2637年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - III


「よもや、ここまでの先手を取られるとはな」
 ガイア連合帝國宇宙軍所属、航宙要塞『フォート・リー』は統合司令室で、総司令官であるハインリッヒ・レスターは呟いた。
「彼等が実戦に即応できる程の戦力の獲得に成功しているとは全く想定できませんでした。私を始め、戦略研に責任が――」
 EF01『静』の喪失による衝撃を隠すこともせず、副官のエドワード・マチス少佐は言う。
「責任がどうこうと言う段階では無い――さて、どうしたものか」
 完全な優位性を保った上での『時間稼ぎ』となる予定となる筈が。予定は未定にして決定にあらず――と先人は良く言ったものだな。さて。
「続けて先を打たれるのは上策とは言えないかと」
 言わずもがな、それは分かっている。しかし。
「艦艇の出動状況はどうなっておるか?」
 半ば諦めながら、レスターは報告を要求した。
「ガイア級4の内、『フランベルジュ』と『トール』は今すぐにでも。残りの各種艦艇に関しては全体の六割が即応可能です」
 ほう。思ったよりも?
「……よし、『フランベルジュ』と『トール』を発進させる。言うまでもなく、防御面を徹底させろ。情報も集めなくてはならん。電子戦機並びに偵察機を出せるだけ出せ」
「了解、その様に。徹底した防御と情報収集を最優先させましょう」
 全く、当たり前のことだというのにも関わらず、そう報告してみせねばならない立場はいっそ哀れではあるな――そのマチスの表情を直視する気力もなく、顔を振った先に白髪と化して立ちつくしている博士、ベネットが。
「時に博士、EF『義経』はどうなったか?」
「……応答がありません。撃破判定を肯定する材料もまた、これはありませんから望みはあるとも言えますが」
 首を振りながら『望み』に言及したところで、説得力などありはしない。当のベネットだって分かっているのだろう。
「……『やられた』ってことだろう? ――そうか、まあそんなものだったか」
 実のところ、最初から過大な期待はしていなかったレスターである。正直、あのような『得体の知れぬ』代物に拘泥する『代理人』その他が理解できない。
「返す言葉も御座いませんな……」
「残りのEFは?」
「『ジャンヌ』が、微睡みの中で独自の情報収集を開始しているようですが――これが直ぐに動かせるかと言えばそうでもなく……しかも彼女は一番、扱いにくい存在でして。『ギュネビア』に至っては覚醒の兆候すら……」
「期待は出来ないと言うことだな――宜しい。まあ、動けば儲け、と、そう考えておくことにする。頼んだぞ、博士」
「はい。出来得る限りのことは」
 実際のところ、自分自身に出来る事と言うのがどれだけあるというのか。
「それと並行して、敵の『EFもどき』についての調査もやってもらいたい。言うまでもないが、君等が適任だ」
「心得ました」


   ◆ ◆ ◆


 ライト=ブリンガの惨状を目の当たりとしたチャーリィは絶句した。片足で、そして手首より先を喪失したそんな『戦女神』の全身には至る所に擦過痕が走っていたし、融解して焦げ付いた部分部分がその純白の美肌を浅黒く染めている光景は充分な絶句へと値した。これは彼のみならず、多くの人間にとって『有り得ない』映像だった筈だったが。
「なんともまあ……」
 その全身スキャンの結果、傷の多くはあくまでも表面的なものであり、深刻なものは無かったことへの判明へと至ったが、これはあまり慰めにはならなかった。
「さて――スペア、用意しないとならんな」
 スコットが電子リストにチェックを加えながら呟いた。
「こう言ってはなんですが、『コア部品』の喪失が無かったことは幸いでしたね」
 RLの右脚臑の装甲を撫でて、チャーリィ。
「全くだ。補充も面倒が無くて、助かるというものさね」
 基本的にコア(基幹)情報の大部分が『アテナ』によってブラック・ボックス化されている『ライト=ブリンガ』には、その整備パーツ一つを取っても厳格に管理されているという現実があった。特にコックピット周りの部品のそれらは最上級のプライオリティが課せられており、これはなんとエテルナ最高の頭脳の持ち主であるヒムラ・キリオを以てして尚、自由に触れることは許されていない。
「とにかく、不足分、倉庫から引き出してこい。言うまでもなく、『RL』の機体保持は最優先だ!」
 叫ぶスコット。しかし、これはやはりその胸中には寂しいものが――いや『虚しい』と言えばいいか??

 彼等は、肝心の心臓部のデータを弄ることも許されず、結果として百パーセントの整備が実行できているかというと、これは実は果たせていない。大事な人間を乗せる機体だ。出来れば、その細部にまで手を加えておきたい、そう考えるのは当然のことだろうけれど。


    ・
    ・
    ・

「これはこれは、驚かせてくれるね。お名前は『フェイク』で宜しいのか??」
『はい、そうお呼び下さい!!』
 キリオの前でちんまりと座ったアテネコ・ホワイト。その正体は、アテナからの許可を受けて『憑依(憑依)』している、見知らぬオペレーティング・システム。アテナから『一部ボックス解除』と言う実に魅力的な、しかし突然のメールを受け取ったキリオが、指定されたこのブロックに辿り着いて数分。聳(そび)え積まれた、やはり『見知らぬ』DMのパーツ集合体を前に、キリオは大きく天を仰いだ。
「どうやってこれだけのものを集めたんだ……」
 これまで航宙自衛隊、その使途不明金に深刻な規模のものが無かっただけに、キリオとしては空恐ろしさを感じざるを得ない。
『申し訳ありません。事後承諾ではありましたが、しかしこれといって悪質な詐欺行為を働いたわけでもなく――』
 これはアテナの声、コントロールなのか? 全くややこしいことこの上が無いな。
「……まあ言い訳は後で、だ――ボックス解除と今回の『フェイクちゃん』の覚醒は関連があるのか?」
 そんなキリオはキリオで、しっかりと解除された分野のチェックを別モニターで行なったりしている。抜け目がないのは、どちらも同じだった。
『関連はあるのでしょう――事態が、こと深刻なものに至ったと言うことです』
「肝心のシステム周りは許可されていないな――これは『まだ』と言うことか?」
 立体映像に表示させたデータ一覧を表面的に、それでも尋常でない速さでチェックを済ませたキリオは言う。
『そういうことになるのでしょう――申し訳ありません、としか私からは言い様がありません』
 器用に項垂れたホワイトを前に、キリオは実際に、現物としてその眼前に存在しているパーツ類の山に近付いた。
「……なんだ、何かと思えばRLの余剰パーツ類とほとんど変わらないじゃないか」
 肩部パーツと思われる一つに実際に手を触れながら、キリオ。いや、ほとんど変わらないというか、このままRLの代替パーツとして使えるんじゃねえのか。
『そのとおーり、ですっ! 厳密に言えば、相当な簡略化が図られていますけれどっ! さすがはキリオさん、お目が高いなあっ!!』
 左足にその頭を擦りつけてきながら、ホワイト。
「……で、今の君は『フェイク』なのか?」
 驚きはない。呆れながらの言葉だった。
『はいっ、『フェイク』とお呼び下さい。まあ、故『ハリネコ』の進化形であるとも言えますけどねっ! だから、キリオさんのことだって、沢山を知っているお!!』
 ただただ、呆然とするキリオ。やれやれ、ご無体な事とアンビリーバボな事態、トラブルに関してはスッカリと免疫が出来上がっていた筈だったが、なかなかどうして。
「……突っ込みドコロが多すぎて、取り敢えずは何とも言い様がないんだが……」
 両のこめかみをそれぞれの親指で刺激するキリオだった。心無しか、頭が痛い。
『……だと思いますう……けど、ともかく今後とも宜しくお願いします!』
「それは、こちらこそ……で、差し当って現実問題が厳しいものでね、単刀直入に聞きたいことがある」
 軽目の深呼吸を一度だけ、挟んだ。
『はあい、答えられる範囲内だったら幾らでも!』
 パーツ集合体を指差した。
「『こいつ』は『戦力』になるのか?」
『『戦力』ときましたか、にゃふっ――結論から言うと、『なる』よ』
 笑っていやがる。全く、どれだけ器用なんだ。そもそも、この『フェイク』は『アテナ』とはどれだけ『別物』なのだろうか。云々。
『細かい部分はまだ手が入っていなくてね、これはこの『フォーチュン』の皆様の素晴らしいお手を拝借したいところが数点。それと、主機関はまだ、積載されていないんですだよ。これはね、この船の余剰『伍番基』を当てる前提で造られていますから』
 聞き捨てならん。
「ちょっと待った――『造られた』って言葉も気になるが、そもそも伍番基は確かにサブはサブだけれど、一基だけで良いのか、と言う純粋で深遠な疑問が」
 ライト=ブリンガが、ほぼ同型の対消滅機関を標準で三基、装備していることをキリオは勿論、知っている。
『『ダブル』は『ライト=ブリンガ』のマイナー・ダウン、『量産試験型』としての位置付けになっていると理解して頂いて結構です。『造られた』に関しては――設計を行なったのは『アテナ』であるって解釈がスムーズかと』
 その辺のことは、もっと後で掘り下げるとして――取り敢えず、気になったこと。
「『ダブル』ってのがこの機体の名前?」
『イエス。『ダブル(Double)』、つまり『影武者』のこと。まあ、開発コードですから。あまり気にされないでも』
 短い尻尾を優雅に振りながら、『フェイク』ホワイトは言う。
「自虐的な響きがあるね――」
『……かもね』
 誰にともなく、キリオは一つ咳を払った。
「取り敢えず、まとめてみる。節々の手入れと、主機関をとにかく詰め込めば、『ダブル』は『実戦力』となるんだな!」
 節々の手入れ、と口にしながら、果たしてそれがどれだけの手間となるのか。まあ、細かいことを考えるのは後の話だ。しかし、『フェイク』の反応は素っ気のないものだった。
『それだけじゃ駄目』
「他に何が――」
 言い掛けたキリオの発言を制して『フェイク』。

『当然、パイロットが必要ですよ、『これ』を動かす為にはね。オペレーティングは『僕』が担当させて頂きますけれどね、当然ね』

 キリオの膝から力が抜け掛かった。まさか。

「……おい、まさかこれも『クリスしか乗れない』機体だ、とか言うんじゃねえだろな」

『そんなこと言わないよ――』

「じゃあ、誰が――って、まさかオイ――」

『復帰次第、『彼女』を『ダブル』のコックピットに連れてきて欲しい。発熱が認められているけれど、取り立てて大変なことをするわけじゃない。ただ、数分だけ、そこに座って貰えればそれで良い。初期設定を確認するだけ――』

 この段階で、キリオが大きく両膝を突いた。奥歯がカチカチと音を立て続けたが、これが恐怖によるものなのか、或いは憤怒の念によるものなのか。

「……なんで『彼女』なんだ……??」

 膝を突いたまま、その頭を両の手で抱えながらようやく絞り出せた言葉がこれだった。

『詳細は不明です――』
 答える必要を認めない、と同義なのは分かっている。じわりと涙が――それも悔し涙に近い――溢れ掛かってきたが、これは隊服袖で強引に食い止めさせた。
「パイロットの件は、取り敢えず保留――聞けることは、後で全部聞かせて貰う」
 どうにか土俵際で踏ん張ることが出来たようだ。『ありとあらゆるもの』を色々な意味で引っ繰り返しそうな勢いだったが!

『それは、勿論です――キリオさん』



   ・
   ・
   ・

「『ヘスティア級』の配備が及ばないところは、『クロノス級』で代替させる――防御フィールド網に致命的な穴が空かなければ、今はそれで良い――」
 第一艦隊司令官であるブレンハルトが指揮を行なう中、着々と編成図が組み上げられている。想定される艦隊戦に向け、階級の別無く、乗組員達の体温と緊張が高まっていく雰囲気が艦内を満たしている。引き揚げられたばかりの『ロータス』の破損状況報告を、どこか他人事の様に見詰めながらベアトリイチェは溜息を一つ。
『今になって怖くなってくるだなんてね』
 とても、口に出しては言えない。艦長席で悠然と足を組んでいるように見えるだろうが、実は四肢末端が小刻みに震え始めてしまっている。機体のみならず、ミランダを喪いそうになったこと、そして実際に喪われてしまった尊い人命。作戦指示がもっともっと上手く行えたのではないか――常の彼女であれば、そんな懊悩が全く無意味で馬鹿げたものであることを考えるまでもなく理解できている筈だったが。
『なんだかんだと充分な戦力はまだ集まっていないのよねえ……』
 リアルタイムで構築されて行っている艦隊編成図を眺めながら、ベアトリイチェはそんなことを考えた。本来、前線での『エターナル』の控えとなるのはシールド能力に特化された『ヘスティア級』が好ましいのは言うまでもない。ほとんど裸同然の『アキレス級』と、艦載機群の盾となるべき存在である『ヘスティア級』は、まだまだ充分な数が整っていないのが現状。もっとも、事実上の護衛空母でもある『クロノス級』はその攻撃力よりも防御力に重点を置いて設計されていたから、これは充分に代替の役回りは果たせるだろう。過剰な期待は禁物、と言ったコメントを付箋付きで張っておく必要はあるが。
「艦長――敵要塞に動きが確認されます」
 オペレータのその報告に、思索を打ち切ってベアトリイチェは立ち上がった。
「『フォーチュン』に情報リンク、やってるわね?」
「はい、問題ありません」
 指揮杖で、床を強く突いた。
「総員、すまないけれど改めて『甲一種戦闘配置』よ! 慌てないで良い、落ち着いて各任務に従事しなさいっ!!」
 甲種のそれが解除されたのは、終わってみればほんの十分にも満たなかった。さあ、本番はこれからだ――ベアトリイチェは、その背筋がぶるっと震えるのを自覚。いや、これは武者震いだ。

「『エターナル・エターナル』の名誉に傷を付けるなよっ!!」
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2636年01月01日

第II光:『光臨』 第六章 戦乙女たち - IV

「艦長、『エターナル』より報告――『敵要塞に動きを認む、これに対応す』とのこと!」
 シャルロッテのその報告に、ソフィはその奥歯を少しだけ噛み締めた。
『敵さんもどうやら、完全な合流までは待ってくれないか――』
 しかし、そんな懊悩と歯軋りは、ほんの一瞬。
「結構、本艦隊はこのまま前進を維持。針路変更は参謀室に一任――遅れている艦艇はとにかく、本艦に続くように打電。艦載機群は、発進の用意だけさせておきなさい。それと、位置的にこの『フォーチュン』が第二艦隊で一振り目の『追っ付け刀』となるわ。総員、気を引き締めて!!」
 オペレータ集団が「アイメム」と揃った返答を戻してくる中でソフィは耳元の携帯端末を操作する。宛、ヒムラ・キリオ。一度、二度……三度目のコールで、ようやく通信が繋がった。ソフィは回線が秘匿のものとなっているのを改めて確認した。
「キリオさん、敵に動きが――艦橋に戻ってきて貰えると助かりますが」
『んっ……あ、ああそうだろうな……ううっ』
 何かあったのだろうか。怪我でも負っているような呻き声だ。
「何かありまして?」
『いや、何でもねえ――了解、艦橋へと急行する。んじゃ』
 ソフィが訝(いぶか)しんでいる内に、そんな会話は一方的に切断されてしまった。気にはなったが、彼の立場と現状を鑑みれば、その惑乱は予想できなくもない――と考えることにするべきか。最高指揮官が負傷してベッド送り、そして彼の大切な機体の大破と大切な人間の、これまた負傷……彼の立ち位置を鑑みれば、これは発狂へと至ってもおかしくないぐらいかもしれない。頭を切り換えて、続いて端末を操作。医療室に詰めている、マリーベルが次の相手だった。
『艦長、マリーベルです――ちょうど連絡を入れようと思っておりました』
 続けて、と言ったソフィの声に、息を整えるマリベル。
『まずは良い報告から――ミズ・リンによれば幕僚長閣下の容態は思っていたよりも遙かに良好でありました。憂慮されていた内臓器の損傷はこれが無く、肋骨は一本が骨折、一本に罅(ひび)。吐血はどうやら、胃潰瘍の一種だったようで。言うまでもなく、命に別状はありません』
 充分に重傷な気もしたが、ドクターの評価を優先すべき時だろう。差し当って、一番、気になっていること。
「で、閣下は?」
『現在、投薬を受けて睡眠中です――遺憾ながら、この方が『護衛役』としては安心できるのですが』
 噴き出しそうになった。いや、噴き出した。
「ふふっ――マリベル、それで良い。眠るだけ、眠らせておいて――」
『はい、その様に計らいます――本当、無茶し過ぎなんです、この人』
 マリベルがこうも弱音を吐くとは、余程なのか。ソフィはその背筋に薄ら寒いものが走るのを否定できずにいるが。
「万が一、目を醒ますことがあったらこっちに連絡を入れて。マリベル、『彼から片時も離れるな』! これは、命令!」
『りょ了解――』
 息を大きく飲み込んでのマリベルの返答だったけれど、自分の意図は十全に通じた筈。しかし、それでも付け加えなくてはならなかった。
「リンス一佐、何か無茶しようとしたら少々の物理的暴力は私が『個人的に』認めます」
『そ……それわぁ……って……ええええええええええええええええええっ!?』
 ソフィのその剣呑な発言に、背後に控えるステラが身じろぎする。
「まあそれ位の覚悟、ってことでね――ちなみにビンタが有効よ」
『はわわわわ――りょ、りょうかいであります――ってやったことあるんスか!?』
 引っ繰り返ったままのマリベルの声だったが。
「――あるわけないでしょ」
 遂に堪えきれず、大きくソフィは笑う。理由はどうあれ、艦長がその指定席で笑っているのは悪いことではない。
「げふんげふん――ああ、それとミランダの具合はどうなっているかしら」
 ソフィは声と表情を、半ば強引に戻す。
『先程、ヒムラ上級一佐から同じ問い合わせが実はありまして――まあ取り次いだだけなんですが、いずれにせよ、外傷も全く認められず、問題はないそうです。精神的ショックも、全くと言って良い程に無いのは素晴らしい、と、やはりドクターが。幕僚長閣下と同じく、今は熟睡しています』
 安堵の息を大いに吐きながらソフィ・ムラサメ。せめて、これ位の幸運があってくれないと帳尻は合わないというものだ。『ロータス』は時間は掛かるものの修復は可能だと言うし、どうにかなりそうか。しかし、戦場で撃墜された体験を持つ多くのパイロットが少なからぬトラウマ、PTSD症状を抱えてしまい、現場復帰に困難を極める事例は珍しいものではないが、どれだけ精神的に彼女はタフなのだろうか。或いは、その点のリカバリも含めて、獲得済みという事かしらね。救出したのはクリストファだったしね……。
「良かった――彼女にも休息が必要。宜しく頼むわね、マリベル」
『お任せを』

   ・
   ・
   ・

「さあ、いよいよ本艦の出番となったわけだ」
 腕組みをしながら、副長であるベアトリイチェの隣に立つブレンハルト。じりじりと変動を続ける敵フィールドから、視線は反らしていない。
「税金ドロボー、と言われないようにしませんと」
 この副長の発言が気に入ったのか、ブレンハルトは暫しその大きな背中を揺らせて笑う。事実、エテルナ自衛隊の規模がこれでも大き過ぎるのではないか、と言う世間の向きは決して少なくなかった。言うまでもなく、これはクリストファを初めとする幕僚陣とは大きく隔たりのある見解だったが。
「終わった後で、どうなるか、だなあ」
 航宙自衛隊第一艦隊司令であり、エテルナ謹製の『エターナル・エターナル』の艦長でもあるアレックス・ブレンハルトにしても、時として不遜なマスコミ陣から尋常でない侮辱、侮蔑を受ける機会には『めでたく』恵まれた。エテルナ航宙警察での警視正と言う階級とそのキャリアを始めとしてその他、掛け替えのない多くのものを捨て、入隊するのにどれだけの覚悟が必要で、どれだけのものを実際に失ったのか、肝心のその点に目を向けてくれるような向きは皆無であったと言って良い。もっとも、最高責任者であるクリストファ・アレン等が、そんな自分とは比較にもならない程の悲惨な洗礼を情け容赦なく受け続けている現実を目の当たりにもしていたから、どうにか短気な自分でも耐え忍んで来られたようなものだ。自分より二回り以上も年下の、しかし尊敬に値する上官の精神力の強さは、正に『鋼』のそれであった、とブレンハルトは確信している。逆に、年相応の闊達(かったつ)さ、若さが時として全く見えないことを心配し掛けている自分に気付くこともあるが、これは何のことはなく、老婆心と言うか、父性のそれと言うべきなのだろう。全くなかなかどうして、この問題ともなると複雑なアレックス・ブレンハルトなのであった。事実、二人だけの時にはクリストファは実に丁寧な敬語口調を選択していたこともある。
「やれやれ――」
 呟き掛けたその時。

『艦影出現!! その数、七……いや、八隻、尚も増加中!!』

 メイン・オペレータのその報告に、艦橋は騒然となった。ほとんど全員の視線がメイン・ディスプレイに向けられている中で、ベアトリイチェの号が飛ぶ。
「敵艦種、可能な限りはこれを確定! 名称不明艦にはコード付加!! 全通信網、リアルタイムリンケージを再確認!! 始まるわよ!!」
 イエスマー、と復唱が続く中、ブレンハルトはベアトリイチェの左肩に手を乗せ、艦隊指揮の作業へと戻っていった。戦鐘が叩き打たれ、全艦内に大きく響き渡る。今や、完全に『エターナル』の全権はベアトリイチェ・ノイマンに委ねられた。
『しかし、こうデータ戦となると純粋に『ロータス』の損失は大きいものがあるわね』
 どうにか、E型(電子偵察型)の部隊展開で補えてはいるが、よもや数少ない切り札の一つであった『ロータス』をこんなに早く失うことになるとは思ってもみなかった。差し当り、そんな『ロータス』の修理は現状では命じていなかったが、これには何しろ特別機であり、修理修復できる人間も施設も、この『エターナル』には絶対的に足りなかったと言う事情がある。。整備補給は無論、軽補修の程度であれば、それはどうにかクリアも出来た筈だが、『小破とか中破ってレベルじゃねーぞ!!』と言う整備班からの報告は、ベアトリイチェを落胆させるには充分なものだった。エンジニアの端くれ――というか、現役でもある筈だが――であった彼女の目にだって、その完全修復が一日二日で終わるものとは映らなかったことがまた、辛かったが。
「『さみだれ』『いかづち』――『ゆきかぜ』、準備は?」
 気を取り直し、編成図に一瞬だけ目を落とし込んだベアトリイチェ。『エターナル』にほとんど密着している形のアキレス級、その艦長達からそれぞれ応答信号がシンプルに帰ってくる。先程は、出る幕の無かった彼等だったが、艦隊戦となれば話は別。その攻撃力には充分、期待が持てる筈だ。
「ブレンハルトだ――作業を行ないながら、聴ける者は聴け。エテルナ自衛隊、初の艦隊戦が始まろうとしている。幕僚長閣下が仰ったように、実力の数割でも出せればいい。緊張はしろ、しかし焦ることはない――各員の奮闘に、期待する! 礼儀を知らない客人には丁重な『お持て成し』は必要ない。せめて、裸足で帰宅して貰おうじゃないか!!」
 わあっ、と爆笑とも賞賛とも付かない声が第一艦隊、それぞれの艦の空気を駆け巡った。

「第一艦隊は、これより敵艦隊との交戦に突入するっ!!」


   ◆ ◆ ◆


「暑い――」
 ミランダのそんな小さな呟きを拾い聞くことの出来たマキーナ・ローゼンベルクは、ゆっくりとそのベッド元へと体を運んだ。
「どうしました……??」
 医療服に身を包んでいるミランダに対し、控え目な声でそう呼び掛けてみた。
「暑い、暑いよう――」
 空調を確認――するまでも無かった。医療室の室温は一定に保たれているし、温度変化を何よりもマキの身体は感じ取ってはいない。
「失礼」
 言って、その汗にまみれた額に手を置いた。驚いた。尋常な熱では、明らかに無い。手早く医療ベッドの端末を操作し、その体温を測定。40度を超えている。エリーゼ医師への直通ラインを呼び出しておきながら、マキは自動診療プログラムの解除を行なった自らの判断を呪わずにはいられなかった。もっとも、責任者であるエリーゼもその判断には同意していたのだが。

「暑い――いや、何、なんなの……あなた、誰??」


   ◆ ◆ ◆


 ん??

 あたしは『私』??

 なんだろう、このイメージは――

 あたしは、ミランダだよ。

 『私』はだあれ???

   ・
   ・
   ・


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、待ってよう!!」
 そう、私は遠くへと去っていく兄と、姉の背中を『あの時』追い掛けていたのだ。だが、懸命な自分に対して戻ってきた言葉は、悲しいどころのものではなくて。
『君を守る為だ。僕達の分まで、君は生きるんだよ。君の幸せと、君の持つべき未来は僕等の望みでもある』
『そうなのよ――どうかどうか、頑張ってね。それだけが、お願い……』
 そんな兄も、姉も何を言っているのか、当時の私には全く分からなかった。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、いなくなっちゃやだよう!!」

 泣き叫んだ、そんな自分を後ろから抱き竦めてきた人間の存在。暖かく、柔らかいその感触はやはり、姉の一人。
「お姉ちゃん、『三番目』の兄ちゃんと『七番』の姉ちゃんが遠いところへ行くって……」
 腰元まで伸びたストレートのブラウンごと、その身体を抱き返しながら私は泣き叫んだ。
『そう、こういうこともあるの――。貴女は貴女の、人生を、新しい人生を歩んで行かなくてはならない。それが、せめてもの――』



「お姉ちゃん、何を言っているの???」



『『二十六』、ごめんなさい――私も、ここまでみたい――せめて、貴女は――ごめんね――最後まで、貴女を護ってあげられそうに無い――ごめん、ごめんね――』





 固く抱き締められた『私』の両の腕の中、『十番』の身体は光の粒さながらに消滅していった。

「あああああああああああああ――おねえちゃん――」

 抱える対象を喪失した『二十六番』と呼ばれている『私』。

 いや、正確には『名前』があった筈なのだが、これはなんで数字になっているのかしら、そしてなんでそれを『あたし』は知っているの????

 『私』は、空振るその両腕で虚空を掴み、全く無意味の抱え込みを行いながら、その場で時間が許す限り、泣き続けた。



 あっという間に、喪った。



 『三番目』の兄ちゃんも『七番目』の姉ちゃんも、そして『十番』の姉ちゃんも。


 他に何も無い自分にとり、大切な兄姉達。

 歪(いびつ)であり、辛いことも多かった――それでも楽しい日々はずっと続くものだと思っていた。


 のに。


 のに。



 少しずつ、みんな自分の前からいなくなってしまった。



 ひとりにしないで。



 ひとりは、いや。



 最後の決意と共に、『二十六』は今一度、号泣した。もはや他に一人たりとも存在がない。

 最後の住人が自分自身、その一人となった場所で、彼女は泣き叫ぶ。




『誰か誰か誰か』



『助けて助けて助けて』


『なに、なんなの、この世界は――』

『何が一体、どうなっているの――』

『これからも、人の歴史はこの積み重ねなの!?』

『誰か、誰か、止めて!!』



『この狂っている世の中を――』








『――どうにか、できる人はいないのっ!?』







    誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、なんとかしてようっ――


    たすけてよう――



   ◆ ◆ ◆


 ある日、シオンは歌った。

   ・
   ・
   ・

 いつも怯えていた日々


 そんな日々を打ち砕きたくって


 ここまで走ってきた


 眩しい光は


 未だに見れない、見えないけれど


 諦めたりは決して、しない


 いつかいつか


 限りなく眩い世界 高い世界


 その領域まで


 自分の傷付いた翼、広げて


 飛んでみせる




 忘れられないあの大空


 気の済むまで飛んでみたいと思った


 翼の手入れは万全かしら


 目映い光は


 造らなくてはならない、無くてはならない


 始まりは、今が、その時


 いつかいつか


 限りなく眩い世界 遠い世界


 その領域まで


 自分の破れた翼でも、開いて


 届いてみせる


   ・
   ・
   ・



 声が嗄(か)れるまで、シオンは歌い続けた。

 シオンは、声が嗄れるまで、歌い続けた。

 涙が涸れるまで、シオンは泣き続けた。

 シオンは、涙が涸れるまで、泣き続けた。




Zion sings.

Zion cries.

Sings and sings and sings...

Cries and cries and cries...


Just the way she is...
posted by 光橋祐希 at 00:00| 第六章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする