2654年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - III

 高速巡航状態(ハイ・クルーズ)を維持し続けているアヴァント・ガーダー『サラマンデル』のフライト・オフィサ席において、ラスティ・ハーヴェイ二尉は、突然に――劇的と言っても良い――精度を増した各種レーダーに気付く。
「うあっ――すごっ」
 思わず漏れてしまった、そんな独り言に前席のキートンがヘルメットごと頷いてきた。
「『ロータス』が網を張ったようだね――こちらでも確認しているが……」
 キートンが言葉を続ける気配があったので、ラスティは返答を行なわない。
「……いやはや、大したものだなコリャ……底曳網漁(そこびきあみりょう)ってか?」
 上がり掛けたそんなキートンの右手は、本来であればその後頭部に当てられるべきものだったのだろうが。
「すっごいっすね、本当に」
 実際、それまで『FRIEND』としか示されていなかった数々の輝点に、数項目にも及ぶ備考を示すシグナルが付与されているのだ。ものは試し、とラスティはレーダー操作用のスタイラスを取り出して、レーダー上、輝点の一つへと当ててみる。
「『Code:Lotus』...『Lt:M.Levertoir』...『CP:COBRA-00』……」
 口頭で読み上げつつ、
「ああ、これがメンテナ三号機か」
 よりにもよって引いた籤(くじ)が該当機種だったと言うのがどこか可笑しい。
「いや……妙だな……本来の性能発揮があれば、一次識別がもっと明瞭なものの筈だ……と、記憶しているんだが……」
 パイロット席のキートンが首を傾げた。
「ああ、そいや……」
 本来の『ロータス・アイズ』発動であれば、もっと多大な効果が認められる筈だった。勿論、今の段階でも充分、明らか過ぎる程の効果はあるのだが。
「肝心の中継点であるべきエターナル側の混乱ってところか――」
 続けて、キートン教官――いや、キートン三佐が『混乱してやがるな、くそったれ』と呟く声がラスティの耳にも届いてきた。
「……初めての戦いだもの」
 言葉にするつもりはなかった。依然、掛かり続けるGの中で、ラスティは口にしてしまい――しかし、キートンは、どうやら聞こえなかったことにしてくれたようだ。自分の前に座っているのがフローラ・ザクソンでなかったことに、ラスティは心から、何度目ともつかない感謝をするのだった。

   ・
   ・
   ・

「ばっかやろーーーーーーーーーーーーッ!!」
 ベアトリイチェ・ノイマンの怒声が、エターナル艦橋の空気を大きく震わせた。
「初期値から組み上げだと――貴様等、パイロット達を見殺しにするつもりかーーーーッ!!」
 実のところ、半分は演技である。艦長に怒鳴らせるわけにはいかないし、極論してしまえば、これが副長の仕事でもあるのだ。ベアトリイチェは情報士官席を実際にそのパンプスで蹴り上げることで残り半分の怒り――に、見えるもの――をどうにか鎮圧して見せる。だが、これで収まるのは私人としての怒り、それも若干でしかない。怒り狂ってこそいないものの、平静とは言えない、今のベアトリイチェ。遮音効果の施されている参謀エリアから、今正に艦隊の指揮へと頭を悩ませているブレンハルト艦長が、ちらりとこちらを見遣ったようだが、そんな『副長のお仕事』は理解してくれているようだ。そもそも、その指揮系統自体に問題があるこの『エターナル』でもあるのだが、そんな愚痴を悠長に言っている場合でもない。とにかく、『本艦』の『事実上の艦長』は自分、ベアトリイチェ・ノイマンなのだ。
「至急に対処しろっ!」
 蹴り上げられた座席から飛び退いて、腰を抜かしたままの情報士官は、しかし。
「基本となるデータが……存在していない為、組み上げるより他が……初期化されていたのは自分の責任では……ないのですが」
 新たに構成した両の握り拳を、よほどこの情報士官の横面に打ち付けてやろうか。どうやら、ベアトリイチェがそんな奥歯を噛み締める音が伝わったらしく、顔面蒼白と化してしまっている対象の士官。しかしこれ以上の時間を割くつもりにもなれない。
「ええっい、バックアップもまとめて失いました、ってのはどういう事だっ――と、それどころじゃない」
 イエロー警戒態勢の発令を受けて雑然としているブリッジにあっては、そんな副長の怒りも霞んでしまってはいる。いよいよ真に怒り狂い始めているベアトリイチェとしてはその形相を他の人間に見られないだけ、マシというものではあったが。
「情報部の最高責任者は、今は誰だ!」
 それでも言葉は抑えて、エターナル副長は床に座り込んだままの情報士官を詰問する。
「……じ、自分――エドワード・ヒュッター二尉であります……」
 よりにもよって、このヘタレかよ――ベアトリイチェは天を仰いだ。仰いだところで、視認できたのは、今の段階では無機質な天井でしかない。第二次戦闘配置ともなれば、ブリッジの周囲は、その全域のほとんどがスクリーンとなる構造になっているのだが。
「全検索。少しでも新しいバックアップを探し出せ――並行して、手透きの人間に初期状態からの組み上げを行なわせろ」
 引き攣(つ)りを隠しきれない両こめかみをそれぞれの親指で押さえながら、副長命令。実際、やれることといったらそれしかない。
「りょ了解」
 床に張り付いていた腰を上げて、各種手配に乗り出したヒュッター二尉に対して向けるべき関心は、もはやベアトリイチェには存在していなかった。
『ノイマン副長、『ロータス』より通信が』
 通信士――今度は男性だった――が恐る恐るといった様子で報告を行なってくる。
「――繋いで」
 渋面のまま、ベアトリイチェは軍帽に直接装着されているインカムの電源を入れる。口元へと自動的に伸びてきたマイク部の位置を、少しだけ修正した。
『こちら『ロータス』――『ロータス・アイズ』が完全に機能していないようですが?』
 ロータスとエターナルを隔てる距離は相当なものとなっているのだが、その音声に濁りは全く感じられない。これはこれで、ロータスは実力を発揮しているのだ。間違いなく。
「そうなの……こちらに不手際があった。今、組み直しとバックアップの洗い出しを行なわせているけれど……洗い出しは多分、徒労に終わるわね……本当にごめんなさい」
 全く関与していなかったとは言え、責任は責任である。ロータスの、ミランダの初陣を飾ってやれなかったことに対する無念、悔しさ、そして何よりも今後の自衛隊行動にとり、あまりにも大き過ぎる障害の発生を防ぎ得なかったこと。それぞれが、ベアトリイチェの額に現実の脂汗となって浮かび上がった。しかし、対するミランダの声に変わったものは全く含まれていなくて。
『……第二艦隊までは及びませんが、第一艦隊に関するものであれば一時間程前にハリネコが保存していたバックアップがありますが』
 その背後から、『にゃんにゃん』という声が聞こえてきた。が、差し当ってベアトリイチェを飛び上がらせるに至ったのは、『ハリネコ』という未知の名称や、怪しげな鳴き声ではない。勿論。
「マジ!?」
 おおよそ、高級指揮官らしからぬ発言と、それに続いた『オンナノコジャンプ』に、周囲の目が注がれた。
『マジマジっす――ええとですな、正確には四十二分前……言うまでもなく、これはFC(フライト・キャット)の試験運用に基づいたものでしたから『非公式』なものですし――第一艦隊分のそれしか、残っていませんが』
 パネルがリズミカルに叩かれる音をBGMに、流れるようなミランダの声だ。
「グレイト! 至急、こっちに転送してくれ!」
『あい――準備中……終了。転送開始します。ファイルナンバー、現時刻プラス『Lot90000』で転送開始しまっす』
 一転した――無論、良い意味で――副長の様子に気付かない程、鈍くはなかったヒュッター二尉は、その一転振りと前後して示された着信シグナルを確認し、主端末上でウィザードを開いて見せた。
「Lot90000――そう! それ!!」
 マイク出力を遮断しながら――と言うより、マイク部を物理的に右手で覆い包んで――ヒュッターの左肩を力強く叩いた。
「アイ・マァ!」
 本来の才覚を取り戻しているのか――いささか意地の悪いことを考えてしまうベアトリイチェ――それ程に、鋭く隙のないヒュッター二尉の端末操作であった。
「第一は問題なし――良いか、第二艦隊分を直ちに組み上げさせるんだ。やれるなッ!?」
 やります、一言を答え、ヒュッターは操作を行ないながら数少ない、部下の詰めるCIC(Combat-Information-Center=戦闘情報室)へと通信を入れている。ベアトリイチェは微笑みを維持しながら、右手マイクの保留を解除。

「――で、ハリネコって何?」


   ◆ ◆ ◆

「みんな、本当にありがとう――」
 最高水準のトップ・テナー、と評されることの――『エロ声』と呼んだのが現職大統領であったとか無かったとか――多かったクリストファ・アレンの声が、工房ブロック全域に響く。勿論これは肉声が、と言うことではなくて、通信回路を繋いでいた人間に限られるものだったが。
「全員エアロックへと待避っ」
 実際のところ、ブロック詰めの人間は誰、一人として存在がなかったが。
『いつでもイケますよ』
「ああ、やるぜアテナ」

 その言葉と同時に、クリストファは『右足』を踏み出した。

 その言葉と同時に、ライト=ブリンガは『右脚』を踏み出した。

「すまんなあ、専用のカタパルトデッキは無いんだよねえ、コレが。ついでに、金髪美人の発艦士官が最後の言葉を掛けることもねえ――穴ッポチから、気軽に出てくんな」
『あん?』
 そんな管制室のスコットの発言を受け、続く左脚を踏み出した段階のRLが動きを止めると、周囲の整備士達がほとんど同時に、割れるほどの笑い声を一斉に立てる。
「クリス、アナタナラ出来ルワ」
 そんなスコットの女声に、更なる拍車を掛けられた笑いが盛大に沸き起こる。
『煽(おだ)てないで下さい――って言えばいいのか?』
 そう言って、ライトブリンガはその大きな両肩を器用に竦めて見せた。とは言え、その左手には全長に匹敵するブリューナクが、そして右椀にはイージスが固定されていたこともあり、実際にはかなり大仰な動作となっていたのだけれど。
『後は宜しくお願いします』
 引き摺り掛けた笑顔と、笑い声を引き締めるようにして、クリストファ。完全な開口を果した、床面エアロック縁へとゆっくりと滑りながらライト=ブリンガが移動。
「おう! 任されよう!!」
 そんなスコットの声に、ライト=ブリンガは一つ、頷いた。
『クリストファ・アレン――ライト=ブリンガ、出撃するっ!』
 宣言を最後にエアロック直上への移動を達成したライト=ブリンガ、背面のGRDSユニットに燐光が宿る。来るべき加速に備え、機体間接各部のトラクタ・ビームの輝度が緩やかに、しかし確実に上がっていくのが管制室詰めのスコット達の肉眼でも確認できる。
「――ご無事を」
 その場の誰が、口にしたのかは分からない――スコット自身で無かったことは、疑いがなかったのだが、そんな一瞬の内に、彼等が手掛けた多くの『じゃじゃ馬』の中でも群を抜いての『じゃじゃ馬』、ライト=ブリンガは豪速とでも呼ぶべき速度で『落下』し、工房ブロックから一瞬にして掻き消えている。無重力に設定されているこのブロック内にあって物体が落下するということは、当然有り得ない。実際の所、ライト=ブリンガは、その主観下方へと向けて機動を実行したのに過ぎなかったのだが、肉眼での観察を行なっていた管制室組の中で、それと確認できていた者は一人だって存在しなかった。文字通りの、消滅。

「……オシ、まだまだ仕事は残っているぞ。各自、指定の持ち場へ戻れ!」
 一際に早く自分自身を取り戻すことの出来たスコット・ロードマンが、その整備帽をかぶり直し、声を上げた。続いて、オートで閉じられていくエアロックに対し、小さく敬礼。その場の全員が、それに倣(なら)う。

 出撃を果した機体に対し残された、これが彼等の最後の仕事。

 次の仕事は、そんな機体が帰還した時。その時の到来を、心から祈念して。


 かくして、西暦2810年11月18日、午前12時08分。

 ライト=ブリンガは、戦闘出撃を実行した。


  ◆ ◆ ◆


 第一艦橋の一角に仮設されている臨時の『第二艦隊総司令本部』の中で、ヒムラ・キリオを含めた首脳部は、文字通りの戦場、只中へあった。
「ヘスティア級の移動を最優先する。編成など、今は考える必要がないから、動ける船は速やかに移動を開始させろ。空母は大切だ――色々な意味でな」
 頷いた参謀の一人が素早く端末を操作し始めるのを横目で確認しながら、着信待機をさせていた通信機をキリオは取り上げた。
『ライト=ブリンガ、たった今、出撃を実行したとのことです』
 名前までは思い出せないそんな女性通信士の言葉を受け、キリオは卓上中心部に投影されている立体航宙図へと目を向ける。
「了解した。幕僚長との通信回線は、常時接続しておくように」
『了解であります』
 通信を切断。RLの初となる出撃をリアルタイムで見られなかったことが悔しいのは一面の事実だけれど、もはや自分の立場は一介のエンジニアでも、整備士でも無いと言うこの現実。
「【ペガサス】は――確か、テオドシアの船だったな?」
 幕僚の一人、マレス三佐が、珠のような汗を浮かべながら急ピッチで作成している艦隊一覧を盗み見るようにして、キリオは呟いた。
「は――テオドシア・カツォラニス艦長ですね」
 ほんの数秒、巡らせた考え。
「……奴に、差し当ってニカン(=第二艦隊)に含まれるヘスティア級のリーダー役を担って貰う。連絡を付けておけ」
「はっ」
 伊達眼鏡のブリッジを抑えることで、更なる記憶の発掘を試みるキリオ。
「ついでに、とびっきりの『新入り』がいたな――そうだ、『キャリバーン』――これは、アルトリアの船だったよな」
「左様で」
 キリオはここで、強く頷いた。
「先行している『我々』を追わせよう――アキレス級、単艦になるが彼女ならやれる」
 小柄、かつ細身な女性艦長の外見を思い出しながらのキリオの言葉。実年齢はクリストファ・アレンと同じであったが、第三者からすると、その『本質』が『外見に騙され易い』タイプの人間であることを、キリオは先日の演習で知らされていた。勿論、これはキリオに限ったことではなかったが。
「酷な命令ですな……」
 そう答えてきた三佐としては、敢えて翻意を仄めかしたかったのだろう。
「命令ってぇのは、いつだって残酷さ――戦いなんだぜ、戦争なんだぜ、コレ」
 口の端に乗せて、しかしキリオ自身が驚いた。増え続ける、現実感の存在に。そして、状況に順応し掛けている自分に。
「申し訳ありません、不要な発言でありました」
 謝罪を行なってきたエンリケ・マレスに対して、叱責を加えようとは思わない。各々に課せられた任務が、明白なオーバーワークであることは事実――首脳部に限った話でもこれはないのだが。
「……ううむ、ついでに余っている艦載機群は迎え入れられる限り本艦に迎えてしまおうか……」
 実際、口に出してみると一見、これは明哲な考えに思えたが。
「……論外だな」
 現場の混乱を招くだけ、と言う結論が容易に想像できた。そして、何よりも、パイロット達の士気に大きな影響がある筈だ。キリオ、無精髭を撫でる。
「ホヤホヤのサジタリウスを、ウエスギの指揮下に入れるのはどうかな」
「それ、ナイスかもしれませんな」
 文字通り、先日の進宙を果したばかりのサジタリウス(クロノス級)は、艦橋の人員構成すらも、ままなっていない状態の船であった。しかし、主空母であるヘスティア級にその艦載機収容総数は及ばないとは言え、現時点でサジタリウスには艦載機の数もパイロットも揃っている。差し当って、後方での護衛任務に就かせれば問題も無いかもしれない。
『割り込みを失礼、それであれば本艦の指揮下に入れた方が』
 唐突の美声による横入り――キリオを始めとした各参謀は、その持ち主を判断するのに時間を必要としない。女帝、ソフィ・ムラサメ。
「出来るか?」
 同じ第一艦橋に存在がありながら、マイク越しの通話となってしまっているのは、仮設第二艦隊司令本部の周囲には遮音効果が施されていた為であり、更に付け加えると、そんな艦隊司令本部に参加する資格が、フォーチュンの艦長には特権的に与えられている。
『はい、本艦の副長は優秀ですから』
 事情が把握できていないのであろう、ステラ・ハーヴェイの右肩に優しく手を置きながら、ソフィ・ムラサメは微笑んでいる。その背後で、シャルロッテとナナが艦橋のメインモニターに向けて大きく手を振っていたが、彼等が何に熱中しているのかまでは、分からないし、分かろうとも思わなかったヒムラ・キリオであった。後になってから知ったところでは、これは工房ブロックから飛び出したライト=ブリンガが理想的なバレル・ロール機動を行なって、フォーチュンの先端付近へと一時(いっとき)、出現していたらしい。
「出来るのなら、助かる。お願いしたい」
 率直なキリオの言葉。
『はい、了解ですよ――それと、本艦は予定通りの増速を実行しますが宜しいのですね?』
「構わない。突っ走るぞ――ジョー……ジョセフ・ブレンハルトも一人では何かとやりにくかろうさ」
『あはっ――そうですね』
 そんなソフィの軽い笑い声と、それに伴う綺麗な笑顔に、キリオはその横面を叩かれたような衝撃を自覚した――いや、実際に上半身が大きく揺らいでしまったのだ。現実の惨さ、酷さをこれ以上に無く示す……『常識』だとか、『日常』と言う、人間が通常、持っていて然るべき『もの』が思い起こされてしまったからだ。自衛隊は理想的な組織だとは思う、思いたい。何しろ、自分達が作ったんだ。

 しかし、やはり異常なんだ。

 今の自分に更なる追い打ちを掛けてしまうとすれば、ソフィの隣ではにかんでいるステラなんて、二十歳にも成っていない!
「すまんっ」
 絞り出すような一言。いや、精一杯の、これは。
『いえいえ〜』
 心の中で、深く一礼。

 しかし、『惨憺たる現実』へとその頭脳を戻せない程、キリオは弱くない。内面の一番弱い部分は絶叫を、がなり立て続けているのだが。

「第一艦隊へ通信を――」


   ・
   ・
   ・

「ペガサス、最大船速へ!」
 テオドシア・カツォラニス艦長が床を踏み抜かんばかりに。
「アイ、マァ!」
 応じてきた女性通信士に笑顔を向けながら、しかし。
『――浮き足だってない、と言えば嘘になるわね』
 事実、彼女の元に上げられてきたイージーミス――物によっては不祥事の数は、無視できないものになっている。パイロットとメカニックが殴り合いの喧嘩を行なった、ヴィクトリの換装作業に於いて負傷者が発生してしまった、腹痛を訴えるパイロットが医務室に列をなしている――エトセトラ、エトセトラ。こんな状態で果たして『戦闘態勢』に入れるのだろうか、と思う。いや、自分自身の覚悟だって果たせていないんじゃないのか、テオ。一度(ひとたび)気を抜けば、痙攣を起こしそうになる自分の両足。
「副長、フォーチュンに――隊司令に対し、ありのままの報告を行なう準備をしておきなさい。一任する」
 先程から、ずっとその横に控えている長身の副長に――しかし、彼女の方が10センチはその身長を上回っていたのだが――カツォラニス三佐。
「……ご命令とあらば……ですが、身内の恥を晒すことになりませんか、と一応副長の立場としては言わせて頂きます」
 殊勝な物言いではあるが、鼻に掛けているところは全くない副長の言葉だ。
「バーナード・エルスマン二尉、格好付けている余裕は無いの。貴方にも、そして私にもね。勿論、航宙自衛隊にも、ってことよ」
「了解。艦長の副長であれたことを、光栄に思います」
 エルスマン副長が微笑みを浮かべているのを発見し、カツォラニスは驚いた。そんな、彼の満面の笑顔を確認するのは、初めてのことだったからだ。

   ・
   ・
   ・

「綺麗な船だ」
 クリストファは、呟いた。
『同感です。私達の、母艦ですもの』
 そうだな、と答えておいてクリスは一度、その第一艦橋の方向に向けて左手のブリューナクを翳(かざ)して見せた。この火事場にあって、誰が見ているかも判然とはしなかったのだが、自分自身のちっぽけな不安感がその根底に根を張っていことをクリスは知っている。全くもって、いつになっても離艦の瞬間というのは不安なものだ。
「アテナ、直ちに最高戦速で現場へ向かう。ありとあらゆる加速行為を許可する」
『了解。Gが若干掛かりますけど問題ないですね』
「うん」
 オートで、とにかく現場に辿り着く。交戦に至るか否かは、現時点では未知数だが。いずれにせよ、自分自身の疲労は最小限に抑えておかなければならなかった。自身の肉体と連動するSAMOSと言う操縦システムは、少なからぬ肉体的負担を強いるものだから。

 若干の衝撃と、コックピット・シートを通じてくる振動。その後背のGRDSユニットの――対となる翼――最大展開が実行中。各部の姿勢制御ノズルが、アテナ主導で噴かされ、機体姿勢の安定を計る。

『加速、実行します』
「カウント・ダウンは省略」
『了解です、クリス』

   ◆ ◆ ◆

「狼狽(うろた)えまくりのシマクラチヨコ……ってか」
 一服のホットコーヒーを含んで、ヒムラ・キリオ。階級は技術上級一佐――有事の際の、第二艦隊最高指揮官。つうか今って『有事』なんだな、コレが。しっかし参ったなあ。第二艦隊は元よりとして、当の第一艦隊からも悲鳴混じりの混乱が伝わってくるってのはなあ……コーヒーも苦いしなぁ。止められる筋合いではなかったけれど、クリストファは鉄砲玉の様に飛び出してしまったし。いやはや、何だかんだと普段は偉そうなことを良いながら自分は、ベッタリとクリスに依存していたんだな、ってこういった状況になると分かるような。ごふっ。クリストファがいなくてもどうにかなる……そう思っていた時期が俺にもありました――現実逃避。
「オヤジギャグは止めろっつってんだろが」
 後背から飛んできた声に、しかしキリオは驚かない。振り向きもしない。
「おやー、これは博士――いつの間に?」
「フン――随分な言葉ですね」
「イザヨイからの民間機最終便に飛び込んだんでなぁ」
 博士と呼ばれるべき人間が、この場に二人、存在していることに肝心のキリオが気付いていない。
「それはナニヨリナニヨリ」
 テンプレート、定型の返答を行なった後で異常を悟ることに。二つの声が意味するのは一体……?
「で、アンタは何を緊張してんの?」
「そんな上級指揮官である貴方が浮ついていては仕方ありませんね」
 ……。完全な『非日常』を知ることとなったヒムラ・キリオは、ここでゆっくりと振り向いた――出来れば、想定され得る人物、『+1』の存在が無いことを、心から祈りながら。
「久し振りですな、ヒムラ技術上級一佐。都合、三ヶ月ぶりってところかな?」
 ささやかに過ぎるキリオの祈りを神は受け止めてくれなかったようだ。お揃いの白衣に身を包んだ、女性博士二人組。付け加えると、どちらの肌も浅黒い。
「アレーシャ! これは、大変な失礼を――」
 表情を一転させたヒムラ・キリオが頭を下げようとするのを、ガブリエラ・アレーシャは妨げるようにして、一言。
「そこの席は空いているんですか?」
 ヒムラ・キリオの隣の席を、細い人差し指で示した。
「イエス、ミズ――どうぞお掛け下さい。リンダ、君もその隣に座ると良い」
「はいはい」
 アレーシャがそう答え、リンダは無言で示された座席に滑り込んだ。
「クリストファは?」
 参謀組を一通り見渡してから、アレーシャ。エテルナ自衛隊幕僚長であり、唯一無二の『将軍』でもあるクリストファ・アレンをそのファースト・ネームで呼ぶことの出来る人間は言うまでもなく、限られているが。
「すみません――つい先刻、出撃を実行しました」
 着帽のまま、不器用に頭頂部を掻いてキリオ。
「あら、そう……」
 心から残念そうな顔をして、アレーシャは項垂れた。大統領自らの説得にも応じず、頑迷固陋、唯我独尊、喧嘩上等、夜露四苦――そんな四字熟語を文字通りに生き様へ貫き通していた鋼鉄の砦、ガブリエラ・アレーシャをほんの一時間の説得で陥落させたクリストファ・アレンに対して、彼女本人が少なからぬ興味、関心を抱いていることをキリオは知っているし、それが『恋心』とほとんど等価であることにも薄々勘付いてはいる。もっとも、後になってクリストファ本人から説得の中身、内容を聞いたキリオは『それは卑怯だ』という感想を、当の本人に面と向かって放ったのでもあるが。
「ドク・アレーシャ、誠に恐縮の限りではありますが――」
 現実的にならざるを得ないキリオの言葉だ。
「面倒くさい物言いはしないで。単刀直入にお願いするわ、キリオ」
「すみません、アレーシャ――今回のリーヌ・エクスプローラが示す異常に関して、貴女の見解をお伺いしたい――言うまでもなく、より正確な。研究所の方には既に第一艦隊から連絡が行っているようですが」
「うんうん――四分、ちょうだい」
 早くも立体映像端末の起動を行なっているアレーシャの素っ気のない返答。どうやら、端末の使用法に関する問題は無いらしい。
「すみません」
 胸を撫で下ろしながら口にしたキリオであったが、良く考えてみればエクスプローラはそれ自体が彼女の専門であった上に、この自衛隊にあっては彼女個人に割り振られたアドレスだって存在したはずだったから、これは杞憂でしかなかったのだった。付け加えれば、リーヌ・エクスプローラの建造が行なわれたのはこのフォーチュンであり、そんなドクターは完成式の時にのみ、このフォーチュンを訪れていた。今回で二回目の来艦と言うことになるのだな――漠然と、そんなことをキリオが考えていると。
「司令代理――艦隊運動に関するプログラム、作っておこうか? それとも、他にアタシに出来る仕事はあるかな?」
 こちらは、限りなく現職に近い名称で呼び掛けてきた、リンダ・フュッセル。彼女は三佐待遇を受ける身ではあったが、階級は無い。
「すまん、艦隊運動に関しては二の次とならざるを得ないのだ。リンダ、君には本艦のマザーの最終チェック、並びにメンテナンスをお願いしたい」
 実際、人手不足もあって後回しとしていた部分ではある。しかし、この仮設の司令本部と言う状況下もあって、口にはしていない部分もある。相棒、リンダなら分かってくれるはずだ。
「了解した、司令代理――ってことは、自分は艦橋の方で職務に当たった方が良さそうね?」
 微妙なウィンクを交えて、応じてくるリンダに、心からキリオは感謝する。
「そうなるな――よろしく、頼む」
「あいあいさぁ! じゃ、ガブたん、また後でね」
 立体映像を睨み付けたままのアレーシャが無言で頷いた背中を叩いて、リンダは第一艦橋へとスキップで向かって行った。遮音効果が律儀に働いてくれているお陰で、キリオには会話の内容までは聞き取れなかったのだが、遠い向こう側でリンダが艦長席に座っていたソフィを強引に立ち上げ、肩を組んで気勢を上げている光景、それまでが遮られるものではない。どうやら、リンダはキリオの意図を完璧に汲(く)んでくれているようだ。キリオの立場で、つい先刻、言葉に出来なかったこと。
『ソフィを手助けしてやってくれ』
 そんな光景を目の当たりとしたことで、キリオの判断は、いよいよ決した。ほとんど乗せていただけの軍帽を強く深く、頭(かぶり)込んだ。だらしなく、垂れ下がっていた胸元のジッパーを引き上げ、詰襟を完成させた。何事が、と目を見張っている参謀達+博士一名。
「アレーシャ、数分を自分に預けてくれっ!」
 キリオの語勢の強さに驚きながら――少なくとも、表立ってはそうは見えなかったが――それでも映像と端末を無為に遊ばせることはなく、アレーシャは頷いてきた。勿論、無言。
「参謀組は、件の立案を急ぐように! 一任するっ!」
「「「「アイ・アイ・サー!!」」」」
 各々の仕事を行ないながら、自由な側の手でバラバラの簡易敬礼がキリオに戻される。従来の軍隊では、およそ考え難いことではあるのだろうけれど、これが正に『エテルナ自衛隊式』と言うことになる。
「さて……お仕事お仕事……」
 そんな彼等、幕僚の間に疑問の色が浮かんでいることをキリオは知っている。知っているが、とてもじゃないが、これから行なおうとすることを説明する気にはなれなかった。

 時間は無かったし。

 何よりも、恥ずかしかった。

 掛かる事態に対しては実行する必要と価値があるわよ――と、事前に大統領から含められてはいたが。

   ・
   ・
   ・

「凄いものねえ、RLって」
『まあ、現存する中では最速、最強の機動兵器だからな』
 遙か遠方――勿論、ロータスの主観によるものだ。フォーチュンから分離した輝点が、力強く、こちらの方向に向けて突進してきている。基本的に、自衛隊の全情報を有しているロータスの機上にあっては『RL-01』と表現されてはいるが、権限のない友軍にとっては『Friendly-UNKNOWN』としか識別されない筈だ。
「このままじゃ、アレだよね?」
 ミランダが疑問をそのまま口にした、正にその時だった。

   ・
   ・
   ・

『エテルナ自衛隊!! 栄えある、自衛官諸君!!』
 ヒムラ・キリオの胴間声(どうまごえ)が、自衛隊の全周波数帯へ向けて、それはそれは力強く、これでもかと発信された。

   ・
   ・
   ・

 最高加速を実行しているライト=ブリンガの機上でクリストファ・アレンが、その細い眉根を顰(ひそ)めた。
「……奴ぁ、一体全体、何を始めようってンだ?」
『さー?』

   ・
   ・
   ・

 同じく、全力の加速を容赦なく課されているアヴァント・ガーダの二人も、Gに耐えうる範囲内で首を傾げている。
「これってヒムラさんか?」
「……っぽいっすねえ」

   ・
   ・
   ・

 エターナルの芋洗い会場の一つ、CIC内。着任して数日が経過したばかりのロビー・ランス通信士が、自分より着任が四日早かった、先任のリン・ファーランド通信士に。
「なんです、これ???」
「つうか最初に名乗れよなぁ。全周波数帯って迷惑この上ねえって――フォーチュンからのようだけど」

   ・
   ・
   ・

『……って、すまん! 自分は、第二艦隊司令代理、ヒムラ・キリオ技術一佐である!』

 遠い真空空間を隔て、或いは隔てずとも同じ艦内で失笑が巻き起こっている可能性はあるだろう。いや、ある意味ではそれも狙いなのだ!

 ……多分。

 ぽかーん、と大口を開けてこちらを見詰めているアレーシャ、他幕僚――ちなみに、彼等のその手が止まっていないところは充分すぎる評価に値するのだろう。

 そんな目で俺を見るな!

 くわっ、と目で口以上に物を言わせておきながら、キリオはマイクを口元へと運ぶ。

『……これを聴いている各自、作業、任務に差し支えない範囲で聴いて貰いたい。我ら、エテルナ自衛隊はいよいよ、実戦へと向けた体勢を執っている。言うまでもなく、これは初の……我々にとって初めての、戦いとなるかもしれない』

 唇を一度、舐めた。視界隅に映ったリンダとソフィ、ステラが自分に向けて親指を立ててくれていることに気付いた。続いて、アレーシャや幕僚達が同時に力強く頷いてくれたことには心から安心した。

『……緊張する……するに、決まっている。俺……もとい、小官だってこの有様だ。ぶっちゃけ、全周波数帯を使って何を喋って居るんだろうと思う』

 一度、言葉を切ったが、この時のキリオは周囲に助けを求めることはしなかった。と言うより、力強く瞑目していた。

『……良いかい、教わったことの四割……いや、三割を達成できれば、充分なんだ。野球選手だって、三割を打てれば、大したものなんだからな。ええと、何を言いたいかというと、百パーセントなんて力は、元より出せるわけがないんだ』

   ・
   ・
   ・

「キリオ――」
 軌跡を派手に残しながら疾走するライト=ブリンガの中、クリスは呟いた。苦笑は禁じ得ない。
『キリオさんらしいんじゃないですか?』
「まあねえ」
『効果、あると思いますけど? 色々な意味で』

   ・
   ・
   ・

『やれることを、各自、最大限やれることをやれば、それで良い。物事に当たる前に、呼吸を整えろ。冷静になれ。焦る必要は、何もない。と――こう言っていると、首脳組は気楽で良いよな、って思う人間も多いだろう。つうか、俺がそんな君達の立場だったら、絶対にそう思うだろうな――』
 呼吸を挟んだ。道化を演じる覚悟は出来ていたはずだったが、その声が、ややもすると裏返りそうになってしまうのはどうしようも。
『敢えて、言う。我ら、自衛隊の最高指揮者であるクリストファ・アレンは、たった今、最前線へと向けて出撃を実行した!!』

   ・
   ・
   ・

「…………おいおい、オッサン」
 SAMOS、操縦系に取り囲まれた状態のクリストファ・アレンは大きく仰け反った。オートの設定を施していなかったのなら、ライト=ブリンガそれ自体が同じ動作を行なった筈だ。
『……半ば、予測できましたけどね』
 冷静なアテナの声。
「…………恥ずかしい」
 率直な気持ちではあった。
『まあ、今のキリオさんの労苦を、半分ぐらいは背負いましょう。正直、私だって照れ臭いですよ、クリス』
 想定外の言葉に、クリスは少なからず驚いた。
「……君の言う『照れ臭い』と、僕の言う『恥ずかしい』って同義なんだろうかね?」
『多分ねぇ』
 簡潔な、そしてフランクなアテナのその答に、クリストファは議論の延長を諦めた。その代償行為として、大きく笑う。

   ・
   ・
   ・

 ヒムラ・キリオの演説(?)は続いていた。
『良いか、自衛官諸君。クリストファ・アレンは、その最前線へと向かっている。幕僚長、アレン空将はその後方で指揮官席をその尻で温めるを潔しとはせず、最前線で指揮を執る決意を固めているのだ!』
 キリオはここで一度、言葉を止めた。最上級の指揮官が前線に出るとは――この点に関する議論は、遠い過去のものとなっている。返す返すも、特殊な機体の存在と、そしてエテルナ自衛隊の若さ、力不足が相乗した結果としての、極めて特殊な現状。ヒムラ司令官代理は、大きくその息を――そんな自分自身の葛藤をも――吸い込んだ。

『そして、敢えてここに付け加えておきたい――我らが最高指揮官、クリストファ・アレン空将の搭乗機は、通常に非(あら)ず!!』

 わあああああっ、と言う歓声がここで、キリオの元に届いてきた。いや、届いてくるはずが無いのだが? 見れば、幕僚の一人がフォーチュンの、そしてその随伴艦の艦内音声の転送をわざわざと行なってくれていたようで。そんな彼女も、力強いガッツポーズを構成している。軽く頷くことで返答としておいて、キリオは今一度、言葉を繋ぐ。

『繰り返す! 幕僚長の搭乗機は、通常に非ず! 機体名、ライト=ブリンガ! クリストファ・アレン、幕僚長は最前線へと向けて移動中! 最前線の諸君等には、そんな特殊機体を間近で確認することのできる特権が漏れなく、付いてくる筈だ! 格好良い機体だからなっ、期待すると良いぞ!!』

   ・
   ・
   ・

「光栄なことですね――ニカン(第二艦隊)新入り組の中で、もっとも早く、本艦が独立した随伴許可を得ました」
 自慢のブロンドを首元で束ねた身長140センチ強。女性としても、明らかな小柄の分類に含まれる、そんなアルトリア・サビュオール一尉の抑揚のほとんど無い、それも呟くような声に、全く対照的なドスの効いた声が続く。
「「「「アイ・アイ・マー」」」」
 声だけではない。広くもないこのアキレス級の艦橋要員は、そのほとんどが男性によって構成されているのだ。
「オジサマの気合いの入った今の演説を、聞き流せませんよね?」
 微妙な上官侮辱罪確定の瞬間。勿論、この程度のことで隊法会議に持ち込もうとするようなヒムラ・キリオではない。両者の間に年齢的な開きがあることも事実と言えば事実。しかし、オジサマと呼ばれていることを知った日には、それはそれは落胆するだろうが。
「「「「ノン・ノン・ノン!!」」」」
 繰り返しになるが、乗員の男性比率が高い、この『キャリバーン』。その艦長が女性の、それも小柄の、と言う違和感の塊。
『海賊船の船長がティンカーベルとは驚いた』
 幕僚長、自らの公式閲艦の際の言葉だったとアルトリアは記憶している。それを言うのならば目の前の青年だって、とてもエテルナ自衛隊の幕僚長に見えやしないのに、と思ったことも。あの日の宴会(非公式)はとても楽しかった。願わくば、また来艦して欲しいな。
「さあ、オジサマやオニイサマ、そして何よりも私の期待を裏切らないでちょうだいね――」
 彼女にとり、忠誠心を注ぐ価値を充分に有している二人の顔を思い描きながら、アルトリアは『艦長席上』に立ち上がった。靴は脱がないとね。うんしょ、うんしょ。
「――総員、いきなり『キャリバーン的』第一種戦闘配備よ! 『アキレス』よりも早い一番槍を、私達のものにするのっ!! 走るの! いや、突っ走るの!!」

「「「「イイイイイヤッホオオオオオウウウウウ!!!!!」」」」

 隊服を腕捲りして(服務規程違反)その力強い二の腕を光らせている筋肉質の副長兼砲術長(フォルス・マッケイン三尉『27歳・男性・恋人募集中』)を始めとした、艦橋組が雷鳴さながらの唱和でこれに応じた。当然、艦橋に座を構えるアルトリアが聴覚できるところではなかったが、艦内のありとあらゆるところで合唱、爆音が轟いていることは疑いもしなかった。もっとも、アキレス級は最も小型の艦種であることもあったから、その全乗員が二十名に届くことはなかったが。

 ……そんな訳で、航宙自衛隊が抱える数多の艦艇の中、実はもっとも『マッチョ』で『体育会系的』との評価を他に譲らないアキレス級の8番艦『キャリバーン』は、派手にその推進炎を噴き鳴らしたのであった。

 『体育会系的』の極論が辿り着くところ、それは言うまでもなく、『軍隊』のそれであったし、真空絶対零度の宇宙空間で推進炎が噴き『鳴る』ことも有り得ないのだけれど。


   ◆ ◆ ◆

 こうして、多くの人間。

 後へと名を馳せる人間も、そうでない人間も。

 多くの人生と未来、そして何よりもその現実の命を賭けて。


 それが、戦争。

 たたかい。



 人が逃れ得ない性(さが)、と考えるのは。

 あまりにも、哀しい。

 哀しいね。

 そして、虚しいね。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2653年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - IV

「さてさて、半年間と言う期間でどれだけのことをやれたのかな」
 クリストファは、その上唇をゆっくりと、しかし丹念に舐めた。正直、僅か半年間で動きがあるとは想定していなかったこともあるが、やれるだけのことはやれた、と言う自負が無い訳では断じて無い。網膜投写によって強制される、溢れる程の情報をその茶色の瞳が受けている中で、定期的に吹き付けられる生理食塩水の霧にも、もうすっかりと馴れてしまった。そんな個人としては同型機――勿論、この場合はライト=ブリンガのことだ――を対象としたシミュレーションだって重ねて行なってきたし、組織としての自衛隊、その艦隊運用に関しても思いの外、と言えば失礼に当たるのだろうが、優れた才能を集めることには成功しているはずだ。彼等にとって必要なのは、実戦経験だと思う。
『新兵器の登場は考えにくいと思います。クリスが言っていたように』
 アテナの軽やかな声。
「既存の兵器、戦略でしかし何がやれるというのかねえ――」
 実際、一番不気味な点はそこにあるのだ。クリストファ・アレンは、来るべき『戦闘』を想定してはいたし、正にそれこそが自衛隊の設立に向けて文字通りの寝食を傾けてきた理由に他ならないのだが。
『あり得るとすれば発想の転換――になるんでしょうけど――私達、弱くはありませんからね』
「ありがとよ」
 エテルナ自衛隊の幕僚長でもある自分を言外に励ましてくれているアテナに向けたこの言葉は、心からのものだった。
「しかし、解(げ)せねー」
『もうすぐ、分かりますって』
「そりゃそうだろうけどさ」

   ・
   ・
   ・

 エターナル副長、ベアトリイチェ・ノイマンは失笑を禁じ得ないで居たのだった。
「こんなもの、作っていたんですか――」
 互いに、肉眼で出来る距離にありながら通話は無線によるものだった。遮音力場に支配された幕僚室に存在しているブレンハルト艦長と――第一艦隊司令官という表現の方が勿論、正しいのだけれど――そうではない、通常艦橋にて指揮を行なっているベアトリイチェによる会話だった。
『ああ、ほとんどハンドメイドじゃい――RLが飾るのが、一番絵になるだろうからさ。とっとと射出してやってくれ。隊員達の士気向上に少しでも繋がるのだったら何も言うことはないのでな』
 顎髭を撫でながらのブレンハルト。ベアトリイチェは、すかさずCICに通信を行なった。
「砲術長、指定の特殊弾頭の連絡は入っているか?」
『は――完璧に』
 クリアな声。主は、エターナルの砲術長であるヘラルド・マシス一尉のそれである。
「よろしい。メンテナには自分から連絡を入れておく。情報諸元、通常のそれ。速やかに撃ち出せ。一任する」
 インカムの設定を行ないながら、ベアトリイチェ。
『アイ、マ。既に該当物は58番射出口にセッティングしております。直ちに射出します』
「フン――分かっているじゃない。そう言うセンスは、嫌いじゃないわ」
 耐えきれず、一笑の副長。58と言う数字が意味するものは、ただ一つ。
『お褒めのお言葉を賜り、これ以上無くの光栄であります』


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「四時の方向、高熱源体――超高速で接近中」
 アヴァント・ガーダー、フライト・オフィサ席のラスティ・ハーヴェイはあくまでも淡々と。
「来たか!」
 それまで、正面の空間に睨みを利かせていたキートンは、そのパイロット席から大きく振り向いた。リア・モニターに始まる各包囲モニターは当然、装備されているのだが肉眼での確認と言う欲求に耐えられなかったのだろう。
『こちらRL――すまないが先行するぞ』
 ほんの少しだけ、ざらついたクリストファの声だ。
「アイサァ――こちらも最高戦速で突っ走っていますゆえに」
『うん。アヴァントの赤も綺麗だな』
 その任務上、モニターから目を離すことの出来ないラスティだったが、遊んでいた一面にリア映像を出力させる命令を行なっている。映像の中、次第に大きくなってくる青白い光点が一つ。ゆっくりと、その輪郭が。
『お先!』
 豪速――とは言え、アヴァントもまた機動力の高い機体であったから、群を抜いた速度の差という程でもない。しかし、それでもライト=ブリンガは易々とアヴァントの前方に繰り出している。事実上のフル装備――タイプ4.1『クァット・ユンヌ』と後に呼ばれることとなる重カスタマイズ――を果しているそんなRLは、トラクタ・ビームが発生させるシャンパン・イエローをその間接部に湛え、そしてその後背、対となったGRDSからは、うら若き恒星が如き青白をこれでもかと二筋。天使の羽と形容するには、あまりにも強すぎるエネルギーの残滓としての軌跡だ。
「かなわんな、しかし」
 ははは、と続けて声を立てて笑ったキートンであった。
「まあ、出力が全然違いますし――大体、あれ一機を建造しようとしたらどれだけカネが掛かるのやら――って、これはヒムラ一佐の言葉ですけど」
 その名前『アヴァント・ガーダー(Avant=Guarder)』が端的に示す『前衛』、露払い役、その担い手として任を受けたラスティはRLに関しては当然、通常の自衛官とは比較にならない程の情報を与えられている。もっとも、そんな特殊機体、エテルナ自衛隊の旗機の存在を知っている人間ですら、数多いる佐官の中でも限られていたものであったし、この時のキリオの発言は、
『見た目は近いモノを作ることはできるよ。でも、ハリボテ以上にはならんな』
 と言葉が続いてもいたのだが。
「……肝心の制御システムが、ああも硬いブラックボックス化されているんではなぁ」
 栄えある教導隊長、ダイチ・キートンだってその辺の事情は無論、知っている。そして、その内心に巣くい続けている忸怩(じくじ)の念が相当なものになっていることも。このエテルナ自衛隊の中にあり、多くの人間が共有していると思われる、『最高指揮官が最前線に立つ』と言う異様な現実に対する無力感。
「いやはや、しかしこのアヴァントだって相当なモンです。フローラさんには悪いけれど、初陣は華麗に飾ってやりましょう」
 不器用ながらも、自分に対して気を遣ってくれているのかどうなのか。部下であり、そして今のこの時は掛け替えのないバディ(相方)でもあるラスティのそんな言葉に、キートンは苦笑いを一つ。
「そうだな。余計なことを考えるのは無しにしよ――」

『――大丈夫――』

 言い刺して、突然キートンが頭上を見上げた。次いで、訝しげな表情を浮かべたまま、ゆっくりとラスティの方に振り向いてくる。
「ラスティ、何かしたか?」
 きょとん、とした状態のラスティである。解けきらないままの複雑な顔のキートンは、首を大きく傾げた。
「いや、何かしたかって……言われても……ずっとレーダー眺めてましたけど……」
 実際、そうとしか答えようがない。
「んじゃ、何か言ったりした?」
「……いんや? 何か聞こえたんですか?」
 ラスティが嘘をついたところで何にもならないことに思い至ったキートンは、そのまま顔を正面に戻す。
「ん……なら良いんだ。すまない」
 納得はいかないが、引き摺り続けても意味はないし、些細なことと言えば些細なことでもある。
「空耳っ、て歳でもないでしょうに」
 しかし、このラスティの軽口は余計なものだったかもしれない。
「バカタレ」
 苦笑した教導隊長は情け容赦なく、帰艦後の腕立て伏せ(×200)をラスティに課す決意を行なっていたのだから。


   ・
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『坊や達、嬢ちゃん達! これから直ちに発進するよ! 準備は良いね!!』
 何とも情け容赦なく激しい機内アナウンスがキャビンに響き渡ったのだが、このシャトルは『民間機では無いので、全く問題はない』のだった。オオオオオッス、と言う大唱和がアナウンスに続けて返されていたのだが、コックピットでは聞き取ることはかなわない。
『ありとあらゆる優先航路で上がるからねっ! 総員、シートベルトの確認を行え!』
 アテナイ島は元より、各地から集められるだけ集められたパイロット達の格好は一様にバラバラだった。中には、寝間着姿のままの自衛官の存在もあり、『掻き集め方』の激しさが知られる一幕であるとも言える。
『こっちじゃイチイチ確認しねえかんな! カウントダウン、いきなり30前!』
 敬愛するべき校長センセーの言葉に、表現しようのない焦りが含まれていることは誰の目にも明らかだった。全員、無言の内に三点式のシート・ベルトを装着し、時を待つ。

『10……9……8――』

 じわじわと高まってくる機体の微振動が、来たるべき時を婉曲的に伝えてきた。このシャトルに乗っているのは、全員がパイロット。性差は無論のこととして、階級も、そして年齢、訓練時間の幅は広いものの全員が全員、ウィング・マーク(徽章)を有するVライダーであるし、中には当然ストライク乗りも含まれている。そんなシャトルのパイロット席に着いているのはアテナイ校校長であるフローラ・ザクソン二佐であり、コ・パイロット席において操縦桿を握っているのはつい先日、ストライク乗りとして認定を受けたばかりのライル・ヘルミット二尉であった。

『Lift-OFF !! (発進)』

 新設されたばかりのカタパルト上に鎮座しているシャトルの背面ノズルが一斉に火を噴き上げる。やや遅れて、電磁式のカタパルトがその周囲に光を撒き散らし、アテナイの闇夜はこの一瞬だけ、大きく浸食された。

『いっけええええええええええっ!!』

 このフローラの絶叫を皮切りとして、シャトルは一瞬にして夜空へと放り投げられることとなった。ほぼ同時刻、ネェル・ヨコハマのリニア・カタパルトに於いても同じ光景が続いている。

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「慌てちゃ駄目……落ち着いて、落ち着いて……」
 そうやって意識して口にしながら、しかしミランダの指先は震えを止めてくれないのだった。訓練では当たり前に行えていた操作に引っ掛かりがあるような気がする。特注の気密服はしかし、特注ではない粗悪品のような。いや、粗悪なのはその中身なんだろうか。自分自身の操作一つ一つが作戦行動に影響を与えることを考えると、とても平静ではいられない。いや、それは最初から分かっていたはずなのに。
『深呼吸しろ。ちょっと酸素濃度強めるよ。ゆっくりとな』
 背後のハリネコがあくまでも落着とした声で言ってくれるが、しかし。そうやって分かりやすく落ち着く事なんて。
『血糖値下がってるかもよ。一休みして、ちょっと加給(かきゅう)でも囓ってみたらどう?』
 この場合、意味するのは非公式の糧食のことであって、大抵は甘物である。
「ええっと、何が入っていたっけ――」
 実際に思い出すことが出来なかったので、ミランダは震える両手をそれでも懸命に動かしながらハリネコに頼るのだった。敢えて言えば、ハリネコという『なんちゃって人工知能』の存在意義を初めて、彼女は知ることが出来ているのだが、勿論自覚は無い。
『ハンゴロシ――マノア・スペシャルの御萩(おはぎ)だよ。食べておけ。サイドにお茶のパックも入っている。食べられるのは今の内だからさ』
 余裕の無いミランダはハリネコに答えることもなく、パネル上から直接、サイド・ボードの展開命令を打ち込んだ。軽い擦過音と共に、開かれたボードの中には確かに『おはぎ』が鎮座している。小豆、黄粉(きなこ)、の二種類。どちらも大変に大きい。
「わあ、美味しそ」
 巨大さはしかし、この場合は美味しさの代名詞でもある。無骨な形は人の手によって捏(こ)ねられたものであることを証明しているものであったし、何よりも実の妹の手作りなのだ。
『ちなみに、作成日時は十時間前ってことになっているな――フォーチュンから直送、そいでもって出撃間際にエターナルの兄ちゃんがセットしてくれていたんだね。全く、なんてタイミングだろうか』
 ヘルメットのバイザーを上げ、額の汗をハンカチで拭いた。
「さて、糖分補給っ」
 パック詰めされた『おはぎ』を押し出すようにして、ミランダはその半分程を口に含んだ。無重力の状態で食事を摂るのにはちょっとしたコツが必要なのだが、機体登場時間が百時間を超えた今の彼女にとって、これは全く問題がなかった。
『黄粉は散らないように注意してな。まあ、あんまり問題は無いけれど』
 そもそも、無重力下での摂取が想定されているものであったから、粉っぽいものではなかったが。
「……おいしー」
 疲れ、そして緊張を強いられていた自分の体が喜んでいるような、と感じるのは気のせいとは言えない筈だ。別のボードからやはりパックに詰められたノン・シュガーの紅茶を――残念ながら日本茶の類ではなかった――啜りながら、しばらくミランダは補食に専念した。
『ライト=ブリンガの到着まであと十数分ってところかな。かなり楽になるとは思うから、もうちょっとだけ頑張ろう』
 このハリネコの言葉は決して慰めだとか楽観的なものではない。索敵能力こそ、専用機であるロータスには及ばないものの、アテナが有する情報処理能力はフォーチュン級が抱えるマザー・コンピュータのそれに匹敵するとされている。勿論、その限界性能は誰にも分からないのが実情である、という恐ろしい一面もここにはあるのだろうけれど。
「そうね――アレを見たら、みんなきっと感動すると思うし」
 戦女神、そのものを彫像したかのようなその機体。そして、何よりも操り手は最高指揮官であるクリストファ・アレン。初めての実戦を控えて緊張、戦慄を覚えている自衛官達にとって、そのインパクトは必ずや良い方面に作用するはず。ミランダ・ルヴァトワは、それを全く疑ってもいないのだ。


   ・
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『現時刻をもちまして、民間人の退艦、全て完了致しました』
「ご苦労様、マリベル」
 シート脇に立体映像として浮き上がっているマリベルに微笑みを一つ加えて、ソフィ・ムラサメ艦長は紅茶を一口啜った。
『これより、私も艦橋へ上がります。何かご入り用のものなどありますか?』
 少しだけ赤みを残しているその両目は、鮮明とは言えない映像でも確認できたし、その大凡(おおよそ)の事情を薄々ながらもソフィは悟っている。
「ごめんなさい、特には無いわ――敢えて言うのなら……そうね、早く艦橋に上がってらっしゃいな」
 少しだけ、意地の悪そうな言葉を選択してみた。悪戯っぽい笑顔までも艦長は浮かべているのだが、マリベルの方は音声のみの通信であったから、それまでは確認できない。
『はぁ……了解であります』
 訝しげな声を返し、マリベルの上半身が消滅するのを確認した後で、くすくすと声を殺して笑っている艦長に、副長席のステラが遠慮がちに、しかし興味深い眼差しで尋ねてくる。サジタリウスに対する指揮命令も一段落が着いていることもあったし、フォーチュンに関する指揮は全て、艦長自らが滞りなく行なっていたこともあった。
「何があったんです?」
「それはね、まだナイショ――」
 人差し指を紅唇に宛がって、艦長はそれでも微笑みを維持し続けている。悪いことや不吉なこととは無縁に思えるそんな態度に安堵するステラであったが。
「楽しみにすることにします」
「うん、驚くわよ、きっと――と、さてさて……お仕事お仕事」
 そう言って、ソフィ・ムラサメは立ち上がった。卓上に置かれていた指揮杖を力強く、手に取った。続く彼女の命令を予知して、ステラも直ちに起立した。
「グルーミング三尉、艦内全域に放送を」
「了解です――どうぞ」
 ほとんど用意していたのであろう、シャルロッテの手際の良さ。一つ頷いて、ソフィは息を大きく吸った。
『我が、フォーチュンの全乗組員に達する。これより、本艦は最大戦速にて現場へと急行する。各自、通達があるまで現在の任務を続行するように。先程のヒムラ一佐の発言にもありましたが、普段通りと何も変わることはありませんよ。やれることを最低限、やればそれで大丈夫です。そして、我々の代りとして最前線に立つ幕僚長に対し、恥ずかしいところを見せなければそれでいいの。とは言え、私自身だって緊張はしています。なんと言ったって、実戦で指揮を執るのは私だって初めてなんですよ――』
 息を繋ぐ。緊張をしていないと言ったのは、嘘ではない。自分の指揮に多くの人間の未来が託されることを考えると、膝が笑い出しそうなほどなのだ。自分がこんな状態であるのだから、キリオさんやクリストファに至ってはどのような精神状態に今、あるのだろうかと思う。

『――フォーチュン、第二種戦闘態勢!! 前進全速、出力最大へ!』

 着任してより、ここに至るまで。これほどの大声を出したことは無かった。
「「「アイ・アイ・マーム!!!!」」」
 艦橋に詰めている全自衛官が一斉に声を上げた。艦長の戦闘態勢変更命令を受け、途端に多忙となったオペレーター達が関係各所に連絡、或いは着信を受け始める中、操舵長であるキム・レクソールが一際、高い声を立てる。
「前進全速、ようそろ!」
 そして、臨時の機関士となっているリンダが、負けじと続く。
「主機関、全て問題なし! エネルギー供給に一切の問題なし!」
 完全なる慣性制御が実行されているこのフォーチュンにあっては、何も変わらない状態ではある。しかし、第二種戦闘態勢を受けることで艦橋の全周囲がモニター化された今、その後背に噴き上げられているエギゾースト・フレア、排気炎がその後方に力強く展開される様子を目の当たりとすれば大体の見当は付くというものだ。当然、数値化された速度だって表示されてはいるけれど、そんなものよりも余程に。
「サジタリウスの指揮、一任するわよ副長」
 腰を落としながら、ソフィは言った。
「心得ました」
 軽い頷きを加えて、ハーヴェイ副長は自らの周囲に複数の立体映像パネルを展開する。その全てが、進宙ホヤホヤのクロノス級は七番艦『サジタリウス』と情報連結を行なっており、これはフォーチュンからの指示で航行させることが可能な程に強固なものである。艦長不在、副長不在――そんなサジタリウスはさながら、自分で体を動かすこともままならない赤ん坊のような存在とも言える。
「大丈夫ですよ、落ち着いて下さいね」
 指示を送りながら、繰り返しステラはそんなことを言う。現在、サジタリウスに詰めている人間は操舵士が一人、オペレーターが四人――救いがあるとすれば先程、直接シャトルで出向したスズキとリオンの存在だ。フォーチュンの方からはさすがに行えない艦各部のシールド(封印)解除であるとか――これは物理的に『人の手』で行なわなければならない――機関部の点検等を行なってくれているのは本当に助かった。混乱する程の人員数が無いとは言え、特筆するほどの混乱も問題も無く、サジタリウスがフォーチュンに追随出来ていると言うのは実に、賞賛に値するものであった。
「スズキ三尉から連絡があったら、直ちに加速を開始して下さいね。こちらでも指示できますけれど、これは貴男がやるべき仕事だと思いますよ。どうですか」
 火の入った――厳密に言えば『水』だけれど――対消滅機関が良好に機能していることはこちらでも確認できるし、こちらで命令を実行する方が手っ取り早いのも事実ではあるが、敢えてステラ。
『は、はい。自分にやらせて下さい。これは、自分達の船であります』
 その顔面と声を同時に引き攣らせながらも、サジタリウスの操舵士は明言した。名簿で確認したところ、チャド・マ・セカワット三尉となっているオリエント色の強い25歳の男性士官である。訓練時間が50時間、しかし実搭乗時間は10時間にも満たない、そんな数字を確認した当初のステラは『こりゃ全部あたしがやらにゃならんかなあ』と、頭を抱えたものだったが。
「ええ、そうしましょうね」
『ははい』
 ステラは、にっこりと微笑んだ。

   ・
   ・
   ・

「お茶、換えてきましょうか」
 現在の主任護衛官であるエマ・ジョーンズのその声で、大統領は自分自身を取り戻した。慌てて見れば、卓上に置かれているカップは湯気一つ、立ててもいない。
「いや、その必要はないわ。これはこれで美味しいから」
 ミルクをたっぷりと注いで、掻き混ぜもせずに中身を啜る。味なんて、全く分からない。
「……いよいよ、なんですかね」
 常のメイド服ではなく、憲兵隊服に袖を通しているジョーンズ一尉は、これでも言葉を選んでいる。
「……どうしたものか……時に下院の方はどうなっているかしら?」
 これは大統領執務室の隅に設置されているソファの上で頭を抱えている国防委員長に向けられたものだった。
「大合唱ですな。自衛行動の開始に関して大統領と幕僚長の発表があるまではテコでも動かんらしいですわ。はわわわわ……」
 長い溜息を引きながら、ランザ国防委員長は項垂れた。そんな彼の前にもカップが置かれていたが、自分と同じく、その中身がすっかりと冷え切っていることは容易に想像できた。
「私はともかく……クリストファはねー」
 苦笑を織り交ぜて大統領。この軽口はあくまでも現実逃避。
「最前線ですからなあ――どう説明したものやら」
 カチカチ、とグランパズ・クロック(お爺さんの時計)が立てる音だけが、大統領執務室を支配すること一分。
「クリストファからの報告に変わりがない――となると、こっちはこっちで時間稼ぎしないとならないかな。跳ねっ返りの『ヴァカ』は彼がどうにかする、って言ってくれたしねえ」
 ゆっくりと立ち上がった大統領は卓上の通信機を手に取った。
「申し訳ありません、閣下」
 絞り出すような謝罪のランザである。根回しの失敗が――それが、自分自身の無能さによるものだとは考えたくないが――高じて、こうなってしまったのだろうが、やはり悔しい。
「気にしないで――仕方ないわよ」
 通信機のレバーを捻る。発信先は、広報室。
「『大統領臨時声明』の用意をお願い――その後に、下院に出廷すると連絡を」
 簡潔な命令を行ない、通信機をそっと卓に戻すと大統領はそのままエマに振り向いた。
「着替えの準備をお願い。あと、メイク係を呼んでちょうだい」
「はい」
 小さく敬礼を一つ。エマはその場で自前の携帯通信機を取り出した。
「とんだ夜になりそうですな……地方によっては昼間なんでしょうが」
 それじゃ私はこれで、と締めくくって退室しようとしたイム・ランザ国防委員長の背中にしかし、大統領から声が投げられる。
「委員長、あなたもメイク受けておきなさい。それと、スーツはダブルでね。余裕見せないと駄目ですよ。私も、そして貴男もね」
「了解です――ではまた、後程に」
 開いた自動扉を抜ける前に、今一度ランザは足を止めた。しかし、それでも振り返らない。
「……若者達が、震えながら頑張って居るんです。私みたいなオヤジが黄昏(たそが)れている場合ではありませんな」
 最後に肩を竦め、そのままランザは退室していった。
「――あの『オヤジ』を国防委員長に推薦したのは正解だったわね」
 エマと二人きりとなった空間の中、大統領は誰にともなく呟く。
「是非、今度は、あのお方の前でその言葉を仰いなさいませ、閣下」
 満面の笑みでエマ。大統領は微苦笑。
「馬鹿を仰(おっしゃ)い。照れ臭いわよ――さておいて、どうしたものか」
 大振りのエメラルドで構成されているピアスを外しながら、ジャニスは言った。もう、その表情に柔らかいものを窺うことはかなわない。
「服装でございますな?」
「さすが、マリベルの一番弟子だこと」
 その勘の良さに心から感心して、ジャニスは両ピアスを卓上にゆっくりと乗せる。声明発表に当たって、常の服装で当たるべきか、否か。広報室長や、専門コーディネーター――この場合は大統領が行なう発言に関するアドバイスを行なう部門のこと――に前もって相談するのがエテルナ大統領の慣習ではあったのだが、残念なことに前者に対しては彼女自身が完全に信用を置いていないことと、後者の機関は前回の大統領選の際に解体させてしまってしまっていたのだった。時として、広告代理店そのものに見える存在に対して、尋常ではない嫌悪感を覚えたことが切っ掛けではあったのだが。以来、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーは基本的には自分自身の道徳観と理念に基づいて、全てを取り仕切って今のこの時へと至っている。勿論、数は少ないとは言え、完全に信頼の置ける人間の存在が――例えばクリストファ・アレンであるとか、先のイム・ランザであるとか、メリル・デュラン、他――あったから、ここまで来られているということも一面の事実ではある。この際、重要なのは純度だった筈だ、と思い続けていたし、それは今も全く変わらない。
「『シュバリエ・モード』で行きます。エマ、準備をお願い」
 さすがのエマも、これには絶句した。
「モード――となりますと、二種類がございますが」
 それでも、自身の職務を失念することはなく。
「軍服で行きましょう。当然、後期の方ね――」
「軍帽はどうなさいますか――私などが言うまでもなく、その……『大シュバリエ』は軍帽を持ってはおりませんでしたが……」
 なんと、この大統領は、かつてシモーヌ・シュバリエが着用していた軍服――厳密に言えば、レプリカではあるが――を着用する、と言っているのだ。後期、と言う言葉が意味しているのは、太陽系惑星連合軍に類する全ての意匠が取り外されているバージョンのものである、ということに他ならない。何気ないところに、初代シュバリエの主張が表されている、エテルナ国民に取って大変に意義深い、服。残念ながら、彼女の存命中に独立が果されることはなかったのだけれど。
「エテルナ自衛隊ので良い。用意して。出来れば、クリストファと同じ形状を望むけれど」
「畏まりました。直ちに、用意させます」
 未だ、その心が落ち着くところではなかった。しかし、エマはあくまでも淡々と――全く賞賛に値することだ――事務的に、事を運ぶ。
「クリストファより、先に自分が着ることになるとはね……」
 大統領が呟いて、脱衣を開始すると同時に、数人のメイド服が執務室のサイド・ドアから入室を行なってきたのだが、これがエマの指示であったことは疑いない。ヘア・メイク担当のメイドがその仕事道具を手早く広げるのを他人事のように眺め、大統領は深呼吸を決めた。実際の所、クリストファの体型に合わせたレプリカだって存在していたのだが、自分が先に着用することになろうとは。

   ・
   ・
   ・

「なんだ、あれ以来、全然動きが無いではないか!」
 つい先刻、与り知らぬ所で『跳ねっ返りのヴァカ』と評されたばかりのノーサイド議員は、苛立たしげにアーム・レストを握り締めた。全く、何もかも気に食わない。国民共の人気の上に胡座(あぐら)を掻いて、偉ぶった態度を隠そうともしないジャニス・シュバリエも、そして澄まし顔で自分を小馬鹿にするクリストファ・アレンも、違憲の軍隊に過ぎない暴力機関、エテルナ自衛隊の全てが、そして何よりも自分達に与えられたこの救命艇の居住性の悪さ!
「自衛隊からは何も言って来ないのか?」
 口にした後で、後悔した議員である。絶対中立という前提のこの救命艇には、オープンにされている一般通信しか傍受できないし、発信も行えない。自衛隊の通常通信はおろか、今や完全な統制通信化に置かれている状況にあっては尚更である。彼等は、全自衛隊の警戒態勢が上げられていることすら、分からない。
「後方の自衛艦隊に動きがあるみたいですけれど、こんな貧弱なモニタとレーダーでは何も分かりませんね」
 等しく、不快感をその全身でアピールしながら、部下の一人が言ってきた。
「とにかく、アレン坊やの自由にさせるなとの、お達しだ――動きがあり次第、オールレンジでの通信を行なう準備だけはしておけ」
 平和主義者――もはや、金繰り捨てられた、その本性、正体。
「時代を創るのは若者ではないのだよ――」
 くくく、とノーサイドは実に愉快そうに笑った。

   ・
   ・
   ・


 この浮き立つ様な衝動はどういうことなんだろう。

 何かが始まるのを、楽しみにしているのか、自分は――。

 いや、違う。俺は、僕は戦乱なんて望んじゃいない――。


   ◆ ◆ ◆


 ぼくが、

 ほしかったのは、

 ふつうの、

 ふつうの、

 あたりまえの

 あたりまえの


 だって、あたりまえのものを

 だれも

 だれも

 だれも


 くれなかった


 かみさまはいつだっていじわるだったし


 じぶんで


 つくるしかなかった


 だから


 それをうばうってんなら


 ころすよ?


 ぶっころすよ?



 ころす、ころす。


   ◆ ◆ ◆


『……ド、ロード。どうなさいましたか』
 自失していたことに気付くのに、時間が掛かった。アテナの呼び声だ。
「すまん。ちょっと、ぼーっとしてた。何か問題が?」
 そのヘルメットごと、大きく頭を振ってクリストファ。頭痛という程ではないが、妙な痛み――痒みと呼ぶべきか――が自覚されている。
『ロータス経由でエターナルから、データ転送がありましたもので、念のためにご報告を……』
 見れば、着信を示すログが目の端で明滅している。
「ああ、すまんすまん――」
 謝罪しつつ、視点をそのログデータに定める。認証を実行したデータが、速やかに展開されたが、この一連の作業は全てオートメーションで行なわれている。
「なかなかブレンハルトのおっさんもセンスがいいじゃんか」
 内容を確認しての感想だった。
『収納が容易というのも助かります』
「ん? 収納?」
 アテナの発言が理解できない。だって、ここに映っているのはそれはそれは大きな自衛隊旗と、国旗でしかない筈だ。
『柄の部分は伸縮しますし、旗部は自動的にシャフト内に巻き込まれる使用になっております――ついでに言うと、本機のイージスのアタッチメントにこれがまたキッチリと収まりますねえ、ってことで』
「なるほどなるほど」
 大きく笑ったクリスだったが、実のところアタッチメントに関しては良く考えてみれば、驚く程のことでもないのだった。汎用性、整備性を可能な限り追求している航宙自衛隊においては徹底した共通規格が敷かれていたし、それはライト=ブリンガにあっても例外ではなかったのである。例えば、今のライト=ブリンガは『4.1』、通称『クアット・ユンヌ』と呼ばれる装備形態を取っているのだが、その節々に至るまでそんな改造思想が反映されていると言える。アルティマ(現フォーチュン)のリーヌ離脱中に発掘された――敢えてこの表現を用いるが――RLを『素体』とするのなら、繰り返し行なわれてきた改修や改造、或いは改良と呼べるものの数々は、文字通りの『肉付け』であったとも言えるだろう。そして、非公式ながらもエテルナ自衛隊の旗機となることが決まったその日から、可能の範囲内で共通規格に準じた作業が行なわれてきた、ということだ。何しろ、その気になればヴィクトリが搭載するバルカン・ファランクスを脚部に儲けられたアタッチメントに接合させ、且つ制御することすらも可能であったし、そして、『戦女神』が背負う偉大なる『イージス』にあっては、もはや只の防御機構とは呼べないものになっている。非常時の酸素、食料や水、薬品等が詰められたパックは元より、展開式の緊急避難カプセル――勿論、クリストファ一人のものではない――がその背面にこれでもかと張り付けられている。武器弾薬の類を搭載することも勿論可能で、今この時のイージスには8基の多弾頭式対宙ミサイルが積まれている。その気になれば核ミサイルを搭載することだって出来るのだが――実際、フォーチュンの中にはライト=ブリンガ用の核弾頭が常備されている――半ば過去の遺物ともなっているその破壊力に頼らねばならぬ程にライト=ブリンガの火力は貧弱ではなかったこと、そして当のクリストファ自身が『核兵器』と言った響きを本質的に嫌悪していたことも手伝って、今回の搭載は見送られている。

「肉眼で確認――ロータスだな」

 表現に正確を比するのなら、これは肉眼ではなくて、増幅された映像が強制的にその眼球に投写されているのだが。そんなベージュ基調の輪郭に視線を定めると、いよいよ映像が自動的に拡大された。機体各部に刻まれたアート、機体呼称ともなっている『ロータス(睡蓮)』を確認できる。
『メンテナ二号機、全て順調のようです』
「データ・リンクを許可する、って既にやっているか?」
 返答を予測しながら、クリストファ。
『はい。既に実行しています』
 一つ頷いておいて、クリスは通信回線を入れる。対象は、勿論ミランダだ。
「ライト=ブリンガよりの通信だ。ミランダ、首尾は?」
 実にシンプルな質問。これは、クリストファの癖であるとも言えるかもしれない。
『今のところ、完璧です――例の旗は今より約二分後に指定座標に到着します』
「オッケ――ロータスは、ブリンガの後背に着いて貰うからね。フレアにだけ、注意してくれよ」
『それが仕事です。了解』
 通信を交わしている内に、いよいよ両機が接近する。ロータスが静止しているのを改めて確認し、クリストファは自機に微減速の指示を入力する。
「あまり無理しないでいいからね――」
 言いながら、クリストファは敬礼を一つ。ライト=ブリンガは、軽く右椀固定のイージスを振りながらロータスを抜き去った。
『そちらこそ、あまり無理しないで……』
 光の矢がごとく、飛び去っていくライト=ブリンガの後ろ姿を見る自分の顔が、痛ましいものとなってしまっていることは知っているミランダである。
「アイヨ」
 軽口で答えておきながら、クリスはその視線を三次元式の立体映像である、レーダー表示へと切り換えた。編成済みのヴィクトリが4中隊、前方に展開中。ポート面(左舷)より編成途上のヴィクトリの部隊、数は7機。更にその後方に、これは12機が。舌打ちを行ない掛けた自分を止めて、クリストファは今一度通信を行なった。宛、エターナル。
『エターナル管制です。いかがなさいましたか、閣下』
 事実上のホット・ラインであったから、オペレーターの対応は全く速やかなものだった。
「ブレンハルトに繋いでくれたまえ。火急」
『了解です――』
 待つこと、数秒。
『ブレンハルトです――全く、お疲れ様です』
「手短に行く。編成の済んでいない各機はどの様な理由だ?」
 実のところ、推測は付いているのだが。
『は――実搭乗時間、及び錬度の問題としか』
 やっぱりなあ。
「極端に短い者は、僕が直接指揮するから組み込んでくれて良い。そっちでやってくれ」
『ですが』
 ブレンハルトとして、当然の反応である。
「士気だって高い通りが無いだろ。事ありの時に右往左往されても困るし、何よりも気の毒だ」
『ふむう……』
 クリストファは、畳み掛けた。あまり時間を掛けたくないのが本心だ。
「一度実戦を経験すれば自ずと、変わる。その前に散られても困るって――ついでに、いざという時のフォローを行なうのに自分、RL以上に便利な存在はあるまい?」
『部隊の名前はどうしたもんですかね』
 抵抗を諦めた、ブレンハルトの声と、その内容だった。
「…………ええとな、アテナ……もとい、『アスィーナ隊』とでもしてくれ」
『了解しました。直ちに部隊名を登録、順次編成を行なわせます』
「頼んだ」
 そのまま、オペレーターに指示を行なっているブレンハルトの声が微かに聞こえてくる。
『……登録完了。第、00独立部隊『アスィーナ』として登録しました』
 早い仕事は大好きだ。
「うん、こちらでも確認した。関係各所への通達もお願いする」
『心得ました――』
「通信終わり」
 返答を待たず、クリストファは通信を遮断した。最前線――つまり、リーヌに最も近接しているエテルナ自衛隊機が存在する座標――までは要数分。途中で、ブレンハルトのお土産を受け取ることになるのだろう。差し当り、クリストファ・アレンはそんな土産を受領する為、機体を指定座標へと向かわせる。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする