2639年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - I

 『フォース太陽系方面強行制圧戦隊』――俗称『第一フルボッコ艦隊』、旗艦『モデレーション』。


「司令官閣下――全ての準備が完了しました。一切の、滞りなく……」
 すっかりと、白髪が目立つようになった頭髪を掻き分けながら、シャルロッテ。そりゃ、自分だって老け込むわけよね。
「ありがとう、シャリー――長かったわ」
「長い夢ですよ。やっと、現実がここまで辿り着けた……」
 そうね、そう答えておいて、ソフィ・ムラサメはその紅唇に右手人差し指を当てた。本当に、やっと、やっと『ここ』まで。あなた、私達を最後まで護って下さいね。それ位は願っても良いでしょう? 何しろ、あなたときたら何もかも私達に預けたままで、早々に退場してしまっているんですもの。
「全艦隊に通信をお願い、シャリー」
「はい!」
 全く淀みなく動くシャリーの両手に、老いの要素は感じられない。どうぞ、と続けて向けられてくる満面の笑顔だって、ほとんど変わっていない。
「ありがとう――さて――」
 ソフィは息を大きく吸い込んだ。全く、いつになっても馴れることのない仕事の一つが、これだった。
「太陽系方面要撃艦隊司令、ソフィ・ムラサメ・アレン光将より、全員に。いよいよ、『作戦』が開始されます。亡きクリストファ・アレンの想い、理念理想の具現『そのもの』でもあったこの『フォース』に賛同し、その人生と言う時間、そして労力、或いは命を捧げ続けてきてくれた皆に、心から感謝したい。ありがとう――」
 意識して、間を置いた。クリストファ・アレンであれば、こう言うのだろう。そればかり、考えている。全く、どれだけ自分は彼にその魂を束縛されているのだろうか。勿論、望んでのことではあるけれど。
「――それも、いよいよ最後の段階になります。一時間後には、我々『フォース』の最初にして最後の一大反抗作戦『Bring the RLights』が発動されることになるでしょう。無傷で済むとは思っていませんが、願わくば一人の未帰還者だって出ないことを私は望んでいます。人類の未来の為、皆の命と力を、もう少しだけ、もう少しだけ貸して下さい!!」
 器用なシャリーが、艦橋の壁面一面に艦内映像を出力していた。『フォース』軍服に身を包んだ多くの人間が、鬨(とき)の声を上げている様子。そして、一部には感極まって泣き崩れている人間の姿も確認できたが――あらら、あれはどうやらアレックスとセクノアのようだ。

「これより、『フォース』、我が戦隊はソフィ・ムラサメ・アレンの名に於いて『ありとあらゆる』『軍隊』と『兵器』、『戦闘知性体』に対し、宣戦を布告するっ!! 反撃してくるもの、抵抗を試みるものは全て『敵』だ!! 破壊殺戮、蹂躙(じゅうりん)、殲滅を徹底しろ!!」

「――機動可能なDM、EF、他艦載機群はこれは全て出撃せよっ!」

 最後に付け加えられたこの命令は、通信に乗せる必要はないものだったが、全軍の士気を高めておいて損は無い。デウス・マキナ、そしてエスカトス・フレームと言う存在があっての『フォース』なのだから。

「RL01、『メイヴ』!! 待ってました!!」

「EF02『ジャンヌ』了解。何なりとお申し付けを」

「RL02、『シアン』了解。やっと暴れられる!」

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 全ての駒(こま)は、揃ってはいない。要となる『特別機』の到着は、その時になってみなければ分からないし、『ルーシファ』に至ってはそれこそ何もかもが神懸かりの綱渡りになるだろう。『NOIR』のユキトが無事に合流を果たしてくれれば、何かと計算が助かる筈だが。しかし思えば、その息子とも、どれだけ自分は会っていないのだろうか。少しは聞き分けの良い子になってくれていないと困るんだけれど……自分に、それを言う資格はない、それは分かっている。

 そんな『デウス・マキナ』に乗り込むのは、多くが年若い――そう、ユキトやティナとほとんど変わらない、年端も行かない少年少女達。全く、その業の多くは、本来は自分達が背負うべきものなのに。そしてEF、『エスカトス・フレーム』に関しても、虚心坦懐(きょしんたんかい)ではいられないソフィでもある。よもや、『彼等』が自分達と行動を共にする未来が待っているだなんて、昔の自分にはとても想像できなかった。だが、今の『彼等』は掛け替えのない戦友だ。それに疑いは全くない。そして、『アテナ』。私もいよいよ、その『覚悟』を決める時かな?


 格納庫に整然と並んだデウス・マキナ『ライトニング』に、順番に火が灯されていくのを見詰める中で、涙が両の頬を湿らせていることにソフィは気付いていなかった。

 時は光暦95年。

 人類は、未だにその『業』から逃れられてはいない。

 クリストファ・アレン、その魂も、また――



 涙声。


 ああ、それは涙の声。





 ソフィ・ムラサメ・アレンは、この時、涙で、これを口にした。







「――『クリス』、起動!!」






「了解――『クリス』起動フェーズに……」
 答えたシャリーの声と指もまた、激しく震えている。


「システム・エラー、認められず。全て順調――拒絶反応無し」
 続くナナの声は、こちらは冷静なものだった。その強さは、今のソフィにとっては尋常ではない羨望に値している。





 『ルーシファ』、XIII。13番目の改修。





 かつて『ライト=ブリンガ』と呼ばれた機体。

 それが幾星霜の時空を超えて、今、起ち上がろうとしていた。



 しかし、『クリストファ』はそこには居ない。



 そう。


 そこに、『クリス』は居ても、『クリストファ』は居ない。




 『ルーシファ』が、目を醒ます。



 人間の、この世界。


 自分達以外の『ありとあらゆる』武力の全否定。



 『フォース』は、その為だけに設立された組織だ。



 領土的、そして政治的野心の一切を持たない、純粋すぎる『軍隊』であり、『力』。



 彼等は、ただその為だけに


 この時の、為だけに


 それでも夢と希望を持って




 底の無い闇を払い


 喩え一筋でも光をもたらす為に





 『ルーシファ』が咆吼を上げる。メーン・ユニットが一斉に拡散し、その背面でゆらゆらと波打っている。その姿は悪鬼羅刹、或いは文字通りの悪魔、サタンを彷彿とさせるものだった。かつて、『戦女神』とも呼ばれた優美な面影は、そこには全く無い。機体各所のトラクタ・ビームを雷光さながらに散らす中、そんな『ルーシファ』は呻りながら、その一歩を力強く踏み出した。


 深い絶望と失意の内に、夭折(ようせつ)した『愚か者』の成れの果てが、『これ』。


 迸るプラズマ光が頭部へと翳り、これが図らずも滂沱(ぼうだ)とした涙を演出している様に。





 格納庫詰めの人間、その全てが整然と並び立ち、一糸も乱れぬ敬礼を『ルーシファ』に送る。

 気密服、そのヘルメットの中で泣いている人間の数は、少なくはない。噎(むせ)び泣きを押し殺す声が、共有周波数帯に乗って、その限定的な周囲へと伝染していく。

 自発的な意志も無く、ただただ機械として、その一部として機能しているこの存在は、かつての彼等の多くが、敬愛して止むところのない『人間』だった。






 『ルーシファ』は、『クリス』は、今一度咆吼を上げた。

 自らの運命に、全力で抗うように。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章

2638年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - II


『念の為に消火班を用意しておけ!』
『医療チーム、収容後は直ちに医務室へ搬送、最優先!』
 ライト=ブリンガの帰艦に伴い、工房ブロックは混乱の真っ只中にあった。エリーゼを筆頭とした医療チームは、既に自走担架及び薬品各種を揃えて待機していたし、機体それ自体を保持係留する為の格納ベッドの展開に、整備組はそれこそ怒号を交わし合いながら従事していた。
「ドクター、幕僚長とルヴァトワ二尉、その最新状態がこれに――」
 無重力の中、器用にその天井面から滑り降り立ったメイド服――言うまでもなく、マリーベル・リンスその人である。
「ありがとう――どれどれ……」
 主任医師であるエリーゼは、差し出されたメモを早速確認した。ある程度はその『中身』の健康状態のモニターを可能とする気密服――特にRLのスーツは、特注品のそれであった。
「……うーん、実際に診てみないと分からないけれど、取り敢えず二人とも命に別状は無さそうね」
 エリーゼのその発言に、マリベルだけでなく、その後方で控えているマキーナを含めた三人の看護士が全く同時にその胸を撫で下ろす。
「幕僚長は吐血がまあ、深刻かなあ――アバラは……これはまあねえ、ガッツがあれば。ルヴァトワ二尉の方はまあ、まず問題ないわね。一応、検査するけど。ま、両者共に特に問題なしってことで」
 言いながら、エリーゼは姿勢と立ち位置を変えることなく、メモ用紙を可愛い部下達の方へと手渡してきた。彼女等にも状態を知っておいてもらわなくてはならない。
「拝見します」
 代表してメモを受け取る中、どうしても真っ先に幕僚長の項目へとマキーナの視線が飛ぶのは止められない。若干の意識混濁、嘔吐、吐血、肋骨骨折、内臓器一部損傷――ちょっと、これって。
「……こ、これは『問題の無い』ってレベルなんですか?」
 それは自分、マキーナは素人ではない。しかし、自衛隊所属の看護士となっての日が浅いのは事実だった。その背後から等しくメモを覗き込んでいた二人も、息を呑んでエリーゼの言葉を待っている。
「……命に別状は無い、と言った。まあ、自衛官として……いや、最前線で体を張るのは論外よ、そりゃ」
 エリーゼ・リンが渋面を作っていたことを、彼女達はここで初めて知った。そして、マリベルが半泣きと言って良い表情を構成していたことも。


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「全く、どいつもこいつも色々とやってくれるよ!」
 その頭を乱暴に掻きむしりながら、スコットは叫ぶ。『アテネコ』に呼び出されるという、そんな前代未聞の展開の末に待っていたものは、新たな『デウス・マキナ』――正確を記するのならば、そのパーツ類とでもなろうか――との邂逅(かいこう)と言う結果。
『なんだこりゃ!?』
 腰を抜かす部下達を責めることも出来ず、とにかくその詳細と、何よりもその『存在理由』に関する追求を実行しようとしていた矢先に、被弾した『ライト=ブリンガ』が帰艦すると言う!

 被弾、被弾だと!?

 『ライト=ブリンガ』に土を付けるような存在が!?

 詳細は不明だったが、パイロットが負傷したとも聞いている。全く、冗談じゃない。クリストファが被弾したということすら、信じられない。あの男は、いつだって無傷で帰ってきていたし、それはこれからも連綿と、永劫に続く『当たり前の』流れだったのではなかったか。
「ええい、くそっ! とにかく、全員集めろっ!!」
 へたり込んだままのチャーリィの尻を叩きながら、スコットは駆け出した。この時の彼等は知らない。ファイナル・ガーダ、『ロータス』が、大破の憂き目に遭っていたことを。


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 『エターナル』から射出されたプロペラントで給水行為だけを実行し、ライト=ブリンガは古巣である『フォーチュン』へと針路を取った。実際のところ、『エターナル』にはデウス・マキナを維持整備可能とする設備の存在がない。
「心配か、副長」
 みるみると小さくなっていくRLの発する光点に対し、未だに敬礼を解けないでいるベアトリイチェの背中に、ブレンハルトが声を掛けた。
「心配ですよ、そりゃあ――」
 ゆっくりと敬礼を解除しながら、事実上の艦長であるベアトリイチェ。
「初戦――いや、『緒戦』はどうにか乗り切れたが、今後はどうなっていくことか」
「どうにか、ですと――」
 ベアトリイチェの眉が上がった。とは言え、怒っているわけではなかった。
「――大勝利に近いですよ、実のところはね」
「大勝利……かね??」
 露骨に首を傾げて、ブレンハルトは唸った。
「少なくとも『敵』の出鼻を、その鼻っ柱を殴り付けることには成功しています。損害だって、艦載機数機――『それだけ』です。幕僚長は負傷し、貴重なデウス・マキナは損傷しましたが、何(いず)れも修復不能なものではなく、特に旗機RLはパーツ損失と極一部の損傷のみ。対して、我々は敵デウス・マキナ――と言って良いのか――の事実上の撃破、そして艦載機群の多くを『喰い散らかした』。敵の規模も大凡(おおよそ)の予測は付きましたし、その作戦概要だって朧気ながらも見えてくるものはある――」
 それは周囲の人間に聞き取られるよう、意識して大声でベアトリイチェは言っている。幕僚長の負傷は、実のところ一部の人間しか知らないところであったけれど、人の口に戸は立てられないし、不安感というものは静かに、しかし確実に伝染していくものであることを彼女は熟知していたからだ。士気を下げて、何とするか。実のところ、エテルナ自衛隊の最大の武器はその『士気』にある。防衛戦争としての強みだ、とクリストファが言っていたことがあるが。勿論、オフレコで、だけど。
「これを『大勝利』と言わないで、何になりましょうか。『敵さん』の動揺はこちらの比ではありませんよ。実際のところ、こちらの戦力規模だって把握できていないはず。これは有利ですよー、先手を取れたってのは本当に大きい!」
 実際のところ、そこまで楽観はしていない――創設一年に満たないエテルナ自衛隊は、まだまだ烏合の衆以上の存在にはなれていない。やはりあの時、クリストファ・アレンは言わなかったか。
『安穏と出来る時間的余裕は我々には存在しないと考えろ。『烏合の衆』を、『まとまりのある烏合の衆』にするのが、今の我々の急務だ』
 全く、その通り。しかし大きな、そして深刻な混乱も無く、初めての戦闘を凌ぐことができたことにベアトリイチェが深い安堵の念を覚えているのは事実だった。もっとも、主役は艦載機群の側にあって、艦隊運用としての実力が問われるのはこれからとなろうが。でも、先手を取ったことで、次は敵の出方を見ることも出来る。やれるさ。
「ともかく、まだまだこれから。大丈夫、私達ならやれますよ!!」

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「RL本体に関しては全てスコットに一任、『中身』は医療班にお任せ――」
 携帯端末によるメール入力をリズミカルに行ないながら、キリオはコーヒーの詰められたパックを手に取ったが、これが果たして何杯目のコーヒーとなっているのか、もはや考える気もしない。
「ようやく、こちらも忙しくなってくるわね」
 自失より完全に立ち直ったソフィ・ムラサメの声には余裕があった。
「ああ、いよいよ艦隊戦になるだろうしな。問題は、敵さんにどれだけ手持ちの艦艇があるか、ってところだが――」
 まあ宇宙要塞だしなあ、と最後に呟いたキリオ。情報部の目算では大小合わせて五十隻となっており、数だけで言えばエテルナ自衛隊の保有艦艇数と拮抗する。が。
「『アルティマ級』がどれだけ存在しているか、が問題だな」
 全く、その設計開発を手掛けたのが自分達というのも情けのない話だが。
「それと、敵の『DMもどき』も気になりますな。単機であれば、幕僚長が撃破に成功していますから楽になりますけど」
 心なしか、声を低めてソフィ。確かに、周囲に聞かせて良いような内容でもない。
「……ふむ……うーん……」
 携帯端末の手を止め、一転して渋面になったキリオ。
「どうしました?」
「……いやね、柄にもなく、思った……いや、感じちまったんだがね」
 キリオが言葉を続ける気配はソフィにも読むことは出来た。
「……もしかしたら、未来の戦闘ってのは『DM』とその類(たぐい)が主役になっていくんじゃないかな、ってな」
「――かもしれませんね」
 簡潔に同意を示したソフィだったが、その未来図は楽しいものでは断じて無い。その上、実のところ彼等が有する唯一のデウス・マキナ、『ライト=ブリンガ』にしたところでその仕組み、全容は謎に包まれていることもあったから、なかなか未来図を事細かに描き出せるものでもなかったが。
「っと、今はそんな未来予言者ぶっている場合じゃねえな――ともかく、編成はソフィ、君達に任せる。俺はちょっと方々に飛ばにゃならん。何かあったら情報は『ヤオ』に一元化させておいてくれよな」
 立ち上がり、その背筋を伸ばしながらキリオ。被弾したRLの修理に関しては、場合によっては直接工房ブロックへと足を運ぶ必要はあるだろうし、情報室による戦況分析と情報の精査、その報告も実際にその耳で受けなくてはならないだろう。そして何よりも、今後の艦隊編成に関してのそれが頭を悩ませるところであり――なかなかどうして、副司令官は多忙なのだった。
「はい、お任せ下さい。そちらこそ、手間を掛けてごめんなさいね」
「なあに、これも仕事ってことでね――」
 首をコキコキ鳴らし、あくまでもいつもの調子、猫背を丸めてキリオは艦橋を立ち去っていく。いつだって、キリオはマイペースなのだ。装っているとは言え、だが。
「さて、こっちも頑張らなくっちゃ」
 艦長席へと戻り、マリベルからカフェオレのパックを受け取った。さあ、これからが本番だ。クリストファのことは気になるし、医務室にだって足を運んではみたいけれど――この情勢下でそれを喜ぶ『彼』ではないことは良く知っていた。
「副長、報告を聞こう――」

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『ライト=ブリンガ着艦!!』
『繋留用意! ハンガー、問題なし!』
『よおっし、大丈夫、イケるぞ!』
 左足をその膝から、そして右手の手首より先を喪失していたRLはそれでも完璧な着艦を達成した。片足での一歩を突き、そのまま専用の格納ベッドへと収める様は差し当って、整備員達を安心させたけれど。
『気密状況確認次第、ハッチ強制解除! 備えーい!』
 叫びながら、気密服装備のスコットは自らの体をRLの頭部へと向けて飛ばしている。節々から由来の分からない湯気を立てながら頽(くずお)れているそんなライト=ブリンガの姿は、ややもすると痛々しさを超越した存在だった。実際に、美肌の所々に焦げ滲んだ痕が刻まれている様子を目の当たりとするのは、『普通に』辛い。
『気密オーライ、ハッチ解除!!』
 やはり怒鳴ってきたのが誰かは分からない。とにかく、ライト=ブリンガの左頬、コックピットハッチは開放されたのだ。
『おいクリス、大丈夫だよな!?』
 外部スピーカーまで使いながらのスコットの声だった。
『ああ、どうにか生きてる……それより、彼女を――』
 半歩を踏み込んだ中、スコットの目に飛び込んできたのは血塗れの幕僚長の上半身と、その足元でぐったりとして動かないミランダの姿。絶叫しそうになるのを堪えながら、ともかくスコットは医療班を呼びつけた。事前の打ち合わせがあったから、これは全く問題が無かったが。
『ミランダ、『フォーチュン』に、『家』に着いたんだよ――』
 もはやヘルメットも装備していなかった幕僚長は、等しく未装備のミランダの頬に右手を宛ながら言ったものだった。
『ただいま――ああ、スコットさん――お久し振り……』
 喋るな、と強く言い刺しておいて、スコットは医療班が運び込んできた自走担架にミランダの矮躯を結わえ付けた。
『次はお前さんだ――よっぽど重傷らしいな』
 ミランダの搬送に続いて、横付けされた自走担架を引き寄せながらスコットは言ったのだが。
『重力無いし、大丈夫――せめて、担架まではな』
 口にして、クリストファは自らの拘束を解いた。直接、接続されていた背面のボルトの強制解除を実行して、クリスは改めて起ち上がったが。
『ゴホッ――』
 噎(む)せ返り、餌付いた幕僚長はそれでも、自ら自走担架へと体を向けたのだった。
『無理すんな』
 スコットの、この言葉はしかし。
『無理させろ! 幕僚長が横たわって医務室に運ばれて何とするかっ!?』
 語気の強さに、スコット・ロードマンは半歩を引いた。この時のクリストファ・アレンの目は、それ程に尋常なものではなかったのだ。結果的に、クリストファは自走担架に横たわることなく、立て膝を突いた状態で医務室まで搬送されることとなった。

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「礼服を」
 医務室に搬送された、クリストファの第一声であった。
「はい?」
 工房ブロックからここまで、自走担架にそれでも付き添ったマキーナ・ローゼンベルクのこの反応を責められる者はいないだろう。
「ああ、これは失礼をした――憲兵隊長に繋いで、礼服を持ってこさせるように、と伝えてくれないか」
「いや、あたしが言いたいのはそう言う事じゃなくて――」
 助け船を求めて、主治医でもあるエリーゼの方に顔を向けたマキーナであったが。突然、その左上腕を通常ならぬ剛力で握り付けられた。

「良いから、礼服を 持 っ て 来 さ せ ろ !」

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 ミランダの検査と治療が続けられているその横で、クリストファはマリベルの手助けを享受しながら、パイロット・スーツから自衛隊一種礼服への――当然、幕僚長専用のものだ――更衣を実行していた。
「せめて、痛み止めだけでも」
 言ってきたエリーゼのこの言葉は、拒否。激痛は激痛だが、他の感覚が麻痺するのは勘弁願いたい。半分諦めたマリベルによってメイクまで施されながら、それでもクリストファはどうにか礼服への更衣を完了させた。
「艦橋へ繋いでくれ……」
 等しく、持ってこさせた日本刀『サクラフブキ』を杖代わりにして起ち上がりながら、クリスは言った。

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『全自衛隊員に告ぐ。いよいよ、戦闘が始まった。報告を受けている者も居ようが、緒戦は私自らが戦線に立ち、これは我々が『敵軍』を圧倒する結果となった! だが、緒戦は緒戦だ! 続き、連綿と続く戦闘は予断を許さないものとなっている。今回の勝利は評価に値するが、それでも局所的な有利であることを忘れるな。本番はこれからだ。艦隊戦、これは我がエテルナ自衛隊にあって未知の領域だ! 総員の奮起と、常の弛まぬ厳しい鍛錬の、その発露を極めて強く要求したい!!

 大統領は言った!!

 寸土たりとも蛮族共にこの世界を侵させるな!!

 諸君の奮戦に期待するっ!!』

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「……映像回線は切れたかな?」
 表情を戻しながら、それだけを口にした幕僚長。
「はい、素晴らしい演説でした。毎度毎度、簡潔ですけどねえ〜」
 満更、世辞でもない。実際に戦闘に参加した最高指揮官の、それも鬼気迫る演説が自衛官達へと与える影響が素晴らしいものであることに疑いは無い。
「そっか――」
 微笑しながら口にして、しかし幕僚長は、クリストファ・アレンはその場で崩れ落ちた。マリベルはこれを想定していたから、その上半身の床面との激突、接吻は容易に回避することが出来たが。
「ハイハイハイ――やーっと静かになった。マリベル、礼服『剥いて』くれ。即治療に入るよ。マキ、アンタは私のサポート。他はミランダの予後に当たって!」
 腕捲りをしたエリーゼの表情は、表向きは明るかったけれど。その脱衣を手伝いながら、マキは涙腺の稼働に耐える為に、相当量の精神力の投入をその代価として支払わなければならなかった。対象は、譫言(うわごと)で紡ぎ続けているのだ。
「これから……これからなんだ……まだまだ……まけられないんだ……」

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「俺のあの時の発案をみんな笑ったよな??? よな???」
 セクノアが円卓を叩いて、怒鳴り上げた。
「ゼク、笑った笑わないの問題じゃない。落ち着け」
 ある意味で、非公式極まりない会合。構成員は『フォーチュン組』がほとんどであったし、そもそも公式的に認められた部署ですら、これは無かった。
「でもよう兄貴!」
 場に到着したばかりのキリオに対し、セクノアはそれでも噛み付いた。
「RLには重い『得物』を持たせるべきだ、と俺は常々言ってきたんだ!!」
 もう一度、卓を握り拳で叩いた。
「分かってる。評価してるからこそ、こうして集まっているんだ。それ位は理解してくれ、ゼク。それと、俺にはあまり時間的余裕がない。結論は出せるのなら早く出して欲しい」
 伊達眼鏡のブリッジを持ち上げたキリオに対して、流石のセクノア・ロットフィルもこれ以上は続けられなかった。
「んあ……まあ、なんだ。今回のRLの局所的敗北の要因が、コレなんす」
 言いながら、手元の端末を操作して卓中央の立体映像に反映させるセクノア。その場面は正に、ライト=ブリンガが、そして何よりもクリストファ・アレンが初の被弾打撃を受けたその時。
「相手の『メイス』、棍棒にどんだけの質量があったのか、そもそも『これ』が『何処に』収納されてたのかは精査中ですが……RLが如何に軽量であるとは言え、この跳ね飛ばされ方は異常ですよ。瞬間的に、何Gが掛かったのか、想像も付かないし――それに言うまでもなく、この時のRLは相手に対して逆加重を掛けていたんすから――」
 立体映像で実際に再現された当時の状況図には、セクノアによってありとあらゆる数字付けが施されていた。後で、きちんと確認する必要がありそうだ。
「続けろ」
 半瞬の躊躇いを放棄して、キリオは遂に煙草に火を点けた。それを認識した頭上の空調機が稼働するのを確認して、続きを促す。
「――はい――ええと、言ってしまえば『DM同士の格闘戦』に関して、真剣に検討するべき段階へと至っているのではないか、と俺はこう言いたいわけです」
 しん、と場は静まりかえったが、セクノアは続けた。
「言ってしまえば、今までの我々はライト=ブリンガの敵は常の艦載機、戦闘艦であると想定してきた、その結果としての『不敗神話』を固く信じてきた。だって、RLってオメガ強いもん!」
 流石に、この表現にはキリオは紫煙ごと噴き出したが。
「敵さんの『DMもどき』のどこがどう、RLと近いのかなんて具体的なことはまだ分かりませんけれどね、やっぱりDMは『戦局』を一転させ得る『バケモノ兵器』なんすよ。問題は、まず深刻なのが一つ――自分達は半ば偶発的にゲットして、実用化にも『取り敢えずは』成功していますよね――取り敢えずはね、これ重要ですが――相手が、『敵』が実用化にもっと成功していたらどうなるか、ってこと。こっちでまともに動く機体がRL一体で、それも幕僚長しか乗れないってどんだけー、ってことですなあ」
 痛いところを突いてくれる。そして、着眼点が自分と実は同じことに、キリオは妙なことだが強い満足感を覚え掛けている。イリーガルとは言え、こういった組織は作っておくものだ。
「ようし、理解した。君達は戦闘に入るまで、議論を進めろ。当然、敵の例の『アイテム』に付いても研究を進めてくれよ」
 エリザ・ヤマナカが、ここで手を上げた。
「『ロータス』の機体各部に、残留した繊維片は既に確保しております。必ずや、その組成正体を突き止めてみせます!」
「頼もしいな、お前等は」
 キリオのこの言葉は、全く本心だった。戦闘要員として『フォーチュン』に搭乗している、しかし技術畑上がりの彼等を遊ばせておくのも面白くなかった結果としての『イリーガル』だったが。なかなかどうして。今後、この在り方をやはり考えるべきかな。
「主任――いや、副指令――後で承認が頂けるのなら、件の『得物』の加工生産を行ないたいと思いますが。早く手を打っておいて、損は無いと思いますが」
 胸を張って、セクノア。
「言ったからには責任を持ってもらうぜ。予算はどうにかしてみせる。ただ、ネーミングだけはどうにかしないと絶対にクリスは持っていかないからさ」
 吸い終えた煙草を神経質に携帯灰皿へと落とし込みながらキリオは言った。
「……『RL山越えハンマー』とか『RLスーパーボンボン』とか『RL釘バットdeグランドスラム』とかやっぱ駄目ッスかね?」
 ぶんぶん、とその場の全員が首を横に振る。
「……なんつうか、その装飾語が良くないんじゃね???」

 この十分後だったか。

 彼等が、新たなデウス・マキナの存在が、それも彼等の足元に存在していたことを知って引っ繰り返るのは。
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章