2644年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XIII

「ライト=ブリンガ、防御出力最大へ――こ、これは――」
 RL付のナナ・マネーシーの引き攣ったそんな声が、今後の作戦展開諸々へと向けられていたキリオの思索を打ち切った。肉眼で確認できる程の揺らぎ、歪みがRLの全身を包み込んでいるのは嫌でも分かる。ディスプレイに追加されたデータ数値の尽(ことごと)くが赤文字、或いは橙(だいだい)のそれ。
「……あんの馬鹿、挑発しているつもりか……」
 そんな画面内のRLがムラサメを上段に構えるに当たり、いよいよ目眩が。
「チャンバラかよ……勘弁してくれよ……」
 自分でも情けのない程に気弱な声となってしまう。『格闘戦』は冗談だった筈なのに。ライト=ブリンガはあくまでも『機動する重力波ジェネレータ』として、そして『長距離砲の担ぎ手』として、そして付け加えるとその『器用さ』、『汎用性』に基づいた『便利屋』的な存在であるべきであり、そして何よりも、最も堅牢な『最高指揮官専用高機動発令所』である筈だったのではなかったのか。だからこそ、御大将自らの搭乗に対し、特に強い反対意見は首脳からも出なかったのだ。少なくとも、表立っては。
「だいじょぶ――クリストファはバカオロカでは無いよ。オトナのケンカの仕方、あいつは分かっているに決まってるって!」
 叫ぶように言葉を投げ付け、それでも入力端末の凄まじい速度を維持しながらリンダ・フュッセル。隣席のアレーシャとの間でほとんど口喧嘩然とした遣り取りが続けられている中で、それでも『謎の敵性体』に関する考察と推測は着々とそして確実に組み積まれており、多くのアシスタント達はそれこそ右往左往としながらそれらのソート、解析補佐の実行に従事している。先のライト=ブリンガが被った推定のダメージ量、物理的な質量とすればその素材構成はどうなっているのか、エトセトラエトセトラ。RLはオペレーション・システムである『アテナ』、そして現地では後方控えの『ロータス』或いは『偵察部隊コブラ』からリアルタイムで転送されてくる膨大なデータを、とにかく食い散らかしている二人の才媛なのである。とても、その様子からはそうは見えないけれど。
「想像を絶する新兵器、ってワケじゃーないが……」
 事実、ライト=ブリンガは敵の一撃を凌いだのだ。キリオやその他としても、RLの良い意味での『末恐ろしさ』と、クリスの『神技』に等しい操縦技術を目の当たりとして、引っ繰り返り掛けてはいたのが現実であったけれど。
「――厄介なモノが出てきているよな。残された問題は一つ……」
 キリオの言葉を、ソフィが繋いだ。キリオが心配しなくてはならない程、彼女は弱くない。その点では充分に安心できるが。
「果たして『あれ』が何機存在するのか、ですね」
 無言でキリオは、床に目を落とした。全周囲の映像化が実行されているので、星々の群れが遠く、しかし一杯に見える。
「せめて、RLに予備機があれば――」
 奴(やっこ)さんの負担も減るものだが。キリオは最後にそう、呟いた。全く、詮無い願いだ。願うだけなら、猿でも平和主義者でも出来る。予備機までとは及ばないものの、一つの友情と応援、その形として『ファイナル・ガーダ』の建造を実行、そして実際の投入へと運んでは見せたけれど、果たしてこれがどれだけクリス個人の『縁の下の力持ち』となっているのかは疑問だった。己が無力さに、際悩まされるキリオ。
「――ああっ……」
 その隣で、憲兵服に身を包んだマリベルがその詰襟を渾身の力で握り付け、矮躯(わいく)を微かに震わせ続けているが、彼女に向ける言葉が出ない。情けないことだと思う。
「RLと言う存在、『デウス・マキナ』が我々の側に『奇跡的に』在るのよ――この現実をポジティブに考えた方が良いわ、キリオさん――それとマリベル、心配してくれてありがと。でも、もしかすると『あの人』は貴女よりも余程にタフなのよ。過剰な心配には、及ばないから、ね」
 恐らく、一番クリストファの身を心配、案じており、そしてその資格の充分にある艦長の発言に、そうだな、とキリオは一言。半泣きのマリベルは、ただ深く一礼――もう、半泣きどころではなかったけれど。
「……お茶を用意しますね」
 鼻の詰まった声でそう言って、マリベルは駆け足で艦橋を後にした。少しだけ手の空いている副長、ステラ・ハーヴェイがその後ろ姿を見送って、物言いたげな顔をそのままにして、ソフィとキリオを見上げてきた。
「代わりに泣いてくれて、助かるのよね、これが」
 艦長のそんな言葉は主語を盛大に省略していたが、ステラには充分に伝わったようだ。小首を傾げ、ゆっくりと頷いた後で何とも言えない、しかし綺麗な微笑。

 キリオは胸中で、呟いた。

『すまない、ソフィ――』

 と。


   ・
   ・
   ・

 ヒムラ・キリオ技術上級一佐が、結果的に何とも救いようのない懊悩に陥りつつある中で、一つの『工作』が行なわれている。いや、継続して行なわれて『いた』、と表現するべきか。『フォーチュン』が工房ブロックは、とある一画に積み置かれている『未分類』を示す大型のコンテナ、三基。データ上では、全く存在しない筈のそんなコンテナ、その認識票を示す量子チップがたった今、覚醒を果し、その自らの存在理由をメモリーから引き出し始めている。勿論、気付いている『人間』は誰一人としていない。そもそも、この区画に人間が入ってきたことはなかったし、それを疑問に思う人間も、そして堅牢な筈の『フォーチュン』はマザー・コンピュータ『ヤオヨロズ』にすら、認識登録されていないそんなコンテナ群。今、その内の一つの気密シャッターが、ゆっくりと開かれ始めた。

 その前で、一人。いや、一匹。いや、一機。

 アテネコ・ブラックは、徐々に開いていくシャッターを、無機質な瞳で見詰め続けていた。

 にゃあ、一つ小さく鳴いた。

『コード解除――ヤオヨロズ経由で、システムアップ開始――少し早かった? でも、事態は急を要するの。仕方ないよね、シオン??』

 この時のアテネコの呟きを人語に介せばこの様になるのだろう。

『――System Install Fake Athena- System loading...』

『――『ATHENA』の名において、その起動を承認する』


『――目覚めなさい、『FAKE』!』



   ◆ ◆ ◆


 神の加護があったのかどうか、定かではない。だが、ともかくサカイのストライクはパックの結合解除に完全に成功した。ヴィクトリ本体のエンジンが暖まるまでの不利は否めないものの、これで生存確率は劇的に上昇した筈だった。
『いただくっ!』
 ジェニーの声。こちらがベイル・アウトを試みていることを知ってくれたのか、その上面で守るように機動展開していた、そのヴィクトリ165号機の荷電粒子砲が大きく火を噴くのをサカイはその肉眼で辛うじて確認できた。
『やった! 敵機撃破!』
 ジェニー・ルイスの気が抜けたような、それでいてハイになっているような微妙な笑い声に、サカイは心から救われた。実際、彼女にその命を救ってもらったと言っても過言ではなかったが。
『隊長、無事?』
 距離が近かったので、通信に問題は全く無かった。
「助かったよ、礼を言う」
 各種レーダーを念入りに確認しつつ、心からの謝意をサカイは示した。
『言うのなら、戦闘中に油断してくれた敵さんにどうぞ。まあ、そこに付け込んだのはアタシですけど――しっかし、何があったんだろう? 棒立ちしちゃってさあ――あ、敵機が撤退していきますねえ』
 彼女の言っている意味を理解するのは、実に容易(たやす)かった。あのタイミング、あの占位状況下で自分がこうして生きているのは軌跡に近い。敵機に油断があった、と言う彼女の発言は実に説得力がある。
「司令室、聞こえるか。当大隊は少なからぬ被害を負っている――指示を願いたい」
 ざっと確認できた限りで、五、六機を失ってしまった。その数倍に値する戦果を獲得はしているが、何の慰めにもならない。そして、自分はストライク・パックを失い、神に祈り続けるという屈辱的な時間を送ることになった。畜生――呟いた言葉と、大粒の悔し涙が行き場を失ってメット内に漂った。
『こちら司令室。ランス大隊、集結しつつ、一時後退。ラインはこちらで示す』
「了解」
 もはや、意義を唱える気力も無く、サカイはそのままの命令を部下達に伝達する。良くしたものと言うべきか、或いは敵には敵の事情があると言うのか。統一性を欠いていた敵艦載機群が一点に集結する様子が窺える。それはこちらにとっても、撤退の好機であることは疑いも無く。
「――畜生っ」
 サカイは、もう一度呟いた。



   ◆ ◆ ◆


「このバカモン共が! 浮き足立つんじゃあないッ!」
 ハインリッヒ・レスター、つまり総司令官自らの怒号は確かに効果があった。『クリストファ・アレン』という言葉の響きに狂乱としていた司令室が一瞬にして静まりかえる程に。
「艦載機群は無人機諸共に、一旦引かせておけ。『フランベルジュ』と『トール』の具合はどうなっているか?」
 常の落ち着いたバスに声色を戻して、ハインリッヒ。
「『フランベルジュ』はどうにか、砲台にはなりそうですな。こちらで、遠隔してみせます。EFである『義経』の稼働がありましたから、『トール』の方には人員を配置しようかと愚考しますが?」
 額に浮かぶ汗を隠そうともせず、マチス少佐。
「良い判断だ。支持する。その様に行え。但し、時間は潤沢には存在しないのでそのつもりで――それとマチス、汗を拭きたまえ。まだまだ狼狽(うろた)えている段階ではない」
 は、と答え、エドワードは取り出したハンカチで顔全体を拭った。
「……可能な限りのパイロットを回しましょう。思いの外、敵の錬度も悪くないようで――無人機では埒が明きませんな」
 これは、つい先程司令室に到着したばかりの次席副官トウ中尉の進言だった。
「付け加えますと、『あの機体』にクリストファ・アレンが乗っているとすれば、『遣(や)り様』はありそうな気が」
 そのトウ中尉の発言の真意に、司令室の空気が凍り付いた。だが、ハインリッヒはあくまでも冷静。
「貴官が言わんとしていることは分かるよ。だが、それは最期、究極の選択に近くないかね? 自分としては、もう少し取っておきたい『カード』なのだがね」
 月面の妻がこれを聞けば、相当な勢いで詰(なじ)ってくるだろうな、或いは離縁を言い渡されるかもしれん――思いながらレスター。長生きなんて、するもんじゃなかったな。とは言え、まだ六十に掛かってもいない身の上ではあるが……。
「EFの有用性を確認してからでも遅くないのではないか? どうかな、ベネット博士?」
「ああ、ええ――」
 半開きの口で、端末の画面に食い付いているベネットは、振り返ることもせずに答えたものだった。無礼この上ないが、本当に今更の話であったから、誰も気にしない。
「――そうですねえ、理由は全く分かりませんが、とにかく『義経』は完璧に機能していますからねー、時間稼ぎには充分なると思いますよぅ――相手が他に、同型機を持っていないのなら、っと言う条件付きですけどねえ」
 そうだな、答えてレスターは改めて司令官席へと悠然と腰掛けた。
「関係各所、確定情報を上げてこい!」
 エドワード・マチス少佐の声に、司令官席周りの空間に直接、転送されてくるウィンドウの数々。確定しているものとそうでないものは色別で区分されており、重要度に応じて区切られた階層。まあ、分かり易いのは結構なことである。
「敵の兵器各種のネーミングと兵装、その諸元の再確認、これは情報部に一任する。当面は被害状況の確認と重力波発生機関の管理補修、艦載機群の補給修理、『フランベルジュ』の遠隔に全精力を注いでもらいたい。出撃可能な艦艇をリスト化するのも忘れるな――『トール』は運用に最小限の人数が集まれば今はそれで良い。とにかく、急がせろ――EFが図らずも、時間を稼いでくれそうなのでな、『切り札』は後で、ってことでどうだ?」
 両副官がそれぞれの踵を合わせ、完璧な敬礼を行なってきた。否やは無い、ということだ。
「宜しい、ではその様に」
 足早にそれぞれの担当部署に戻る二人の背中を眺めながら、ハインリッヒは深呼吸を一つ。しかし、エテルナの軍隊がこれ程の規模を持っているとは全く、想定外だった。何層にもなる鎧、分厚いフィールドを維持した状態で橋頭堡『そのもの』となり、続く部隊の到着を待つ――その作戦に不備は無い筈だったのだが。場合によっては、相当な一暴れをしなくてはならない可能性が出てきてしまった。特に、フィールドそれ自体が剥がされ掛けると言う現実は、想像の外は外であった。
「更なる情報が必要だな」
 今のところ、敵軍にどれだけの艦艇が、機動兵器があるのかも全く分からない。『アルティマ級』一隻の存在と君臨は、ほぼ確定されていたが、終わってみれば確定しているのはそんな謎な人型の敵兵器と、艦載機の推定情報諸元ぐらいのものであって。大局的、根源的な戦略立案、その方針にミスがあったと判断するべき時だな――ハインリッヒは、その白髪頭を掻き毟った。戦略面に関しては彼が関与するところではなかったが、戦術面での最高責任者である自らが、今更にそれを嘆いていても仕方のないところではある。
「よくもまあ、半年間でこれだけ……」
 独り言だったが、実際の声でもあり。
「聞こえていますよー、閣下」
 耳聡く、ベネット。
「いや、本音は本音だ、ドクター。肝心の『前提』が大きく、崩れ過ぎた――どうしたものか」
 うくっ、とベネットは喉を鳴らす。その間もしかし、端末の操作の手は止まっていない。
「それは自分も同感ですねえ。ロストナンバーがあると知っていたら、僕だってもっと……先入観に基づいた推測が甚だに甘かったですねー。生きて帰れたらクレーム付けてやりましょうよ、『皇帝陛下』にネ!」
 片眼鏡の位置を左肩で強引に直しながら、ベネット。これはこれで、彼は怒りを覚えているらしい。ハインリッヒは新鮮な驚きを覚えた。彼に対する評価が、その内で大きく変わってきているのはどういうことなのだろうか。自分でも、不思議だった。
「EFに関して分からないところも多いのだが――そもそも、その『ロストナンバー』とは何なのだ?」
 全く、正直な最高司令官としての発言だった。知っているのはその『機動兵器』としての有用性と、汎用性と、そして朧気で微妙な可能性だけであったからだ。
「……おや、閣下は興味がお有りで???」
「無い訳が、ないだろう――」
 うくくくっ、耳障りな笑い声を――しかし不快ではなくなって来つつある――立てて、ようやくベネットはその顔を向けてきた。
「閣下――『義経』――EF01(エフワン)が何年前に建造された代物であるのか、ご存じですか??」
「……そんな聞かれ方をされれば、最近では無いのだろうと推測は付くさ……ただ、ここ数年の話ではないのか? 私も、詳しく知らんのだが」
 初めて見る表情だった。なんと、アルベルト・ベネットは、気落ちした表情を向けてきているのだ。いつもこの表情が維持できていれば女性陣からも敬遠されまいに――些(いささ)か、失礼なことをハインリッヒは考えた。
「……そこまで推測して頂いて恐縮ですが、実は約五十年前以上なんですね、どうやら。或いは、もっと昔なのかもしれないなあ」
 流石のハインリッヒも血の気が引いた。ベネットの言葉が、理解できなかった。
「ば、馬鹿な」
 それしか口に出来ない。
「同感ですーっ。自分も、初めて『これ』を観た時に、失禁しましたものでして――いや、これは下品で失礼……まあ、半世紀、ってのも実は推測に過ぎませんでしてね、ワケワカメなのも正にこの点にゴザイマス」
 あまりのことに、言葉が咄嗟に掘り出せない。
「一体、誰が――」
 建造したのか、まで言葉は続けられなかったし、しかし必要もなかった。
「それもぶっちゃけ、良く分からないんですなあ。どうも、数名の科学者達の非公式な研究機関って言うか、秘密クラブって言うか、その類のものがあったとは推察されますが、個人情報としては全く、何も。見事な程に、残っていないんですわ、コレが……唯一、こちらで把握できている人物の名前ってえのが――」
「先の『ヴィンテル・モジュール』に関連するのか?」
 衰えていない記憶力と注意力を証明するように、ハインリッヒ。
「素晴らしい閣下。あの状況下で僕(やつがれ)の、あの益体もない一言を記憶野に置かれているとは!」
「世辞は良い――」
 半分の照れ隠しを含めて続きを促そうとした司令官はしかし。

「義経、戦闘を開始!」

 そのオペレーターの絶叫が、周辺全ての空気を吹き飛ばした。
「いよいよかっ」
 ハインリッヒも、確認した。『クリストファ・アレン』が『乗っているかもしれない』人型の機体が『日本刀のようなモノ』を大上段に構え、突撃してくる様を、ハインリッヒも、確認した。

 それは、深い戦慄を覚える光景だった。

 そうだ。

 それ程に、鬼気迫るものだったのだ。




   ◆ ◆ ◆


「こいつ、何なんだ……」
 漆黒の機体、それ自体は単なる長距離巡航ミサイルの類にしか見えない。得体が知れないだけに薄気味が悪い、それが最初の印象であり、感想だった。
『一切が不明。先程の攻撃が『物理』的なものであったことは確実ですが』
「どうにか、凌げたけどな――あれは直接食らったらヤバイわな」
 構え続けているムラサメ、ヒビの入った先端部の破棄を実行しながら、クリストファ。粉微塵となった破片がライト=ブリンガのフィールドに接触し、消滅していった。やれやれ、ムラサメが消耗品扱いとはね。エテルナの硬貨がどこかの谷底にでも消えていく、そんな音が聞こえたような気もするけれど。
『はい……当機の装甲では、まず耐えられないかと』
 ライト=ブリンガの実装甲の強度が、まず『紙』とか『陶磁器』のような存在であることを、勿論『二人共』知っている。その堅牢な守備力は、フィールド発生が伴ってこそのもの。
「……アヴァント、君達は艦載機の支援に向かってくれ。いや、『向かえ』。こいつの相手は、俺がする」
『『『ですが』』』
「艦載機群に被害が出たのが気掛かりで、面白くない。第二陣と合流して――その辺は後方と相談してくれ」
 微妙な沈黙を打ち破ったのは、キートンだった。
『……分かりました、そう言うことであれば』
 アムロが続いたが、こちらはもう少し露骨に翻意を仄めかしてくる。
『ご命令とあらば――ただ、我々に課せられた本来の目的は『ライト=ブリンガ』の、牽いては『幕僚長閣下ご自身』の『露払い役』にありますれば』
 苦笑を一つ。そんなアムロの発言と意志は、充分に理解できるってもんだ。
「ありがとよ――ただ、戦力不足は否めない、そしてあそこでオッ立っている某(ナニガシ)の相手は、充分にやれそうだ、と僕はこう言っている。信じろ……」
『すみません、ちょっと言い過ぎたようで。『蒼鷹』、了解しました』
 本当に沈んで響いたアムロの声にクリスは今度は声を上げて笑った。
「謝る必要なんて無い。さ、合流を急いで」



   ◆ ◆ ◆

『おねえちゃん、『ふたつ』がいなくなったよ!!』
 敵の重戦闘機が――詳細は不明――後方に退いていくのを認識した静が歓喜の声を上げた。
「そうね、静――それは良いことよ、私達に取ってね」
 嘘を吐くのが上手くなってしまったな。どうやら、敵は本気で掛かってくるつもりなのだろう。エミリナ・ロードスはしかし、ようやく良好に転じたばかりの『静』の数値をむざむざと減少させる気にはなれなかった。
『『三対一』より『一対一』だよね!! やったね!!』
 後は、博打だ。だが、今の『彼女』なら大丈夫。付け加えると、安定数値がみるみると上昇していることが分かった。薬物投与の影響も当然、あるのだろうが、それだけではない。これならば、或いは。
「でも注意して――向こうのヤツが、『一対一』でヤれる、って考えているんだよ!!」
『それって……????』
 訝しげな『静御前』の声。だが、更なる煽りを行なわなくてはならない。ごめんね。
「舐(な)められているの!! アタシ達、舐められているんだよ。一機で充分ってね!」
『なんかそれ、むかつく……』
 来た。ベータ・エンドルフィンの分泌が更に活性増加。追加の薬物投入を行なうまでもない。
「腹立つでしょ!! こいつ、徹底的に叩かないと帰る家も無くなるの! みんな困る!」
『ゆるさない! ぶっころす!!』
「お願い、静、本気を出して!!」


『だす』

『ころす!!』


 胸を撫で下ろしたエミリナ。その時だった。

 日本刀を。

 突進してきた対象が。

 凄まじい勢いで打ち下ろしてきたのは。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2643年01月01日

第II光:『光臨』 第五章 『アッティカの戦い』 - XIV


「うらあああああああああああああああっ!!」
 全加速と共に、ムラサメを打ち下ろす。相互の干渉は僅かの内で、その刃が相手の装甲へと食らい付く筈だった――が。
「――――!?」
 届かない。それどころか、その刀身に掛かり始める異常な圧力を検知。アテナからの危険信号が簡易メッセージ化された。
『握り潰される!?』
 クリストファは、全く迷わなかった。ムラサメの放棄と、ブリューナクへの装備変換。そして機体以上に、中の人間に負担を掛ける高機動を実行し、距離を稼ぐ。もう、叫び声も出ない。ブラックアウト――目の前が赤一色に染まり掛けるが、失神はどうにか免れた。数瞬前まで自分が存在していた座標を、『何か』が深刻な破壊力を伴って通過していくのを、肉眼で確認した。
「……何だこいつ!!」
 ようやく絞れたそんな声だったが、次の瞬間には絶句することとなった。

 自分が対峙していた相手の正体。

 違和感。

 巡航ミサイル然とした存在は、もはやそこには無かった。

 ライト=ブリンガの突撃、その直前に大きく『変容』した『それ』の『左手』が、捕らえた刀身ごと、ムラサメを砕いていっている。

 ――ゆらゆら

 そんな擬音が形となって、クリストファの脳裏へと刻まれた。これ、即(すなわ)ち第一印象である。

 ライト=ブリンガの優美さには遠く及ばない歪(いびつ)な――観察者の主観には依るだろうが――それでも『人型』がそこにあった。所々に鮮やかな朱色のラインが飾られた漆黒の機体は、それでも四肢と呼べるものを有しているようであり――しかし、ライト=ブリンガのそれと比較すると更に細く、そして長い。クリスに力強く印象付けられた外見的な『違和感』はまず、その背面部――いや、これは良く見れば頭部からその後背、踵へと掛けて一様に伸びているらしい――を埋め尽くす、極細、無数のケーブル状のものに由来している。まるで、髪の毛のような印象を受けるが、それ一つ一つが独立した意志を持っているかのように蠢(うごめ)いており、正にこれが、クリストファにとって違和感転じた生理的嫌悪感へと至っていたことに疑いは無い。
「まるで『メドゥサ』だ」
 頭髪に蛇を持つ『メドゥサ』と言う空想上の魔物の存在があった。ギリシャ神話における『イージスの盾』の中心にはそんな『メドゥサ』の生首が据えられていたのだから、『アテナ』からすれば縁起の悪くない発想ではあったが。その全長は頭頂高からそのピンと伸ばされた爪先まで、42メートルと推測。ざっと二倍の大きさの相手ということになる。武装は一切が不明。
『敵性体、その機能の一切が不明――』
 緊張を含んだ、アテナの声だった。
「過程記録を反映させろ」
『はい――このように。第四カメラからの映像になります』
 常にライト=ブリンガの最後方にセッティングされているカメラ・ポッドからの映像であることをアテナは示唆した。まあ、実際に格闘半径に本体は突撃していたわけであるから、当然と言えば当然のことだったが。
「出してくれ」
 敵性体、その本体からは注意を剃らすことなく、映像を確認するクリストファ。この時にあって、網膜投写と言うシステムをRLが採用していることの恩恵を知る。何しろ、敵機を直視した状態で他映像の確認を行なう、そんな神業(かみわざ)を実行に移せるのだから。
「へえ――凄いもんだ」
 録画映像を確認しながらの、率直な感想だった。そして、同時に隠しようのない驚愕がその全身に、精神にのし掛かってくるのが。事実、そんな録画の中で『巡航ミサイル』が『歪な人型』へと変形するのに、一秒と掛かっていないことが判明した。そして、アテナの指摘により、その外壁装甲と思われていたものは、その全てが『怪しい髪の毛』であることも。
「『変形』と言うより『展開』と表現すべきかな――折り畳みの傘ってか?」
『実に的確かと――』
 映像だけを客観的に見ていれば、その全長が二倍へと値する敵性体に一振の日本刀で挑み掛かるライト=ブリンガの存在は『無謀』としか映らなかった。
『――ちょっと普通じゃありませんよ、気を付けて』
「ああっ」
 答えながら、クリストファは新たなムラサメを左手に、今度は抜刀した状態で装備した。縁起が良いかもしれないイージスをどうしようかと半瞬、迷ったが、被弾を受けていることを考慮して、これはその後方に投棄することとした。自由になった右腕にブリューナクを装備、残弾は充分。
「アヴァントを下げたのは正解だったな」
 無意識の内に、零れた言葉。これは或いは、彼等にとっては侮辱だったかも分からないけれど。
「――叩きのめす!」
 バックグラウンドで、キリオ達の叫び声が聞こえてくるが、その内容が一律して撤退を要請するものであったから、これは無視させて貰う。
『……制止するべきなのでしょうが、今は引けませんね』
 当たり前の話だった。こんな『ヤツ』を放置しておいたら、撤退並びに再編中の部隊にどれだけの被害が及ぶことか。数機が喰われた、そう聞いた。その状況を甘んじて受ける気は毛頭も無い。舐めるなよ、コノヤロー。
「その通りだ。倒せなくとも――今は倒せずとも、一撃は加えておかんと困ることになる――」
『『エターナル』へは?』
 意識した『彼女』なりの質問だったのだろう。それは分かっているさ、アテナ。
「こちらが軸に乗ってしまう可能性がある――『フォーチュン』との合流を急がせる方が効果的だと、こう自分は判断した」
 アテナに対する返答だけでは、勿論なかった。遅れて、ベアトリイチェの賛意を示す声が届く。付け加えて、『ぼっこぼこにしてやって!』と、応援のそれ。
『期待に応えて、徹底的にやってやりましょう!』
 常ならぬ、アテナの声。『彼女』なりに気分を高揚させようとしてくれているらしい。ありがとよ。でもね。
「アテナ、そう言う時はなあ、こう言うらしいぜ――」

 息を大きく吸い込んだ。躊躇(ためら)いも、恐れだって不安――何だって取り込んでやんよ!

 ヒュウウウウウ――自らの気道が鳴って、最大限に膨らんだ両肺が、酸素の摂取に励む。

 吐き出す。叫ぶ。

「――やあああああああああああってやるぜ!!!!!!!!!!」



   ・
   ・
   ・

「うあー、言うこと聞きやしねえ!!」
 キリオは、『フォーチュン』の床面にそれぞれの足を律儀に叩き付けながら、叫んだ。
「引くに引けないってのは分かっているが――それにしても、なんでアイツは一番の火事場に自らがっ――リーチェもリーチェだ、もう全く、もう!!!」
 後悔先に立たず――今更ながら、幕僚長の出撃に徹底した反対を行なわなかった自らを、キリオは真剣に憎んだ。
「キリオさん、少し静かに――」
 穏やかだが、それでも力強い発言。振り向けば、艦長席のソフィが静かに、しかし凛々しく起立していた。
「あ、し、しかしっ」
「幕僚長があそこで踏ん張っているから、再編成や仕切り直しの類が効くのだ、そう考えましょう」
 光が力強く宿ったその両目。有無を言わさない、雰囲気。そんなソフィを見るのは、さてさて、数える程しか無かった筈だ。
「あ、うん――そうだな」
 そんなソフィが立ったままの状態で何をするのかと思えば、艦内通信を開いたようだった。

「全乗組員に達する、こちら艦長。一切のバックアップ漏れの無いように、その徹底を強く要求するッ。各自、牽制可能領域に入ると同時に臨戦態勢となることを忘れるな。そして主砲を放つ一連のアクション――それが一秒でも遅れたら許さないからなっ! 不手際があったら縄打ち三角木馬、蝋燭も垂らすッ! 全員、ケツの穴を締めて物事に掛かれいッ!!」

 副長、ステラ・ハーヴェイの顔が容赦なく崩れた。

 キリオは、思わずそのお尻を窄(すぼ)めた。

 ヒイイイイイイ――

 悲鳴と阿鼻叫喚が、旗艦『フォーチュン』の節々で高らかに上がるのだった。





   ◆ ◆ ◆

 エテルナ共和自由国憲法が認めるところの最高責任者であるジャニス・ハッシュポピー・シュバリエ大統領は、その執務室において続々と入ってくる情報に耳と目、全精神力を傾け続けねばならなかった。

 ――神よ、これ程の苦行が他にあるのでしょうか

 既に殉職した自衛官が出たと聞いて、目の前が真っ白になった。この感覚を、あと何回、自分は味わわなければならないのだろう。悩みを共有――いや、ある意味では彼女が唯一依存できる対象である男はこれがまた、その最前線で自ら『刀』を振り回していると来ている。いや、それはそれで彼自身の逃れられない『道』だった。

 殉職した自衛官は、どんな人間だったのか。名前は、家族構成は。

 それら情報を要求したが、これは『フォーチュン』のヒムラにハッキリと拒絶されてしまった。本来は、その権限などあるわけもないし、それを知らない男でも無いに決まっている。そのヒムラの『ノー』に込められたメッセージと彼のその真なる意味を理解できたのは、その数分後のことだったが。

 ある日、クリストファ・アレンが言っていたことを思い出す。

『取り敢えず、守護しきれた場合――その後のことだけ考えておけばいい。負けた時、こっちは何も考えることはできないからさ』

 確かにそうだ。事後の歴史は、勝者が決める。これは、歴史の必然。

 それでも。それでも。

 開くまいと思っていた口が、自然と開いてしまった。人払いを済ませているとは言え、これだけは我慢してきたのに。

「なんで、なんでなんで――戦わなくてはならないのよっ……」

 堪えきれず、遂にジャニスはその涙腺を開放した。

 わんわんと泣いた。

 決意は、とっくに済ませていたつもりだった。

 あの日、クリストファ・アレンを統合幕僚長に任じて、跪(ひざまづ)いた彼の両肩に日本刀の平を交互に乗せた、その時から。

 修羅の道を辿る、その決意を。

 しかし、結局、『つもり』でしかなかったということなのだろう。

 もう、泣かない。絶対に泣かない。だから、今だけは――。




   ◆ ◆ ◆

「あっ――」
 移動する、浮遊物体を確認。諸元確認――。
「えっ」
 手元に上がってきた情報は、該当の識別型式番号が『LEV01』となっている。
「これって、ひょっとして――」
 拘束や強制信号の反応が無かったので、『ロータス』に許されるレベルでの信号入力を実行。収納形態を解除した『レーヴァティン』が、ゆっくりと自律してこちらへ向かって来た。
「え、えええっ」
 なんと、ライト=ブリンガが主砲『レーヴァティン』そのものだった。冷静に考えれば、当たり前の話であったが、それでもミランダが狼狽するには充分なものだった。
『こっちもワケ分からんが、取り敢えず拾っておいたらどう?』
 背面のハリネコが相も変わらずの渋い声で進言してきたこともあり、ミランダは『ロータス』の華奢な右腕を伸ばした。相互の認識は無事に実行され、ファイナル・ガーダーことロータスの右腕にレーヴァティンが収まった。
「そ、そりゃ互換性はあるって話だったけど」
 しっかりとそのメインディスプレイに装備状況、そしてサブ・トリガーとレティクル(照準)までが表示されるに及んで、ミランダは笑うしかなかった。なんとなく拾ってしまったけれど、これって。いや、そもそもどうしてレティクルが反映されるのだ?
「撃てるの、『ロータス』に????」
 自然な質問だ。対消滅機関は積載しているが、GRDS(重力波反発推進機関)は補助的なものしか『ロータス』は積んでいないから。
『RLの威力には到底及ばないけれど、撃てることは撃てる筈だ。プログラム更新しておくよ。いい?』
 とんでもないことをハリネコは口にした。
「……って、プログラムって何よ」
 装備された右手を軽く振って、実際にレティクルが同調していることに驚きながらミランダ。全く、驚かされっぱなしである。
『レーヴァの取り回しに関するもの。ハリネコ――自分のメモリの中に保存されている』
 用意が良いと言うか、何と言うか。用意周到で、先読みの得意な『アテナ』ならでは、ってところだろうか。
「……許可します」
 そう、答える以外の選択肢が、この時は無かった。


   ◆ ◆ ◆

「……あれ?? 『こいつ』、どうして?」
 第二格納庫は管制室で、戦況をただ見守ることしか出来ないでいるスコットの間の抜けた言葉に、チャーリィが首を傾げた。同時に、彼の携帯端末にも何かしらの着信。
「……ナニコレ」
 目を丸くしている部下に対して、今度はスコットが口を開く。
「お前にも『ブラック』から??」
「ええ」
 おかしい。基本的に、RLの存在がこの艦内に無い時、彼等は活動を休止している筈なのだが――って、論点はそこではなく、何故に『アテネコ』からメールが届くのか、と言うことだった。
「工房ブロックの第26区画に来い……ってなんだこりゃ??」
 疑問を口にしながらも、実は既にスコットの腰は浮いている。あの人工知性体がやることに無駄がある筈もないのは事実だったから。最近、少し『遊び』を覚えた節はあるものの、この非常時とあっては。
「行きますか」
 チャーリィも、やはり訝しげな顔をしている。
「行くしかあんめえよ、そりゃあ」





   ◆ ◆ ◆

 ――さあ、どうするクリス

 しかし、迷う必要はなかった。先手を取ってきたのは相手だったからであり、そして。

 そもそも、『迷う』暇なんて無かったのだ。

 参謀室によって、既に【イレギュラー・ワン】と言うコードが付与されているその相手が右腕を振った、その瞬間にライト=ブリンガは弾き飛ばされている。
「うがああああっ――」
 相殺しきれない慣性負荷に、クリス諸共、RLも大きく仰け反った。それ程の打撃。
「――痛ぇえっ」
 フィールドを最大限に発揮していなかったら、本当に危なかった。中身である自分は首を少し捻った程度であり、そしてRLの装甲にも異常は無かった。
『フィールド凝縮――励起現象を用いた反発投射と推定』
 なんだ、それは。
「もっと分かり易く喩えてくれ――」
 微かに痛む首を左右に振り、クリス。幸い、深刻なものではなかった。
『衝撃波みたいな?』
 ああ、なんと分かり易い。
「ありがとよ――しかし、ンな宇宙で衝撃波飛ばしてくるようなヤツとどうやって戦えば良いんだか」
 口にしながらも、実はクリスは深刻な焦りの心境へとは至って等いない。
『私のミスです。まさか、ああまで重力波制御を巧みに行ない、かつ攻撃に用いてくるとは想定しておりませんでした。今後、【イレギュラー01】との戦闘に関しては重力場の変動を映像に反映させます』
 恋女房が頼もしいからね。
「そうか、それは助かる」
『二度目はありません!』
 実体があれば、胸でも張ったのであろう、そんな言葉。
「そりゃまた、ご大層な自信だね」
『だって――』
 言い掛け。
「言ってみ」
 促し。
『――クリストファ・アレンが乗っているんですから!』

『二度目だなんて、有り得ないことよ!!』
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第五章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする