「たった今、幕僚長名義で連絡がありました。エテルナ航宙自衛隊はこれより、交戦に突入する可能性が極めて高い、とのこと――」
様々な感情を滲ませ、それでも言葉上は淡々と、大統領は述べた。水を打ったような沈黙が会見場を満たしたが、それも最前列の記者の内の一人がハンド・レコーダーを取り落とすまで。
「「「「大統領!!」」」」
SPの壁に阻まれながらも、多くの報道陣が大統領の下へ詰め寄ろうとする中、所々で罵声と怒号が激しく交錯している。
「情報だって限られている――現場にいない私達には祈ることしかできません。勿論、私も含めてです。多くの若者がこれから立ち向かう難局。差し当って、国民の皆さん、どうか私達の代わりとして戦場に立っている人々の為に、お祈りを」
その後輩で控えていた広報室長と、ジャニス・シュバリエの片腕であることを広く知られているメリル・ドュランは互いの目を見合わせた。全く、大した役者で大統領はあること。
「自衛隊が暴走しはしまいかとそれが心配な向きも多いようですが!?」
体格の良いSPの脇の下から顔を出し、懸命な声を上げてくる記者がいる。レイ・モーニング紙であり、現大統領批判の急先鋒で知られる新聞社の、それも『名物』記者であることを大統領は知っている。先日は『誇りある先制降伏』と言う社説をぶち挙げ、失笑を買った挙げ句に多くの購読者を失ってしまったことは記憶に新しい。
「暴走なんてするものですか。素晴らしく優秀で、且つ高潔な『軍隊』ですよ『我々の』は」
敢えて『軍隊』という言葉を使った。記者達の悲鳴絶叫が一際に高くなったが、その中には賛意を示す声も少なくはなかった。一部で、記者同士の小競り合いが始まっている。
「それは後日問題となりますぞッ!! あなたは独裁者以下だ!!」
SPに阻まれながらなお、絶叫するレイ・モーニング記者。遂に――いや、元々長くも、そして強固でもない――ジャニスの堪忍袋の緒が盛大に切れた。
「そんな悠長な『後日』があるんだったら望むところだって言うのッ!!」
全力を以て叩き付けられた左拳。ほとんど形だけ用意されていた原稿台が、大きな音を立てて揺れた。大統領の一喝に、会見場が静まりかえる。
うわああああああ――大統領、『なまちうけい』なんですけどコレ!!
身を乗り出し掛けた広報室長はしかし、その肩をメリル・ドュランに止められた。無言で、そして穏やかな笑顔さえ浮かべている老女史であった。
苛立ち、そしてその根底にある怒気を全く隠そうともしていない大統領の威に呑まれ、咄嗟の言葉を返せない記者に、更にジャニスは畳みかける。
「エテルナ自衛隊に命令する! 艱難辛苦の果てに始祖達が作り上げ、獲得したこの世界、エテルナ共和自由国の領土を、礼儀知らずの蛮族共に1ナノメートルも犯させるな!」
そして、最後に大きく息を吸い込んだ。
「自分、エテルナ共和自由国87代大統領、ジャニス・シュバリエ・ハッシュポピーは、現時刻を以て『国家非常事態宣言』を発令する!」
・
・
・
火事場、土壇場、鉄火場――。
その中で一人、辛うじて冷静を――少なくとも表面的には――保っていたヒムラ・キリオは目まぐるしく変化を遂げていく数列を前に、溜息を一つ。そんな彼のささやかな周囲は、正に怒号と悲鳴、ややもすると絶叫の渦に支配されている。
「質量不明、構成物質不明、重力波反応は極めて大、かぁ」
リーヌの表面の激しい球状変化を除いて、ほとんどが判然としない、抽象的な報告のみが挙げられてくるこの数十秒。
「どうやら『エクスプローラ』の機能は全て停止しているみたいだよう……」
アレーシャが呟いた。
「自損の可能性は……って、聞くだけ無駄か」
この自分の質問が全く無駄なものであることは重々承知。
「破壊された、と考えるべき。ただ、リーヌの中で通常兵器って使えるとは思えないから、物理的な……何というか、アンノン(Unknown=未確認物体)の体当たり的なものの巻き添えを食ったとしか」
「チッ」
舌打ちを行なって、キリオは軍帽を外す。暑くて仕方がない。当然、空調は万全に整えられているはずだが。大統領府に臨時報告を行なって一分弱。そんな大統領はただ文面で一言。
『一任する。幸運を』
やれやれ、信頼してくれているのはありがたいけれどな。
「で、この『ゆで卵モドキ』は一体全体、いつになったら全体が露出するんだ?」
紫煙を含みたい衝動に駆られつつ――当然、艦橋は禁煙だ――キリオはアレーシャにその顔だけを向けた。
「思いますに、リーヌ離脱の間際に逆速を掛けているんじゃないかな、と思う。当然、貴男もそう考えているでしょうけれど?」
貴男の専門分野ですものね、と付け加え、立体ディスプレイに視線を戻したアレーシャだった。これは全くその通り、としかキリオにも言い様がなく、実は『ゆで卵モドキ』の正体を薄々、いや、ほぼ断定しているヒムラ・キリオである。ただ、その確信に近い想像があまりにも信じ難いことと、信じたくないという二点。
『こりゃあ想定し得る最悪の事態の到来、って事でファイナル・アンサーだな』
口には決して出せないそんな思いを胸に、キリオはライト=ブリンガへの直通回線を開いた。
・
・
・
『こちら、エテルナ自衛隊。リーヌ離脱間際の船舶に問う! 貴船の所属と目的を明らかにせよ。貴船はこのままではエテルナの領宙を侵害することとなる。繰り返す、こちらエテルナ自衛隊!!』
ミランダが定型文そのままの警告通信を一般通信回線で行ない続けているが、一切の反応が無い。額を伝う汗が心から不快だったが、拭い取る気にもなれない。駆け付けてくれた両アヴァントのパイロット達と軽口を叩くゆとりすらも。今現在、ライト=ブリンガを挟む形でそれぞれのアヴァント・ガーダーが陣を布(し)いている。左手に真紅の『サラマンデル』、右手には濃い蒼に全身を染め抜いた『蒼鷹』。
「ミラン、次からテンプレB。許可する」
威嚇射撃と言う言葉を含んだテンプレートへの移行をクリストファは指示。こうしてジリジリと待っているより、左腕のレーヴァティンを目標に対してブッ放したい――それが本音ではある。もっとも、今の段階で撃ち込んだところで分厚過ぎる重力波フィールドに阻まれるだろうから、効果は望めないかも分からないが。
『了解です――』
ミランダの精一杯の明るい返事を聞いて、クリスはその視線を該当物に改めて向けた。瞳孔の動きを読んだHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)が稼働し、クリストファの両目に最大望遠効果をもたらした。
「ほとんど停止したまま――か」
ライト=ブリンガと対象を隔てる距離を示す数字と、レーヴァティンの簡易照準が重なっている中でクリスは呟いた。
『厳密に言えば、数メートル単位での前進が見られます』
アテナのサポートだった。常に無く口数が少ない『彼女』だったが、その裏で膨大なデータ処理を行なっている想像は簡単に行える。
「いやらしいこと、この上無いな――」
ただ、黙ってそこに存在する、不明物体。こちらの呼び掛けに応じないことは元より、一切の意思表明すら無い。
『ノーサイド議員より、幕僚長に通信が』
ああ、そう言えば居たねー、そんな人。
「繋げ」
最大望遠を解除して――それでも縮小表示にして視界の片隅にホールドすることは忘れない――クリスはここでバイザーを開けて額を拭った。
『こちらノーサイド。幕僚長、先ほどから黙って聞いていれば君は何をやっているのか!?』
突然飛び込んできた罵声に、クリスは苦笑した。
「小官が何をやっているのかと問われれば、大統領の『勅命』を受けて任務を全く正しく実行しているだけ、としかお答えしようがございませんが、それが何か?」
恐らく、通信向こう側のノーサイドの顔色は凄い事になっているだろう。案の定。
『しかし、それはあくまでも『敵』として認識された対象に限った話だった筈だ! エテルナ憲法第99条――』
法解釈を黙って聞いている程に暇ではなかったクリストファは相手の言葉を遮った。
「エテルナ自衛隊は、該当の未確認物体を『敵』として判断し、以後の行動に移るでしょう。これは、大統領閣下の許可を頂いておりますゆえ」
『承服できん! 民間船であった場合の責任を誰がどう取るというのか!?』
堪え切れず、遂にクリストファは呵呵大笑(かかたいしょう)した。これがまた、この場合は相手からすると大変に気を悪くする笑い方だった。公営TVの討論番組などで、多くの敵と、しかしそれ以上の支持者を作ってきた小柄なクリストファ・アレンの、顔に似合わぬ剛胆な大笑い。
『何が可笑(おか)しい!!』
「ぶっはっは――いや、ナンデスカ。あなた方の脳味噌がどんな色をしているのかな、と思ってしまったものですから。民間船と来たね! これは面白い!」
恐らく、この遣り取りを傍受しているキリオとオペレーターは、その頭を抱えているに相違あるまい。只でさえ『内なる』敵が多いと言うのに。更にクリストファは畳み掛ける。
「長年凍結されていた集団移民が『この規模』で『事前連絡も無く』『このタイミングで』再開されたとでも仰いたいのですね! こりゃたまらん!!」
遂にノーサイドがキレた。
『貴官は自分を侮辱するつもりなのか! 国家公務員侮辱罪で訴えるぞ!!』
「どう受け取られようと結構。あまり時間も無いのでね、命が惜しいのならとっとと逃げてください――」
『まて、まだ話は終わっていない』
「通信終了。あ――」
正に、その時だった。ライト=ブリンガのコックピットを警告音とアラート表示が埋め尽くす。
「何だっ」
クリストファが尋ねるより早く、アテナの簡潔な報告。既に、議員センセイに向けられる関心は全く雲散霧消している。レーダー表示の切り替えをマニュアルで実行し、兵装システムのチェックを実行した。
『UNKNOWNからミサイル! MK78タイプと確認! こちらに向けて飛来中!!』
その数が3、これはレーダー表示の中で確認し、クリスは指令本部を呼び出した。
「キリオ、全封印解除! 以降、エテルナ自衛隊は『UNKNOWN(未確認物体)』を正式に『ENEMY』と認定する!!」
『了解した! 封印解除はこっちでやって良いんだな!?』
「頼む。本機はこれより敵ミサイルの狙撃、排除を実行する」
『うおっしゃ、さあみんなやるぞーーーーーーッ!!』
恐らくは司令部全体に向けた大声だったのだろう、キリオの野太い声を受けながらクリスは右腕のブリューナクを構えた。既にロックされている目標の三発との相対距離が自動的に算出される。全く、アテナ様々と言う物だ。トリガーを引き掛けたクリスはしかし、ここで射線上に割り込んできた物体に唖然とすることになる。
「ちょ――てめ、この馬鹿野郎!!」
クリスの視界に――正確にはライト=ブリンガのそれ――フラフラ、ヨタヨタと割り込んできたのは該当のノーサイド議員の救命艇だった。ミサイルの飛来を彼等なりに悟って、少なからぬパニック症状でも引き起こしているのかもしれない。その定まらない動き、無秩序な噴射を繰り返しながら、なんとライト=ブリンガとの距離を詰めてきている。
『14号救命艇、あなた方はエテルナ自衛隊の作戦行動を阻害しています! 方位を指定しますから、直ちに退避しなさい!』
引っ繰り返ったミランダの声だった。その気配りと判断に心から感謝をしたクリスであったが、それでも救命艇は依然としてふら付き続けている。よもやと思うが、その中で議員とパイロットが揉めているのではあるまいか。その可能性は充分にありそうだ。第一艦隊司令部へ『強引に』乗り込んでいたこの目障りな議員一派を放逐する為、或いは『弾避けにでもなれば』等と許可を下した先刻の判断をクリストファは深刻に呪った。
『いけませんね――許可をいただければシステムへの割り込みを試みますが?』
アテナはあくまでも涼しげだ。その物騒な内容と、穏やかな声色にギャップがあり過ぎる。君はそんなことも出来るのかい――口に仕掛けたが、やめた。クリスが実際に口にしたのは、こうだ。
「やれ。一応、『人道的』にな」
・
・
・
「旗機ライト=ブリンガ、交戦を宣言!! 続き、エテルナ自衛隊はその武装封印の全てが幕僚長命により、解除されました!!」
オペーレーターが上げてくる報告に頷いて、ベアトリイチェ・ノイマンは第一艦隊司令部を兼ねているエターナル2第一艦橋の中で、艦長であるブレンハルトへと目を向けた。立派な髭を蓄えた偉丈夫はその真意を悟り、無言で頷き返してきた。
「さあ、みんなやるわよ! これより、エターナルは甲壱種戦闘配備を発令する。総員、配置に着け!!」
最大級の戦闘配備状態への移行に伴い、ブリッジはけたたましいアラート・チャイムと共にバトル・ステーションへと移行した。床面を含む全域がディスプレイ化され、並走している旗下の護衛艦のあるものはその全形が、またあるものはその光点だけが確認されるようになった。その周囲ところどころで頼りなげな影、光を湛えている存在があるが、これは艦載機ヴィクトリによる、護衛艦に比べればそれはそれは儚く控え目な、自己主張。
「艦載機各自、司令部の命令を待て。それまでは、現隊形を維持――続き、艦内に達する――ヘブンズ・ソードの展開実行準備。一番基、二番基の立ち上げを開始。三番基は保持。また、各種有人砲座は事態の急変に備えい!」
立て続けに放たれるベアトリイチェの命令は艦内の隅々にまで伝達された。オペレーター達があたふたとしながら、それでも任務を遂行している様子を確認することが出来、ベアトリイチェとしては胸を撫で下ろすところ――なんて言っていられるかっての。自分だって、戦闘なんて初めてなんだ!
「副長、第23飛行中隊長から、通信が」
繋いで、と答えておきながらベアトリイチェは栄えあるエターナル2のエース部隊である『プロミネンス』隊長の顔を思い出していた。
『サカイ三佐です。副長、我が部隊に幕僚長機の支援をご命令下さい』
「許可できませんね。司令部の命令を待つようにと私はつい今程、申し上げましたけれど?」
予想はしていたが、相も変わらず真っ直ぐな男だ。それはそれで充分な好意に値はするが。
『しかし、単機での作戦行動はあまりにも無茶です。閣下には支援が必要かと愚考します』
「大丈夫、心配しないで。本当に、並々ならぬ『特別機』だから安心しなさい」
『ライト=ブリンガと言うコードですが……『そんなに』、ですか』
そんなに、の部分に過剰に重きを置きながらのサカイの発言だった。
「ええ、『そんなに』。しかも乗っている人間が人間ですもの。心配ない」
実際、全く心配していないかと言えば嘘にはなるが。
『しかし我々はいつまで待機し続けねばならんのですか』
どうやら、それが隠された本音だったのか。ベアトリイチェは微苦笑。ちらと視線を手元のディスプレイに、そしてその周囲へと散らしてみたが、差し当たって急がねばならないものは見付からない。艦隊指揮はブレンハルトの率いる司令室の仕事でもある。
「申し訳ないけれど、艦載機の運用に関し、私にはほとんど権限が無いの。分かっているわよね?」
『はあ……ただ……』
「言うだけ言って御覧なさい」
『一番槍は無理としても、二番三番は付けたく思います。既に、該当空域には特機を含め、第二艦隊の飛行隊が向かっているようですし』
「特機には特機の役回りが。そして、あなた達にはあなた達の役回りがあります。気持ちは分からないでもないけれど、嫌でも出撃しなくてはならなくなる状況はこれから先、幾らでも待っているはず」
口にして、暗澹(あんたん)たる思いに捕らわれてしまったベアトリイチェであった。本当に、一体全体、人類が未だかつて経験したことの無い恒星間戦争と言うものは、どれぐらいの長期に渡るものとなるのか。
『了解しました。貴重なお時間をお取りして、申し訳ありません副長』
「気にしないでいい。鋭気を養っておいて」
『は』
切れた通信の中、ベアトリイチェはその正面に目を向けた。リーヌの光は充分に肉眼でも確認できる。いよいよ、戦闘が始まるのだ。不思議なことに、もう膝は震えていなかった。
・
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「馬鹿野郎、艇を元の位置に戻さんか!」
ノーサイド議員は、その隣で舵を握っている部下の左手を無理やり引き剥がしながら、そう怒鳴った。奪い合いとなっている舵により、上下左右に遠慮無く、激しく揺れる救命艇の中、後部座席に控えている数名の部下達の顔色は一様に悪い。中にはメット内に嘔吐している者も。
「もう、付き合いきれません! 実際に、だってミサイルが飛んできているじゃないですか! それともあなた、アレはミサイルではないとでも!?」
ほんの数分前までは従順な部下だった筈だが、今となっては全く面影が無いパイロット役の青年だった。血走ったその両眼が、彼自身の動揺を明確に示している。
「その可能性があるだろう! 信号弾、救助を依頼しているものかもしれん!!」
「……もう、本当に付き合いきれねえ!!」
叫んで、青年は議員の剥き出しの顔面に平手打ちを叩き込んだ。ぐしゃ、と何かが潰れる音を立て、鼻血をしとどに垂れ撒いた議員が、この不埒(ふらち)な部下への逆襲に転じようとしたその時。
『総員、慣性負荷に留意せよ』
聞いたことの無い女性の声によるアナウンスが艇内に響いた。互いに握り拳を保持したままの両者が訝しげに正面を向いたそのタイミングで、シート備え付けの耐Gベルトが一斉に力強く引かれた。
「「ぐえぇっ」」
その上半身をシートに文字通りに縛り付けられた全乗組員が一様に悲鳴を上げた。一体何が起こっているのか、判断が付く人間は残念ながらこの場には一人だって存在しない。
・
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・
「大したもんだ――」
逆速を掛け、後ろ向きのままでライト=ブリンガの横を素っ飛んで行った救命艇を一瞥し、クリスはそれだけを呟いた。頼りにはなるが、末恐ろしくもある存在が、彼の相棒である。ロック固定された目標の座標と自機からの距離を今一度確認し、全く躊躇うことなくクリストファはトリガーを引いた。シグナルを受けた重機関砲ブリューナクが火を噴いて、実体弾を連続バーストで発射する。これが実はライト=ブリンガの記念すべき、最初の実戦における発砲であったことにクリスが思い至ったのは再射撃に備えて照準補正を実行する段に至ってからのことだったが。なんとも、呆気のないもの。
「これって核ミサイルの可能性があるかな――ところで射出経緯はまだわからんか?」
『核である可能性は高いかと――経緯については現在、洗い出し中ですが、どうやらリーヌ内からの投射であるかと考えます』
「だろうな」
少なくとも、対象物の重力波フィールドに変化は見られなかった筈だ。
『――初弾、命中します』
それぞれのミサイルに対し、クリストファは三連バーストによる射撃を実行。つまり、発砲数は九発だったということになる。このライト=ブリンガが携行している汎用重機関砲ブリューナクは独自の改良が加えられたスペシャルモデルとなっており、通常のストライク・ヴィクトリに装備されているそれと比較すると、より高度な精密射撃を可能とする代物になっている。この時、クリスが迎撃手段としてミサイル――AMMを選択しなかったのは、偏(ひとえ)にこの機関砲の性能を彼自身が信頼していることの証明に他ならない。
『核分裂反応を検知!』
アラーム音とアテナの叫びはほとんど同時だった。
「あん?? 命中はしていないな? それと三発が三発とも分裂したか?」
広がって行く、禍々しくも強い光源が誕生するのをフィルター掛けされた視界の中で確認しながら、クリス。
『データ・リンク中――全弾、命中前に自爆した模様です』
ロータスからの情報支援が完璧に機能していることに満足。そして、今更核ミサイルを飛ばされたところで慌てる必要も無い。無論、これが地上や衛星軌道上で行われては堪った物ではないけれど。
「よし、何がこれから出てくるか分からない――ミラン、ECM、ECCM発動を許可する。各飛行隊は司令部の指示に従え。アスィーナ隊、並びに両アヴァントは自分に続け!!」
だっしゃあああ、と言うホルストの胴間声が一際に響いた。
「続き、エターナル、敵をちょっと突くことになる――照準座標指示は『我(われ)』に一任」
ちら、と全陣形を示しているレーダーを一瞥。残念ながら、フォーチュンはまだまだ有効射程圏に入ってもいなかった。理想を論じるなれば、バックアップにはフォーチュンに付いて欲しかったが。
『万全を尽くします。クリス、私を信じて!!』
とても返信を返す余裕等は無かったが、クリストファはその口の端を大きく上げることになった。簡潔に、『THX』を示すショートカット・キィを打ち込んだ。実際、クリストファ・アレンはベアトリイチェ・ノイマンに感謝(THX=Thanks)していたのだ。
・
・
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「『ゆきかぜ』並びに『いなづま』、前方に出ます。『さみだれ』、本艦左舷にて併走を維持」
オペレーターの報告を受け、ベアトリイチェは今や全周囲が見渡せるようになった艦橋からそれぞれを見渡した。後方には更に多くの護衛艦が展開してはいるが、アキレス級であり、かつ『和名』を施された事実上の三姉妹であるこの三隻は、エターナル・エターナルの直援艦として名前が知られており、どの艦よりも最初に火を噴くこととなりそうだ。事実、エターナル2は既に両舷の主砲、『ヘヴンズ・ソード』のユニット展開を完了させている。そんなエターナルを旗艦とする第一艦隊が率いる艦艇数は三十四隻。続き、フォーチュンを旗とする第二艦隊の抱える艦艇数は現時点で二十一隻――もっとも、これは流動的に編成されていくことになるだろうから、数は増えていく筈だ。投入されている人員の総数は、両の艦隊を合わせ、実に一万人を超えている。
後に宙域名を由来とする『第一次アッティカ防衛戦』――俗には『アッティカの戦い』――の名前で呼ばれ、人類史上初の恒星間戦争の一幕目とも言える戦闘が、いよいよ始まる。
2650年01月01日
2649年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - VIII
「い、ようっしゃ! 艦載機は全機、発進させい! 後続艦は連携を密に、しかし可能な限りの戦速で着いてこい!」
杖代わりにしていた日本刀、その名も『菊一文字』を強く突き立て、ヒムラ・キリオはその声を張った。艦隊の布陣、及びその連携を参謀達に一任し、艦長席脇に仮設されたシートが今の彼の居場所となっている。
「了解。発進可能な艦載機は全て発進。同時に、各補給部隊の編成、発進を実行せよ」
抽象的なキリオの命令を具体的なものへと修正して、こちらはソフィ・ムラサメ。
「続き、『フォーチュン』、最高戦速を維持!」
「「アイ、メム」」
操舵士であるキムと、臨時の機関士役を買ってくれているリンダの復唱が重なる中、艦橋の様相が一転。『エターナル』に遅れること実時間で二分、遂に『フォーチュン』の艦橋がバトル・ステーションのそれとなった。全周囲が見渡せる、この仕様は自由感覚と等しく、宇宙空間が所有する無機、冷気的なものをこれでもかと乗員の精神野に伸(の)し掛からせてはくれるが、初陣を控え、精神、肉体共に火照っている乗員からすればこれは決して不快なものとは言えない側面があるのもまた、一面の事実ではあった。
「剣士、ヘヴンズ・ソードの射出を準備――一番から三番!」
RDY表記が明滅している自前の端末を一瞥し、ソフィの命令。
「ヤ」
『ソード』を扱う為だけに――いや、これはそれ程に重要な役回りの裏返しであると言えるのだろう――設けられた兵種である『剣士』は、現在のところ『フォーチュン級』にしか存在が無い、非常に特殊なものである。そんな名誉ある剣士一号ことノエル・グリーンは極々シンプルな、それも小声での返答を艦長に対して行なったのだが、これは彼女の指定席が正に、艦長席からでも手が届く程の範囲内に定められていた為。言うまでもなく、これは有事の際に艦長自らがそのトリガーを預かる可能性を考慮してのものであり、更に付け加えれば、艦長が主砲の制御を行なう状態というのは、考え得る最悪の事態とも呼べるけれど。
「副長は後続艦の状況に問題があれば、随時報告をするように」
「は! 現在のところ、報告に値する問題点はありません」
「それは実に素晴らしい、副長」
ここでソフィ・ムラサメは、いよいよその軍帽を正した。帽子側面より零れ出た『烏の濡れ羽色』を耳後ろへと撫で付け、落ち着かせる。深呼吸を一つ、挟み。
「艦長より達する! 『フォーチュン』はこれより甲一種戦闘配置! 慌てることはない、各自、やれることをやればそれで良い! 私からは以上!!」
・
・
・
「なんか、俺っち等って凄い部隊に入っちまったんじゃね?」
主観前方、両脇にアヴァントを併走させて光の翼を引いている隊長機――それも人型の――を目視しながら、アルド一尉は口にした。これは部隊内の、それも隊長を除外した秘匿通信だった。いや、秘匿通信『だった筈』なのだが。
「同感――というか、光栄ついでに戦死率、無茶高そう? みたいな?」
意識してか、或いは無意識か、笑い声まで織り交ぜながらの器用で軽快な165号機、ジェニー・ルイス三尉の応答。しかし。
『……すまないが、聞こえているぞ。ってゆうか筒抜け?』
知りも知ったる幕僚長の――今のこの時にあっては隊長であるが――この発言、突っ込みは、アスィーナ隊のお歴々にあっては大変な驚愕に値した。
「「「「な、なんだってー!?」」」」
アスィーナ隊構成員達の悲鳴と、等しい笑い声。実際、聞かれて困るような内容でも無かったこともある。
『――申し訳ないが自分は幕僚長なんで、基本的に全て傍受出来ちゃうの。うひひ。内緒話は、その存在を一切を許さんのでそのつもりで。ウヒヒ』
「ひ、ひどいっす」
「イヤーン」
「その笑い方は止めて下さいよう」
部下達のそんな反応が、どこか懐かしく感じてしまうクリストファであった。そう、下らないことでもこうして盛り上がっていないと不安なんだ。こればかりは、実際に戦闘機に跨った人間でなくば、理解は出来ないだろうとも思う。
『ウホホホッ――』
もっとイヤー、と言うジェニーの叫びが挟まれるのを確認して、クリスは口調を改めた。
『――と、さておいてアスィーナの諸君は、差し当って細かな敵性体の排除をお願いしたい。或いは、ミサイルの類が雨アラレと来ると思われるんでね――ストライクに乗っている君……ええとホルストも内容は同じ。ブリューナク自体の弾は温存しておいて欲しいとは思うけれど、必要と判断したら使って構わない。つうか、大いに使えよ、って言った方が良いか?』
「ハッキリして欲しいところッスが……了解、自分自身の判断を信じてみたいと思います」
まず、及第点と言える回答だった。
『良い返事だ、ホルスト。俺は君の判断を信じてみる、だから、君が君自身の判断を疑う理由なんて全くないんだからな』
なかなかどうして、肝の据わった男じゃないか。クリスは感心した。
「勿体ない言葉で」
『さて諸君、互いに幸運を』
「「「ウイス」」」
ここでクリスは回線を切り換えた。全く忙しいこと、この上が無いが、こればかりは仕方がない。
「さあて、アヴァント両機、『ミティア』の発射準備。俺の指示タイミングで指定座標へと投入して貰う。まあ、半分以上はアテナとロータスに丸投げなんでな、あまり気張る必要も無いがネ」
『蒼鷹了解』
『サラマンデル了解』
言葉だけでなく、両機から応答シグナルが返されたのを確認した。既に先刻よりホールドされている照準に新たなカーソルが重なっていくが、この座標は自動的にアヴァントにも転送されている筈だ。地味であり、決して目立ちこそはしないものの、ロータスを含めた偵察部隊コブラの存在は正に『縁の下の力持ち』と呼ばれ、賞賛されるべきものだ。
「『エターナル』、照準同調は順調か?」
敢えて切り替えの必要を認めず、そのまま回線同調を実行。
『問題ありません』
ベアトリイチェの音声が濁って聞こえるが、これは電子戦が開始されていることの証明に他ならない。
「結構。これから一撃を始める。RLのチャージシグナル確認と同時に、チャージを開始するように」
目標に未だ、動きが無いことを改めて確認した。楽しみにしていろよ、そのベールを剥ぎ取ってくれるからな。警告を無視し続けていること自体が罪なんだよ?
『『エターナル』、了解』
ここで『エターナル』との通信遮断。
『レーヴァティン単体でも『穴を空けられないかもしれない』相手にさて、どう立ち向かいますか?』
冷やかし気味のキートンの声だった。クリストファが行なおうとしていることを彼なりに悟ってはいるのだろう。
「『アレ』をやってみる。ミランダ、実行後に補給を行なう。サプライ・ユニットの射出を準備しておいて。特盛りを『つゆだく』で、紅ショウガと七味もタップリと――女神様は大食らいなんだ」
ハイ、ヨロコンデー、とミランダが苦笑混じりに答えてくるのとほとんど同時に、悪かったですねえ――と、これはアテナの悪態。
『しっかし『アレ』というと『アレ』ですかい……』
推測が確信に変わったことを知ってか、キートンの声は曇り掛かっていた。
「ああ、『アレ』だ。って、なんだこの怪しい会話は」
ぷっ、と噴き出したのはさて、ラスティだったかミランダだったか、或いはアムロか。
「ええと、なんつったか。『重力波フィールドによる『モンロー・ノイマン効果』増幅現象』とかキリオは言っていたな。長ったらしいから、成功したら『モンロー・ノイマン・ヒムラ効果』って読んでやろうぜ。歴史に名が残って結構なことだな、ン?」
『成功したらって……成功してくれないと洒落にならないわよ、幕僚長……』
アムロは嘆いたが。
「RLが無くなるだけ――なあんてな――失敗しないよ。シミュレーションの通りにやれば良いんだ」
軽口ではあるが、嫌な脂汗が流れ始めていることも事実だった。アテナと、事前のシミュレーション結果を疑っているわけではないが、これより自分、クリストファ・アレンは恐らく絶後の破壊力へとその身を投じることになるのだから。
『つうかノイマン効果とはまた、縁起が良いっす!』
サラマンデルはフライト・オフィサ、ラスティの声。
「ウホッ、そうだな。良かったな、リーチェ! 歴史に名前が残るぞ!!」
『……つうかそのノイマンあたしじゃないし――』
遠いベアトリイチェの声は、どこか家外(やさぐ)れて響いたが。
「わあっはははははははは!」
一頻り声を大いに上げて笑っておいた。アドレナリンが盛大に分泌されている所為か、口の中が苦い。だが、仕事は早く終わらせておきたいものだ。クリストファは、操縦系統をSAMOSのそれへと切り換えた。これよりマシン、ライト=ブリンガは基本的にパイロットの体の動きをそのままトレースする存在となる。クリストファ・アレンの鎧、筋肉へと。
「またとない実験材料がわざわざのお出ましだ。ド派手に行く!!」
左腕とほとんど同化しているレーヴァティンが目標に向けて突き出されるのと同時に、放出展開されたイージスがその胸部前面で固定されたが、これはトラクタ・ビームでRLの右腰部と結合されている。
「さて……」
エテルナ自衛隊が有する、唯一のデウス・エクス・マキナが小さく首を振った。
「再度、そして最終確認な。アスィーナ隊、現状で待機。以降の細かな指示はホルストに一任、良いね」
『アイ、任されましょう』
ホルストの返事に、頷きを一つ。もう、躊躇(ためら)いは無い。
「いくぞ、アテナ!」
『お供します!』
ライト=ブリンガがその全身を震わせた。再設定されたマキシマムモードを受け、間接各部の輝度が一斉に上昇するのと同時に、レーヴァティンの各部が最終展開の段を迎えた。二段式の変形過程を経て、その銃身――と言うより、砲身だ――が伸びる。その全長は、実にRLの機体全長(通常)を優に超えるものとなる。
「順調順調……」
機体前方をそれまで忠実に追随していたミサイル八基の動きが静止し、更にその陣中心部へ、実盾である『イージス』から二発のミサイルが放出されるが、これはライト=ブリンガが装備する戦術核ミサイル、『ミティア』であった。
『Release 〈Laevateinn〉 ----』
歌い上げるような、アテナの宣言。ライト=ブリンガ最強の火器――と言うより、この武器がエテルナ自衛隊が有する中でも最高ランクに位置付けされる程の存在であることは今更、述べるまでもないだろう。展開装備がいよいよ及ぶに至り、クリストファの視界はレーヴァティンの照準『そのもの』へと変異する。トリガー・ロックが二つ、三つ……最終的に六つのロックが掛かることとなったが、これはファイナル・ガーダーこと『ロータス』並びに強行偵察部隊『コブラ』達のバックアップがあればこその堅牢なものであったし、それを含めて、後方の兵站部隊の存在無くして、前線の華が飾られる謂われなんてありはしない。
「Charge」
パイロットの口頭命令を受け、そんな『レーヴァティン』へは左腕を経由し、エネルギーが注ぎ込まれていく。20パーセント……26パーセント。クリストファは元より確認してもいないが、今頃はライト=ブリンガの左腕はいや増しに輝きを強めている筈だ。自らの血液を、最強の剣に与える為の代償か。所有者にもその負担を強いるというのは、正に『魔剣』の名前に相応しい。
『ソード、エネルギー注入を開始しろっ!』
ベアトリイチェの険しい程の声が、右鼓膜をそれでも優しく撫でて来るのと同時に、別表示枠のロックが画面に出現する。『ETRN2』と刻まれた符号は当然、『エターナル』のそれを示す符号であり、今やその照準はライト=ブリンガに、クリストファ・アレンへと丸投げされている。
「ふうううううううっっっ」
思わず、そんな息が漏れ出るのを止められない中、クリストファの親指がトラックボールを素早く、しかし確実に転がして照準を補正。アテナの『御注進』が無いことで、自分が半ばの本能で行なっているこの補正に満足感を覚えつつも、一体全体、これから放つ、そして放たせる、そして更に物理効果を相乗させる――そんな一連のアクションにどれだけの『金』と『労力』が注ぎ込まれているのかを考え掛けたが、これは奥歯を噛み締めることで留めることに成功した。
『『エターナル』のトリガーもそちらにお預けします』
「すまん。ありがとう」
主火器の照準はともかく、その引き金までを与えるというのは船乗りとして屈辱に思うこともあるだろう。自分、クリストファ・アレンはそれは自衛隊の最高責任者ではあるのだが、船乗りのプライドであるとか矜持であるとかは、もっともっと束縛を嫌う風潮が根深くあって然(しか)るべきなんだよな――と、全く埒もないことを考え掛けている内にもチャージは順調に進行している。
「さあて、準備は良いなアヴァント??」
「「「アイアイサァ」」」
「頼もしい妹達に囲まれて幸せだあ! な、アテナ?」
『ハイ、そう思います、マイ・ロード!!』
チャージがほとんど終了するタイミングに合わせ、クリストファは息を吸った。
細く、長く。
「はああああああああああああああああああああッ――」
エターナル、発射準備完了。
ライト=ブリンガ、元より。
「SHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOT!!!!!!」
杖代わりにしていた日本刀、その名も『菊一文字』を強く突き立て、ヒムラ・キリオはその声を張った。艦隊の布陣、及びその連携を参謀達に一任し、艦長席脇に仮設されたシートが今の彼の居場所となっている。
「了解。発進可能な艦載機は全て発進。同時に、各補給部隊の編成、発進を実行せよ」
抽象的なキリオの命令を具体的なものへと修正して、こちらはソフィ・ムラサメ。
「続き、『フォーチュン』、最高戦速を維持!」
「「アイ、メム」」
操舵士であるキムと、臨時の機関士役を買ってくれているリンダの復唱が重なる中、艦橋の様相が一転。『エターナル』に遅れること実時間で二分、遂に『フォーチュン』の艦橋がバトル・ステーションのそれとなった。全周囲が見渡せる、この仕様は自由感覚と等しく、宇宙空間が所有する無機、冷気的なものをこれでもかと乗員の精神野に伸(の)し掛からせてはくれるが、初陣を控え、精神、肉体共に火照っている乗員からすればこれは決して不快なものとは言えない側面があるのもまた、一面の事実ではあった。
「剣士、ヘヴンズ・ソードの射出を準備――一番から三番!」
RDY表記が明滅している自前の端末を一瞥し、ソフィの命令。
「ヤ」
『ソード』を扱う為だけに――いや、これはそれ程に重要な役回りの裏返しであると言えるのだろう――設けられた兵種である『剣士』は、現在のところ『フォーチュン級』にしか存在が無い、非常に特殊なものである。そんな名誉ある剣士一号ことノエル・グリーンは極々シンプルな、それも小声での返答を艦長に対して行なったのだが、これは彼女の指定席が正に、艦長席からでも手が届く程の範囲内に定められていた為。言うまでもなく、これは有事の際に艦長自らがそのトリガーを預かる可能性を考慮してのものであり、更に付け加えれば、艦長が主砲の制御を行なう状態というのは、考え得る最悪の事態とも呼べるけれど。
「副長は後続艦の状況に問題があれば、随時報告をするように」
「は! 現在のところ、報告に値する問題点はありません」
「それは実に素晴らしい、副長」
ここでソフィ・ムラサメは、いよいよその軍帽を正した。帽子側面より零れ出た『烏の濡れ羽色』を耳後ろへと撫で付け、落ち着かせる。深呼吸を一つ、挟み。
「艦長より達する! 『フォーチュン』はこれより甲一種戦闘配置! 慌てることはない、各自、やれることをやればそれで良い! 私からは以上!!」
・
・
・
「なんか、俺っち等って凄い部隊に入っちまったんじゃね?」
主観前方、両脇にアヴァントを併走させて光の翼を引いている隊長機――それも人型の――を目視しながら、アルド一尉は口にした。これは部隊内の、それも隊長を除外した秘匿通信だった。いや、秘匿通信『だった筈』なのだが。
「同感――というか、光栄ついでに戦死率、無茶高そう? みたいな?」
意識してか、或いは無意識か、笑い声まで織り交ぜながらの器用で軽快な165号機、ジェニー・ルイス三尉の応答。しかし。
『……すまないが、聞こえているぞ。ってゆうか筒抜け?』
知りも知ったる幕僚長の――今のこの時にあっては隊長であるが――この発言、突っ込みは、アスィーナ隊のお歴々にあっては大変な驚愕に値した。
「「「「な、なんだってー!?」」」」
アスィーナ隊構成員達の悲鳴と、等しい笑い声。実際、聞かれて困るような内容でも無かったこともある。
『――申し訳ないが自分は幕僚長なんで、基本的に全て傍受出来ちゃうの。うひひ。内緒話は、その存在を一切を許さんのでそのつもりで。ウヒヒ』
「ひ、ひどいっす」
「イヤーン」
「その笑い方は止めて下さいよう」
部下達のそんな反応が、どこか懐かしく感じてしまうクリストファであった。そう、下らないことでもこうして盛り上がっていないと不安なんだ。こればかりは、実際に戦闘機に跨った人間でなくば、理解は出来ないだろうとも思う。
『ウホホホッ――』
もっとイヤー、と言うジェニーの叫びが挟まれるのを確認して、クリスは口調を改めた。
『――と、さておいてアスィーナの諸君は、差し当って細かな敵性体の排除をお願いしたい。或いは、ミサイルの類が雨アラレと来ると思われるんでね――ストライクに乗っている君……ええとホルストも内容は同じ。ブリューナク自体の弾は温存しておいて欲しいとは思うけれど、必要と判断したら使って構わない。つうか、大いに使えよ、って言った方が良いか?』
「ハッキリして欲しいところッスが……了解、自分自身の判断を信じてみたいと思います」
まず、及第点と言える回答だった。
『良い返事だ、ホルスト。俺は君の判断を信じてみる、だから、君が君自身の判断を疑う理由なんて全くないんだからな』
なかなかどうして、肝の据わった男じゃないか。クリスは感心した。
「勿体ない言葉で」
『さて諸君、互いに幸運を』
「「「ウイス」」」
ここでクリスは回線を切り換えた。全く忙しいこと、この上が無いが、こればかりは仕方がない。
「さあて、アヴァント両機、『ミティア』の発射準備。俺の指示タイミングで指定座標へと投入して貰う。まあ、半分以上はアテナとロータスに丸投げなんでな、あまり気張る必要も無いがネ」
『蒼鷹了解』
『サラマンデル了解』
言葉だけでなく、両機から応答シグナルが返されたのを確認した。既に先刻よりホールドされている照準に新たなカーソルが重なっていくが、この座標は自動的にアヴァントにも転送されている筈だ。地味であり、決して目立ちこそはしないものの、ロータスを含めた偵察部隊コブラの存在は正に『縁の下の力持ち』と呼ばれ、賞賛されるべきものだ。
「『エターナル』、照準同調は順調か?」
敢えて切り替えの必要を認めず、そのまま回線同調を実行。
『問題ありません』
ベアトリイチェの音声が濁って聞こえるが、これは電子戦が開始されていることの証明に他ならない。
「結構。これから一撃を始める。RLのチャージシグナル確認と同時に、チャージを開始するように」
目標に未だ、動きが無いことを改めて確認した。楽しみにしていろよ、そのベールを剥ぎ取ってくれるからな。警告を無視し続けていること自体が罪なんだよ?
『『エターナル』、了解』
ここで『エターナル』との通信遮断。
『レーヴァティン単体でも『穴を空けられないかもしれない』相手にさて、どう立ち向かいますか?』
冷やかし気味のキートンの声だった。クリストファが行なおうとしていることを彼なりに悟ってはいるのだろう。
「『アレ』をやってみる。ミランダ、実行後に補給を行なう。サプライ・ユニットの射出を準備しておいて。特盛りを『つゆだく』で、紅ショウガと七味もタップリと――女神様は大食らいなんだ」
ハイ、ヨロコンデー、とミランダが苦笑混じりに答えてくるのとほとんど同時に、悪かったですねえ――と、これはアテナの悪態。
『しっかし『アレ』というと『アレ』ですかい……』
推測が確信に変わったことを知ってか、キートンの声は曇り掛かっていた。
「ああ、『アレ』だ。って、なんだこの怪しい会話は」
ぷっ、と噴き出したのはさて、ラスティだったかミランダだったか、或いはアムロか。
「ええと、なんつったか。『重力波フィールドによる『モンロー・ノイマン効果』増幅現象』とかキリオは言っていたな。長ったらしいから、成功したら『モンロー・ノイマン・ヒムラ効果』って読んでやろうぜ。歴史に名が残って結構なことだな、ン?」
『成功したらって……成功してくれないと洒落にならないわよ、幕僚長……』
アムロは嘆いたが。
「RLが無くなるだけ――なあんてな――失敗しないよ。シミュレーションの通りにやれば良いんだ」
軽口ではあるが、嫌な脂汗が流れ始めていることも事実だった。アテナと、事前のシミュレーション結果を疑っているわけではないが、これより自分、クリストファ・アレンは恐らく絶後の破壊力へとその身を投じることになるのだから。
『つうかノイマン効果とはまた、縁起が良いっす!』
サラマンデルはフライト・オフィサ、ラスティの声。
「ウホッ、そうだな。良かったな、リーチェ! 歴史に名前が残るぞ!!」
『……つうかそのノイマンあたしじゃないし――』
遠いベアトリイチェの声は、どこか家外(やさぐ)れて響いたが。
「わあっはははははははは!」
一頻り声を大いに上げて笑っておいた。アドレナリンが盛大に分泌されている所為か、口の中が苦い。だが、仕事は早く終わらせておきたいものだ。クリストファは、操縦系統をSAMOSのそれへと切り換えた。これよりマシン、ライト=ブリンガは基本的にパイロットの体の動きをそのままトレースする存在となる。クリストファ・アレンの鎧、筋肉へと。
「またとない実験材料がわざわざのお出ましだ。ド派手に行く!!」
左腕とほとんど同化しているレーヴァティンが目標に向けて突き出されるのと同時に、放出展開されたイージスがその胸部前面で固定されたが、これはトラクタ・ビームでRLの右腰部と結合されている。
「さて……」
エテルナ自衛隊が有する、唯一のデウス・エクス・マキナが小さく首を振った。
「再度、そして最終確認な。アスィーナ隊、現状で待機。以降の細かな指示はホルストに一任、良いね」
『アイ、任されましょう』
ホルストの返事に、頷きを一つ。もう、躊躇(ためら)いは無い。
「いくぞ、アテナ!」
『お供します!』
ライト=ブリンガがその全身を震わせた。再設定されたマキシマムモードを受け、間接各部の輝度が一斉に上昇するのと同時に、レーヴァティンの各部が最終展開の段を迎えた。二段式の変形過程を経て、その銃身――と言うより、砲身だ――が伸びる。その全長は、実にRLの機体全長(通常)を優に超えるものとなる。
「順調順調……」
機体前方をそれまで忠実に追随していたミサイル八基の動きが静止し、更にその陣中心部へ、実盾である『イージス』から二発のミサイルが放出されるが、これはライト=ブリンガが装備する戦術核ミサイル、『ミティア』であった。
『Release 〈Laevateinn〉 ----』
歌い上げるような、アテナの宣言。ライト=ブリンガ最強の火器――と言うより、この武器がエテルナ自衛隊が有する中でも最高ランクに位置付けされる程の存在であることは今更、述べるまでもないだろう。展開装備がいよいよ及ぶに至り、クリストファの視界はレーヴァティンの照準『そのもの』へと変異する。トリガー・ロックが二つ、三つ……最終的に六つのロックが掛かることとなったが、これはファイナル・ガーダーこと『ロータス』並びに強行偵察部隊『コブラ』達のバックアップがあればこその堅牢なものであったし、それを含めて、後方の兵站部隊の存在無くして、前線の華が飾られる謂われなんてありはしない。
「Charge」
パイロットの口頭命令を受け、そんな『レーヴァティン』へは左腕を経由し、エネルギーが注ぎ込まれていく。20パーセント……26パーセント。クリストファは元より確認してもいないが、今頃はライト=ブリンガの左腕はいや増しに輝きを強めている筈だ。自らの血液を、最強の剣に与える為の代償か。所有者にもその負担を強いるというのは、正に『魔剣』の名前に相応しい。
『ソード、エネルギー注入を開始しろっ!』
ベアトリイチェの険しい程の声が、右鼓膜をそれでも優しく撫でて来るのと同時に、別表示枠のロックが画面に出現する。『ETRN2』と刻まれた符号は当然、『エターナル』のそれを示す符号であり、今やその照準はライト=ブリンガに、クリストファ・アレンへと丸投げされている。
「ふうううううううっっっ」
思わず、そんな息が漏れ出るのを止められない中、クリストファの親指がトラックボールを素早く、しかし確実に転がして照準を補正。アテナの『御注進』が無いことで、自分が半ばの本能で行なっているこの補正に満足感を覚えつつも、一体全体、これから放つ、そして放たせる、そして更に物理効果を相乗させる――そんな一連のアクションにどれだけの『金』と『労力』が注ぎ込まれているのかを考え掛けたが、これは奥歯を噛み締めることで留めることに成功した。
『『エターナル』のトリガーもそちらにお預けします』
「すまん。ありがとう」
主火器の照準はともかく、その引き金までを与えるというのは船乗りとして屈辱に思うこともあるだろう。自分、クリストファ・アレンはそれは自衛隊の最高責任者ではあるのだが、船乗りのプライドであるとか矜持であるとかは、もっともっと束縛を嫌う風潮が根深くあって然(しか)るべきなんだよな――と、全く埒もないことを考え掛けている内にもチャージは順調に進行している。
「さあて、準備は良いなアヴァント??」
「「「アイアイサァ」」」
「頼もしい妹達に囲まれて幸せだあ! な、アテナ?」
『ハイ、そう思います、マイ・ロード!!』
チャージがほとんど終了するタイミングに合わせ、クリストファは息を吸った。
細く、長く。
「はああああああああああああああああああああッ――」
エターナル、発射準備完了。
ライト=ブリンガ、元より。
「SHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOT!!!!!!」

