2646年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XI


【部外秘】
関連規約:第九条  『情報秘匿の義務』
     第十一条 『上級構成員としての義務・束縛』

認証:該当権限は別途に詳細




 ――碌(ろく)でもない未来しか遺せず、すまないと思う。

 ――頑張ってみたけれど、それは頑張ってみたけれど。

 ――みんな、ごめん

 ――僕は、もう歩けない

 ――後は、頼みます

 ――最期に、もう一度。ごめん。でも、みんな、ありがとう

 ――みんなに、会えて、良かった

 ――また、どこかで会えると良いな




  光機【RLight=Bringer】のサルベージ作業中に発見された音声メモ(非公式)より


(※要注意)
  該当のデータ閲覧、並びに再生権限は『学園卒業生』のみ。
  口外もこれは一切、禁止とする。



   ◆ ◆ ◆


「ったく、ンなバカ姉は捨て置けよッ! とにかく俺は出ねえかんな!」
「ユキト、それは自分が『フォーチュン』総代と知っての発言なのかね」
「くっ……だがよう、兄貴っ」
「命令だ。君の『NOIR』には出て貰う。ここでティナと『エンフォーサ』に傷を負わせる訳にはいかん――何が何でも、出て貰うぞ。最悪の場合は機体だけでも該当座標に投下する――『アレス』とて納得してくれよう」
「しかしっ」
「しかし――なんだ。君の言う『カーチャン』が『出る』としてもお前の意志は変わらないのか? 君の駄々に付き合っている暇はないんだが」
「かかかかかかあちゃんって何だ!? 出るって何だ!?」
「『母様』ではなく、『カーチャン』だね、君にとっての。無論、僕からしても『彼女』という存在は重要だ。戦術略面だけでなく、感情面でも、と言うことだが」
「ッなんだとうっ!!」
「さあどうする、『ユキト・L・A・ムラサメ』?? せめて、やるのかやらないのかだけ、それはハッキリして貰わないと困るんだが?」
「ざっけんな、カーチャンを駆り出すなんて真似は止めてくれよッ!!」
「どうかな。実は、君が先から拒否発言を立て続けたところで、話は半ば決まっていたんだ」
「なんだと」
「ああ、馬鹿で『脳足りん』の君の為、ハッキリと、懇切丁寧に言ってやろうか。ミランダ・ルヴァトワ・アレンから覚醒信号を受領したと、私、マエダ・マコトはこう言っているんだよ!」
「ふっざけんんなあああああああああああああ!!」
「僕は冷静だよ。少なくとも君よりはね。『フェイク』との同調も始まっていることだし、彼女は『ダブル』――ああ『影(Double)』改め『紅蓮(ぐれん)』だったか――で出ることになるだろう。今となっては型落ちの感は否めないが、彼女は君が求めて止まなかった『王者の剣』の認証を得ている。何かとやれることだろう――何しろ、『レーヴァティン改』を担(かつ)げるのだからね」
「馬鹿なっ、『桜吹雪』は俺の――」
「自分にとっては懐かしい機体であり、感涙を禁じ得ないところだがな。しかし覚醒早々、なかなかどうして、やる気満々だよ彼女は。それはもう、君とは全く対照的な程に」
「てめえ、マックス!!」
「その発言はいよいよ、個人的なペナルティに値するな、ユキト。宜しい。『彼女』が出る以上、確かに君の存在と言う必要はないかもしれない。いや、ぶっちゃけ無い。宜しい、気が済むまでベッドで眠っていたまえ。これ以上は、時間と労力の無駄なんでね。はい、さようならユキト。良い夢を」
「……おかあちゃん…………」






   ◆ ◆ ◆



「参謀組! 確定情報はまだか!?」
『……調査中であります。が、太陽系惑星連合軍は宇宙要塞『フォート・リー』である可能性が高いかと。蓋然性、70パーセント』
 クリストファ、その頭を強く振る。
「どうやって、ンなモンをこんなところにまで持ってこられるってんだ!?」
 敵艦載機群、AF-10ことワイヴァーンが大隊規模で向かってくる中、クリストファは自らの混乱を自覚した。
『落ち着かんかい、ボケ! フィールド展開技術の応用による超巨大規模のネビュラ・ドライブの可能性が無いわけではない、と常日頃に言っていたろうが、このアンポンタン!』
 統合幕僚長にこんな物言いを行える人間はただ一人。説明する必要も無い。
「ボケだのアンポンタンはねーだろうが、このハゲ!」
 ブリューナク残弾状況四割強。リロードを実行するべきか、微妙に悩む数だ。が、実際にはリロードを行ない掛けたその手は、寸でのところで止められることになる。広域レーダーが示す、味方艦載機群の接近状況が、好ましいものだったからだ。
『てっめ……人が、気にし始めていることを!』
 口調とは裏腹に、マイクを通して操作端末を激しく操作しているらしい、その音がこちらにも伝わってくる。キリオはキリオで、混乱を極めているのだろう。
「るっせんだハゲ! とっとと確定事象を伝えてくれればそれで良いんだよッ!」

『あ、あのー……ロード、あまりにも無意味な遣り取りは、何というかそのう……』
 呆れを隠しきれない、アテナの声だったけれど。

『二度もハゲって言った!? オヤジにもハゲって言われたこと無いのに!?』
 半ば笑いながらのその声。同時に、その背後の操作音が消えた。
「ああ、言ったさ! 言われずに一人前になったヤツが……って、どうなったキリオ!」
 先読みだった。
『わははははは! いやあ、参ったねえ!! 凄い技術力!! オメガ驚いたよ!』
 実は、キリオのこの声は全く笑っていない。
「……ってことは……マジ……」
『マジマジ。えーと……微妙な映像から解析された唯一の文字列の意味は不明だが……『GIAS』ってのはほぼ確定ー。なんなんだろうね、これ。ギアス? ガイアス??』
 何かの略称なんじゃねえの、とリンダ・フュッセルと思しき人間の声が最後に重なった。
「要塞ともなれば、この質量規模も納得が行くな!?」
『アイ・サア。その通りだ』
 クリストファは、唾を飲み込んだ。胃の当たりが、かあと熱くなってくるのを感じる。覚悟を決める時かな。

「全員、聞け。今から、問答無用で『こいつ』を全力でブッ潰す! 第一艦隊の負担も増えるんでな、そのバックアップを頼む。それと、過酷な命令だとは思うけれど、少しでも急いで欲しい」

『……ああ、やれるだけのことはやってる。それよりお前こそ、無理すんなよな』
 既に、キリオの声に浮ついたものは全く含まれていない。
「オーケー、キリオ。シャンパンを冷やしておいてくれよ。キル・マークを増やして帰るからな!」
『おう。楽しみにしてる。取って置きの一本があるからよ』
「アイヨ」




   ◆ ◆ ◆


『なにか、くる……』
「……何が来るの? 分かるの?」
『こわい……たぶん、つよい。かたい。いたい……いたいの、もういや……こわいのもいや……』
「大丈夫、静(しずか)。貴女は強い子よ。私も着いているし、大丈夫だから、ね?」
『でも……こわいよ……』
「お願い、貴女の力が必要なの……どうか、目を覚まして……」
『……わたしがでれば、おねえちゃんも、みんなもたすかるの? うれしいの?』
「私だけでなく、私の大切な人達が沢山沢山、助かると思うんだけど……、無理は言わないわ」
『……やる。こわいの、やだけど、やるよ。みんなをまもるよ』
「……ごめ……ありがとう――静」



   ◆ ◆ ◆




『閣下ぁ! お待たせしましたッ! 『ユニコーン』並びに『アスィーナ』、そして先着した『プロミネンス』、合流完了! 大隊として戦闘に参加します!』
 実盾であるイージスを物理的に最大展開させ、その影に身を隠しているライト=ブリンガに着信。良いタイミングだ。
「サカイ三佐、君が大隊長だな?」
『その通りであります! お名前まで覚えて頂き、光栄の極み』
「フローラ……ザクソン上級一佐に土を『付け掛けた』ヤツのことを忘れられるかって」
 撃墜判定が出ることのなかった両者の模擬戦闘を思い出しながら、クリス。撃墜されなかったこと、それ自体が周囲には驚きだったのだ。
『次は負けませんよ。いずれ、閣下とも!』
「その意気だ、サカイ。大切なヴィクトリと、そして更に大切なパイロット達を貴様に預ける。心して掛かれ!」
 自機後方から迫ってくるヴィクトリと、その亜種であるストライク・ヴィクトリの群れ。大隊規模の編成を行なったこの時の参謀組の発想を、幕僚長は間接的に容認した。
『アイサア! これより我が大隊は『ランス』と呼称。『カレント・ボギー』との交戦に突入します』
「許可する。ランス大隊、幸運を――ついでに、アスィーナ隊各員、働きに期待する!」
 AF-10、ワイヴァーンが相手であれば、まず致命的な問題は無い筈だ。自分達、ライト=ブリンガはその自分達にしか出来ないことを。当然、余裕があれば手助けは行なうつもりだが。
『マイ・ロード、アート並びに表記各種はどう致しますか』
 タイミングを図っていたのか、アテナの声。
「今のままで良いだろう。せいぜい、ハッタリに使わせて貰う――」
 人に喩えれば左頬に刻まれた鳳凰と、そしてパイロットの官姓名。機体各所に58と言う数字、一際に目立つのはそのイージスに刻まれた58だが。
『ロータスからのパック接近。プロペラントの交換を実行します』
「任せた」
 ここで、広域レーダーを一瞥。二機のアヴァントはほとんど、自らの輝点と重なっている。合流も時間の問題だろう。微かな衝撃音と微震動が二回。背面から筒状のプロペラント――早い話が水筒だ――が後方に射出されるのが確認された。
『プロペラント交換。使用済みはロータスの指示座標へ』
「許可」
 各所に仕込まれたノズルを微かに噴射させながら、ロータスからの『差し入れ』がアタッチメントに結合した。先のそれとは比較にならない震動に背中を打たれ、一瞬息が詰まったクリストファ。フュエルゲージ(燃料計)が一気に回復。
『お待たせです! 蒼鷹、推参!』
『義によって助太刀に。当方、サラマンデル』
 計った様なタイミングで、両機が到着する。左後方に深紅のサラマンデル、そして右舷側に蒼鷹を示すノーズ・アートが、ライト=ブリンガとの相対速度を完全に合わせてきた。
「オーケー、君達には僕の脇を固めて貰う。RLより前には出るな、ついでにエギゾースト・フレア(排気炎)に注意してくれ。場合に依っては、相当に広がると思われるんでね」
『『『了解』』』
「これより我々は敵要塞本体を邀撃(ようげき)する。かなり危険な任務になると思うから、覚悟を付けておいてくれ」
 各種計器類を再確認。手持ちのミサイルはほとんどが無くなってしまったが、軽くなるのは結構なことだ。レーヴァティンとブリューナクだけでやれる筈。機体状況に、一切の異常無し。
『なーにを今更仰いますやら!』
『元より!』
『……やってみせます!』
 一人一人の声に頷きを加えながら、クリストファは今一度、通信を行なった。宛、『フォーチュン』。
「――艦隊運用に関してはキリオ、ブレンハルトの総合判断で行なって貰います。すまない」
 ほんの少しのラグの後、簡潔な声が帰ってくる。
『心得た』
 もはや、何を言っても無駄と達観しているのか、或いは多忙極まりないのか。恐らくはその双方だろうが。クリスはRLの実速度をゆっくりと上げ始めた。背面に対となって備えられているGRDSユニットがその燐光を静かに零し始める。両のアヴァントのベクター・ノズルが全く同時に絞られた。
「いざっ!」
『『『オスッ!!』』』


   ◆ ◆ ◆

「総司令官閣下、交戦突入間近の『ケンティフォリア隊』から、些か気になる情報が」
 ハインリヒ・レスター少将は、つい先刻、メディック(衛生兵)から差し出された栄養ドリンクを片手に一つ、唸った。
「貴官がそう言うからには、重要な情報なのだろうな」
 そんなことを口にしたが、実はハインリッヒはこの首席副官、エドワード・マチス少佐のことを完全に信用はしていない。時に『副官』と言う本来の肩書きよりも、『監視役』、良く言っても『目付役』として映る言動や行動の数々に対して、どうして好意的であれよう。
「通常の形態とは明らかに異なった機体を目視で確認した、と」
「ほう――しかしまた、随分と抽象的な情報だな」
 苛立ちを隠しきれない声になってしまったのか、マチス少佐の表情が翳りを見せた。
「一応、望遠での映像は転送されておりますが。各レーダーに依る走査は、敵側のジャミングにより、ほとんど行えなかったと。当要塞は今は防御面に重点を置いておりますれば」
 司令官卓上に投影されたグラフィックをレスターは一瞥。これは、何だ?
「……確かに、異様だな」
 輪郭はまるで、掴めない。超望遠のそれを無理矢理に引き延ばしたのだから、これは当然のことであったが。確実なのはしかし、その背景に点在している天体物、恒星の朧な光と比較しての、圧倒的な輝度。
「そもそも、これが戦闘兵器なのか、否か……これだけ光源がハッキリしていると言うのは――」
「――見付けてくれ、と言わんばかりだな」
「はい、正にその通りで。だからこそ、我が艦載機群が認識出来たとも」
 珍しくも調子の低い副官を見て、レスターは軽い共感を覚えた。気の利いた言葉でも一つ、投げ掛けてやろうかと思ったその時だった。違和感、そしてレスターにとって、『嫌悪感』の具現と言っても差し障りない存在が司令室に乱入してきたのは。
「あっはっはっは!! 困りますよ、マチス少佐! 僕をナイガシロに、仲間外れにするのは穏やかじゃないなあ!! あはははっ!!」
 ハインリッヒ・レスターの表情が瞬時に硬化するのに気付かない程に、首席副官は愚鈍ではなかった。
「あ、これは博士――純粋に、不確定情報であった為であって」
 ぶん、とその乱入者は取り出したハンカチで乱暴に鼻を噛んだ。ハインリッヒに取り、この辺も面白くない。太陽系惑星連合宇宙軍がかつて『有した』宇宙要塞の一つ、『フォート・リー』の司令室は当然、完全な1G(重力)が保たれてはいるから、鼻水の類が周囲に飛散することはなかったが、宇宙軍に身を預けて以来の性癖がそうさせるのか、ともかくそんな行動は不快極まりなかった。
「困りますねえ、自分は『皇帝陛下』から最大限の権利を戴いて、ここにいるのですよ。まあ戦闘に関してはね、門外漢なもんでして、そちらに対する遠慮もありましょうが、こと敵性体のそれとなるとねえ」
 ケタケタと笑い、乱入者は懐から片眼鏡を装着して見せた。年相応の貫禄は全く無く、お調子者然としたこの人物はしかし、こうすることで世の中を渡ってきたのかもしれない。処世術と言うことか。
「いや、ベネット博士、そのご慧眼を賜わりたいと思っていたところだ」
 全くの嘘でも無かったので、何ら含めるものも無く、ハインリッヒ。
「お世辞でも嬉しく思います、少将閣下。で、肝心の情報へのアクセス権を頂きたいのですが?」
 左手首のブレスレットに触れ、立体映像を展開させながらベネットと呼ばれた博士。司令官は黙って頷くことで、副官であるマチス少佐にその意志を伝える。
「これに」
 マチスとしても、この博士は正直、話をしていて楽しい人間ではなかったから、自ずとその言葉数も少なくなる。
「ほうほう…………って……」
 ベネットの表情が一転した。見たことのない、ただの一度も見たことのない、驚愕、いや動揺の見える顔だった。
「博士?」
 司令官の代わりに、マチスが口を開いた。
「……非常に深刻な問題です。これはいけない……喪われた『ロスト・ナンバー』の可能性が」
 震えている声、そしてその体も震えているのか、彼自身の眼前で展開されていた立体映像が補正範囲を超えて大きく、ぶれ動いた。
「ロスト・ナンバーとは?」
 また妙に剣呑な響きですな、と付け加え、ハインリッヒ。
「ヴィンテル・モジュール…………いや、説明は後で、司令官閣下。私が危惧している存在そのものが『これ』だとしたら大変なことに。ええと、今、この機体はどういった状況に?」
 その顔面中で汗をかきながら、ベネットはやはり投影されているキーウィンドウを操作し続けている。こうしていると、全くどうして普通の人間にしか見えない。司令官も、そしてその首席秘書官も、彼に対して失礼な感想を実は共有していた。
「――こちらのバリアに一時的な穴を開けた根源だと推察されます。ただ、情報が統括されておりません。推量でしか。発見、それ自体も実に偶発的なもので――」
 マチスの言葉は、実に力強く遮られた。
「駄目だ、いけない! 『こいつ』とまともに対峙しては!!」
 いよいよ気が触れたのか、と考え掛けた自分自身をハインリッヒは恥じた。アルベルト・ベネット――太陽系最高の頭脳と呼ばれる彼の本質を初めて知ることになったからだ。
「ですが、こちらにも――」
 首席副官の発言は、やはり遮られた。
「こちらが抱えているのが不安定な『EF(エフ)』数機で何がやれるってんです!?」
 ここで、ハインリッヒは意識して溜息を置いた。
「常に無いな、落ち着きたまえ博士――まずは、その言い方からすると、EFならば立ち向かいようがあるように聞こえるんだが――」
「言葉の綾ですッ! この『ロスト・ナンバー』が自分が危惧している存在であり、かつ実運用がなされているとなれば、これは非常に深刻な――」
 しかし、今度は別の意味で、必死なベネットの言葉は止められた。

 物理的な、激しい震動が司令室を揺らす。

「うわあああああああああああああああっ」

 司令室詰めの人間のほとんどが、等しく悲鳴を上げた。無言で立ち続けていたのは、ハインリッヒ・レスターその人のみ。しかし、堅牢な筈の『フォート・リー』の重力システムが制御しきれない程の負荷とは一体?
「何事かっ」
 あくまでも、冷静なハインリッヒ。しかしこれは宇宙軍で積み重ねられてきた自らの履歴がそうさせたのだろうとは思う。
「当フィールドに、再度の飽和攻撃! 臨時出力のそれにより、今度は保ちません!」
 混乱、極まれりか。
「艦砲射撃ではないのだな!?」
「状況は不明――フィールドの部分解除を行なってみないことには」
 悲鳴がそこかしこで上がり続ける中、このオペレーターは実に落ち着いていた。
「解除は論外だ、保たせろ!」
 無駄を承知の、決まり文句。
「無理です」
 断言された。投影されたフィールド展開状況を実際に自分の目で確認したレスターの精神に絶望的な闇が陰る。勿論、外見的には全く露出などしていなかったが。
「ああ……いけない、自分の推測によるとあれは――」
 狼狽を隠すゆとりはもはや、無かった。ベネットは、本当に必死だったのだ。しかし、続けられた別のオペレータからの報告は、更に彼を驚かせることになった。良い意味で。
「『ヨシツネ』より出撃許可が! 承認しますかっ!?」
「な、なんですとおおおおおっ!?」
 ベネットの引っ繰り返ったそんな声に対し、
「何だと! 出られるのか!?」
 純粋に『兵器』としての実用性に重点を置いていたレスターの言葉がこれだった。
「馬鹿なっ、よりによって『シズカ』なのですか!?」
 シズカ、と言う言葉が意味するところで女性オペレーターは数秒だけ、逡巡した。
「はい、間違いありません。ロードス少佐からの報告でもあります」
「そういうことか……『テイマー』が『彼女』でしたか……」
 レスターは、何時に無いそんなベネットの態度を訝(いぶか)しむ。裏の、本國(ほんごく)の事情は分からない。そもそも、本國が、何をやろうとしているのかすら。
「面白い……『ジャンヌ』でも無く、『ギュネビア』でも無く……依りにも依って『シズカ』とは!」
 発言、それ自体を半ばの独り言としたそのベネットに、現実的なハインリッヒはあくまでも、現実的に。
「で、承認できるのかね、ドクター?」
「ええ、それはもう――そこの君、回線をエミリナちゃんに繋いでくれるかな?」
 くくくっ、と笑うベネット。ある意味で、彼の本来の調子に戻ってきているのだろう。こちらに視線を飛ばしてきた女性オペレータに頷くことで許可を下すハインリッヒ。
「繋ぎます――どうぞ」
 司令官としては、これ以降に下す命令は確定していた。ので、ハインリッヒ・レスターは副官に対し、短く『総員、対機並びに対艦戦用意』と。
「エミリナちゃん、どうやって『静』を納得させたのか、あとでじっくり聞かせてね」
 嫌でも入ってくるベネットの浮ついた声。ある意味では、彼の本調子なのだろう。そして、その声に頼らなくてはならない身の上。自分一人であれば話は別だったが、何しろ自分の双肩にどれだけの人間の命と未来が掛かっているのか。
『イエス、サー。本機は『全て順調』。ノイズも許容範囲内――『ヨシツネ』はやれます』
「頼もしいな、うふっ。オーケイ、無理はしないで。出来れば、謎の敵性体の捕獲を要求したいけれどお――」
 ここでベネットが振り返ってきた。意味が取れず、ハインリッヒは実際にその太い首を傾けた。
「――情報収集と、要塞の防衛が先だね。それを優先すべきだ」
 異論があるのなら言ってみろ、さながら油性の太マジックで顔に書かれた程の、不器用な、しかしある意味では譲歩したベネットの発言に、ハインリッヒは頷きを返す。未知数だった戦力が確定のそれとなれば、話は大きく変わってくる。
『了解しました。やれるだけ、やってみましょう』
 映像が無ければ、エミリナ・ロードスの顔色も分からない。声色でしかない。もっとも、実映像が届けられたところで、そのバイザー越しに顔が見えるもクソも無いのだが。
「改めて強調するよ。『無理はしないでね』そして、めでたいね。何しろ、『Eschatoce=Frame(エスカトス・フレーム)』初めての実戦だ! 歴史に名前が残るよ、エミリナちゃんも、そして静も! うくくっ」
『……司令官閣下、出撃の許可を改めて賜わりたいところです』
 全く、ノリの悪い『テイマー』の言葉に一瞬、鼻白んだベネットはしかし、次の瞬間にはハインリッヒの方へと真摯な表情を向けてきた。
「……ロードス少佐、『九郎義経』の出撃を許可する。目的は、本要塞の防衛と情報の収集、以上だ」
『了解。『EF-01(エフワン)』、『義経』発進します!』
「頼んだ、少佐。今は君達だけが頼りだ。可能な限りの増援は出す」
『光栄であります――さぁ、行くわよ『静』!』
 全く、この戦の果てに何があるというのか。人類の行き着く先は、どこなのか。ハインリッヒは、別の意味での絶望感がその心の一部を再支配しようとしていることに気付いている。

「クリストファ・アレン……お前は、『どこに』いるんだ?」

「……何か、仰いましたか?」
 耳聡い副官の声だった。
「いや、独り言だよ。歳を重ねると、これが増えていけない」
 白髪に支配された頭を掻きながら、レスター。
「閣下はお若くおいでですよ、充分に」
 その声に含むところは全くなかったので、司令官は素直に言葉を容れる。
「世辞でも礼を言っておこう。確かに、老け込んでいる場合ではないな」

 司令室に数多備えられたディスプレイの一つが、発進体勢に入っている『EF01』の映像を示していた。漆黒の機体、形状は敢えて言えば流線型を意識した小型艦艇、或いは大型の巡航ミサイルのそれに見えなくもないが、その外観が全てではないことを無論、ハインリッヒは知っている。華麗な筆致で『九郎義経』と各所に刻まれ、そして小さく『SHIZUKA SYSTEM』の文字が機体底部に。機体先端には『GIAS』の文字、国旗。
「『ヨシツネ』、発進! フィールド底面、一部解除」
 オペレーターの誰かが叫ぶ。

 画面を揺らす、一瞬の揺らぎ。ハインリッヒが瞼を閉じたその瞬間に、『義経』は消えている。


   ◆ ◆ ◆



 GIAS。これを、多くの人間は『ガイアス』と読む。

 かつて、太陽系惑星連合共和国『だった』連合国家の、新しい名前だ。

 正式名称は『ガイア連合帝國及び太陽系』。

 【The United Gaea Imperium and Solar system】

 ユナイテド・ガイア・インペリュウム・エンド・ソラ・システム。


 人類史上最大の国家、連合帝國が、その牙を剥いている。

 立ち向かうは、エテルナ共和自由国、一国。


 戦いの果てに、何があるのか。


 知っている人間は、誰もいない。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2645年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XII

「ふん――やはりな、二番煎じとなるとこんなものか」
 狙い通りに減衰していく対象の重力波フィールドを確認して、クリストファはその口の端を歪ませる。どうやら、核弾頭と荷電重力波に依る飽和攻撃を再度敢行するまでも無かったようだ。
『なあんか、悪い声になっていますよ、閣下』
 控える『蒼鷹』のアムロが笑ってきたが。いや、どうしてこれを笑わずにいられようか。そもそも、そんなアヴァント・ガーダにしたところで、その凶悪な荷電粒子砲を延々と投射し続けているのだし。
「……正義だの悪だの、関係ないね。どうあろうが自らを、そして守護する対象にとって少しでも利のあるものが獲得できるのだったら、俺は悪魔とだって契約する」
『聞かなかったことにしましょう――』
 呆れを装ったキートンの実は笑い声に、クリストファは声を立てて笑う。演技だ。それは、勿論。本音は本音でもあるが。
「へへっ、まあ悪魔の力に頼るまでも無いがね――『エターナル』聞こえるか。艦砲中止。整然と、だが確実に進行しろ。第二艦隊との合流を最優先。言うまでもなく、いつでも撃てる状態だけは維持しておいてくれ」
 途中から第二艦隊の司令室へと無線を切り換えて、クリス。
『了解しました、閣下。艦載機の増援のタイミングは――』
「そっちで判断してくれ」
 もっとも、今の状態であれば必要は無さそうだけれどな。
『は』
 簡潔なブレンハルトの言葉を受けながら、レーヴァティンを再度構える。これでビンゴだろう。敵要塞がどれだけの規模であろうと、そのフィールドとシステムを消滅させれば『エターナル』の一斉射で話は終わる。実は『フォーチュン』のそれを上回っている、『エターナル』の火力を甘く見て貰っては困る。伊達に四十年先のエテルナ市民にまで借金は行なっていない。
「勇敢だったが、無謀だった。そして、『この力』を僕が持つに至ったこと、それ自体が不幸だった――」
 複雑なものがその胸中を過ぎらない訳ではない。クリストファ・アレンは、それは言い訳の仕様が無い致命的な売国奴だ、太陽系惑星連合にとって。
「恨みっこは、無しだ――ごめん」
 しかし、そう構えるレーヴァティンに、射撃信号を入力する直前だった。クリストファの視界全体に、アテナからの警告。赤字のアラート――これは、最上級の警告だ。咄嗟にレーヴァティンを解除、収納、そして何かと取り回しが効くブリューナクへの換装を行ない掛けた――が。
『回避は逆に危険! 防御を優先して!!』
 事態が全く見えていないのにも関わらず、クリストファは、あくまでも冷静だった。これは、アテナという存在を完全に信用していたからこそ、であったのかも分からない。付け加えると、この時のアテナの口調一つを取り上げてみても、事態がどれだけ切迫していたか、把握できよう。そして、状況を把握したその瞬間には、実際の行動にクリストファは及んでいた。
「どけっ、24号機!」
『『へ??』』
 キートンとラスティが理解できないのも無理はない。そして、言葉で説明している暇もなかった。『サラマンデル』とも『アヴァント』とも呼べなかった、クリストファの焦り。
「ごめんっ!」
 口にした瞬間、強引に振り上げられたライト=ブリンガの左足、そしてその踵のヒール――実は実剣『ムラサメ』の柄(つか)――が、アヴァント・ガーダ『サラマンデル』の機体後方、第13アタッチメントへと確実に引っ掛けられている。続いて、クリスは自らの左足を後方に全力で振り抜いた。
『って、何って――ああああああああああっ』
『おげえええええええええっ』
 異口同音の絶叫を挙げながら、サラマンデルは後方に蹴り飛ばされた――様にしか見えなかった。アムロが色を失って、何かを言ってきているようだが、説明している暇はない。
「下がれッ、アムロ!!」
 としか言えなかった。もっとも、『蒼鷹』は自分の後背に構えていたから、どうにかフォロー出来るはずだ。不幸な『サラマンデル』は、『対象』と『自分』の間に位置していたのだ。そして、クリストファとしては自分だけが助かる道を選ぶつもりが無かった、その結果の選択だった。
「イージス、出力最大ッ!」
 言いながら、実は間に合わないだろうとクリスは達観している。重力波によるフィールドは、人類が獲得した中ではまず、最強を誇る盾だったが、ゼロの状態から展開するのには時間が掛かるのが難点であり、現時点での科学力では克服しきれない最大の欠点がこれだった。
『間に合わな――』
 アテナの悲鳴を、最後まで聞いている暇はなかった。レーヴァティンを格納――している暇はなかったので、格納信号だけ入力しておいた上で後方に投擲(とうてき)した。後々で困りそうな気もしたが、今を切り抜けない限り、その未来もない。これは、クリストファが長くもない――しかし、密度は濃かった――軍隊生活で学んだ鉄則の一つだ。そもそも、レーヴァティンはとかく長すぎる上、取り回しに難があるのも事実と言えば事実。さておいて、ブリューナクを構えるのも間に合わない。さて、どうしたものか。判断と行動は、しかし一瞬。
「オシッ!」
 自分でも理解できない掛け声と同時に、腰元の実剣『ムラサメ』の柄をライト=ブリンガの、つまりはクリストファの左手は掴んでいる。同時に、左肩に固定されたままのブリューナクの照準を、その痩身を屈ませることと並行して、強引な設定を試みた。一度だけ、演習でやったことがあった。『こんなこともあろうかと』、と口にする為には、やれることはやっておくもんだ――キリオの酔いどれ顔がこれまた鮮やかに浮かぶのが面白い――1ミリでも笑顔を作っている暇なんて、残念ながら無いけどな。
「軸、降りろ降りろ!!」
 攻撃範囲は著しく限定されるが、この角度だったら或いは。どうにか、ブリューナクの銃身が、どうにか直線上に降りきってくれたことに感謝しつつ、密なる照準を余所に、しかし本能的な射撃感覚でクリストファは射撃信号を入力した。鈍い反動と共に、ブリューナクが雄叫びを上げた。

 炸裂! これは、通常弾頭の爆発力だけではない。

 なんと、初弾を命中させることに成功したかもしれない! 

 しかし、アテナの警告が止らない。やはり、これだけでは。実に、クリストファとアテナは、無言の内にこれだけのコミュニケーションを獲得することに成功している。
「ぬううううううッ――」
 ようやく、出力を発揮し始めたイージスのそれと、機体各部の重力波フィールド形成と同時に、ムラサメが理想的な角度を伴ったエネルギーで鞘から抜けた。観察している人間に日本刀の知識があれば、これが『鞘走り』と呼ばれる抜刀術であることを知ることが出来ただろう。雷光さながらの、ライト=ブリンガの腰元からの抜刀、人、これを『居合い』と呼ぶ。その刀身先端が、飛来してくる『物体』中心を正確に捉える。激しい閃光が発生し、クリスの両目にフィルタリングの効果が施される中、オースレーション・ブレード(振動反応式銃剣)である『ムラサメ』が対象に執拗な食らい付きを続けているが、破壊へと至る決定的な手応えには至らなかった。物理エネルギーに負けた剣がその左腕ごと弾かれたが、当座はこれで良い!
『対衝撃――』
 アテナに言われずとも、奥歯は噛み締めっぱなし。しかし、それでも尚、奥歯に痛みが走る程の震動が即座に襲ってきた。その間も、どうにかクリスはイージスを理想的な防御角度で保持し続けている。発揮され始めたばかりのフィールドは、しかし、対象の物理エネルギーを御しきれない?
「ぬうおおおおおおおおおおおおおおおお――」
 コックピットにまで伝わってくる擦過音。勿論、これは擬似的なものであることは説明するまでもない。実盾イージスの放棄を想定したその瞬間に、激しい爆炎がライト=ブリンガの全身を陵辱しようと試みてきたが、これはどうにか展開されつつある重力波フィールドで相殺できた。間に合った!
「……なんだ、これ……」
 どうにか凌げた模様。しかし今のは、本当に危なかった。
「なななな、なんだこれはっ……アテナッ、今のはなんだっ!? そもそも、どこからの攻撃だったんだっ!?」
 対象との物理接触痕から微妙な煙を立て続けるイージス。どうにか、まだ機能を果してくれているようだったが、キリオやスコットが見たら発狂する程の傷痕が残ってしまった。オーマイガッ。ついでに付け加えれば、ここまでの物理打撃を受けたのは初めての話だ。シールドで受けた訳であったから、被弾とはカウントされないだろうが、それでもクリストファの自尊心は大きく傷付けられた。
『分かりません、ともかく、素晴らしい回避防御でした!』
「礼は良い!! 『俺達』にこんな不意打ち食らわすヤツだ! 調べろ!」
 威勢良くも言ってみた。しかし、確認してみれば、ムラサメの先端、その一部に亀裂が刻まれていることが判明した。オズ・ブレード『ムラサメ』――人類最強の物理刃にヒビを刻むような素材、その攻撃の正体は何なのだ? 虚勢は虚勢だったとは言え、それでも先程までの余裕が霧散し、クリストファはその心の底からの恐怖すら覚えた。その両手が、小刻みに震え始める。今の回避が本当に奇跡的なものだとして、そして或いは次は――。

『閣下―――――ッ!?』
『ご無事ですか!!』
『クリス!? お前、生きているよな!! 返事をくれっ!!』
『状況知らせッ!!』
『いやああああああああっ!! 閣下ああああっ!!』

 悲鳴と絶叫が、嵐のようにコックピット内を満たす。発言者も、そして等しくその内容も全く判別できない程に。ああ、一際に後を引いたのはマリベルの大絶叫だったのかもしれないが。
「……な、なんだってんだ」
 実は、初めての体験だった。ここまでの戦慄を自覚したのは、本当に初めてだった。ソフィの体の柔らかさ、その体臭を求め掛けている自分に気付いて、クリストファは自らに平手一発。
「こーの根性無しがッ!!」
 誰に向けた独り言なのか、誰にも分からなかった。勿論、発言主にも。



   ◆ ◆ ◆ 


『うわああああん、だめだぁ、いまのを『よけられたら』、なんにもできないようっ』
「落ち着きなさい、『静』! お姉ちゃんが着いているんだよ!」
 こちらの側はこちらで、平静とは言えない事情があったようだ。
「落ち着いて、もう一度組み直すよっ。今度は、不意打ち出来ない、だから正面からになるよっ! やれるね、静ッ」
 正直、エミリナ・ロードスとしても計算外だった。実のところ、詳細不明の重爆撃機と該当の謎敵性体の両方を討ち取れる、と考えていたからだ。味方を足蹴にしてまで、しかし謎の敵性体は想定外の機動行為で、こちらの『必殺』を見事に凌いだ。一定のダメージは与えたと推測はされるが、よもや、あの一撃を回避するとは。ひょっとすると、ベネットの狼狽はこの点にあるのだろうか。
『やだぁっ、こわいよ、やっぱりおうちにかえりたいよう』
「『あいつ』に一撃、加えないと帰る家が無くなるよっ」
 自らの『操作』を反映出来ない搭乗機に関して、苛立ちを強く覚えないでもない。が、今更の話。自分はパイロット、『水先案内人』が意味するところとは大きく異なった存在。『調教師』が意味する、テイマーなのだ。そして、エミリナは嘘は言っていない。帰る場所、家。
『こわいよう……』
 エミリナは、もう迷わなかった。無言で、薬物投与の入力を行なった。精神安定効果を含む薬液を中心、そして攻勢の意識を持たせる為の興奮効果。攻撃精度にムラは出るだろうけれど、このままでは埒(らち)が明かない。無言だったが、心の中では謝罪しっぱなしだ。
「どう、まだ怖い? 静?」
『……なんか、やれるきがしてきた……おねえちゃん』
 涙が零(こぼ)れそうになった。いや、自分が泣くわけにはいかないじゃないか。サトヤマやヤンに。特にサトヤマに比べれば、自分なんて!
「そう、じゃ、落ち着いていきましょうね」
『うん』
「おねえちゃんは、ずっと一緒にいるからねえ」




   ◆ ◆ ◆ 

 撃破!

 今や、大隊長となっているサカイ三佐は、交戦突入から一分あまりで、実に二機の敵機を葬り去っていた。
『やれる、やれるじゃないか俺達!』
『いける、いけるぞっ』
 フレンド(僚機)の声が聞こえてくるが、しかし。手応えが余りにも無いのが気になる。事実、こちら側は被害は疎か、被弾すらも無い。つい今し方、撃墜した一機にしても、索敵から一連の攻撃まで全くスムーズに、そのまま。
「腑に落ちんな――」
 一度、後方の司令室に連絡を入れて部隊の再編成を行なうべきか、と考えを巡らせたサカイの右目、片隅に激しい火の手が上がったのは、その時のことだ。レーダーを確認。相当なノイズが走ってはいるが、まず間違いなく『幕僚長機』とその『騎士達』が構えていた座標では無かったか。
『大隊長、これは一体?』
 事実上の副隊長であったピエール・レノ一尉の目にも確認できたのだろう。狼狽した声を聞くのは、初めてのことだった。
「司令室からの命令に変更はないよ――こちらは、このまま敵艦載機群の殲滅(せんめつ)に当たる」
 先までの再編成に関する構想を練り直しつつ、サカイは今一度、ストライクの操縦桿を握り付けた、しかしその時。
『被弾! いや、撃墜!? 隊長、35号機がヤられましたっ!』
 35号機――サカイの意識が空白に染まり掛けるその直前で、現実的な計算へ戻る。どう考えたところで、自分が沈めてきた二機の力量で『35』が堕とされることはあるまい。油断、油断か、しかし??
「意識を改めろ! そもそもが、同等の機体に乗っていてワンサイド・ゲームは有り得んのだ! 各自、それを徹底!!」
 自分に向けた言葉でもあった。続き、通信先を変更。宛は後方司令室。
「司令室、おかしい。敵艦載機群の動きに嫌な意味で統一性が見られない。情報を」

『チックショオオオオ、ハイアットがヤられたああああああああああああっ!!』
『許さないっ! ブッ殺す!! 仕返すっ!!』
『おい馬鹿野郎、誰かアジスを止めろッ!!』

 サカイは怒鳴りつけようとして、しかし声が出なかった。その瞬間に、リンク表示の中から三つの輝点が同時に消失した為だ。もはや、落ち着いた声は出せなくなった。
「ランス全員に! 陣を組み直す! 総員、『我に集え』!」
 肉声だけでなく、信号弾を選択、射出。屈辱だった。この状況下で集束信号なんて撃ちたくもなかったが、それでも冷静な自身はあくまでも客観的な評価を自らに下してはいる。もっとも、それは一個人、パイロットとしてのものではなくて、もっとこう……冷徹で怜悧(れいり)な、氷の決断に基づくものではあった。
「一体何が――」
 あくまでもデータ上のものではあったが、敵艦載機群に機種の別は無いはずだ。『AF-10R-ワイヴァーン』のカスタムタイプ、と情報室も結論を締めている。性能で言えば、自分達の愛馬となっているヴィクトリ・タイプとの差異はほとんど無い。
「くそっ!」
 サカイはその左拳で、自らの左腿を強く打ち付けた。





   ◆ ◆ ◆

「良くもまあ、こんな用意があったもんだねえ」
 フローラ・ザクソンは、自分達の眼前に引き出されてきた機体を前に、その目を細めた。
「まだ試験走行の段階でした、が――現時点では、これが一番の早道であることに疑いはありません。第二艦隊への到着は、丸一日と言ったところでしょうか」
 整備帽を目深にかぶった整備士は、端末を片手にそれでも力強く言ったものだった。
「準備は三十分ぐらい?」
 一時間は掛かるかな、と推測していたフローラだったが。
「いえ、十五分で充分です」
 これには驚いた。
「やるねえ、名前を聞いておいてイイ?」
「アンナ・スタインベック一曹であります。『フォーチュン』にいた時には、何かとロードマン士長――ああ、正確には技術一尉でした――のお世話に」
 ヒュウッ、フローラは口笛を一つ。
「把握した。まあ、ともかく任せた。十五分の間に、こちらは人間を選別しておくから。定員は二十人だったな?」
「そうなります」
「オーケ、それじゃあ後は任せた」
 ずずずーっと音を立てて、フローラはミルク・セーキを一息で飲み干した。空腹を自覚していた彼女であったが、これから自分達が置かれる状態を考慮すると、あまり固いものを入れるわけにはいかない。
「はい、了解です。それでは、さっそく準備に掛かります――ああ、それと私物に関してですが」
「体一つで充分さ。エテルナの自衛官さんってのは、こう言う時、それ以外は要らないことになっとるのよね」
 よろしくねん、と背中越しに手を振りながら、フローラ・ザクソン上級一佐は気密扉の向こうへと消えていった。くすっ、と小さく笑っておきながらアンナは端末操作を開始する。本来は、物資の輸送と、緊急時の幕僚長を初めとしたエテルナ自衛隊の頭脳を少しでも早く戦線へと送り付ける為に開発された――正確にはモデルそれ自体は自衛隊発足前に計画途上にあったものがあったので、改良と呼ぶべきだろうが――無人高速輸送システム『ペネトラート改』。少しでも早く、且つ人体への負担が少ない、そんな相反する要素をそれでも確立させた画期的な輸送システムであり、エテルナの独自航宙技術が低いものではないことを再認識させる存在である。常はエテルナ第三衛星リリスの軌道上にて待機維持されているそんな機体はしかし今や、高速航行中のクロノス級は一番艦『クロノス』によって強引に牽引されていた。キリオ達、フォーチュン組のマニアックな連中が『銀河鉄道』と勝手に呼称している――しかし、これ以上に無い賛辞ではあろう――そんな『ペネトラート改』を高速移動中の艦艇から射出するという、前代未聞の試みが、これから始まろうとしていた。理論上は、ネビュラ・ドライブのそれに近い加速度を獲得できる代物だ。
「ねえ、各衛星群とのリンクを再確認しておいてくれる?」
 インカムで、クロノスの艦橋へ直接通信を行なったアンナ。リーヌ・ゲートへと至る課程に設置された戦略衛星群が、正にこの『ペネトラート改』を『ペネトラート(貫通)』となさしめる『肝』なのだ。
「人がいるところには直接、連絡を入れておいてね」
 一つを付け加えて、インカムを切断。続き、その肉声が格納庫全体に飛ばされる。
「総員、『ペネトラート』の射出準備。指定の者は、気密服を装備の上、該当場所に集合してっ!!」
「「「オスッ!」」」
 実はここでは、一曹である自分が最上位。自分より階級が上の者は実は、艦橋にいる気の弱い士官、操舵士一人しかいない。人員をまとめることもそこそこの慌ただしい出港であったから、これは致し方ない。そもそも、当初の『クロノス』の目的は抱えている艦載機と弾薬、各種物資を抱えて、とにかく前線に向けて移動を開始すること――であったのだが、ここで『ついでにお荷物の追加ヨロシク』と第二艦隊はヒムラ上級技術一佐からの横槍が入ったのだ。その結果が、本来の予定には無かった『前線への人員緊急輸送に伴うペネトラートのカタパルト発進案』ということになったわけだ。その完璧に近い計画書を受領して、アンナ等は改めて自衛隊首脳部の作戦立案能力の高さを知ることになったのだが。
「やれやれ、しっかし忙しいことこの上がないわぁ……」
 ボヤいている自分に気付いて、アンナは自らの頭をピシャリと一つ。これから、戦場へと向かい、そして間違いなくフロントで命を張ることになるパイロット達に対して、これは失礼だった。完璧な形で、送り届けてみせるさ、そりゃ――整備帽からこぼれる、ポニーテールを力強く振って、アンナ・スタインベックは更衣室へと足を向けた。


   ◆ ◆ ◆

『隊長っ!』
 ジェニー・ルイス三尉の声。相当に聞き取り難かったが、間違う筈があろうか。
「ああ、分かってるっ!!」
 牽制に徹してくれた部下の機動を読めない程、サカイは無能ではなかった。迷わず、バルカンを一閃。敵機は小爆発を数回繰り返し、そして粉微塵と砕け散った。
「各機、複数での連携を徹底しろ!」
 次なるターゲットを探している中、視界隅で炎が上がる。望遠で確認。敵機であれば良いが。しかし、確かめるまでもなかった。どうにか機能しているレーダーの中で、フレンドの一つが消滅したことと、そして誰のものともつかない叫びが聞き取れたからだった。
「ええいっ、くそ!!」
 姿勢制御もそこそこに、サカイは愛機ストライクに最大加速を命じた。該当のフレンドを墜としたものが『人間』が乗ったそれであれば、単機での戦闘にはリスクが生じる筈だ。事実、司令室の情報部は敵艦載機の大半が人工知能、つまりは「無人機」に依る編成である、と結論付けていた。だが、その少数の中に「凄腕」の「人間」は間違いなく存在しており、交戦直後にサカイの感じていた違和感の正体は正にこれであったのだろう。戦闘機の無人化は時と場所の別なく、人類史上の長期にわたって真剣に検討され続けてはいたのだが、『熟練したパイロット』以上の力量を発揮することは終(つい)ぞ無かったと言う結果となっている。人工知能が、戦闘という特殊且つ過酷な状況下にあり、人間以上のフレキシビリティを獲得するには至らなかったと言う結論だ。
「単機での戦闘は回避しろ!」
 サカイの通信越しの命令は、しかし間に合わなかった。いや、間に合ったところでどうなったかは、神ならざる身には分からないが。小さな火球がバイザーを照らす中で、サカイは自らの無力を悟りつつあった。トップ・ガンだと煽てられながら、この有様だ。とんだ為体(ていたらく)ではないのか。被害が大きすぎるのではないか。
『隊長、動いてッ!』
 突き刺さってきた言葉が、コンビを組んでいた僚機ルイス三尉のものであることを認識した時は、既に遅かった。激しい震動と、被弾を示すブザーが大きく鳴り響く。油断した――恐慌に陥り掛ける精神をどうにか食い止めて、被弾状況を確認。幸か不幸か、被弾したのはストライク・パックだったらしい。ほとんど反射神経のそれで、サカイはパックの結合解除レバーを引いていた。シートごとの機外脱出と言う手段も一瞬、脳裏を過ぎりはしたが、隊長としての矜持が邪魔をしたのかもしれない。鈍い音と微震動に揺らされている中、最後の願いは敵機からの攻撃が無いことと、無事に換装パックが投棄されることだった。もしかすると、望み薄かもしれない。この無防備な瞬間を凄腕の敵が見逃す筈もない。ほんの数秒のことだったが、サカイは真剣に神に祈りを捧げた。






   ◆ ◆ ◆

「司令室! 敵機を完全に捕捉した。データの洗い出しを――」
 エミリナの言葉は、そこで強制的に止められた。言葉だけではない。その、呼吸ですら。望遠に映る、白い装甲の……人型の……いや、驚くべきはそこでは……エンブレム……いや、ノーズ・アート……鳳凰……そして。
「なななななんだと、『58』?? 『鳳凰』??」
 勘弁してくれ。エミリナは、実際にその頭を抱えた。こちらに対し、わざわざも対峙して見せた『人型モドキ』の走査を終えてみた、その結果がこれか!
「――クリストファ・アレンだと言うのかッ!?」
 答えは自ら、絶叫として絞られたが、これは実は致命的な失敗となった。エミリナは、自らの発言が戦略部を仲介とし、最前線の部隊へと同時多発的に届けられているとは知らなかったのだ。情報収集を優先していたが故の悲劇だったとは言えるが、これは実は司令室末端の、あってはならないミスでもあった。

『ク、クリストファ・アレン――生きていたのかッ!?』
『58……そ、そりゃあいくらなんでも』
『し、し、し――『白の戦慄』――!?』
『う、うわ、うわああああああああああああああああああああああっ!!』

 新人組、特に火星圏の出身者からすれば『クリストファ・アレン』と言う響きの組み合わせには、それはそれは群を抜いた破壊力があった。『58』と言う数字、それの意味するところも同じ。相次いで発展改良された機体は、予め58番を欠番としてラインが作られていたことまであったと言う事実は尚更に笑えない。が、それだけの根拠と意味を持つ数字。

『それは話が違う! 隊長、自分達はどうすれば』
『阿呆! 今は戦闘中だ、気を抜くな』
『アアアアアアア、ジャンがたった今、ヤられたーーッ!!』

 艦載機組の士気が、音を立てて崩れていく。エミリナは舌打ちを行なったが、その対象がその延長戦上で対峙している人型の兵器にあるのか、或いは間の抜けた味方にあるのかどうかは微妙だった。
「しかし、なんなの……こいつ……人型とは恐れ入る覚悟だけれど……」
 司令室から上げられてくる、推測情報が津波のようにサブ・ディスプレイを埋め尽くしている。推測攻撃力、攻撃範囲、そして守備力――その他。確定情報と言えば、先程の自分達の『必殺』を凌がれた、と言う現実ぐらいのものだ。実データは、全く不明。これは、確かに怖い。そして、実際に『あの』クリストファ・アレンが乗っているとすれば。
「うわぁ……」
 そんな画面の中で、対象の重力波フィールド密度数値がこれ見よがしに上がっていっている。こちらを挑発しているつもりなのか。返す返すも、先の奇襲で仕留められなかったことが、未来にとり、どれ程の損失になったのだろうか。『静』が殊更に嫌がり、そして怖がっている刀剣を――多分、日本刀だ――対象がゆっくりと上段に構え始めた。
「……引けないんだよね……でも、それは、こっちも同じ……」
 渇いた唇を舐めた。司令室からはその対象に対して既に『BOGEY-01』と言うエネミーコードが付与されている。着々と、それでも更新され続ける『推定情報』の渦の中、前代未聞の両機の睨(にら)み合いはもう少し、続く。



 アルベルト・ベネットの言葉を殊更に引用するわけではない。

 が。


 Deus=Ex=Machina

 そして

 Eschatoce=Frame

 設計思想が似ているようで、しかしその実、存在と、言ってしまえば意義が大きく異なったこの二つの存在の対峙が後の世に示す意味は、小さなものでは断じてなかった。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする