておいてくれ」
『了解です』
キリオは、一人微笑んだ。いや、観察者からすると『ほくそ笑んだ』ようにしか映ってはいないのだが、それは余談である。
・
・
・
『キートン、無理はするなよ』
第二カタパルトへと機体ごと運ばれている中、そんなクリストファ・アレンの声がアヴァント・ガーダー一号機『サラマンデル』のコックピットに響く。
「我儘(わがまま)を容れてくれて、感謝します閣下――無理をしない、それは百も承知であります」
常とは打って変わった軽口のキートンがラスティの前でそのヘルメットをリズミカルに振ってみせた。
『ラスティ、集中はしろ、しかし緊張する必要はない。マイペースでな』
「アイ・サァ」
キートンの様な軽口を叩こうと試みはしたのだが、これは失敗。震えなかっただけで、及第点と言うところか。一度(ひとたび)、力を抜けば痙攣して裏返りそうな両の腿を抱えているラスティである。
『まあ、途中で追い抜くことになるだろうとは思うけどさ』
「アヴァントの加速性だって、馬鹿にしたもんじゃないですぜ」
ヘルメットが大きく後ろに下げられたので、キートンはおそらく胸を張ったのだろう。
『確かにな――ま、お先にどうぞ、ってね』
「了解。お先に!」
通信が切断された。既にキャノピーが全て閉じられているコックピットは、キートンの軽い呼吸音、荒いラスティのそれ、計器類の立てる微かな電子音だけが占領するところとなっている。
「何だかんだと緊張するな――ラスティ、息を整えろ」
軽く上げた右手をヒラヒラとさせて、前席――パイロット席のキートンが言う。
「は、ハイ――」
既に、第二カタパルトに機体は到着している。重気密服に身を固めている数名のカタパルト・オフィサが機体周囲を右往左往としている光景を眺めながら、深呼吸を数回。なかなか、しかし収まらない。
『こちら、フォーチュン管制――アヴァント・ガーダー、出撃準備は宜しいですか?』
「こちら『サラマンデル』。問題ない――いつでも出られる」
コックピット付近に流れてきた気密服の一人が、ブロックサインを数回、実行してきた。それがカタパルト接続完了を示すものであることを、ラスティは知っている。キートンが機体外部に備えられている信号灯を三回、点灯させることでそんなカタパルト・オフィサに『了解』の意図を伝えた。
『ハッチ開口を実行する――発進まで、カウント30』
フォーチュン管制のそんな宣言と全く同時に、カタパルト・デッキの通常照明が一斉に落とされた。唯一の光源である赤色灯により、デッキは赤一色へと染め上げられている。そして、重々しく開いていくカタパルト・ハッチの向こう側には、漆黒の宇宙。
「さあて、出るぞう」
キートンが、力強く操縦桿とスロットルレバーを握り込んだのを見て、いよいよラスティの動悸は激しいものへと変わる。
『――スターティング・カウント、ヒフティン(15)』
アヴァントの周囲から、一斉に気密服が離れていった。ハッチ付近のオフィサだけが、発光灯を力強く外部、宇宙空間へと向けている。その他のオフィサは、全て敬礼を行なっていた。彼等に確認できる道理は無いが、それでもコックピット内のラスティは一人一人に返礼を行なった。
『テン・ナイン・エイト――』
堪えられなくなったラスティの両腿が、痙攣を始めた。懸命に両の腕で腿を押さえつつ、ラスティは想定される加重に耐える為に、大きく息を吸った。
「サラマンデル、発進する!」
キートンの宣言。高加重へと対応する為、ラスティは息を細く、少しずつ吐き始める。
『GO!!』
管制官の小気味よい掛け声、そして警告音がコックピット内に広がりを――と、感じた次の瞬間には、全身を一斉に殴られたような加重がラスティを襲っている。一瞬にして掻き消えたカタパルト・デッキの光景、今や彼等の周囲は黒一色。フライト・オフィサ席にも装備されている後部映像ディスプレイの中で、フォーチュンの輪郭がみるみると縮んでいく。
「ぐううううっ」
歪む視界の中、キートンがスロットル・レバーを更に引き込むのが見えた。第二次加速――キートンには全く、妥協というものが見られない。
正に弩(いしゆみ)から放たれた巨大な矢が如く。深紅のアヴァント・ガーダー一号機は盛大なノズル炎を引きつつ、漆黒の宇宙を切り裂くようにして突進していく。
フル装備の一号機――『サラマンダ』は、こうして初めて、戦闘出撃を実行した。
時は西暦2810年、11月17日。
あと数十分で日付が変わる――そんな時刻、であった。
2656年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - I
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章
2655年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - II
晩年のクリストファ・アレンの振る舞いに、清教徒的傾向が強く見られた、と言う点に関して一石を投じておきたいと考えて、この文章を綴っている。確かに、故人に清貧(せいひん)を尊び、過剰な贅に関して嫌悪感を覚える、或いは簡素をもって由とする傾向が存在したことに対し、異論を唱えるつもりはない。いや、それは寧ろ、全くの事実でもあった。
しかし、彼は少なくとも、『我が家』と評して憚らなかった『フォーチュン』においては、自由闊達、奔放に日々を送っていたのである。前述の『清教徒的傾向』に対して、異議を唱えたい点は正にここにある。過剰な神聖化、神格化は彼がもっとも忌み嫌ったものであった筈であるし、彼と共に、短いながらも同じ船の中で寝食を共にした自分がこの文章を綴ることの中立性に関して読者の方々が果たして、どこまで理解、共感を及ばせてくれるのかは、私自身も不安とするところではあるし、或いは全くの事実として、『神』がごとき活躍を行なった彼に対する、これは大いなる無礼に当たる、と、御不興を受けるかも分からない。
だが、私は、『人間としての彼』を後の世に残したいのである。
『英雄としての彼』ではない。
『人間としての彼』だ。
正直、忌憚なく続けるのなら。
私は、彼には生きていて欲しかった。
懸け離れた、どこか人知から逸脱した英雄としてではなく。
純粋な、人間として生きてくれていた方がどれだけ、良かっただろうか?
最強の剣を、正に『天』から授かった男、クリストファ・アレン。
しかし、『天』はその代償として彼の『命』、それ自体を要求したのだ。
ど畜生、全く本当になんてことなんだ――
(数行に渡り、解読不能)
――私が思うぐらいなのであるから、真に密接していた人々がどれ程の苦しみに満たされていたことか、想像も。
クリストファ・アレンとは、正にそんな『人間』だった。
(デイリー・アルタミラの没原稿より 〜没原につき、執筆者(マリーカ・フランシスの字体に酷似しているとの指摘有り)並びに年月不明)
◆ ◆ ◆
==【AD2810.11.17 23:42】================================================
「あれれ――?」
それは一瞬。本当に一瞬だけの変化であったが、ミランダ・ルヴァトワの両眼は、そんな異常を見逃すことは無かった。当然、ファイナル・ガーダー『ロータス』の観測機器群にしても、それは同じこと。変動を伝えるデータが、遙か後方のエターナル2へと自動送信されるのを確認しながら、ルヴァトワ二尉はヘルメットのマイクを入れる。
「こちらコブラ・スリー、コード『ロータス』――状況に変化有り。限界電子索敵の開始を上申します」
実のところ、『要求』という言葉を使うべきか、一瞬の迷いはあった。しかし、このロータスは裏予算で建造されていることもあり、好印象を抱かれていない――特にジャニス・シュバリエに敵対する側の政治屋組にあっては――存在であることも手伝って、本意からは微妙に懸け離れた表現となってしまった。
『……エターナル管制、了解。その場で待機せよ――艦長よりの通信を待って欲しい』
戻ってくる言葉の大半が予想できていたこともあり、特にミランダは落胆しなかった。「了解」と、簡潔に答えておいて通信を切断。
「まあ、ホイホイと許可が下りるとは思ってもみなかったけどねえ」
独り言? いや、違う。
『そんなものだ。それでも、この自衛隊という組織は、それでも極めて良好に機能していると、俺なんかは思うがねえ』
ミランダの背中に届いた、そんな渋い声色。その主は、パイロットシートの後方のポケットの中、無理矢理に押し詰められている――アテネコ・ブラウン。これは、フライト・オフィサ(フライト・キャット)としての試験的運用の一環に過ぎなかった筈だったのだが、よもやこのまま実戦体勢へ移行することになるとは全く思ってもみなかった。
『それより留意しろ。場合によっては、想定よりも早く許可が下りるかもしれない』
「そうね」
更なる渋さを含んだブラウンの声を受けて、ミランダはコントロールパネルを操作。『ロータス・アイズ』と記されたプログラム・ソリッドを起ち上げる。
「全モジュール、問題無し。いつでもやれるね」
全ての項目にグリーンマークが点灯しているのを確認し、ミランダ。
『ああ。敵さんを丸裸にするのが俺達の役目ってね――それと、口が酸っぱくなるほど言っているので申し訳ないが……』
「絶対に戦っちゃダメ、ってことでしょ。分かってますって」
その通り。『特機』としてのロータスを含むコブラ中隊は、『偵察部隊』として編成されている。彼等が駆る機体は『ヴィクトリEWAC(Early-Warning-And-Control=早期警戒管制)』と呼ばれている特殊専用機であり、レーダー、通信機器類に著しく重点を置いた電子戦機としての設計を施されているものだった。通常のヴィクトリと基本的には同じ武装を有している為、その実戦闘能力は決して低いものではない――いや、寧ろその機動力が強化されていることもあり、ややもすれば無換装のヴィクトリよりも機体スペック自体は上であるとも言えるかもしれない。しかし、そんな彼等に交戦が許される状況は、唯一つ。『交戦しなければ生還が不可能な場合』がそれである。無論、そんな特殊戦機の中でも群を抜いて高価な、そして高性能、高火力なロータスにあっても、これは例外ではなかった。味方への援護攻撃にしても、基本的には認められることはなく、彼等に求められるのは唯一つ。戦場を埋め尽くす大量の情報の収集を極めてクールに行なうこと、のみ。コブラ中隊、全機体のノーズに『見敵必撮・無欠帰還』と刻まれている文字は、決して伊達ではないのである。実際の所、そんな偵察部隊の設立に当たってはその必要性を理解できない、或いは理解しようともしない人々も多く、紆余曲折があったのだったが、クリストファ・アレンの根強い説得と微妙な脅迫が――揶揄されることも多かったが、こうでもしないと重要性が伝わらないことが往々にしてあったのだ――相乗した結果、相当額の予算を投じられる部隊へと結果的にはなっている。その重要性たるや、純粋な戦闘部隊であり、教導隊でもある『サイレント・イーグル』から、多くのパイロットが転向することになったと言う事実の一面を見ても明らかであろう。部隊名の『コブラ』は、当然実在する生物から取られたものだ。その由来は、『背面にも目があるから』。厳密に言えば、コブラの背面にあるのは偽眼であり、紋様でしかないけれど。
「なんだか、不思議なぐらいに落ち着けているの」
『結構なことだ。事は、クールに行なおうじゃないか』
「存在意義を、示してやろうじゃない」
『そういうことだ、ミラン。俺達は、決して張り子の虎じゃない』
「張り子の『猫』かもしれないけどね」
『うははは、イイ!!』
敢えて、反応は戻さないミランダを余所に、アテネコ・ブラウンは笑い続けた。
『オイラのコード・ネームにしよっかな……ハリネコってどうよ?』
「ぷっ――」
遂に我慢が利かなくなり、等しく噴き出してしまったミランダである。ベージュ色の塗装が施され、節々に刻まれている水色のストライプ。これが、ファイナル・ガーダー、ライト=メンテナ『ロータス』の機体色であり、準人型と言った特殊な形態を持つそんな機体は、その後背部の特殊マウントを、両手両脚とでも呼ぶべき四肢末端と共に、四方へと投げ出すようにして空間待機を行なっている状態であった。機体各部に備えられている各種アンテナの全てがやはり、その限界にまで伸ばされている為、さながらサボテンの如き印象を傍聴者へと与えるのかもしれない。もっとも、サボテンのそれと比較すれば、その長さは実に機体全長の八倍にも及んでいるから、この比喩は適切なものとは言えないが。
勿論、その機体特性はまだまだ発揮されていない。秘められたその力が、発揮されるのはこれからなのだ。
特機としてのロータスは、リーヌの淡い燐光をその全身に受けながら、静かに漂っている。さながら、蝶のように。
毒針が備えられている、蝶ではあろうけれど。
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「駄目だ駄目だ駄目だ、いっかーん!!」
エターナル・エターナルの第一環境で、泡を吹きながら絶叫している男がいる。
「閣下、ですが、こと現場の作戦指揮にあってはエテルナ憲章にて――」
ギリギリの理性を保ちながら、ブレンハルト上級一佐。その横に控えているベアトリイチェ・ノイマン副長はただ無表情、静かに直立していたのだが、後ろに組まれたその手が袖の重厚なカフスに触れられていることに気付いている人間は、当の自称完全平和主義の使徒であるトゥーナ・ノーサイド上院議員は元より、その側近にもいなかった。身も蓋もない言い方を行なえば、これは一種の盗聴器であったが。
「とにかく、駄目に決まっておろうが! 電子索敵は、明らかな戦闘行為である! 専守防衛を旨とする自衛隊にあって、忌むべき、慎むべき、恥ずべき行為に他ならんッ! 引いては、エテルナ共和自由国の理念と矜持を甚だしく滅するものとなるに決まっておるッ!!」
「……自衛隊法により、閣下の身柄を拘束することも可能ですが?」
切れ掛かる堪忍袋をどうにか抑えて、ブレンハルトは言ったのだが。
「ああ、拘束したまえ! 各メディアが、平和主義の国民が黙ってはおらんぞ! 私をどうにかしたいのなら、せめて大統領からの書状を用意してからにしたまえ!!」
「――ほう?」
ゆらり、と身を乗り出し掛けたブレンハルトから、その身を守るように側近が立ちはだかった。本当に、側近ごと殴り倒してやろうか――ジョセフ・ブレンハルトが危険な誘惑に打ち負けそうになった、そんな時。
「艦長、幕僚長閣下より秘匿通信であります」
絶妙のタイミングで、通信オペレータの報告が上がってきた。しかし、真っ先に反応、声を上げたのが当の議員の方だったことは、その場の全員の当惑に充分に値した。
「丁度良い、自分に繋ぎたまえ」
艦橋の空気と音が、一斉に鎮まりかえった。
「いや、しかし隊の秘匿通信で、且つ指向されているものですから――艦長以外の方にお繋ぎすることは出来かねます」
普段から、彼女の口調が事務的に過ぎることを軽口で批判しているブレンハルト艦長であったが、この時ばかりは彼女に少なからぬ感謝の念を抱いたものだった。
「何を言うか。この場では、自分が最上位だ。シビリアン・コントロールなのだからな」
いよいよ、ブレンハルトは決して長くも、そして細くもなかった、最後の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「いい加減に――」
手の平の皮が捲れる程に握り締めた握り拳を正に振り上げようとしたその瞬間。
「あのう、たった今、幕僚長がノーサイド議員に対して申し上げたいことがあるということで」
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「くっくっくっ――なんだ、なかなかどうして、機微(きび)が分かっている若造ではないか? あ?」
純白に塗装され、赤十字マークの刻まれた救命艇の中、ノーサイド議員はその取り巻きに、満面の笑顔を振りまいた。
「結局、格好を付けてはいても逸脱は出来ないのでしょう――奴なりに今後の政治生命を考えていると思えば、いっそ哀れなぐらいですなー」
追従を含む笑顔を満面に、取り巻きの一人。実のところ、これはクリストファ・アレンがいずれ、政界へと転じることに対しての不安の裏返しなのである。当のクリストファが聞いたら、『ンな先のこと考えている余裕なんてねえ、ボケ』の一言で終わる話であろうが。
「しかしこの程度で、自分に対する『飴』になると勘違いされても困るな。奴には、もっと『貸し』を作らせねばならんが……」
「いずれにせよ、今回は閣下は、充分なものを手に入れられました。能のない草共に対して、大いにアピールできる機会を、です」
別の取り巻きが、お世辞にも品の良くない笑顔で続くのだが、彼等にとり、品の有無はあまり関係がないのだろう。
「くくく……まあ、わざわざ気の遠くなるほどの大金を投じて一国家が攻め入ってくるなど、有り得んのだよ……小娘は上手く、手玉に取ったつもりだろうがな。愚かなり、クリストファ・アレン」
ここで言う『小娘』という隠語が示す意味は当然、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーのことであることは説明するまでも無い。
偶然、本当に悪魔の偶然。元より、悪意を持ってエターナルへの来艦を行なっていた上院議員、トゥーナ・ノーサイド議員とその取り巻きの、平和主義者達にとってはしかし正に、願ったり叶ったりのタイミングではある。更に幸運なことに、このエターナルには数多くのマスコミ関係者の存在があることだし。
今こそ、クリストファ・アレンとそれが率いる自衛隊の権威を失墜させてくれる。
相手が人間であれば、全て交渉で話は決するのだ。軍隊がわざわざ戦闘をする時代では、今は無い。クリストファ・アレンの野蛮な本性と、その尻馬に乗った雌犬がごときジャニス・シュバリエの素顔を、愚鈍な草共の前に、大いに晒け出してやろうじゃないか。
暗い情熱と、ささやかな勝利感を抱ききった、そんな一行はしかし――自分達が救急艇に体良く誘導された直後、前線の部隊に対してブレンハルトが『戦闘待機』を命じていたことを知ることはなかった。
況(いわん)や、彼等が卑下し、見くびっていた筈のクリストファ・アレンの手の平の上で自分達が、踊っていることをや。
「よし、とっとと出発するぞ! 歴史に名を残すのは軍人ではなく、自分達だっ!!」
航宙艇の操縦資格を有している側近の一人に、ノーサイドは怒鳴った。
「はい。発進許可も得ておりますので――ではでは」
こうして、エターナルに備えられていた救命艇14号は、自衛官のただの一人も乗せることなく、リーヌの方面へと向けて飛び去っていくのだった。
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「本当に、馬鹿と平和主義者は救い難い存在だな――」
口にしてから、慌ててクリスは言葉を繋ぐ。
「――いや、平和主義、それ自体を馬鹿にするつもりは全く、毛頭無いんだ」
『うふふっ、分かっていますよ』
クリストファは、ここで大きく溜息を吐いた。しかし、エターナル2においては災厄以外の何物でも無かったろうな、と他人事のように考え――ることにした。持つべきは機転の利く部下というか何というか、ベアトリイチェの今回の『無言の働き』は特筆に値するものではあるのだが、それだけに掛かる事態の深刻さを提供してくれたっつーか云々。
「まあ、せいぜい利用させて貰うぜ、平和主義の議員さん」
口の端を持ち上げて、悪びってはみたけれど。
『似合いませんから、お止しなさい』
とまあ、容赦のない突っ込みが入るのでゴザイマシタ。
「やっぱり似合わない?」
『ええ、似合いません。相手に合わせることはない、自然体で行こう――これがクリストファ・アレンの在り方ではありませんでしたか?』
「そうだった。ありがとよ、アテナ」
首を一度振って、正面のメイン・ディスプレイに視線を送る。ああ、もうほとんど準備は整っているのだな――クリスは、唾を一つ飲み込んだ。
『オシッ、全て完了! カンペーキ!!』
スコット・ロードマンの声が響いてきた。この数十分で、どれだけ声を荒げたのだろうか、彼は。クリストファにそんな心配をさせるほど、涸れきった彼の声。
「ありがとう、スコット。みんなも――」
自然と口を突く、そんな言葉。そうなのだ。僕は、スコットの最後の一声でカタパルトに乗ることが多かった。
『無茶すんなよ――って、それこそが無茶か――多少、壊しても良いからとにかく無事に帰って来いよ、クリス!! 約束だかんなッ!!』
実のところ、装甲が『紙』に等しいライト=ブリンガは――若干の強化は加えられてはいたが――どこかが壊れたら基本的に『ジ・エンド』なのだが。
「オウッス!!」
クリストファ・アレンは、一言だけ、そう吠えた。
死んでたまるかよ。
まだまだ、やらないとならないこと――いや、やりたいことは沢山あるんだ。
「フォーチュン管制、聞こえるか――こちら、ライト=ブリンガ」
自分でも驚いたことに、この通信はほとんど無意識の内に行われていた。
戦闘出撃に際して、ある意味でクリストファの一番、醜い部分――打算とか、計算とか、そして破壊衝動。
深奥の『何か』が、ゆっくりとその鎌首を上げた――のかな?
「あははっ」
意識して、笑い声を立ててみる。立ったじゃないか。大丈夫。今のままの『僕』でやれるさ。
『ど、どうしました?? 急に笑ったりして??』
通信の向こう側のナナ・マネーシーがそんな言葉を返して来るに至り、クリストファは今度は心からの笑い声を立てた。さぞや、相手のマネーシーからすれば不気味なことに違いない――そう考えると、笑いは引き収まるどころか、更に広がりそうなほどに。
「い、いやね――こんな時になんだけど、リョウとマリベルのファースト・デートの話を思い出してしまってね」
全く、口から出任せではあったのだが。この期に及んでネタにされたご両人に関しては全く心外なことこの上無かっただろう。
『うは。それは、確かに……』
むぐぐ、と続きそうになる笑いを堪えるナナ。
「あっはっは――まあ、それはさて置いて、どうやら出撃できそう。つうか出ます。我慢できません。直ぐにでもイッちゃいます。いいですか?」
当然、管制官がナナ・マネーシーであったからのクリストファの言葉。これがシャリーだった日には、多分3650日間ぐらいは口を利いて貰えないと思われる。
『ああん、もうちょっと我慢して下さいねえ――こっちとタイミングを合わせて貰わないといやあよ――』
流石と言うべきか、何というか。しかし、この段階でいよいよナナの声色が変わった。
『発、フォーチュン管制。ライト=ブリンガ、出撃を許可します。出撃番号は別途送信中』
「ライト=ブリンガ――アイヨ」
『工房ブロックよりの発進は、該当ブロックの管制に従って下さい』
出撃許可番号をライト=ブリンガに転送する作業を手早く行ないながら、ナナ・マネーシー。
「おりがとう」
クリストファは、一つ深呼吸。
・
・
・
工房ブロック、その三重からなるエアロックが順に開かれていく中で、ライト=ブリンガは立ち上がった。現型式番号、【ESDFIX-DM-XRL01】。自衛隊の形式に則るのであれば、これは【エテルナ自衛隊フォーチュン所属DM-X01】となる。『デウス・エクス・マキナ』『試作』『01号機』という意味を専門家や、その筋に詳しい人間であれば読み取れる型式番号であろうが、この『試作』という部分が実は『謎』とか、『ワケわかんね』であるとか、『よく分からないけれど〜動くから良し〜みたいな』と同意であることを知っている人間は、自衛隊の中でも極中枢に限られる。
『サーフェスはどの様に?』
ライト=ブリンガの人工知性体である、アテナの質問。勿論、分かり切ったことではある。
「エテルナ自衛隊! テンプレートC3!!」
半瞬の迷いもなく、叫ぶクリストファ・アレン。
『アイ・アイ・サー』
工房ブロックにて出撃整備に従事していた人間達だけが、特権的に見られる光景が広がった――もっとも、例外がいたのだけれど、これは別のところで語られるべき存在だ。ライト=ブリンガの装甲表面に、仄青い光が同時に走ると、その胸元から全身に掛け、それこそ流れるようにして紋様が浮かび上がり始めた。
右肩には、エテルナ国旗が。その裏側も同様。
左肩、自衛隊旗。同裏。
胸元には、小さな漢字で『光』『権』の二文字、そしてこれはやや大き目に『58』。
その他、各部にエテルナ自衛隊表記が、異なった字体で。
構えた盾『イージス』には、これまた一際に大きいエテルナ国旗。そして、『58』。
背面のレーヴァティンとブリューナクに『Strike-Fire』の文字が刻まれているが、これに関しては、直接にペイントが施されているもの。
頭部。コックピット・ハッチ脇に、『AD:Chricetopher=Allen』と、これは大変に小さく。『AD』は『Admiral(将軍)』の略称であり、アシスタント・ディレクターでは無いことを付け加えておく。古今、機体のパイロット表記にAD等という物騒な肩書きが加えられたことなど、例が無いだろう。これは個人個人のガッツの有無ではなく、高級指揮官が戦闘機体に搭乗すること自体が、まずは論外、異常なのだ。勿論、それは当のクリストファ・アレンが一番、良く知っている。
その反対側、人体で喩えれば左頬部には、小さな自衛隊旗。重厚な盾に、複数の剣が突き刺さった意匠。並んで、実はこれこそがライト=ブリンガのノーズ・アート、『鳳凰』。
実はこんな『デコレーション』、『表面効果』は様々な偶然の結果、得ることができたものであった。文字通りの、偶然の産物だ。
羊皮紙同然でしかないRLの装甲に対し、少なからず頭を悩ませていたヒムラ・キリオ達は、そんな装甲の強化を『気休め』でも実行しようと、『第三次RL強化計画』を非公式の内に――そもそも、『RL』の存在自体が非公式――起ち上げていた。これが、ほんの一ヶ月前の話だ。重量の増加をパイロットが好まないことは聞くまでもなく、分かっているので、装甲を物理的に増やした『フルアーマーRL』だとか、火力の追加をも行なった『パーフェクトRL』だとか、尋常ではないほどに防御力と火力に重点を絞った『RLアサルトバスター』だとか、何か良く分からないがとにかく問答無用に強そうで偉そうな『RLカイザー』だとか、怪しげな光線を全身に受けてバケモノさながらの独自進化を遂げた『真RL』だとか、或いは何をやっても許されてしまうような半ばノリノリな『ゴッドRL』と言った強化は論外中の論外。ついでに、予算も冗談抜きでチョチョ足りない。出来得る限りの低コストで、尚かつ、軽量であって、そこそこ堅牢な素材と言う、ヒムラならずとも発狂を禁じ得ない厳しい条件――しかし、なんとこれらを全て解決する物質の存在があった。低コストという側面に若干の障害こそは残したが、レア・メタル(希少金属)でもある『層強化テクタイト』が、それであった。これは実質、航宙戦闘機ヴィクトリの一部にも使われている素材であったし、入手運用上もほとんど問題がない。しかし、最大の問題が。
『加工法』、であった――。
そんな『層強化テクタイト』をプレスする機材は当然、フォーチュンには存在したのだが……。
「規格が合うわけねえじゃんよー」
そう。規格を大きく――と言うより、アバンギャルドに、ついでにグレイトにソウルフルに――逸脱した機体であるRLに対してデリケートなプレスを行なわせるような機材は……。
「最後の最後にキタコレ……」
「キましたねえ……」
「ヴァー――」
ヒムラ・キリオと数名は、最後の最後に発生したこの問題に、思わず自棄酒、そして錯乱へ(サブタイトル)と、走り掛けるほどの勢いであった。
「なんかいっつもこんな感じで、消化不良になりまくってねえか……」
「精神衛生上よくねえったらねえですぅ……コンチキショウ」
「ヴァー――」
「……って、お前は『ヴァー』しか言えんのか! 『ヴァー』しか言わない口はこれか、これなんかあああああッ!?」
マジギレしたキリオがヒャックに詰めかかる程の、なんともまあ、醜く、そして意味のない彼等の落胆ぶりで、これはあった。それこそ、『人の手』で直接行なうしかないか、まで。それって一体、何年かかるだろう、と言う話。それ程に層強化テクタイトの付与、吹き付けは難度が高い。まして、ライト=ブリンガの可能な限りの全装甲に対して、となれば……これは……。
『あのぅー』
と、申し訳なさそうな声で、リビングデッド然としたキリオ達に呼び掛けてきたのは、その場でじっと議論(?)に耳を傾けていたアテネコ・ホワイト。歯茎を剥いたまま、それでも振り返ってきたキリオに対し、短い右手を挙手。
『――私が自分で吹き付ける、ってのは駄目なんでしょうか?』
「………………」
『ホラ、トラクタ・ビームの制限を行なって上手くやれば……シャワーみたいに』
実際に、挙手したばかりの右手を、自分の左脇や背中に回しながら、アテネコ。
「………………!」
「ソレダ!」と、誰が最初に叫んだのかは分からなかった。とにかく、彼等は直ちに図面を開き、プレス機に加えるべき改良作業へと取り掛かったのだった。もっとも、この改良作業というのは、機材本体に『取っ手』を――それも今後のことを考えれば着脱式が好ましい――装着することと、そして、プログラムドライバの整合性を、アテナに合わせることだった……のだが、実のところ、キリオ達が行なったのは前者だけとなったのだ。
『ああ、こっちでやっちゃいますから――許可だけ貰えれば。にゃーん』
微妙な沈黙が空間を支配する中、『ああ、そんじゃあヨロシコ』というキリオの反応。勿論、彼等は『助かった〜!』とか、『アテナすっげー』等と素直純朴に思ったわけではなくて、実のところは違和感、もっと言ってしまえば恐怖感すらを覚えたのだったが。……この時は、何しろ多忙でもあったことと、妙な達成感も手伝って、表にしてそれを出す人間はいなかった。それは、キリオも例外ではない。緩やかに、『何か』の歯車が動いていることには、誰も気付かなかったのである。
そして、更に『事』はここでは終わらなかった。結果的に、どれも良い意味ではあったのだが。
「主任――テクタイト加工前に、ついでに静電位式変色帯を一部の装甲にプリントしておくってのはどうです?」
製図を行なう時にのみ装着しているモノクルを外して言ってきたのは、ヒャック・ウィンストン・リー(新婚ポヤポヤ)であった。
「それは良いアイディアだと思うけど――金は掛かる?」
ガラス口を引く手を実際に止めて、キリオ。クラシックと言われようが何と言われようが、のポリシーである。漫画家みたいだ、とか言うんじゃねえ。
「あんまり掛からないっすよ、多分。RL全体に施したとしても多寡(たか)が知れてる。僕のポケットマネーでもどうにかなるかな、ってぐらい。その上にテクタイトを吹き付けるわけだから、強度的にも問題ナッシンですな」
いつになく饒舌な自らを、勿論ヒャックは自覚していたが。
『全身に入れ墨だなんて、断固として認められナイデス』
その矮躯を自らの両腕で抱き竦めるようにして、ホワイトがと戦(おのの)いた。ヒャックがここで出した『静電位式変色帯』の意味を、勿論『彼女』は知っていたからだ。静電気を利用した、色素変換を実行する極薄の特殊プレート。半永久的な寿命を持つそれは、『ヴィクトリ』のノーズ・アート並びに、主翼部、そしてパイロット表記部にも採用されている技術だった。何しろ、コックピットにおいて入力を変換するだけで、その紋様を変更できるという利便性。ちなみにこれは、純然たるエテルナの技術力によるものであったことを記しておきたい。
「全身じゃないよ。肩とか、頭部とか――簡単に部隊番号とか所属とか入力できるようになるよ。これは、直接FRPにプリントするよりもエレガントなんじゃないかな、アテナ?」
『にゃにゃー……ロードに、クリスに了解を得て貰いたいデス』
殊更に毛繕い――毛なんて無いんだけれど――を行ないながら、ホワイト。
「ああ、強化重量の限界数値は伝えてあるから、それは問題ないな。つうわけで実行決定。手配、しておいてくれヒャック。俺の名前を使ってイイヨ」
キリオの情け容赦のない言葉に、アテネコ・ホワイトはその全身を大いに引き攣らせたのだった……。
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『コブラ各員へ――電子索敵の開始を改めて許可する!』
ロータスより到着が遅れること数分。そんな隊長の引き締まった声を聞き、ミランダは快哉を一つ。
「待っていましたっ」
すかさず。
『……ミラン、ロータスは中でも一番、特にクールで無ければならない存在だ。分かっているよな?』
コブラ中隊長、リー・パルク二佐の事務的な――それでも、これは冷たいものでは無かった――そんな言葉。
「アイ、サァ。全霊を以て任務を行えることに対する喜びの発言でありましたっ」
右手が額に上がり掛けたのも、全く仕方のないところだ。
『なら、良い――各員、聞いたな――クールに興奮しろ。事は、グルーヴィに、そしてエレガントに運べ!!』
割れるような――とは、いかない。彼等の任務特性、性格上から、それは有り得なかった――それでも、一際に大きな復唱が。そんな時、指定通信が一つ。その対象を、ほとんど予測しながらミランダは回線を開く。
『ルヴァトワ二尉、君にはその位置を固持しておいて貰う。後刻、幕僚長がこの場に到着するから、その後はそちらの指示に従うように。高価で、尚かつ、重要な『ロータス』だ。大事に、扱うように!』
そんな命令と同時に、パルク隊長を含んだ数機が移動し始めるのが、レーダー上で確認できた。
「アイアイ、サ」
答えておきながら、ミランダの左手はコントロールパネルの打ち込みを開始している。ロータスの真価の一端を見せる、その時。
「ハリネコ、『モジュール』全基、射出用意」
『おうさ――射出に問題なし。いつでもどうぞ』
あくまでも口調は軽く維持したままのハリネコ。他のアテネコと異なり、独立した存在である『彼』は、今のところ大変良好に機能してくれている。息を一つ吸い、ミランダはコントロールパネル脇のテンキーに数字列を入力した。チャイム音が一つ、続いてパネルの一部が展開――並んだ9つのキーには、『ALL』、『01』〜『08』と言った文字が刻まれている。
「さあ、やるわよ――」
誰よりも、自分自身に覚悟を決めさせる為の一言だった。それでもミランダは迷わず、そして力強く『ALL』を押し込んだ。キーのランプが速やかに点灯――続いて、コックピットに伝わってくる少なからぬ振動。
『01から04、機外へ露出。05から08は、要数秒――』
外部カメラを使って、実際に確認。機体色と等しいカラーリング、球体を為す『モジュール』が正に、射出レールに乗っている映像が見える。
『全モジュール、射出っ!!』
操縦桿の隣に備えられている、操作レバーを、力強く引き落とした。更に激しい衝撃と、音がコックピットを満たしたのだが、これは高磁力によるモジュール射出をロータスの機体、それ自体が相殺しきれなかった為である。そんな衝撃、音は当然、八回ばかり続くこととなる。
「さあ、行けっ!!」
レバーの第三トリガーを、ここで引く。高磁力による射出慣性力のみでロータスから距離を置いていた各モジュールが、一斉にその推進剤に点火。文字通りの、四方八方へと――勿論、計算された方向であることは言うまでも――ささやかな光を引きながら散っていく。日本文化の粋、花火を彷彿とさせる光景であるとも言える。勿論、中心にあるのはロータスということに。
「限界電子索敵開始!」
更に第二トリガーを押し込んだミランダ。口にしたことと、同義。01と02はエターナルとフォーチュンの中間点を保持することに。残りの六基は、全てリーヌをカバーする形のフォーメーション。簡易式とはいえ、重力波レーダーまでも搭載した、ほとんど小型の偵察衛星と呼べるほどの機能を有している各モジュールから、順調に応答信号が戻ってくる。続いて、溢れかえるほどの情報の渦。奔流がごとく。
『クールだ。これが、俺達の戦い方ってね』
ハリネコが呟く。実際に、みるみると精度を増していくレーダーを眺めてミランダは、にっこりと微笑んだ。
◆ ◆ ◆
目の前で、動き始めた『それ』。
マリーカ・フランシスと、そのお供のカメラマンであるウィリアム・マクレーンは、即座に対応が取れない。場所は、工房ブロック第二管制ブロック。今のこの場所には、この三人以外の存在は一切、無い。
「どうしたんです? 録画しないのですか?」
広報室長補佐、リュボフ・ストコフスキー二尉が、どこか悪戯っぽい笑みを見せた。カメラマンとしての本能が生きてはいたのか、ビルはすかさず、その右肩に固定されたままだったビデオ・カメラに録画信号を打ち込む。
「……これは何?」
マリーカの率直な思いが、そのまま言葉として変換された。今、彼女の目の前で正にその彩りを変えている『人型』の機体。
「我が、エテルナ自衛隊が擁する『兵器』ですよ、勿論」
ご覧なさい――と言葉を続け、リュボフはそのしなやかな指をライト=ブリンガへと向ける。
「節々に存在しているエテルナ国旗、そして自衛隊旗は、その証明に他なりません――」
蒼い顔で、すっかりと押し黙ってしまった、マリーカとビルの様子に同情の念を抱き掛けたリュボフであり、ヒムラ・キリオの言っていた『サービス』をより、確たるものとしてやるべきだろうか、まで考え掛けた、そんな時。
「クリストファ・アレンという文字が見えますが、あれはッ!?」
電子式のオペラグラスを覗きながら、当のマリーカが叫んだのだった。ようやくと言うべきか、ジャーナリストとしての本性が呼び覚まされてきたのだろうか。
「その通りの意味でございます――」
冷静に答えるリュボフの言葉とほとんど同時に、工房ブロック内の照明が全て落とされた。何が起こったの――そうマリーカが答える前に。
「コード、『ライト=ブリンガ』。搭乗者は、幕僚長であるクリストファ・アレン空将です。これから、発進するところであります」
「らいとぶりんが? はっしん?? ばくりょうちょう???」
オペラグラスから目を外そうとした、マリーカ。それでも、外せない。何故ならば、照明のほとんど落とされた工房ブロックの中、対象の機体は自ら光を放ち続けていたからだ。各間接は元よりとして、その全身も仄かに、また。見惚れてしまっている場合か、マリーカ――心の声、これは冷徹なジャーナリストとしての自分自身からのものだった。しかし、それでも目を外すことは出来なかった。
「詳しい説明を――」
言い刺したマリーカに対し、リュボフはその細い腕をゆっくりと組み。
「今は、ここまで。ライブ中継をお断りさせて頂いた理由を、汲んで頂ければと――」
その小さな顔を、ゆっくりと左右に振るのであった。
しかし、彼は少なくとも、『我が家』と評して憚らなかった『フォーチュン』においては、自由闊達、奔放に日々を送っていたのである。前述の『清教徒的傾向』に対して、異議を唱えたい点は正にここにある。過剰な神聖化、神格化は彼がもっとも忌み嫌ったものであった筈であるし、彼と共に、短いながらも同じ船の中で寝食を共にした自分がこの文章を綴ることの中立性に関して読者の方々が果たして、どこまで理解、共感を及ばせてくれるのかは、私自身も不安とするところではあるし、或いは全くの事実として、『神』がごとき活躍を行なった彼に対する、これは大いなる無礼に当たる、と、御不興を受けるかも分からない。
だが、私は、『人間としての彼』を後の世に残したいのである。
『英雄としての彼』ではない。
『人間としての彼』だ。
正直、忌憚なく続けるのなら。
私は、彼には生きていて欲しかった。
懸け離れた、どこか人知から逸脱した英雄としてではなく。
純粋な、人間として生きてくれていた方がどれだけ、良かっただろうか?
最強の剣を、正に『天』から授かった男、クリストファ・アレン。
しかし、『天』はその代償として彼の『命』、それ自体を要求したのだ。
ど畜生、全く本当になんてことなんだ――
(数行に渡り、解読不能)
――私が思うぐらいなのであるから、真に密接していた人々がどれ程の苦しみに満たされていたことか、想像も。
クリストファ・アレンとは、正にそんな『人間』だった。
(デイリー・アルタミラの没原稿より 〜没原につき、執筆者(マリーカ・フランシスの字体に酷似しているとの指摘有り)並びに年月不明)
◆ ◆ ◆
==【AD2810.11.17 23:42】================================================
「あれれ――?」
それは一瞬。本当に一瞬だけの変化であったが、ミランダ・ルヴァトワの両眼は、そんな異常を見逃すことは無かった。当然、ファイナル・ガーダー『ロータス』の観測機器群にしても、それは同じこと。変動を伝えるデータが、遙か後方のエターナル2へと自動送信されるのを確認しながら、ルヴァトワ二尉はヘルメットのマイクを入れる。
「こちらコブラ・スリー、コード『ロータス』――状況に変化有り。限界電子索敵の開始を上申します」
実のところ、『要求』という言葉を使うべきか、一瞬の迷いはあった。しかし、このロータスは裏予算で建造されていることもあり、好印象を抱かれていない――特にジャニス・シュバリエに敵対する側の政治屋組にあっては――存在であることも手伝って、本意からは微妙に懸け離れた表現となってしまった。
『……エターナル管制、了解。その場で待機せよ――艦長よりの通信を待って欲しい』
戻ってくる言葉の大半が予想できていたこともあり、特にミランダは落胆しなかった。「了解」と、簡潔に答えておいて通信を切断。
「まあ、ホイホイと許可が下りるとは思ってもみなかったけどねえ」
独り言? いや、違う。
『そんなものだ。それでも、この自衛隊という組織は、それでも極めて良好に機能していると、俺なんかは思うがねえ』
ミランダの背中に届いた、そんな渋い声色。その主は、パイロットシートの後方のポケットの中、無理矢理に押し詰められている――アテネコ・ブラウン。これは、フライト・オフィサ(フライト・キャット)としての試験的運用の一環に過ぎなかった筈だったのだが、よもやこのまま実戦体勢へ移行することになるとは全く思ってもみなかった。
『それより留意しろ。場合によっては、想定よりも早く許可が下りるかもしれない』
「そうね」
更なる渋さを含んだブラウンの声を受けて、ミランダはコントロールパネルを操作。『ロータス・アイズ』と記されたプログラム・ソリッドを起ち上げる。
「全モジュール、問題無し。いつでもやれるね」
全ての項目にグリーンマークが点灯しているのを確認し、ミランダ。
『ああ。敵さんを丸裸にするのが俺達の役目ってね――それと、口が酸っぱくなるほど言っているので申し訳ないが……』
「絶対に戦っちゃダメ、ってことでしょ。分かってますって」
その通り。『特機』としてのロータスを含むコブラ中隊は、『偵察部隊』として編成されている。彼等が駆る機体は『ヴィクトリEWAC(Early-Warning-And-Control=早期警戒管制)』と呼ばれている特殊専用機であり、レーダー、通信機器類に著しく重点を置いた電子戦機としての設計を施されているものだった。通常のヴィクトリと基本的には同じ武装を有している為、その実戦闘能力は決して低いものではない――いや、寧ろその機動力が強化されていることもあり、ややもすれば無換装のヴィクトリよりも機体スペック自体は上であるとも言えるかもしれない。しかし、そんな彼等に交戦が許される状況は、唯一つ。『交戦しなければ生還が不可能な場合』がそれである。無論、そんな特殊戦機の中でも群を抜いて高価な、そして高性能、高火力なロータスにあっても、これは例外ではなかった。味方への援護攻撃にしても、基本的には認められることはなく、彼等に求められるのは唯一つ。戦場を埋め尽くす大量の情報の収集を極めてクールに行なうこと、のみ。コブラ中隊、全機体のノーズに『見敵必撮・無欠帰還』と刻まれている文字は、決して伊達ではないのである。実際の所、そんな偵察部隊の設立に当たってはその必要性を理解できない、或いは理解しようともしない人々も多く、紆余曲折があったのだったが、クリストファ・アレンの根強い説得と微妙な脅迫が――揶揄されることも多かったが、こうでもしないと重要性が伝わらないことが往々にしてあったのだ――相乗した結果、相当額の予算を投じられる部隊へと結果的にはなっている。その重要性たるや、純粋な戦闘部隊であり、教導隊でもある『サイレント・イーグル』から、多くのパイロットが転向することになったと言う事実の一面を見ても明らかであろう。部隊名の『コブラ』は、当然実在する生物から取られたものだ。その由来は、『背面にも目があるから』。厳密に言えば、コブラの背面にあるのは偽眼であり、紋様でしかないけれど。
「なんだか、不思議なぐらいに落ち着けているの」
『結構なことだ。事は、クールに行なおうじゃないか』
「存在意義を、示してやろうじゃない」
『そういうことだ、ミラン。俺達は、決して張り子の虎じゃない』
「張り子の『猫』かもしれないけどね」
『うははは、イイ!!』
敢えて、反応は戻さないミランダを余所に、アテネコ・ブラウンは笑い続けた。
『オイラのコード・ネームにしよっかな……ハリネコってどうよ?』
「ぷっ――」
遂に我慢が利かなくなり、等しく噴き出してしまったミランダである。ベージュ色の塗装が施され、節々に刻まれている水色のストライプ。これが、ファイナル・ガーダー、ライト=メンテナ『ロータス』の機体色であり、準人型と言った特殊な形態を持つそんな機体は、その後背部の特殊マウントを、両手両脚とでも呼ぶべき四肢末端と共に、四方へと投げ出すようにして空間待機を行なっている状態であった。機体各部に備えられている各種アンテナの全てがやはり、その限界にまで伸ばされている為、さながらサボテンの如き印象を傍聴者へと与えるのかもしれない。もっとも、サボテンのそれと比較すれば、その長さは実に機体全長の八倍にも及んでいるから、この比喩は適切なものとは言えないが。
勿論、その機体特性はまだまだ発揮されていない。秘められたその力が、発揮されるのはこれからなのだ。
特機としてのロータスは、リーヌの淡い燐光をその全身に受けながら、静かに漂っている。さながら、蝶のように。
毒針が備えられている、蝶ではあろうけれど。
・
・
・
「駄目だ駄目だ駄目だ、いっかーん!!」
エターナル・エターナルの第一環境で、泡を吹きながら絶叫している男がいる。
「閣下、ですが、こと現場の作戦指揮にあってはエテルナ憲章にて――」
ギリギリの理性を保ちながら、ブレンハルト上級一佐。その横に控えているベアトリイチェ・ノイマン副長はただ無表情、静かに直立していたのだが、後ろに組まれたその手が袖の重厚なカフスに触れられていることに気付いている人間は、当の自称完全平和主義の使徒であるトゥーナ・ノーサイド上院議員は元より、その側近にもいなかった。身も蓋もない言い方を行なえば、これは一種の盗聴器であったが。
「とにかく、駄目に決まっておろうが! 電子索敵は、明らかな戦闘行為である! 専守防衛を旨とする自衛隊にあって、忌むべき、慎むべき、恥ずべき行為に他ならんッ! 引いては、エテルナ共和自由国の理念と矜持を甚だしく滅するものとなるに決まっておるッ!!」
「……自衛隊法により、閣下の身柄を拘束することも可能ですが?」
切れ掛かる堪忍袋をどうにか抑えて、ブレンハルトは言ったのだが。
「ああ、拘束したまえ! 各メディアが、平和主義の国民が黙ってはおらんぞ! 私をどうにかしたいのなら、せめて大統領からの書状を用意してからにしたまえ!!」
「――ほう?」
ゆらり、と身を乗り出し掛けたブレンハルトから、その身を守るように側近が立ちはだかった。本当に、側近ごと殴り倒してやろうか――ジョセフ・ブレンハルトが危険な誘惑に打ち負けそうになった、そんな時。
「艦長、幕僚長閣下より秘匿通信であります」
絶妙のタイミングで、通信オペレータの報告が上がってきた。しかし、真っ先に反応、声を上げたのが当の議員の方だったことは、その場の全員の当惑に充分に値した。
「丁度良い、自分に繋ぎたまえ」
艦橋の空気と音が、一斉に鎮まりかえった。
「いや、しかし隊の秘匿通信で、且つ指向されているものですから――艦長以外の方にお繋ぎすることは出来かねます」
普段から、彼女の口調が事務的に過ぎることを軽口で批判しているブレンハルト艦長であったが、この時ばかりは彼女に少なからぬ感謝の念を抱いたものだった。
「何を言うか。この場では、自分が最上位だ。シビリアン・コントロールなのだからな」
いよいよ、ブレンハルトは決して長くも、そして細くもなかった、最後の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。
「いい加減に――」
手の平の皮が捲れる程に握り締めた握り拳を正に振り上げようとしたその瞬間。
「あのう、たった今、幕僚長がノーサイド議員に対して申し上げたいことがあるということで」
・
・
・
「くっくっくっ――なんだ、なかなかどうして、機微(きび)が分かっている若造ではないか? あ?」
純白に塗装され、赤十字マークの刻まれた救命艇の中、ノーサイド議員はその取り巻きに、満面の笑顔を振りまいた。
「結局、格好を付けてはいても逸脱は出来ないのでしょう――奴なりに今後の政治生命を考えていると思えば、いっそ哀れなぐらいですなー」
追従を含む笑顔を満面に、取り巻きの一人。実のところ、これはクリストファ・アレンがいずれ、政界へと転じることに対しての不安の裏返しなのである。当のクリストファが聞いたら、『ンな先のこと考えている余裕なんてねえ、ボケ』の一言で終わる話であろうが。
「しかしこの程度で、自分に対する『飴』になると勘違いされても困るな。奴には、もっと『貸し』を作らせねばならんが……」
「いずれにせよ、今回は閣下は、充分なものを手に入れられました。能のない草共に対して、大いにアピールできる機会を、です」
別の取り巻きが、お世辞にも品の良くない笑顔で続くのだが、彼等にとり、品の有無はあまり関係がないのだろう。
「くくく……まあ、わざわざ気の遠くなるほどの大金を投じて一国家が攻め入ってくるなど、有り得んのだよ……小娘は上手く、手玉に取ったつもりだろうがな。愚かなり、クリストファ・アレン」
ここで言う『小娘』という隠語が示す意味は当然、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーのことであることは説明するまでも無い。
偶然、本当に悪魔の偶然。元より、悪意を持ってエターナルへの来艦を行なっていた上院議員、トゥーナ・ノーサイド議員とその取り巻きの、平和主義者達にとってはしかし正に、願ったり叶ったりのタイミングではある。更に幸運なことに、このエターナルには数多くのマスコミ関係者の存在があることだし。
今こそ、クリストファ・アレンとそれが率いる自衛隊の権威を失墜させてくれる。
相手が人間であれば、全て交渉で話は決するのだ。軍隊がわざわざ戦闘をする時代では、今は無い。クリストファ・アレンの野蛮な本性と、その尻馬に乗った雌犬がごときジャニス・シュバリエの素顔を、愚鈍な草共の前に、大いに晒け出してやろうじゃないか。
暗い情熱と、ささやかな勝利感を抱ききった、そんな一行はしかし――自分達が救急艇に体良く誘導された直後、前線の部隊に対してブレンハルトが『戦闘待機』を命じていたことを知ることはなかった。
況(いわん)や、彼等が卑下し、見くびっていた筈のクリストファ・アレンの手の平の上で自分達が、踊っていることをや。
「よし、とっとと出発するぞ! 歴史に名を残すのは軍人ではなく、自分達だっ!!」
航宙艇の操縦資格を有している側近の一人に、ノーサイドは怒鳴った。
「はい。発進許可も得ておりますので――ではでは」
こうして、エターナルに備えられていた救命艇14号は、自衛官のただの一人も乗せることなく、リーヌの方面へと向けて飛び去っていくのだった。
・
・
・
「本当に、馬鹿と平和主義者は救い難い存在だな――」
口にしてから、慌ててクリスは言葉を繋ぐ。
「――いや、平和主義、それ自体を馬鹿にするつもりは全く、毛頭無いんだ」
『うふふっ、分かっていますよ』
クリストファは、ここで大きく溜息を吐いた。しかし、エターナル2においては災厄以外の何物でも無かったろうな、と他人事のように考え――ることにした。持つべきは機転の利く部下というか何というか、ベアトリイチェの今回の『無言の働き』は特筆に値するものではあるのだが、それだけに掛かる事態の深刻さを提供してくれたっつーか云々。
「まあ、せいぜい利用させて貰うぜ、平和主義の議員さん」
口の端を持ち上げて、悪びってはみたけれど。
『似合いませんから、お止しなさい』
とまあ、容赦のない突っ込みが入るのでゴザイマシタ。
「やっぱり似合わない?」
『ええ、似合いません。相手に合わせることはない、自然体で行こう――これがクリストファ・アレンの在り方ではありませんでしたか?』
「そうだった。ありがとよ、アテナ」
首を一度振って、正面のメイン・ディスプレイに視線を送る。ああ、もうほとんど準備は整っているのだな――クリスは、唾を一つ飲み込んだ。
『オシッ、全て完了! カンペーキ!!』
スコット・ロードマンの声が響いてきた。この数十分で、どれだけ声を荒げたのだろうか、彼は。クリストファにそんな心配をさせるほど、涸れきった彼の声。
「ありがとう、スコット。みんなも――」
自然と口を突く、そんな言葉。そうなのだ。僕は、スコットの最後の一声でカタパルトに乗ることが多かった。
『無茶すんなよ――って、それこそが無茶か――多少、壊しても良いからとにかく無事に帰って来いよ、クリス!! 約束だかんなッ!!』
実のところ、装甲が『紙』に等しいライト=ブリンガは――若干の強化は加えられてはいたが――どこかが壊れたら基本的に『ジ・エンド』なのだが。
「オウッス!!」
クリストファ・アレンは、一言だけ、そう吠えた。
死んでたまるかよ。
まだまだ、やらないとならないこと――いや、やりたいことは沢山あるんだ。
「フォーチュン管制、聞こえるか――こちら、ライト=ブリンガ」
自分でも驚いたことに、この通信はほとんど無意識の内に行われていた。
戦闘出撃に際して、ある意味でクリストファの一番、醜い部分――打算とか、計算とか、そして破壊衝動。
深奥の『何か』が、ゆっくりとその鎌首を上げた――のかな?
「あははっ」
意識して、笑い声を立ててみる。立ったじゃないか。大丈夫。今のままの『僕』でやれるさ。
『ど、どうしました?? 急に笑ったりして??』
通信の向こう側のナナ・マネーシーがそんな言葉を返して来るに至り、クリストファは今度は心からの笑い声を立てた。さぞや、相手のマネーシーからすれば不気味なことに違いない――そう考えると、笑いは引き収まるどころか、更に広がりそうなほどに。
「い、いやね――こんな時になんだけど、リョウとマリベルのファースト・デートの話を思い出してしまってね」
全く、口から出任せではあったのだが。この期に及んでネタにされたご両人に関しては全く心外なことこの上無かっただろう。
『うは。それは、確かに……』
むぐぐ、と続きそうになる笑いを堪えるナナ。
「あっはっは――まあ、それはさて置いて、どうやら出撃できそう。つうか出ます。我慢できません。直ぐにでもイッちゃいます。いいですか?」
当然、管制官がナナ・マネーシーであったからのクリストファの言葉。これがシャリーだった日には、多分3650日間ぐらいは口を利いて貰えないと思われる。
『ああん、もうちょっと我慢して下さいねえ――こっちとタイミングを合わせて貰わないといやあよ――』
流石と言うべきか、何というか。しかし、この段階でいよいよナナの声色が変わった。
『発、フォーチュン管制。ライト=ブリンガ、出撃を許可します。出撃番号は別途送信中』
「ライト=ブリンガ――アイヨ」
『工房ブロックよりの発進は、該当ブロックの管制に従って下さい』
出撃許可番号をライト=ブリンガに転送する作業を手早く行ないながら、ナナ・マネーシー。
「おりがとう」
クリストファは、一つ深呼吸。
・
・
・
工房ブロック、その三重からなるエアロックが順に開かれていく中で、ライト=ブリンガは立ち上がった。現型式番号、【ESDFIX-DM-XRL01】。自衛隊の形式に則るのであれば、これは【エテルナ自衛隊フォーチュン所属DM-X01】となる。『デウス・エクス・マキナ』『試作』『01号機』という意味を専門家や、その筋に詳しい人間であれば読み取れる型式番号であろうが、この『試作』という部分が実は『謎』とか、『ワケわかんね』であるとか、『よく分からないけれど〜動くから良し〜みたいな』と同意であることを知っている人間は、自衛隊の中でも極中枢に限られる。
『サーフェスはどの様に?』
ライト=ブリンガの人工知性体である、アテナの質問。勿論、分かり切ったことではある。
「エテルナ自衛隊! テンプレートC3!!」
半瞬の迷いもなく、叫ぶクリストファ・アレン。
『アイ・アイ・サー』
工房ブロックにて出撃整備に従事していた人間達だけが、特権的に見られる光景が広がった――もっとも、例外がいたのだけれど、これは別のところで語られるべき存在だ。ライト=ブリンガの装甲表面に、仄青い光が同時に走ると、その胸元から全身に掛け、それこそ流れるようにして紋様が浮かび上がり始めた。
右肩には、エテルナ国旗が。その裏側も同様。
左肩、自衛隊旗。同裏。
胸元には、小さな漢字で『光』『権』の二文字、そしてこれはやや大き目に『58』。
その他、各部にエテルナ自衛隊表記が、異なった字体で。
構えた盾『イージス』には、これまた一際に大きいエテルナ国旗。そして、『58』。
背面のレーヴァティンとブリューナクに『Strike-Fire』の文字が刻まれているが、これに関しては、直接にペイントが施されているもの。
頭部。コックピット・ハッチ脇に、『AD:Chricetopher=Allen』と、これは大変に小さく。『AD』は『Admiral(将軍)』の略称であり、アシスタント・ディレクターでは無いことを付け加えておく。古今、機体のパイロット表記にAD等という物騒な肩書きが加えられたことなど、例が無いだろう。これは個人個人のガッツの有無ではなく、高級指揮官が戦闘機体に搭乗すること自体が、まずは論外、異常なのだ。勿論、それは当のクリストファ・アレンが一番、良く知っている。
その反対側、人体で喩えれば左頬部には、小さな自衛隊旗。重厚な盾に、複数の剣が突き刺さった意匠。並んで、実はこれこそがライト=ブリンガのノーズ・アート、『鳳凰』。
実はこんな『デコレーション』、『表面効果』は様々な偶然の結果、得ることができたものであった。文字通りの、偶然の産物だ。
羊皮紙同然でしかないRLの装甲に対し、少なからず頭を悩ませていたヒムラ・キリオ達は、そんな装甲の強化を『気休め』でも実行しようと、『第三次RL強化計画』を非公式の内に――そもそも、『RL』の存在自体が非公式――起ち上げていた。これが、ほんの一ヶ月前の話だ。重量の増加をパイロットが好まないことは聞くまでもなく、分かっているので、装甲を物理的に増やした『フルアーマーRL』だとか、火力の追加をも行なった『パーフェクトRL』だとか、尋常ではないほどに防御力と火力に重点を絞った『RLアサルトバスター』だとか、何か良く分からないがとにかく問答無用に強そうで偉そうな『RLカイザー』だとか、怪しげな光線を全身に受けてバケモノさながらの独自進化を遂げた『真RL』だとか、或いは何をやっても許されてしまうような半ばノリノリな『ゴッドRL』と言った強化は論外中の論外。ついでに、予算も冗談抜きでチョチョ足りない。出来得る限りの低コストで、尚かつ、軽量であって、そこそこ堅牢な素材と言う、ヒムラならずとも発狂を禁じ得ない厳しい条件――しかし、なんとこれらを全て解決する物質の存在があった。低コストという側面に若干の障害こそは残したが、レア・メタル(希少金属)でもある『層強化テクタイト』が、それであった。これは実質、航宙戦闘機ヴィクトリの一部にも使われている素材であったし、入手運用上もほとんど問題がない。しかし、最大の問題が。
『加工法』、であった――。
そんな『層強化テクタイト』をプレスする機材は当然、フォーチュンには存在したのだが……。
「規格が合うわけねえじゃんよー」
そう。規格を大きく――と言うより、アバンギャルドに、ついでにグレイトにソウルフルに――逸脱した機体であるRLに対してデリケートなプレスを行なわせるような機材は……。
「最後の最後にキタコレ……」
「キましたねえ……」
「ヴァー――」
ヒムラ・キリオと数名は、最後の最後に発生したこの問題に、思わず自棄酒、そして錯乱へ(サブタイトル)と、走り掛けるほどの勢いであった。
「なんかいっつもこんな感じで、消化不良になりまくってねえか……」
「精神衛生上よくねえったらねえですぅ……コンチキショウ」
「ヴァー――」
「……って、お前は『ヴァー』しか言えんのか! 『ヴァー』しか言わない口はこれか、これなんかあああああッ!?」
マジギレしたキリオがヒャックに詰めかかる程の、なんともまあ、醜く、そして意味のない彼等の落胆ぶりで、これはあった。それこそ、『人の手』で直接行なうしかないか、まで。それって一体、何年かかるだろう、と言う話。それ程に層強化テクタイトの付与、吹き付けは難度が高い。まして、ライト=ブリンガの可能な限りの全装甲に対して、となれば……これは……。
『あのぅー』
と、申し訳なさそうな声で、リビングデッド然としたキリオ達に呼び掛けてきたのは、その場でじっと議論(?)に耳を傾けていたアテネコ・ホワイト。歯茎を剥いたまま、それでも振り返ってきたキリオに対し、短い右手を挙手。
『――私が自分で吹き付ける、ってのは駄目なんでしょうか?』
「………………」
『ホラ、トラクタ・ビームの制限を行なって上手くやれば……シャワーみたいに』
実際に、挙手したばかりの右手を、自分の左脇や背中に回しながら、アテネコ。
「………………!」
「ソレダ!」と、誰が最初に叫んだのかは分からなかった。とにかく、彼等は直ちに図面を開き、プレス機に加えるべき改良作業へと取り掛かったのだった。もっとも、この改良作業というのは、機材本体に『取っ手』を――それも今後のことを考えれば着脱式が好ましい――装着することと、そして、プログラムドライバの整合性を、アテナに合わせることだった……のだが、実のところ、キリオ達が行なったのは前者だけとなったのだ。
『ああ、こっちでやっちゃいますから――許可だけ貰えれば。にゃーん』
微妙な沈黙が空間を支配する中、『ああ、そんじゃあヨロシコ』というキリオの反応。勿論、彼等は『助かった〜!』とか、『アテナすっげー』等と素直純朴に思ったわけではなくて、実のところは違和感、もっと言ってしまえば恐怖感すらを覚えたのだったが。……この時は、何しろ多忙でもあったことと、妙な達成感も手伝って、表にしてそれを出す人間はいなかった。それは、キリオも例外ではない。緩やかに、『何か』の歯車が動いていることには、誰も気付かなかったのである。
そして、更に『事』はここでは終わらなかった。結果的に、どれも良い意味ではあったのだが。
「主任――テクタイト加工前に、ついでに静電位式変色帯を一部の装甲にプリントしておくってのはどうです?」
製図を行なう時にのみ装着しているモノクルを外して言ってきたのは、ヒャック・ウィンストン・リー(新婚ポヤポヤ)であった。
「それは良いアイディアだと思うけど――金は掛かる?」
ガラス口を引く手を実際に止めて、キリオ。クラシックと言われようが何と言われようが、のポリシーである。漫画家みたいだ、とか言うんじゃねえ。
「あんまり掛からないっすよ、多分。RL全体に施したとしても多寡(たか)が知れてる。僕のポケットマネーでもどうにかなるかな、ってぐらい。その上にテクタイトを吹き付けるわけだから、強度的にも問題ナッシンですな」
いつになく饒舌な自らを、勿論ヒャックは自覚していたが。
『全身に入れ墨だなんて、断固として認められナイデス』
その矮躯を自らの両腕で抱き竦めるようにして、ホワイトがと戦(おのの)いた。ヒャックがここで出した『静電位式変色帯』の意味を、勿論『彼女』は知っていたからだ。静電気を利用した、色素変換を実行する極薄の特殊プレート。半永久的な寿命を持つそれは、『ヴィクトリ』のノーズ・アート並びに、主翼部、そしてパイロット表記部にも採用されている技術だった。何しろ、コックピットにおいて入力を変換するだけで、その紋様を変更できるという利便性。ちなみにこれは、純然たるエテルナの技術力によるものであったことを記しておきたい。
「全身じゃないよ。肩とか、頭部とか――簡単に部隊番号とか所属とか入力できるようになるよ。これは、直接FRPにプリントするよりもエレガントなんじゃないかな、アテナ?」
『にゃにゃー……ロードに、クリスに了解を得て貰いたいデス』
殊更に毛繕い――毛なんて無いんだけれど――を行ないながら、ホワイト。
「ああ、強化重量の限界数値は伝えてあるから、それは問題ないな。つうわけで実行決定。手配、しておいてくれヒャック。俺の名前を使ってイイヨ」
キリオの情け容赦のない言葉に、アテネコ・ホワイトはその全身を大いに引き攣らせたのだった……。
・
・
・
『コブラ各員へ――電子索敵の開始を改めて許可する!』
ロータスより到着が遅れること数分。そんな隊長の引き締まった声を聞き、ミランダは快哉を一つ。
「待っていましたっ」
すかさず。
『……ミラン、ロータスは中でも一番、特にクールで無ければならない存在だ。分かっているよな?』
コブラ中隊長、リー・パルク二佐の事務的な――それでも、これは冷たいものでは無かった――そんな言葉。
「アイ、サァ。全霊を以て任務を行えることに対する喜びの発言でありましたっ」
右手が額に上がり掛けたのも、全く仕方のないところだ。
『なら、良い――各員、聞いたな――クールに興奮しろ。事は、グルーヴィに、そしてエレガントに運べ!!』
割れるような――とは、いかない。彼等の任務特性、性格上から、それは有り得なかった――それでも、一際に大きな復唱が。そんな時、指定通信が一つ。その対象を、ほとんど予測しながらミランダは回線を開く。
『ルヴァトワ二尉、君にはその位置を固持しておいて貰う。後刻、幕僚長がこの場に到着するから、その後はそちらの指示に従うように。高価で、尚かつ、重要な『ロータス』だ。大事に、扱うように!』
そんな命令と同時に、パルク隊長を含んだ数機が移動し始めるのが、レーダー上で確認できた。
「アイアイ、サ」
答えておきながら、ミランダの左手はコントロールパネルの打ち込みを開始している。ロータスの真価の一端を見せる、その時。
「ハリネコ、『モジュール』全基、射出用意」
『おうさ――射出に問題なし。いつでもどうぞ』
あくまでも口調は軽く維持したままのハリネコ。他のアテネコと異なり、独立した存在である『彼』は、今のところ大変良好に機能してくれている。息を一つ吸い、ミランダはコントロールパネル脇のテンキーに数字列を入力した。チャイム音が一つ、続いてパネルの一部が展開――並んだ9つのキーには、『ALL』、『01』〜『08』と言った文字が刻まれている。
「さあ、やるわよ――」
誰よりも、自分自身に覚悟を決めさせる為の一言だった。それでもミランダは迷わず、そして力強く『ALL』を押し込んだ。キーのランプが速やかに点灯――続いて、コックピットに伝わってくる少なからぬ振動。
『01から04、機外へ露出。05から08は、要数秒――』
外部カメラを使って、実際に確認。機体色と等しいカラーリング、球体を為す『モジュール』が正に、射出レールに乗っている映像が見える。
『全モジュール、射出っ!!』
操縦桿の隣に備えられている、操作レバーを、力強く引き落とした。更に激しい衝撃と、音がコックピットを満たしたのだが、これは高磁力によるモジュール射出をロータスの機体、それ自体が相殺しきれなかった為である。そんな衝撃、音は当然、八回ばかり続くこととなる。
「さあ、行けっ!!」
レバーの第三トリガーを、ここで引く。高磁力による射出慣性力のみでロータスから距離を置いていた各モジュールが、一斉にその推進剤に点火。文字通りの、四方八方へと――勿論、計算された方向であることは言うまでも――ささやかな光を引きながら散っていく。日本文化の粋、花火を彷彿とさせる光景であるとも言える。勿論、中心にあるのはロータスということに。
「限界電子索敵開始!」
更に第二トリガーを押し込んだミランダ。口にしたことと、同義。01と02はエターナルとフォーチュンの中間点を保持することに。残りの六基は、全てリーヌをカバーする形のフォーメーション。簡易式とはいえ、重力波レーダーまでも搭載した、ほとんど小型の偵察衛星と呼べるほどの機能を有している各モジュールから、順調に応答信号が戻ってくる。続いて、溢れかえるほどの情報の渦。奔流がごとく。
『クールだ。これが、俺達の戦い方ってね』
ハリネコが呟く。実際に、みるみると精度を増していくレーダーを眺めてミランダは、にっこりと微笑んだ。
◆ ◆ ◆
目の前で、動き始めた『それ』。
マリーカ・フランシスと、そのお供のカメラマンであるウィリアム・マクレーンは、即座に対応が取れない。場所は、工房ブロック第二管制ブロック。今のこの場所には、この三人以外の存在は一切、無い。
「どうしたんです? 録画しないのですか?」
広報室長補佐、リュボフ・ストコフスキー二尉が、どこか悪戯っぽい笑みを見せた。カメラマンとしての本能が生きてはいたのか、ビルはすかさず、その右肩に固定されたままだったビデオ・カメラに録画信号を打ち込む。
「……これは何?」
マリーカの率直な思いが、そのまま言葉として変換された。今、彼女の目の前で正にその彩りを変えている『人型』の機体。
「我が、エテルナ自衛隊が擁する『兵器』ですよ、勿論」
ご覧なさい――と言葉を続け、リュボフはそのしなやかな指をライト=ブリンガへと向ける。
「節々に存在しているエテルナ国旗、そして自衛隊旗は、その証明に他なりません――」
蒼い顔で、すっかりと押し黙ってしまった、マリーカとビルの様子に同情の念を抱き掛けたリュボフであり、ヒムラ・キリオの言っていた『サービス』をより、確たるものとしてやるべきだろうか、まで考え掛けた、そんな時。
「クリストファ・アレンという文字が見えますが、あれはッ!?」
電子式のオペラグラスを覗きながら、当のマリーカが叫んだのだった。ようやくと言うべきか、ジャーナリストとしての本性が呼び覚まされてきたのだろうか。
「その通りの意味でございます――」
冷静に答えるリュボフの言葉とほとんど同時に、工房ブロック内の照明が全て落とされた。何が起こったの――そうマリーカが答える前に。
「コード、『ライト=ブリンガ』。搭乗者は、幕僚長であるクリストファ・アレン空将です。これから、発進するところであります」
「らいとぶりんが? はっしん?? ばくりょうちょう???」
オペラグラスから目を外そうとした、マリーカ。それでも、外せない。何故ならば、照明のほとんど落とされた工房ブロックの中、対象の機体は自ら光を放ち続けていたからだ。各間接は元よりとして、その全身も仄かに、また。見惚れてしまっている場合か、マリーカ――心の声、これは冷徹なジャーナリストとしての自分自身からのものだった。しかし、それでも目を外すことは出来なかった。
「詳しい説明を――」
言い刺したマリーカに対し、リュボフはその細い腕をゆっくりと組み。
「今は、ここまで。ライブ中継をお断りさせて頂いた理由を、汲んで頂ければと――」
その小さな顔を、ゆっくりと左右に振るのであった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章