「『エターナル』のソード投射を確認! ライト=ブリンガのレーヴァティンが、これに続く模様です!」
オペレーターであるシャリーは、上擦り掛けるその声を辛うじて、平静のそれへと保つことには成功していた。
「始まった……」
呟いたのは、ソフィ・ムラサメ。小さな呟きだったので、その声を拾えたのは、ごく限られた人数であったが。
「大丈夫。『向こう様』も、こちらが先手を取ってくるとは思わんだろうしな。後は、こちらがどれだけの短期で現場へ到達できるか――だが」
この分では問題がなさそうだなー、と最後に続けたキリオの声は、これはわざとらしい程に大きなものだった。その眼前に立体映像で表示されている第一艦隊の布陣と、第二艦隊のそれをあくまでも平然と確認し続けながら、キリオはその額に浮かぶ汗をさりげなく拭った。
しかし、これが作戦とはね。無論、最良と判断した作戦行動を我々は取っているつもりであるが、実のところこれは、最良にして最後の選択だったということになるのか。来襲するであろう敵戦力に比し、戦力差と錬度の双方に『間違いなく』劣るエテルナ自衛隊が取れる作戦行動は、実は創設のその瞬間から限定、半ば確定されていたとも言える。防衛力の増強が――言うまでもなく、これには人員的なものも含まれている――急務であることは当然だったが、これは戦略戦術以前の問題であり、自分達に求められているのはその『不確定要素』を如何に柔軟に、そして効率的に運用するか、の一点にあった筈だ。しかし、数度の幕僚会議を経てみれば、古代の戦略、戦術と何ら変わることのない結論が導かれることとなったのだ。人類の歴史は闘争の歴史であったことを、改めて知らされることになった自分達。
限られた侵入口であるリーヌ、その出口で可能な限りの打撃を与えること。これは、敵に橋頭堡(きょうとうほ)を獲得させないと言う目的とも相容れる。
侵攻する側、これはその補給線の伸展と言う状況を最初から背負うこととなるわけであるから、対するこちら側としてはそのリスクを減じてやる必要など全く、無い。経由地点、そして文字通りの足掛かりとなる敵の橋頭堡はその確保と維持を、これは全力で阻止しなければならない。
逆に、防衛する側、つまり自分達はその地理的条件を十全に活用しない手は無い。クリストファを筆頭とした自衛隊首脳部が、とかく補給部隊と情報部隊の編成に尽力したのも、正にこの点にあった。補給とその物理的防衛に関して、ある程度の能力規模を持つ軍事要塞の建設も検討はされたものの、結果的に現戦力の拡充が優先されたこともあり、これは白紙のまま……で、どうやら未来永劫に建造されることはなさそうだな。
敵さんの動きが、あまりにも早過ぎた。あとは、そんな敵さんが果たして、万全の体勢でこと、ここへと至っているのかどうかで、状況は大きく変わるが。まあ、博打(ばくち)だな。
「閣下……」
横合いから声を掛けられていることに、初めて気付いた。見れば、飲料パック山積みのカートと並んで烹炊士(ほうすいし)としての、第一作業服に純白のエプロンといった組み合わせに身を包んでいるマノア・ルヴァトワの存在があった。
「すまないね、ありがとう」
謝りながら、礼を述べると言う器用なことをしながら、キリオは緑茶詰めのパックを手に取った。ちらと見遣れば、ムラサメ艦長がアップル・ティーのそれを含んでいることが確認できた。半自動のカートを引き連れて、マノアが他の艦橋要員の元へと向かう後ろ姿を眺めながら、キリオは一つ、溜息。これは意識して、小さく。
……若過ぎるエテルナ自衛隊に与えられた、辛辣な試練。
「ちぃっ!」
罪の無い艦橋の床を、やはり無実の軍靴先で蹴り付けた。ソフィを含めた数人が振り返ったが、当の本人はそれには気付かなかった。
試練と言えば、これは聞こえが良いが!
実際の人間からすれば、これは天が、神があまりにも無慈悲であるとしか言い様が無い側面があることも、また否定できないところではあった。
誰も、死んでくれるなよ。
無論、声には出さない。ヒムラ・キリオは、全くと言っても良い程の無神論者ではあったが、この時ばかりは、祈りを捧げる対象が欲しい。切に願った。
◆ ◆ ◆
「ヘヴンズ・ソード、両基出力安定!! 現出力97パーセント――より98パーセントへ上昇!」
まずまず及第点と言って良い出力数値に、ベアトリイチェはその胸を撫で下ろした。艦橋を取り巻く全周囲ディスプレイ、その対閃光フィルタが機能を発揮しているのは、その激し過ぎるソードの雷光を直視出来ていることから、疑う余地は無い。
「投射終了と同時に、直ちに両基のチェックを実行。三番基の立ち上げは、今から開始しろ! 続き、『いなづま』『さみだれ』『ゆきかぜ』には主砲斉射に備えさせるように!」
初の実戦射撃の――それもエテルナ自衛隊初の艦砲によるものだ――感慨に浸る間も無く、ベアトリイチェは鋭く命令した。エターナルの剣士、ハリス二尉が短く復唱。
「『こちら側』は全て、順調だったが……さて、どうなるかしら……」
実際に声に出していたことを知り、エターナル副長は赤面する。体の震えは止ってはいるが、まだその精神は落着を獲得してくれないらしい。
「一番基の冷却を優先しろっ! 三番は発射可能体勢を――いつでも撃てるように!」
敢えて、必要もない命令を放つ。その声は、震えてはいない。大丈夫だ。そして、これからが本番になる――振り返った先に、第一艦隊司令官であり、本来は『エターナル』艦長の座にあるブレンハルトが深く、頷くのが見えた。彼は彼で、その艦隊編成に頭を悩ませている最中なのだろう。第一艦隊司令官職への着任は、今回の敵性体襲来により、確実に前倒しされることとなるのだろうけれど、果たしてその時、自分ベアトリイチェ・ノイマンが『エターナル・エターナル』の艦長となることが出来るのかどうかは、正直、疑問だ。しかし、現実として、事実上の艦長である副長は、息を大きく吸った。
「艦載機群、出番だ! フォーメーションを維持しつつ、該当宙域へと向かえ! ソードの射線に乗るようなヘマだけはしてくれるなよ!!」
ジリジリと気を揉んでいた、各飛行隊へと一斉に流されたベアトリイチェの号であった。
『『『オオオオオオッス!!』』』
大瀑布さながら、割れる程の応答が第一艦橋のスピーカー群を占領する。
「日頃の鍛錬を発揮してみせろ! これより後は『エターナル』、若しくは『フォーチュン』の管制室からの命令に従うように!!」
再度、その後背へと顔を向けた。ブレンハルトが満面の笑顔で頷くのを確認して、ベアトリイチェは大きく息を吸った。
「諸君等に、神の幸運を!!」
涙目であったことに気付いたのは、この直後だ。あくまでもさりげなく、その軍服の――隊服、作業服と本来は呼ばれるべきものであったが、守っている者など誰もいない――袖で払った。
「『プロミネンス』、『メビウス』、『ザルク』、『シュラク』各隊の戦闘機動を確認――」
平静を装った、オペレーターの報告――聞き親しんだ、小隊名。
「死ぬなよ、お前等!!!!」
気付いた時には、直通無線で叫んでいた。
もう、恥ずかしいとは思わなかった。
◆ ◆ ◆
『『エターナル』の投射を確認――出力数値に問題無し、十三秒後の到達』
事務的なアテナの声に、クリストファはただ一つ、頷きを加えた。
「トリガーのタイミングは俺が取る、良いね」
『否やはありません。ロードのご判断を尊重します』
「ありがとよ」
一つ礼を言っている内に、コックピット内の観測機器群が警告を発し始めた。当然、これは高熱源体の接近が、機体本体に危険を及ぼす可能性がある状況を認識してのことだ。
「来たか」
漆黒の宇宙空間をのたうち回るように、しかし激し過ぎる光量とエネルギー量を有している雷光が、それも二筋。これは、もう肉眼で確認が出来ている程に。既に、ライト=ブリンガ左腕のレーヴァティンのチャージは終了している。豪炎を解き放つ、その時を静かに。
「!」
『エターナル』からの援護艦砲射撃がRLの右側面を突き抜けていった、この瞬間。クリストファ・アレンにとってのこの瞬間はしかし、『ゆっくり』と引き延ばされた。永遠とも思われる、そんな無限の涯(はて)に。
「リリース」
呟いたが、自分の耳には聞こえていない。そして等しく、無自覚の内に左拇指のトリガーが押し込まれた。射撃信号を受領したレーヴァティンの管制機器から応答信号が戻り、それとほとんど同時に、ライト=ブリンガの左腕は炎の塊と化した。塊はその存在理由、目的に何ら疑いを抱くことも、そして躊躇も無く、大いにその自らを開放する。
実戦に於ける、ライト=ブリンガ初のレーヴァティン射撃!
ほとんど一点に集約されたエネルギー体が、音無き雄叫びを上げ、無慈悲に漆黒の宇宙空間を引き裂いた。
「くっ」
機体全体へ微妙に掛かり始める反作用。ある程度の姿勢保持はアテナがオートで代行してくれるものの、微妙な操作感の逸失に関しては神経質と言える程の拘(こだわ)りを持っているクリストファは、ほとんど自らの本能と経験則に基づいた機体制御を行なっている。もっとも、これが彼にとって特筆に値する程の労苦へとは至らなかったのは、レーヴァティンはそれ自体が独立したユニットであり、その兵器構造上甚大な反作用を発生させるものでは無かったこと、そして限りなく柔軟な、非金属による関節構成を有するライト=ブリンガそれ自体の特殊な機体構成があったことを、理由として挙げることも出来るだろう。
阻むもの、その一切を許容しない三筋の豪炎が全く等しい速度で対象物へと突き進む。感慨に浸る余裕も無く、クリストファは自機に対して最高加速を命令。未だ、膨大なエネルギーの名残を爆ぜ残すレーヴァティンが収納形態となり、その背面に固定される中、重機関砲ブリューナクは腰部のマウントへとアタッチ。胸部正面に展開されたイージスはその状態をこれは維持し、さて四肢の全てをフリーとしたライト=ブリンガは、背面のGRDSを完全展開へと至らせた。対消滅機関の産み出す膨大なエネルギーと、重力波発生機関が織り成す重力波同士の全力を掛けた共食いが相乗した結果としての残骸、残滓が禍々しくも美しい光の翼を形成する。その数、四枚。
ライト=ブリンガは獲物に襲いかかる飢えた猛禽が如く、対象である『敵性体』へと肉薄する。
その周囲を、全く忠実なミサイル群が取り囲んだ状態で続いたが、ライト=ブリンガ本体の加速には及ばず、その距離が少しずつ空いていく。
『ソード、並びにレーヴァティン――着弾!』
アラーム音と同時だった、アテナの簡潔な報告。しかし、制御しきれない慣性負荷を全身に受け、奥歯を縛っているクリストファは、返答しない、出来ない。ライト=ブリンガの三ツ目、そのものとなっている自らの眼前、強固な敵性体の重力波フィールドに今、正に突き刺さる雷光の図。
『今ッ!』
クリストファはその両足を踏み締めた。宇宙空間そのものへと吸い付くような急停止により、更に尋常ではない負荷が全身を襲う――が、どうってことはない。
『四肢展開開始、各部ジェネレータ異常なし、マキシマム!』
その鼻先、とは言ってもRLと敵性体の間には実距離にしてキロ単位での隔たりはあったが、何しろ両者の大きさが決定的に異なっていたので、この表現は適切だった筈だ。
「やるぞ! アテナッ!!」
イエス、と簡潔に答えるアテナ。来るべきエネルギーの消費に向け、内蔵されている三基の対消滅機関が一斉に雄叫びを上げた。クリストファの視界隅で『MAXIMUM』の文字が明滅し、各間接部を連結しているビームの輝きが一際に強まって行く。
瞬間。本当に、瞬間にして、広げられたライト=ブリンガの四肢が、それぞれの対角線上に一斉に伸ばされた。
『大の字』と喩えるべきか、それとも『Xの字』と喩えるべきか。
いずれにせよ、この瞬間にライト=ブリンガの全長は200メートルを超えている。この際、頭頂高は関係ない。
「ぬううううううううううううううッ!!」
取り立てて、気張る必要など、勿論無いのだが。クリストファは、その自らの四肢、そして等しいライト=ブリンガのそれに己が気力を注いで見せた。キリオなどが知れば、『オーラの力で戦闘力なんぞ上がりゃ苦労は無いぜ』と言うことだろう。苦笑し掛けたものの、キリオという存在が自らを占めるところの大きさを再認識するクリスである。
『全システム、問題なし――出力最大へ!』
戦闘兵器『ライト=ブリンガ』。いや、『重力波発生機関』として。
それが、今の『彼等』の存在理由。
エターナル・エターナルが放った二つの雷撃、そしてそれに準じたライト=ブリンガのレーヴァティン。
純白の女神と形容されることの多い、ライト=ブリンガそれ自身はしかし、悪鬼羅刹さながらの。
凶悪な三つの業火が対象の領域を貪(むさぼ)っている中、奥歯の疼(うず)きが一つ。そんな微妙な疼きに伴って、クリスの意識は一瞬だけ、飛んだ。本当に、一瞬。
・
・
・
「やあ、クリス――久しいなぁ」
一服を点けている自分、それも大尉に対しては明らかに尊大な物言いではある。この自分に対して何処の馬の骨が? 声からすると女らしいが???
「いいね。で、アンタ誰?」
吸い刺しの煙草を灰皿に放り投げながら応じたつもり、だったが。
いきなり殴られた。
「ちったあ、見るトコロもある●●●●(※放送禁止用語)だと思っていたのに、貴様はここで終わる程度の萎びて小さな●●●(※放送禁止用語)だったってことか、これはとんだ無駄足だったなあ――ええ? ●●●●野郎(※以下省略)????」
痛い……口の中も切れてるし、左奥歯にガタが来る程の一発だ。でも、リビングデッド――生ける屍――に対して、罵詈雑言は一体、どれだけの意味があるんだろうなあ。いわんや、物理的暴力をや。
「……おい、あン時の情熱とか熱さとか……ホレ、もっとそう言ったグッジョブ的なモノは今のお前にはまるで無いのか?? 悔しかったら、殴り返せ、クリス!!!!」
ああ、そうか。フローラの姐御なんだな。良くも悪くも、フローラだ。懐かしいな、フローラ。あんたは佳(い)い女だったよ?
「フローラさん――殴り返すつもりはないよ。そして、それに値する人間では、自分は無い」
ガッ。
また、殴られた。
それも、一発目の比ではない。左奥歯に、いよいよ深刻なダメージ。
しかし、それでも。
「おい、とんだ買い被りだったか??? ここまでされて●●●もいきり立たねえってか、このヘナ●●●ヤロー!」
何を分かったような口を……!
・
・
・
後にも先にも、自分に対して深刻な物理的攻撃を行なってきたのは、このフローラ・ザクソンと、ベアトリイチェ・ノイマンぐらいのものだ。全く、なかなかどうして、元気のある女は良いもんだな!
・
・
・
そう、あの時、自分は髪の毛を丁寧に洗っていたんだった。言うまでもなく、フォーチュンは男子風呂、『日の出湯』での話だ。時間が時間でもあり、人っ子一人存在のないそんな男湯を気分良く独占し、当時は長かった髪の毛に数日ぶりのリンスを掛け、そして対して伸びてもいない髭を剃ろうと言う段になり。
「おっつ〜。あひゃひゃっ、一杯決めた後の風呂っていいよね〜〜」
そんな、底抜けに明るい声だった。
「ああ、確かに最高の贅沢だな。ただし、深酒しているのなら長風呂には気を付けろよ」
「えへへっ、そこまで間抜けじゃありません〜〜ですだよっ」
そう。俺は気付いたんだ。
ここは男子風呂。男子風呂だぞ、ここは。
他に幾らでも洗い場は空いているのに、図々しくも隣でシャワーを浴び始めたのは、間違いなく女だった。挙げ句の果てに鼻歌なんぞ口ずさんでいやがる。
ちょっと待ってくれセニョリータ。
確かに、自分も一杯は引っかけた。酩酊したキリオを部屋に残したまま、こうして風呂に入りに来ているワケなのだが……ややもすると、自分が入浴場を勘違いしているのであろうか???
リンス状態の髪の手入れを止めて、俺、クリストファ・アレンはゆっくりとその目を開いた。壁に描かれた富士山のペンキ画を確認。謎の顔文字の数々が含まれた、『青富士』。間違いない、ここは男子風呂なのだ。女子風呂は、『赤富士』の筈。
これはいかん。
何というか、絶対的に非は向こうにあるはずだ。俺は悪くない。だって男が男湯に入っているんだもの。男性だもの。しかし、事実を知った時に、恐らく声からすればベアトリイチェ・ノイマンにまず間違いのない対象は、大変な衝撃を受けるだろう。それはあまりにも気の毒だ。さて、どうしたものか。どうする、クリス。
「ふんふんふん〜ねえ、リンス貸して〜」
「……」
何とは無しに、無言で差し出してしまった。
「ありり! ふうん、良いの使っているのねえ」
そりゃそうだろう。ソフィの私物の一つの筈だ。数少ない、ソフィ・ムラサメの地球からの持ち込み品を拝借しているのだ。
非常事態を打開すべく、その戦略脳をフルに回転させていた自分だったが。
「ねえ、ところでアンタ誰?」
はうあっ。
「ごっつい背中〜」
あまりにも痛々しく気の毒であり、そりゃ半身をずらしていた自分の背中を無遠慮に泡だらけの手で撫でてくるベアトリイチェ(多分確定)。思いの外、グラマーな体型なんですね。トランジスタ・グラマー(死語)ってやつ?? って、俺は何を言っているんだ。
これはいけません。
「ああ、あのな……君、酔っぱらっているのかは分からないけれど、ここ男――」
意を決し、顔を背けたままで言った。いや、言い掛けた。しかし無理でした。ああ、カミサマ。存在していたら絶対に呪う。
「ぎいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああ」
突然、思いっきり突き飛ばされた。何という剛力か。頬の肉が拉(ひしゃ)げる程のG。瞬間的に自分は、腰掛けごと、浴槽まで叩き飛ばされたのだった。爆弾抱えた奥歯が痛えよ、ウワーン!!
「ここは女湯!! 最低、最低、痴漢! 艦長、見損ないましたッッッ!!!!!」
ガーン、と言う擬音が聞こえたのだが、これは実際に自分がその頭部を浴槽淵に強かに打ち付けた為だった。勢い余り、半回転してそのまま浴槽に頭から突入。ガボガボ(俺が一体、何をした)?
ついでに、どうやら副長補佐に自分は『見損なわれかけて』いるらしい。これはいけない。
「ぶほっ、がぼべぇっ、ばなごぶぶへっ(待て、話を聞け、話せば分かる)!」
俺は何時の時代の何処の総理大臣だ等と思いながら言い放ったつもりだったが、鼻から口から混入したお湯に噎(む)せ返りながらだったので、果たして対象に意図が通じているかどうか。答えは、強制的に与えられたのだが。
「さいてえええええええええええええええっ!!! エロ艦長!!!!!!!」
洗面台が飛来してきた。舐めるな、これでも往年の『白の戦慄』――一つ目を華麗にスルー。しかし、続く第二、第三、第四は回避できなかった。と言うか本当にエロと艦長の組み合わせは勘弁して下さい。
ステ、ポテ、チン(効果音)。
――という、最後のささやかな願いを最後に、俺の意識はやはり瞬間的に失われたのだった。
半裸で飛び出したベアトリイチェが果たして、バスタオルを身にまとって外に飛び出るのに十秒程。そして、自らの過ちに気付き、慌てて戻ってくるまでの数十秒の間に、援軍を呼び込んでいて。
果たして、『全裸』で浴槽に浮いていた俺は、よりにもよって女性陣によって救助されることになったのだった。『全裸で』。
・
・
・
『そうだ、護らなければならん』
既に、奥歯の疼きは消えていた。秒コンマ単位での微かなる自失が、逆に自分自身の本質を取り戻す為のものであることを知らせてくれた(思い出したくもないことも無くはないが、これはこれでよし!!)。俺の家、『フォーチュン』、そして言ってしまえばそれを護る為の要塞としての、エテルナ自衛隊!!
「全ミティア、指定座標へ投入せよ!」
クリストファの肉声と同時に、応答シグナルが戻ってきた。両アヴァントからのそれであったが、とても確認している余裕はない。ライト=ブリンガの四肢が強力な重力波を発生させている中、間隙を縫うようにしてその空白の中心部へ次々と飛び込んでいく核弾頭ミサイル、ミティア、そして続く対宙ミサイル。ヘブンズソード級の三連撃を受け、若干の出力低下と揺らぎを見せている対象のフィールド。ライト=ブリンガのカメラ・アイを介したクリストファの瞳は、その変動を確実に捉えている。
『こちらの判断で起爆させます』
「頼むっ」
さすがに、この状態で一つ一つの弾頭起爆の管理までは手が回らない。変動する対象のフィールドと、それをどうにか押さえ込む形で展開されている、自らのフィールド操作を行なうことにほとんど、全精神力を投入しなくてはならないクリストファである。自らの手足に神経を集中させ、理想的なフィールド曲線を維持、修整――理想的と言って良い展開状況だが、核爆発が、それも立て続けに起こってみれば、果たしてどうなることやら。アテナのサポートによる理想矩形は示され、直接その網膜に投写されてはいるものの、その変化が留まるところはない。RLはこれより発生する膨大な核分裂反応に、『蓋』をしなくてはならない。自らの、全身を以て、爆圧を少しでも少しでも少しでも、少しでも一点に集中させる。
事実上、静止しているに等しい目標だからこそ取れる、無茶な作戦だ。
しかし、ライト=ブリンガと、クリストファ・アレン以外の何者にこれを達成できようか。
実のところ、こんな無茶苦茶を事前に想定していた自分達、それ自体が弱さの裏返し以外の何ものでも、これはなかったのだが。
「ぬううん!」
中心点である実盾イージス、そのフィールドを囲む形での、四肢末端によるフィールド強制展開。そして、みるみると減じていく機動可能時間。最大拡張を行ない、かつ重力波をそれも最大に発生させているのだから、当たり前の話だった。
「ウォオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
精神の片隅にへばり付いて止むことのない、脂汗を吹き飛ばす為に必要だった、クリストファ・アレンの絶叫だった。
2648年01月01日
2647年01月01日
第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - X
その時刻、とある場所。
人々の驚愕と狼狽は『劇』の極み、さながらのものとなっていた。
「――馬鹿なッ!! 有り得んッ!!」
「――ですが、事実です!! 何かが、フィールドを強引に浸食……いえ、こじ開けに掛かっているとしか!」
「――ええいっ、一体全体、何が!!」
「――いけません、現出力状況では二十秒以内で一部消失の可能性が!!」
「――当然、人為的に行なわれている、と考える他がないなっ……『フランベルジュ』と『トール』に火を入れろ!」
「――時間が掛かる上に、未だ艤装(ぎそう)が70パーセントで――」
「――皆まで言うな、分かっておる! 砲台にはなる!!」
「――了解!」
「――続き、機動可能な艦載機群の発進準備を急がせろ!」
「――三十機も用意できません! ……無人機ならば!」
「――足りない部分は、それで補え! 少なくとも、百機体勢を取らせろ!!」
「――フィールドの消失と同時に、ありとあらゆる手段での情報収集並びに電子戦を開始させます!」
「――当たり前だ! 虎の子の第三バリアシステム群の起ち上げも行なえ! 可能な限りの短期でフィールドの張り替えをさせる! 全工兵隊は総員呼集の上、緊急待機、最優先!!」
「――総出力が絶対的に足りないので、現宙域へでの座標保持に問題が生じます」
「――止むを得んのだよ! 続き、総員へと発令。『フォート・リー』は、これより第一級の臨戦態勢に入る!」
「――イエス・サー。アラートコンディション、レッド1を発令」
「――続き手透きのオペレーター、後続に打電!」
「――はっ、内容は!?」
「――我、戦闘状態ニ突入セリ。敵勢力ハ不明ナルモ侮リ難シト推測。続キ、データ転送ヲ実行ス。データ受領並ビニ分析ヲ要請ス――以上だ」
「――了解!」
「――『EF(エフ)』はどうなっているか……?」
「――いずれも調整中であります。急がせますか? 無理は承知しておりますが……」
「――出撃を督促しろ! とにかく、我々に出来ることは時間を稼ぐこと、その一点にある。場合に依っては、全エネルギーをフィールド維持へと回すこととなろう」
「――全く、なかなかどうして無理難題ですな」
「――最初から難題だよ、我々に与えられたのはね。まあ、最悪の解が与えられそうな勢いではあるがな」
「――閣下……」
「――全く、まあこの老骨はどうなろうと構わんが……若い連中には無茶をさせることになるな」
「――その様なお気遣い、無用であります。我等、覚悟を持ってここに存在していますれば。全ては、帝國の為に……」
『……これで、クリストファ・アレンの健在がこの目で確認されれば、自分にとっては、いよいよ『最悪』なものとなるが』
老いを隠しきれない白髪と、等しい髭を撫で付けて。
しかし、そんなハインリッヒ・レスターの独り言は第三者の耳に届くことは、なかった。
◆ ◆ ◆
ライト=ブリンガの孤独な戦いは続いていた。アテナの弛まぬ尽力により、核分裂のタイミングと、その座標配置は理想的と呼べるものとはなっていたが、『ヒト』の手による完璧に等しい核分裂と言うものは物理学上、存在し得ない。微妙なバランスの崩れ――良く言えば、『揺らぎ』――はしかし、これ程に今のクリストファやアテナを苦しめる存在はなかった。
「ぬうう――」
殆ど、反射の神経。小刻みに手足、或いはそれぞれの指を動かしながら、クリストファはライト=ブリンガのフィールド面を調整し、核爆発をどうにか制御している。自機の状況が許す限り、押さえ込む形で、少しでも一点へとそのエネルギーが集中されるように。指向性の核ミサイル等という代物があれば理想的だったのかもしれないが、開発は実行されていなかったし、そもそもその未来にそんな火器が存在するのかも甚だ疑問ではある。
『フィールド展開率、良好。右椀部ユニット、出力強化』
「目が回りそうだ」
情け容赦なく強引に投影される情報の波、波、波。自らの心臓の音が、ドラムさながらに聞こえるのはどういうことか。
『今は回さないで下さいね――右脚部固定』
「うん」
なんとも原始的であり、強引な光景と映るかもしれないが、複数回のシミュレーションを経た結果の中、もっとも効果が高かったのが、この方法だった。出力調整と一定の指示を人工知能のアテナが限定の映像情報としてクリストファに付与。クリストファは、これをその判断で制御――自らの肉体を以て押さえ込む――する。そのシミュレーション結果に驚いたのはキリオだけではない。実にクリストファ自信が『ンなアホな』と呟いたものだった。常識的には爆圧の制御維持となれば情報集積体であるコンピュータ群に軍配が上がる――いや、それが必然となる筈だ。コンピュータに関してはほとんど素人でもあるクリストファにしてもこの結果は信じられないものであり、自らの志願による複数回のシミュレーションが実行されたが結果は、同じ。アテナのフル・オートに依るフィールド制御よりも、明らかに数値結果は上なのだった。
・
・
・
『フラクタル(ゆらぎ)要素の存在に関して、やはり我々の『システム』が有意義であることが示されているのかもしれません』
そんな時、珍しくもアテナからそんな感想が漏れたのだったか。珍しい、本当に珍しいその言葉に、クリストファは「面白い。もっと詳しく」と。
『つまり、フラクタルの塊、そのものと言えるあなた方『人類』。そして、自分で言うのも烏滸(おこ)がましくはありますが、高度な情報知性体であり、しかしその根源はデジタルの塊そのものである『私』。この両者の相乗りとしての結果、完成形へと至っている本機は、故に前代未聞の『システム』なのでしょう』
クリストファは、噴き出した。いや、いつになく饒舌(じょうぜつ)な『彼女』がおかしかった訳ではなくて、その理論、言い分に対して全く違和感を覚えない自分に対して、である。軍人が信用するべきは、裏打ちされた確実な、そして現実的なデータや理論であるべきなのだが、そんな自分の器用さ、柔軟性、フレキシビリティの高さは、もしかするとキリオや、その部下達との長くも愉快な共同生活によって醸成されたものなのかもしれない。抽象的な、しかし当人同士にあっては有意義な議論を盛り上げていた奇妙な一人と一体(?)が存在していたその一方で、その『アテナ』に対し、実のところ完全な信頼を置いてはいない代表格の一人であるキリオが、後の場面でそれとなくクリストファ以外の人間によるシミュレーション実験を要請しているが、これはアテナによって即座に却下されている。ちなみに、この時のキリオは実はとんでもない発言を行なっていた。その場にはやはり『一人』と『一体』しか存在が無かったから、他に聞いている人間は居なかったのだが。
「アテナ。一度しか聞かない――俺は質問、それ自体を忘れるつもりだ」
『ご随意に、キリオ』
深呼吸を何回、行なったことだろう。
しかし、彼のデスク上に悠然と――そう見えただけだろうが――構えるアテネコ・ブラックは、決してその先を促そうとはしなかった。
「クリストファは不死身じゃない――奴(やっこ)さんがくたばった時、君はどうするんだ?」
目の前のネコは押し黙ったまま。
「一度しか聞けないんだよ! 誠意を以て、答えてくれ、アテナ!」
『その質問に関する応答権限が今の私にはありません――が』
キリオは唾を飲み込んだ。願わくば、続く答えが自分が予想しているものではありませんように。
『その場合、直ちに新たなパイロットの選定が始まることでしょう。或いは、それは既に完了しているのかもしれませんが』
「ありがとう、アテナ」
『彼女』が限定された中でギリギリの情報、言葉をそれでも懸命に、与えてくれたことが分かる。分かるだけに、キリオとしてはそう口にするしかなかった。
『キリオ? どうしましたか?』
ヒムラ・キリオは泣いていた。もう、その涙を隠す気にもなれない。
「アテナ、覚えておけよ、今日、この時、この場所で、俺が君の目の前で、『みっともなく』泣いていることを」
『……これをどうして、忘れられるはずがありましょうか』
ありがとうよ、キリオは最後に今一度繰り返したのだった。
・
・
・
「なんか言ったかい」
クリストファのその言葉に、我に返ったのかもしれない。アテナは苦笑する。人工知能の自分が苦笑だって? それこそ失笑ものだが。
『いいえ、何も――それより、集中を』
「あいよーって、もうちょっとで『爪』が掛かりそうな……」
事実、クリストファは何らかの手応えを得始めている。全く、手応えとはまた妙な表現だ。あくまでも自分自身の骨格が延長としてのライト=ブリンガ、その両手。事実、アテナの示すグラフィックとその数値にも変調が。
『いけます、このまま!』
減衰効果の激しい部分に、より多くのエネルギーが集うように。その一心、言われるまでもなく。RLが抱える対消滅機関の全てが、クリストファの声無き『号』に応じて、その出力を上げていく。
「いける!」
果たして、針さながらの穴が一つ、空いた。当然、肉眼で確認できるものではない。核分裂の効果が薄れて行く中、レーヴァティンの照準が網膜内に現れた。分かっている、言葉で言われずとも。簡易格納形態から素早く、完全展長状態へ。四肢末端へのエネルギー供給が自動的に絞られ始めたが、これは当然アテナがやってくれている。
『射軸、このままで!』
「ああ!」
言葉は足らずとも、互いの意志疎通は果たせている。伊達に、長らくコンビを組んできた訳ではない。それこそ、実戦は初めてであったけれど。
「ATHENA, I have Control」
『You have』
補給を受けるまで、おそらく最後のレーヴァティン、その一発。エネルギー残量が心許ない。最悪は、速やかなる補給を受けなくてはならないが、となればロータスをある程度、こちらに寄せる必要があり――正直、それは考えたくない未来図だ。この一発で決める。
『フィールド・カット。現在、本機イージスのみの――』
アテナのその言葉と同時に、数百メートルにわたって伸展していた四肢間接が一斉に戻される。
重労働を終えたばかりの左手が、レーヴァティンの銃把を握る。
再結合されたばかりの右肘のジョイントに、イージスが装着される。
照準補正は、ほんの僅か。無意識の内に息を止め、覚悟を固めた。失敗は許されない。
トリガー!
細く、絞られた蒼い光がレーヴァティンの先端から伸びていく。貫通力を『より』重視した射撃であることは言及するまでもないだろう。
核分裂のその名残、爆発力の残滓が尚も敵性体フィールドとの葛藤を続けている中、その均衡を撃ち崩す一筋の光、炎。
永遠と等しい一瞬。
ついに、ライト=ブリンガは、エテルナ自衛隊は、敵性体のフィールドのほんの一部ではあるが、消失させることに成功した。その打撃貫通力を保持していたレーヴァティンの一滴が、敵性体の装甲に突き刺さったが、爆炎の類は一切が発生しなかった。いや、寧ろこれは……煙???
「――何だ???」
フィールドの裂け目から、敵性体の一部が垣間見えた。本当に、一瞬だった。濃い茶色に、暗灰色に。
「……岩石だと?」
変異し続けるそんな裂け目に向け、細められたクリストファの両目に、ライト=ブリンガは速やかに望遠効果を提供。しかし、クリスはその直後に絶句することとなった。
「…………なっ」
しかし、自失している瞬間は、強制的に終わらせられることに。
『ミサイル多数、続き艦載機と思われる動きを確認!』
精神程に、クリスの肉体は戦士の本質を忘れては居なかったらしい。レーヴァティンの収納と、ブリューナクへの装備変換がほとんど自動的に行なわれている。なんと、クリストファはここで初めて、『我』へと帰ることになった。頭脳が、幕僚長としてのそれへと取り戻される。
「第一艦隊からの艦載機群に告げる。諸君等の第一目標は、敵艦載機、続き、ミサイルのそれ! 敵性体本体への接近は控えろ。何が出てくるかわからん! あと、味方艦砲の射線に乗るようなバカをやるんじゃないぞ!」
「『コブラ』! 敵性体のミサイル、艦載機の情報収集を抜かるな。エネミー・コードを参謀組と連携してこれを付与!」
「ロータス、補給パックを射出しろ。現座標に向けて流してくれれば後はこちらで拾う。無理はするな! 大切な機体だ、無事に持ち帰れ!」
「第一艦隊聞こえるか。艦隊の再編成の必要はない。敵性体本体に対する艦砲射撃をパターン45で行え。牽制になれば、今はそれで構わない」
「第二艦隊! 貴様等は、とにかく急げ!!」
「アヴァント! RLの両脇を固めて貰うッ! 来いっ!!」
立て続けの命令。実は、各々から戻ってくる返信なんて、全く耳に入っていなかった。そんな中でブリューナクに火を噴かせ、ミサイル群を恐るべき効率で迎撃しているが、これもやはり半自動的なもの。
「ええい、弾切れ」
イージスの背面から取り出した予備カートリッジ(弾倉)の交換を行なっているクリストファの瞳に、いよいよ果たして『それ』が映された。
「……やれやれ、現役なんだな、やっぱりか」
予測は当然。こうして、現実を目の当たりとすればそれはそれで哀しく、そして酷く虚しい。自分の心のどこかが渇いていく、そんな気分を味わう時が。
画面の中、キャプションは『UNKNWON』表示。いや、今の瞬間、変わった。敵性体を示す赤文字で、『AF-10』。そして、その末尾に『ND』と続けられていたが、これは詳細情報不明を示す符号だ。
それは、太陽系惑星連合宇宙軍は正式採用航宙戦闘機『ワイヴァーン』の姿、であった。
それは、『敵』。
ライト=ブリンガの双眸に光が宿る。
流れるはずもない、涙のように。
人々の驚愕と狼狽は『劇』の極み、さながらのものとなっていた。
「――馬鹿なッ!! 有り得んッ!!」
「――ですが、事実です!! 何かが、フィールドを強引に浸食……いえ、こじ開けに掛かっているとしか!」
「――ええいっ、一体全体、何が!!」
「――いけません、現出力状況では二十秒以内で一部消失の可能性が!!」
「――当然、人為的に行なわれている、と考える他がないなっ……『フランベルジュ』と『トール』に火を入れろ!」
「――時間が掛かる上に、未だ艤装(ぎそう)が70パーセントで――」
「――皆まで言うな、分かっておる! 砲台にはなる!!」
「――了解!」
「――続き、機動可能な艦載機群の発進準備を急がせろ!」
「――三十機も用意できません! ……無人機ならば!」
「――足りない部分は、それで補え! 少なくとも、百機体勢を取らせろ!!」
「――フィールドの消失と同時に、ありとあらゆる手段での情報収集並びに電子戦を開始させます!」
「――当たり前だ! 虎の子の第三バリアシステム群の起ち上げも行なえ! 可能な限りの短期でフィールドの張り替えをさせる! 全工兵隊は総員呼集の上、緊急待機、最優先!!」
「――総出力が絶対的に足りないので、現宙域へでの座標保持に問題が生じます」
「――止むを得んのだよ! 続き、総員へと発令。『フォート・リー』は、これより第一級の臨戦態勢に入る!」
「――イエス・サー。アラートコンディション、レッド1を発令」
「――続き手透きのオペレーター、後続に打電!」
「――はっ、内容は!?」
「――我、戦闘状態ニ突入セリ。敵勢力ハ不明ナルモ侮リ難シト推測。続キ、データ転送ヲ実行ス。データ受領並ビニ分析ヲ要請ス――以上だ」
「――了解!」
「――『EF(エフ)』はどうなっているか……?」
「――いずれも調整中であります。急がせますか? 無理は承知しておりますが……」
「――出撃を督促しろ! とにかく、我々に出来ることは時間を稼ぐこと、その一点にある。場合に依っては、全エネルギーをフィールド維持へと回すこととなろう」
「――全く、なかなかどうして無理難題ですな」
「――最初から難題だよ、我々に与えられたのはね。まあ、最悪の解が与えられそうな勢いではあるがな」
「――閣下……」
「――全く、まあこの老骨はどうなろうと構わんが……若い連中には無茶をさせることになるな」
「――その様なお気遣い、無用であります。我等、覚悟を持ってここに存在していますれば。全ては、帝國の為に……」
『……これで、クリストファ・アレンの健在がこの目で確認されれば、自分にとっては、いよいよ『最悪』なものとなるが』
老いを隠しきれない白髪と、等しい髭を撫で付けて。
しかし、そんなハインリッヒ・レスターの独り言は第三者の耳に届くことは、なかった。
◆ ◆ ◆
ライト=ブリンガの孤独な戦いは続いていた。アテナの弛まぬ尽力により、核分裂のタイミングと、その座標配置は理想的と呼べるものとはなっていたが、『ヒト』の手による完璧に等しい核分裂と言うものは物理学上、存在し得ない。微妙なバランスの崩れ――良く言えば、『揺らぎ』――はしかし、これ程に今のクリストファやアテナを苦しめる存在はなかった。
「ぬうう――」
殆ど、反射の神経。小刻みに手足、或いはそれぞれの指を動かしながら、クリストファはライト=ブリンガのフィールド面を調整し、核爆発をどうにか制御している。自機の状況が許す限り、押さえ込む形で、少しでも一点へとそのエネルギーが集中されるように。指向性の核ミサイル等という代物があれば理想的だったのかもしれないが、開発は実行されていなかったし、そもそもその未来にそんな火器が存在するのかも甚だ疑問ではある。
『フィールド展開率、良好。右椀部ユニット、出力強化』
「目が回りそうだ」
情け容赦なく強引に投影される情報の波、波、波。自らの心臓の音が、ドラムさながらに聞こえるのはどういうことか。
『今は回さないで下さいね――右脚部固定』
「うん」
なんとも原始的であり、強引な光景と映るかもしれないが、複数回のシミュレーションを経た結果の中、もっとも効果が高かったのが、この方法だった。出力調整と一定の指示を人工知能のアテナが限定の映像情報としてクリストファに付与。クリストファは、これをその判断で制御――自らの肉体を以て押さえ込む――する。そのシミュレーション結果に驚いたのはキリオだけではない。実にクリストファ自信が『ンなアホな』と呟いたものだった。常識的には爆圧の制御維持となれば情報集積体であるコンピュータ群に軍配が上がる――いや、それが必然となる筈だ。コンピュータに関してはほとんど素人でもあるクリストファにしてもこの結果は信じられないものであり、自らの志願による複数回のシミュレーションが実行されたが結果は、同じ。アテナのフル・オートに依るフィールド制御よりも、明らかに数値結果は上なのだった。
・
・
・
『フラクタル(ゆらぎ)要素の存在に関して、やはり我々の『システム』が有意義であることが示されているのかもしれません』
そんな時、珍しくもアテナからそんな感想が漏れたのだったか。珍しい、本当に珍しいその言葉に、クリストファは「面白い。もっと詳しく」と。
『つまり、フラクタルの塊、そのものと言えるあなた方『人類』。そして、自分で言うのも烏滸(おこ)がましくはありますが、高度な情報知性体であり、しかしその根源はデジタルの塊そのものである『私』。この両者の相乗りとしての結果、完成形へと至っている本機は、故に前代未聞の『システム』なのでしょう』
クリストファは、噴き出した。いや、いつになく饒舌(じょうぜつ)な『彼女』がおかしかった訳ではなくて、その理論、言い分に対して全く違和感を覚えない自分に対して、である。軍人が信用するべきは、裏打ちされた確実な、そして現実的なデータや理論であるべきなのだが、そんな自分の器用さ、柔軟性、フレキシビリティの高さは、もしかするとキリオや、その部下達との長くも愉快な共同生活によって醸成されたものなのかもしれない。抽象的な、しかし当人同士にあっては有意義な議論を盛り上げていた奇妙な一人と一体(?)が存在していたその一方で、その『アテナ』に対し、実のところ完全な信頼を置いてはいない代表格の一人であるキリオが、後の場面でそれとなくクリストファ以外の人間によるシミュレーション実験を要請しているが、これはアテナによって即座に却下されている。ちなみに、この時のキリオは実はとんでもない発言を行なっていた。その場にはやはり『一人』と『一体』しか存在が無かったから、他に聞いている人間は居なかったのだが。
「アテナ。一度しか聞かない――俺は質問、それ自体を忘れるつもりだ」
『ご随意に、キリオ』
深呼吸を何回、行なったことだろう。
しかし、彼のデスク上に悠然と――そう見えただけだろうが――構えるアテネコ・ブラックは、決してその先を促そうとはしなかった。
「クリストファは不死身じゃない――奴(やっこ)さんがくたばった時、君はどうするんだ?」
目の前のネコは押し黙ったまま。
「一度しか聞けないんだよ! 誠意を以て、答えてくれ、アテナ!」
『その質問に関する応答権限が今の私にはありません――が』
キリオは唾を飲み込んだ。願わくば、続く答えが自分が予想しているものではありませんように。
『その場合、直ちに新たなパイロットの選定が始まることでしょう。或いは、それは既に完了しているのかもしれませんが』
「ありがとう、アテナ」
『彼女』が限定された中でギリギリの情報、言葉をそれでも懸命に、与えてくれたことが分かる。分かるだけに、キリオとしてはそう口にするしかなかった。
『キリオ? どうしましたか?』
ヒムラ・キリオは泣いていた。もう、その涙を隠す気にもなれない。
「アテナ、覚えておけよ、今日、この時、この場所で、俺が君の目の前で、『みっともなく』泣いていることを」
『……これをどうして、忘れられるはずがありましょうか』
ありがとうよ、キリオは最後に今一度繰り返したのだった。
・
・
・
「なんか言ったかい」
クリストファのその言葉に、我に返ったのかもしれない。アテナは苦笑する。人工知能の自分が苦笑だって? それこそ失笑ものだが。
『いいえ、何も――それより、集中を』
「あいよーって、もうちょっとで『爪』が掛かりそうな……」
事実、クリストファは何らかの手応えを得始めている。全く、手応えとはまた妙な表現だ。あくまでも自分自身の骨格が延長としてのライト=ブリンガ、その両手。事実、アテナの示すグラフィックとその数値にも変調が。
『いけます、このまま!』
減衰効果の激しい部分に、より多くのエネルギーが集うように。その一心、言われるまでもなく。RLが抱える対消滅機関の全てが、クリストファの声無き『号』に応じて、その出力を上げていく。
「いける!」
果たして、針さながらの穴が一つ、空いた。当然、肉眼で確認できるものではない。核分裂の効果が薄れて行く中、レーヴァティンの照準が網膜内に現れた。分かっている、言葉で言われずとも。簡易格納形態から素早く、完全展長状態へ。四肢末端へのエネルギー供給が自動的に絞られ始めたが、これは当然アテナがやってくれている。
『射軸、このままで!』
「ああ!」
言葉は足らずとも、互いの意志疎通は果たせている。伊達に、長らくコンビを組んできた訳ではない。それこそ、実戦は初めてであったけれど。
「ATHENA, I have Control」
『You have』
補給を受けるまで、おそらく最後のレーヴァティン、その一発。エネルギー残量が心許ない。最悪は、速やかなる補給を受けなくてはならないが、となればロータスをある程度、こちらに寄せる必要があり――正直、それは考えたくない未来図だ。この一発で決める。
『フィールド・カット。現在、本機イージスのみの――』
アテナのその言葉と同時に、数百メートルにわたって伸展していた四肢間接が一斉に戻される。
重労働を終えたばかりの左手が、レーヴァティンの銃把を握る。
再結合されたばかりの右肘のジョイントに、イージスが装着される。
照準補正は、ほんの僅か。無意識の内に息を止め、覚悟を固めた。失敗は許されない。
トリガー!
細く、絞られた蒼い光がレーヴァティンの先端から伸びていく。貫通力を『より』重視した射撃であることは言及するまでもないだろう。
核分裂のその名残、爆発力の残滓が尚も敵性体フィールドとの葛藤を続けている中、その均衡を撃ち崩す一筋の光、炎。
永遠と等しい一瞬。
ついに、ライト=ブリンガは、エテルナ自衛隊は、敵性体のフィールドのほんの一部ではあるが、消失させることに成功した。その打撃貫通力を保持していたレーヴァティンの一滴が、敵性体の装甲に突き刺さったが、爆炎の類は一切が発生しなかった。いや、寧ろこれは……煙???
「――何だ???」
フィールドの裂け目から、敵性体の一部が垣間見えた。本当に、一瞬だった。濃い茶色に、暗灰色に。
「……岩石だと?」
変異し続けるそんな裂け目に向け、細められたクリストファの両目に、ライト=ブリンガは速やかに望遠効果を提供。しかし、クリスはその直後に絶句することとなった。
「…………なっ」
しかし、自失している瞬間は、強制的に終わらせられることに。
『ミサイル多数、続き艦載機と思われる動きを確認!』
精神程に、クリスの肉体は戦士の本質を忘れては居なかったらしい。レーヴァティンの収納と、ブリューナクへの装備変換がほとんど自動的に行なわれている。なんと、クリストファはここで初めて、『我』へと帰ることになった。頭脳が、幕僚長としてのそれへと取り戻される。
「第一艦隊からの艦載機群に告げる。諸君等の第一目標は、敵艦載機、続き、ミサイルのそれ! 敵性体本体への接近は控えろ。何が出てくるかわからん! あと、味方艦砲の射線に乗るようなバカをやるんじゃないぞ!」
「『コブラ』! 敵性体のミサイル、艦載機の情報収集を抜かるな。エネミー・コードを参謀組と連携してこれを付与!」
「ロータス、補給パックを射出しろ。現座標に向けて流してくれれば後はこちらで拾う。無理はするな! 大切な機体だ、無事に持ち帰れ!」
「第一艦隊聞こえるか。艦隊の再編成の必要はない。敵性体本体に対する艦砲射撃をパターン45で行え。牽制になれば、今はそれで構わない」
「第二艦隊! 貴様等は、とにかく急げ!!」
「アヴァント! RLの両脇を固めて貰うッ! 来いっ!!」
立て続けの命令。実は、各々から戻ってくる返信なんて、全く耳に入っていなかった。そんな中でブリューナクに火を噴かせ、ミサイル群を恐るべき効率で迎撃しているが、これもやはり半自動的なもの。
「ええい、弾切れ」
イージスの背面から取り出した予備カートリッジ(弾倉)の交換を行なっているクリストファの瞳に、いよいよ果たして『それ』が映された。
「……やれやれ、現役なんだな、やっぱりか」
予測は当然。こうして、現実を目の当たりとすればそれはそれで哀しく、そして酷く虚しい。自分の心のどこかが渇いていく、そんな気分を味わう時が。
画面の中、キャプションは『UNKNWON』表示。いや、今の瞬間、変わった。敵性体を示す赤文字で、『AF-10』。そして、その末尾に『ND』と続けられていたが、これは詳細情報不明を示す符号だ。
それは、太陽系惑星連合宇宙軍は正式採用航宙戦闘機『ワイヴァーン』の姿、であった。
それは、『敵』。
ライト=ブリンガの双眸に光が宿る。
流れるはずもない、涙のように。

