2652年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - V

「コブラ1より各機へ。奇数番号の者から、順次給気を行なっておくように。『メリー』の座標はこれより転送する」
 コブラ中隊長であるリー・パルク二佐は、コンソール・パネルに表示されている残存燃料の値を一瞥した。現段階で、六割を切ったところであり、早い内に満タンにしておく必要があった。全隊が浮き足立っている中、それでも絶妙のタイミングで給気機である『メリー』の派遣を手配してくれた後方支援部隊には、心から感謝と言ったところか。奇数番号帯を有している部下達から復唱が帰ってくるのを半分、聞き流しながらパルクは今度は指向通信を行なっている。
「スリー、君の行動権は今のこの時より、独立したものとなる。給水並びにその運用に関して、要あらば参謀室の指示を仰ぐように――健闘を祈る!」
 給水、とはまた妙な表現に響くかもしれないが、様々な亜種を含むエテルナ自衛隊正式採用戦闘機『ヴィクトリ』が、ヘリウムと気化パラジウムによる常温核融合によってエネルギーを獲得しているのに対し、コブラ3のコールサインを暫定的に飾っていた『ロータス』が搭載しているのは対消滅機関であり、必要とするのは蒸留水であったから、これ以上に適切な表現が無いのもまた、事実ではある。
『スリー、了解――互いに幸運を』
 淀みなく、且つ簡潔なミランダ・ルヴァトワの返答。ただ一機しか存在していない貴重な『ロータス』の独立行動権の存在は、その運用開始時から定められていたことでもあった。余談とはなるが、この独立行動権を有している機体はアヴァント・ガーダー『サラマンデル』、同型機『蒼鷹(おおたか)』、そして幕僚長機という前代未聞の呼称を戴く旗機『ライト=ブリンガ』に限られる、と言うことをここでは付け加えておきたい。
「お互いにな――通信終わり」
 部隊識別の一覧から『C3』という表示が消滅するのを確認し、リー二佐は自らも給気を行なう為にスロットルを開けた。その脳裏から、なかなか消えてくれないミランダ・ルヴァトワの弱々しい顔を打ち消す為に、少し強めの加速となってしまった感は否定できない。身勝手この上ない願いだとは思うが、自分よりも若い連中には一人だって死んで貰いたくない。切に、祈った。


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『ヴィクトリ145号機、ローズ・ホイットマン三尉!』
『同ヴィクトリ165号機、ジェニー・ルイス三尉です!』
『1029号機、アルド・セルビア三尉っす』
『ストライク1078、アーサー・ホルスト一尉であります!』
『ヴィクトリ785――』
 自己紹介が続けられている中で、クリストファ・アレンは一人だけ階級が高い人間が存在することに少なからず驚いた。エターナルから転送されてきていた履歴を確認してみると、噂のホルスト一尉という人間は、教導隊に編入されるその間際に病欠による一時除隊を受けていたらしい。勿論、今は問題がないからこうして宇宙に上がってきているのろうが。と、各自の自己紹介がいつの間にやら終了していたことにクリスはここで気付いた。
「諸君、該当座標を転送するので集結するように。先に到着する者がいれば、そのまま現場待機せよ」
 その座標は正に、ライト=ブリンガの目的地点でもあった。
『『『了解!!』』』
 もっとも、一番先に到着するのは間違いなく自分自身だろうけれど。
『ホルスト一尉が失礼します――隊長のお名前をまだ、我々は頂いていないのですが――』
 先のホルスト一尉からの通信だった。自分の間抜けさに天を仰ぎ掛けたクリストファであった。無線連結開口一番、『各自、簡単な自己紹介を行え』と命令しておいて、それっきりだった。恐らく、その中で一番階級の高かったホルストがこうして連絡を取らざるを得なかったのだろう、と言う想像も簡単に付いた。
「ああ、すまん諸君――自分は、クリストファ・アレン空将である」
『『『………………』』』
 反応がない。
「繰り返す。自分は、クリストファ・アレン空将であり、つい先刻『アスィーナ隊』の隊長となったところだ」
『まぢっすか――と、失礼しました』
 やはり、その反応も暗黙の内に強制されているのであろう、狼狽を露骨に含むホルストの声。
「まあ、驚くのも無理ないね――」
 ここで意識的に言葉を止めた。全員が全員、絶句していることは疑いがなかった。
「――付け加えると、当機は通常の機体ではない」
『……それは、先程のヒムラ一佐の発言にあったものでしょうか』
「ま、簡単に言えばそうなるねー」
 あくまでものんびりと、クリス。自分を落ち着かせる為の意味も勿論あるが。
『幕僚長の部隊に入れたことを、光栄に思います!』
「そう言って貰えると助かる。各自、ともかく宜しく頼む」
 ヘルメット付属のスピーカーが割れる程の歓声を受け止めながら、クリストファはライト=ブリンガを目標地点へと飛ばす。隊員達それぞれの技量は不明――ホルストは凄腕であろうけれど――であり、不安感が無いと言えば当然嘘になる。
「ま、やるしかないんだよな、後は」
 一人、呟いた。彼の目の前に広がる宇宙という大海原は、あくまでも冷たく、そして静かだった。


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 キャリバーンの艦長アルトリア・サビュオールは、今正にその右舷を通過していくフォーチュンの全形を目の当たりとして、溜息を吐く。
「あの図体で、尚かつ早いとキてるんだもんなあ……」
 第二艦隊の旗艦でもあるフォーチュンはその背面から蒼白い排気炎を盛大に噴き上げ、尚も加速を獲得しながら邁進している。護衛艦の中でも最も小型な艦種であるアキレス級と、言うまでもなく最大のフォーチュン級の質量比は実に九十倍に値するのだが、これはアキレス級が機動力と攻撃力に重点を置いて設計されているものであって、防御面に関する装備がほとんど含まれていないと言うことに起因している。極論するのならば、フォーチュン級が装備する『天國の剣(ヘヴンズ・ソード)』に人員が乗り込んでいるような代物、それがアキレス級であるとも言える。
「まあ、自分達に期待されているのは、他のナニヨリもまずは『打撃破壊力』でありますからな」
 副長兼操舵士であるフォルス・マッケイン三尉がドリンクを片手に応じて見せた。自動航行を設定していることもあり、今の艦橋にあって、もっとも暇な人物だ。勿論、戦闘時においてはこの限りではなくて、艦の舵を取りつつ、攻撃を行なう重責は基本的に彼一人に課せられるものである。
「それが自分の性に合っている、とは思うけどぉ」
 同じくパック詰めのドリンクを啜りながら、アルトリアはエヘヘと笑った。
「しっかし、姐御はあの船ン中で上手くやれているんでしょうかね」
 比較的忙しそうなオペレーターの方に視線を投じ、それでも自分に手伝えそうなことも無いことを悟った上でフォルスは話題を転換する。
「ン――大丈夫なんじゃないかなー。しっかしあの変貌振りには驚いたけどねー」
 地元ヤンキー共も震え黙る『飛天夜叉』こと、マリーベル姐御の『かつての』イデダチと、その行動を思い返してアルトリアは思い出し笑いを一つ。
「同感ですなぁ――」
 こちらは、目を細めてマッケイン三尉。さして、彼等にとっては遠くもない記憶ではある。カツアゲ、ギャンブル、ケンカ、暴走……エテルナ第三惑星リリスにあって、色々とやっちまった過去。もっとも、売春やら薬物に手を出さなかったのが彼等なりの流儀節度、倫理観とでも呼ぶべきものではあったが、そんな日々も姐御――リーダー――ことマリーベル・リンスの補導で幕を下ろすことになって。
「今、こうして『国』から金を貰って『お天道サマ』の下で真っつぐとやっていられるのも全部姐御のお陰っちゃあ、お陰っすわ」
 髑髏(どくろ)の入れ墨が刻まれた左上腕をポリポリと掻きながら、マッケイン。

「それには激しく同意――はみ出しモンだったアタシ達に居場所を与えてくれたんだ」

 特別更正施設にて、その特性、並びに完璧に近い更正結果を評価されて、特殊警察学校にめでたく入学を果したそんなマリーベル・リンス(当時ピッチピチぷりんぷりんの17歳)は、その生来の運動神経とありとあらゆる車両、航行機に関するアドバンテージに始まる――これは、イリーガル(非合法)なものが占めるところ大であったとも言えるかもしれない――ポテンシャル・センスを大いに発揮し、終わってみれば警察学校の特殊要員育成課程を首席で卒業、ついでに並行したプログラムを施されていた航宙警察のそれにあっては次席卒業を――余談だが、この時の首席はアムロ・レイコである――達成するという結果を得ることとなったのだ。『非行少年少女の更正教育並びに国家によるその受容』というコンセプトで設定、運用されたばかりだった『未成年者健全育成法』のこれ以上にない成果の形の一つとなった、アルトリアにとっての姐御ことマリーベル。ちなみにそんな法案の成立に尽力したのが当時下院議員であったジャニス・ハッシュポピーであったことは、果たして偶然であったのか、なかったのか。

「馬鹿オロカなクソガキ共に社会が冷たいわけじゃないんだ、とその骨の髄まで叩き込んでやろうじゃない!!」

 と、ミニスカートにも関わらずその片足を壇上に踏み乗せ、力強く両拳を振り上げ、がなり上げたジャニスの勇姿は多くのエテルナ国民の脳裏に今なお、強く焼き付いている筈だ。勿論、別のモノも(この直後に議長から直接の厳重注意を受けていたことは言うまでもない)。

 そうして、結果として大統領の座に異様な短期間で昇り詰めたジャニス・シュバリエの元で『護衛官<<<敢えて越える必要も無い壁<<<メイドさん』としての採用を受けて退屈でありながらも平和平穏な日々をマッタリと過ごした後、文字通り電撃的な来訪、エテルナ共和自由国をこれまでにない大混乱の渦へと情け容赦なく叩き込み、一部の政治結社であるとか過激な思想団体モロモロから――エテルナの名誉の為に、後者の存在は極めて希なものであり、絶滅危惧種に等しいモノであったことを付け加えておきたいと思う――物理的危害を加えられる可能性が極めて高くなった現幕僚長クリストファ・アレンの元に派遣されていよいよ『艦内憲兵隊長兼幕僚長首席護衛官』――と書いて『戦うメイドさん』と読む――としての真価を発揮している、と言うのが、誠に大雑把ながら、今のマリーベル・リンスの履歴、経歴となる。……なんだこりゃ。

「アホなことやっていたけど、アレはアレで楽しかったっすよね」
 意味も分からない古代日本語と思しき呪文の刻まれた特攻服に身を包み、ソフトモヒカンという奇特なヘアスタイルだった当時の『姐御』の姿を思い出すと、思わず遠い目になってしまうマッケイン三尉である。まあ、彼自身もドッコイであり、今のこの時、艦長席でお澄まし顔のアルトリアだってそれはそれは凄かったのだが……。
「幻よ――って、姐さんの言葉を借りるとなるけどね……懐かしむだけにしておこ」
 メイン・オペレーターであるノイン・カルロ一曹が、極短期的に湧いた空き時間の獲得に成功しているのか、暖かい眼差しでこちらを見てきている。ちなみにそんな彼女は彼等に取って旧知の仲ではなく、エテルナ航宙自衛隊怒濤の緊急編成に伴い、全く偶然に、編成された、その結果の発露としての出会い――それ以上でもそれ以下でも無い。
「なあに? ノイン?」
 そんな艦長の言葉にカルロ一曹は、手元のコンソールを一瞥してから、
「いえ、このキャリバーンに配属されて良かったなあ、と心から思ったものですから」
 階級は下、しかし年齢はフォルスは元よりアルトリアよりも上な彼女であったが、その顔に含むものは全く見られなかった。
「ありがとう、ノイン――」
「お礼を言われる事なんて、全くないです」
 言い掛けたノインだったが、そのタイミングで着信のコールが鳴ったことで、黙礼して本来の任務へと立ち戻る。同じく無言のまま、アルトリアと副長はやはり黙礼を送る。努力を怠ったつもりなど元よりは無いが、自分達が所謂(いわゆる)社会不適合者と呼ばれる存在であったことは忘れてはならない。これは、頑として存在する事実だったのだから。レールを敷いてくれた現大統領と、姐御には感謝をしてもしきれないと言うものだ。
「頑張らなくっちゃ!」
 アルトリアは、その上唇を力強く舐め上げた。

 かつて、その若さ故のエネルギーを発散する為だけの場所、空間であった大宇宙が今のあたしの前に。

 そこに存在している理由が、決定的に違うだけなんだっ。


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「へっきし!」
 手を宛がうのが間に合わなかった。デフコンの切り上げに伴った第一種戦闘配置ではなくて、普段の静かな状態であったら、さぞや派手に響き渡ったことだろう。
「あらあら、風邪? 良くないわね」
 くすくすと笑いながら、ソフィ・ムラサメがその艦長席から。
「……ええ、いや――さておいて、リンス一佐、参りました」
 完璧な敬礼。
「ああ、呼んだのは他でもなくてよ。艦内の保安徹底、並びに携行火器のリスト・アップを改めてお願いしておきたいの――こればかりは人の手で、直接ね」
「了解です」
 返答しておきながらも、艦長の言葉はどうやらまだ続きそうな気配。案の定、
「……それと、現在本艦の左舷後方……になったのよね……にね、貴女の可愛い妹さんがいるわよ」
「いもうと? ん……ああ、アルのこと……って」
 宙を舞うベレー帽。大きく崩れたその表情と小刻みな痙攣を繰り返す四肢、天を突く髪の毛。
「ななななななななななななんで知っているんですかああああああああああwせdrftgyふじこlp;@:」
 艦長席脇、副長席に構えているステラ・ハーヴェイの恐懼に支配されている表情から察するに、自分がとんでもない顔になってしまっていることは想像が付くが、余裕はこれっぽっちもありゃしない。
「まあまあ、落ち着いて……って言うか、正確に言うなれば、大統領から話を聞いたことがあってね。でもって、後はアルトリア本人に会った時に色々と聞いたのよ」
 あくまでも静謐(せいひつ)な海が如き表情を静かに湛えたままの艦長である。
「そ、そうでしたか……やんっ、私ったら、お恥ずかしいところを……」
 両頬にそれぞれの手を当てて、恥じ入るマリーベル。その若々しい、そう……例えるのならエテルナの大草原にひっそりと咲く一輪のエテルナホウセンカのように儚く、美しい。
「昔の写真まで見せて貰ったけれど……なかなかどうして、興味深かったわね……人ってこうも変われるんだ、って感動した――」
 ピシッ(石化)。
「シャ、シャシンデスッテ??」
 どうにか動く口で絞り出す。ああ、カミサマ。嫌な予感がムンムンしますですわよ。

「特攻服って言うのかしら? それとあのアバンギャルドな髪型……驚いたわよう」

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――(省略)」


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「くっくっくっく……あはははははははっはははっ!!」
 盗み聞きするつもりなんて、元より無かったが。たまたま、外部音声設定がフォーチュンの第一艦橋になっていただけの話だ。
『ソフィさんも、お人が悪い――』
 さすがに笑い声を立てることまではなかったが、いかにも複雑そうなアテナの声だ。
「まあ、いいんじゃね? マリベルはアレはアレで気が紛れるだろうし、アルトリアだって強がってはいるけれど、緊張しているだろうしねぇ」
 それにソフィやステラも――とまでは、クリストファは続けなかった。
「しっかしこれ凄いよなあ……ヒーッヒッヒッヒッヒ!!」
 そんなライト=ブリンガのコックピット。脇面のサブディスプレイの一つの中で、モヒカンヘアーで竹刀を片手に鯔背(いなせ)に構えている、かつてのマリーベル、その激しく青かった春の一枚。現代において、まず間違いなく『最強』と言ったカテゴリに含まれる戦闘兵器ライト=ブリンガの、その頭脳部で繰り広げられるにはあんまりと言えばあんまりの、全く無駄な、高度文明の使用見本がここに展開されている。

『お楽しみのところ、申し訳ありません――』

 鋭利なものとなったアテナの声に気付かないクリスでは無かった。こちらに向かって歯茎を剥いて中指を押っ立てていたマリベルの映像が一瞬にして掻き消える――自動航行はこれを維持。右手中指の微妙な操作で、メインディスプレイにレーダーを大きく表示させた。
「報告を頼む」
 自分がこう言った時、文字情報の類を必要としていないことをアテナはとっくに知っている。
『リーヌに変化。ミランより両艦司令部に報告が。追って連絡が来るかとは思います』
「いよいよか――」
 フン、と意識して鼻を鳴らした。じゃあ、連絡が来る前に済ませておくとしようか。
「アスィーナ隊、各自へ達する。集合地点は変わらない、が――今後の細かい指示はホルスト一尉に従ってくれ」
『な、なんですとーーーーーッ』
 悲鳴のようなホルストの声だった。
「黙らっしゃい! ――自分はやらなきゃならんことも多いのだ。大雑把な指示は行なうけれど、細かいところはどうしても追いつかん」
 実際の所、彼等がやれることなんて高が知れているということもある。基本的には後方からの指示に従えばいいし、護衛艦の射線に乗らなければ良いのだ。それだって、当然後方からの指示はあるに決まっているし、酷な言い方にはなるが、錬度の足りないアスィーナ隊に自衛隊は過剰な期待はしていない。勿論、出来る限りのフォローは行なうつもりであるし、未帰還者を輩出するつもりは毛の先程も無いが。
『黙らっしゃい、なんて言葉初めて聞いたッス……』
「ああ、僕も使うのは初めてだよ――って、ともかくそういうことで! 諸君、戦場で会おう」
『『『Roger』』』
 通信切断を確認して、クリストファは今一度鼻で息を吐いた。
「旗を振る時間なんてあるのかねえ」
『微妙ですな』
「勿体ないオバケが出てきそうな悪寒」
 この際、オバケ扱いされているのはエテルナ自衛隊兵站部。早い話が後方支援部隊。
『仕方ないッス』


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「やだ、今になって怖くなってきた」
 露骨な変調を来しているレーダーを眺め、ミランダは身震いする。着々と艦載機の編成は進行しているし、第一艦隊はほぼ予定通りの艦隊編成を終え、やはり着実にこちらに向かってきている。第二艦隊にしても言ってしまえば『奇跡的な』合流を行ないながら現在進行中。
『物事が始まったら楽になる。待っているのが一番辛い仕事ってね』
 クリストファ語録から引用しておきながら、ハリネコ。
「そうだけど」
 ロータスから放出されたモジュールが良好に作動している画面と、自機が有しているファイア・アーム(火器)の確認画面を切り換えし続けているこの数分。つい先程もハリネコに『いっそ火器ウィンドウを閉じちまえ』とまで言われているのだが。
『RL現着まで、あと二分。まずは落ち着こうよ』

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「あー、この反応は近いなぁ……」
 アレーシャはそんな回答をキリオに対して行ったのだが、これだって確信を持てるようなものではなかった。何しろ、仮説の上に繰り返し立ち行く仮説、その総括としての推測でしかないのだ。
「無理を承知で聞く――時間的にどれぐらいか、推測だけでもつかないか?」
「本当に、私個人としての主観的な推測にしかならな――」
 キリオは言葉を途中で遮った。
「それで構わない。クリスが信頼している貴方を自分は元より信頼している!」
 そう、と一つ呟いたドクターは、しかしそれ以上を勿体ぶらずも、そして躊躇もしなかった。
「あの人に伝えて――あと十数分で何かが始まるよ、と」
 キリオはちらりと、しかしアレーシャの薄緑色の瞳をはっきりと見詰め、無言で頷いた。

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『あー、こちらヒムラ。差し迫った報告があるので、これはクリスのそれと大統領の元へ同時に発信中――』
 それぞれの回線にリンクしていることは確認済み。相手方が応答できないとしても、どの通信よりも優先されて届いている筈だ。
『十数分後に招かざる客人(推定)がいらっしゃるかも、とのお達しだ。空将並びに大統領の両閣下、お覚悟を』

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『RL、現着ッ!!』
 装備モデル、クァット・ユンヌ(4.1)。ライト=ブリンガはファイナル・ガーダ『ロータス』の目前で急減速を掛ける。前方に反り返ったGRDSユニットが排気炎を噴出させている中、RLは宇宙空間その物に吸い付くかのような静止を獲得した。ほとんど同時に、流れた右腕に備えられているイージスから、八つの小物体が零れ出されるのをロータス、ミランダは確認している。何をするの――そう尋ねる前に、ロータスのシステムは物体の名称詳細その他を全て、メインスクリーンに転写してくれていた。
「ティアマット――対宙多弾頭ミサイル」
『その通りっ、ってな』
 放出されたティアマットは、今やライト=ブリンガの直前方で円陣形を構成し、次なる命令を静かに待っている。クリストファ・アレンの攻撃意志を代弁するかのようなその行動。ちなみに……
「憲法違反……」
 ミランダは思わず、口にしてしまった。
『聞こえないッス――』
 笑いながらのクリスの返答。続いて、背面に固定されていたレーヴァティンが放出された。各部に仕込まれたバーニアの噴射により、円陣形を伴っているティアマットの中心部へとゆっくり静かに流れていく。
『敵対行動に類する物が確認されたら僕は、迷わずに撃つよ――誰よりも早く、ね』
「責任は自分一人に――と?」
 その答を分かり切っていながら、敢えて尋ねてみた。ミランダが愛しているこの男は、バカではない。バカなところもそりゃあ、ある――あるけれど、その多くが計算尽くであることを知らない程、関係は浅くない。
『大統領から、議会からもなんだかんだと一任されているし――そう言う面では、前線の機動兵器に乗れている我が身に感謝ってところよのう――ウエヘヘヘヘヘッヘ』
 朧なリーヌ、その燐光に左腕のブリューナクを突き刺すように構えて、クリスことライト=ブリンガ。
「ロータスは、現在独立機動中――何か困ったことがあったら任せてクリス」
『うーん――そうだなあ、まずは有り得ないことだと思うけれど『いざ』っつー時に、俺が抱えている部隊をフォローしてやって欲しいかなあ』
 なんと、ライト=ブリンガ自身がその身を竦めて見せてきた。
「うん、なんとかする――それより気を付けて……何が来るかわからない」
『おうっす!』
 答えながら、ライト=ブリンガは左手のブリューナク、そして右手のイージスをやはり、それごと機体正面に放出する。何を――と言うまでもなかった。ミランダ自身はすっかりと忘れてしまっていたのだが、ロータスのシステムは全く失念には至っていなかった証明として、二つのシグナルサインを音、と言う形としてミランダの鼓膜を強制的に刺激してきたのだった。
「あ、そっか」
 納得した途端、脱力した。そして、安心も。なんだ、クリスは普通なんだ、あくまでも。
『データリンク良好――』
 クリスのそんな独り言の後、その背後から飛来してきたもの――筒状の二本、それはエテルナ国旗と自衛隊旗。
『あらよっ……と』
 ビームで間接が構成されているRLの両腕が微妙に伸びて、それぞれの細い指がフラグ・ポールを握り付けた。事前に転送されていたプログラムの展開処理は全てアテナに一任。
『そらっ、どうだっ』
 その眼前で交叉させた旗が、ポール部のガス噴射を受け、大きく波打ち、はためく。

 一本の枯れ枝に留まっている、一羽の鳩。これが、エテルナ国旗。

 盾に突き刺さる無数の剣、槍、その他。こちらがエテルナ自衛隊の隊旗となる。

『ウホッ、良くできてんじゃん』
 そう言って、クリストファ――ライト=ブリンガ――はエテルナ国旗を右手で大きく掲げ、隊旗はその左手で前方に突き出した。肉眼での確認こそ行えないものの、鮮明な各レーダーは徐々に集結しつつある艦載機群の移動状況を示してくれている。集結まで、要数分というところか、とクリスは目算。

「勇敢なるエテルナ自衛隊の諸君!! 我が旗に集え!!」

 通常回線に向け、クリストファは大きく叫んだ。


 ライト=ブリンガの構える両の旗が、一際に大きくはためいた。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2651年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - VI

「国民の皆様に、深刻で、そして大変に重大な報告を行わなくてはなりません――」
 これは西暦2810年11月18日未明に行われた大統領ジャニス・シュバリエによる政府緊急放送、その冒頭の言葉である。とは言え、言葉上のそれを受けるまでもなく、大統領の紅唇から続けられる、その内容が簡単且つ平穏なもの等では断じて無い、と言う推論は多くの国民が等しく平等に獲得できたものであったかもしれない。かつての大シュバリエが着用を行っていた軍服、そのレプリカに身を包んだ大統領の上半身、そしてその重過ぎるほどの表情を目の当たりとすれば、どんな子供だって掛かる事態の深刻さを窺い知れた筈だ。

 そして、それは全く予想に違うこと、なく。

 航宙自衛隊隷下の特殊情報機関によるリーヌの離脱予兆が観測されていること、そして同時に自衛隊の全軍が警戒態勢を引き上げていること、更にこれが最高レベルへ引き上げられることは時間の問題であること。

「現時刻を以って、エテルナ共和自由国はその大統領の名において全星系、一切の民間船舶の航行を禁止します」

 これには報道陣も息を呑んだ。なんと、ここまでとは。勢い立ち上がった何人かの報道関係者に対しては、
「質問は後程お受けする」
 と牽制。努めて事務的に――これは相当に疲労する――報告を続ける大統領だったが、ここで、その脇で控えていた広報室長が一枚のメモを大統領に手渡してきたのだった。

 絶句と表情の硬直は、ほんの半瞬。大統領は、その唇を強く引き締めた。



   ◆ ◆ ◆


『すっげえ! すげえのが旗振ってンぞ!!』
 私語を慎め、と中隊長が窘(たしな)める声は厳しいものではなかった。リューズ・アジフは自機が後方司令部の一括指示による自動航行を忠実に実行しているのを確認して以来の数分、その視線を『対象物』から全く反らす事が出来ないでいる。それだけ、異質、違和感の塊『そのもの』がそこには存在していたのだ。漆黒の空間の中、全く対照的な純白の人型機体が、その両の細腕で、ゆっくりとしかし力強く旗を振っているのである。正直、映画とかビデオゲームだとか、そっちの世界に属する映像にしか思えてならない。挙句の果てに、そんな機体に乗り込んでいるのが彼らの敬愛して止む所の全く無い、幕僚長であると言うではないか。
『ヒュウ! 本当に幕僚長のノーズ・アートだ! やるなあ、我等がビッグボス!!』
『ノーズ(鼻)っつうよりもありゃあ『頬』だよな。つうかすげえええええ!!』
『ずるいなあ、美味し過ぎだっぜ、ボオォォォォォス!!』
 第14航宙飛行中隊、通称『ユニコーン中隊』は編成されたばかりの部隊であり、実にその創設の歴史は数十分足らず。しかし、栄えあるストライク・ドライバーでもあるリューズ・アジフ二尉は部隊全員の名前とその声を完全に一致させることに成功していた。もっとも、それ以前に誰一人として互いのその顔を知らないというのは全くもって不思議なものだ、とは思う。
『各自、無事なる帰還を果たした時、改めて非公式の編成式といくぞ』
 隊長であるアミラド・ディアス一尉の低い声が宣言する。ほとんど野次と化している唱和の渦に自らも乗りながら、リューズは計器盤に視線を落とした。漆黒の宇宙空間にあってパイロットの視覚を失調しないように調節された淡い色合いの表示の中に、【RLight=Bringer】と言う文字。

 なんで『Right』或いは『Light』でないのか、そんな疑問はしかし一瞬で掻き消える。

 良い名前じゃないか!

 強く、そう思った。


 ――そんな、時。

 多くの自衛官が羨望と憧憬の眼差しを向けている中、優雅に旗を振っていたライト=ブリンガが、硬直したのではないかと言う程に、その動きを止めたのは。

『変調顕著。自衛官諸君、心しろ!』

 自衛隊一般通信で流れてきたそんな声に対して、『誰の声だ』などと尋ねる人間はいない。幾度となく聞き、そしてそれぞれが自らの鼓膜と精神に強く焼き付けてきた声を間違えることがあるものか。後年、クリストファ・アレンと言う存在は全自衛官にとって崇拝の対象ですらあった、とはヒムラ・キリオであるとかマリーカ・フランシスの手記によって明らかとされているところであったが、これは全くの事実であったと言っても過言ではなかった。
『聞いたな。これより我が『ユニコーン』は該当座標に陣を張る。各自、自動航行カット――我に続け』
 ポート(左舷)前面の隊長機が機体後部に備えられている光学センサーを数度、点滅させる。続いて、レーザー・シグナルの発信があったようで、アジフのストライクがこれを受信。嫌でも実戦という言葉が意識され始めた瞬間だった。戦闘が始まれば通常の通信波は半ば使い物にならなくなると言うことは当然、叩き込まれていたから。
「TWO」
 二番機了解、を示す簡単な返信を行いながら、自動航行をオフ。固定状態が解除され、フリーとなった操縦桿並びにスロットル・レバー、フット・ペダルが油圧によって一斉に、ゆっくりと立ち上がった。巡航速度から戦闘速度に加速を開始している一番機、隊長機の後を追うため、アジフはスロットルを開け、そして続くべき三番機以降を肉眼で確認する――という、誰あろう自分自身に言い聞かせた大義名分の元、狭いコックピットの中で一度だけ、振り返った。

 遠ざかって行くライト=ブリンガの全形を確認する最後の瞬間。

 既に、ライト=ブリンガは旗を装備していなかった。


   ・
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『始まりの終わり』
 ポール部に巻き取られることで収納形態となった二つの旗を、ライト=ブリンガは背後のロータスにゆっくりと流した。
『持っといて――』
「あ、うん……」
 絶妙の力加減で流されてきた旗は、ロータスの無骨ながらも細い腕を伸ばすだけで簡単に把握することが出来た。
『僕の合図と同時に電子戦を開始してもらうことになる。言うまでもなく、ロータスはその中核にあるからね――基本的には、ベアトリイチェやブレンハルトさんの指示に従ってくれ……』
 振り向いてきているRL。その横顔がどこか寂しく、そして儚く見えるのは気のせいなのだろうか。その横顔の奥で、クリスはありとあらゆる器具に痛々しくも縛られている筈なのだけれど。
「――分かりました」
『それじゃ、僕は少しだけ前に出る。ミラン、また後で会おう』
「うん、また後で」
 少しだけ、間を置いたライト・ブリンガの双眸が強く光った。ハッチ脇に刻まれたクリスのノーズ・アートである『鳳凰』がその反射を受けて羽ばたいたようにも見えたが、これは勿論、錯覚だったのだろう。
『ミラン、或いは君に対する侮辱になるかも分からないが――』
「なあに?」
『――困ったら、僕を呼ぶが良い。可能な限り、対処してみせるからな』
「……ありがと……私はもう良いから、早く行って」
 準DMとも言えるロータスは、旗を保持したままの右手を器用に振ってみせた。泣きそうになっているけれど、億尾(おくび)にも表に出すわけにはいかない。行って欲しくない、多くの人間が抱えている、それが本音だ。
『さあて、お仕事お仕事……』
 振り返した左腕に、自動的に流れてきたブリューナクが装備された。続いて、レーヴァティンが右腕に巻き付き、変形したイージスはゆっくりとその腰元に納まる。のんびり然とした言葉とは全く裏腹な、クリストファ・アレンの攻撃意思が形となっているかのようなライト=ブリンガの装備変更だった。最後にもう一度、ブリューナクをロータスの方へ掲げるようにして、背面のGRDSユニットが細かな炎を零(こぼ)し始めた。そのRLの緩やかな加速に、既に放出されていた八基の対宙多弾頭ミサイル『ティアマット』が機体を中心に据えた円陣形を維持したままの状態で続く。さながら、小人さんを率いる白雪姫ってところか……まあ、あれは七人だったような気がするが。
『いよいよだ……』
 誰にとも無く呟き、ミランダは大きく深呼吸する。一機――と言うよりこの場合は一人――突出しているライト=ブリンガを先頭に、その両翼を各飛行隊が固め、更にその後方に位置する第一・第二艦隊との連絡の橋渡し役を行うのが、ロータスを初めとする特殊偵察部隊『コブラ』の役割の一つ。中距離砲雷撃支援を行う航宙部隊の設立も真剣に検討されてはいたが、このまま事態が進むのであれば、どうやら間に合いそうにも無い。まあ、ストライク・ヴィクトリと言う機体が望外な高性能機として完成を迎えたと言う事実は自衛隊首脳部を大変に喜ばせたようであったから、これは杞憂と言えば杞憂なのかもしれない。しかし、それにしても、だ。圧倒的な火力と、防御力を有しているとは言え、ただの一機の、挙句の果てに最高指導者が登場している機体が最前線――最前点と言う表現はどうだろう――に踊り出ると言う状況は、やはり異常だ。
「せめて、アヴァントが……」
 口にした時。メンテナのコックピットに警告音が一つ、鳴った。接近機体あり。自動的に弾き出された情報諸元を確認した瞬間、又しても泣きたくなった。同時に、着信。
『久しぶり、ミラン――『蒼鷹(おおたか)』のレイコ姉さん登場だっ――ごめん、待たせたね』
「わあ、レイコさん!」
 いよいよ、肉眼で確認が出来るほどになった蒼鷹。恐らくは相当無茶な加速を繰り返して、ここまで辿り着いたのだろう。いや、そうでないと、とてもこの短時間では。
『クリスを追っかけます。前衛、露払いは任せておいてっ!』
「お願いします!」
 互いに、多くは語らなかった。やるべきことは分かっているし、そんな悠長な暇だって無い。
『終わったら『バーボン・ハウス』で一杯、呑(や)ろうね!』
 エターナル2の中に数多ある酒場の内の一つの名前を口に、重装備の蒼鷹はミサイルが大量に装着されている腹部をこれでもかと見せながら、ロータスのスター・ボード(右舷)を抜けて行った。名前の通り、その全体が濃い青で彩られたアヴァント・ガーダー二号機は、一号機サラマンデルと異なり、ベースとなっているのはエテルナ航宙自衛隊正式採用航宙戦闘機ヴィクトリのそれとなっている。ノーズ・アートは言及するまでもなく、嘴(くちばし)を大きく開いた鷹。なお、一号機と二号機の決定的な違いは、前者が複座の二人乗りであるのに対し、後者は単座のシングルであると言う点が挙げられる。
「はいっ喜んでっ!!」
 何故か最初の一杯のテキーラがマスターの奢り、という珍妙に過ぎる謎ルールが定着しているエターナル内に設けられた民間経営酒場の空気を思い出しながら、ミランダは簡潔に答えた。ちなみに、この名付け親はヒムラ・キリオその人であって、たまたまエターナルの食客となっていたある日、店名に悩んでいた経営者から依頼を受け、冗談半分で『バーボン・ハウス』と提案したことがあった。そしてスッカリとその出来事、その記憶自体を忘却の彼方の箪笥(タンス)の上から二段目、その奥へと追いやって数週間が経った頃、今日も今日とて多忙を極める我等がヒムラ・キリオ技術上級一佐殿の元に一通の手紙が。
「今日も良くお似合いだね、マリベル」
 と、そのメイド服の着こなしに世辞を一つ述べ、素晴らしい香りの紅茶に心弾ませつつ、トレイ上の手紙の山から何気なく最初に取り上げた一通――述べるまでもなくその全てが厳しいチェックの繰り返しを経てここに持ってこられたものである――これが、『ヒムラ・キリオの憂鬱』の始まりになろうとは、誰が思い至っただろうか。否。
「――あん? なんじゃこりゃ……」
 腐っても上級一佐であるヒムラ・キリオの元に送付されてくる手紙と言えば大概はエテルナ政府からの公用文書であったり、自衛隊内からの形式張ったものが大多数であり――つまりは何が言いたいかと言えば、味も素っ気もないシンプルなものがほとんどであったから、一際に目立った意匠の『それ』をキリオがなんとなく最初に手に取ってしまったのは、必然であったとも言える。マリベルが静かに横で控えている中、キリオは該当の手紙が間違いなく自分本人を宛先としていることを確認して――マリベルやその部下達がここまで持ってきた以上、そんな凡ミスがあるとは思えなかったが――裏を返してみた。

「……ばーぼん・はうす????」

 実際に読み上げた。棒読みだったけれど。無言のまま、しかし訝しげな目を向けてきているスーパー・メイド。

「って…………えええええええええええっ!?!?」

 良い予感はまず当たらないが、悪い予感が当たることには自信がある――これは誰あろう、ヒムラ・キリオの言葉だった筈だ。いよいよマリベルが首を傾げてきている。キリオは、覚束(おぼつか)ない両手をどうにか使役して、そんな手紙を開封した。自分自身を落ち着かせるため、マリベルの淹れてくれた特上紅茶を一口含んだ。

『この度、めでたく開店しました。エターナル2にお越しの際は是非! ヒムラ一佐殿に対しては、心からの感謝を。     ――バーボン・ハウス店長』

 もがっ、と呻き、甘露たるマリベル紅茶で噎(む)せ返り、三十路にも関わらず白髪の交じり始めた頭を抱えるという大芸当を立て続けに演じたキリオだったが、当然誰も同情などはしてくれなかった。後に事の顛末を聞いたクリスは腹を抱えて床を『本当に』転がったし、リンダは冷笑――と書いて『氷の微笑』と読む――を一つ、ソフィに至っては『自業自得ですわ』とやはり笑って。つまり、笑われまくりだったわけなのだが。付け加えると、悪乗りしたフォーチュン組がエターナルに訪れる度にマスターに良からぬ事を伝え教えまくった結果、いよいよとんでもない酒場へ変貌を――もとい、進化を――果たしてしまったのが今の現状。例え、来客が艦長や幕僚長であろうともマスターの最初の挨拶は『やあ』になったし、『仏の顔も三度まで』とか『ときめきを忘れないで欲しい』とか『用件を聞こうか』と言った怪しげな掛け軸――全てマノア・ルヴァトワによる達筆なモノ――が至るところにブラ下げられていると言う、全くのトンデモ酒場となってしまった。ちなみに、最初のテキーラは好みによって水割り、ロック、お湯割り、或いは同額の酒或いはソフトドリンクとの交換に応じると言う潰しの利く部分がある一方で、『バーボン・ハウスで最初のマスターの一杯を呑まない奴はモグリだ』などと言う怪しい風説の流布までもがあって――これに関しても実はキリオはフォーチュン組の関与を疑っていたが――いよいよ、キリオは自己嫌悪の渦へと盛大に、しかし結果的には自ら投身することとなってしまったのだった。ミランダ自身はあまり酒が得意でないこともあり、最初の一杯は大抵、ウーロン茶に変更して貰うことが多かったが、実際にその『バーボン・ハウス』はマスターがこだわり抜いた酒の数々や、美味いツマミ、肴の存在もあって第一艦隊旗艦エターナルにおいては圧倒的な人気を誇る酒場でもあったのだ。その場に赴いて、原因不明の頭痛と腹痛に悩まされる人間は全宇宙でヒムラ・キリオただ一人。

 こんな時に、一つの酒場とそれに伴うエピソードを思い出して笑い掛けている自分自身をミランダはささやかな喜びと共に自覚した。感覚が明後日の方向に麻痺しているのか、思っているよりも自分は或いは、精神的にタフなのか。いずれにせよ、答えが出てくるのは後になってからのことだろうとは確信をもって言える。後日、後の日があればの話だけれど。
「やりたいこと、まだ沢山あるもんね」
 二号機、『蒼鷹』が引き残していった排気炎を眺めながら、ミランダは唇を噛み締めた。思い出話にするのはまだ早い。そして、思い出話にしてはならない。

   ・
   ・
   ・

「ちぃっ、二号機に抜け駆けされちまったな――良くもまあ、この短時間で」
 キートンが悔しそうに言ったが、これが演技なのかそれとも本心なのか、フライト・オフィサ席のラスティには判断が付かなかった。
「途中で給気を四回は受けていますね――それも、システムアップを行ないながらですよ……凄いな、レイコさん……」
 シングル、一人乗りの『蒼鷹』のコックピットにあって、レイコは一人で全てを仕切らなくてはならなかった筈だ。
「まあなあ」
「ロータスを肉眼で確認――」
 両機を隔てる距離と、方位方角が示される。ほとんど同時にキートンはロータスに通信を入れている。
「こちらアヴァント一号機、キートンとハーヴェイ――先行する、ロータス」
『了解。御武運を――ロータスはここに陣を張ります』
 淡いベージュ色の機体、そのシルエットがいよいよ鮮明に見えてきた。緩やかな加速を維持しつつ、姉妹機であるロータスの脇をサラマンデルが駆け抜けた。ラスティは通過の間際、軽い敬礼を送ったのだが、当然相手から確認することはできない筈――だったが、なんとロータスはその華奢な腕で不器用ながらも敬礼らしきものを戻してきた。
「腕が欲しいかね、ラスティ君?」
 ラスティの挙動に気づいていたのか、そんなことをキートンは笑いながら言ってきた。
「どうせ、腕が付いた所で操作するのが自分になるんだったら、全く要らないッス」
 ぶはは、とキートンは更に笑った。
「それはさておいて、ラスティ君や」
「なんでしょう」
 急に真面目になったキートンの声に、返す言葉も思わず硬いものとなってしまう。
「恋人はいるのかね?」
 しかし、元教官の質問は想定外のものだった。
「ハァ?」
 これがフローラさんだったら俺、殴られているな等と思いつつ、慌てたラスティは差し当たって、率直に答えることにする。
「いや、おりませんが」
「ホントに?」
 全くの真実であるのは、少しばかり寂しい気もする。
「嘘をつく必要がありませんから――」
「そうか、それは良かった」
 キートンの言葉の意味が理解できない。何が良いんだろう。あまり楽しい想像ではないけれど、或いはこの上官は同性である自分に対して少なからず興味を覚えているとか。いや、つうかこの人って妻子持ちだった筈だが。
「先に言っておくけど、男色の類ではないから安心しろ」
 察したらしい、キートンが先手を打ってくれたので、取り敢えず安心することにする。
「いや、君に実は恋人がいてさ――『俺、この戦争が終わったら結婚するつもりなんすよ』――とか言ってきたらどうしよう、って思ったもので」
 耐え切れず、ラスティは笑ってしまった。
「うわはははは、確かにそれはキツいっす、ウヘヘヘヘ」
 ムービー・ビデオ等で、そんなプチ幸せ表明を行なった人間が真っ先に死ぬのは半ばの『お約束』、であることを無論ラスティは知っている。あと、スプラッタ・ホラー映画ではアベックがイチャ付き始めると思わず期待してしまういけない自分でもあることだし。
「良かった良かった――取り敢えず、『フラグ』を抱えているのは俺一人ってワケだ」
 ラスティの全身が硬直した。
「な ん で す と ?」
 あくまでもキートンは、淡々と。
「いやあ、実はカミさん、来月出産予定なんだよね――」
 衝撃の事実を伝えるのには、あまりにも淡々過ぎだよキートンさん。
「――こんな時、複座で良かったと思うなあ。悲しみは半分こ、楽しみは二倍ってね」
 おいおい勘弁してくれ、ラスティは叫びたくなった、が適わなかった。
「アホなネタを振っておいてすまんがラスティ、洒落にならなくなってきた――バトルステーション、移行に備えてくれ」
 キートンの声が鋭利なそれになったのには、勿論理由がある。特機、つまりアヴァント・ガーダーとファイナル・ガーダーは、その戦術略上の重要性に基づき、幕僚長機であるライト=ブリンガを始めとしてフォーチュン、エターナル2の各司令部とダイレクトな情報連結が施されている。この瞬間、特機のパイロット並びに両の司令部は、一斉に息を呑んだ筈だ。
「アイ・サァ」
 シンプルに答えておいて、ラスティはその正面に立体映像によるキーパネルを展開させた。サラマンデルのフライト・オフィサとしての本領を発揮する時が、いよいよ来た。

 ライト=ブリンガ、クリストファ・アレンからの簡潔な一文が、メイン・ディスプレイの片隅で明滅している。

『全兵装解除承認間近』

 と。


   ・
   ・
   ・

「ナンバーに問題なし。全て、グリーン」
 薬品の種別、数量が正確に揃っていることを確認し、マキーナ・ローゼンベルクはリストパネルにチェック・マークを書き入れた。当然と言えば当然だが、二時間前にチェックした時と全く変わっていない。各種無針注射器の数、その使用期限にも問題はない。
「ドクター、庫内ストックに問題ありません」
「ありがとう、マキ――さて、これで準備は全部終わってしまったわね」
 フォーチュンの中に設置されている医務室は実に40に及ぶ。軍医は同じ数だけ、そして従軍看護士に関してはその数倍に値する人員が配置されている。これ程までに大規模な医療体制をフォーチュンが敷いている背景には、自衛隊の抱える護衛艦の多くがその艦内に十分な医療スペースを設けられていないことが、まず第一に挙げられる。特に最小のバング級においては看護士が二人、籍を置いていればマシな方で、中には編成が間に合わず、一人だって乗り込んでいないものもあった。それを言ってしまえば、フォーチュンが率いる第二艦隊等は、慌ただし過ぎる人員編成もあって、そもそも戦闘要員でさえ欠乏を来たしている状況であり、これはまさに今回の事態の急変振りを顕著に表す一幕であったのだろう。
「……忙しくならないことを強く希望するわ」
 そう言って、水を一口飲んだのは軍医であるエリーゼ・リン。階級は一尉で、四十代目前の体格のいい女医である。工房ブロックの一角に設けられた第13医務室属のドクターであり、マキーナを含めた三人の看護士のボスでもある。
「ですねえ」
 マキーナはそう答えたが、ほかの二人に至っては顔面蒼白もいいところで、まるでこの医務室の患者として存在しているのではないか、という程だった。デフコンが切り上げられてから、艦内の雰囲気は一変した。少なからず存在していた店舗経営の民間人はそのほとんどが離艦したし、上級指揮官達が常に無く深刻な、或いは悲壮な表情で艦内を駆け回っている光景なんて初めて目の当たりにした。軍艦――厳密に言えば護衛艦ではあろうが――でありながら、どこかのんびりとしているような雰囲気を漂わせていた船がこのフォーチュンであったが、これが正に『平時』であったからこそなのだ、という当たり前のことを再認識させられている、マキーナ・ローゼンベルクのこの数十分である。
「それに、果たしてどれだけ『怪我人』が出るかどうかも極めて疑問だけど……それは言っちゃいけないことだったわね」
「……ですね」
 宇宙空間での戦闘行為がどんなものなのか、熟知している上でのエリーゼの言葉だった。被弾した航宙艦は当たり所によっては主機関や推進剤が誘爆を引き起こして後には何も残らなくなる。この場合、怪我人はまず存在しない筈であり、当人たちの自覚無く、その肉体は蒸発することになるだろう。人間は、あまりにも無力な存在なのだ。つまるところ、エリーゼやマキーナ達は、『運良く、或いは奇跡的に怪我で済んだ』人間達をこの生なる空間領域に少しでも留めるための手段、存在に過ぎない。
「無力だとは考えないようにしなくちゃ。私達には、私達の戦いがある」
 ほとんど、自分に言い聞かせるようにエリーゼは言った。工房ブロックに備えられている彼等の戦場、第13医務室はもっとも医療設備が充実している空間でもあったから、有事の際には一番の火事場となる筈の場所だ。これには幾つかの現実的な事情がある。

<1>
『フォーチュン内でもっとも堅牢、安全な場所であること』

<2>
『空間に余裕があり、多層ドーナツ構造となっているブロックの床面は有事の際、臨時のベッドとすることが可能』

<3>
『艦橋からの物理的距離。高級指揮官の負傷は艦運用に大きく影響する』

 概ね、この三点が理由として挙げられている。が、これには公とされていない幾つかの事情が存在していることは、事情に通じている者からすれば想像に難くない筈だ。

<4>
『幕僚長機である『ライト=ブリンガ』の繋留施設の存在、引いては幕僚長クリストファ・アレン個人の有事に対する備え』

 が、それである。そして、工房ブロックが有している機構、システムに関しても無視できない側面がある。工房ブロックは、有事の際にはフォーチュンから分離を実行することが可能であり、内蔵している複数の出力炉――常温核融合炉であり、ヴィクトリに積載されているそれに準ず――によって、ある程度の生命維持を可能とするものとなっているのである。

 ……と、まあそんなこんなで想定され得る最後の砦としての部署に自分、マキーナ・ローゼンベルクが配属されたのは、果たしてアテナイでの成績が良かったからなのかどうなのか。まさか、ここまで大統領が個人的な糸を引いているとは思えないけれど。あくまでも本人は否定していたが、どうも自分がこの船、フォーチュンに配属された裏にはジャニスのアレンジが介在している気がしてならない。配属先が旗艦であり、誉れの高い『フォーチュン』であることを知った両親は無条件に喜んでくれたが。
「さあさあ、いつまでも顔を蒼白くしてるんじゃないの!」
 マキ以外の二人に向かって、エリーゼはその手を大きく叩いた。のろのろとそんな二人が薬品棚のチェックを開始するのを尻目に、マキは廊下に抜けるドアを開いた。自動だが、手動による開閉も可能な代物となっており、開いた瞬間にブロック基部での整備士達のやり取りが中心の吹き抜けを通じて反響、増幅されて上層のここまで伝わってきた。数十分前、クリストファ・アレンが憲兵隊長を――アテナイではサクラ・サクラコと名乗っていた人だ――伴って駆け足で消えて行った、基部直通のエレベーターの扉がすぐそこにあった。丁度その時、ドアのチェック作業を行っていたマキーナは、必死の形相で走ってくるクリストファと出くわすと言うハプニング、或いはささやかな幸運に見舞われることになったのだ。瞬時にしてこちらの正体を知り、擦り抜け際に目礼を行ったクリストファは、エレベーターの扉が閉じる瞬間、再度こちらに向いてニッと笑った――のだと思う。何か声を掛けようと思ったが、あまりにも咄嗟のことに言葉は出ず、伸ばしかけた右腕が空を軽く泳いだだけ。それでも。

 なんで、あの人はパイロット・スーツを身に着けていたのだろう?

 そんな現実的なことを真っ先に思った自分自身は、大概訓練が行き届いているのではないか、と思ったりもした。

 いずれにせよ、今はやることをやるだけ。現実に目を向けなければならない時。

 戦争が終わったら、沢山沢山沢山の時間があると思う。


   ・
   ・
   ・

『フン――ようやくも、お出ましか』
 呟いたクリス。物体のリーヌ突破時、その独特の発光現象をライト=ブリンガは直接に確認しており、その隣で蒼鷹が機体半分程の距離を置いている。アムロはRLと等しい対宙多弾頭ミサイルの放出をクリストファに進言してきたのだが、当の幕僚長はそれを容れることはなかった。全ての責任をその小さな背中一つで受けるつもりなのは疑いのないことであり、常より『戦争責任は全て自分一身にあり』と、諄(くど)いまでに繰り返し宣誓しているクリストファ・アレン。垣間見えるまでもなく、大いに露出しているそんな彼の殉教的とすら呼べる発言、行動に対して苛立ち――これは或いは『無力感』と言う表現と交換できるもの――を覚えるのは自分、アムロだけでは無い筈だったが。
『――ん?? おおっ!?』
 直接飛び込んできた幕僚長の肉声――ここまで狼狽(うろた)えているその声を聞いたのは初めてだった。慌てて、サブ・ディスプレイに目を落とす。
「なによ、これ」
 自分自身の声が震えていることに気付いたのは、実際のその声を絞り終わってからのことだった。
『幕僚室!! 聞こえるか!! コレはなんだッ!!』
 もはや冷静さを隠そうともしないクリストファのその声。その声のみならず、アムロ・レイコの両腕が小刻みに震え始める。
「なんだってのよ……」

『ちくしょう、一体全体――何が出てくるってンだッ!!!!!!!』

 ライト=ブリンガの全身が硬直。さながら電撃を受けて、その上半身を仰け反らせた状態。言うまでもなく、パイロットがRLの全身を繋ぐ――血管や神経と言っても良い――トラクタ・ビームの出力を上げた結果だ。それも、最大限、マキシマムなものではなかったか。各ビームがその節々で発生させる光が、徐々に強いものとなっていく。天使の羽を彷彿とさせる背面のGRDSユニットが咳き込むように、二度、三度と蒼白い排気炎を噴き出した。テンションの強化を受けてその四肢が戦慄き、脈打つ――まるで一つの生物にしか見えない光景ではあった。狼狽を見せながら、それでも幕僚長は自機を戦闘態勢へと持ち上げていることに、遅蒔きながらもレイコは気付いた。全く、自失している場合ではない!

 慌てて、自機の出力をアイドリングからクルーズへと変更した。

 それまで抑えられていた各計器類の輝度が一斉に変貌し、各機関部の情報が雪崩を打って表示された。オール・グリーン。各種火器も全て、問題なし。『封印』が解除されていない、ただそれだけ。

『キリオ、大統領に緊急連絡! 文面は任せるッ!!』
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする